ハーミット・パープルは知っている (92)

・妄想全開。

・短編をいくつか書く予定。あくまで予定なので速攻でhtml化する。かも。

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『ひとりぼっちのハーヴェスト』

おらは何が欲しかったんだろう。


おらは小せえ頃からみんなに『グズ』だの『バカ』だのと言われてたス。
漢字はむずかしくてあんまし書けないし、
算数もすこ〜し考えるとすぐに頭がグルグルしてワケ分かんなくなっちゃうんだど。

運動だっておらはどんくさかったから、かけっこしてもいつもビリっこだったス。
鬼ごっこでおらが鬼になると『重ちーはのろまだから鬼ごっこにならないよ』とも言われたス。
そんときはおらもっとバカだったから何を言われてるか分からなかったけれども……

そんなおらでもおらのパパとママは『重ちーは優しい子だからそのままで良い』と言ってくれたど。
『優しいってなんだ?』っておらがママに聞いたら、ママはこう言ったど。


「それはね、誰かの為に一生懸命になれるということよ」

「『優しい』という字は『優れる』とも読むの。優しいあなたは誰よりも優れているのよ」


おら、やっぱりよく分からなかったス。

ある日、おらに一人『友達』が出来た。

そいつはすんごく頭が良くて、かけっこも速くてみんなの人気者だったど。
テストはいつも百点だし、『悪いことは大嫌い』がくちぐせだったなァ〜。

おらはそいつに色んなことを教わったど。
漢字が分かんないて言えばいっしょになって書き取りをしてくれたし、
グルグルするよーな算数の勉強も『お金』に例えて分かりやすく教えてくれたど。
おら、なんでかお金の計算だけは得意だったからすごくタメになったのを覚えてるよォ。

一緒に遊んでもくれたど。
おらが『遊ぼう』というとみんなはムズかしい顔するのに、
そいつだけはイヤな顔しないで『いいよ』と笑ってくれたス。
思わず『い、いいの?』と聞いたら、『だって友達じゃあないか』とそいつは言ったど。

そんだけだけど、そんだけのことだけだったども、
おらはとても嬉しかったんだ。

またまたある日、そいつはムズかしい顔をしてたど。

おらが『どうしたの?』と聞くと、そいつはもっとムズかしい顔をするんだ。


「重ちー。実は……」


話を聞いたらそいつは、そいつのママが病気なんだと言ったど。
治すのがとっても大変な病気で、このまま放っとくと死んじゃうんだと言ったス。

おらにそう言った瞬間、そいつは泣いた。
ママの病気を治してあげたい、でも治すのに『お金』が足りないって。
少しでも『お金』が必要だって。


「お、おら……」


おらはそいつを助けてあげたいと思ったど。
友達の泣いてる姿を見て、カワイソーだと思ったんだど。

「す、すこし待ってるどッ!」


おらは急いで家に戻って貯金箱をひっくり返したど。
途中でパパが『どうした、重ちー?』と聞いてきたけれども耳に入らなかったス。
そして出てきたお金をあるだけ持って、そいつに渡したんだど。


「このお金、お前にやるど」


そいつはびっくりした顔で『受け取れない』って言ってたよ。
でも、おらはムリヤリ渡したんだ。

おらはパパとママのことが大好きだど。
もし……その大好きなパパとママが病気になって死んだら……おらはきっとスゴく悲しい。
そいつだってママが死んだらきっとスゴく悲しいど。
そんなのはイヤだから。友達が悲しいと、おらも悲しいんだど……


『ありがとう、重ちー』


おら、『優しい』かな?
そいつはニコッとおらに向かって笑ってくれたど。






「あーあ、ホント馬鹿だよなアイツ。母さんが病気〜とかマジで信じてんの」

「いい金ヅルだよ。友達? ないない、ンなわけねーじゃん」




ある時、学校のローカからたまたま聞こえてきたそいつの言葉。
その言葉は誰を指して言った言葉なのか、おらでも分かった。


「お……」


おらは何も言えなかった。

大切なお金を騙されて取られたのも悔しかったど。
でも、一番悔しくて悲しかったのは……



そいつはおらを『友達』じゃないって言ったことだったんだど。



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——————

「うん……?」

「なんだかヤな夢を見ちゃってたど……ふあ〜」

『しししっ、ミツケテキタド!』


チャリーン、チャリーン!


