【京牌】京太郎「紅生姜のない牛丼屋」 (271)

 それは、彼の人生において、二度目の恋だった。

 海の底のように真っ暗で、音一つない孤独な世界。現実ではない、不思議な世界。

 そこは牌の世界だった。

京太郎(かわいい……)

 牌さんを一目見て、彼はそう思った。

京太郎「あの、あなたは……」

 声が震えそうになるのをなんとか抑えて、ブロンドの少女に話しかけた。

 少女はゆっくりと顔を上げ、彼の顔を見て、鬼のような形相で言った。

牌「ああん!? 男がわたしにしゃべりかけんじゃねーよ。百合は神聖なもので 男は汚いの。わかる?  わかったらさっさと消えろ」

 おおう。

京太郎(……ええと……この人もしかして)

 想像は当たる。

牌「この世界に男はいらない」

 ――牌さんは百合厨だった。

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注意

・かなり何でも許せる方向け

・咲-Saki-の京太郎が主人公

・かなり何でも許せる方向け

1・

中学三年生一月下旬

友人「なんだ、お前も清澄受けるのか」

 今日は高校へ願書を提出しに行く日である。同じ高校に出願する生徒はみんな集まって直接高校へ提出する。集合場所の教室で京太郎は友人に声をかけられた。

京太郎「ああ、清澄に行きたい理由があるからな!」

友人「しかしお前の成績で受かるか?」

京太郎「この前やった信学会の模試でB判定だった」

友人「お、成績上がったのか」

京太郎「英数理社は9割取れたしな!」

友人「マジかよ! なんでB判定なんだ」

京太郎「国語がな……9点しかなかった」

友人「漢字問題しか合ってないパターンか」

京太郎「……正解」

友人「つーか、あれ? お前ってわりと本、読んでなかったか?」

京太郎「ああ、あれは百合小説だからな。国語とは別物なんだよ。ちなみに最近のブームは主従百合だ。なんせ主従百合は背徳感が二倍! まさにお徳なジャンル! ついでに主従どちらかのおもちが大きかったら完全に俺得!」

友人「マイノリティな趣味を大声で言うな」

京太郎「はぁ……。国語の問題が百合小説だったら得点取れるんだけどなー」

友人「ねーよ」

京太郎「僕っ娘百合小説とか問題に出たらたぶん俺、問題解くのそっちのけでその作品のssを書くと思うぜ」

友人「得点取れてねーじゃねーか」

京太郎「確かに……くそっ! 俺は一体どうすればいいんだ!」

友人「ほらよ、システム中学国語 論理入門編だ」

京太郎「……サンキュー」

友人「で、お前が清澄に行きたい理由って何なんだ?」

京太郎「え!? そ、そりゃあアレだ。清澄の図書館に百合姫の雑誌が置いてあるからだ!」

友人「……咲ちゃん目当てか?」

 京太郎の言葉を無視して、友人はそう言った。

京太郎「うおっ、やめ……咲に聞かれたらどうする!」

友人「まだ来てねーよ」

 京太郎は周りを見渡す。よかった、まだ咲は来てないようだ。

京太郎「あー……もう、からかうなよ」

友人「からかってねー。つーかさっさと告白しろよ」

京太郎「おおおうえっ  いやいやいや、受験前だし! 変な影響して試験に響いたら困るし!」

友人「焦れったいなぁお前は」

京太郎「ほっとけ」

友人「それにしても百合男子のくせに普通に恋するんだな」

京太郎「ああ……正直、困惑してるよ」

 女の子どうしの絡みにキュンキュンしたことは幾度となくあったが、一人の女の子を見て胸が苦しくなったのは始めての経験だった。

 そもそも恋なんてしないと思っていた。女の子は女の子と付き合うべきであり、そこに男は不要だと常々思ってきた。

 そして自分は男。自分は世界に不要な存在で、存在価値などない。そんなことを去年までは本気で考えていた。

 しかし今では違う。いまは自分がこの世界に生まれてきたことに感謝している。

 生きてるからこそ百合の妄想で楽しむことが出来る。

 生きてるからこそ咲という少女に出会えた。

京太郎(百合男子失格なのかな……俺って)

 そう、失格かもしれない、でも構わない。
 
 彼は普通に恋もする百合男子として生きていくことを誓ったのだ。

 ――そんなふうに自己問答をしていたそのとき、教室の扉がガラッと開かれた。

 入ってきた人物を見た瞬間、世界の色が鮮やかになったように感じた。

京太郎「(世界はどこまでも灰色なのに、好きな人はびっくりするほど色づいている。どうしてなんだろう)」

友人「(ポエムはやめろ)」

京太郎「(世界の美しさを時世時節で楽しむことができるならいつでも)」

友人「(だからやめろって)」

咲「すみません……道に迷っちゃって」

京太郎(三年間通った校舎で迷子! くそっ……かわいい!)キュンキュン

友人「(顔赤い顔赤い)」

生徒A「よーし、これでみんなそろったね! じゃ、清澄高校へ出発します!」

 清澄高校を受験する13人がバスに乗り込んだ。

 京太郎と友人の座った席の後ろに咲が座っている。

友人「…………」

京太郎「…………」

友人「(いやチャンスだろ、話しかけろよ)」

京太郎「(そ、そうしたいのはやまやまなんだが、どんな話をすればいいんだ)」

友人「(そりゃまあ、好きなものの話とか)」

京太郎「(え? 『私の世界を構成する塵のような何か。』の話をすればいいのか? あの作品、男一人登場するけど必要か不必要かの話をすればいいのか!? ちなみに俺は最初圧倒的不必要派だったけど最近はありかなとも思えるようになってきたぜ!)」

