ゼロの使い魔~才人クズさ軽減版+才人強化~(164)

このSSはサイトのクズさを軽減するとともに原作の中途半端な強さを改善してそれなりにサイトに無双してもらうSSである一方、ルイズの行き過ぎた暴力を軽減するSSでもあります。

注意
原作レ○プです。そしてかなり原作基準なので著作権上の理由で削除された場合、投稿することはなくなりますのであしからず。また筆者は文章を書くのが苦手なので文章の一部が意味不明なこともありますのであしからず。才人は平賀才人という同姓同名の別キャラと考えたほうがいいかもしれません。そして才人のキャラが不安定です。

追記
誤字脱字多し

第一章 俺は使い魔
「あんた誰?」
 抜けるような青空をバックに才人の顔をまじまじと覗き込む少女が言った。才人と年は変わらない。黒いマントに白いブラウス、グレーのプリーツスカート着た姿でこちらを見つめている。
 顔はかわいらしく、桃色の神と透き通るような白い肌を舞台にくりくりととび色の目が踊っている。外国の人みたいだ。人形のようにかわいらしい。ハーフか?
 しかしなんて格好だ?コスプレ?
 才人は知らぬ間に地面に仰向けで寝ころんでいたらしい。顔を上げて見渡すと、似たような格好の人間が自分を物珍しそうに見ていた。草原が広がっていての大きな城が見える。ヨーロッパ風だがここはどこだろう?
 頭痛がする。才人は頭を振りながら言った。
「誰って・・・。俺は平賀才人」
「どこの平民?」
 ヨーロッパ風の景色に平民か。何の冗談だ?周りを取り囲んだ少年少女たちも似たような格好をして手には杖を持っている。
 何が起きているんだ?
「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
 誰かがそういうと皆一斉に笑い出した。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
目の前の少女が、鈴のような声で怒鳴った。
「間違いって、ルイズはいつもそうじゃん」
「さすがゼロのルイズだ!」
 誰かがそういうと人垣がどっと爆笑する。
 才人の顔を覗き込んでいる少女はルイズというらしい。

 とにかくヨーロッパではないらしい。いくらなんでもこんなに大きな城であればテレビで話題になっているだろうから知らないはずはない。映画のセットかあるいは何かの撮影か?それにしたって広い。日本では絶対に用意できないだろうな。新しくできたテーマパーク?それよりなぜ俺はこんなところで寝ていたのだ?
「コルベール先生!」
 ルイズと呼ばれた少女が怒鳴った。人垣が割れて中年の男が出てきた。大きな杖をもち真黒なローブに身を包んでいる。いい年してなんて格好してるんだ?まあそういう人も居るには居るけれど。それには変な雰囲気だ。まるで試験か何かをしているかのようだ。
 ふと、ここに来る前のことを思い出す。そう、鏡のような光った何かに触った。あれはなんだったんだ?
 こういう時は、とりあえず現状を把握するために今は静観しておこう。
 ルイズと呼ばれた少女は必死にもう一度やらせてくださいと何度も懇願していてる。何をそんなに必死にお願いしているのだろうか?見た目のこともあり、さながら映画のワンシーンにも見える。
「あの!もう一度召喚させてください!」
 召喚?なにを出したんだ?何度か同じことを言っているが。
 ミスター・コルベールと呼ばれた、黒いローブの男は首を横に振った。
「それはだめだ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか?」
「決まりだからだよ。二年生に進級する際、生徒はみな『使い魔』を召喚する。その『使い魔』によってメイジの属性は決まり専門課程へと進む。当然、一度呼び出した『使い魔』を変更することはできない。この春の儀式『サモン・サーヴァント』はとても神聖な儀式だ。使い魔を変更なんてとんでもないよ」

「でも!平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
 ルイズがそう言うと、再び周りがどっと笑う。ルイズがにらみつけてもお構いなしだ。
 どうやら、まとめると俺は春の儀式『サモン・サーヴァント』により彼女が召喚した使い魔(?)のようだ。ただ、どう考えてもありえない。人間が人間を使い魔として呼ぶ?使い魔と言えばもっとこうファンタジーな生き物を呼ぶだろう。人間を呼んでどうする?いやそこじゃない。そもそも使い魔だのメイジだの属性だのなんの冗談だ?恐ろしいことにルイズは真剣なまなざしでコルベールという男に訴え、まるで冗談には見えない。
 「これは伝統なんだミス・ヴァリエール。例外などはない。彼は・・・・・。」
 と、コルベールという男が才人を指さしながら
「ただの平民かもしれないが、呼び出された以上君の『使い魔』にならなければならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、春の使い魔召喚の儀式のルールはすべてにおいて優先される。彼には使い魔になってもらわなくてはならない」
「そんな・・・・・」
 ルイズはがっくりとうなだれた。
「さて、儀式はまだ終わってません。続けなさい」
「えー・・・コイツと?」
「早くしなさい、次の授業が始まってしまうじゃないか。君のためにどれだけ時間をかけたと思っているのかね?何度も失敗してやっと呼び出せたんだ。ほかの生徒も待ってる。早くしたまえ」
 そうだそうだと野次が飛ぶ。
 ルイズは才人を困ったように見つめる。
 何をするつもりなんだ?
「ねえ」
 ルイズは才人に問いかけた。

「なに?」
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通一生ないんだから」
 ついに貴族まで出てきたか。これから俺はどうなるんだ?
 ルイズはあきらめたように目を閉じる。手に持った杖を才人の目の前で振った。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。このものに祝福を与え、われの使い魔となせ」
 朗々と呪文のような言葉を唱えその杖の先を才人の額に置いた。そしてゆっくりと唇を近づけた。
「!!!」
「ちょっと、じっとしてなさい」
 怒ったような声でルイズは言った。
 ルイズの顔が近づく。
「ちょ、ちょっと待てよ。何しようとしてんだ?」
 慌てた。顔が小刻みに震える。
「ああもう!じっとしてなさいって言ってるじゃない!」
 ルイズは才人の頭を手で押さえつけ口付けをした。
 なんでキスをした?もしかしてこれが契約の儀式か?儀式だけどいいのかこんなことをして?いやよくはないだろ。
 才人は身動きもできずに、横たわっていた。
「終わりました」
 顔を真っ赤にして照れているようだ。契約の儀式がこれでは仕方ない。しかしなぜか、どこか釈然としない。ああ、そうか。俺の意思を無視されてキスされたのが納得できないのか。照れるのはルイズよりむしろ俺の方だ。
「おい、いきなりキスしてなんなんだ?」
 しかしルイズはまるっきり才人を無視した。

 道場の帰りで疲れているんだ。こんなよくわからない連中から、さっさと別れて家に帰りたい。でもこの流れを見る限り帰れないんだろうな多分。
「『サモンサーヴァント』は何度も失敗したが『コントラクト・サーヴァント』は一回で成功したみたいだね」
 コルベールがうれしそうに言う。
「相手がただの平民だから『使い魔』にできたんだよ」
「そいつが高位の幻獣だったら『契約』なんて無理無理」
 何人かの生徒が笑いながら言った。彼らをルイズが睨み付けながら。
「バカにしないで!私だってたまには成功するんだから!」
「本当にたまによね。ゼロのルイズ」
ソバカスのある見事な巻き髪の女の子がルイズを嘲笑った。
「ミスター・コルベール!『洪水』のモンモランシーが私を侮辱しました!」
「誰が洪水ですって!私は『香水』のモンモランシーよ!」
「小さい頃は洪水のようにおねしょしてたって話じゃない。『洪水』のほうがお似合いよ!」
「よくも言ってくれたわねゼロのルイズ!ゼロのくせに何よ!」
「こらこら。貴族はお互いに尊重しあうもんだ」
 貴族と言っても子供は子供か。てっきりもう少し言葉遣いやマナーがあるかと思ったが、そうでもないらしい。
 そんな時、才人の体に異変があった。
「ん?ん゛ん゛!?」
 あまりの熱さに腕を強く押さえた。
 ルイズが苛立ちながら答えた。
「すぐに終わるから待ってなさいよ。『ルーン』が刻まれてるだけよ」

「さっきの言葉、全然覚えてないみたいだな」
 さっきの言葉とはキスした件のことである。せめて一言言うべきなのにその一言がないので才人は怒っている。しかし怒っても熱いのは収まらない。
「あのね?」
「なんだ?」
「平民が、貴族にそんな口をきいていいと思ってるの?」
 言葉遣いもマナーもなければ女性らしいお淑やかさもないコイツが貴族とは・・・なんというかもうむしろ笑えてくる。
 そうこうしているうちに腕の熱さは取れ体は平常を取り戻した。
 膝をつく才人にコルベールが近づき、左手の甲の文字を確かめる。見たこともない文字で、ミミズがのたくったようにも見える。
 俺の予感は的中し、どうやら恐れていた事態になっているようだ。ここは俺が住んでいる世界と違う世界のようだ。その根拠の一つが左手の甲に刻まれている。
「ふむ・・・・・」
 ひどい格好の中年男が言った。
「珍しいルーンだな」
 そんなことはどうでもいい。冗談だと言ってくれ。
「さてと、じゃあみんな教室に戻るぞ」
 コルベールはそう言うときびすを返して宙に浮いた。
 予測が形を整えて、現実味を帯びてきた。
 飛んだ?飛んだのか?
 周りの生徒も次々と宙に浮きだした。
 本当に魔法があるのか?今までのことをまとめるとそのようだがやはり目の前で見るとなるとまったく違う感覚になる。例えるなら初めて未知の生命体を見た時のようなそんな感覚だろうな。
 浮かんだ彼らは城の中へと一斉に飛んで行った。
「ルイズ、お前は歩いて来いよ」

「アイツ、『フライ』どころか『レビテーション』も使えないんだぜ」
「その平民が使い魔にはお似合いよ!」
 口々にそう言って嘲笑し、飛び去りった。そのうちルイズと才人だけが草原に取り残された。ルイズは大きなため息をついてから大声で怒鳴った。
「あんたなんなのよ!」
「それはこっちのセリフだ。いきなり俺を呼び出しておいて説明もなしにキスして使い魔にしたと思ったら、怒鳴りつけて」
「ったく、どこの田舎から来たか知らないけど説明してあげる」
「田舎?こっちの方がよっぽど田舎だろ。日本で東京より都会なんてほとんどないぞ」
「日本?どこの国?聞いたことない」
「はぁ・・・・・。ところであいつらは飛んでいたけどあれが魔法か?」
「そりゃメイジなんだから魔法を使わないでどうするの?」
「(本当に魔法か)それでここはどこなんだ?」
「トリステインよ!そしてここはかの有名なトリステイン魔法院。私は二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあんたのご主人様よ。覚えておきなさい!」
 重ね重ねキツイ冗談だ。魔法の世界に連れてこられて右も左もわからない上にこいつがご主人様・・・。
 ルイズは再びため息をついた。
「はぁ、なんで私の使い魔がこんな冴えない生き物なのかしら・・・・・。もっとかっこいいのがよかったのに。ドラゴンとかグリフォンとかマンティコアとか。せめてワシとかフクロウとか」
「ドラゴンとかグリフォンもいるのか?」
「いるわよ。あんたは見たことないかもしんないけど」
 ここは絵に描いたようなファンタジーな世界だな。ゲームとか漫画の生き物がなんでも居そうだ。

「そもそも、貴族はあんたなんかが口を利ける身分じゃないんだからね」
 ここへきてあることを思い出した。夢だ。そうこれは夢の可能性がある。夢は視覚しか働かない人間も多いが、五感のすべてが夢の中で正常に働く人間もいる。俺がそういう人間である可能性もある。ここは一発殴ってもらい、元の世界に戻ろう。
「ルイズ」
「なによ?っていうか呼び捨てにしないでくれる?」
「殴ってくれ」
「え?」
「力の限り俺の頭を殴ってくれ」
「何言ってんのよ?」
「十分楽しめた。そろそろ夢から醒めたい。こんな変な世界とはおさらばして家で寛ぎたいんだ」
「なんだかよくわからないけど、殴ればいいのね?」
 ルイズはこぶしを握りしめた。
「頼む」
 拳を振り上げる。
 ルイズの表情が、だんだん険しいものになっていった。いろいろと思うところがあるらしい。
「・・・・・なんであんたが召喚されたの?」
「・・・・・多分お前のレベルにあってるからだろ」
「このヴァリエール家の三女が・・・・・・。由緒正しい古い家柄を誇る貴族の私が、なんであんたみたいなのを使い魔にしなくちゃいけないの?」
 本当にそうならどうして言葉遣いもマナーもお淑やかさもないんだ。
「契約の方法がキスなんて誰が決めたの?」

「俺に言うな。それより早く殴ってくれ、悪夢はもうこりごりだ」
「それはこっちのセリフよ!」
ルイズは思い切り才人の頭をぶん殴った。
「ファーストキスだったんだからね!」
武道をやっている才人を気絶させるさせるほどの良いパンチをお見舞いしたルイズに、こいつはいい才能があるなと思いながら才人はぶっ倒れた。

 平賀才人。高校二年生17歳。
 運動神経は習い事をしているからいい方だと思う。成績中の中。彼女いない歴17年。剣道、柔道ともに初段。
 先生の評価は『平賀君?少々口は悪いですが冷静で物事をよく観察でき、難題にもよくチャレンジしますが、あまり結果は伴いません』
 親の評価は『文武両道、剣道も柔道もともにがんばりなさい』
 冷静に見れるにはのは周りにぶっ飛んだ人がいるおかげ。そして難題はそういった連中から持ち込まれることが多い。主に両親。文武両道と言いながら、なぜか剣道と柔道を習わせている。以前文武両道の正しい意味を説明したが説明し終わると「じゃあ剣道と柔道、両方がんばりなさい」と言われた。まあ幸いどちらも好きではあるが。
 普通の人間では今の状態を理解できないだろう。いや理解したくないだろう。魔法の世界に召喚され、変な格好の人間に囲まれ、キスされ、使い魔にされる。それらに動じないのはひとえに親のおかげであるが、当人は複雑の心境である。
 そんな才人はほんの30分前まで東京の街を歩いていた。道場で竹刀を振るって、防具から着替えてさて、家に帰ってコーラを飲むか、なんて考えて帰るその途中であった。道中にそれがあった。光り輝く姿見のような大きな何か。光を反射しているわけではなく、それ自身が光っていて、しかも若干浮いている。

 才人は何かは気になったがさわらぬ神に何とやら、さっさと家帰ってコーラを飲もう。きびすを返したその時、正面から来たサラリーマン風の男にぶつかりよろめいてしまった。これだけなら何もなかった。そこに落ちていた小石をうっかり踏んづけて滑ってしまった。その瞬間全身に衝撃が走った。それは子供のころに母さんが買ってきた頭の良くなる怪しい機械を使った時とどこか似ていた。
 気絶から醒めるとファンタジーな別の世界が広がっていた。
「それほんと?」
 ルイズが疑わしげに言った。手には夜食のパンを持っている。二人はテーブルを挟んで椅子に掛けていた。
 ここはルイズの部屋で十二畳ほどある。ベッドやタンスをはじめさまざまなアンティークな品が置かれている。
 二度目の気絶から醒めた才人はここまでルイズに連れてこられたのである。
 痛む頭を押さえながら才人は答えた。
「これほどまでに嘘であってほしいと思ったことは、今までにないな」
 才人は今日ほどツイていない日はほかにないと思った。
 魔法があって、空を飛んで、使い魔になって。
 月が二つもあるあたり、もうここが地球ではないことが明白だ。
 時刻は夜だ。親にはなんて言おう。ああ、でもまぁ今の状況を説明すれば多分それっぽく納得してくれるだろう。
 窓からは大きな月が見え、遠くには大きな山が、右手には鬱蒼と生い茂る森が見える。
 これからどうなるんだ?使い魔って何をするんだ?いやいや違う。そこじゃない。どうやって帰ったらいいんだ?まずどうやって移動してきたか。その原理をあとで聞くか。
「信じられないわ」
「信じたくないものほど、現実にはあるものなんだな」

「別の世界ってどういうこと?」
「魔法がない。もっと技術の進んでる。あと月も一つだ」
「どこにあるのよそんな世界」
「俺が元居たところだよ」
 ため息をついた才人にルイズは言った。
「ため息をつきたいのはこっちよ。平民の分際で」
「そもそも平民ってなんだよ。俺の世界には貴族も王様も、もういないぞ?まあ、象徴としての王なら居るけど」
「平民って、メイジじゃなかったらみんな平民よ。メイジじゃないんでしょ?」
「メイジ以外は平民なのかよ」
「本当にあんたってこの世界の人間なの?」
「何度説明すればわかるんだ・・・・・」
 才人がそういうとルイズはせつなげにテーブルに肘をついた。
 テーブルにはアールデコ調のカバーのついたランプが置いてある。ランプの火が揺れて、部屋を淡く照らしている。電気などはないらしい。
 内装も調度品もかなりよくできている。一つ一つ凝った作りで見るものを飽きさせない。だがどんなに技巧の凝ったものがあっても帰りたいものは帰りたい。
「早く帰りたい・・・」
「また言ってる。無理よそんなこと」
「そう、なんで無理なんだ?そもそも俺はどうやってここへ来たんだ?」
「なんでって、まずあんたと私は使い魔としての契約をしちゃったのよ。あんたがどこの誰であろうが、別世界の人間であろうが、一回の使い魔として契約したからにはどうにもならないわ。」
「事態は深刻なんだな。」
「深刻も深刻よ。あんたみたいなのが使い魔でどうやってお父様やお母様に紹介しろってのよ」

「・・・なら帰してくれよ」
「・・・・・本当に、別の世界から来たの?」
「そうだよ」
「なんか証拠見せてよ」
 才人はポケットの中から携帯電話を取り出した。
「なにこれ?」
「携帯電話」
 どこにでもある普通の携帯電話である。
「確かに見たことないけど、なんかのマジックアイテム?」
「マジックアイテムじゃないけど、遠くの人間と話すことができる機械だ」
 そういって携帯の画面を見せた。
「この絵は魚?よくできてるわね」
「絵じゃなくて写真だ。携帯を向けて写したいものを写すとこんな風に綺麗にうつるんだ。俺の世界の科学の技術で作られたものだ」
 きょとんとした顔でルイズが才人の顔を覗き込む。無邪気な顔だ。
「カガクって何の系統?四系統と違うの?」
「魔法とは似て非なるモノとでも言えばいいのか?」
「ふーん」
 ルイズはベッドに深く座り込むと、足をぶらぶらさせた。両手を広げ、思いついたように言った。
「ところでそれで遠くの人間と話すことができるなら連絡をすればいいじゃない?」
「ところがこっちじゃ使えないんだよ。まあ仮に同じ世界でも電波ないし」
「電波?」

「波だな。波は遠くにも届くだろ?湖面をたたいて波にしてそれを決められたルールの中で言いたいことを送れば遠くに言いたいことを伝えられるだろ?たとえば大きな波紋と小さな波紋を組み合わせて『あ』なら大きい波紋を2回、小さい波紋を1回、大きい波紋をもう2回、『い』なら小さい波紋を1回、大きい波紋を1回という風に決めれば遠くの相手と会話できるってわけだ」
「そんな面倒なことをしてるの?」
「いや、もっと複雑になってて、それらは機械がやっている。正直これ以上は俺には説明できない。専門の勉強をやってるわけじゃないからな」
「ふーん、でもこれだけじゃ、わかんないわよ」
「いくらなんでもこっちに携帯電話はないだろ?」
 ルイズは唇を尖らせた。
「あるわよ」
「あるのか!?ってそんなことより、結局俺は帰れないのか?」
「帰れないわよ、だってそっちの世界とこっちの世界をつなぐ魔法なんてないもの」
「じゃあ俺はどうやってここへ来たんだ?」
「知らないわよそんなこと」
 才人は怪訝な表情でルイズをにらんだ。
「あのね、ほんとのほんとにそんな魔法ないのよ。大体、別の世界なんて聞いたこともないもの」
「呼ぶだけ呼んで・・・しかも片道切符か~」
「『サモン・サーヴァント』は普通はハルケギニアの生物を呼び出す魔法なのよ。普通は動物や幻獣なんだけどね。人間が召喚されるなんて初めて見たわ」
「うーん、もう一度やると、どうなるんだ?」
 ルイズは悩んだ顔をして首を振った。
「『サモン・サーヴァント』は呼び出す魔法で使い魔を元に戻す呪文なんて存在しないわ」

「一応やってみてくれ。」
「不可能、今は唱えることはできないわ」
「どうして?」
「・・・『サモン・サーヴァント』を再び使うには呼び出した使い魔が死なないといけないの。死んでみる?」
「遠慮しておく」
 諦めてうなだれ恨めしそうに左手を見つめた。
「ああ、それね」
「うん」
「私の使い魔ですっていう、印みたいなもの」
 ルイズは立ち上がると腕を組んだ。
 よく見ると本当に可愛らしい。すらりと伸びた足に、細い足首。背は高くなく150㎝くらい。かわいらしい子猫のような眼。生意気そうな眉が、目の上の微妙なとこを走っている。せめて出会いが地球だったらよかった。いや親がアレだから、それはそれで大変だろう。いや違う違う、そこじゃない。(恋人として)付き合うことになってないし、そもそも(友人、知人としても)付き合いたくない。
「しばらくは使い魔生活か・・・」
「ほぼ間違いなくずっとよ。残念なことに。そもそも口の利き方がなってないわ。『これから使い魔をさせていただきます』でしょ?」
 ルイズは得意げに指を立てて言った。可愛い仕草だが、内容はどこかイラっとくる。
「はぁ。で、使い魔は何をするんだ?」
 魔法使いの使い魔って、漫画やゲームのそれじゃあ大体説明役みたいなところできれいに収まってるけど、俺も説明役するのか?
「まず、使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられるわ」

「どういうことだ?」
「使い魔の視覚や聴覚を主人も共有できるのよ。でも、あんたじゃ無理みたいね。わたし、何も見えないもん。」
「それはお気の毒だな」
「それから使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。たとえば秘薬とか」
「俺にそんなことができると思うか?」
「できないでしょうね」
 ルイズは苛立たしそうに続けた。
「そしてこれが一番なんだけど・・・、使い魔は主人を守る存在でもあるのよ!その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目。でも、あんたじゃ無理ね・・・・・」
 こんなんでも一応剣道と柔道の初段を持ってるんだけどな。まあ、必要な筋肉しかついてない分、服の上からじゃわからんだろうが。
「強い幻獣だったら並大抵の敵にも負けないけど、あんたはカラスにも負けそうじゃない」
「はぁ~そうですか」
「だからあんたにできそうなことやらせてあげる。掃除、洗濯、その他雑用」
「それじゃあ使い魔じゃなくて召使いだな。まあ、せいぜい暇を見つけては帰る方法でも探しておくよ」
「はいはい、そうしてくれるとありがたいわ。あんたが別の世界とやらに消えれば、私だって次の使い魔を召喚できるもの。さてと、喋ったら眠くなっちゃったわ」
 ルイズはあくびをした。
「俺はどこで寝ればいいんだ?」
 ルイズは床を指した。才人はため息をついた。
「はいはいわかりましたよ、ここで寝ますよ。でもさすがになにも掛けるものがないと寒いんだけど、何かない?」

「『何かない?』じゃなくて『ありませんか?』でしょ」
 ルイズは毛布を一枚投げてよこした。
 それからブラウスのボタンに手をかけ、下着があらわになる。
「男の前で着替えるなよ」
「なんでよ?使い魔に見られたって何ともないわ」
 まるでその辺に居る鳥や犬猫と言ったところか。これじゃあ先が思いやられる。
 才人は毛布を頭からかぶって横になった。
 やっぱりさっき思った通り(友人・知人としても)付き合いたくない人間のようだ。これからきっと大変だろうな間違いなく。
「じゃあこれ明日洗濯しといて」
 ひらりと何かが舞い降りてきた。レースのついたキャミソールにパンツであった。白くてとても精巧で緻密なつくりをしていた。いや、そうじゃない。
「いくらなんでも、これは自分で洗えよ」
「誰があんたを養うと思ってるの?誰がご飯を用意するの?ここは誰の部屋?」
 そういうことを言いたいわけじゃないが、先の会話からどう考えても理解してもらえないだろうと思い一言返す。
「ご主人様です」
「そう。あんたは私の使い魔でしょ?掃除洗濯雑用くらい当然じゃないの」
 俺は使い魔だが、普通の使い魔は掃除洗濯雑用はしないと思う。いや問題はそこじゃないが。今はルイズの言うことを聞いて、その合間に帰る方法を調べよう。とは言っても、そんなこと聞いたこともないと言っていたから、少なくともほとんど誰も知らない。おまけに字も読めないんじゃどうしようもないな。せめて字の読み書き位出来るようにならないとな。そう思いながら床に就いた。ルイズが指をパチンとはじくと、ランプの灯りが消えた。うちの蛍光灯もこれで消えたらいいのに、とのんきなことを考えた。




第二章 ゼロのルイズ
 才人は目が覚めると昨日ルイズがよこした下着があった。女物の下着ってどうやって洗うんだ?
 ルイズはベッドの中であどけない寝顔で寝息を立てている。寝ている分にはかわいい。寝ている分には。
 それにしても良い朝だ。窓から差し込む陽射しにすこし目が眩む。
 とりあえず今日はどうしようか?ああそうそう、掃除洗濯雑用だ。そんなことを考えながらルイズの毛布をはぎ取った。
「な、なによ!何事!」
「朝だ。朝」
「はえ?そ、そう・・・・・ってあんた誰よ!」
 ルイズは寝ぼけた声で怒鳴った。ふにゃふにゃの顔が痛々しい。大丈夫かこいつ。
「平賀才人」
「ああ、使い魔ね。そうね、昨日、召喚したんだっけ」
 ルイズは起き上がるとあくびをした。そして才人に命じる。
「服」
 椅子にかかった服を渡した。ルイズはだるそうにネグリジェを脱ぎ始めた。
 才人はよそを向いていた。
「下着」
「自分でとれよ」
「そこのー、くろーぜっとのー、いちばんしたのー、引き出しにー、入ってるー」
 どうやら本当に召使いにするようだ。

 クローゼットをの引き出しを開けた。中にはたくさんの下着が入っている。他人の下着なんて初めて見る。適当につかんで後ろを見ないように渡した。
「服」
「着せろって?」
「うん」
 下着姿のルイズが気だるそうにベッドに座っていた。まあ、貴族なんだから自分じゃ着ないよな。半ば諦めながらも服を着せる。こいつのことだ、万が一にも逆らえば、いよいよ飯抜きにでもされそうだ。