「ししっ、さすがおらの『ハーヴェスト』。おらの言うことを聞いてくれるなあんてイイヤツだろォ〜」

「君たちだけはおらを裏切らないよね?」

『ししっ!』


『ハーヴェスト』と『お金』。この二つだけはおらに正直だど。
『お金』はなんでも手にいれてくれるし、『ハーヴェスト』はその『お金』を手に入れてくれるど。
だからおらにはこれだけあればいい。



……これだけ? なんだか……空しい気分がするど。

おらは何が欲しいんだろな?

やっぱりおらはあんまし頭が良くないから分かんないなぁ〜。

お金は欲しいど。いっぱいあるだけ欲しいど?
でも、おらがきっと一番欲しいのは——



「見ろっ! あの木の根元に集まっていくぜ〜〜〜」

「気をつけろっ! 近くに『本体』がいるぜッ! たぶんッ!」



『しししっ、ミツケタゾ!』


終わり。


『エアロスミスは忘れない』

「ブフ〜……おめでとう、えーと……ナランチャ君だな君は?」

「君はライターの火を消さずに再びここに持って来ることが出来た。
 君は合格だ。『組織』への入団を認めようじゃあないか」

「はいッ! これからよろしくお願いしますッ!」


ようやくだ。永かった。
オレはやっと『あの人』の役に立てるんだ。

オレは忘れない。

親友に裏切られ、母さんと同じように目の病気にかかっちまって、
レストランのゴミ箱を漁るしかなく、いつ死んじゃうかも分からない恐怖でクサってたこのオレに……

自分が食べるはずだった『スパゲティ』を差し出してくれたことを。

それは『憐れみ』なんかじゃあなかった。
その人がオレを見る目は『キタネー』でもなく『カワイソー』でもなかった。


『美味いぞ』


ただ、そう言っているようだった。

ある晴れた日のこと。

オレは『組織』から『あの人』のチームに入るように指示されていた。
それは偶然なのかどーかは知らないけど、オレは飛び上がって喜んだ。


「オレはあの人の為ならなんだって出来るッ! あの人のようになりたいッ!」


オレはもうただのガキなんかじゃあない。
『組織』への『入団テスト』以来、不思議な力も使えるようになった。
この力は『あの人とその仲間達』の為に使うんだ。
そんな考えでオレの頭はいっぱいだった。


「ナランチャ」

「!」


後ろからオレの名前を呼ばれたので振り返ると、
そこには『あの人』が佇んでいた。

「ナランチャお前、『組織』に入ったんだってな」

「うん! オレ、やっぱりあんたの……」


ボギャアアアッ!


すっげー痛ェー『コブシ』がオレの顔面に一発。
何が起こったのか全然分からなかったよ。鼻血もドバドバ出た。


「クソ馬鹿野郎。そして……」

「これからオレ達は『仲間』だ。宜しくな、ナランチャ」


そう言うと『あの人』は少しだけ悲しそうに笑いかけて、
ブン殴られてうずくまってるオレに手を差し伸べてくれたんだ。


「……?」


オレがその手を掴み返すと『あの人』の手がちょっとだけ、
よーく確かめねーと分からないくらいにホンのちょっとだけ手が震えているのに気づいた。

直感で分かったよ。オレ。

ああ、この人はオレに、オレみたいなクソガキに、


『普通のクソガキ』でいてほしかったんだなァ……ってさ。

朝起きて歯ァ磨いてパンをかじって学校に行く。

まだ眠たい目をこすりながら退屈な授業を受けて友達と遊んで昼飯のサンドイッチを食べる。

学校から帰ったらうるせー親の怒鳴り声を背中にイタズラを仕掛けに行って、
そんで暗くなって遊び疲れてヘトヘトになったら家に帰って、
『あっ、宿題あったの忘れてたなァー』なあんて思いながら夕飯のパスタをすするんだ。