友人「(百合トーク以外で)」

京太郎「(え……思いつかねー。他に好きなもんねーし)」

友人「(お前は百合の純粋培養か)」

京太郎「(……いや、他にもあったな。最近は麻雀とかも好きだ)」

友人「(おっ、いいじゃねーか。麻雀って花形競技だし)」

京太郎「(だけどなあ……咲が麻雀やってるところって見たことないんだよな)」

友人「(へえ?)」

京太郎「(しょうがない……やはりここは『野ばらの森の乙女たち』の話を……!)」

友人「(だからやめろって! 百合好きは増えてきたとはいってもまだ少数なんだぞ! 軽蔑される危険性もあるんだ!)」

京太郎「(……悪かった。大丈夫、この趣味は他人に知られたらいけないってことは重々承知してるよ)」

友人「(……そのわりには俺に百合好きばらしちゃってるじゃねーか)」

京太郎「(それは、お前がこんなことで他人を迫害したりするやつじゃないってわかってるからだ)」

友人「(……はあ……まったく、こりゃずいぶんと信頼されてるな)」

京太郎「(事実だからな)」

友人「(ったく……よし、俺が話すきっかけを作ってやるよ)」

京太郎「(え、マジで!? どうするんだ!?)」

友人「(勉強会作戦だ)」

京太郎「(……おおっ)」

友人「(咲ちゃんは国語が得意科目、お前は苦手科目だ。これはお前が咲ちゃんに勉強を教えてもらう理由として十分だろ)」

京太郎「(なるほど……二人きり秘密の勉強会か……! 俺自作の百合名場面名鑑にも似たようなシーンが載ってるぜ!)」

友人「(それはしまってろ)」

京太郎「(はい)」

友人「…………というわけなんだ。こいつに国語の基礎を叩き込んでやってくれないか?」

咲「そういうことなら……うん、私で良ければ、いいよ」

京太郎「いいのか、咲?」

咲「うん、代わりに数学、教えてね」

京太郎「おう、国語以外なら任せろ!」

咲「国語以外は全部得意なの?」

京太郎「おう! 一番得意なのはゆr……」

友人「<●> <●>」

咲「ゆ?」

京太郎「ゆ……ゆ……ゆ、有機化学だ」

咲「中学分野の有機化学ってそんな範囲広くない気がするんだけど……」

 そんなことを言われても他に「ゆ」で始まる科目を思いつかなかったんだからしょうがない。

京太郎「咲はどうして清澄を受けるんだ?」

 会話が途切れないようにするためにそう聞いた。慣れ親しんだ関係ならば沈黙していても居心地を悪くは感じないというが、まだ京太郎と咲の関係はその域に達していなかった。

咲「う~ん……近いからかな」

京太郎「ふむ、流川タイプか」

咲「歩いていける距離じゃないと道に迷っちゃうからね」

京太郎「へえ、北海道に行こうとして沖縄に行くタイプか」

咲「図書館の蔵書も多いし」

京太郎「確かに、百合姫どころか5号までしか発行してない百合姉妹まで置いてあるし」

咲「学力的にもちょうどよかったし」

京太郎「まあ、やっぱりそれが一番だよな」

咲「須賀くんは?」

京太郎「………………」

 苗字+君付けかー。まだ壁を感じるな……。

 そうだ、目標を立てよう。中学を卒業するまでにあだ名で読んでもらう! 小さすぎる目標な気もするが気にしない!

京太郎「俺が清澄を選んだのは……」

 ――咲がいるから。

 女慣れしているイケメンとか、鈍感系ハーレム主人公とか、他の世界線の俺とか、少女向け恋愛漫画に出てくるキャラならそんな台詞も吐けるかもしれないが、自分には言える気がしない。どうせ言おうとしても噛んで「さ、さきがいるから」「ささき? 佐々木って誰? 長野県警察本部長の佐々木真郎さんのこと? へえ、あの人清澄出身だったんだ」「え、ちがっ、そうじゃなくて」「違うの? あ、分かった! 佐々木彩夏ちゃんだね! 須賀くん、ももクロ好きなんだ! 私も『行くぜっ! 麻雀少女』よく聴くよー。でも残念ながら清澄にあーりんはいないよ!」

 みたいなことになるに決まっている。

京太郎「……そうだな……学食のメニューに惹かれて、だな」

咲「確かにメニュー多いよね」

京太郎「レディースランチが特に美味そうだった」

咲「それは須賀くん、食べられないんじゃ……」

 当たり障りのない会話を続けている内にバスは八久保小学校前に到着。バス停から五分ほどの場所にあった清澄高校に入る。高校の先生にどこからか見られている気がして、普段は閉めていない第一ボタンと首のフックまできちんと閉め、ダサいからという理由で一度も付けたことがない名札バッジをきちんと付けた。友人はそんな京太郎を見て似合わねえと笑っていたが、その友人も同じような格好をしており、思わず笑ってしまった。

友人「さっきの会話、まだまだだな」

京太郎「うそだろ。けっこう話、弾んでたぜ?」

友人「レディースランチのくだり。あそこは『だったら俺の代わりに注文してよ』ぐらい言えよ。そしたら一緒に飯食う約束も出来るじゃん」

京太郎「ぐっ、確かに」

友人「しかも図書館のくだりじゃ百合姫の話に百合姉妹の話までしやがって」

京太郎「いやいやそんな話してねーよ」

友人「してた」

京太郎「してた?」

友人「してた」

 ……やってもーた。おそらくテンパりすぎて無意識に口に出ちゃったのだろう。

京太郎「何だろう……こう、俺が百合好きなのを隠すうまい方法ってねーかな」

友人「別のものを好きなふうに装うとか、どうだ?」

京太郎「なるほど……Aさんのことが好きなのにBさんを好きなふりをして、Aさんへの恋心を隠すんだな」

友人「そうそう」

京太郎「俺自作の百合名場面名鑑にも似たようなシーンが載ってるぜ! でもそういうことしてたら事態がややこしいことに!」

友人「それ持ち歩くな」

京太郎「そうだな……じゃあここは男らしくおっぱい好きでも装うか」

友人「装うも何もおっぱい好きだろ、京ちゃん」

京太郎「はい、胸の大きさに差がある百合ップルが好きです! 須賀です!」

友人「それにおっぱい好きって……印象よくねーよ」

京太郎「隠語を使うなんてどうだ?」

友人「プリンとかか?」

京太郎「白くて……柔らかくて……丸くて……すべすべ…………おもち……そうだ、『おもち』なんてどうよ!」

友人「妊娠中におもちを食べるとおっぱいが張りすぎて、赤ちゃんが飲みづらくなるらしいし、母乳の質が悪くなるらしいぞ。おもちとおっぱいの相性は良くないのに隠語に使うのはありなのか?」

京太郎「アリだな」

友人「ならいいけど」

京太郎「今日から俺はおもち好きだ!」

友人「正解は?」

京太郎「越後製菓!」

 校門の前に辿り着く。

京太郎「じゃ、俺は寄るところがあるから」

友人「どこ行くんだ?」

京太郎「麻雀部を見学してくる」

 校内マップで部室棟がどこにあるかを確認する。どうやら二階の連絡通路を通って行くのが一番近いらしい。

 部室棟に入ると汗っぽいにおい、絵の具のにおい、埃っぽいにおいが充満しており、ほとばしる青春の香りだぜ、と感じた。

 扉に貼られたプレートを一枚一枚確認していく。

京太郎「あれ?」

 見落としたのだろうか。麻雀部の文字を確認することが出来なかった。

京太郎「もう一回見なおすか」

 今度は見落とさないように心の中で部の名前を暗唱しながらチェックする。

 麻婆部で一瞬ビクッとなったがやはり麻雀部はない。

京太郎「おっかしいなー、案内には麻雀部あるって書いてたはずなんだけど」

 見つからない以上、諦めるか誰かに聞くかの二択だ。

 だが知らない人に声をかけるのは得意ではない。店で買物するとき目当ての物がどこにあるか分からなくてもなかなか店員に聞けないタイプだった。

京太郎「いやいや、落ち着け俺。ちょっと聞くだけだ。怖がる必要はないだろ」

 ちょっと聞くだけとはいえ高校生に話しかける度量はない。そのため教師らしき人を探す。

 部室棟に教師は来ないようだったので校舎の方へ戻った。

 どこかに話しかけやすそうな先生はいないかとキョロキョロしていたそのとき、印刷室からスーツの女性が出てきた。小中学生なみの小柄な女性で本当に教師なのか疑ったが、話しかけやすそうではあったのでその人に決めた。