 ルイズと部屋を出ると、似たような木でできたドアが壁に3つ並んでいた。ドアの一つが開いて、中から燃えるような赤い髪の女の子が現れた。ルイズよりも背は高く、才人に並ぶほどだ。むせるような色気を放っている。彫りの深い顔に、突き出た胸が艶めかしい。
 ブラウスの上のボタンを外して胸元をのぞかせている。その谷間に思わず目が行く。褐色の肌がとても健康そうでプリミティブな色気を振りまいている。
 身長、肌の色、雰囲気、胸・・・・・、すべてが対照的だった。どちらも魅力的であるといえばそうだが。
 彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。
「おはようルイズ」
 ルイズは顔をしかめ、嫌そうに挨拶を返した。
「おはよう。キュルケ」
「あなたの使い魔って、それ?」
 才人を指さして馬鹿にした口調で言った。
「そうよ」
「あっはっは!ほんとに人間なのね!すごいじゃない!」
 どうやら貴族というのは似たような人間が多いらしい。なんというか、もう怒る気にもならない。
「『サモン・サーヴァント』で平民を呼ぶなんてあなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」

 ルイズの頬にさっと朱がさした。
「うるさいわね」
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発成功よ」
「あっそ」
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケは勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤な巨大トカゲが現れた。むんとした熱気が才人を襲う。
「熱っ!」
 昨日のこともあってか熱いものに過敏に反応してしまった。
キュルケが笑う。
「おっほっほ!もしかして、あなた、この火トカゲを見るのは初めて?」
「鎖につないでおけよ、危ないだろ。」
「平気よ、あたしが命令しない限り襲ったりしないから。臆病ちゃんね」
 キュルケは顎に手を添え、色っぽく首をかしげた。
 トカゲはとても大きく、虎ほどあり、尻尾は炎でできていた。口からチロチロ出ている炎がとても熱そうだ。
「そばにいて熱くないのか?」
 才人は尋ねた。サラマンダーを見つめる。やっぱりこの世界はなんでもいるんだな。
「あたしにとっては涼しいくらいね」
「これってサラマンダー」
 ルイズが悔しそうに尋ねた。
「そうよー。火トカゲよー。みて?この尻尾。ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ?ブランドものよー。好事家に見せたら値がつかないわよ?」

「そりゃよかったわね」苦々しい声でルイズは言った。
「素敵でしょう?あたしの属性にぴったり」
「あんた『火』属性だもんね」
「えぇ。微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男子はそれでイチコロなのですわ。あなたとは違ってね?」
 キュルケは得意げに胸を張った。ルイズも負けじと胸を張るが、残念ながらそれが却って哀愁を誘う。自分で言うのもあれだが、使い魔が人間と火トカゲという点でも負けているから余計に。
 ルイズはそれでもぐっとキュルケを睨み付けた。かなり負けず嫌いのようだ。
「あんたみたいにいちいち色気を振りまくほど、暇じゃないだけよ」
 キュルケはにっこりと笑った。余裕の態度だった。それから才人を見つめる。
「あなた、お名前は?」
「平賀才人」
「ヒラガサイト?ヘンな名前」
「そりゃどうも」
「じゃあ、お先に失礼」
 そう言うと、炎のような赤い髪をかき上げ、颯爽とキュルケは去っていった。ちょこちょこと、その大柄な体に似合わない可愛い動きで、サラマンダーはそのあとを追う。
「くやしー!なんなのあの女!自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって!ああもう!」
「もういいじゃんか、なにを召喚したって」
「よくないわよ!メイジの実力は使い魔を見ろって言われてるくらいなのよ!なんであのバカ女がサラマンダーで私があんたなのよ!」
「悪かったなただの人間で。」
「そうよ、メイジと平民じゃ天と地ほどの差があるのよ」

 天は人の上に人を作らずと言った人がいたが、こちらでは人の上にはメイジがいるようだ。
「はいはい・・・。ところであいつ、ゼロのルイズって言ってたけど『ゼロ』ってなんなんだ?苗字じゃないよな」
「ゼロはただのあだ名よ」
「さっきの赤い髪のキュルケだっけ?あいつが微熱なのはわかるけどお前のゼロはなんなんだ?」
「知らなくてもいいことよ」
ルイズがバツが悪そうに答えた。
 まあキュルケと比べると胸は・・・・・。だけどそこじゃないよな。
「あんた今、とっても失礼なこと考えてなかった?」
「いえいえ、滅相もございません」
 そういえば昨日『フライ』も『レビテーション』も使えないって言ってたな。『サモン・サーヴァント』も何度も失敗したって言ってたし『コントラクト・サーヴァント』に1回で成功したって言ってたし。もしかして・・・。

 トリステイン魔法学院の食堂は、学園内の敷地で一番背の高い、真ん中の本堂の中にあった。食堂の中にはやたらと長いテーブルが三つ、並んでいる。百人は優に座れるだろう。二年生のルイズたちのテーブルは真ん中だった。
 どうやらマントの色は学年で決まるらしい。食堂の正面に向かって左隣のテーブルに並んだ、ちょっと大人びたメイジたちは、紫のマントを身に纏っていた。三年生だろう。
 右側のテーブルのメイジたちは茶色いマントを身に纏っている。一年生だろう。まるで学年別ジャージだなと才人は思った。
 メイジたちは朝昼晩の三食すべて、ここで食事をとるようだ。
 一階の上にロフトの中階があった。先生メイジたちが、そこで歓談に興じているのが見えた。

 すべてのテーブルに豪華な飾り付けが施されている。
 いくつものローソクが立てられ、花が飾られ、器にフルーツが盛り付けられていた。
 才人が食堂の豪華絢爛さに驚いている気が付くとルイズが得意げに指を立てて言った。鳶色の目が悪戯っぽく輝く。
「トリステイン魔法学院で教えるのは魔法だけじゃないのよ」
「はぁ」
「メイジのほぼ全員は貴族なの。『貴族は魔法をもってその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ」
「そうですかい」
「わかった?ホントならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』なんて一生は入れないのよ感謝してよね」
「感謝、感激、雨、あられ。で、アルヴィーズってなんだ?」
「いちいちムカつくわね・・・。小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう」
 確かに壁際には精巧な小人の彫像が並んでいる。
「もしかして夜な夜なパーティなんか開いてたりして」
「よく知ってるわね」
「え?パーティするのか?あれ」
「夜には踊っているわ。そんなこといいから、椅子をひいてちょうだい気の利かない使い魔ね」
 腕を組んでルイズが言った。首をくいっと傾げると、桃色がかったブロンドの長い髪が揺れた。しかたない、今はご主人様だ。才人はルイズのために椅子を引いた。
 礼も言わずに椅子に腰をかける。才人は自分の椅子もひこうとしたが、貴族と使い魔は並んで食べるだろうかと一瞬悩むと、ルイズは肩をぽんぽんと叩く。そしてその手は床を指した。ここで食べろということらしい。

「あぁ~。これは貴族様の料理に負けず劣らず料理で」
「なにか文句あるの?そもそも使い魔は外で食べるの。私の特別な計らいで、床」

才人はどしっと床に座り込み皿を見つめている。申し訳程度に肉の浮いたスープ。隣には黒パンが置いてあった。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我々に与えたもうことを感謝いたします」
 祈りの声が唱和される。ルイズも目を閉じてそれに加わっている。
 さっき見たテーブルの料理を思い出した。あれがささやかな糧か。俺のこれがささやかな糧だ。最近のペットでさえ、もう少しまともなものを食ってるぞ。
 泣き言を言っても始まらない、これからのことを考えながら黒パンにかじりついた。

魔法学院の教室は、大学の講義室のようだった。それが石でできているものだと思えば大体あっている。講義を行う魔法使いの先生が、一番下の段に位置し、階段のように席が続いている。才人とルイズは中に入っていくと、先に教室にやってきた生徒たちが一斉に振り向いた。
 そしてくすくす笑いを始める。先ほどのキュルケもいた。周りを男子たちが取り囲んでいた。なるほど、男子がイチコロというのは本当らしい。周りを囲んだ男子どもに、女王のように祭り上げられている。まああれだけ綺麗なら仕方ない。おまけに胸も大きいし。
 皆さまざまな使い魔を連れていた。
 キュルケのサラマンダーは椅子の下で眠り込んでいる。肩にフクロウを乗せた生徒もいた。窓から巨大な蛇がこちらを覗いている。男子の一人が口笛を吹くと、そのヘビは頭を隠した。カラスも猫もいた。

 やはり目を引くのは元の世界に居ない生物だ。細かいところがどういう風になっているのか才人はとても気になっている。それがそこかしこにひょこひょこしているのだ。
 六本足のトカゲ、バジリスクもいる。あの浮遊している巨大な目玉は何だろう?ルイズに尋ねた。
「あの浮いている目玉はなんだ?」
「バグベアー」
「そっちの蛸人魚は?」
「スキュア」
 ルイズは不機嫌そうな声で答えて一つの席に腰を掛けた。習慣でつい椅子に掛けそうになるが、さっきのことを思い出して尋ねる。
「もしかして床?」
「メイジの席なんだから、使い魔は座っちゃダメ」
 とは言ってもこの狭さじゃどうしようもない。椅子に掛けるとルイズに睨まれたが、「下は狭すぎる」というと何も言わず支度を始めた。
 扉が開いて先生が入ってきた。
 中年の女性で紫のローブに身を包み、帽子を深くかぶっている。ふくよかな頬が、優しさを漂わせている。彼女は教室を見回すと満足そうに微笑んでいった。
「みなさん。春の使い魔召喚は大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ」
 ルイズは俯いた。
「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
 シュヴルーズが、とぼけた声で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。
「ゼロのルイズ!召喚できないからってその辺の平民を連れてくるなよ!」

 ルイズは立ち上がった。長いブロンドの髪を揺らして、かわいらしく澄んだ声で怒鳴る。
「違うわ!きちんと召喚したもの!こいつが来ちゃっただけよ!」
「嘘をつくな!『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
 ゲラゲラと教室中の生徒が笑う。
「ミセス・シュヴルーズ!侮辱されました!かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱したわ!」
 強く握りしめた拳で机をたたいた。
「かぜっぴき?俺は風上のマリコルヌだ!風なんてひいてないぞ!」
「あんたのそのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」
 マリコルヌと呼ばれた男子生徒は立ち上がりルイズを睨み付ける。シュヴルーズ先生が手に持った小ぶりの杖を振った。立ち上がった二人は糸の切れた操り人形のように、すとんと席に落ちた。
「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はやめなさい」
 ルイズはしょぼんとうなだれている。さっきまで見せていた生意気な態度は吹っ飛んでいた。
「お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」
「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですがルイズのゼロは事実です」
 クスクス笑いが漏れる。
 シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回した。そして杖を振るとクスクス笑いをしていた生徒の口に、どこからか現れた赤土の粘土がピタッと張り付いた。
「あなたたちはその格好で授業を受けなさい」
 教室のクスクス笑いは収まった。

「では始めますよ」
 シュヴルーズは、こほんと重々しく咳をして、それから杖を振ると机の上にいくつか石が現れた。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。土系統の魔法をこれから一年間、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・マリコルヌ」
「は、はい。ミセス・シュヴルーズ。火・水・土・風の四つです」
 シュヴルーズは頷いた。
「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で土は最も重要なポジションを占めていると私は考えます。それは私が土の系統だからではありませんよ。」
 シュヴルーズは再び重々しく咳をした。
「土の系統は万物の組成を司る、重要な魔法です。この魔法がなければ貴重な金属を作ることはできませんし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることも。農作物の収穫も今より手間取るでしょう。このように土系統の魔法は生活と密接に関係しているのです」
 なるほど。魔法は科学に匹敵するものであるからこそ、メイジは幅を利かせているんだな。ルイズが魔法使いというだけで威張る理由が分かった。
「今から皆さんには土系統の基本である錬金の魔法を覚えてもらいます。一年生の時にできるようになった人も居るでしょうが、基本が大事です。もう一度おさらいすることにします」
 シュヴルーズは石ころに向かって、手に持った杖を振り上げた。
 短くルーンを呟くと、石ころは光りだした。
 光が収まると石ころは輝く金属に変わっていた。
 「ゴ、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」
 キュルケが身を乗り出した。
「違いますよ。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのはスクウェアクラスのメイジだけです。私はただの・・・」

 こほんともったいぶって咳をして、シュヴルーズは言った。
「トライアングルですから」
 才人はつぶやいた。
「トライアングルってなんだ?」
「系統を足せる数のことよ。それでメイジのレベルが決まるの」
「うん?」
「たとえば土の系統はそれ自体でも使えるけど火の系統を足すとより強力な呪文になるの」
「火と土、二つの系統を足せるのがラインメイジ、シュヴルーズ先生みたいに火と土と土を足せるのがトライアングルメイジ」
「どうして同じ系統を足すんだ?」
「その系統をより強力にするためよ」
「ならあそこにいるふくよかな先生メイジは、トライアングルだから強いメイジってわけか」
「そのとおりよ」
「で、ルイズはいくつ足せるんだ?」
 そんな風にしゃべっていると、シュヴルーズ先生に見咎められた。
「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
「授業中の私語は慎みなさい」
「すみません・・・・・」
「おしゃべりをする余裕があるなら、あなたにやってもらいましょう」
「わ、わたしに?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
 ルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじするだけだ。
「おいおい。行かなくていいのか?」
「ミス・ヴァリエール、どうしたのですか?」

 シュヴルーズ先生が再び呼びかけると、キュルケが困った声で言った。
「先生・・・」
「なんです?」
「やめたほうがいいと思いますけど・・・」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケはきっぱりと言った。教室の全員が頷いた。
「危険?どうしてですか?」
「ルイズに教えるのは初めてですよね?」
「えぇ。でも彼女は努力家と聞いています。さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
「ルイズ・・・やめて」
 キュルケは顔面蒼白になった。
 しかし、ルイズは立ち上がった。
「やります」
 そして緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いた。
 隣に立ったシュヴルーズがにっこりとルイズに微笑みかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く思い浮かべるのです」
 こっくりと可愛らしくうなずいて、手に持った杖を振り上げた。
 唇を軽くへの字に曲げ、真剣な顔で呪文を唱えようとするルイズはとてもとても愛らしい。本性を知っている才人でもくるものがある。
 しかし、そんな感想とは裏腹になぜか次々と生徒たちは机の下に隠れ始めた。錬金するのに隠れる必要はない。そういえば『ゼロ』と呼ばれるその二つ名はほかの生徒と違って、どちらかといえば嘲笑の意で呼ばれてる。おそらくは、魔法が成功しないからだろう。だからと言ってなぜ机に隠れるのだろう。

 ルイズは目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
 その瞬間、机ごと石は爆発した。
 爆風をもろに受けたルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられ、辺りは阿鼻叫喚と化す。驚いた使い魔たちは暴れだした。口から炎を吐いたり、飛び上がり窓をたたき割ったり、穴から入ってきた蛇が誰かのカラスを飲み込んだり。
 キュルケはルイズを指差し怒鳴った。
「だから言ったのよ!あいつにやらせるなって!」
「もうヴァリエールを退学にしてくれ!」
「俺のラッキーが蛇に食われた!ラッキーが~~~!」
 才人は呆然とした。魔法学校なのに魔法ができなくてそれは辛いだろうなと思ってはいたが、それ以上に事態は深刻だった。
 シュヴルーズ先生は倒れたまま動かない。たまに痙攣しているから、かろうじて生きているようだが。
 ルイズは煤だらけで真黒。むくりと立ち上がった姿は見るも無残で、ブラウスは破けて肩を覗かせ、スカートは裂けてパンツが見えていた。
 しかしまるで意に介さずにハンカチで顔の煤を拭うと、淡々とした声で言った。
「ちょっと失敗したみたいね」
 当然、ほかの生徒から猛然と反撃を食らう。
「ちょっと?じゃないだろ!ゼロのルイズ!」
「いつだって成功率ほとんどゼロじゃないかよ!」
 ここで才人は『ゼロ』の意味を理解した。使える魔法がゼロなのではなく、成功率がゼロなのだ。

第三章 伝説
ミスタ・コルベールはトリステイン学院に奉職して二十年の中堅教師である。彼の二つ名は『炎蛇のコルベール』。火系統の魔法を得意とするメイジである。
 彼は先日の『春の使い魔召喚』の際に、ルイズの呼び出した平民のことが気にかかっていた。正確にはその左手に刻まれたルーンのことが。珍しいルーンでそれを調べるために、先日の夜から図書館にこもりっきりで、書物を調べていた。
 トリステイン魔法学院の図書館は、食堂のある本塔の中にある。本棚は驚くほど大きくおおよそ三十メイルはほどの高さがあり、それらが壁際に並んでいるさまは壮観だ。それもそのはず、ここには始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の歴史が詰め込まれていた。
 彼がいるのは、図書館の中の一区画、教師のみが閲覧を許される『フェニアのライブラリー』の中であった。
 生徒たちも閲覧できる一般本棚では、満足のいく回答が見つからなかったためである。
 『レビテーション』を使い、手の届かない書棚まで浮かび、一心不乱に本を探っていた。
 そして、その努力は報われた。彼は一冊の本の記述に目を止めた。
 それは始祖ブリミルが呼び出した使い魔たちが記述されていた古書であった。
 その中に記された一節に彼は目を奪われた。じっくりとその部分を読みふけるうちに、彼の目が見開いた。
 古書の一節と少年の手に現れたルーンのスケッチを見比べる。
 彼は声にならないうめき声をあげた。一瞬『レビテーション』が切れかけ、床に落ちそうになる。
 彼は本を抱えて降りると慌てて走り出した。
 彼が向かった先は、学院長室であった。

 学院長室は本塔の最上階にある。トリステイン魔法学院の院長を務めるオスマン氏は、白い口髭と髪を揺らし、重厚なつくりのセコイアのテーブルに肘をついて、退屈を持て余していた。
 ぼんやりと鼻毛を抜いていたが、おもむろに『うむ』とつぶやいて引き出しを引いた。
 中から水ギセルを取り出した。
 すると、それと同時に部屋の隅で書き物をしていたミス・ロングビルが羽ペンを振った。
 水ギセルが宙を飛んでミス・ロングビルの手元までやってきた。つまらなそうにオスマン氏が呟く。
「年寄りの楽しみを取り上げて楽しいかね?ミス・・・」
「オールド・オスマン。あなたの健康を管理するのも、私の仕事なのですわ」
 オスマン氏は椅子から立ち上がると、理性的な顔立ちが凛々しいミス・ロングビルに近づいた。椅子に座ったロングビルの後ろに立つと、重々しく目をつむった。
「こう平和な日々が続くとな、時間の過ごし方というものが、何よりも重要な問題になってくるのじゃよ」
 オスマン氏の顔に刻まれたしわが、彼がすごしてきた歴史を物語っている。百歳とも三百歳とも言われている。本当の歳がいくつなのか、誰にもわからない。本人も知らないかもしれない。
「オールド・オスマン」
 ミスロングビルは、羊皮紙の上を走らせる羽ペンから目を離さずに言った。
「なんじゃ?ミス・・・」
「暇だからと言って、わたくしのお尻を撫でるのはやめてください」
 オスマン氏は口を半開きにすると、よちよちと歩き始めた。
「都合が悪くなるとボケた振りをするのも、やめてください」
 どこまでも冷静な声でミス・ロングビルは言った。オスマン氏はため息をついた。苦悩が刻み込まれたため息であった。

「真実はどこにあるんじゃろうか?考えたことはあるかね?ミス・・・・・」
「少なくとも、わたくしのスカートの中にはありませんので、机の下にネズミを忍ばせるのはやめてください」
 オスマン氏は顔を伏せた。悲しそうな顔でつぶやいた。
「モートソグニル」
 ミス・ロングビルの机の下から、小さなハツカネズミが現れた。オスマン氏の足を上り、肩にちょこんと乗っかって、首をかしげている。ポケットからナッツを取り出し、ネズミの顔の先で振った。
 ちゅうちゅう、とネズミが喜んでいる。
「気を許せる友達は思えだけじゃ。モートソグニル」
 ネズミはナッツを齧り始めた。齧り終えるとふたたびチュウチュウと鳴いた。
「そうかそうか。もっとほしいか。よろしい。くれてやろう。だがその前に報告じゃ。モートソグニル。」
 ちゅうちゅう。
「そうか、白か、純白か、うむ。しかしミスロングビルは黒に限る。そう思わんかね。可愛いモートソグナルや」
 ミス・ロングビルのまゆが動いた。
「オールド・オスマン」
「なんじゃね?」
「今度やったら、王室に報告します。」
「カーッ!王室が怖くれ魔法学院学院長が務まるかーッ!」
 オスマン氏は目をむいて怒鳴った。よぼよぼの年寄とは思えない迫力だった。
「下着を覗かれたぐらいでカッカしなさんな!そんな風だから、婚期を逃すのじゃ!はぁ~~~若返るのぅ~~~、ミス・・・」
 オールド・オスマン氏はミス・ロングビルのお尻を堂々と撫でまわし始めた。
 ミス・ロングビルは立ち上がると、無言で上司を蹴りまわした。

「ごめん、やめて。痛い。もうしない。ほんとに」
 オールド・オスマンは、頭を抱えてうずくまる。ミス・ロングビルは荒い息で、オスマン氏を蹴り続けた。
「あだっ!年寄りを!きみ。そんな風に。こら!あいたっ!」
 そんな平和な時間は、突然の闖入者によって破られた。
 ドアがガタン!と勢いよく開けられ、中にコルベールが飛び込んできた。
「オールド・オスマン!」
「なんじゃね?」
 ミス・ロングビルは何事もなかったかのように机に向かっていた。オスマン氏は腕を後ろに組んで、重々しく闖入者を迎え入れた。早業であった。
「た、た、大変です!」
「大変なことなど、あるものか。すべては小事じゃ」
「ここ、これを見てください!」
 コルベールはオスマン氏に先ほど読んでいた書物を手渡した。
「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。まーたこのような古臭い文献など漁りおって。そんな暇があるなら、たるんだ貴族たちから学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ・ミスタ・・・なんだっけ?」
 オスマン氏は首をかしげた。
「コルベールです!お忘れですか!」
「そうそうそんな名前だったな。君はどうも早口でいかんよ。で、コルベール君。この書物がどうかしたのかね?」
「これを見てください!」
 コルベールは才人の手に現れたルーンのスケッチを手渡した。
 それを見た瞬間、オスマン氏の表情が変わった。目が光って、厳しい色になった。
「ミス・ロングビル。席を外しなさい」
 ミス・ロングビルは席を立った。そして部屋を出ていく。彼女の退室を見届けたオスマン氏は口を開いた。

「詳しく説明するんじゃ」

 ルイズがめちゃくちゃにした教室の片づけが終わったのは、昼休み前だった。罰として魔法を使った修復は禁じられたが、元から魔法はほとんど使えないため意味がなかった。ミセス・シュヴルーズは爆風から二時間後に息を吹き返し、授業に復帰したが、その日は一日中錬金の講義は行わなかった。どうやらトラウマになってしまったようだ。
 片付けを終えたルイズと才人は、食堂へ向かった。昼食を取るためである。
 道すがら才人は内心複雑であった。先ほどの重労働・・・窓ガラスを運んだり机を運んだり教室を磨いたりしたのはすべて才人であった。ルイズはしぶしぶと机を拭いただけだった。
 寝るのは床で飯は貧しい。おまけに洗濯も任されている。
 そんなことを押し付けるルイズの弱点を見つけたには見つけたが、それをネタにからかう気にはなれなかった。
 自分は剣道をやっていた時、どうしてもうまくいかない時期があった。努力しても努力しても、どうしてもうまくいかない。それを周りのみんなからは馬鹿にされる。ルイズはそれが1年以上だ。そんな彼女に過去の自分が重なり、からかう気にはなれないのだ。
「ゼロって使える方の数じゃなくて成功率がゼロって意味だったんだな」
「そうよ、ええそうよ。だから何?」
「・・・・・・俺も昔、習い事をやっていてうまくいかなかったことがあった。どんなに練習してもぜんぜん強くなれない。やめようかって思ったことが何度もあった。けど、そこでやめたらきっとこの先何も続けられなくなる。なにか壁にぶつかっるたびにやめる。そういう風にはなりたくないって思ったんだ」
 ルイズは唖然とした。まさかこの使い魔に慰められるとは思ってもみなかったからだ。

「俺なんかはまだいいほうだな。ルイズは爆発させるけどそれでもがんばってる。周りがどんなにバカにしようと。だから諦めんなよ?俺は応援する。一、使い魔として」
「なによ!わかった風なこと言わないで!」
 とっさに出てきた言葉がそれだった。ルイズは少し後悔をした。

 食堂につくと才人は椅子を引いてやった。
 ルイズは無言で席に着く。才人はルイズはこれから大丈夫だろうかと心配をしていた。自分の世界に帰ることをすっかり忘れて。
 床には今朝と同じようにスープとパンがあった。できればもう少しおいしいものを食べたいと思っていた。そしてもう少し量を増やしてほしいと思っていた。
「はい、これ」
 驚いたことにルイズは皿に少しお肉を取り分けて俺に渡した。意外にやさしい一面もあるようだ。
「さっきは、その、悪かったわ。心配してくれて、ありがとう」
 少しぜいたくな食事に俺は気分をよくするが、ふと思い出す。いやいや、何この生活に慣れているんだ?でも悪くはないような気もする。少なくとも、ここでは退屈することはなさそうに思う。

 食事を終えて、その辺を散歩しているといきなり声をかけられた。
「あなたもしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう・・・・・」
 振り向くと、大きな銀のトレイを持ち、メイドの格好をした素朴な感じの少女が立っていた。カチューシャでまとめた黒髪とソバカスが可愛らしい。
「知っているの?」
「ええ。その左手の文字、使い魔の印ですよね?。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますわ」

 女の子はにっこりと笑った。この世界へ来て初めて見た、屈託のない笑顔だった。
「あんたは平民なのか?」
「はい、あなたと同じ平民です。貴族の方々の世話をするために、ここでご奉公させていただいてるんです」
 とは言っても才人は地球人なのだが、説明するのは面倒だ。ここは平民で通す。
「そっか・・・・・俺は平賀才人」
「変わったお名前ですね・・・・・私はシエスタっていいます」
 その時、才人のお腹が鳴った。どうやらたりなかったようだ。
「お腹すいてるんですか?」
「食べたけど足りなかったかな」
「よろしかったらこちらへいらしてください」
 シエスタは歩きだした。

 才人が連れていかれたのは、食堂の裏にある厨房だ。大きな鍋やオーブンがいくつも並んでいる。コックやシエスタのようなメイドが忙しげに料理を作っている。
「ちょっと待っててくださいね」
 才人を厨房の片隅に置かれた椅子に座らせると、シエスタが小走りで厨房の奥に消えた。そして、お皿を抱えて戻ってきた。
「貴族の方々にお出しする料理の余り物で作ったシチューです。よかったら食べてください」
「ああ、ありがと」
 ここへ来て初めて親切にしてもらった。そのシチューを一口すする。うまい。さっき少し肉をもらったとはいえ、ルイズの寄越すスープとパンから考えると、とてもうまくてうれしい。
「うまいな。これ」
「よかったらお代わりもありますから。ごゆっくり」
 才人は優しさと嬉しさを味わいつつシチューをすすった。シエスタはそんな才人をにこにこ見つめている。