きっと『あの人』は。

『ブチャラティ』はオレにそんな『クソガキ』でいてほしかったんだ。

「ナランチャ、仕事だ」

「仕事ォ? それってなんだよブチャラティーッ!」

「ピザを買ってこい。五人分な。カネはそこに置いてある」

「ブチャラティ、それってさァ……仕事じゃあなくてパシリじゃんかよォ?」

「何言ってんだ、これも重要な仕事だぜ。腹が減ってちゃ力が出ないだろ」

「そーですよ、ナランチャ。ブチャラティが今までに一つでも間違ったことを言ったことがありますか?
 僕のピザにはペパロニ多めでね」

「オレのピザは四切れにカットされてなきゃあ何でも良い。あ、ピストルズの分も忘れんなよ」

「チーズとサラミ。トリュフ入ってたらブッ殺す。ペッパーはブラックな」

「ちょ、ちょっと待ってよーッ! そんなに覚えらんないよォーッ!?」

「メモにでもなんでも書いてけば良いじゃあないですか……」

「そっか!」

「えーとフーゴのピザがァ……よしっ、買ってくるッ!」

「おいッ! ナランチャッ!」

「どうしました、ブチャラティ?」

「あいつ、自分で書いたメモを忘れていきやがったぞ……」

「あ……」

オレは『組織』に入ったことは後悔してない。

ブチャラティには申し訳ないけど、やっぱりオレはブチャラティの役に立ちたいんだよ。
もちろん、フーゴもミスタもアバッキオの役にも立ちたい。

クソくだらねー考えってことくらい分かってる。
オレみたいなガキはギャングになるんじゃあなく学校に行くのが正しくて当然てことも分かってる。

でもさ、オレの中の大切な『根っこ』の部分にさ、
いつもあんたとあの時の『スパゲティ』が残ってるんだ。

ブチャラティ、あんたがオレに差し出してくれた……『勇気が湧いてくるような優しさ』が。

「あーッ!? メモがねェーーーッ!?」

「どっかで落っことしたのかな!? 無い、無いぞォーッ!」

「うるさいなァ、ナランチャ。で、どのピザを注文するんだい?」

「やかましいーッ! 今思い出すから待ってろッ!
 えっと……ミスタのが四つにカットしたペパロニチーズでェ……? ン?」


オレの目の前にどこかで見たような姿をした汚い『ガキ』が居た。
そいつはしばらく周りをウロウロしてるといきなり側にあるゴミ箱を漁り始めた。
どーやらこの辺の浮浪児みたいだ。


「ああ……あの子供は最近ここらに現れ始めてね……」

「ウワサだとあの子の両親、『麻薬』で死んじまったらしいぜ」

「!」

「引き取ってくれる親戚もいないから、時々ああやってゴミを漁りに来るのさ。
 カワイソーだから俺もたまにピザの切れ端をくれてやったりしてんだけどよ」

「ふーん……オッサン、このピザをテキトーに五人分くれよ」

「毎度」

「……ガツガツ、ガツガツ」


『ガキ』は一心不乱にゴミの中の食べカスを食い漁っていた。
よく見ると目にいっぱいの『涙』を浮かべて。
まるでこの世の全てに絶望しきったよーなツラをしながら。


「なあ」

「そんなモン食ってて美味いのかよ」

「……」

「よ、良けりゃあさ……このピザ一枚やるよ。オレ、カネはいっぱいあるから大丈夫なんだ」

「僕は……」

「……『カワイソー』に見えますか?」


掠れた喉から聞こえるそいつの声。

その声を聞いた瞬間、オレは泣きそうになった。

こんなことがあって良いはずが無い。
なんでこの『ガキ』はこんなトコでこんなことをしてるんだ?
この『ガキ』には……『普通に生きる権利』ってのがあるはずじゃあないのか?

朝起きて学校に行って昼に友達と遊んで夜はシャワーを浴びて暖かいベッドで眠る。
父さんと母さんに叱られながら、笑い合いながら。


「……『カワイソー』だとか、そんなんじゃあねー」


ブチャラティ。オレ、少しだけ分かったような気がする。
何が分かったのかは上手く言えないんだけどさ。


「いーから、食えよピザッ! 足りなきゃ全部くれてやるッ!」

「わわっ……あ、あの……!」

「『あの』だの『でも』だのうるせーッ!」

「こっちの方がさ、美味いだろ」


終わり。

ごめん>>29直します。

>もちろん、フーゴとミスタとアバッキオの役にも立ちたい。


『間違いだらけのバッド・カンパニー』

こいつはよ、何をしても死なねーんだ。

頭を潰そうがクサレ脳みそを壁にブチまけようが心臓のド真ん中を銃で撃ち抜こうがな。

ケッ、醜いツラしやがって。
てめーのその焦点の定まってねー目を見てるとイラついて仕方がねーぜ。
そしてそんな風に思っちまうこのオレ自身にもイラつくんだ。

もしこの世に『神様』っつーのがいるんなら聞きたい。

教えてくれよ。

なんでコイツは。

このまともに喋ることも出来ねー、ただ生きてるだけの肉の塊が。


俺の『親父』なんだ?