京太郎「あの、すみません」

女性「はい、先生です」

 先生だった。

京太郎「麻雀部ってどこにあるかわかりますか」

女性「麻雀部?」

 聞きなれない単語を聞き返すときのような声で、彼女は言った。

女性「うちに……麻雀部はないんじゃないかと先生は思いますけど」

京太郎「そうなんですか? ホームページの部活一覧には載ってたんですけど」

女性「ちょっと待って下さいね」

 そう言うと女性は印刷室の扉を開けた。

女性「ねぇイッチー! うちに麻雀部ってあったっけ?」

一太「どうしたんですかササヒナ先生、突然」

 そう言いながら部屋の奥から出てきたのはフレームのうすい眼鏡を掛けた男子高校生だった。

一太「んっ? 君、麻雀部を探してるのかい」

京太郎「はい、部室棟になくって……」

一太「ああ、なるほど。麻雀部はね、旧校舎の最上階……正確には屋根裏なんだけど……そこにあるんだ」

京太郎「よかった……麻雀部、ちゃんとあったんですね」

一太「まあいろいろわけありでね……。竹井久、っていう人が部長だから、麻雀部のことはそこで聞いてみるといいよ」

ササヒナ「さすが副会長! 詳しいね!」

一太「元部員ですから」

 この副会長と教師、かなり仲が良いらしい。会話のテンポが小気味良かった。

京太郎「ありがとうございました。いってきます」

一太「おっと、最後にちょっといいかい」

 旧校舎に向かおうとした京太郎を、彼は呼び止めた。

一太「こんなことを強制はできないんだけど……君が清澄に合格したら、麻雀部への入部を前向きに検討して欲しい」

京太郎「そんなに俺、麻雀強くないですけど」

一太「君は、やめないタイプじゃないか?」

京太郎「えっと……『何を』かによりますけど、根気だけなら、まあ」

一太「うちの麻雀部には君みたいなタイプが必要なんだと思う」

 どういうことだろう。

一太「ま、頭の隅でもいいから、今の言ったことを覚えておいてくれないか」

 京太郎はさっきまでのことを思い出しながら旧校舎へ向かっていた。

京太郎「ロリ教師か……。百合の妄想に使いたいけど、男の副会長と仲良くしていたのが百合の妄想の邪魔だな。いや、何のために神は人間に妄想力を与えたと思ってるんだ! 副会長を女の子に変換するんだ。ほらあっという間に百合ップル完成! 教師と生徒の百合妄想って最初、抵抗あったのになぁ……。主従百合にハマってからはイケる口になっちゃったなあ……。学生やってると身近だもんな、先生×生徒は。でも商業作品の長編で先生×生徒の話、まだ見たことないんだよなぁ……。たくさんあると思うんだけど俺の検索網には引っかからない……誰か百合の師匠がいればいいんだけど、ちくしょう」

 そうこうしているうちに旧校舎に到着。古そうな感じではあったが、建物の造りがどことなくおしゃれだ。木目を上手く活かした壁や柱は、しゃれたペンションのようだった。

京太郎「おっ、ここか」

 ついに麻雀部のプレートを見つける。

京太郎「すみませーん!」

 扉をノック。硬い木だったので手が少ししびれたがカンカンといういい音が響いた。

 ところが返事がない。

 しばらくしてさっきよりも強めに扉を叩いたがやはり返事はなかった。

京太郎「失礼します」

 おそるおそる扉を開こうとする。が、やけに重い。強く力を込めるとギギギギキィーッという甲高い摩擦音がした。

京太郎「立て付け悪っ……」

 旧校舎というからにはやはりあまり整備されていないのだろう。

京太郎「勝手に油さしちゃってもいいんだろうか……安いしイイよな?」

 カバンを探る。

京太郎「しまったKURE 5-56、持ってきてねー……あ、でもシリコンスプレーがあるじゃん。そうそう、椅子がギーギー鳴るから今日スプレーしたんだったっけ。よしよしこれでいいや」

 蝶番のところに吹きかけ、扉を開け閉めする。徐々に開閉に要する力が減り、滑りが良くなっていくようだった。

京太郎「ひどく満足である」

「あなた、なにしてるの?」

京太郎「うおっ!?」

 後ろから急に声をかけられ、京太郎は動転し声を上げた。

「あら、扉が軽くなってる。もしかしてあなたが?」

京太郎「あの、すみません……整備の血が騒いじゃって」

「いやいや、ありがとう。新入生が来るまでに何とかしなきゃとは思ってたんだけど、手間が省けたわ」

京太郎「もしかして竹井さんですか?」

久「あら? どこか出会ったことあるかしら」

京太郎「副会長……だったかな……に聞いたんです」

久「そう、あいつ……ね。そっか」

 遠くを見るような目で彼女は言った。

久「今は麻雀できないんだけど、どうする須賀君? 部室見てく?」

京太郎「お願いします……ってあれ、どうして俺の名前を」

久「名札」

 そう言って久は京太郎の胸ポケットを指差した。

京太郎「ああ、なるほど」

 普段は名札なんか付けないので忘れていた。名札を外し、ようやく部室に入る。

 周りを見渡す。ステンドグラスにシーリングファン、高い天井と年季は入っていたが豪華な部屋だった。

京太郎「この部屋、学校に見えませんね」

久「元校長室だから」

京太郎(校長から部屋を強奪したのかこの人……)

久「……新校舎が出来るときに校長室は移動したのよ」

京太郎「よかった、強奪してないんですね」

久「一応言っておくけど、私はそういうことするタイプじゃないからね」
 
 そうは見えないと思いながらも、京太郎は卓の前に座る。かなり旧式タイプの卓で使い込まれている様子であった。

久「ごめんなさいね、実はその卓、故障しちゃってて、修理しないといけないんだけど……実は今、新しい卓を買う為に部費を貯めてるのよ」

京太郎「だいぶ古いですもんね、これ」

久「創部当時から使い続けてるらしいわ」

京太郎「いつ買えるんですか」

久「あー……えーっと、もうすぐ、かしらね」

京太郎「……もしかしてこの卓、だいぶ使用してないんじゃないか」

久「んー……まあね、かれこれ三ヶ月ぐらい?」

京太郎「よかったらこの卓、修理しましょうか」

久「できるの!?」

京太郎「中学じゃ『長野の整備王』として名を馳せてます」

久「なんだか雑用が得意そうな名前ね」

京太郎「それは風評被害です」

 毎日持ち歩いている整備グッズを取り出し、卓を解体していく。

京太郎「ベルトは――あと三ヶ月ぐらいは持ちそうですね。うん、部品の老朽が故障の原因ではなさそうです。シリコンスプレーとかを使えば何とかなりそうです」

 シリコンスプレー万能説。ホームセンターに行けば500円以内で買えるので、ぜひ買うべきである。

 手慣れた手つきで調整を続ける京太郎。

京太郎「これでいいかな……牌を借りてもいいですか」

久「ちょっと待っててね……はい、これよ」

 ケースに収められた140ほどの牌。

 ――それは、どこにでもある普通の牌。表面についた細かい傷は、この牌が長年使われてきたものであることを物語っていた。

 ――ただそれだけの牌。見た目には奇妙なところはひとつもない。

 ――だが京太郎は、その牌に触れるのが恐ろしかった。

京太郎「……お借りします」

 それでも彼は触れた。

京太郎「ぃいっぅがっっ!?」

 頭から血液が抜き取られたような脱力感が襲い、そして景色が白く染まり――。

 目を開けると真っ暗な世界に立っていた。

京太郎(ここは……いったい)

 前後も左右も上下だってわからない空間を、ただひたすらに歩く。

京太郎(進んでるんだよな、これ? 同じ場所でもがいてるだけってことはないよな?)