「ごはん、もらえなかったんですか?」
「そんなことはないけど、少ないんだよな。まあなかったらもっと大変だけど。」
「にしてもまぁ、貴族ってのは愉快なもんだな。みんな大体同じだ。魔法が使えるからって威張ってる」
「勇気がありますね・・・・・」
 シエスタは唖然とした顔で、才人を見つめる。
 才人は綺麗になった皿をシエスタに返した。
「ごちそうさん。おいしかったよ」
「よかった。またお腹がすいたら、いつでも来てくださいね。私たちの食べてるものでよかったら、お出しますから」
 なんだか胸が温かくなる。どこの世界でも優しさは身に染みるものだ。
「ありがとう、こっちに来てから初めてやさしくしてもらえてとてもうれしかったよ」
「それはどういたしまして」
「手伝えることがあったら言ってくれ。暇があれば手伝うよ」
 ルイズの下着の洗濯はあまりやりたくないが、彼女の手伝いならしたかった。
「なら、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」
 シエスタは微笑んで言った。
「ああ」
 才人は頷いて答えた。

 大きな銀のトレイに、デザートのケーキが並んでいる。才人がそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつまみ、ひとつづつ貴族たちに配っていく。
 金の巻き髪にフリルのついたシャツ。ものすごく気障なメイジだ。薔薇をシャツのポケットに挿している。周りの友人が口々に彼を冷かしている。

「なぁ、ギーシュ!お前、今誰と付き合ってるんだよ!」
「誰が恋人なんだギーシュ!」
 気障なメイジはギーシュというらしい。彼はすっと唇の前に指を立てた。
「付き合う?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
 こいつ自分を薔薇に例えている。救いようのない頭だな。見てるこっちが恥ずかしくなる。才人は呆れた顔で彼を見つめた。
 その時、ギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスでできた小瓶である。中には紫色の液体が入っている。
 関わり合いになっても面倒だが大事なものだったらかわいそうだ。届けてやるか。
「ポケットから瓶が落ちたぞ」
 しかし、ギーシュは振り向かない。こいつ・・・無視してるのか。
 才人はシエスタにトレイを渡して、しゃがみこんで小瓶を拾った。
「落としたぞ、色男」
 それをテーブルに置いたがギーシュは苦々しげに才人を見つめると、小瓶を押しやった。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
 その小瓶の出所に気が付いたギーシュの友人たちが、大声で騒ぎ始めた。
「あれって・・・もしかしてモンモランシーの香水じゃないか?」
「そうだ!あの色鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「それがギーシュのポケットに入ってるということは・・・・・。ギーシュ、お前モンモランシーと付き合ってるんだな?そうだろ?」
「違う、彼女の名誉のために言っておくが・・・」
 ギーシュが何か言いかけた時、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かって歩いてきた。

 栗色の髪をした、かわいい少女だった。来ているマントの色からすると一年生だろう。
「ギーシュさま・・・・・」
 そしてぽろぽろと泣き始める。
「やはり、ミス・モンモランシーと・・・・・」
「彼らは誤解しているんだ。ケティ、いいかい?僕の心の中に住んでいるのは君だけ・・・」
 しかし、ケティと呼ばれたその少女は、思い切りギーシュの頬をひっぱたいた。
「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ!さようなら!」
 ギーシュは頬をさすった。
 すると遠くの席から、一人見事な巻き髪の女の子が立ち上がった。才人はその子に見覚えがあった。確か才人がこの世界に呼び出されたときに、ルイズと口論していた女の子だ。
 いかめしい顔つきで、カツカツとギーシュの席までやってきた。
「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで・・・」
 ギーシュは首を振りながら言った。冷静な態度を装っていたが、冷汗が一滴、額を伝っていた。
「やっぱり、あの一年生に、手を出していたのね?」
「お願いだよ。『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、その怒りでゆがませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか。!」
 モンモランシーは、テーブルのワインをつかむと、中身をどぼどぼとギーシュの頭の上からかけた。
 そして・・・・・。
「うそつき!」
 怒鳴って去って行った。
 沈黙が流れる。

 ギーシュはハンカチを取り出すと、ゆっくりと顔を拭いた。そして、首を振りながら芝居がかった仕草で言った。
「あのレディたちは薔薇の存在を理解していないようだ」
 お前は彼女たちの心を理解していないようだけどな。そう思ってシエスタから銀のトレイを受け取り、再び歩き出した。
 そんな才人を、ギーシュが呼び止めた。
「待ちたまえ」
「なんだよ?」
 ギーシュは、椅子の上で体を回転させると、すさっ!と足を組んだ。そのいちいち気障っぽい仕草に、頭が痛くなる。
「君が軽率に、香水の瓶を拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
 こいつは頭がおかしいのか?それとも俺がおかしいのか?
「お前が二股掛けてるからだろ?」
 ギーシュの友人たちが。どっと笑った。
「そのとおりだ、ギーシュ!お前が悪い!」
 ギーシュの顔に、さっと赤みが差した。
「いいかい?給仕君。僕は君が香水の瓶をテーブルに置いたときに、知らないふりをしたじゃないか。話を合わせる機転ぐらいあっても良いだろう」
「あんな二股じゃすぐばれるっての。あと俺は給仕じゃない」
「あぁ・・・君は・・・・・」
 ギーシュが馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「たしか、あのゼロのルイズが呼び出した平民だったな。あのゼロのルイズが呼び出した平民だ、貴族並の機転どころか平民並の機転を求めたのが間違っていたか。行きたまえ」
 才人はピキっときた。努力しても未だに報われないルイズを出しにして、同じく過去に努力が報われなかった自分を馬鹿にしたことに、さすがに我慢ならなかった。

「少なくともお前みたいに二股掛けたことで、女から引っ叩かれたり、ワインぶっかけられる奴よりかは、よっぽどマシだけどな」
 ギーシュの目が光った
「どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだな」
「少なくとも馬鹿に礼を尽くす必要はない。それよりもルイズと俺を馬鹿にしたことを撤回しろ」
「ふん、何を撤回するというのかね?ゼロなんだからゼロと呼んで何が悪い?そして君はそのゼロの使い魔じゃないか。・・・それと君には礼儀を教えてやろう。ちょうどいい腹ごなしだ。」
 ギーシュは立ち上がった。
「なら、お前が撤回するまでやってやるよ。どこでやるんだよ?」
 ギーシュは才人よりも身長は高いが華奢で格闘経験などはなさそうだ。だがメイジが恐れられているのを考えると普通に戦ったら負けるかもな、才人はそう思っていた。しかし、それでもルイズと自分を馬鹿にしたことを許せなかった。
 ギーシュは、身を翻した。
「どこ行くんだよ?」
「貴族の食卓を平民の血で汚せないだろ?ヴェストリの広場で待ってる。ケーキを配り終えたてから来たまえ」
 ギーシュの友人たちが、ワクワクした顔で立ち上がり、ギーシュの後を追った。
 一人はテーブルに残って才人を逃がさないように監視しているようだ。
 シエスタはぷるぷると震えながら、才人を見つめていた。才人は笑いながら言った。
「メイジが相手だからって負けるかよ」
 半ば強がりでもあるが、戦いは相手にのまれた時点で負けだ。強がりも時には必要だ。
「あ、あなた殺されちゃう・・・・・・。貴族を本気で怒らせたら・・・・・・。」

「あ、あなた殺されちゃう・・・・・・。貴族を本気で怒らせたら・・・・・・。」
 シエスタはダーッと走って逃げてしまった。
 どうやら俺が血祭りにあげられると思っているらしい。あながちありえない展開でもないが・・・・・。
 後ろからルイズが駆け寄ってきた。
「あんた!何してんのよ!見てたわよ!」
「で?」
「で?じゃないわよ!なに勝手に決闘なんか約束してんのよ!」
「あいつがあまりにも馬鹿にするからだな・・・」
 才人はそういうが
 ルイズはため息をついて、やれやれと肩をすくめた。
「謝っちゃいなさいよ」
「それはできない」
「怪我したくなかったら、謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」
「冗談じゃない。努力している奴をあそこまで馬鹿にする奴は許せない」
「・・・それってあたしのこと?あたしだって腹が立つわよ。でも、それであんたがボロボロになったらどうしようもないじゃない。少なくとも平民のあんたじゃ絶対に勝てないし、怪我どころじゃすまないわよ」
「それでもやる」
 才人は歩きだした。
「ヴェストリの広場はどこだ?」
 そう言って、ギーシュの友人の一人に近寄った。彼は顎をしゃくって言った。
「こっちだ平民」
「ああもう!どうして使い魔のくせに勝手なことするの!」
 ルイズは才人の後を追いかけた。

ヴェストリの広場は、魔法学院敷地内、風と火の塔の間にある、中庭である。西側にある広場なので、そこは日中でもあまり日がささない。決闘にうってつけの場所である。
 しかし・・・・・、噂を聞きつけた生徒たちで広場は溢れかえっていた。
「諸君!決闘だ!」
 ギーシュが薔薇の造花を掲げた、うおーッ!と歓声が巻き起こる。
「ギーシュが決闘するぞ!相手はルイズの平民だ!」
 俺にも名前くらいあるんだけどな。そう思いながらも実際はどうでもよかった。貴族にとって平民はその程度なのだから。いや地球人だけど。
 ギーシュが腕を振って歓声にこたえる。
 それから、やっと存在に気付いた風に、才人の方を向いた。
 才人とギーシュは、広場の真ん中に立ち、お互いをぐっとにらみ合った。
「とりあえず、逃げなかったことを誉めてやろう」
「誰が逃げるか」
「さてと、始めるとするか」
 ギーシュが言った。
 相手が何をするかわからない今、下手に動くのは得策じゃない。周りを見て攻撃に注意しよう。
 ギーシュは才人を余裕のほほえみで見つめると、薔薇を振った。
 花びらが一枚、宙を舞ったかと思うと・・・・・。
 甲冑を着た女騎士の姿をした人形になった。
 身長は人間と同じくらいだがどうやら金属でできているようだ。淡い陽光を受けて、甲冑の表面がきらめいた。
「僕はメイジだから魔法で戦うよ。文句はあるまいね?」
「御託は良い、さっさと来いよ。」
「ふん。そうそう、自己紹介が遅れたね。僕の二つ名は『青銅』青銅のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ。」

 やっぱりこいつは錬金か。普通に殴り合って勝てる相手じゃない。それどころか投げ技でも重すぎてかけられない。一か八かの手で行くか。
 ワルキューレは才人に向かって走り出す。才人は後ろ向きに走り出した。
「なんだよあの平民、後ろ向きに走ってるぞ!」
「怖くなりすぎて、頭がおかしくなっちまったか」
 野次馬が囃し立てるが、集中している才人の耳には入らなかった。
 ワルキューレのほうが、才人よりもずっと速く走っている。このままでは追いつくということは最初からわかっている。才人はどんどん壁際に追い詰められる。
「おいおい平民、何をしているんだい?そのままじゃワルキューレと壁に押しつぶされてしまうじゃないか。まあ、死なない程度に手加減はしてやるよ」
「その薄鈍(うすのろ)が?てっきり本気だと思った」
 むっとしたギーシュはワルキューレを全力で才人にぶつけようとした。才人が壁とサンドイッチになるかと思われたその時。
「りゃぁああ」
 才人はワルキューレの腕を素早く掴むと、巴投げをし、そのまま壁に叩きつけた。投げると同時に手を離したので、才人は紙一重でワルキューレに押し潰されずに済んだ。重さがあり、しかも走って勢いのついていたワルキューレは、才人の巴投げで壊れてしまった。沈黙が流れる。誰もこのような結果になるとは思ってもみなかった。
 「・・・や、やるじゃないか平民。でもこれでどうかな?」
 一瞬焦ったようにも見えたギーシュは再び造花を振るうと5体ものワルキューレが出てきた。さっきは奇策で切り抜けたが二度はない。しかも5対1では同じ方法は通用しない。
「ギーシュ、あんたの負けよ」

 ルイズが人ごみの中から割り込んできた。
「そもそも決闘は禁止じゃない!何をやっている!?」
「禁止されているのは貴族同士の決闘のみだよ。平民との決闘なんか誰も禁止していない。それにまだ勝負もついていないじゃないか。」
ルイズは言葉に詰まった
「それは・・・そんなことが今までなかったから・・・・」
「ルイズ、まさか君はそこの平民が好きなのかい?」
 ルイズの顔が、怒りと羞恥で赤く染まった。
「誰がよ!やめてよね!自分の使い魔がみすみす怪我をするのを、黙って見ていられないじゃない」
「俺はまだ怪我してねえよ」
 才人の声を聴いて心配になってたルイズは悲鳴のような声をあげては名前を呼んだ。
「サイト!」
「やっと名前を呼んだか」
「もういいでしょ?さっきは運よく倒せたけど、次はもう無理よ。5体のワルキューレ相手じゃあんた死ぬわよ」
「まだ撤回させてない」
「あんたの気持ちは十分わかったわ。わかったからもうやめて。このままじゃ本当に・・・」
「いいわけねえだろ。努力してもうまくいかない。どんなに頑張っても結果が出ない。それを馬鹿にするこいつを、俺は許せないんだよ」
 才人はルイズを押しのけた。もう片方の手には剣を握っていた。
 よく時間稼ぎしてくれた。おかげで剣を見つけることができた。まさかあの銅像が剣を装備してるとは思わなかったが。
「!!」
 ルイズは驚いて声も出ない。剣をもって挑めば確実に殺される。
「ほう?ワルキューレの剣を取ったのかい?落ちてるものを拾うとは・・・さすがルイズの使い魔。ここからは本当に手加減なしでやらせてもらうよ」

 止めようとするルイズをはね退け、剣を構えてワルキューレに備えた。
 才人の左手のルーン文字が光っていた。

 ところ変わってここは学院長室。
 ミスタ・コルベールは、泡を飛ばして、オスマン氏に説明していた。
 春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年を呼び出してしまったこと。
 ルイズがその少年と『契約』した証明として現れたルーン文字が、気になったこと。
 それを調べていたら・・・・・・。
「始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』に行き着いた、とういうわけじゃね?」
 オスマン長老、コルベールの掻いた才人の手に現れたルーン文字のスケッチをじっと見つめていた。
「そうです!あの少年の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたものと全く同じであります」
「で、君の結論は?」
「あの少年は『ガンダールヴ』です!これが大事じゃなくて、なんなんですか!オールド・オスマン!」
 コルベールは、禿げあがった頭を、ハンカチで拭きながらまくし立てた。
「ふむ・・・。確かに『ガンダールヴ』になった、ということになるんじゃろうな」
「どうしましょう」
「しかし、それだけで、そう決めつけるのは早計かもしれん」
「それもそうですな」
 オスマン氏は、コツコツと机を叩いた。
 ドアがノックされた。
「誰じゃ?」

 扉の向こうから、ミス・ロングビルの声が聞こえた。
「私です。オールド・オスマン」
「なんじゃ?」
「ヴェストリ広場で生徒が決闘をしているようです。大騒ぎになって教師が止めに入っても、生徒に邪魔されて止められないようです。」
「まったく、暇を持て余した貴族ほど、たちの悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」
「一人はギーシュ・ド・グラモン」
「あのグラモンのとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。大方女の子の取り合いじゃろう。相手は誰じゃ?」
「・・・それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」
 オスマン氏とコルベールは顔を見合わせた。
「教師たちは決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」
 オスマン氏の目が、鷹のように鋭く光った。
「アホか。たかが子供のけんかを止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」
 ミス・ロングビルが去ってゆく足音が聞こえた。
 コルベールは、唾を飲み込んで、オスマン氏を促した。
「オールド・オスマン」
「うむ」
 オスマン氏は、杖を振った。壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。

 才人は不思議な感覚に包まれていた。サーベルを握った瞬間、初めて握ったサーベルが使い慣れた竹刀のような感覚を覚える。そしていつもよりも体を軽く感じる。誰よりも早く動ける。そう思った。
 ふと見ると自分の左手が光っていることに気が付いた。
 ギーシュが造花の薔薇を振った。それを合図にワルキューレが殺到する。しかし、先ほどよりもより動きが鮮明に見える。
 うまく立ち回れば一度に全部相手にしなくていい。
 才人は駆け抜けた。

 一瞬のうちに自分のゴーレムたちがバラバラになるのを見て、ギーシュは声にならないうめきを上げた。
 ぐしゃっと音を立てて、真っ二つになったゴーレムが地面に落ちる。
 同時に才人はギーシュに、ゆっくりと歩きながら近づいた。
 ギーシュは慌てて薔薇を振る。花びらが舞い、新たなゴーレムが6体現れる。ゴーレムこそ、ギーシュの武器だ。最初に1体しか使わなかったのは、それには及ばないと思ったためである。
 ゴーレムが才人を取り囲んで一斉に躍りかかる。
 才人を一気に押しつぶす・・・かに見えたが、才人に近づくよりも先にバラバラに切り裂かれていた。振る剣どころか、動く人間さえ見えない。そんな人間がいるとは思えない。
 ゆっくりと近づいてくる才人にギーシュは動けなくなった。後ろに下がろうとした足がもつれ、地面へ倒れた。
 才人は無表情で言った。
「撤回するか?」
「え?」
「ルイズと俺を馬鹿にしたこと、撤回するかと聞いたんだ」
「あ、ああ。撤回す」
 とギーシュが言いかけたところで。才人は剣を突き刺した。
「おせえんだよ!」
 剣はギーシュの顔の横に突き立てられた。
「2度とあんなこと言うなよ?」
「あ、ああ。」

 才人は剣をその辺に放り投げて歩き出した。
 あの平民、やるじゃないか!とか、ギーシュが負けたぞ!とか、見物していた連中からの歓声が届く。
 才人はそんな歓声をよそに別のことを考えていた。剣道をやっていたからと言ってあそこまで鮮やかになぜ動けたんだ?そもそも青銅はあんな風に切れるのか?使ったこともないサーベルを。
 思ったより緊張して疲れてたらしい。駆け寄ってきたルイズに声を上げることもできずにそのまま倒れてしまった。

 いきなり倒れかけた才人の体を、駆け寄ったルイズは支えようとしたが、うまくいかずに才人は地面にどたっと倒れる。
「サイト!」
 その体を揺さぶった。しかし、死んでいないようだ。
 寝息が聞こえる。
「はぁ・・・こっちは心配してたのに寝てるし・・・」
 ルイズはほっとした表情で、ため息をついた。
 ギーシュは立ち上がって、首を振る。
「彼は何者なんだい?僕のワルキューレをいとも簡単に引き裂くなんて」
「ただの平民でしょ」
「ただの平民」
「ただの平民がゴーレムを倒せるとは思えない」
「ふん。あんたが弱かっただけじゃないの?」
 ルイズは才人を抱き起そうとしたが、支えきれずに転んでしまった。
「ああもう!重いのよ!このバカ!」
 周りで見ていた生徒の誰かが、才人にレビテーションをかけてくれた。
 浮かんだ才人の体をルイズは押した。とりあえず部屋で寝かせないと。

 ルイズは目をごしごしこすった。私のために戦ってくれたことはうれしかった。でも運が悪ければ死んでしまったかもしれない。馬鹿にされたことのために命がけで戦うなんて。それとも勝つ自信でもあったんだろうか?あるいは死んでも撤回させたかったのだろうか?平民のくせに妙なプライド振りかざして・・・・。
「使い魔のくせに勝手なことして」
 寝ている才人に小さく怒鳴った。ほっとしたら、なんだかよくわからない気持ちになった。

 オスマン氏とコルベールは、『遠見の鏡』で一部始終を見終えると、顔を見合わせた。
 コルベールは震えながらオスマン氏の名前を呼んだ。
「オールド・オスマン」
「うむ」
「あの平民、勝ってしまいましたが・・・」
「うむ」
「ギーシュは一番レベルの低いドットメイジですが、それでも平民に後れを取るとは思えません。そしてあの風のように駆け、一瞬でゴーレムを切り裂いたあの動き!やはり彼は『ガンダールヴ』ですよ!」
「うむむ・・・」
 コルベールは、オスマン氏を促した。
「オールド・オスマン。早速王室に報告して、指示を仰がないことには・・・・・」
「それには及ばん」
 オスマン氏は重々しく頷いた。白いひげが激しく揺れた。
「どうしてですか?これは世紀の大発見ですよ!現代に蘇った『ガンダールヴ』!」
「ミスタ・コルベール。『ガンダールヴ』はただの使い魔ではない」

「その通りです。始祖ブリミルが用いた『ガンダールヴ』。その姿形は記述がありませんが、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在と伝え聞きます。」
「そうじゃ。始祖ブリミルは呪文を唱えるのが非常に長かった・・・・・、その強力な呪文ゆえに。知ってのとおり、詠唱中のメイジは無力じゃ。そんな無力な間、己の体を守るために始祖ブリミルが用いた使い魔こそ『ガンダールヴ』じゃ。その強さは・・・」
 その後をコルベールが興奮した様子で引き取った。
「千もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並のメイジでは全く歯が立たなかったとか!」
「で、ミスタ・コルベール」
「はい」
「その少年は、本当にただの人間だったのかね?」
「はい。どこからどう見ても、ただの平民の少年でした。ミス・ヴァリエールが呼び出した際に、念のため『ディレクト・マジック』で確かめたのですが、正真正銘、ただの平民の少年でした」
「そんなただの少年を、現代の『ガンダールヴ』にしたのは、誰なんじゃね?」
「ミス・ヴァリエールです」
「彼女は、優秀なメイジなのかね?」
「いえ。というより、むしろ無能というか・・・」
「さて、その二つが謎じゃ」
「ですね」
「無能なメイジと契約したただの少年が、なぜ『ガンダールヴ』になったのか?まったく、謎じゃ。理由が見えん」
「そうですね・・・・・」
「とにかく、王室のボンクラどもに『ガンダールヴ』とその主人を引き渡すわけにはいくまい。そんなおもちゃを与えては、またぞろ戦でも引き起こすじゃろうて。宮廷での暇を持て余している連中は全く、戦が好きじゃからな」

「ははあ。学院長の深謀には恐れ入ります」
「この件は私が預かる。他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」
「は、はい!かしこまりました!」
 オスマン氏は杖を握ると窓際へ向かった。遠い歴史のかなたへ、想いを馳せる。
「伝説の使い魔『ガンダールヴ』・・・・。いったいどのような姿をしておったのだろうなあ」
 コルベールは夢見るようにつぶやいた。
「『ガンダールヴ』はあらゆる武器を使いこなし、敵と対峙したとありますから・・・・・」
「ふむ」
「とりあえず腕と手はあったんでしょうなあ」

 朝の光で目を覚ます。どことなく体がギスギスしている。
 そうだ。あのギーシュとかいうメイジと戦って、疲れて眠ったんだ。
 ここはルイズの部屋だ。自分はどうやらルイズのベッドで寝ているようだ。
 ルイズは椅子に座り突っ伏して寝ていた。
 左手のルーンを見る。剣を握った時、体が軽くなって光りだした。今はルーンは光っていない。あれはどういうことだ?
 そんなことを考えているとノックがあって、ドアが開いた。
 シエスタだった。才人に厨房でシチューをくれた、平民の少女だった。相変わらずのメイド姿で、カチューシャで髪をまとめてる。
 彼女は才人を見ると微笑んだ。銀のトレイには、パンと水がのっていた。
「シエスタ・・・?」
「お目覚めですか?サイトさん」
「ああ・・・」

「あれからミス・ヴァリエールがあなたをここまで運んで寝かせたんですよ。と言っても、ひどい傷がなかったようで『治癒』の呪文だけで治したみたいですが」
「『治癒』の呪文?」
「病気やケガを治す呪文ですわ・・・ご存知でしょう?」
「いや・・・」
 いつもなら『ああ』と答えていたが、この時は正直に答えた。魔法についてはよく知らないし、これからももしかしたらお世話になるだろうから、ある程度知っておいてもいいと思ったからだ。
「治療の呪文の秘薬の代金はミス・ヴァリエールが出してました。だから心配しなくてもいいですわ」
 黙っているのを、どうやらお金を心配してると勘違いしたらしい。
「秘薬は高い物なのか?」
「物にもよりますけど、才人さんは軽傷だったようであまり高価な物は使ってないと思いますけど、平民が出すには一苦労する金額だと思いますわ。」
 才人は急に立ち上がろうとしたが、体がびっくりして転んでしまった。
「・・・・・」
「あ、そんなに急に動いちゃ駄目ですわ。あれだけの戦いのあとなんですから!ちゃんと寝てなくちゃ!」
「いや、大丈夫だ」
 才人はゆっくりと立ち上がった。
「ところで、俺はどのくらい寝てた?」
「あの後、すぐに倒れて1晩ですよ。もしかしたら目が覚めないんじゃないかって、皆で心配してたんですよ」
「大げさだな。ところで皆って誰?」
「厨房のみんなです・・・」
 シエスタはそれからはにかんだように顔を伏せた。

「どうかしたか?」
「あの・・・、すみません。あのとき、逃げ出してしまって」
 食堂でギーシュを怒らせたとき、彼女は怖がって逃げだしてしまった。それを言っているのだろう。
「あぁ。別にそんなことどうでもいい。誰だって怖いもんは怖い」
「・・・・・。ほんとに、貴族は怖いんです。私みたいな、魔法の使えないただの平民にとっては・・・・・」
 シエスタは、グイッと顔を上げた。その目はキラキラと輝いている。
「でも、もう、そんなに怖くないです。私、サイトさんを見て感激したんです。平民でも、貴族に勝てるんだって!」
「そうか・・・」
 あの力はなんだったんだ?まともにやってたら俺はミンチになってた。・・・・・、あれだけの力があったら、ああいう風に平民に威張ったり、平民を差別するのはしかたがないのかもしれないな。
「ずっと看病してくれたのか?」
「私じゃなくて、ミス・ヴァリエールですけどね」
「ルイズが?」
「ええ。なかなか起きないサイトさんのことを心配して・・・・・。いつの間にかお疲れになってしまったみたいですね」
 ルイズは柔らかい寝息を立てている。長い丸毛の下に、隈ができている。
 相変わらず寝顔だけは可愛い。まるで人形だ。
 根は優しいんだな。そう思うと急に愛おしく思えてきた。
 ルイズは目を覚ました。
「ふぁああああああ」
 大きなあくびをして、伸びをする。それから、テーブルで食事している才人に気が付いた。
「あら、起きたの。あんた」