おい、何度も言っただろーが。
箱ん中のモン散らかすなってよォー。
聞いてんのか? そもそもオレの言葉が分かるのか? ええ?


「なんとか言えよ」


『親父』は何も答えやしねえ。
狂ったよーにひたすら箱をひっくり返して中身のガラクタをいじくりまわすだけ。

やめろ。

んなネジの外れたガキみてーなことしてんじゃあねーぞ。

やめろって言ってんだろーがッ!


バグォア!


嫌な感覚だ。
オレの拳が『親父』のブヨブヨした肉ん中にめり込む感覚。

きっと、コイツは痛みなんか感じてねーんだろーな。
それどころか自分が何をされたのかすらも理解してねーんだろう。

人間てーのはよ、こーなっちまっても生きてると言えるのか?
少なくとも『人』としての『親父』の人生はとっくに終わってるんじゃあないのか……?

もし、終わってるんだとしたら。

コイツに縛られてるオレの人生はいつになったら始まるんだ?


「……」


ふと、視線を『親父』の手へと移す。
なんだ? 『何か』を握りしめていやがる。

オレはその『何か』を『親父』の手から無理やりひったくった。
どーせくだらねーオモチャかなんかだろうがな。後生大事そうに抱えやがってよ。


「これは……」

『親父』が握りしめていたのは一枚の写真だった。

オレの『家族』の写真。

写っているのは、まだ人間だった頃の親父に美人のお袋。
その下には楽しそうに笑うオレと弟の億泰の姿があった。


「……け、け」


うめき声とも泣き声ともつかねー『親父』の声。


「け……い……ちょう……け……」


微かに聞こえた『親父』がオレの名を呼ぶ声。
なんだよ。何が言いたいんだ。
ハッキリ言ってくれなくちゃあ分からねーだろーが。


「……け……けい……あ」


オレの目の前は——真っ暗になった。

ここは……どこだ?

見渡す限りの暗闇。
前も後ろも無い。右も左も無い。上も下も……無い。
全てが『黒』だ。


「プッ……クク……ククククク……!」


ああ、そうだったな。思い出したぜ。
オレはもうとっくに『死んでた』んだったなァ。

とんだお笑い草だ。
人生を始めるも何も無かった。始める前からオレの人生は終わっていたのだからな。

そーするとここは『地獄』ってヤツか?
そりゃあそーだろうな。オレは何人も『弓と矢』を使って殺してきた。
死後の世界というものがあるのならオレは間違いなく地獄行きさ。

『そうなって当然』のことをしてきたんだ。

つまらねえ人生だった。
結局オレは何も出来やしなかったのか。

自分の為だけに生きることも。

大切な家族を『救って』やることも。


昔、億泰がオレにこう言ったことがある。


『いつだって兄貴の言うことはよォー、間違いねーよなァ〜〜〜』


それは違うぜ億泰。
オレは間違わないんじゃあない。間違いの無いようにしてきたんだ。
自分の選んだことは全て正しい。そう思える『確信」が欲しくてな。

でもよ、今は少し自信がねーんだ。

あの時オレがやっていたことは……オレがしてきたことは本当に正しかったのか。

なあ、教えてくれよ。
オレは何をしてやりゃあ良かったんだ。親父。億泰。


「……もう遅いか」


今更、何を考えた所で全部無駄だな。
きっとオレはこの暗闇の中を永遠にさまようのだろう。
それがオレの受けるべき罰だ。










「兄貴」

誰だ? こんな所でオレを呼ぶのは。
いや、一人しか居ねえ。オレを『兄貴』だなんて呼ぶのはよ。

オレの名を呼んだそいつは、まるで迷子の子供のような顔をしていた。
母親とはぐれて不安でたまらねーってツラだ。
どうしたってんだ。お前なんかがこんな所に来るにゃあ早過ぎるんじゃあねーのか。