 何か目印がほしい。目印がなければ行動の指針も立たない。

 必死で目を凝らして、なにか特別なものがないか探す。

 そこに、ちいさな光が見えた気がした。

 金色に輝く小さな光。

 それは少女だった。

京太郎(かわいい……)

 彼女を一目見て、彼はそう思った。

 少女のイメージを一言で表すと――咲に雰囲気が似ている少女だ。

京太郎「あの、あなたは……」

 声が震えそうになるのを根性で抑えて、金髪の少女に話しかけた。

 少女はゆっくりと顔を上げ、彼の顔を見て、鬼のような形相で言った。

少女「ああん!? 男がわたしにしゃべりかけんじゃねーよ。百合は神聖なもので 男は汚いの。わかる?  わかったらさっさと消えろ」

 おおう。

京太郎(……ええと……この人もしかして)

 想像は当たる。

少女「この世界に男はいらない」

 ――完全に百合厨だった。

京太郎「お前が……!」

少女「ん?」

京太郎「貴様らのせいでマナーのいい百合好きまで白い目で見られるんだぞ!!」

少女「なんだお前は」

京太郎「ただの百合好きだ!」

少女「男が百合好きィ? 何言ってんだお前? 男は不要なものだろ、つまりお前も不要物だろ。お前の存在が百合の邪魔だろ」

京太郎「一理あるぜ、お前の意見! 俺もそう思ってずっと苦しんできたからな! しかし今の俺はそんなものは乗り越えた!」

少女「乗り越えたんじゃないだろ、男不要の真理を悟って諦めたんだろ? 真理を覆しようがなくって考えるのをやめたんだろ」

京太郎「言いたいことを言いやがって……! 貴様とは決着を付けなくてはならないようだな……!」

少女「いいだろう……私が世界の真実というものを教えてやろう」

京太郎「俺の名は須賀京太郎……あるときは男子中学生、またあるときは『長野の整備王』……しかしその正体は『百合男子連合雑用担当《エピ百合アンの須賀》だ!」

少女「わたしの名前は《麻雀 牌》。表の顔は牌世界の支配者! しかしその正体は――全麻雀少女百合化計画の主導者!」

京太郎「全麻雀少女百合化計画だと!?」

牌「くくくく、恐ろしいか?」

京太郎「いや、その計画いいっすね」

牌「えへへー/// でしょ?」

京太郎「その計画が達成されれば竹井久先輩も百合になるのか……イェスイェスイェス! きっとあの人、中学のときはちょい不良で純粋な女の子を何人か落としてるタイプだぜ」

牌「わかるー絶対本人は無自覚で口説きまくってそう!」

京太郎「素晴らしい世界だな、百合世界! その世界で少女たちはプラトニックな愛を育んで……」

牌「おいコラちょっと待てプラトニック派かよお前はエロティックのない百合なんて紅生姜のない牛丼屋みたいなものだろ」

京太郎「べっ……紅生姜のない牛丼屋だと!? ほほう……言ってくれるじゃねーか。やっぱり俺達は戦う運命にあったようだな」

牌「来いよ京太郎! 貴様の百合の花びらを全部むしりとってやる!」

久「大丈夫!? 須賀君!?」

 そこで目が覚めた。

京太郎「……俺、この麻雀部に入ります」

久「え? そりゃ嬉しいけど……なにがその決意を引き出したの?」

京太郎「戦い相手がいるんです!」

 百合愛好者というのは数が少ない。迫害される立場にあるのだ。だからこそ少数の百合好きたちは手を取り合って協力していかないといけないと百合ーダーは言っていた。それを京太郎は納得していたはずだった。

京太郎(だけど目の前に現れた牌ちゃん! 俺は彼女とは相容れない……だからこそ強く想う。これは本能だ。アイツにだけは絶対……負けたくない……!)

京太郎「俺は牌を超越するっ!!」


 ――こうして、牌と京太郎という二人の戦いが始まったのだった。




1・終

2・0

京太郎「俺は牌を超越するっ!!」

 そう言い残し、彼は帰っていった。

 ――ああ。

 この部室がこんなに騒がしくなったのはいつ以来だろう。

 須賀君が帰ったあと、私は部室でだらだらと過ごしていた。

 やることのない日でもついここに来てしまう。その習慣は私が一年生だった頃から変わっていない。待っていれば誰かが来るんじゃないかという思いに支配されているのだ。いや、実際今日は一人来た。私のこの習慣もあながち悪いものではないらしい。

 五時になる。

久「さてと、帰るか」

 部室の施錠をし、旧校舎の玄関から外に出る。

一太「どうでしたか会長、彼は」

 旧校舎から出るとすぐに、一太はそう尋ねてきた。

久「……用があるなら入ってくればいいのに」

一太「無理ですよ、会長。僕にはもう麻雀部はもちろん、この校舎に入る資格すらありませんし」

久「誰がその資格、与えてくれるのよ」

一太「それはもちろん自分自身です」

 私から視線をそらして、彼は言った。

久「私はまたあなたと麻雀がしたいわ」

一太「うれしいです。僕もですから」

久「なのに、麻雀部に入ってくれないのね」

一太「今の僕じゃ、昔と同じことを繰り返すでしょうし……何よりもまだ僕自身が僕を許してないんです」

 変わらない。本当に変わっていない。負わなくていい罪悪感を背負って、自分を責める。そんなところはどうしても好きになれない。

久「つくづくあなたって変なやつね」

一太「でも、もっと変なやつが来るかもしれませんよ?」

久「須賀くん、ね」

一太「彼となら、僕も麻雀を打ち続けることが出来るかもしれません」

 彼は嬉しそうにそう言って笑った。

 私は少し須賀くんに対する嫉妬心にかられたのだった。

2・

中学三年生ニ月

 受験まであと少しということで、私と京ちゃんの勉強会は追い込みにかかっていた。

 私が図書室に着いたときにはすでに京ちゃんは勉強を開始していた。

咲「ごめん、遅れちゃって」

京太郎「掃除?」

咲「卒業アルバムの仕事」

京太郎「俺の写真たくさん入れてくれたか?」

咲「だめだよ、京ちゃん。誰かをひいきしたりはできないよ」

京太郎「そう言いつつ自分の写真は極力載せないようにしてるんだろ」

咲「バレてる……」

 私は写真に映るのが嫌いで、カメラのレンズを避けるように生きている。たまたま映ってしまったときにはその写真を抹消するために全力を尽くす。昔は別に写真に映ることは嫌いじゃなく、むしろ好きだったのに、今ではどうしてもダメなのだ。