 才人はルイズを見て、お礼を言おうと思った。
「ルイズ」
「なによ」
「心配してくれて、ありがとう。」
「・・・何ともないんだったら、溜まった洗濯物。あと部屋の掃除。」
 そういえば昨日洗濯物やってなかったな。
「それじゃ、ごゆっくり・・・・・」
 シエスタは目に覚めたルイズに気を使って部屋を出て行く。
 優しいところはあるが、どこか素直じゃないんだな。
 しかし・・・、ベッドに座って足を組むルイズは可愛らしい。
 長い桃色がかったブロンドの髪が揺れる。深い鳶色の目が、いたずらっぽく輝いている。素直じゃないところもあるが・・・。
 指を立ててどこか自慢げな調子で、ルイズは言った。
「忘れないで!あんたは私の使い魔なんだからね!」

ガンダールヴ

第一章 使い魔の一日
才人がトリステイン魔法学院でルイズの使い魔としての生活を始めてから、一週間が経った。才人の一日を紹介すると、大体こんな感じである。

 まず、世の中ほとんどの人間がそうであるように、朝起きる。寝床は相変わらずの床である。ただ、初日に比べて幾分かましになった。硬い床の上で寝たら一晩で体が居たくなった才人はシエスタに頼んで馬の餌である藁を分けてもらい、それを部屋の隅に敷き詰めたのだ。ルイズから恵んでもらった毛布に包まり、その上で寝ていた。
 朝一番の才人の仕事は眠っているルイズを起こすことから始まる。先の藁と合わせると、まるで鶏だ。

 こちらの世界に来てからも、普段から筋トレや素振りをしている才人だが、うっかり起こす時間が遅れると、面倒なことになる。
「ご主人様を起こし忘れる間抜けな使い魔には罰を」というのがお決まりである。
 そうして才人の朝食が減らされるのであった。
 ルイズは起こされるとまず着替える。下着だけは自分で付けるが、制服は才人に着させてもらう。前述のとおりである。
 ルイズは一応、可愛らしい容姿をしているので、下着姿を見ると、才人は顔を背けてしまうのである。美人の恋人は三日で慣れるというが、才人は未だになれない。
 しかし、違うのは態度と待遇であった。
 下着姿のルイズをチラ見するのは悪くない。しかし、どこかプライドが傷つく。服はまだしも、靴までも履かせるときなど、いくらなんでもここまでやる必要あるか?と思うのである。うっかり口に出そうものなら、面倒なことになる。
「そのご主人様のおかげで、朝食にありつけるんじゃないのかしら?」と言われて、やっぱり朝食を減らされるのである。
 黒のマントと白のブラウス、グレーのプリーツスカートの制服に身を包んだルイズは、顔を洗って歯を磨く。水道なんて便利なものは、部屋にまで引かれていない。才人は下の水汲み場まで行って、ルイズが使う水をバケツに組んでこなければならない。そしてルイズはもちろん、自分で顔を洗ったりしない。才人に洗わせるのである。
 ある朝、才人はいつもより少し早めにルイズを起こして、ルイズの顔を洗った。ルイズの顔をタオルで拭くふりをして、こっそり消し炭で猫のようなひげを描いた。落ちていた消し炭を見て、ふと思いついてしまったのだ。
 ルイズの顔に描かれた猫の髭を見て、おかしくなった才人は噴き出しそうになるのをこらえて、もったいぶった調子で、うやうやしくルイズに頭を下げた。

「本日は一段とお美しいことで。」
 低血圧のルイズは、眠そうな声で答えた。
「・・・・・あんた、なんか企んでる?」
「滅相もありませんお嬢様。わたくしはしがない使い魔、企み事などと!」
 ルイズはやけに馬鹿丁寧な才人の態度を不審に思ったが、授業に遅刻しそうだったのでそれ以上問い詰めなかった。
 ルイズはあまり化粧をしないので、鏡を覗くことはない。
 しかし、その日に限ってルイズは鏡を覗いた。才人の描いた素敵な化粧を見てルイズは顔をヒクつかせた。
「あんた・・・・・これは、一体、なに?」
 才人は何発かぶん殴られて、こってりとしぼられて、さらに朝食を3日ほど抜かれた。ルイズに言わせるならご主人様の顔を画布に見立てる使い魔は、かつて神々を味方につけた始祖ブリミルに逆らいし悪魔も同じであり、悪魔に女王陛下から賜ったパンとスープを与えるわけにはいかなかった。
 一方でルイズはというと、才人が起こすのが早かったために、ゆっくり罰を与えてから授業へ出ることができた。

 朝食の後、もっぱら才人はルイズの部屋を掃除する。床を掃き、机や窓を磨くのである。
 そしてそのあとは洗濯が待っている。下の水汲み場まで洗濯物を運び、そこで洗濯板路使ってごしごしと洗う。お湯なんて出やしない。冷たい湧き水は、指が切れそうになるほどである。ルイズの下着は高そうなレースやフリルなんかがたくさんついている、破ったりすると最悪食事を抜かれるので、丁寧に洗わなければならない。辛い作業である。

 しかし、たとえご飯を抜かれても、才人には問題はなかった。アルヴィーズの食堂裏にある厨房に赴いて、シエスタにシチューや骨付き肉なんかを寄越してもらうのだ。そもそも、毎日朝には筋トレや素振りなんかを一通りこなしているので、「あまねく照らす女王陛下のお慈悲」と嘯くスープは、食事としてはまったく足りていない。なので毎日のように厨房に通っている。

 ルイズにはもちろん、この厨房での施しは秘密にしていた。口の利き方を改めるまでスープを増量しないと言い張るルイズに、優しいシエスタの肉とシチューがバレたら面倒だ。使い魔の教育方針にうるさいであろうルイズは、十中八九禁止するに違いない。

 その日の朝も、才人は申し訳程度に装ってあるスープを飲みほした後に厨房へやってきた。ヴェストリ広場で、貴族のギーシュをやっつけた才人は、大変な人気である。
 「『我らの剣』が来たぞ!」
 そう叫んで、才人を歓迎したのは、コック長のマルトー親父である。四十を過ぎて太ったおっさんである。もちろん貴族ではなく平民であるのだが、魔法学院のコック長ともなれば、収入は下手な貴族よりもよっぽどいい。
 丸々と太った体に、立派なあつらえの服を着込み、厨房を一手に切り盛りしている。
 マルトー親父は、羽振りがいい平民の例に漏れず、魔法学院のコック長のくせに貴族と魔法を毛嫌いしていた。
 彼はメイジのギーシュが作り出したゴーレムを投げ飛ばし、剣で切り倒した才人を『我らの剣』と叫び、まるで王様でも扱うかのように才人をもてなしてくれるのであった。そんな厨房は今では才人のオアシスである。
 才人が専用の椅子に座ると、シエスタがささっと寄ってきてにっこりと笑いかけ、温かいシチューの入った皿と、ふかふかの白パンを出してくれた。
「ありがとう」
「今日のシチューは特別ですわ」
 シエスタはうれしそうに微笑んだ。何が特別か?口に運んですぐに分かった。
「今日のは一段とうまいな。いつものとは大違いだ」
 そう言って感激すると、包丁を持ったマルトー親父がやっていた。

「そりゃそうだ。そのシチューは貴族の連中に出しとるもんと、同じもんさ」
「貴族はこんなにうまいのを、毎日食ってるのか・・・・」
 才人がそういうと、マルトー親父は得意げに鼻を鳴らした。
「ふん!あいつらは、なに、確かに魔法はできる。土から鍋や城を作ったり、とんでもない炎の球を出したり、果てはドラゴンを操ったり、たいしたもんだ!でも、こうやって絶妙な味に料理を仕立て上げるのだって、言うなら一つの魔法さ。そう思うだろ、サイト」
 才人は頷いた。
「誰もが魔法を使えるわけじゃない。が、誰もがマルトー親父みたいな料理を作れるわけじゃないからな。」
「良い奴だな!まったくお前は良い奴だな!」
 マルトー親父は、才人の首根っこにぶっとい腕を巻き付けた。
「なあ、『我らの剣』!俺はお前に接吻するぞ!こら!いいな!」
「どっちも勘弁してくれ」
「どうしてだ?」
「どっちもむずがゆい」
 マルトー親父は才人から体を離すと、両腕を広げて見せた。
「お前はメイジのゴーレムを投げ飛ばし、切り裂いたんだぞ!わかってるのか!」
「ああ」
「なあ、お前はどこで剣と武術を習った?どこで習ったら、あんな風に振れるのか、俺に教えてくれよ」
 マルトー親父は、食事に来た才人に、毎回こうやって尋ねるのであった。興奮していると、まるで酔っぱらいのように絡むマルトー親父であったが、悪い気はしない。
「俺の親父だよ。皆と同じ平民で剣と武術をやってたんだ。こっちに呼び出されてから会ってないけど、練習だけは毎日やってるよ」
 本当は道場だが、自分の世界のことを説明していないので、便宜上親父ということにしてある。

「かぁーーー、すげぇ親父さんだな!俺も習いたいもんだ!なあ、お前ら!」
 マルトー親父が厨房に響くように怒鳴った。
 若いコックや見習いたちが、返事を寄越す。
「聞いてますよ!親方!」
「本当の達人とはこういうものだ!決して己の腕に驕らずに、日々の鍛練を怠らない!そしてその腕前を誇ったりしない。見習えよ!達人は、驕らず誇らず!」
 コックたちがうれしげに唱和する。
「達人は、驕らず誇らず!」
 すると、マルトー親父はくるりと振り向き、才人を見つめるのだ。
「やい、『我らの剣』。俺はそんなお前がますます好きになったぞ。どうしてくれる」
「どうしてくれるって・・・・・」
 なんと答えてよいやら、才人は、たじたじするだけであった。
 あの日以来、左手のルーンは光る気配すら見せない。普段して素振りをいるときでも、剣を握った時のようにルーンが光ることはない。その様子をマルトー親父は達人ゆえの控え目さ、と受け取ってしまうのであった。
 そんなことを考えているとマルトー親父はシエスタの方を向いた。
「シエスタ!」
「はい!」
 そんな二人の様子を、ニコニコしながら見守っていた気の良いシエスタが、元気よく返事を返す。
「我らの勇者に、アルビオンの古いのを注いでやってくれ」
 シエスタは満面の笑みになると、ワインの棚から言われた通りのヴェンテージを取り出してきて、才人のグラスに並々と注いでくれた。

 真っ赤な顔をしてワインを飲み干す才人を、シエスタはうっとりした面持ちで見つめている。こんなことが毎回繰り返されている。
 才人が厨房を訪れるたびに、マルトー親父はますます才人のことが好きになり、シエスタはさらに才人を尊敬するのであった。

 そしてその日は・・・。そんな才人を厨房の窓の外から覗き込む赤い影があった。若いコックが窓の外にいる陰に気が付いた。
「おや、窓の外に何かいるぞ」
 赤い影はきゅるきゅる鳴くと、消えていった。

 さて、朝食、掃除、洗濯が終わると、ルイズの授業のお供を務める。はじめは床に座らされていたが、才人の抗議の末、しぶしぶ椅子に座ることを認められていた。
 才人は、水からワインを作り出す授業、秘薬を調合して特別なポーションを作り出す授業、目の前に大きな火の球したり、空中に物を自在に浮かせ、それを窓の外に飛ばして使い魔にとりに行かせる授業なんかが物珍しくて夢中で見ていた。魔法などは使えない才人ではあったが、なるほど、魔法も科学に似てちゃんと法則性があるのかと感心していた。

 しかし、その日の授業中はぽかぽかとした陽気に当てられ、座ったままの状態で寝てしまった。
 今朝方シエスタに注いでもらったワインが利いている。才人は夢を見ていた。
 おかしな夢だった。
 ルイズがひたすら車を触りまくってる夢だ。
『ルイズ・・・なにしてんだよ・・・』
 ルイズはいきなり自分の名前が飛び出したので、驚いて才人の方を見た。
 夢の中のルイズは誰かの車をペタペタ触りまくり、車は指紋だらけになっていた。しかも、運転席の方をいじってドアを開けて中に入った。

『おいおい・・・どこ入ってるんだよお前・・・おいやめろって・・・』
 こいつどんな夢見てんのよ・・・。ルイズは再び教壇へ視線を戻す。
『やめろって・・・それはまずいぞ・・・』
 夢の中のルイズは運転席に乗り込むと、ハンドルだのワイパーだのウィンカーなどをいじくり始めた。
『お前・・・やめろって・・・いじくるなそんなとこ・・・・』
 才人は涎を垂らしながら、夢に興じている。
 しびれを切らして、声をかけ始める。
「ちょっと、なんて夢見てんのよ」
 一方、夢の中のルイズは、ついにエンジンをかけ始めた。しかも、サイドブレーキを下げていつでも発進できる状態で。
『ルイズ・・・踏むなよ・・・踏むなよおい』
 ルイズはいい加減にしろとばかりに才人を揺らし始めた。
 さすがに声をかけられ、揺らされた才人は目が覚めた。
「ん・・・あぁ。ルイズ、お前勝手に他人の車をいじるのはやめろよな」
「何の話よ・・・」
 授業に集中している生徒が多かったのか、才人の寝言は特に気にされることもなかったようだ。
 そんな才人を、じっと睨んでいる赤い影があった。
 キュルケのサラマンダーである。床に腹這いになり、並んだ席に座っている才人をじっと見ている。
 「ん?」
 才人は気づいて、顔を近づけた。
「お前はキュルケのサラマンダーだよな?フレイム・・・だったか。なんで俺を見ているんだ?」
 才人の質問に、特に答えるわけでもなく、口からわずかに炎を吹きあげて、主人の元へ去って行った。そんなサラマンダーにルイズも気が付いた。

「なんであんたのとこに、キュルケのサラマンダーが来てたの?」
「さあ?なんでだろ?」
 二人とも首をかしげた。

 そして、キュルケのサラマンダーに疑問を抱いているころ・・・・・。
 学院長室で、秘書のミス・ロングビルは書き物をしていた。
 ミス・ロングビルは手を止めるとオスマン氏の方を見つめた。オスマン氏は・セコイアの机に突っ伏して居眠りをしている。
 ミス・ロングビルは薄く笑った。誰にも見せたことのない笑みである。
 それから立ち上がると、低い声で『サイレント』を唱える。オスマン氏を起こさないように、自分の足音を消して学院長室を出た。
 ミス・ロングビルが向かった先は、学院長室の一階下にある、宝物庫がある階である。
 階段を下りて、鉄の巨大な扉を見上げる。扉には、ぶっとい閂がかかっている。閂はこれまた大きな錠前で守られている。
 ここには、魔法学院成立以来の秘宝が収められているのだ。
 ミス・ロングビルは、慎重に辺りを見回すと、ポケットから杖を取り出した。鉛筆ぐらいの長さだが、くいっと持っている手首を振るとするすると杖は伸びて、オーケストラの指揮者が振っている指揮棒ぐらいの長さになった。
 ミス・ロングビルは低く呪文を唱えた。
 詠唱が完成した後、杖を錠前に向けて振った。
 しかし・・・・・。錠前からは何の音もしない。
「まあ、この錠前に『アンロック』が通用するなんて思ってないけどね」
 くすっと妖艶に笑うと、ミス・ロングビルは自分の得意な呪文を唱え始めた。
 さて、それは『錬金』の呪文であった。朗々と呪文を唱え、分厚い鉄のドアに向かって、杖を振る。魔法は扉に届いたが・・・・・。しばらく待っても変わったところは見られない。

「スクウェアクラスのメイジが、『固定化』の呪文をかけているみたいね」
 ミス・ロングビルはつぶやいた。『固定化』の呪文は、物質の酸化や腐敗を防ぐ魔法である。これをかけられた物質は、あらゆる化学反応が停止し、そのままの姿を永遠に保ち続けるのである。『固定化』をかけられた物質には『錬金』の呪文も効果を失う。ただし、『固定化』の呪文をかけたメイジよりも実力が上回っていれば、その限りではないが。
 しかし、この鉄の扉に『固定化』の呪文をかけたメイジは相当の実力があるようで、土系統のエキスパートであるミス・ロングビルの『錬金』にびくともしなかった。
 ミス・ロングビルは、かけた眼鏡を持ち上げ、扉を見つめていた。その時、階段から上がってくる足音に気が付く。
 素早く杖を畳んでポケットにしまい込んだ。
 現れたのはコルベールだった。
「おや、ミス・ロングビル。ここでなにを?」
 コルベールは間の抜けた声で尋ねた。ミス・ロングビルは愛想のいい笑みを浮かべた。
「ミスタ・コルベール。宝物この目録を作っているのですが・・・・・」
「はぁ。それは大変だ。一つ一つ見て回るだけで一日がかりですよ。何せここにはお宝からがらくたまで、所狭しと並んでいますからな」
「でしょうね」
「オールド・オスマンに鍵を借りればいいじゃないですか」
 ミス・ロングビルは微笑んだ。
「それが・・・。ご就寝中なのです。まあ、目録作成は急ぎの仕事ではないですし・・・」
「なるほど。ご就寝中ですか。あのジジイ、じゃなかった、オールド・オスマンは、寝るとおきませんからな。では、僕も後で伺うことにしよう」

 ミスタ・コルベールは歩きだした。それから立ち止まって振り返った。
「その・・・。ミス・ロングビル」
「なんでしょう?」
 照れくさそうに、ミスタ・コルベールは口を開いた。
「もし、よろしかったら、なんですが・・・。昼食をご一緒にいかがですかな?」
 ミス・ロングビルは少し考えた後、にっこりと微笑んで申し出を受けた。
「ええ、喜んで」
 二人は並んで歩きだした。
「ねえ、ミスタ・コルベール」
 ちょっと砕けた言葉遣いになって、ミス・ロングビルが話しかけた。
「は、はい、なんでしょう?」
 自分の誘いが、あっさり受けられたことに気を良くしたミスタ・コルベールは、跳ねるような調子で答えた。
「宝物庫の中に、入ったことはありまして?」
「ありますとも」
「では、『破壊の杖』をご存じ?」
「ああ、あれは、妙な形をしておりましたなあ」
 ミス・ロングビルの目が光った
「と、申されますと?」
「説明のしようがありません。奇妙としか。はい。それより、何をお召し上がりになります?本日のメニューは、ヒラメの香草包みですが・・・。何、僕はコック長のマルトー親父に顔が利きましてね、僕が一言いえば、世界中の珍味、美味を・・・」
「ミスタ」
 ミス・ロングビルは、コルベールのお喋りを遮った。
「は、はい?」

「しかし、宝物庫は、立派なつくりですわね。あれでは、どんなメイジを連れてきても、開けるのは不可能でしょうね」
「そのようですな。メイジには、開けるのは不可能と思います。なんでも、スクウェアクラスのメイジが何人も集まって、あらゆる呪文に対応できるように設計したそうですから」
「ほんとに感心しますわ。ミスタ・コルベールは物知りでいらっしゃる」
 ミス・ロングビルは、コルベールを頼もしげに見つめた。
「え?いや・・・。はは、暇にあかせて書物に目を通すことが多いもので・・・、研究一筋と申しましょうか。はは。おかげでこの年になっても独身でして・・・・・、はい」
「ミスタ・コルベールのおそばに居られる女性は、幸せでしょうねだって、誰も知らないことを、たくさん教えてくださるんですから」
 ミスロングビルは、うっとりした目でコルベールを見つめた
「いや!もう!からかってはいけません!はい!」
 コルベールはがちがちに緊張しながら、禿げあがった額の汗を拭いた。それから、真顔になってミス・ロングビルの顔を覗き込んだ。
「ミス・ロングビル。ユルの曜日に開かれる『フリックの舞踏会』はご存知ですかな?」
「なんですの?それは」
「ははぁ、貴方は、ここに来てまだ二か月ほどでしたな。その、なんてことはない、ただのパーティです。ただ、ここで一緒に踊ったカップルは、結ばれるとかなんとか!そんな伝説がありましてな!はい!」
「で?」
 ミス・ロングビルはにっこりと笑って促した。
「その・・・、もしよろしければ、僕と踊りませんかと、そういう。はい」

「喜んで。舞踏会も素敵ですが、それより、もっと宝物このことについて知りたいわ。私、魔法の品々にとても興味がありますの」
 コルベールはミス・ロングビルの気を引きたい一心で、頭の中を探った。宝物庫、宝物庫と・・・。
 やっと、ミス・ロングビルの興味を引けそうな話を見つけたコルベールは・もったいぶって話し始めた。
「では、ちょっとご披露いたしましょう。大した話ではないのですが・・・・・」
「ぜひとも、伺いたいわ」
「宝物庫は確かに魔法に関しては無敵ですが、ひとつ弱点があると思うのですよ」
「はぁ、それは興味深いお話ですわ」
「それは・・・。物理的な力です」
「物理的な力?」
「そうですとも!たとえばまあ、そんなことはあり得ないのですが、巨大なゴーレムが・・・」
「ゴーレムが?」
 コルベールは、得意げに、ミス・ロングビルに自説を語った。聞き終わった後、ミス・ロングビルは満足げに微笑んだ。
「大変興味深いお話でしたわ。ミスタ・コルベール」

第二章 微熱のキュルケ

 授業中、夢の中でルイズが車をいじくりまわした日の夜・・・。
 ルイズは、ふと才人にその夢のことを聞いた。
「そういえば、あんた授業中に見てた夢、なんだったの?」
「ルイズが他人の車をいじくってる夢だ」
「車って?」
 才人はルイズの就寝の準備をしながら答えた。
「こっちでいう馬車みたいなもので、馬車よりも小回りが利いて、ずっと早いんだ」

「それで、夢のわたしは何をしてたの?」
「ピカピカに磨いてあった車を、もの珍しそうにペタペタ触ってた。触った後が付くから俺はやめろって言ったんだ」
「わたしがそんなことするわけないじゃない」
「まあ夢の話だ。そのあと、車に乗り込んでいろんなものいじくってた」
「いろんなものって?」
「あぁ~、車を操作するためのものだ。それでついに発進できるようにして、いよいよ走り出そうってところで目が覚めたんだ」
 才人は喋りながらルイズの就寝準備を終え、自分の寝床を整え始めた。
「ふーん、その車って早いって言ってたけど、どのくらい早いの?」
「うーん、道が整備されていて、障害物がなかったら、馬の倍ぐらい速いな」
「それドラゴンよりも早いんじゃないの?どうせなら車を召喚すればよかったわ」
「いや、車は生き物じゃない。機械だ。あとこんな使い魔で悪かったな」
 才人は寝床の準備を整えると、立ち上がって歩き出した。
「どこ行くのよ?」
「トイレだよ、トイレ」
 そういうと才人は部屋を出てトイレに向かった。トイレへ向かい途中に、廊下でキュルケのサラマンダーと目が合った。
 なんでコイツが廊下を歩いてんだ?というか、授業の時もそうだったけど、なんで俺のこと見てんだ?
 そんなことを考えながらトイレへ向かい、用を足して戻ってくると、まだサラマンダーが廊下に居た。サラマンダーを通り過ぎようとしたとき、サラマンダーが目の前に立ちふさがった。
「なんだよ」

 横を通り過ぎようと歩くと、ズボンの裾に食らいついた。
「ぉっと、なんだよ。何がしたいんだよ」
 サラマンダーは、ズボンの裾に食らいついたままグイグイと引っ張った。
 しかたなく、引っ張られるとキュルケの部屋の方向だった。ドアは開け放され、まるで誘っているかのようだ。
 キュルケが俺に用があるのか?いったい何の用だ?そう思いながら、才人はキュルケの部屋のドアをくぐった。

 入ると。部屋は真っ暗だった。サラマンダーの周りだけ、ぼんやりと明るく光っている。暗がりから、キュルケの声がした。
「扉を閉めて?」
 才人は言われた通り、扉を閉めた。
「ようこそ。こちらにいらっしゃい」
「どこだよ。真っ暗で見えないぞ」
 キュルケが指をはじく音が聞こえた。
 すると部屋の中に立てられた蝋燭が、ひとつずつ灯っていく。
 才人の近くに置かれた蝋燭から順に火は灯り、キュルケのそばの蝋燭でゴールだった。道のりを照らす街頭のように、蝋燭の灯りが浮かんでいる。
 ぼんやりと、淡い幻想的な光の中に、ベッドに腰掛けたキュルケの悩ましい姿があったベビードールというのだろうか、そういう、誘惑するための下着をつけている。というかそれしかつけていない。
 キュルケの胸が、上げ底でないことが分かった。大きなそれが、レースのベビードールを持ち上げている。
「そんなところで突っ立ってないで、いらっしゃいな」
 キュルケは、色っぽい声で言った
 才人は向かうだけ向かった。なんとなく面倒なことになりそうな気はしていたが。

 「それで、サラマンダーを使ってまでどうして俺を?」
 どうして俺を連れてきたか、なんとなくわかっていたが聞いてみた。
 キュルケは燃えるような赤い髪を優雅にかきあげて、才人を見つめた。ぼんやりとっしたろうそくの明かりに照らされたキュルケの褐色の肌は、野性的な魅力を放っている。さすがの才人も少し恥ずかしくなる。
 キュルケは大きくため息をつくと、悩ましげに首を振った。
「あなたは、あたしをはしたない女と思うでしょうね。思われても、仕方がないの。わかる?私の二つ名は『微熱』」
「あぁ、知ってる」
 下着の隙間から谷間が見える。才人は気にしないように目線を外した。
「あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だから、いきなりこんな風にお呼び立てしたりしてしまうの。わかってる。いけないことよ」
「なんとなく、わかるよ」
 普段からこんな感じで、男子を誘っているんだろうな。恥ずかしさのあまり目線を外したから頭がよく働く。それでも少し緊張して、気になっているけど。
「でもね、あなたはきっとお許しくださると思うわ」
 キュルケは才人を引っ張って自分の方へ向かせた。潤んだ瞳で才人を見つめた。なるほど、これじゃあどんな男も落ちるな。才人はほんの一瞬、ドキっとした。
「何を許すんだ?」
 キュルケは、すっと才人の手を握ってきた。キュルケの手は温かかった。そして、指を一本一本確かめるように、なぞり始めた。才人はドキドキとしていたが、同時にこれは相当の手練手管だと思った。
「恋してるのよ。あたし。あなたに。恋はまったく、突然ね」