「どこへ行くんだ。億泰」


オレが声を掛けると、そいつは途端に嬉しそうな顔をした。


「兄貴」

「兄貴について行くよ」


『ついて行く』、か。
思い返せばお前はいつもそーだったな。

何かってーと『兄貴』『兄貴』。
物事を決める時はいつもオレに頼っていた。

それが嫌だった訳じゃあねえ。
むしろ、オレの言うことを良く聞くお前はオレの最高の『駒』だった。


……『だった』んだ。


でもよ、もう違うんじゃあねーか億泰。
オレはもう居ないんだ。お前の頼りになる『兄貴』はな。

じゃあお前の隣に居るのは誰なんだ?
お前の後ろに居るそいつらは誰なんだ?

ボケっとしてんな億泰よ。
シャッキリしろ。その足りねー頭に気合い入れろ。


「お前が決めろ」


選んだ道が間違ってたって良い。
生きてりゃあいくらでもやり直せる。お前はまだ生きてるんだろ?

生きてんなら——

「億泰。行き先を決めるのはお前だ」


終わり。

これからはここにあまり来れなさそうなのでこれで一応終わりにします。
お付き合いいただきありがとうございました。
次回またスレ立てをすることがあればその時はまた宜しくお願いします。


『ヘブンズ・ドアーは見ないふり』

僕は君を忘れた。

ずっと怖かったのさ。あの日のことはきっと夢だったに違いないと。

本当は分かっていたのに頭の隅っこに放っていたんだ。

そうする内にいつしか記憶の中で『君』という存在はホコリを被り、僕の中に無いものとなっていた。

ふん。勝手だな、僕は。

君は僕を覚えていたというのに。

M県S市杜王町に……一つだけポツンとある寺。
今日僕は仕事の合間を縫い、その寺の側にある寂れた霊園に来ている。

おっと、先ほど僕は『寂れた』と言ったが別に『いかにも』な場所という訳じゃあない。
むしろ掃除とか手入れはよく行き届いていて、
死者の魂ってモンが実在するならそいつらが眠るにはうってつけの場所と言えるね。
……いや、『実在している』か。なにしろ僕はこの目で見たんだからな。


「これですかァ? 露伴先生。鈴美さんの『お墓』というのは」

「ああ。というかそこにデカデカと彫ってあるだろう。『杉本家之墓』ってさ」


同行者が居ることを言い忘れていた。彼の名は『広瀬康一君』。
最近、僕がマンガをなかなか載せないってんで、わざわざ僕の家にまで文句を言いに来たらしい。

サボってる訳じゃあないんだけどな。ただ、何故か描く気になれないだけだ。
こんなことは今まで生きてきて初めての経験だけれど。

とにかく、そんなこんなで僕が『これから杉本鈴美の墓参りに行く』と言ったら、
康一君はミョーに納得した顔をして『ぼくも着いて行きます』と言い放ち今に至る。

なんだか見透かされているよーな気分で良い気はしなかった。

「あれ、このマッチ火が点かないぞ。露伴先生、代わりのライターか何か持ってませんか?」


おぼつかない手つきで康一君が線香と花、
そして『これ、ぼくの大好物なんですよね〜っ』と言って道中で買っていた饅頭を墓に供えている。

いつも思うんだが、こーいうお供え物というのは誰かが勝手に取って食っちまわないものなんだろうか?
かといって、動物が出て来て供え物を食い荒らすという話も僕はあまり聞いたことが無い。
動物達も自然と『そういうもの』だと理解しているかもしれないな。