京太郎「ありがとな、咲」

咲「急にどうしたの京ちゃん」

京太郎「咲のおかげで国語で得点取れるようになったしな」

咲「国語って面白いでしょ?」

京太郎「ああ、昔は教科書を読むのも退屈だったけど今では好きな作品が増えたよ」

咲「教科書作品の中じゃ何が一番好き?」

京太郎「ピピキキだな」

咲「うん?」

 そんな作品載っていただろうか。記憶力には自信があるのだが聞き覚えがない。

京太郎「三回宙返りができるようになったピピに対してキキが強い劣等感を抱く……そしてなんとかピピに勝とうともがくキキ……イェスイェスイェス! ふぅ……萌えたな、あれは」

咲「って、ああ! 『空中ブランコ乗りのキキ』のことか! 登場人物二人並べて言うからわけが分からなくてビックリしたよ」

京太郎「咲は?」

咲「そりゃもう断然『少年の日の思い出』だね。失ったものは取り返しがつかない……その加害者になってしまったら贖罪することすら許されない……あれを読んだあとは色々考えちゃった」

 私たちは勉強を始める。勉強会をやり始めたころは頻繁に教え合っていたけど、最近では黙々と問題を解くようになった。教えるべきこと、教わるべきことはやり尽くしたのだ。それに私も京ちゃんも過去問を解いた限りでは合格ラインに十分乗っている。あとはテストに慣れるだけなのだ。

京太郎「あのさ、咲」

 勉強会からの帰り道、私たちは並んで歩いていた。

京太郎「神社、寄ってかね?」

咲「なんか用事?」

京太郎「受験の前に最後の神頼みでもしようと思って」

咲「元旦にしたんだけどなぁ……」

京太郎「あっ、そうだよな! わるい、変なこと言って!」

咲「いいよ」

京太郎「え?」

咲「行こうよ、神頼み。一回頼んだだけだと神様も忘れちゃうかもしれないし」

 神社は自治体が管理している小さな神社で、私たちの他には誰もいなかった。

咲「京ちゃんの家、神職でしょ? 他の神様に祈ったりしていいの?」

京太郎「もしかしてダメなのか?」

咲「知らないんだ……」

京太郎「まあ、元旦にしたお願いごとは叶ったし、大丈夫だろ」

咲「あれ、京ちゃん、元旦に合格祈願しなかったの」

京太郎「実は別のことを……な。だから今日は叶ったお願いごとへのお礼と追加の合格祈願をしに」

咲「へえ~別のことをお願い、ねぇ。何を願ったんだろう」

京太郎「……秘密だ」

咲「む、もしかして私に言えないこと?」

京太郎「秘密ったら秘密だ!」

咲「ふふ……そっか」

 試験3日前。京太郎は牌に会うため再び清澄高校に来ていた。

 2日前から試験準備期間として学校内に入れなくなるので、この日がラストチャンスだった。

京太郎(忘れ物は……ない。よし!)

 部室に入る。

久「久しぶり須賀君。調子はどう?」

京太郎「お久しぶりです、完璧です」

久「別に入試前に無理して来なくても良かったのに」

京太郎「いえいえ、来たいから来たんです」

久「あら? その紙袋どうしたの」

京太郎「あ、これは……えっと、し、私物です。じゃ、じゃあ卓の調子見させてもらいます」

 この日の京太郎は、修理した卓の調子を見るという建前でここに来ていた。

 本当の目的は牌に会うことである。

 牌に触れると前回と同じように周りの空間が深海のようになった。

牌「……また来たんだ、うっとおしいなぁ……」

京太郎「ライバルなんてそんなもんだぜ?」

牌「ま、それはそうかもね。で、何の用?」

京太郎「百合姫持ってきた」

 紙袋から百合姫を取り出した瞬間。

牌「え、ほんと? えへへ、やったー! 読みたくて読みたくてしょうがなかったのだ! ぅおおお表紙すごい! もう表紙だけでひとつの物語が完成してるよ! SS書きたい! あ、この世界ネット環境ない!  NTTさん工事はよ! それにしても表紙の絵師、ほんと光の使い方うまい! 覆い焼きモードの魔術師! フォトショのレイヤーどうなってんだろ、うわすっごく気になるよー! ブラシの設定どうなってるか晒してくれないかなー! メイキング希望!」

京太郎「俺と牌ちゃんの間には読んだことのある百合作品に差があるからな。このままじゃ公平に語り合えないだろ? だから俺が清澄に合格して入部するまでの間、それを読んどいてくれ」

牌「ぅわお、適当に開いたページがキスシーンだった。こりゃもう次はベッドシーン!? そうに決まってる、ここまできたならいけるところまでいけばいいよ」

京太郎「聞いてるか」

牌「聞いてるよー」

京太郎「俺の合格、祈っといてくれよ?」

牌「それはめんどくさ……」

京太郎「待て待て、戦う約束しただろ! 俺が合格しなきゃ戦えねー」

牌「はいはい、わかったって。試験の日にトラブルがいくつも重なってギリギリ合格になるように祈っとくよ」

京太郎「受験生は丁重に取り扱え」

 泣きそうだった。

 帰り、将来の部長が合格祈願のお守りをくれた。泣いた。

中学三年生三月中旬

 試験日である。

京太郎(内申点は十分ある。学力も合格ラインは超えてる。実力を出せば受かる!)

 だが。

京太郎(腹痛ええええええええっ!!)

 京太郎の人生における一つ目のピンチが、彼に襲いかかっていた。

京太郎(くそぅ! くそぅ! 試験の日に緊張で腹痛になるとかいうありきたりな展開になるなんて! ひねりがないぞ俺の人生! もしかしてこれ俺が清澄にいかない世界線なのか!? 嫌だ嫌だひでーよ!)

咲「だ、大丈夫、京ちゃん? 顔色ひどいよ」

京太郎「……咲は緊張してねーの?」

咲「うーん……私、あんまり緊張したことないから」

 でしょうね……。

 関わりの薄かったとき、京太郎は咲のことを少しポンコツな少女だと思っていた。

 しかし関われば関わるほど、知れば知るほど少女に対する見方が変わっていった。

 まず咲は他人に対して物怖じしない。自分から知らない人に話しかけるようなことは少ないのは確かだ。だが逆に話しかけられたときはたとえそれが誰であれ何の緊張感もなく接する。

 頭の回転が速い。会話をしていても、こっちの話したことに対し一手二手先を読んで返答する。

 そして驚いたのは体育の内申点が10であったことだ。

 しょっちゅう何もないところでこけているため、運動は苦手だと思っていた。

 ……正直な話、今でも体育の内申点が10であることが信じられない。

 あ、それに料理がうまい。これは素晴らしいことだ。毎日味噌汁飲みたい。

 そして何よりも特筆すべきなのはこの精神力である。

 さっぱりまったく緊張しない。緊張という感情を知らないのではないかと思うぐらいだ。

京太郎(……もう二ヶ月も咲と会話してる俺でも、まだ咲と話すときは緊張するってのに)

 咲は初めから緊張していないようだった。たいした対人スキルである。

咲「あうっ」

 こけた。平らな道で。

京太郎「だ、大丈夫か?」

 やっぱり体育の内申点が10あるのはおかしい。保健体育力がえげつないパターンか?