「まったく突然だな」
 口調だけはいつも通りであったが、キュルケの真剣な眼差しに、才人はおかしくなりそうだった。間違いなく手馴れている、わかっていてもドキドキするのである。
「ギーシュを倒した時の姿・・・。かっこよかったわ。まるで伝説のイーヴァルディの勇者みたいだったわ!あたしね、それを見て痺れたのよ。信じられる!痺れたのよ!情熱!あああ、情熱だわ!」
「ああ、情熱か、情熱」
 色気にあてられて適当に答えた。
「二つ名の『微熱』はつまり情熱なのよ!その日から、あたしはぼんやりとマドリガルを綴ったわ。マドリガル。恋歌よ。あなたのせいよ。サイト。あなたが毎晩あたしの夢に出てくるものだから、フレイムを使って様子を探らせたり…。ほんとに、あたしってば、みっともない女だわ。そう思うでしょう?でも、全部あなたの所為なのよ」
 才人は何と答えればよいかわからず、じっと座っていた。
 キュルケはそれをイエスと受け取ったのか、目を閉じて唇を近づけてきた。一瞬、思考が止まったが、才人は肩を押し返した。
 確実に面倒なことが起こると思っていたからだ。多分、彼女はそのやり口で何人も男を落としている。うっかり付き合ってみろ、ほかの男が押しかけてくる。
 キュルケは、どうして?と言わんばかりの顔で才人を見つめた。才人はキュルケから少し距離を置いて言った。
「キュルケ。お前、実は何人も彼氏いるんじゃないか?」
 それが図星だったようで、キュルケは笑いながらうまくごまかした。
「いや、そ、そんなことはないわよ?ちゃんと、付き合うたびに、前の彼氏(ひと)にお別れを言っているわ」
「それってつまり、男をとっかえひっかえしてるってことじゃ・・・」

 才人がそう言いかけた時、窓の外が叩かれた。
 そこには、恨めしげに部屋を覗く、一人のハンサムな男の姿があった
「キュルケ・・・。待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば・・・」
「ペリッソン!ええと、二時間後に」
「話が違う!」
 ここは確か三階。どうやらペリッソンと呼ばれたハンサムな男は魔法で浮いているらしい。才人の予想通りというか予想以上だった。二股をかけて告白してきたキュルケに、これ以上関わらない方がいいと思った。
 キュルケは煩そうに、胸の谷間に差した派手な杖を取り上げると、そちらの方を見もしないで杖を振った。
 蝋燭の火が大蛇のように伸びて、窓ごと男を吹っ飛ばした。
「まったく、無粋なフクロウね」
 才人は唖然とした。まさかあそこまでやるとは思ってもみなかったからだ。
「でね?聞いてる?」
「今のは・・・誰だ?」
「彼はただのお友達よ。とにかく今、あたしが一番恋しているのはあなたよ。サイト」
 キュルケが再び唇を近づけた。しかし、今の言葉を分析すると、彼は前には一番恋していた男性だということがわかる。
 キュルケの唇が近づくよりも幾分か早く、今度は窓枠が叩かれた。
 見ると、悲しそうな顔で部屋を覗き込む精悍な顔立ちの男がいた。
「キュルケ!その男は誰だ!今夜は僕と過ごすんじゃなかったのか!」
「スティックス!ええと、四時間後に」

「そいつは誰だキュルケ!」
 怒り狂いながら、スティックスと呼ばれた男は部屋に入って来ようとした。キュルケが再び杖を振ると蝋燭の火が大蛇のように伸びて男にぶつかった。
 二股じゃなくて三股しようとしてたのか・・・。もし付き合ったら、命がいくらあっても足りないだろうな。
「・・・今のも友達か?」
「彼は、友達というより知り合いね。とにかく時間をあまり無駄にしたくないの。夜が長いなんて誰が言ったのかしら!瞬きする間に、太陽はやってくるじゃないの!」
 キュルケが才人に顔を向けると、窓だった穴から、悲鳴が聞こえた。顔を向けると、三人の男が押し合いへし合いしており、三人同時に同じセリフを吐いた。
「キュルケ!そいつは誰なんだ!恋人はいないって言ったじゃないか!」
「マニカン!エイジャックス!ギムリ!」
 あまりの数に、ただただ呆れる才人であった。
「ええと、六時間後に」
 キュルケは面倒そうに言った。
「朝だよ!」
 三人仲良く唱和した。キュルケはうんざりした声で、サラマンダーに命じた。
「フレイム!」
 きゅるきゅると部屋の隅て寝ていたサラマンダーが起き上がり、三人が押し合っている窓だった穴へ向かって、炎を吐いた。三人仲良く地面へ落下した。
「今のは?」
「さあ?知り合いでも何でもないわ。とにかく!愛してる!」
 キュルケは才人の顔を両手で挟むと、まっすぐに唇を奪った。
「む、むぐ・・・」

 先のことで呆れていて反応が遅れた才人は、キュルケのぐいぐいと押し付けてくる情熱的な口付けになすがままになっていた。
 そのとき、ものすごい勢いでドアが開けられた。
 今度はこっちから、と思ったら違った。ネグリジェのルイズが立っている。
 キュルケはちらりと横目でルイズを見たけど、才人の唇から自分のそれを離そうとはしない。
 あでやかに部屋を照らす蝋燭を、ルイズは一本一本忌々しそうに蹴飛ばしながら、才人とキュルケに近づいた。
 ルイズは怒ると口より先に手が動くが、その先は知らない。
「キュルケ!」
 ルイズはキュルケの方を向いて怒鳴った。そこでやっと気が付いた、と言わんばかりの態度でキュルケは体を離し、振り返った。
「取り込み中よ。ヴァリエール」
「ツェルプストー!誰の使い魔に手を出してんのよ!」
 才人はため息をつきそうになったが、寸でで抑えた。実際に面倒なことになったが、うっかりため息を吐いたらルイズにぶん殴られると悟ったためだ。
「仕方がないじゃない。好きになっちゃったんだから」
 キュルケは両手を広げた。才人は二人に挟まれてじっとしている。
 勢いで唇を重ねてしまったが、いたくルイズを怒らせてしまったようだ。
「恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命なの。身を焦がす宿命よ。恋の業火で焼かれるなら、あたしの家系の本望なのよ。あなたが一番ご存知でしょう?」
 キュルケは両手をすくめて見せた。ルイズの手が、わなわなと震えた。
「来なさい、サイト」
 ルイズは才人をじろりと睨んだ。

「ねえルイズ。彼は確かにあなたの使い魔かもしれないけど、意思だってあるのよ。そこを尊重してあげないと」
「でも、あんたと付き合ったら、十人以上の貴族に魔法で串刺しだわ。サイトはそれでもいいの?」
「平気よ、ヴェストリ広場で、彼の活躍を見たでしょう」
 ルイズは呆れたように右手を振った。
「ちょっとばっかり、ちゃんばらはお上手でしょうけど、後ろから『ファイヤーボール』や『ウィンド・ブレイク』を撃たれたら剣の腕前なんて関係ないわね」
「大丈夫!あたしが守るわ!」
 キュルケは顎に手を置くと、才人に熱っぽい流し目を送った。
 しかし才人はしっかりとわかっていた。多分キュルケは火がつくのも早いが消えるのも早い。そもそも、いつも助けるなんてできないだろう。
 才人は立ち上がった。
「あら。お戻りになるの?」
 キュルケは悲しそうに才人を見つめた。きらきらとした瞳が、悲しそうに潤む。だが、もう才人を引き留めることはできない。
「いつもの手なのよ!引っかかっちゃダメ!」
 ルイズは才人の手を握るとさっさと歩きだした。

 部屋に戻ったルイズは、慎重にうち鍵をかけると、才人に向き直った。
 唇をぎゅっと噛み締めると、両目が吊り上がった。
「まるでサカリのついた野良犬じゃないの~~~~~ッ」
 声が震えている。見るからにいつも以上に怒っている。どうやら、口よりも手が出るその先は声が震えるようだ。
 ルイズは顎をしゃくった。
「そこにはいつくばりなさい。わたし、間違ってたわ。あんたを一応、人間扱いしてたみたいね」

「待て、誤解だ」
 誤解だ、と言っても、聞く耳は持ってはくれない。半分くらいは間違っていないのだから。
 ルイズは机の引き出しから、何かを取り出した。鞭である。
「ツェルプストーの女にしっぽを振るなんてぇーーーーーッ!犬ーーーーーッ!」
「待て、落ち着け、冷静になれ!」
 ルイズはその言葉を無視して、床をピシっと叩いた。
「あああ、あんたは、にに、人間じゃなくて、野良犬だったのね。なら、野良犬らしく、扱わないとね。いい、い、今までが甘かったわ。」
「やめろ、鞭はな、やりすぎれば、人が、死ぬんだぞ」
 才人にいつもの冷静さはない。その鬼の形相と鞭の音に完全にビビっているのだ。そのせいで、誤解を解くよりも、鞭の危険性を説いてしまった。
「大丈夫、これは乗馬用の鞭だから。あんたには上等ね、野良犬なんだもんねッ!」
 ルイズはそれで才人を叩き始めた。
 ピシッ!ピシッ!宙を舞う鞭から才人は逃げ惑った。
「いたい!やめろ!バカ!誤解だ!」
「あんな女の!どこが!いいのよッ!」
 ルイズが叫んだ!
 ドラマや本を読んでいると、大体こういうときの女はなにを言っても通じない。うまく避けつつ、適当に打たれよう。あまり女性を知らない才人には、それ以上によい回答が思い浮かばなかった。
 どれくらい経っただろうか?いい加減才人を追いかけまわし、鞭を振り回したのに疲れたのか、ルイズは椅子に座って息を落ち着かせていた。どうやら幾分か気が晴れたらしい。
「あんたと誰が付き合おうと、あんたの勝手。でも、キュルケだけはだめ!」

「そもそも、付き合おうと思ってない」
「本当に?」
 じとっとした目で、才人を睨む。
「本当だ。キュルケはどうみても惚れっぽいタイプだ。さっきルイズの言ってた事は、俺が考えてたことと同じだ」
 ジト目をやめないルイズが言った。
「なんでキュルケの部屋に行ったの?」
「フレイムに引っ張られたからだ」
「じゃあ、なんでキスしてたのよ」
「あれは、キュルケの恋人たちが押し寄せてきて、あまりの多さに呆れている隙にやられたんだ」
 訝しんでいるルイズだったが、おかしなところはないので一応納得したようだ。
 はぁ~、とため息をついてから、ルイズは喋り出した。
「キュルケはね、トリステインの人間じゃないの。隣国ゲルマニアの貴族よ。それだけでも許せないわ。私はゲルマニアが大嫌いなの」
「隣国というだけで嫌いって、何があったんだ?」
「わたしの実家があるヴァリエール家の領地はね、ゲルマニアとの国境沿いにあるの。だから戦争になるといつも先陣を切ってゲルマニアと戦ってきたの。そして国境の向こうの地名はツェルプストー!キュルケの生まれた土地よ!」
 ルイズは歯ぎしりしながら叫んだ。
「つまり、あのキュルケの家は・・・。フォン・ツェルプストー家は・・・。ヴァリエールの領地を収める貴族にとって不倶戴天の敵なのよ。実家の領地は国境を挟んで隣同士、寮では隣の部屋!許せない!」
「でもって、嫁さんも寝取られたり」
 才人は半分冗談のつもりで言った。
「そう!あの色ボケの家系は!私のひいひいひいおじいさんの恋人を奪ったのよ!今から200年前!」

「そんな昔から因縁があるのか。というか当たってたのか」
「それからツェルプストーの一族は、散々ヴァリエールの名を辱めたわ!ひいひいおじいさんの婚約者も奪われたわ」
 どおりで手練手管なわけだ。ある意味、その道の名門なわけだからな。
「ひいおじいさんのサフラン・ド・ヴァリエールなんかね!奥さんを取られたのよ!あの女のひいじいさんのマクシミリ・フォン・ツェルプストーに!いや、弟のドゥーディッセ男爵だったかしら・・・」
「つまり、ツェルプストーとは犬猿の仲ってわけか」
「そう!おまけに戦争のたびに殺し合って、お互いどれだけ殺されたか、もう数えきれないほど!」
「だからあんなに怒ってたのか」
「当然よ!小鳥一匹、虫ケラ一匹だって、あのキュルケに取られてたまるもんですか!ご先祖様に申し訳が立たないわ!」
 ルイズはそこまで言うと、水差しからコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。
「というわけで、キュルケはだめ。禁止」
「わかったよ、わかったからもう鞭は勘弁してくれ」
「そもそも感謝してほしいもんだわ」
「なにが?」
「もし平民がキュルケの恋人になった、なんて噂が経ったら、あんた無事じゃすまないわよ?」
才人は、窓にぶら下がっていた男たちを思い出した。キュルケの炎で虫みたいに地面に落ちていったが・・・・・。
 その場に自分がいたことが知れたら、どうなるだろう。ギーシュとの一戦を思い出したら、せめて剣ぐらいほしくなった。
「・・・ルイズ」
「なによ」
「剣を買ってくれ」

「持ってないの?剣士なのに?」
 ルイズは呆れた、とばかりに腕を組んだ。
「俺の世界じゃ真剣は持てない。持ち歩いているだけで捕まる」
「じゃあこの前はどうしてあんなに強かったのよ」
「柔道と剣道を習ってたからだ」
「ジュードー?ケンドー?」
「柔道は格闘術みたいなもんで、力がなくても相手を倒すことができるんだ。剣道はまあ剣術みたいなものだな。でも当てること中心で、そこまで実戦向きじゃないけどな」
 ルイズはゴーレムを転ぶようにして投げたことを思い出した。
「あの変な投げたような蹴ったような技も?」
「あぁ、あれは巴投げだ。あれは殴るどころか、普通に組み付いて投げることもできそうになかったからな。」
「それに比べて剣の方はなかなかじゃない。あれがケンドー?」
「うーん、いや、剣道で実際に試合はやったが、あそこまでは動けなかったな。まるで風みたいに動けたからな。あれがなかったら、負けてた」
 ルイズは考え込んだ。
「どうした?」
「使い魔として契約した時に、特殊能力を得ることがあるって聞いたことがあるけど、それなのかしら」
「特殊能力?」
「たとえば、使い魔にした黒猫が喋れるようになったり」
「人間だと剣術がうまくなるのか?」
「古今東西、人間を使い魔にした例はないからわからないわ。でも例がないから、剣を自在に操れるようになることも、あるかもしれないわ」
「うん・・・」
 ただ振れるだけじゃなかった。相手の動きがゆっくり見えて、手に取るようにわかった。その上体は羽のように軽くなり、真剣をあんなにも振り回せた。あげく青銅のゴーレムを切り裂く・・・・。使い魔というものをそんなには知らないが、そこまで強くなるものなのだろうか?

「不思議なら、トリステインのアカデミーに問い合わせてみる?」
「アカデミー?」
「そうよー。王室直属の、魔法ばかり研究してる機関よ」
「へえ、んじゃあ変な物注射したりとかするのか?」
「バラバラにされたりとかするかもね」
「・・・遠慮しとく」
 そういう機関は才人の世界にも昔あった。それを本でかじっている才人はどんなことをされるか簡単に想像できた。まあこの世界では若干違うだろうが。
「それが嫌なら、あまり人に言わないことね。いきなり剣の腕が上がったとかね」
「そうだな」
 ルイズは一人何か納得するかのように、うなずいた。
「何を納得してるんだ?」
「あんたに、剣、買ってあげる」
「え?」
 意外とあっさり納得してくれた。
「いくらそれなりに強くたって、キュルケに好かれたんじゃ、命がいくつあっても足りないわ。振りかかる火の粉は自分で払いなさい」
 ルイズはつまらなさそうに言った。
「話が早いな。もっと時間がかかると思ったよ」
「必要な物はきちんと買うわよ、私は別にケチじゃないのよ」
 ルイズは得意げに言った。しかし、あれだけの食事でケチじゃないと言われても説得力はない。
「わかったら、さっさと寝る。明日は虚無の日だから、町に連れてってあげる」
 こっちの世界の曜日はなんだか覚えにくい、そう思いながら藁束に倒れ込んだ。自分の左手を見ながら才人は思った。このルーンが与える力は一体どこへ俺を導くんだ?すぎる力は身を亡ぼすなんて言うが・・・。そんなことを考えているうちに才人は眠りについた。

第三章 トリステインの武器屋
キュルケは、昼前に目が覚めました。今日は虚無の曜日である。窓を眺めて、窓ガラスが入っていないことに気づいた。周りが焼け焦げている。しばらくぼんやりと寝ぼけた気分で見つめて、昨晩の出来事を思い出した。
「そうだわ、ふぁ、いろんな連中が顔を出すから、吹っ飛ばしたんだっけ」
 そして、窓のことなどまったく気にせずに、起き上がると化粧を始めた。今日は、どうやって才人を口説こうか、と考えるとウキウキしてくる。キュルケは、生まれついての狩人なのだ。
 化粧を終え、自分の部屋から出て、ルイズの部屋の扉をノックした。
 そのあと、キュルケは顎に手を置いて、にっこりと笑った。
 才人が出てきたら、抱き付いてキスをする。
 ルイズが出てきたらどうしようかしら、と少しだけ考える。
 その時は、そうね…、部屋の奥にいるであろう、才人に流し目を送って中庭でもプラプラしていれば、向こうからアプローチしてくるだろう。
 キュルケは、よもや自分の求愛が拒まれるなどとは露ほども思っていないのであった。
 しかしノックの返事はない。開けようとしたが、鍵がかかっていた。
 キュルケは何のためらいもなく、ドアに『アンロック』の呪文をかけた。鍵が開く音がする。本当なら、学校内で『アンロック』の呪文を唱えることは、重大な校則違反なのだが、キュルケは気にしない。恋の情熱はすべてのルールに優越する、というのがツェルプストー家の家訓なのであった。
 しかし、部屋はもぬけの殻であった。二人ともいない。
 キュルケは部屋を見回した。
「相変わらず、色気のない部屋ね・・・」

 ルイズのカバンがない、虚無の火なのに、カバンがないということはどこかに出かけたのであろうか、窓から外を見回した。
 門から馬に乗って出て行く、二人の姿が見えた。目を凝らす。
 果たしてそれは、才人とルイズであった。
「なによー、出かけるの?」
 キュルケはつまらなそうにつぶやいた。
 それから、ちょっと考え、ルイズの部屋を飛び出した。
 タバサは寮の自分の部屋で、読書を楽しんでいた。青みが買った神と、ブルーノ瞳を持つ彼女は、眼鏡の奥の目をキラキラと海のように輝かせて本の世界に没頭していた。
 タバサは年寄りも四つも五つも若く見られることが多い。身長は小柄なルイズよりも五センチも低く、体も細かったからだ。しかし、まったくそんなことは気にしていない。
 他人からどう見られるか、ということより、とにかく放っておいてほしい、と考えるタイプの少女であった。
 タバサは虚無の曜日が好きだった。なぜなら、自分の世界に好きなだけ浸っていられるからである。彼女にとっての他人は、自分の世界に対する無粋な闖入者である。数少ない例外に属する人間でも、よほどの場合でない限りうっとうしく感じるのであった。
 その日も、どんどんとドアが叩かれたので、タバサはとりあえず無視した。
 そのうちどんどん激しくなってきたので、タバサは立ち上がらずに、面倒くさそうに小さく唇を動かしてルーンを呟き、机に立てかけてあった自分の身長よりも大きい杖を振った。
 『サイレント』、風属性の魔法である。タバサは風属性の魔法を得意とするメイジなのである。『サイレント』によって、彼女の集中を妨げるノックの音は消え去った。
 タバサは満足して本に向かった。その間、表情はピクリとも変わらない。
 しかし、ドアは行き良いよく開かれた。タバサは闖入者に気が付いたが、本から目を離さなかった。

 入ってきたのは、キュルケだった。彼女は二言、三言大げさに何かを喚いたが、『サイレント』の呪文が効果を発揮しているため、声がタバサに届かない。
 キュルケはタバサの本を取り上げた。そして、タバサの肩をつかんで自分に振り向かせる。タバサは、無表情にキュルケを見つめていた。その顔からはいかなる感情も窺えないが、歓迎していないことは確かであった。
 しかし、入ってきたのはキュルケである。タバサの友人である、これがほかの相手なら、難なく部屋から『ウィンド・ブレイク』でも使って吹き飛ばすところなのだが、キュルケは数少ない例外であった。
 仕方なく、タバサは『サイレント』の魔法を解いた。
 いきなりスイッチを入れたオルゴールのように、キュルケの口から言葉が飛び出した。
「タバサ。今から出かけるわよ!早く支度して頂戴!」
 タバサは短くぽそっとした声で自分の都合を友人に述べた。
「虚無の曜日」
 それで十分と言わんばかりに、タバサはキュルケの手から本を取り返そうとしたキュルケは高く本を掲げた。背の高いキュルケがそうするだけで、タバサの手は本には届かなくなる。
「わかってる。あなたにとって虚無の曜日がどんな日だか、あたしは痛いほどよく知ってるわよ。でも、今はね、そんなこと言ってられないの。恋よ!恋!」
 それでわかるでしょう?と言わんばかりのキュルケの態度であるが、タバサは首を振った。キュルケは勘定で動くが、タバサは理屈で動く。どうにも対照的な二人である。そんな二人は、なぜか仲が良い。
「そうね。あなたは説明しないと動かないのよね。ああもうあたしね、恋したの!でね?その人が今日、あのにっくきヴァリエールと出かけたの!あたしはそれを追って、二人がどこに行くのか突き止めなくちゃいけないの!わかった?」
 タバサは首を振った。それでどうして自分に頼むのか、理由が分からなかった。

「出かけたのよ!馬に乗って!あなたの使い魔じゃないと追いつかないのよ!助けて!」
 キュルケはタバサに泣きついた。
 タバサはやっと頷いた。自分の使い魔じゃないと追いつかない。なるほど、と思った。
「ありがとう!じゃ、追いかけてくれるのね」
 タバサは再び頷いた。キュルケは友人である。友人が自分にしか解決できない頼みごとを持ち込んだ。ならばしかたがない。面倒だが受けるまでである。
 タバサは窓を開け、口笛を吹いた。
 ぴゅーと、甲高い口笛の音が、青空に吸い込まれる。
 それから、窓枠によじ登り、外に向かって飛び降りた。
 何も知らない人間が見たら、あたまがおかしくなったと思うが、キュルケは全く動じずに、タバサに続いて窓から外に身を躍らせた。ちなみに、タバサの部屋は五階にある。
 タバサは、外出の際あまりドアを使わない。こっちの方が早いからである。
 落下する二人をその理由が受け止めた。
 ばっさばっさと力強く両翼を陽光にはためかせ、二人をその背にのせて、ウィンドドラゴンが飛び上った。
「いつみても、あなたのシルフィードは惚れ惚れするわね」
 キュルケが突き出た背びれにつかまり、感嘆の声を上げた。
 そう、タバサの使い魔はウィンドドラゴンの妖精なのであった。
 タバサから風の妖精の名を与えられた風竜は、寮塔にあたって上空に抜ける上昇気流を器用にとらえ、一瞬で二百メイルも空を駆けのぼった。
「どっち?」タバサが短くキュルケに尋ねた。
 キュルケが、あ、と声にならない声を上げた。
「わかんない…。慌ててたから」
 タバサは別に文句をつけるわけでなく、ウゥンドドラゴンに命じた。

「馬二頭。食べちゃだめ」
 ウィンドドラゴンは短く泣いて了解の意を主人に伝えると、青い鱗を輝かせ、力強く翼を振り始めた。
 高空に上り、その視力で馬を見つけるのである。草原を走る馬を見つけることなど、風竜にとってはたやすいことであった。
 自分の忠実な使い魔が仕事を開始したことを認めると、タバサはキュルケの手から本を奪い取り、とがった風竜の背びれを背もたれにしてページをめくり始めた。

 トリステインの城下町を、才人とルイズは歩いていた。魔法学院からここまで乗ってきた馬は町の門のそばにある駅に預けてある。才人は、腰が痛くてたまらなかった。何せ、馬に乗ったのは生まれて初めてだったからだ。
「腰が・・・」小さく呻きながら、ひょこひょこと歩く。
 ルイズはしかめつらをして、そんな才人を見つめた
「情けない。剣の腕はあるくせに、馬に乗ったことないなんて・・・」
「剣道に馬術は入ってねえ。まさか三時間も乗るとはな」
「ここまで歩くわけにはいかないでしょ」
 それでも才人は物珍しそうにあたりを見回した。白い石造りの町は、まるでテーマパークのようだ。当然ではあるが、魔法学院に比べると質素ななりの人間が多かった。
 道端で声を張り上げて、果物や肉や、籠などを売る商人たちの姿が、才人の外国気分を盛り上げる。まあ異世界なのだが。
 のんびり歩いたり、急いでるやつが居たり、老若男女取り混ぜ歩いている。そのあたりは才人の元居た世界とあまり変わらないが、道は狭い。
「狭いな」
「狭いって、これでも大通りなんだけど?」
「これでか?」
 道幅は五メートルもない。そこを大勢の人間が行き来するものだから、歩くのも一苦労である。

「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮殿があるわ」
「宮殿に行くの?」
「女王陛下に拝謁してどうするのよ」
「ささやかな糧を、ささやかに増やしてもらおうか」
 才人がそう言ったら、ルイズは笑った。
 道端には露店があふれている。好奇心が強い才人は、いちいちじっくりと眺めずにはいられなかった。莚の上に並べられた、奇妙な形の蛙が入った瓶、授業中にやってた魔法薬なんかも見られた。
 そんなあっちこっちを眺める才人の腕をルイズが引っ張った。
「ほら、さっさとする。スリが多いんだから!あんた、上着の中の財布は大丈夫でしょうね?」
 ルイズは、財布は下僕が持つものだ。と言って財布をそっくり才人に持たせていたのである。中にはぎっしりと金貨が詰まっていた。ずっしりと重かった。
「ここにあるよ。こんなに重かったらスラれたらわかるだろ」
「魔法を使われたら、一発よ」
 しかし、メイジのような姿の人間はいなかった。才人は魔法学院で、メイジと平民の見分け方をなんとなく理解した。メイジはマントを付けて、歩き方がもったいぶっている。ルイズ曰く、貴族らしい歩き方、ということらしい。
「普通の人間ばかりじゃないか」
「だって貴族は全体の人口の一割しかいないのよ。あと、こんな下賤なところめったにあるかないわ」
「そもそも、貴族なのにスリってなんだよ」
「貴族は全員メイジだけど、メイジのすべてが貴族ってわけじゃないわ。いろんな事情で、感動されたり家を捨てたりした貴族の次男や三男坊なんかが、身をやつして徴兵になったり犯罪者になったり・・・・・」
 才人はルイズの言葉を聞き流しながら、キョロキョロと見回すのをやめない。
「あの、瓶の形をした看板は?」
「酒場でしょ?」
「ばってんの印は?」

「衛士の詰め所」
 興味を惹かれる看板を見つけるたびに、才人は目を引かれる。そのたびにルイズは、腕を引っ張って前を向かせるのであった。
「おいおい、そんなに引っ張るなよ。急ぎなのかよ?」
「あんまりいいとこじゃないから。早くいくわよ」
 ルイズは、さらに狭い路地裏に入ってきた。悪臭が鼻につく。ゴミや汚物が、道路に転がっている
「こりゃあ・・・ひでえとこだ。」
「だからあんまり来たくないのよ」
 四辻に出た。ルイズは、立ち止まると、あたりをきょろきょろと見回した。
「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、このあたりなんだけど・・・」
 それから一枚の銅の看板を見つけ、うれしそうにつぶやいた。
「あ、あった」
 見ると、剣の形をした看板が下がっていた。そこがどうやら、武器屋であるらしかった。
 ルイズと才人は、石段を上り、羽扉を開け、店内に入って行った。