なんてことを考えながら康一君にポケットに入っていたライターを渡す。
今度はちゃんと火が点いたみたいだな。


「お供え物にお饅頭って、ちょっと安直過ぎだったかなあ。
 露伴先生は鈴美さんの好物とか何か覚えてないんですか?」

「記憶に無い。別に良いんじゃあないか? 女の子ってさ、大抵甘いもの好きだろ」


そう、僕は『彼女』のことを何も覚えていない。
僕の知っている『彼女』は『幽霊としての彼女』だけだ。

「それが……このお饅頭、『ニラ饅頭』なんですよね〜〜〜。しょっぱくて美味しいんですけど」


何故そんなモノをお供え物にチョイスしたんだ康一君。


「幽霊が本当に食うワケじゃあなしに」


『それもそうですね』と康一君は饅頭を墓に供え直す。
そして僕と康一君は、まあフツーに形式的ではあるが『彼女』の冥福を祈った。

しばらくして目を開けると、僕の頬にポツリと滴が落ちた。
目を凝らし見上げるとそこには曇り空が。どうやら雨でも降りそうな雰囲気だ。


「女の子」


康一君までもがポツリと言葉を漏らす。
僕は水に濡れたくないし、さっさと帰ろうと思っているんだが。

「女の『子』……だったんですよね。鈴美さん」

「ほら、ここの墓誌に『鈴美 十六才』って」


康一君が指差したのは杉本家の墓誌。
その家系の誰それがいついつ亡くなっただとかが刻まれている石碑のことだ。
確かに墓誌には『昭和五十八年 八月十三日 長女 鈴美 十六才』とある。

「ここに来て改めて思ったんですけど……やっぱりあんまりです。
 ぼく達とそう変わらない若さで殺されてしまったなんて」

「それから十五年ですよ。十五年もの間、ずっと一人と一匹であの小道でぼく達のよーな人が来るのを待っていたんだ」

「……どれだけ辛く苦しかったんでしょうか」

「知るかよ。幽霊の気持ちなんて」

「幽霊の気持ちじゃあありません。鈴美さんの気持ちです。
 露伴先生は鈴美さんの友達だったんでしょ? どーしてそんなぶっきらぼうなんですか……」


『彼女』は……『杉本鈴美』は僕の昔の知り合いだったらしい。
『らしい』というのは僕が当時の記憶をほとんど覚えていないからで、
その時のことを知っている人から少し聞きかじったくらいだからだ。

君達だってそーだろ?
自分のガキの頃なんてすっかり忘れているか、覚えていたとしても断片的だ。
だから仕方無いんだよ。忘れてしまったものは。

ポツ……ポツポツ……


「うわっ、雨が降ってきたぞ。お饅頭が濡れちゃうな、もったいないから持って帰りましょう」


康一君が饅頭を持ってきた袋に戻している。
僕の予想ではこの後すぐに康一君の胃袋に直行するだろう。


「帰るぞ康一君」


僕は康一君に一瞥をくれてやると、ここまで乗ってきた車へと踵を返した。


「あっ! 待って下さいよォーっ!」

車にキーを差し込んでエンジンを吹かす。
ワイパーと窓ガラス越しに見えた景色の向こうでは霧さえ出始めていた。


「おかしいなあ。天気予報じゃあ、『この一週間はカラカラの天気』だと言ってたのに」

「……」


ぶつくさ言いつつ慌てて助手席に乗り込もうとする康一君をよそに、
僕は振り返ってもう一度だけ『彼女』の墓を見た。

今思うと、何故振り返ったのかは分からない。

ただ一つ言えるのはなんとなくで振り返ったんじゃあないんだ。
振り返えらなくちゃあいけないような気がしたんだよ。


「……ッ」



『露伴ちゃん』


多分、その時の僕は端から見ればどーかしたように見えていただろう。
後から康一君に聞いた話だと、康一君は何度も僕に『露伴先生』と呼びかけたのに無反応だったそうだ。

ただ一点、『杉本鈴美』の墓をじっと見つめて。


「なんでもないぜ。帰ろう」


五分も経った頃だろうか。
僕はびしょ濡れになりながら思い出したように康一君にそう告げた。

「……どーしたんですか?」

「なんでもないって言ったんだ」

「あっ!!!」


康一君が急に声を張り上げる。
びっくりしたぞ。康一君こそどーした。


「もしかして露伴先生……良くないものでも『見えちゃった』んですかァ?」


康一君は恐ろしそうに顔をしかめる。


「幽霊は実在するって、この前ぼくらは身をもって体験しましたからね……
 それからとゆーもの、心霊現象とかぼく馬鹿に出来なくって。アハハ……」


心霊現象か。
陳腐な言葉だが、確かに『さっきの』はそうかもしれないな。

いや、そうじゃあないな。絶対に違う。言い切っても良い。
違うと言い切れる理由?
それこそ知るか。 僕がそうだと言ったらそうなんだ。

「見えたんじゃあない」

「?」

「思い出していたんだよ」


降りしきる雨と雲り空の向こうには僅かに太陽が覗いていた。


終わり。

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