咲「右手ひねっちゃった」

京太郎「お……おいお前それはマズイんじゃ」

咲「どうして?」

京太郎「今から試験だぞ……文字書けるのか」

咲「あ、大丈夫! 左手で書くの得意だし」

 本当に無駄なところで超人だ。

咲「さ、京ちゃん! 早く行こう」

京太郎「そっちは清澄とは真逆の道だ」

 やっぱりポンコツなんじゃなかろうか。

 咲とは試験を受ける教室が違った。

友人「腹痛てーの、お前?」

京太郎「き……緊張で」

友人「ストッパ飲むか? 水なし1錠」

京太郎「さ……、さんきゅーゆーと。よく……持ってきてくれた」

友人「まあ京ちゃんならこうなるだろうなと思ってたからな」

京太郎「さすが伊東」

友人「エスパーじゃねえよ」

 一時間目、数学。

京太郎(薬が効くまで約20分……! 痛みの波は五分に一回! 四回耐えれば俺の勝ちだ!)

 五分。

京太郎(くそ……来やがった……!)

 詳しい描写をする精神的余裕はない。

 便意に耐えるために脳内でBGMを流す。

♪(深いー闇を俺は抜ーけー出した~疾風みたいに逃ーげー出した~生きた屍みたいだった俺達は、ケツの外へ~またっ会おうぜ~便器のない場所で――!)

京太郎(便視点になってどうする俺! JASRAC申請不可!)

 十分。

京太郎(やべえ……パロネタしか思いつかねえ……。あきらめたらそこで云々ぐらいしか言うことがねえ……! ジョジョネタ使っていいだろうか? いや、ジョジョネタ使いすぎって言われたらショックで立ち直れねえ! ちくしょう、便意がここまで人間のアイデア力を損ねるなんてよぉ……! 助けて安西先生! 下剤先生に殺される! いや下剤飲んでねーよ!)

 十五分。

京太郎(今の俺を救える人はいない。頼れるのは自分だけ。これはまさにフリテンの状態……! これがフリテン人生……! くっくっく、おもしれー……乗り切ってやろうじゃねーか!!)

 二十分。

京太郎「トイレ行かせてください」

 ――1科目終了。

京太郎「終わったあああああ! 数学得意なのに半分しか解けてねえええええ!! もう俺、私立の龍門渕に行く! 《京太郎「龍門渕ですか?」衣「よく来たな!」 スレ》でまた会おう!」

友人「誰だよ衣って」 

 十五分間の休憩。本来なら次の教科の最後の見直しをしたり、リラックスしたりする時間。

 だがそんな気分にならない。

京太郎「どこか……落ち着ける場所……ないのか」

 見つけたのは自動販売機の隙間。人ひとり分しかないスペース。

 狭いとこがおちつくのってなんだろうねあれ。

京太郎「って、あれ? 先客か」

 そこにいたのはおそらく京太郎と同じ受験生の少女。制服から判断するに高遠原中学の生徒だろう。

京太郎(高遠原か……制服がものすごい百合っぽいんだよなぁ……何でだろう、白いからか?)

少女「タコス……タコス……」

 高須? 高須はいないよ。ちなみに自動販売機の隙間にいるヒロインは負けヒロインらしい。

京太郎「……数学、できなかったのか?」

少女「……うっさい」

京太郎「川嶋! お前がいなくなったらみんながっかりするぞ!」

少女「え……いや、カワシマじゃないじぇ」

京太郎「じゃ、逢坂?」

少女「いや、ぜんぜん違う」

京太郎「じゃ、なんだ」

少女「……片岡」

京太郎「下は」

少女「……優希」

京太郎「ま、優希ちゃん。元気だそーぜ」

優希「何だお前……なれなれしいな」

京太郎「まあまあ……いいだろ? 実は俺も……数学に殺されてな……。数学に殺された者同士、仲間じゃないか……はぁ……つらいやめたい消えてしまいたい」

優希「お、落ち込みすぎだじぇ」

京太郎「清澄高校受験生連続殺人事件――犯人は数学」

優希「東の高校生探偵――困惑」

京太郎「そういうわけで優希、俺にもここでリラックスさせてくれよ……」

優希「…………」

 無言を同意と受け取り、優希の近くに座る。

京太郎「さっきうわ言のように高須高須呟いてたのは何だったんだ」

優希「クリニックじゃない、タ・コ・スだ!」

京太郎「タコスがどうしたんだ」

優希「ここの食堂にはタコスがあるんだじぇ……それ目当てに清澄受験したのに……このままじゃ、ううっ」

京太郎「それ目当てに受験って」

優希「むっ、悪いか」

京太郎「いや、俺も似たよーなもんだし」

優希「そ、そうか」

 ちなみに俺は咲と図書室目当てである。

京太郎「……なんか俺達、いろいろ似たもん同士だな」

優希「いきなりなんだじぇ」

京太郎「まだ四教科ある」

優希「……うん」

京太郎「受かって、一緒に食堂で飯食おうぜ」

優希「……うん、やってみる…………じぇ」

 教室に戻る前にトイレに入る。個室は3つ。一番奥にある個室に小走りで駆け込む。

京太郎(恥っずううううううううぅぅぅぅぅぅっ!!)

 咲とはまだ食堂で飯食う約束できてないのに! 初対面の女の子誘っちゃったよ!

京太郎(でもなんか放っておけなかったんだよな……)

 それは優希が自分と似たような境遇に陥っていたからだろうか。

京太郎(ま、いいや。残り時間を使って優希で百合妄想を……)

京太郎(……………………………………………………)

京太郎(……………………あれ)

京太郎(どうしちまったんだ俺の前頭葉? 発達し過ぎて怖いと医者に言われた俺の前頭葉。何も……何も思いつかない)

京太郎(咲のことは好きだけど、それでも咲を使って百合妄想は出来た)

京太郎(百合男子な俺と一般男子な俺は共存してるから)

京太郎(なのにどうして優希じゃ百合妄想をできない?)

 ルックスの問題か? いやいや、むしろルックスに自信がない少女と美少女の百合ってかなりそそる分野だし。

 格好の問題? 高遠原の制服は百合のための制服だぞ?

京太郎(もしかして百合妄想できないあいつこそが)

 ――俺のお姫様なんじゃないだろうか?

京太郎(違う違う違う!!)