 店内は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りがともっていた。壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾ってあった。
 店の奥で、パイプをくわえていた五十がらみの親父が、入ってきたルイズを胡散臭げに見つめていた。紐タイ留めに描かれた五芒星に気付く。それからパイプを離し、どすの利いた声を出した。
「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売してまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」
「客よ」ルイズは腕を組んでいった。
「こりゃおったまげた。貴族が剣を!おったまげた!」
「どうして?」
「いえ、若奥様。坊主は聖具を、兵士は剣を、貴族は杖を、そして陛下はバルコニーからお手を、と相場は決まっておりますんで」

「使うのは私じゃないわ、使い魔よ」
「忘れておりました。昨今は使い魔も剣を振るようで」
 商人は、商売っ気たっぷりにお愛想を言った。それから、才人をじろじろと眺めた。
「剣をお使いになるのは、この方で?」
 ルイズは頷いた。才人はすっかり、店に並んだ武器に夢中だった。初めて見るいろんな武器に、才人は少し興奮気味だ。
 そんな才人を放っておいて、ルイズは主人と話を続ける。
「私は剣のことなんかわからないから、適当に選んで頂戴」
 主人はいそいそと奥の倉庫に消えた。彼は聞こえないように、小声でつぶやいた。
「・・・こりゃ、鴨がネギ背負ってやってきたわい。せいぜい、高く売りつけるとしよう」
 彼は一メイル程の長さの、細身の剣を持って現れた。
 ずいぶん、華奢な剣である。片手で扱う物らしく、短めの柄にハンドガードが付いていた。主人は思い出すように言った。
「そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行っておりましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」
 なるほど、きらびやかな模様がついていて、貴族に似合いの綺麗な剣だった。
「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってる?」
 ルイズは尋ねた。主人は尤もらしく頷いた。
「へえ、何でも、最近このトリステインの城下町を、盗賊が荒らしまわっておりまして・・・。」
「盗賊?」
「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいう、メイジの盗賊が、貴族のお宝を散々盗みまくっているって噂で。貴族の方々は恐れて、下僕にまで剣を持たせる始末で。へえ」
 ルイズは盗賊には興味がなかったので、じろじろと剣を眺めた。しかし、すぐに折れてしまいそうなほど細い。才人は確か、この前もっと大きな剣を軽々振っていた。
「もっと大きくて、幅のあるのがいいわ」

「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。男と女のように。見たところ、若奥様の使い魔とやらには、この程度が無難のようで」
「大きくて、幅のあるのがいいと言ったのよ」
 ルイズは言った。ぺこりと頭を下げると、主人は奥に消えた。その際に、小さく「素人が!」とつぶやくのを忘れない。
「これなんかいかがですか?」
 見事な剣だった。一・五メイルはあろうかという大剣だ。絵は両手で扱えるように長く、立派な拵えである。ところどころ宝石がちりばめられ、鏡のように両刃の刀身が光っている。見るからに切れそうな、頑丈な大剣だった。
「店で一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、これぐらいは腰から下げてほしいものですな。と言っても、こいつを腰から下げるのは、よっぽどの大男でないと無理でさあ。奴さんなら、背中にしょわんといかんですな」
 いつの間にか、ルイズの後ろに立っていた才人が剣を見つめた。
「すごいもんだな」
 見事としか言いようのない、立派な大剣である。
 才人が気に入ったのを見て、ルイズはこれでいいだろうと思った。店の一番と親父が太鼓判を押したのも気に入った。貴族はとにかく、何でも一番でないと気が済まない性格である。
「おいくら?」ルイズは尋ねた。
「何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい、ここにその名前が刻まれているでしょう?おやすかあ、ありませんぜ」
 主人はもったいぶって絵に刻まれた文字を指した。
「私は貴族よ」ルイズも、胸をそらせて言った。主人は淡々と値段を告げた。
「エキュー金貨二千、新金貨なら三千」
「立派な家と、森付きの庭が帰るじゃない」
 ルイズは呆れて言った。才人はそりゃいくらなんでも値段を吹っ掛けすぎだろ、と思った。
「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだら安いもんでさ」
「新金貨で五百しか持ってきてないわ」
 ルイズは貴族なので、買い物の取引がへたくそだった。あっけなく財布の中身をばらしてしまう。主人は話にならない、というように手を振った。

「まともな大剣ならどんなに安くても、相場は二百でさ」
 ルイズは顔を赤くした。剣がそんなに高いとは知らなかったのだ。
「諦めてほかにしよう」
「そうね、買えるのにしましょう」
 そう言うと、才人は別の物を見つくろい始めた。乱雑に積み上げられたその中の剣から、声が聞こえた、低い、男の声だった。
「おいおい、そのガタイで剣を振る?冗談じゃねーぜ」
 ルイズと才人は声の方を向いた。主人が頭を抱えた。
「おめえ、自分を見たことあるのか?見れば見るほどヒョロヒョロで、そんな体で剣を振る?おでれーた!冗談がきつすぎる!おめーにゃ棒切れがお似合いさ!」
「ん?」
 いきなり悪口を言われて腹が立ったが、声の主はどこにもいない。ただそこには、乱雑に剣が積んであるだけである。
「わかったら、さっさと家に帰りな!おめえもだよ!貴族の娘っ子!」
「失礼ね!」
 才人は声のする方向に近づいた。
「この辺りのだよな」
「おめえの目は節穴か!」
 才人は驚いた。何と、声の主は一本の剣であった。錆の浮いたボロボロの剣から、声は発されていたのであった。
「喋る剣もあんのか!」
 才人がそういうと、店主が怒鳴り声を上げた。
「やい!デル公!お客様に失礼なこと言うんじゃねえ!」
「デル公?」
 才人は、その剣をまじまじと見た。さっきの大剣と長さは同じほどだが、幅は細かった。薄手の長剣である。表面には錆が浮き、お世辞にも見栄えがいいとは言えなかった。
「お客様?剣もまともに振れねえような小僧っこがお客様?ふざけんじゃねえよ!耳をちょん切ってやらあ!顔を出せ!」
「それって、インテリジェンスソード?」
ルイズが当惑した声を上げた。
「そうでさ、若奥様。意思を持った魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて…。とにかく、こいつはやたらと口は悪いわ、客にケンカ売るわで閉口してまして・・・。やいデル公!これ以上失礼があったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」

「おもしれえ!やってみろ!どうせこの世にゃもう、飽き飽きしてたところさ!溶かしてくれるんなら、上等だ!」
「やってやらあ!」
 主人が歩き出した。しかしそれを才人が遮った。
「おいおい、こんな面白い剣を溶かすのか?」
 それから才人はその剣を、まじまじと見つめた。
「お前デル公って言うのか?」
「ちがわ!デルフリンガーさまだ!おきやがれ!」
「名前だけは、一人前でさあ」
「俺は平賀才人、よろしくな」
 剣は黙った。じっと、才人を観察するかのように黙りこくった。
 それからしばらくして、剣は小さな声で喋り始めた。
「おでれーた。見損なってた。てめ、『使い手』か」
「『使い手』?」
「ふん、自分の実力も知らんのか。まあいい。てめ、俺を買え」
「まあ、そうするしかないな」
 さっきのことを考えると、まともに買える大剣はこれくらいしかないだろう。
「ルイズ。これにしよう」
 ルイズは嫌そうな声を上げた
「え~~。そんなのにするの?もっと綺麗でしゃべらない剣にしなさいよ」
「ま、最悪身を守れればいいからな。それに喋る剣なんておもしろいじゃねえか」
「それだけじゃないの」
 ルイズはぶつくさ文句を言ったが、ほかに買えそうな剣ではイマイチなのでその剣に決めた。
「あれ、おいくら?」
「あれなら百で結構でさ」
「安いじゃない」
「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ」
 主人は手をひらひら振りながら言った。
 才人は上着のポケットからルイズの財布を取り出すと、中身をカウンターの上に置いた。金貨がガチャガチャと積み上げられる。主人は慎重に枚数を確かめると頷いた。

「毎度」剣を取り、鞘に納めると才人に手渡した。
「どうしてもうるさいと思ったら、こうやって鞘に入れればおとなしくなりまさあ」
 才人は頷いて、デルフリンガーという名前の剣を受け取った。

 武器屋から出てきた才人とルイズを、見つめる二つの影があった。キュルケとタバサである。キュルケは、路地の影から二人を見つめると、唇をぎりぎりと噛み締めた。
「ゼロのルイズッたら・・・、剣なんか買って気を引こうとしちゃって・・・。あたしが狙ってるってわかったら、早速プレゼント攻撃?なんなのよ~~~~ッ!」
 キュルケは、二人が見えなくなった後、武器屋の戸をくぐった。主人がキュルケを見て目を丸くした。
「おや!今日はどうかしてる!また貴族だ!」
「ねえご主人」
 キュルケは髪をかき上げると、色っぽく笑った。ムんとする色気に押されて、主人は思わず顔を赤らめる。なんだか、色気が熱波として、襲ってくるようだ。
「今の貴族が、何を買っていったかご存知?」
「へ、へえ。剣でさ」
「なるほど、やっぱり剣ね・・・。どんな剣を買っていったの?」
「へえ、ボロボロの大剣を一振り」
「ボロボロ?どうして?」
「あいにく持ち合わせが足りなかったようで。へえ」
 キュルケは、手をあごの下に構え、おっほっほ!と大声で笑った。
「貧乏ね!ヴァリエール!公爵家が鳴くわよ!」
「若奥様も、剣をお買い求めで?」
 主人は、商売のチャンスだとばかりに身を乗り出した。今度の貴族の娘は、どうやらさっきのやせっぽちに比べて、胸も財布の中身も豊かなようだ。
「ええ。みつくろってくださいな」
 主人は手もみしながら、奥に消えた。果たして、持ってきたのは先程ルイズと才人に見せた立派な大剣だった。

「あら、きれいな剣じゃない」
「若奥様、さすがお目が高くていらっしゃる。この剣は、先ほどの貴族のお連れ様が欲しがっていたものでさ。しかし、お値段の加減が釣り合いませんで。へえ」
「ほんと?」
 貴族のお連れ様?つまり、才人が欲しがっていたものだろう。
「さようで。何せこいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿で。魔法がかかっているから鉄だって一刀両断でさ。ごらんなさい、ここにその名が刻まれているでしょう?」
 主人は先程と同じ口上を述べた。
 キュルケは頷いた。
「おいくら?」
 主人はキュルケを値踏みした。どうやら先ほどの貴族よりも羽振りはよさそうだ。
「へえ。エキュー金貨で三千、新金貨で四千五百。」
「ちょっと高くない?」キュルケの眉が上がった。
「へえ、名剣は、釣り合う黄金を要求するもんでさ」
 キュルケはちょっと考え込むと、主人の顔に自分の体を近づけた。
「ご主人・・・、ちょっとお値段が張り過ぎじゃございませんこと?」
 顎の下をキュルケの手で撫でられて、主人は呼吸ができなくなった。
 ものすごい色気が、親父の脳髄を直撃する。
「へ、へえ・・・。名剣は・・・」
 キュルケはカウンターの上に腰掛けた。左の足を持ち上げる。
「お値段、張りすぎじゃ、ございませんこと?」
 ゆっくりと、投げ出した足をカウンターの上に持ち上げた。主人の目は、キュルケの太ももにくぎ付けになった。
「さ、さようで?では、新金貨で四千」
 キュルケの足が、さらに持ち上がった。太ももの奥が、見えそうになる。
「いえ、三千で結構でさ!」
「暑いわね・・・」
 キュルケは答えずに、シャツのボタンを外した。
「シャツ、脱いでしまおうかしら・・・。よろしくて?ご主人」

 主人に、熱っぽい流し目を送った
「おお、お値段を間違えておりやした。二千で!へえ!」
 キュルケはシャツのボタンを一個外した。
 それから主人の顔を見上げる。
「千八百で!へえ!」
 再び、一個外した。キュルケの胸の谷間が、あらわになる。それからまた、主人の顔を見上げた。
「千六百で!へえ!」
 キュルケは、ボタンを外す指を止めた。今度は、スカートの裾を持ち上げようとした。
 その途中で指が止まる。主人が哀れな表情になった。
「千よ」
 キュルケは言い放った。再び、するするとスカートの裾が持ち上がる。主人は、息を荒くしてそれを見つめていた。
 その指がピタッと止まる。主人は悲しそうな声を上げた。
「あ、ああ・・・」
 キュルケはスカートの裾を戻し始めた。そして、希望の値段を繰り返し告げた。
「千」
「へえ!千で結構でさ!」
 キュルケはカウンターから、すっと降りると、さらさらと小切手を書いた。
 それをカウンターの上に叩きつける。
「買ったわ」
 そして剣をつかむと、店を出てってしまった。
 主人は、呆然として、カウンターの小切手を見つめていた。
 急激に冷静さを取り戻す。頭を抱えた
「ええい!今日はもう、店じまいだ!」

第四章 土くれのフーケ
『土くれ』の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れているメイジの盗賊がいる。土くれのフーケである。
 フーケは北の貴族の屋敷に、宝石が散りばめられたティアラがあると聞けば、早速趣これを頂戴し、南の貴族の別荘に先帝からの賜りし家宝の杖があると聞けば、別荘を破壊してこれを頂戴し、東の貴族の豪邸に、アルビオンの細工師が腕によりをかけて作った真珠の指輪があると聞いたら一にも二にもなく頂戴し、西の貴族のワイン倉に、値千金、百年物のヴィンテージワインがあると聞けば喜び勇んで頂戴する。

 まさに神出鬼没の大怪盗。メイジの大怪盗。それが土くれのフーケなのであった。
 そしてフーケの盗み方は、繊細に屋敷に忍び込んだかと思えば、別荘を粉々に破壊して、大胆に盗み出したり、白昼堂々王位銀行を襲ったと思えば、夜陰に乗じて邸宅に侵入する。
 行動パターンが読めず、トリステインの治安を預かる王室衛士隊の魔法衛士たちも、振り回されているのだった。
 しかし、盗みの方法には共通する点があった。フーケは狙った獲物が隠されたところに忍び込むときに、主に錬金の魔法を使う。錬金の呪文で扉や壁を粘土や砂に変えて、穴をあけてもぐりこむのである。
 貴族だって馬鹿じゃないから当然対策は練っている。屋敷の壁やドアは、強力なメイジに頼んでかけられた固定化の魔法で錬金の魔法から守られている。しかし、フーケの錬金は強力であった。大抵の場合、これ以下の呪文などものともせず、ただの土くれに壁や扉を変えてしまうのだ。
 『土くれ』は、そんな盗みの技からつけられた、二つ名なのであった。
 盗むばかりではなく、力任せに屋敷を破壊するときは、フーケは巨大な土のゴーレムを使う。その身丈はおおよそ三十メイル。
 城でも壊せるような、大きな土のゴーレムである。集まった魔法衛士たちを蹴散らし、白昼堂々とお宝を盗み出したこともある。
 そんな土くれのフーケの正体を見た者はいない。男か、女かもわかっていない。ただわかっていることは・・・。
 おそらくはトライアングルクラスの土系統のメイジであること。
 そして、犯行現場の壁に『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と、ふざけたサインを残していくこと。
 そして・・・、いわゆるマジックアイテム・・・、強力な魔法の付与がされた数々の高名なお宝が何より好きということであった。

 巨大な二つのツキが、五階に宝物庫がある魔法学院の本塔を照らしている。
 二つの月の光が、壁に垂直に立った人影を浮かび上がらせていた。

 土くれのフーケであった。
 長い、青い髪を夜風になびかせ悠然と佇む様に、国中の貴族を恐怖に陥れた怪盗の風格が漂っている。
 フーケは足から伝わってくる、壁の感触に舌打ちした。
「さすがは魔法学院の本塔の壁ね・・・。物理衝撃が弱点?こんなに厚かったら、ちょっとやそっとの魔法じゃどうにもならないじゃないの!」
 足の裏で、壁の厚さを測っている。土系統のエキスパートであるフーケにとって、そんなことは造作もないのであった。
「たしかに、固定化の魔法以外はかかってないみたいだけど・・・、これじゃ私のゴーレムの力でも、壊せそうにないね・・・」
 フーケは、腕を組んで悩んだ。
 強力な固定化の呪文がかかっているため、錬金の呪文で壁に穴をあけるわけにはいかない。
「やっとここまで来たのに・・・。」
 フーケは歯噛みをした。
「かといって、『破壊の杖』を諦めるわけにゃあ、いかないね・・・」
 フーケの目がきらりと光った。そして腕組みをしたまま、じっと考え始めた。

 フーケが本塔の壁に足をつけて、悩んでいる頃・・・。ルイズの部屋では騒動が持ち上がっていた。
 ルイズとキュルケは、お互いに睨みあっている。才人は自分の『ニワトリの巣』の上で、キュルケが持っていた名剣を見ているのであった。タバサはベッドに座り、本を広げていた。
「どういう意味?ツェルプストー」
 腰に両手を当ててぐっと不倶戴天の敵を睨んでいるのは、ルイズである。
 キュルケは悠然と、恋の相手の主人の視線を受け流す。
「だから、サイトが欲しがっている剣を手に入れたから、そっちを使いなさいって言ってるのよ」
「おあいにくさま。使い魔の使う道具なら間に合ってるの。ねえサイト。」

 しかし、当の本人としては複雑である。頼りがいのある剣と頼りがいのない剣であれば当然頼りがいのある剣のほうがいい。
 鞘から取り出し、じっと剣に見入っている。
 剣を握ると、案の定左手のルーンが光り出した。それと同時に、体は軽く羽のようになった。素振りをしたくなったが、部屋の中なので諦めた。
 一体、どんな理屈で自分の左手のルーンは光ってるのだろう?
 わかっているのは、剣を握ると光るということだけである。
 しかし・・・。今は見事な剣に見入っているのであった。
「ホントによくできてるな・・・。手入れも十分にしてある」
 ルイズはそんな才人を蹴っ飛ばした。
「いた!なにすんだよ」
「返しなさい。あんたには、あのしゃべる剣があるじゃない」
「頼りがいのある剣とそうでない剣なら、頼りがいのある剣のほうがな・・・」
 サビサビのボロボロである。本気で太刀打ちしたら、ぽっきり折れそうである。しかも、キュルケがタダでくれるというのだから。
「嫉妬はみっともないわよ?ヴァリエール」
 キュルケは、勝ち誇った調子で言った。
「嫉妬?誰が嫉妬してるのよ!」
「そうじゃない。サイトが欲しがってた剣を、あたしが難なく手に入れてプレゼントしたもんだから、嫉妬してるんじゃなくてって?」
「誰がよ!やめてよね!ツェルプストーの者からは豆の一粒だって恵んでもらいたくない!そんだけよ!」
 キュルケは才人を見た。才人はルイズが取り上げた剣を名残惜しそうに見つめている。
「見てごらんなさい?サイトはこの剣に夢中じゃないの。知ってる?この剣を鍛えたのはゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿だそうよ?」
 それからキュルケは、熱っぽい流し目を才人に送った。
「ねえ、あなた。よくって?剣も女も、生まれはゲルマニアに限るわよ?トリステインの女ときたら、このルイズみたいに嫉妬深くって、気が短くって、ヒステリーで、プライドばっかり高くって、どうしようもないんだから」

 ルイズはキュルケをぐっと睨み付けた。
「なによ。ホントのことじゃないの」
「へ、へんだ。あんたなんかただの色ボケじゃない!なあに?ゲルマニアで男を漁りすぎて相手にされなくなったから、トリステインまで留学してきたんでしょ?」
 ルイズは冷たい笑みを浮かべて、キュルケを挑発した。声の震えから察するに、相当頭に来ているようだ。
「言ってくれるわね、ヴァリエール・・・」
 キュルケの顔色が変わった。ルイズが勝ち誇ったように言った。
「何よ。ホントのことでしょ?」
 二人同時に自分の杖に手をかけた。
 才人はそんな二人を放っておいて、どちらの剣がいいか、再び考えていた。
 タバサは本をじっと読んでいたが、杖を取り出す二人よりも早く、自分の杖を振る。
 つむじ風が舞い上がり、キュルケとルイズの手から、杖を吹き飛ばした。
「室内」
 タバサは淡々と言った。
 ここでやったら危険であると言いたいのであろう。
 「なにこの子。さっきからいるけど」
 ルイズが忌々しげにつぶやいた。キュルケが答える。
「あたしの友達よ。」
「なんで、あんたの友達が私の部屋にいるのよ」
 キュルケは、ぐっとルイズを睨んだ。
「いいじゃない」
 一触即発をあっさり鎮めたタバサは、本のページを淡々とめくるだけだった。かなり無口なようだ。
 ルイズとキュルケは、ぐっとにらみ合ったままだ。キュルケが視線を逸らして言った。
「じゃあ、サイトに決めてもらいましょうか」
「え?俺?」
 剣のことを考えていたので、急に話が振られて才人は困惑した。
「そうよ、あんたの剣でモメているんだから」
 才人の考えは大体まとまっていた。剣自体はキュルケのほうが見たところ良い物のようだ。

 しかし、キュルケの剣を選んだら、ルイズはきっと許さない。飯を抜かれるかもしれないが、それ以上に今後の関係に尾を引きそうだ。
 それにルイズは軽傷とはいえ、ギーシュとの戦いの後に、一晩中看病をしていた。多少、生意気で、高慢ちきだが、こうして生活できるのもルイズのおかげであるという事実は変えられない。
 キュルケも自分のためにあの高い剣を買ってくれた。
 しかし、肝心なところを才人は覚えていた。
 そもそも、剣を買うことになったのはキュルケを好いている男たちが、戦いを挑んできても、最低限身を守るためである。
 もしも、キュルケの剣を受け取って、そのことがそう言った連中の耳にでも入れば、本末転倒である。
 なかなか返事をしない才人に二人はしびれを切らして、再び騒ぎ始めた。
「サイトははっきりしないし、こうなったら決着を付けましょうよ」
「ええ、あたしもそう言おうと思っていたとこよ」
 さらに激しく睨みあう二人、才人があぁ~とか、ちょっといいか?と言ってもまるで気が付かない。
「あたし、あんたのこと、だいっきらいなのよ」
「わたしもよ」
「気が合うわね」
 キュルケが微笑んだ後、目を吊り上げた。
 ルイズも負けじと胸を張った。二人は同時に怒鳴った。
「「決闘よ!」」
「いや、おい待て」
 才人は二人を止めようとするが、もう二人の耳に入ることはない。もっとも、火花を散らす二人の間に、才人自身飛び込む気にもなれないが。
「もちろん、魔法でよ?」
 キュルケが、勝ち誇ったかのように言った。
 ルイズは唇を噛み諦めたが、すぐに頷いた。
「ええ、望むところよ」

「いいの?ゼロのルイズ。魔法で決闘。大丈夫なの?」
 小ばかにしたような調子で、キュルケが呟く。ルイズは頷いた。自信はない。もちろん、ない。こんなところもゼロではあるが、それでもツェルプストー家の女に魔法で勝負と言われて、引き下がるわけにはいかない。
「もちろんよ!誰が負けるもんですか!」

 本当の外壁に張り付いていたフーケは、誰かが近づく気配を感じた。
 とんっと壁を蹴り、すぐに地面に飛び降りる。地面にぶつかる瞬間、小さくレビテーションを唱え、回転して勢いを殺し、羽毛のように着地する。それからすぐに中庭の植え込みに消えた。

 中庭に現れたのは、ルイズとキュルケ、タバサに才人であった。
「じゃあ、始めましょうか」
 結局、才人の声は届かず、半ばあきらめ気味で言った。
「ほんとに決闘する気か?」
「そうよ」
 ルイズもやる気満々である。もう自分の考えを伝えられる雰囲気ではない。
 なにより今更告げても、決闘はするんだろうな。そう思う才人であった。
「危ないからやめとけよ・・・」
 呆れた声で才人は言った。
「確かに、怪我をするのも馬鹿らしいわね」
 キュルケが言った。
「そうね」ルイズも頷く。
 タバサがキュルケに近づいて、何かを呟く。それから、才人を指差した。
「あ、それいいわね!」
 キュルケが微笑む。
 キュルケは、ルイズにも呟いた。
「あ、それはいいわ」
 ルイズも頷いた。
 三人は一斉に才人の方を向いた。

 才人はこれは確実に、嫌なことになると予感した。
「・・・・・」
 本塔の上から才人はロープで縛られ、吊るされ、空中にぶら下がっている。
 先生からの評価でも言われていた。冷静で物事をよく観察できるが、あまり結果は伴わない。どうして、もっと強く言わなかったのかと後悔したが、遅すぎるのであった。
 はるか地面の下には、小さくキュルケとルイズの姿が見える。夜とはいえ、二つの月のおかげでかなり視界は明るい。当の屋上には、ウィンドドラゴンにまたがったタバサの姿が見えた。風竜は、二本の剣をくわえている。
 二つの月だけが、優しく才人を照らしていた。
 キュルケとルイズは、地面に立っている才人を見上げている。ロープに縛られ、上から吊るされた才人が、小さく揺れているのが二人の目に見えた。
 キュルケは腕を組んで言った。
「いいこと?ヴァリエール。あのロープを切って、サイトを地面に落としたほうが勝ちよ。勝った方の剣をサイトが使う。いいわね?」
「わかったわ」ルイズは硬い表情で頷いた。
「使う魔法は自由、ただし、あたしは後攻。そのぐらいのハンデよ」
「いいわ」
「じゃあ、どうぞ」
 ルイズは杖を構えた。屋上のタバサが、才人を吊るしたロープを振り始めた。才人は柱時計のように揺れる。ファイヤーボールなどの魔法は命中率は高い。動かさなければ、簡単にロープに命中してしまう。
 しかし・・・、命中うんぬんよりも、まず魔法が成功するかどうかの問題があった。
 ルイズは悩んだ。どれなら成功するだろう?風系統?火系統?
 水や土は論外だった。ロープを切るための攻撃魔法が少ない。やはり、ここは火である。その時になって、キュルケが火が得意であることを思い出す。
 キュルケのファイヤーボールは才人のロープを難なく切るだろう。失敗は許されない。