 トイレの個室からダッシュで抜け出す。

 そのまま廊下へ飛び出て――一応手を洗っとくべきだと思い直してトイレに戻り手を洗い。

 咲のいる教室に向かった。

京太郎「咲!」

咲「ぅわわ!? どうしたの京ちゃん」

京太郎「……お姫様」

咲「へ?」

京太郎「残りのテストも頑張れ、俺のお姫様!」

咲「なにが姫だ」

京太郎「応援してるぜ、ピーチ姫!」

咲「さらわれてない」

京太郎「じゃあまた後でデイジー姫!」

咲「誰がモブだ」

 そのあとの教科はストッパが効き始めたのか順調だった。ストッパはすごい。12錠入りなら薬局に行けば千円以下で買えると思うので是非。

 五時間目、国語。試験開始の合図を聞いた京太郎は一息深呼吸。

京太郎(いける……これはいけるぞ! この国語でヘマをしなきゃ、俺は受かる)

 問題の表紙をめくる。

京太郎(小説は……ウンター・デン・リンデンの薔薇?)

 よかった。「薔薇」なのだから百合とはまったく関係ない話だろう。

 もしここで百合ものの話とか出たら大惨事。テストそっちのけでSS速報にスレ立てして百合もののSSを書いてしまうところだった。

京太郎(さて、まずはざっと読んでみるか)

 ゆりーんれずーんゆやゆよん。

 結果。

京太郎(百合ものじゃねーか!!)

 途中でエスから男役女役に分かれるとはいえ、完全にレズビアン。薔薇という言葉の筋ひっかけに惑わされ、見事な振り込み。

京太郎(イェスイェスイェス! スレ立ての時間だ、コラァ!!)

 今まさに二次創作を開始しようとしたそのときだった。

京太郎(……ダメだ)

 今までどんな思いで勉強してきたと思っているんだ。動機は咲を追いかけるという不純なものだ。だが真剣だったのだ。足りない成績を唯一自分が誇れる根気で底上げし、ようやくここまでやってきたのだ。その積み重ねを無駄にしていいはずがない。

京太郎(それに今日は……SS速報恒例である月一の鯖落ちの日! どっちにしろ書き込みは出来ない! 書き溜めなんてめんどくさいことはやらねーし)

 だから目の前の問題を解くしかないのだ。 

 試験終了後。

友人「えーっと……どうだったよ」

京太郎「まさか……古文に清少納言と中宮定子が出てくるとは……百合じゃねーかもうあんなのよぉ。しかも論説文まで同性愛の話……概ねは著者に同意できたけど一部どうしても相容れない部分があったぜ。今すぐ会談の場を設けていただきたい」

友人「めんどくせーな百合男子」

京太郎「はっきし言って異常だ今年の長野県。百合だらけじゃねーかすばらしい」

友人「……で。受かるのか」

京太郎「わ……からねぇ。ギリギリな気がする」

友人「は……はは……今日のことは忘れてパーッと遊ぼうぜ」

 特に仲の良い友人5人で集まってカラオケパーティーを敢行。

 ゆりゆららららゆるゆり大事件はこの日に歌うために創られたのだと思う京太郎だった。

 そして迎えた合格発表日。

京太郎「咲ー」

咲「おはよう、京ちゃん」

 二人は一緒に合格発表の場へ行くことになった。

 正直なところ落ちている可能性はそこそこあるので一緒に行くべきではないのかもしれない。

 せっかく咲が受かっていても俺が落ちていたら、彼女は気を使って喜べないだろうからだ。

京太郎「自信、あるか」

咲「うーん……一応、できたと思うけど」

京太郎「受かる確率はどれくらいだ?」

咲「ビックリした人が心を落ち着かせようと素数を数えるときに、まちがえて奇数を数える確率と同じくらい、かな」

京太郎「ほぼ100%か……すげー自信」

咲「京ちゃんは? どれくらいの確率で受かると思ってるの?」

京太郎「邪気眼と中二病を正しく使い分けてる人の割合と同じくらい」

咲「10%……もっと自信を持っていいと思うけど」

 発表の時間は10時。

 現在の時間は10時10分。

 混雑を避けるために少し時間をずらした。

京太郎「……行くか……」

 ここで運命が決まる。

 もし受かっていたら――そろそろ決着をつけよう。

 叶わないとわかっているけど、咲に気持ちを伝えよう。

 そういう思いで京太郎は校門をくぐ――。

友人「おっす、京ちゃんに咲ちゃん! よかったな二人とも受かってて。なんか知らんが感動しちまったぜ」

 ――る前に、人生で最高のネタバレを喰らった。

京太郎「」

咲「あ、そうなんだー、よかった」

京太郎「え」

友人「おっと俺のことは心配するな。もちろん俺も合格だ」

京太郎「お、おい」

咲「よかった、また一緒の学校に通えるね、京ちゃん!」

京太郎「あ、はい、ソウデスネ」

 現実なんてこんなものだ。

京太郎「……しまらないよなぁ」

京太郎「……俺らしいといっちゃ、俺らしいのか、これ」

 予想外のことは起こったが、それでも一度決めたことだ。

 京太郎は咲を例の小さな神社に呼び出していた。

京太郎「ここも、久しぶりだな」

咲「あの神頼み、無駄じゃなかったね」

京太郎「ああ、2つも願い事がかなったしな」

 その日はきれいな夕日だった。

 夕日で染まった咲はどこか神秘的で、手が届かないところにいるようだ。

 こんなに近くにいるのに、咲との距離は遠かった。

咲「……この前は教えてくれなかったけど、今日は教えてくれるんだよね」

京太郎「…………」

咲「京ちゃんがした、1つ目のお願いごと」

京太郎「……そのつもりだ」

 咲との関係に、特別な何かはない。命を救ったとか、結婚の約束をしたとか、そういうわかりやすいものなんて、あるわけがない。だから、かっこいい言葉なんて思いつかないけど。

京太郎「――咲。俺は、お前のことが――」

 森が揺れた。

 その日、京太郎の一度目の恋は終わりを告げた。

 しかしそれは新しい恋への始まりで。

 咲への想いは、まだ消えていなかったけど。

2・終

3・

京太郎「もう嫌だ……やっぱりこの世界に男とかイラネーし……もう俺、百合に生きる……え? きんモザ最終回? なんか涙でてきたわ……陽綾……二人のゆりんゆりんももうすぐ終わりか……陽綾……最強だよ……見れなくなるなんて……考えられない……ああ……もう終わるのか……死ぬ……死のう……もういいんだ……何もかも終わった……え? なんだこれ、桜Trickアニメ化? え、マジで? 地上波で百合キス見れるのか! 公共の電波に百合キス流すのか!? く、くくくく……来た……百合の時代がよぉ!!」