 悩んだ挙句、ルイズはファイヤーボールを使うことに決めた。小さな火球を目標めがけて打ち込む魔法である。
 短くルーンを呟く。失敗したら…、才人はキュルケが買ってきた剣を使うことになる。プライドの高いルイズに許せることではなかった。
 呪文詠唱が完成する。気合を入れて、杖を振った。
 呪文が完成すれば、火の玉がその杖の先から飛び出すはずであった。
 しかし、杖の先からは何も出ない。一瞬遅れて、才人の後ろの壁が爆発した。
 爆風で才人の体が揺れる。 もし、この爆発が自分に命中したら・・・。才人は恐怖で震えた。
 才人を縛り付けているロープは何ともない。爆風で切れてくれたら、と思ったが甘かったようだ。本塔の壁にはひびが入っている。キュルケは・・・、腹を抱えて笑っていた。
「ゼロ、ゼロのルイズ!ロープじゃなくて壁を爆発させてどうするの?器用ね!」
 ルイズは憮然とした。
「あなたって、どんな魔法を使っても爆発させるんだから!あっはっは!」
 ルイズは悔しそうに拳を握りしめると、膝をついた。
「さて、私の番ね・・・」
 キュルケは、狩人の目で才人を吊るしたロープを見据えた。タバサがロープを揺らしているので、狙いがつけずらい。
 それでもキュルケは余裕の笑みを浮かべた。ルーンを短く呟き、手慣れた仕草で杖を突きだす。ファイヤーボールはキュルケの十八番である。
 杖の先から、メロンほどの大きさの火球が現れ、才人のロープ目がけて飛んだ。火球は狙いたがわずロープにぶつかり、一瞬でロープを燃やし尽くした。
 才人が地面に落ちる。屋上にいたタバサが杖を振り、才人にレビテーションをかけてくれた。加減された呪文のおかげで、ゆっくりと才人は地面に降りてきた。

 キュルケは勝ち誇って、笑い声をあげた。
「あたしの勝ちね!ヴァリエール」
 ルイズはしょんぼりとして座り込み、地面の草をむしり始めた。

 フーケは、中庭の植え込みの中から一部始終を見守っていた。ルイズの魔法で、宝物庫の壁にひびが入ったのを見届ける。
 いったい、あの魔法は何なのだろう?ファイヤーボールなのに、杖の先からは火球が出なかった。代わりに、一瞬遅れて爆発した。
 あんな風に物が爆発する呪文なんて見たことがない。
 フーケは頭を振った。それより、このチャンスを逃してはいけない。フーケは、呪文を詠唱し始めた。長い詠唱だった。
 それが完成すると、地面に向けて杖を振る。
 フーケは薄く笑った。
 音を立てて、地面が盛り上がる。
 土くれのフーケが、その本領を発揮したのだ。

「残念ね!ヴァリエール!」
 勝ち誇ったキュルケは、大声で笑った。ルイズは勝負に負けたのが悔しいのか、膝をついたまましょんぼりと肩を落としている。
 才人は複雑な気持ちでルイズを見つめた。それから低い声で言った。
「まず、ロープをほどいてくれ・・・」
 きっちりロープでぐるぐる巻きにされている。身動きが取れない。
 キュルケは微笑んだ。
「ええ、喜んで」
 そのとき、背後で巨大な何かの気配を感じて、キュルケは振り返った。我の目を疑う。
「な、なにこれ」
 キュルケは口を大きく開けた、巨大な土のゴーレムがこちらに向かってくるではないか!
「きゃぁあああああ!」
 キュルケは悲鳴を上げて逃げ出した。才人はその背中に向けて叫んだ。

「おい!ロープ!」
 迫りくるゴーレムを、まじまじと見た。
「これもゴーレムなのか!」
 才人は逃げようとしても、ロープが巻いてあり逃げられない。
 我に返ったルイズが才人に駆け寄る。
「な、何で縛られてんのよ!あんたってば!」
「お前らだろ!」
 そんな二人の頭上で、ゴーレムの足が上がる。
 才人はルイズに促した。
「逃げろ!二人とも潰れる!」
「く、このロープ・・・」
 ルイズは一所懸命にロープを外そうとしている。
 ゴーレムの足が落ちてくる。才人は諦めかけた。
 しかし、間一髪でタバサのウィンドドラゴンが滑り込み、才人とルイズを両足でがっちり掴んでゴーレムの足と地面の間をすり抜けた。
 才人たちがいたところに、ずしん!と音を立て、ゴーレムの足がめり込む。
 ウィンドドラゴンの足にぶら下がった二人は、上空からゴーレムを見下ろした。
「あれじゃあ、形も残らないな・・・」
「巨大な土のゴーレムね・・・」
「あんなにでかいゴーレムもいるのか。ギーシュのあれが標準だと思った」
「ギーシュはドットメイジだからあのサイズなのよ。・・・あんなに大きなゴーレムを操れるのは、きっとトライアングルクラスのメイジに違いないわ」
 才人はさっきのことを思い出していた。身の危険を顧みず、ルイズは自分のロープを外そうとしていたことを。
「なんで逃げなかったんだ?あのままじゃ二人とも死んでた」
 ルイズはきっぱりと言った。
「使い魔を見捨てるメイジはメイジじゃないわ」
 才人は黙ってルイズを見つめた。いつになく、ルイズがまぶしく見えた。

 フーケは、巨大な土のゴーレムの肩の上で、薄い笑いを浮かべていた。
 逃げ惑うキュルケや、上空を舞うウィンドドラゴンの姿が見えたが気にしない。フーケは頭からすっぽりと黒いローブに身を包んでいる。その下の自分の顔さえ見られなければ、問題はない。
 ヒビが入った壁に向かって、ゴーレムの拳が打ち下ろされた。
 フーケは、インパクトの瞬間に、ゴーレムの拳を鉄に変えた。
 壁に拳がめり込む。パカッという鈍い音がして、壁が崩れる。黒いローブの下で、フーケは微笑んだ。
 フーケはゴーレムの腕を伝い、壁にあいた穴から、宝物この中に入り込んだ。
 中には様々なお宝があった。しかし、フーケの狙いはただ一つ、『破壊の杖』である。
 さまざまな杖が壁にかかった一画があった。その中に、どう見ても魔法の杖には見えない品があった。全長一メイル程の長さで、見たことのない金属でできていた。フーケはその下に掛けられた鉄のプレートを見つめた。
『破壊の杖。持ち出し不可』と書いてある。フーケの笑みがますます深くなった。
 フーケは『破壊の杖』を取った。
 その軽さに驚いた。一体、何でできているのだろう?
 しかし、今は考えている暇はない。急いでゴーレムの肩に乗った。
 去り際に杖を振る。すると、壁に文字が刻まれた。
『破壊の杖、確かに領収しました。土くれのフーケ』

 再び黒ローブのメイジを肩に乗せ、ゴーレムは歩きだした。魔法学院の城壁を一跨ぎで乗り越え、ずしんずしんと地響きを立てて草原を歩いていく。
 そのゴーレムの上空を、ウィンドドラゴンが旋回する。
 その背に跨ったタバサが身長より長い杖を振る。レビテーションで、才人とルイズの体が、足からウゥンドドラゴンの背中に移動した。かまいたちのように空気が震え、才人のみを包んだロープが切れた。
「ありがと」

 才人はタバサに礼を言った。タバサは無表情で頷いた。
 才人は巨大なゴーレムを見つめながら、ルイズに尋ねた。
「あいつ、壁を壊したけど・・・、何をしてたんだ?」
「宝物庫」タバサが答える。
「あの黒いローブのメイジ、壁の穴から出てきた時に、何かを握っていたわ」
「泥棒か。そう言えば、武器屋の親父が盗賊がどうとか言ってたな」
「土くれのフーケ!?そうよ!そうに違いないわ!」
 二人が黒いローブの見当をしていると、ゴーレムは草原の真ん中で、突然ぐにゃっと崩れ落ちた。
 巨大なゴーレムは、ただの土の山になった。
 三人は地面に降りた。月明かりに照らされたこんもりと小山のように盛り上がった土山以外、何もない。
 そして、肩に乗った黒いローブのメイジの姿は、消え失せていた。

第五章 破壊の杖
 翌朝・・・。
 トリステイン魔法学院では、昨夜から蜂の巣をつついた騒ぎが続いていた。
 何せ、秘宝の『破壊の杖』が盗まれたからである。
 それも、巨大なゴーレムが壁を破壊するといった大胆な方法で。
 宝物庫には、学院中の教師が集まり、壁にあいた大きな穴を見て、口をあんぐりとあけていた。
 壁には『土くれ』の犯行声明が刻まれている。
『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
 教師たちは、口繰りに好き勝手なことを喚いている。
「土くれのフーケ!貴族たちの財宝を荒らしまくっているという盗賊か!魔法学院にまで手を出しおって!ずいぶんとナメられたもんじゃないか!」
「衛兵は一体何をしていたんだね?」
「衛兵などあてにならん!所詮平民ではないか!それより当直の貴族は誰だったんだね!」

 ミセス・シュヴルーズは震えあがっていた。昨晩の当直は、自分であった。まさか、魔法学院を襲う盗賊がいるなどと夢にも思わずに、当直をさぼり、ぐうぐうと自室で寝ていたのであった。本来なら、夜通し門の詰所に待機していなければならないのに。
 教師の一人が、早速ミセス・シュヴルーズを追求し始めた。オスマン氏が来る前に責任の所在を明らかにしておこうということだろう。
 ミセス・シュヴルーズはボロボロと泣きだしてしまった。
「も、申し訳ありません・・・」
「泣いたって、お宝は戻っては来ないのですぞ!それともあなた、『破壊の杖』の弁償できるのですかな!」
「わたくし、家を建てたばかりで・・・」
 ミセス・シュヴルーズは、よよよと床に崩れ落ちた。
 そこにオスマン氏が現れた。
「これこれ、女性をいじめるものではない」
 ミセス・シュヴルーズを問い詰めていた教師が、オスマン氏に訴える。
「しかしですな!オールド・オスマン!ミセス・シュヴルーズは当直なのに、ぐうぐう自室で寝ていたのですぞ!責任は彼女にあります」
 オスマン氏は長い口髭をこすりながら、口から唾を飛ばして興奮するその教師を見つめた。
「ミスタ・・・、なんだっけ?」
「ギトーです!お忘れですか!」
「そうそう。ギトー君。そんな名前じゃったな。君は怒りっぽくていかんよ。まあ、たしかに当直を寝てサボるとはまったくいかんことだ。で、ほかの誰ならフーケを発見できたのかね?」
 オスマン氏は誰もまともに当直をしていないことを知っていた。皆お互いに顔を見合わせると、恥ずかしいように顔を伏せた。名乗り出る者はいなかった。
「され、これが現実じゃ。責任があるとすれば我々全員じゃ。この中の誰もが・・・、もちろん私を含めてじゃが・・・、まさかこの魔法学院が賊に襲われるなど、夢にも思っていなかった。なにせ、ここにいるのは、ほとんどがメイジじゃからな。誰が好き好んで、虎穴に入るのかっちゅうわけじじゃ。しかし、それは間違いじゃった」

 オスマン氏は、壁にぽっかり空いた穴を見つめた。
「この通り、賊は大胆にも忍び込み、『破壊の杖』を奪っていきおった。つまり、我々は油断していたのじゃ。責任があるとするなら、我ら全員にあると言わねばなるまい」
 ミセス・シュヴルーズは、感激してオスマン氏に抱き付いた。
「おお、オールド・オスマン、貴方のお慈悲のお心に感謝いたします!わたくしはあなたをこれから父と呼ぶことにいたします!」
 オスマン氏はそんなシュヴルーズの尻を撫でた。
「ええのじゃ、ええのよ。ミセス・・・」
「わたくしのお尻でよかったら!そりゃあもう!いくらでも!はい!」
 オスマン氏はこほんと咳をした。誰も突っ込んでくれない。場を和ませるつもりで尻を撫でたのである。皆、一様に真剣な眼差しでオスマン氏の言葉を待っていた。
「で、犯行の現場を見ていたのは誰だね?」
 オスマン氏が訪ねた。
「この三人です」
 コルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控えていた三人を指差した。
 ルイズにキュルケにタバサの三人である。才人もそばにいたが、使い魔なので数には入っていない。
「ふむ・・・、君たちか」
 オスマン氏は、興味深そうに才人を見つめた。才人はどうして自分がじろじろ見られているかわからず、見つめ返した。
「詳しく説明したまえ」
 ルイズが進み出て、見たままを述べた。
「あの、大きなゴーレムが現れて、ここの壁を壊したんです。肩に乗っていた黒いメイジがこの宝物この中から何かを・・・、『破壊の杖』だと思いますけど・・・、盗み出した後、またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムは城壁を超えて歩き出して…、最後には崩れて土になっちゃいました」
「それで?」
「後には、土しかありませんでした。肩に乗っていた黒いローブを着たメイジは、影も形もなくなってました」
「ふむ・・・」
 オスマン氏はひげを撫でた。
「後を追うにも、手掛かりなしというわけか・・・」
 それからオスマン氏は、気づいたようにコルベールに尋ねた。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたのね?」
「それがその・・、朝から姿が見えませんで」
「この非常時に、どこに行ったのじゃ」
「どこなんでしょう?」
 そんな風に噂していると、ミス・ロングビルが現れた。

「ミス・ロングビル!どこに行ってたんですか!大変ですぞ!事件ですぞ!」
 興奮した調子で、コルベールがまくしたてる。しかし、ミス・ロングビルは落ち着き払った態度で、オスマン氏に告げた。
「申し訳ありません。朝から、急いで調査しておりましたの」
「調査?」
「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこの通り。すぐに壁のフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせている大怪盗の仕業と知り、すぐに調査いたしました」
「仕事が早いの。ミス・ロングビル」
 コルベールは慌てた調子で促した。
「で、結果は?」
「はい。フーケの居場所がわかりました」
「な、なんですと!」
 コルベールが、素っ頓狂な声を上げた。
「誰に聞いたんじゃね?ミス・ロングビル」
「はい。近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入って行った黒ずくめのローブの男を見たそうです。おそらく彼はフーケで、廃屋はフーケの隠れ家ではないかと」
 ルイズが叫んだ。
「黒ずくめのローブ?それはフーケです!間違いありません!」
 オスマン氏は、目を鋭くして、ミス・ロングビルに尋ねた。
「そこは近くかね?」
「はい。徒歩で半日、馬で四時間と言ったところでしょうか」
「すぐに王室に報告しましょう!王室衛士隊を呼んで、兵士を差し向けてもらわなくては!」
 コルベールが叫んだ。
 オスマン氏は首を振ると、目を向いて怒鳴った。年寄りとは思えない迫力であった。
「バカ者!王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ。その上・・・、身にかかる火の粉をおのれで払えぬようで、何が貴族じゃ!魔法学院の宝が盗まれた!これは魔法学院の問題じゃ!当然我らで解決する!」

 ミス・ロングビルは微笑んだ。まるで、この答えを待っていたかのようであった。
 オスマン氏は咳払いをすると、有志を募った。
「では、捜索隊を編成する。我と思うものは、杖を掲げよ」
 誰も杖を掲げない。困ったように、顔を見合わすだけだ。
「おらんのか?おや?どうした!フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」
 ルイズは俯いていたが、それからすっと杖を顔の前に掲げた。
「ミス・ヴァリエール」
 ミセス・シュヴルーズが、驚いた声を上げた。
「何をしているのです!あなたは生徒ではありませんか!ここは教師に任せて・・・」
「誰も掲げないじゃないですか」
 ルイズはきっと唇を強く結んで言い放った。唇を軽くへの字に曲げ、真剣な目をしたルイズは凛々しく、美しかった。才人そんなルイズを黙って見つめていた。
 ルイズがそのように杖を掲げているのを見て、しぶしぶキュルケも杖を掲げた。
 コルベールが驚いた声を上げた。
「ツェルプストー!君は生徒じゃないか!」
 キュルケはつまらなそうに言った。
「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」
 キュルケが杖を掲げるのを見て、タバサも掲げた。
「たばさ、あんたはいいのよ。関係ないんだから」
 キュルケがそう言ったら、タバサは短く答えた。
「心配」
 キュルケは感動した面持ちで、タバサを見つめた。ルイズも唇をかみしめて、お礼を言った。
「ありがとう・・・。タバサ・・・。」
 そんな三人の様子を見てオスマン氏は笑った。
「そうか。では、頼むとしようか」

「オールド・オスマン!私は反対です!生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」
「では、君が行くかね?シュヴルーズ」
「い、いえ・・・、私は体調がすぐれませんので・・・」
「彼女たちは、敵を見ている。そのうえ、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」
 タバサは返事もせずに、ぽけっと突っ立っている。教師たちは驚いたようにタバサを見つめた。
「本当なのタバサ」
 キュルケも驚いている。王室から与えられる爵位しては、最下級の『シュヴァリエ』の称号であるが、タバサの歳で与えられるというのが驚きである。男爵や子爵の爵位なら、領地を買うことで手に入れることも可能であるが、シュヴァリエだけは違う。純粋に業績に対して与えられる爵位・・・、実力の称号なのだ。
 宝物この中がざわめいた。オスマン氏は、それからキュルケを見つめた。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが?」
 キュルケは得意げに、髪をかき上げた。
 それから、ルイズが自分の番だとばかりに可愛らしく胸を張った。オスマン氏は困ってしまった。褒めるところがなかなか見つからなかった。
 こほん、と咳をすると、オスマン氏は目を逸らした。
「その・・・、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、その、うむ、なんだ、正体有望なメイジと聞いているが?しかもその使い魔は!」
 それから才人を熱っぽい目で見つめた。
「平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」
 オスマン氏は思った。彼が、本当に、本当に伝説の『ガンダールヴ』なら・・・。
 土くれのフーケに、後れを取ることはあるまい。

 コルベールが興奮した調子で、後を引き取った。
「そうですぞ!何せ、彼はガンダー・・・」
 オスマン氏は慌ててコルベールの口を押えた。
「むぐ!はぁ!いえ、なんでもありません!はい!」
 教師たちはすっかり黙ってしまった。オスマン氏は、威厳のある声で言った。
「この3人に勝てるというものがいるのなら、前に一歩出たまえ」
 誰もいなかった。オスマン氏は、才人を含む4人に向き直った。
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
 ルイズとタバサとキュルケは、真顔になって直立すると「杖にかけて!」と同時に唱和した。才人もまねようとしたが剣を持ち歩いていなかったのでできなかった。
 それから三人はスカートの裾をつまみ、恭しく礼をする。
「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地に着くまで温存した前。ミス・ロングビル」
「はい。オールド・オスマン」
「彼女たちを手伝ってやってくれ」
 ミス・ロングビルは頭を下げた。
「もとよりそのつもりですわ」
 才人は気になっていることがあった。ミス・ロングビルと呼ばれた女性はフーケを『男』と言っていた。貴族たちが血眼に捜しているフーケの情報をそんなに簡単に手に入れられるのだろうか?

 四人はミス・ロングビルを案内役に、早速出発した。
 馬車と言っても、屋根なしの荷車のような馬車であった。襲われたときに、すぐに外に飛び出せる方がいいということで、このような馬車にしたのである。
 ミス・ロングビルが御者を買って出た。
 キュルケが、黙々と手綱を握る彼女に話しかけた。
「ミス・ロングビル・・・、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」
 ミス・ロングビルはにっこりと笑った。

「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくしたものですから」
 キュルケはきょとんとした。
「だって、あなたはオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」
「ええ、でも、オスマン氏は貴族や平民だということに、あまりこだわらないお方です」
「差支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」
 ミス・ロングビルは優しい微笑みを浮かべた。それは言いたくないのであろう。
「いいじゃないの。教えてくださいな」
 キュルケは興味津々と言った顔で、御者台に座ったミス・ロングビルににじり寄る。ルイズがその肩をつかんだ。キュルケは振り返ると、ルイズを睨み付けた。
「なによ。ヴァリエール」
「よしなさいよ。昔のことを根掘り葉掘り聞くなんて」
 キュルケはふんと呟いて、二台の柵に寄りかかって頭の後ろで腕を組んだ。
「暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃないの」
「あんたのお国じゃどうか知りませんけど、聞かれたくないことを、無理やり聞き出そうとするのは、トリステインじゃ恥ずべきことなのよ」
 キュルケはそれに答えず、足を組んだ。そして、嫌味な調子で言い放った。
「ったく・・・、あんたがかっこつけたおかげで、とんだとばっちりよ。何が悲しくて、泥棒退治なんか」
 ルイズはキュルケをじろりと睨んだ。
「とばっちり?あんたが自分で志願したんじゃないの」
「あなたが一人じゃ、サイトが危険じゃないの。ねえ、ゼロのルイズ」
「どうしてよ?」
「いざ、あの大きなゴーレムが現れたら、あんたはどうせ逃げ出して後ろから見てるだけでしょ?サイトを戦わせて自分は高みの見物。そうでしょう」
 誰が逃げるもんですか!と言おうと思ったルイズの声を才人が遮る。

「ルイズはあの時、逃げずに俺のロープを解こうとした。次に戦っても、ルイズは逃げ出さないと俺は思うけど」
 才人がそれだけ言うと、キュルケは黙ってしまった。大きなゴーレムが現れた時、自分が逃げ出してしまったのに、ルイズは才人を助けようとしていたと知り、自分が少し恥ずかしくなった。
「まあ、せいぜい怪我をしないことね」
 それが今のキュルケには精いっぱいだった。
 一方才人に振り向く。
「じゃあダーリン。これを使ってね」
 そう言って、自分が買ってきた剣を手渡した。
「勝負に勝ったのはあたし。文句はないわよね?ゼロのルイズ」
 さっきとは違いどこか負け惜しみを込めたようにも感じた。
 ルイズはちらっと二人の様子を見たけど、何も言わなかった。

 馬車は深い森に入って行った。鬱蒼とした森が、五人の恐怖をあおる。昼間だというのに薄暗く、気味が悪い。
「ここから先は、徒歩で行きましょう」
 ミス・ロングビルがそう言って、全員が馬車から降りた。
 森を通る道から、小道が続いている。
「なんか、暗くて怖いわ・・・、いやだ・・・」
 キュルケが才人の腕に手をまわしてきた。
「ひっつくなよ。いつフーケが出てくるかわからないぞ」
「だってー、すごくー、こわいんだもの!」
 キュルケはすごく嘘くさい調子で言った。才人はルイズが気になってはいたが、それ以上に周囲を気にしていた。

 一行は開けた場所に出てきた。森の中の空き地といった風情である。おおよそ、魔法学院の中庭ぐらいの広さだ。真ん中に、確かに廃屋があった。元は木こりの小屋だったのだろうか?朽ち果てた炭焼き用らしき窯と、壁板が外れた物置が並んでいる。
 五人は小屋の中から見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるということです」
 ミス・ロングビルが廃屋を指差して言った。
 人が住んでいる気配は全くない。
 フーケはあの中だろうか?
 才人は先のことを思い出して考えていた。廃屋の中?簡単に捕まらない大怪盗の情報をどうやってそんなに集めてきたんだ?性別の件といい。
 才人たちは相談を始めた。とにかく、中にいるようなら奇襲が一番である。相手が寝ていればなおさらである。
 タバサは、ちょこんと地面に正座すると、皆に自分の立てた作戦を説明するために地面に絵を描き始めた。
 まず、偵察兼囮役が小屋のそばに赴き、中の様子を確認する。
 そして、中にフーケが居れば、これを挑発し、外に出す。
 小屋の中に、ゴーレムを作り出すほどの土はない。
 外に出ない限り、得意のゴーレムは使えないのであった。
 そして、フーケが外に出たところを、魔法で一気に攻撃する。土のゴーレムを作り出す暇を与えずに、集中砲火でフーケを沈めるのだ。
「で、その囮役は俺ってわけか」
 才人は尋ねた。タバサは短くいった。
「あなたしかいない」
 そうだろうなと思っていた才人はため息をついた。
 才人はキュルケからもらった名剣を鞘から抜いた。
 左手のルーンが光り出す。それと同時に、体は羽でも生えたみたいに軽くなる。
 すっと一足飛びに小屋のそばまで近づいた。窓に近づき、恐る恐る中を覗いてみた。
 小屋の中は、一部屋しかないようだった。部屋の真ん中にホコリの積もったテーブルと、転がった椅子が見えた。崩れた暖炉も見える。テーブルの上には、酒瓶が転がっていた。
 そして、部屋隅には、薪が積み上げられている。やはり、炭焼き小屋だったらしい。その薪の隣にはチェストがあった。木でできた、大きい箱である。

 中には人の気配はない。どこにも、人が隠れるような場所は見えない。
 しかし、相手はメイジの盗賊。一度も捕まっていない手練れ。居ないと見せかけているのかもしれない。
 才人はしばらく考えた後、皆を呼ぶことにした。
 才人は頭の上で、腕を交差させて。
 誰もいなかったときの場合のサインである。
 隠れていた全員が、恐る恐る近寄ってきた。
「誰もいないよ」
 才人は窓を指差して言った。
 タバサが、ドアに向けて杖を振った。
「罠はないみたい」そう呟いて、ドアを開け、中に入っていく。
 キュルケの後に才人が続く。
 ルイズは外で見張りをすると言って、後に残った。
 ミス・ロングビルは辺りを偵察してきますと言って、森の中に消えていった。

 小部屋に入ったサイトたちは、フーケが残した手がかりがないかを調べ始めた。
 そして、タバサがチェストの中から・・・。
 なんと、『破壊の杖』を見つけ出した。
「破壊の杖」
 タバサは無造作にそれを持ち上げると、皆に見せた。
「あっけないわね!」
 キュルケが叫んだ。
 才人は『破壊の杖』を見た途端、目を丸くした。
「それが『破壊の杖』なのか!?」
 才人は驚きのあまり声を上げた。
「そうよ、あたし、見たことあるもん。宝物庫を見学したとき」
 キュルケが頷いた。

 才人は、近寄って、『破壊の杖』をまじまじと見た。
 これは、間違いない・・・。
 そのとき、外で見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。
「きゃあああああ」
 ルイズの悲鳴に、一斉に小屋を出ると、バコォーンという音とともに、小屋の屋根が吹っ飛んだ。
 振り向くと、巨大な土のゴーレムの姿があった。
「ゴーレム!」
 キュルケが叫んだ。
 タバサは真っ先に反応する。
 自分の身長より大きな杖を振り、呪文を唱えた。巨大な竜巻が舞い上がり、ゴーレムにぶつかっていく。
 しかし、ゴーレムはびくともしない。
 キュルケは胸に挿した杖を引き抜き、呪文を唱えた。
 杖から炎が伸び、ゴーレムを火炎が包んだ。しかし、炎に包まれようが、ゴーレムは全く意に返さない。
「無理よこんなの!」
 キュルケが叫んだ。
「退却」
 タバサが呟く。
 キュルケとタバサは一目散に逃げ出し始めた。
 才人はルイズの姿を探した。
 いた!
 巨大なゴーレムの背後に立っているルイズは、ルーンを呟き、ゴーレムに杖を振りかざした。巨大なゴーレムの表面で、何かが弾けた。ルイズの魔法だ!ゴーレムはルイズに気が付くと、ゆっくりと振り返った。小屋の入り口二十メイル程離れたルイズに向かって怒鳴った。
「無理だ!退け!」
 ルイズは唇をかみしめた。
「いやよ!あいつを捕まえれば、誰ももう、私をゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」
 目が真剣だった。

 ゴーレムは近くに立ったルイズをやっつけようか、逃げ出したキュルケたちを追うか、迷っているようだ。
「ルイズ!相手を考えろ!できることとできないことがあるだろうが!」
「やってみなくちゃ、わかんないじゃない!」
「早く逃げろ!」
 才人がそういうと、ルイズはぐっと才人を睨み返した。
「あんた言ったじゃない。ギーシュのワルキューレを一体倒した後、わたしを押し退けて、努力する奴を笑う奴は許せないって。あの時、私はもういいって言ったけど、よくなんかないわ!わたしにだってささやかだけど、プライドってもんがあるのよ。ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!それに使い魔のあんたがあそこまでやったのに、主人のわたしだけ逃げるわけにはいかないじゃない!」
「わかったから今は逃げろ!」
 才人はルイズの方に走り出した。
「私は貴族よ。魔法が使えるものを、貴族と呼ぶんじゃないわ」
 ルイズは杖を握りしめた。
「敵に後ろを見せないものを、貴族と呼ぶのよ!」
 ゴーレムはやはりルイズを先に叩きのめすことに決めたらしい。ゴーレムの巨大な足が持ち上がり、ルイズを踏みつぶそうとした。ルイズは魔法を詠唱し、杖を振った。
 しかし・・・、やはり、ゴーレムには全く通用しない。ファイヤーボールでも唱えたのだろうが、失敗したようだ。ゴーレムの胸が小さく爆発するのが見えたが、それだけだ。ゴーレムはびくともしない。わずかに土がこぼれるだけだ。
 ルイズの視界に、ゴーレムの足が広がった。ルイズが目をつぶった。
 そのとき・・・、走り込んできた才人が、ルイズを抱きかかえながら、地面を転がった。
「バカ野郎!」
 才人はルイズの頬を叩いた。ぱっしぃーん、と乾いた音が響いた。ルイズは呆気にとられて、才人を見つめた。

「プライドは確かに大事だ!でも、プライドのために死んでどうする!戦うなら、勝って生きろ!」
 ルイズの目から涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「だって、悔しくて・・・。わたし・・・。いっつもバカにされて・・・」
 目の前で泣きだしたルイズを、才人は優しく抱きしめた。同じだと思った。剣道をしていたころの自分に。気が強くて、偉そうにしているが、本当はこんな戦いはしたくはなかったのだろう。才人は、それでも見返してやりたかったというルイズの思いに強い共感を感じた。
 ルイズは端正な顔がぐしゃぐしゃにゆがめて泣いていた。ルイズの気持ちにこたえるように、才人はルイズを抱き上げた。
 ゴーレムは、才人たちにその大きな拳を今にも振り下ろそうとしていた。
 才人はルイズを抱き上げながら、剣を持って走った。『ガンダールヴ』の力のおかげで、ルイズを抱えても難なく走ることができる。
 ゴーレムは才人の後を、ずしんずしんと地響きを立てながら追いかけた。大きいだけで素早くはないが、それでも才人と同じスピードくらいある。
 風竜がそんな才人とルイズを助けるために飛んできた。
「乗って!」
風竜に跨ったタバサが叫んだ。才人はルイズを風竜の上に押し上げた。
「あなたも早く!」
 タバサは、珍しく焦った調子で才人に言った。
 しかし才人は風竜に乗らず、迫りくるゴーレムに向き直った。
「サイト!」ドラゴンに跨ったルイズが怒鳴った。
「早く行け!」
 タバサは無表情に才人を見つめていたが、追い付いてきたゴーレムが拳を振り上げるのを見て、やむなく風竜を飛び上らせた。
 ぶんッ!
 間一髪、風圧とともに、才人がいた地面にゴーレムの拳がめり込む。才人は跳びさすって、拳から離れる。
 ゴーレムが拳を持ち上げる。スポッと地面からゴーレムの拳が抜けると、直径一メイル程の大穴ができていた。

 才人は死ぬような思いをしても見返してやりたいという、ルイズの強い思いに答えるようにゴーレムに立ち向かう。
 巨大なゴーレムを睨み付け、対峙する。

「サイト!」
 ルイズは上昇する風竜の上から飛び降りようとした。タバサがその体を抱きかかえる。
「サイトを助けて!」
 ルイズは怒鳴った。タバサは首を振った。
「近寄れない」
 近寄ろうとすると、やたらゴーレムが拳を振り回すので、タバサは才人に使い魔を近づけることができないのだった。
「サイト!」
 ルイズは再び怒鳴った。才人が剣を構えて、ゴーレムと対峙しているのが見えた。

 ゴーレムの拳がうなりをあげて飛んでくる。拳は途中で鉄塊に変わる。
 素早くかわして後ろに回ると、人間で言うアキレス腱のあたりを横なぎに切り裂こうとした。ガキーンという鈍い音とともに、刀身が明後日の方向に飛んで行った。
 才人は一瞬呆然とした。やれ業物だの、やれシュペー卿だの、やれ城に匹敵するだの。その結果がこれである。
 値段だけのナマクラで叩かれたゴーレムは、足を上げて踏みつぶそうとした。素早くかわす才人であったが、もう武器はない。
 そんな才人を見て、ルイズは舌打ちをした。

 ルイズは苦戦する才人を、ハラハラしながら見つめていた。なんとか自分が手伝える方法はないだろうか?そのとき、タバサの抱えた『破壊の杖』に気が付いた。
「タバサ!それ!」
 タバサは頷いて、ルイズに『破壊の杖』を手渡す。
 奇妙な形をしている。こんなマジックアイテム見たことない。

 しかし、自分の魔法はあてにならない。今はこれしか頼れない。
 才人の姿を見て、深く深呼吸をした。それから目を見開く。
「タバサ!私にレビテーションをお願い!」
 そう怒鳴って、ルイズはドラゴンの上から地面に身を躍らせた。タバサは慌ててルイズに呪文をかけた。
 レビテーションの呪文で、地面にゆっくりと下りたルイズは、才人と戦っている巨大なゴーレム目がけて『破壊の杖』を振った。
 しかし、『破壊の杖』は沈黙したままだ。
「ほんとにこれ、魔法の杖なの!」ルイズは怒鳴った。
 こめられた魔法を発動させるための条件が、なにか必要なのだろうか?

 才人は、ルイズが地面に降りたのを見た。ルイズは『破壊の杖』を抱きしめるように持っている。それを見た才人は一気にルイズの元へ駆け出した。『ガンダールヴ』の力がない分遅いが、それでも追い付かれることはない。
「サイト!」
 駆け寄ったサイトにルイズが叫ぶ。才人はルイズの手から、『破壊の杖』を素早く奪った。
「使い方が、わかんない!」
「こうやって使うんだよ」
 手に取るとその使い方が、即座に理解できた。
 才人は『破壊の杖』を掴むと安全ピンを抜き、リアカバーを引き出して、インナーチューブをスライドさせた。
 俺はこんなものを使ったことがないぞ?
 才人は『破壊の杖』を肩掛けると、フロントサイトをゴーレムに向ける。ほぼ直接照準。距離が近く、もしかしたら安全装置が働いて不発するかもしれない。
 そんな様子を見てルイズは唖然として見つめている。
「ルイズ!後ろに立つなよ!」
 ルイズは慌てて体を逸らせた。
 ゴーレムが地響きを立てながら才人たちに迫る。
 安全装置を解きトリガーを引く。
 しゅぽっ、と栓抜きのような音がして、白煙を引きながら羽を付けたロケット上の物がゴーレムに吸い込まれる。

 そして狙いたがわずゴーレムに命中した。
 吸い込まれた弾頭が、ゴーレムの胸にめり込み、爆発した。
 耳をつんざくような爆音が響き、ゴーレムの上半身がバラバラになった。土塊の雨がそこかしこに降り注ぐ。
 白煙の中、ゴーレムは下半身だけで立っていた。
 下半身だけになったゴーレムは、一歩踏み出そうとしたが・・・・・。ガクッと膝が折れ、そのまま動かなくなった。
 そして、土砂のように腰の部分から崩れ落ち・・・、ただの土塊へと帰っていく。
 この前と同じように、後には小山が残された。
 ルイズはその様子を呆然として見つめていたが、腰が抜けたのかへなへなと地面に崩れ落ちた。
 木の陰に隠れていたキュルケが駆け寄ってくるのが見えた。
 才人はため息をついて立ち尽くした。

 キュルケが抱き付いてきた。
「サイト!すごいわ!やっぱりダーリンね!」
 ウィンドドラゴンから降りたタバサが、崩れ落ちたフーケのゴーレムを見つめながら、小さく呟いた。
「フーケはどこ?」
 全員、あたりを見回した。
 すると、偵察に行っていたミス・ロングビルが茂みから現れた。
「ミス・ロングビル!フーケはどこからあのゴーレムを操っていたのかしら?」
 キュルケがそう尋ねると、ミス・ロングビルは分からないというように首を振った。
 四人は、盛り上がった土の小山の中を探し始めた。才人はその様子を、放心したように見つめていた。それから『破壊の杖』を見つめる。
 こんなもの、どこから入ってきた?そうぼんやりと思った。
 すっとミス・ロングビルの手が伸びて、放心した才人の手から『破壊の杖』を取り上げた。
「!!」まさか!しかし、そう思ったがすでに手遅れであった。
 ミス・ロングビルはすっと遠のくと、四人に『破壊の杖』を突きつけた。

「ご苦労様」
「ミス・ロングビル」
 キュルケが叫んだ。
「どういうことですか?」
 ルイズも唖然として、ミル・ロングビルを見つめた。
「さっきのゴーレムを操っていたのは・・・あんただったのか」
「ご明察」
 そう言うと、目の前の女性は眼鏡を外した。優しそうだった目が吊り上がり、猛禽類のような目つきに変わる。
「そう。私が『土くれ』のフーケ。さすがは『破壊の杖』ね。私のゴーレムもばらばらじゃないの!」
 フーケはさっき才人がしたように『破壊の杖』を肩にかけ、四人に狙いを付けた。
 タバサが杖を振ろうとした。
「おっと、動かないで?破壊の杖は、ぴったりと貴方たちを狙っているわ。全員、杖を遠くに投げなさい」
 しかたなく、ルイズたちは杖を放り投げた。これでもう、メイジは魔法を唱えることができないのだ。
「どうして!?」ルイズがそう怒鳴るとフーケは、
「そうね、ちゃんと説明しなくちゃ死にきれないでしょうから説明してあげる」
 と言って、妖艶な笑みを浮かべた。
「私はこの『破壊の杖』を奪ったけど、使い方が分からなかったのよ。振っても、魔法をかけてもこの杖はうんともすんとも言わないんだもの。困ってたわ。持っていても使い方が分からないんじゃ、宝の持ち腐れ。そうでしょ?」
 ルイズが飛び出そうとした。才人はその肩に手を置いた。
「サイト!」
「やめておけ」
「ずいぶんと物分りのいい、使い魔だこと。じゃあ、続けさせてもらうわね。使い方が分からなかった私は、貴方たちに、これを使わせて、使い方を知ろうと考えたのよ」
「それで、あたしたちをここまで連れてきたってわけね」
「そうよ。魔法学院の者だったら、知っててもおかしくないでしょう?」
「私たちの誰も、知らなかったらどうするつもりだったの?」

「その時は、全員ゴーレムで踏みつぶして、次の連中を連れてくるわよ。でも、その手間は省けたみたいね。こうやってきちんと使い方を教えてくれたじゃない」
 フーケは笑った。
「じゃあ、お礼を言うわ。短い間だけど、楽しかった。さよなら」
 キュルケは観念して目をつむった。
 タバサも目をつむった。
 ルイズも目をつむった。
 才人は、目をつむらなかった。
「勇気があるのね」
「蛮勇かもな」
 そう言って才人は思い切り走りだした。
 フーケは咄嗟に、才人がしたように『破壊の杖』のスイッチを押した。
 しかし、先ほどのような魔法は飛び出さない。
「な、どうして!」
 フーケはもう一度スイッチを押した。
「それは使い捨てだ。もうなにも出てこない」
「どういう意味よ!」
「それは魔法の杖じゃないってことだ」
「なんですって!」
 フーケは『破壊の杖』を放り投げると、魔法の杖を手に取った。
 だがそれと同時に、才人はフーケの腹に当て身をした。
「それは『M72』。俺の世界の武器だ」
 フーケは地面に倒れた。
「サイト?」
 ルイズたちは目を丸くして才人を見つめていた。
 才人は言った。
「フーケを捕まえて、『破壊の杖』も取り戻した。これでもう、誰にもゼロとは言わせない、な?」
 ルイズ、キュルケ、タバサは顔を見合わせると、才人に駆け寄った。
 才人にはさまざまな疑問が新たに現れたが、そんなことよりも今は皆と共に安堵を分かち合いたかった。

 学院室で、オスマン氏は戻った四人の報告を聞いていた。
「ふむ・・・。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな・・・。美人だったもので、何の疑いもせずに秘書に採用してしまった」
「いったい、どこで採用されたんですか?」
 隣に控えたコルベールが訪ねた。
「町の居酒屋じゃ。私は客で、彼女は給仕をしておったのだが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな」
「で?」
 コルベールが促した。オスマン氏は照れたように告白した。
「おほん。それでも怒らないので、秘書にならないかと、言ってしまった」
「なんで?」
 ほんとに理解できないと言った口調でコルベールが訪ねた。
「カァーッ!」
 オスマン氏は目を向いて怒鳴った。年寄りとは思えない迫力だった。それからオスマン氏はこほんと咳をして、真顔になった。
「おまけに魔法も使えるというもんでな」
「死んだほうがよろしいのでは?」
 コルベールがボソッと言った。オスマン氏は、軽く咳払いをすると、コルベールに向き直り重々しい口調で言った。
「今思えば、あれも魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったに違いない。居酒屋でくつろぐ私の前に何度もやってきて、愛想よく酒を勧める。魔法学院学院長は男前で痺れます、などと何度も媚を売り売り言いおって・・・。しまいにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる?とか思うじゃろ?なあ?ねえ?」
 コルベールは、ついうっかりフーケのその手にやられ、宝物この壁の弱点について語ってしまったことを思い出した。あの一件は自分の胸に秘めておこうと思いつつ、オスマン氏に合わせた。
「そ、そうですな!美人はただそれだけで、いけない魔法使いですな!」
「その通りじゃ!君はうまいことを言うな!コルベール君!」
 才人とルイズ、そしてキュルケとタバサの四人はあきれ果てて、そんな二人の様子を見つめていた。
 生徒たちのそんな冷たい視線に気づき、オールド・オスマンは照れたように咳払いをすると、厳しい顔つきをして見せた。

「さてと、君たちはよくぞフーケを捕まえ、『破壊の杖』を取り戻してきた」
 誇らしげに、才人を除いた三人が礼をした。
「フーケは、城の衛士に引き渡した。そして『破壊の杖』は、無事に宝物庫に収まった」
 オスマン氏は、一人ずつ頭を撫でた。
「君たちの、『シュヴァリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。と言っても、ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」
「ほんとうですか?」
 キュルケが、驚いた声で言った。
「ほんとうじゃ。いいのじゃ、君たちは、そのぐらいのことをしたんじゃから」
 ルイズは先程から上の空の才人を見つめた。
「・・・オールド・オスマン。サイトには、何もないんですか?」
「残念ながら、彼は貴族ではない」
 才人は言った。
「そんなものはいいよ」
 オスマン氏は、ポンポンと手を打った。
「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。このとおり、『破壊の杖』も戻ってきたし、予定通り執り行う」
 キュルケの顔がぱっと輝いた。
「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」
「今日の舞踏会の主役は君たちじゃ。用意をしてきたまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ」
 三人は、例をするとドアに向かった。
 ルイズは、才人をちらっと見つめた。そして、立ち止まる。
「先に行っていてくれ」
 才人は言った。ルイズは心配そうに見つめていたが、頷いて部屋を出て行った。
 オスマン氏は才人に向き直った。
「なにか、私に聞きたいことがおありのようじゃな」
 才人は頷いた。
「言ってごらんなさい。できるだけ力になろう。君に爵位を授けることはできんが、せめてものお礼じゃ」

 それからオスマン氏は、コルベールに退室を促した。わくわくしながら才人の話を待っていたコルベールは、しぶしぶ部屋を出て行った。
 コルベールが出て行ったあと、才人は口を開いた。
「あの『破壊の杖』・・・。あれは俺が元いた世界の武器です」
 オスマン氏の目が光った。
「ふむ、元いた世界とは?」
「ここではない、まったく別の世界です」
「本当かね?」
「証明のしようがありませんが、本当です。春の使い魔召喚の儀式でこっちの世界に呼ばれたんです。」
「なるほど、そうじゃったのか・・・」
 オスマン氏は目を細めた。
「教えてください。あの『破壊の杖』はどのようにしてここに持ち運ばれたんですか?」
 オスマン氏は、ため息をついた。
「残念じゃが、君の望む答えではないぞ。あれは私の命の恩人の者じゃ」
「その人は、どうしたんですか?その人は間違いなく私と同じ世界の人間です。」
「死んでしまった。今から三十年も昔の話じゃ」
「・・・・・」
「三十年前、森を散策していた私は、ワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、あの『破壊の杖』の持ち主じゃ。彼は、もう一本の『破壊の杖』で、ワイバーンを吹き飛ばすと、ばたりと倒れおった。怪我をしていたのじゃ。私は彼を学院に運び込み、手厚く看護した。しかし看護の甲斐なく・・・」
「死んでしまったわけですね・・・」
 オスマン氏は頷いた。
「私は、彼の使った一本を彼の墓に埋め、もう一本を『破壊の杖』と名付け、宝物庫にしまい込んだ。恩人の形見としてな・・・」
 オスマン氏は遠い目になった。
「彼はベッドの上で、死ぬまでうわごとのように繰り返しておった。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい』とな。きっと、彼は君と同じ世界から来たんじゃろうな」

「どうやって彼はこちらに来たんですか?」
「それはわからん。どんな方法で彼がこっちの世界にやってきたのか、最後までわからんかった」
「せっかくの手がかりもここまでか・・・」
 才人は考え込んだ。過去にもこの世界に来た人間がいる。おそらくどこかの国の兵隊だったのだろう。過去に来た人間がいるなら、帰った人間もいるのかもしれない。しかし帰った人間から聞くわけにもいかない。
 悩みこんでいる才人に、オスマン氏は才人の左手を掴んだ。
「おぬしのこのルーン・・・」
 ふいに手を掴まれ、才人は驚いた。
「あ?ええ、そうです。これについても聞きたいと思ってました。武器を持つとこのルーンは光り、俺は武器が自在に使えるようになりました。剣だけではなく、『破壊の杖』まで・・・」
 オスマン氏は、話そうかどうかしばし悩んだ後、口を開いた。
「・・・これなら知っておるよ。ガンダールヴの印じゃ。伝説の使い魔の印じゃよ」
「伝説の使い魔?」
「そうじゃ。その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ。『破壊の杖』を使えたのも、そのおかげじゃろ」
 才人は首を傾げた。
「・・・どうして俺がその伝説の使い魔に?」
「わからん」オスマン氏はきっぱりと言った。
「スマンの。ただ、もしかしたら、おぬしがこっちの世界にやってきたことと、そのガンダールヴの印は、何か関係しているかもしれん」
「ふむ・・・」聞いた情報を整理しても、これと言って有益な情報はなかった。すっかり当てが外れてしまい、また考えこんだ。
「力になれんですまんの。ただ、これだけは言っておく。私はおぬしの味方じゃ。ガンダールヴよ」
 オスマン氏はそういうと、才人を抱きしめた。
「よくぞ、恩人の杖を取り戻してくれた。改めて礼を言うぞ」
「いえ・・・」才人は気のない返事を返した。
「おぬしがどういう理屈で、こっちの世界にやってきたのか、私なりに調べるつもりじゃ。でも・・・」

「でも?」
「なにもわからなくても、恨まんでくれよ。なあに。こっちの世界も住めば都じゃ。お嫁さんだって探してやる」
 才人は再び考え始めた。帰った人から話が聞けないのなら、帰るのを手伝った人を探すか。ただ、そんな人はいるだろうか?

 アルヴィーズの食堂の上の階が、大きなホールになっている。舞踏会はそこで行われていた。才人はバルコニーの枠に持たれ、華やかな会場をぼんやりと見つめていた。
 中では着飾った生徒たちや教師たちが、豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。才人は外からバルコニーに続く階段からここまで上がってきて、料理のおこぼれにありつき、ぼんやりと中を眺めているのだった。場違いな格好で中に入れなかった。
 才人のそばの枠には、シエスタの持ってきてくれた肉料理の皿と、ワインの瓶が乗っかっていた。才人は手酌でいっぱいグラスに次ぐと、それを飲み干した。
 「お前、さっきから飲み過ぎじゃねえのか」
 バルコニーの枠に立てかけた抜身のデルフリンガーが、心配そうに言った。キュルケからもらった剣があっけなく折れてしまったので、護身用にこっちを背中に挿しているのだった。でも根は陽気で楽しい奴なので、悪い気はしないのであった。
「ああ、考え事をしながら飲んでたから、つい、な」
 さっきまで綺麗なドレスに身を包んだキュルケが才人のそばにいて、なんやかんやと話しかけてくれていたが、パーティが始まると中に入ってしまった。
 ホールの中では、キュルケがたくさんの男に囲まれ、笑っているキュルケは才人に、後で踊りましょ、と言っていたが、あの調子ではきっとパーティが終わる頃だろう。
 黒いパーティドレスを着たタバサは、一所懸命にテーブルの上の料理と格闘している。
 それぞれに、パーティを満喫しているようだった。
 ホールの壮麗な扉が開き、ルイズが姿を現した。
 門に控えた呼び出しの衛士が、ルイズの到着を告げた。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!」
 才人は息をのんだ。ルイズは長い桃色が買った神を、バレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。肘までの白い手袋が、ルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の平板ドレスがつくりの小さい顔を、宝石のように輝かせている。

 主役がそろったことを確認した楽士たちが、小さく、流れるように音楽を奏で始めた。ルイズの周りには、その姿と美貌に驚いた男たちが群がり、盛んにダンスを申し込んでいた。今まで、ゼロのルイズと呼んでからかっていたノーマークの女の子の美貌に気づき、いち早く唾をつけておこうというのだろう。
 ホールでは、貴族たちが優雅にダンスを踊り始めた。しかし、ルイズは誰の誘いをも断ると、バルコニーに佇む才人に気が付き、近寄ってきた。
 ルイズは、顔が赤くなっている才人の前に立つと、腰に手をやって、首を傾げた
「楽しんでるみたいね」
「ああ・・・」
 才人は眩しすぎるルイズから、目を逸らした。酔っていてよかった、と思った。顔の赤さが気取られない。
 デルフリンガーがルイズに気づき、「おお、馬子にも衣装じゃねえか」と言った。
「うるさいわね」
 ルイズは剣を睨むと、腕を組んで首を傾げた。
「踊らないのか?」
 才人は目を逸らしたままだ。
「相手がいないのよ」
 ルイズは手を広げた。
「そうかい・・・」
 才人は言った。ルイズは、答えずに、すっと手を差し伸べた。
「俺と?」
「踊ってあげてもよくってよ」
 目を逸らし、ルイズはちょっと照れたように言った。
 いきなりのルイズのセリフに戸惑ったが、いつもの調子でちゃかすようにいった。
「それでは、一曲お相手願えませんか?」
 ルイズはいつもの調子の才人に笑みを浮かべた。それからドレスの裾を恭しく両手で持ち上げると、ひざを折り曲げて才人に一礼した。

 そんなルイズを見て、才人も笑みを浮かべた。
 才人はルイズの手を取ると、二人並んでホールへと向かった。

「でも、ダンスなんてしたことないな」
 才人がそういうとルイズは「私に合わせて」と言って、才人の手を軽く握った。才人は見よう見まねで、ルイズに合わせて踊り出した。ルイズは才人のぎこちない踊りに文句をつける出なく、すました顔でステップを踏んでいる。
「ねえ、サイト。信じてあげるわ」
「なにを?」
「・・・その、あんたが別の世界から来たってこと」
 ルイズは軽やかに、優雅にステップを踏みながら、そう呟いた。
「ああ・・・。まあどうでもいいけどな」
「どうでもいいって・・・。まあ、今まで半信半疑だったけど・・・、でも、あの『破壊の杖』・・・。あれはあんたの世界の武器なんでしょ。あんなの見たら信じるしかないじゃない」
 それからルイズは、少し俯いた。
「ねえ、帰りたい」
「そりゃあ帰りたいさ。何も言わずに息子が出て行ったんだぞ?心配しない方がおかしい。まあ、じたばたしてもどうにもならないし、今はこの世界のことをもう少し知ろうと思ってる。手がかりなんてほとんどないんだから、すぐには帰れないだろうし」
 そうよね・・・、と呟いてルイズはしばらく無言で踊り始めた。
 それからルイズはちょっと頬を赤らめると、才人の顔から目を逸らした。そして、思い切ったように口を開く。
「フーケのゴーレムに、潰されそうになった時。助けてくれたわね。ありがとう」
 ルイズがお礼を言ったのを聞いて、ルイズを慰めた時のことを思い出した。ご主人様だの使い魔だの平民だの言っても、なんだかんだで礼を言うときは言う。そんなところがルイズのいいところであると才人は思っていた。
 そういうと、ルイズはまた視線を逸らした。
 楽士たちが、テンポのいい曲を奏でだした。才人は少しずつ、楽しくなってきた。いつかは向こうに帰らなければならないけど、今はこの瞬間を楽しもう。今日のルイズは一段と可愛い。それだけでも十分だった。
「そりゃあたりまえだろ」
「どうして?」
「俺はお前の使い魔だからな」
 才人はそう言って、ルイズに笑いかけた。
 そんな様子をバルコニーから眺めていたデルフリンガーが、こそっとつぶやいた。
「おでれーた」
 二つの月がホールに月明かりを送り、ろうそくと絡んで幻想的な雰囲気を作り上げている。
「相棒はてーしたもんだ!」
 踊る相棒とその主人を見つめながら、デルフリンガーは、おでれーた!と繰り返した。
「主人のダンスをつとめる使い魔なんて、初めて見たぜ!」

以上で終了。続きは書くかもしれないし、著作権上の問題で削除されれば少なくとも投稿はしない。

乙!
続き楽しみにしてる

>>138
確認作業してないけど、ちゃんと張れてるか?


誤字多いけど気にならない程度

>>140-141

一人で書いたもんだから、誤字脱字を確認できないんだ。

何いってんだこいつ

>>143
そのままだぞ。自分で書いた文章ってよく読んで誤字脱字探しても見落とすことなんてザラなんだから。一度文章書いてみればそんなことわかるだろ。

このSSまとめへのコメント

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