友人「おい……京ちゃん、しっかりしろ」

京太郎「百合は素晴らしいんだぜ? 恋愛なんて……しなくていいんだ」

友人「んなこと……」

京太郎「女の子は女の子とくっつくべきなんだ……俺が咲と付き合おうなんておこがましかったんだ……」

友人「……ばかやろう」

京太郎「え」

友人「ばっかやろおおおおおおーーーーーー!!」

京太郎「……ゆーと!?」

友人「お前誓ったんじゃないのかよ! 普通に恋もする百合男子として生きていくことを!」

 それは、咲に恋することによって生まれた誓い。

 確かに存在していた、大事な誓い。

京太郎「でもあれは咲に対する誓いで……」

友人「お前……どんな風に振られたんだ?」

京太郎「や、やめろよ、俺の傷口をえぐるのは」

友人「違う、癒してーんだ」

 友人は、真剣であった。

京太郎「……詳しくは覚えてねーけど――今の状態じゃ付き合えない――だったかな」

友人「ならまだチャンスは有る!」

京太郎「チャンスって……またアタックするのか? ストーカーみたいになるのやだぜ、俺」

友人「もちろん新たな恋を探してもいい」

京太郎「咲……以外?」

友人「ほら、まだ未来は広がってるじゃねーか。うじうじしてんじゃねーよ」

 顔を上げると、世界は桃色に染まっていた。

 桜は、新たな旅立ちの象徴だ。

 目の前にひらひらと飛んできた桜の花びらを、右手で掴もうとした。

 しかし握るときの風圧で花びらは軌道を変え、つかむことが出来なかった。

 たった一度の挑戦で物事がうまくいくとは限らない。

京太郎(チャンスがあるなら、また挑戦すればいい)

 また新たに飛んできた花びらを、今度は受け止めるようにしてつかんだ。

 手に一枚の桜の花びら。

 今度は、つかめた。

友人「入学式だ――行こうぜ」

京太郎「……おう」

 咲への想いは消えないけれど。

 咲への想いが叶わなくても、人生は続いていく。

 人生は深海のように暗闇だ。

 前後も左右も上下だってわからない空間を、ただひたすらに歩く。

京太郎(進んでないかもしれねーけど、同じ場所でもがいてるだけかもしれねーけど)

 目印がなくとも、彼は進んでいく。

 そこに、ちいさな光が見えた気がした。

 高校1年生――4月。

 合格していた。はっきり言ってもうタコス生活は諦めていた。

 滑り止めの高校でたこ焼きやタコさんウインナーを食べる生活を覚悟していた。

 いや、もちろんたこ焼きもタコさんウインナーも好きだけど、タコスと比べると数段落ちる。

優希「タコスうまー」

和「それ、何個目ですか」

優希「本日5個目ー」

和「まったく、ゆーきは……ずいぶんと食べた個数、少ないですね」

 のどちゃんも、ずいぶんと私の行動に慣れたものだ。

 高校で新しく担任になったササヒナには「タコス一個が約150kcal……これを消費するのに必要な階段昇降は30分……タコスを5つ食べた場合2時間30分も階段昇降をしなくてはならない……フルマラソン並みの時間が……! ひいいいいい!!」と驚かれたのに。

和「そろそろ行きましょうか、ゆーき」

優希「食堂へかー? まだ6個目はいらないじぇ」

和「違いますよ……麻雀部へ、です」

 麻雀部は旧校舎にあるようだ。

 普段授業を受けている校舎からそこそこ距離があって、踏切を一つ超えた先に旧校舎は建っていた。

 ……それにしても、よかったのだろうか?

 私の横を歩くのどちゃん――原村和は麻雀のインターミドルチャンピオンだ。本人が望みさえすれば、麻雀の強豪校ならどこでも特待でいけたはずだ。

 なのに彼女は、清澄を選んだ。

 それは嬉しいことであり、心残りのすることだった。

 私がのどちゃんの可能性を潰してしまったのではないか、と。

 旧校舎に到着。

優希「なんか幽霊が出そうな校舎だじぇ」

和「……」

優希「のどちゃん?」

和「ゆ、幽霊なんているわけありません!」

優希「もしかしてのどちゃん、怖いのか?」

和「こ、怖くなんかありませんよ! 幽霊なんか非科学的です、ありえません!」

優希「の……のどちゃん」

和「どうしました?」

優希「の……のどちゃんの後ろにいるやつ……なんだ?」

和「ひいいいい!」

優希「やっぱり怖がってるじょ」

和「だ、だましましたね、ゆーき!」

優希「幽霊を怖がる必要ないじぇ。もしのどちゃんに襲いかかってきたら私が守ってやるからな!」

和「ゆーき……」

優希「ふっふっふ」

和「さっき私を怖がらせようとしたことを、いいセリフでごまかそうとしてませんか」

優希「さあ、部室まで直行だ!」

和「こら、待ちなさい、ゆーき!」

 私はのどちゃんの可能性を潰してしまったかもしれないけれど。

 それでもやっぱり、一緒にいるとが楽しかった。

 ――一緒に、か。

 あの日、試験の日に出会った少年のことを思い出す。

 結局、一方的に名前を聞かれただけで、あいつは名乗らなかった。

優希(受かったのかなぁ……)

 もしかしたら落ちてしまったのかもしれないけど。

 彼のおかげで私が受かったというのも、ほんの少しはあるから。

 もう一度、会いたいと思っていた。

 もし彼が別の高校へ行っているならば、奇跡でも起こらないと無理なんだろうけど。

優希「たのもーだじぇ!」

 麻雀部の扉を開く。

京太郎「ん? お、優希。よっ」

優希「な、な、な、な……」

京太郎「な?」

優希「なんでお前がここに!!」

 奇跡も感動もなく、普通に再会したのだった。

 仮入部期間初日。

 京太郎は優希と再会した。

 やけに優希は驚いていたようだったけど、まあこれくらいよくあることだろう。

 そんなことよりも大事なことがあった。

 優希の後ろにいた少女のことだ。

 それは入学当初、男子の間でかわいいと話題になっていた少女、原村和だった。

 しかも麻雀のインターミドル覇者。

 この麻雀部には不釣合いの超大物だ。

 ……しかし一番大事なのはそこではない。

 一番大事なのは、和が背負っているカバンだ。

 原村和はお金持ちな家のお嬢様のような少女だ。

 そういうタイプの少女が持つカバンは、お淑やかなカバンであるはずだ。

 なのに、彼女が背負っていたのは。

参考資料
http://i.imgur.com/gKcevoR.jpg

京太郎(ワイルドなワンショルダーバッグだとォ!? 誰に対しても丁寧語で話すお嬢様風の少女には似つかわしくないカバン……いや待て……もしかしてあのカバンは誰かからもらったものなんじゃ……? 引っ越しが多くてなかなか友人が作れない和……そんな彼女はとある引っ越し先で快活な少女に出会う。生活スタイルの全く違う二人は最初、お互いの文化の違いに戸惑う。しかしその二人にはある共通の趣味があった。それが麻雀! 二人は麻雀を通じて友情を深めていく……だが、和は再び引っ越しをしなければならなくなった! 離ればなれになる、そのことに気づいたとき、二人は気づく……お互いの関係はすでに友情ではなくなっていたことを……。山登りが趣味である快活な少女は普段自分が山登りで使っているカバンと同じものをプレゼントする。ワンショルダーバッグは二人の絆の証なのだ!)

和「えっと……部員さんですか?」

 不信そうな目。警戒されているようだった。

京太郎「はっ……いや、俺も一年で見学にきたんだ。入部する気満々なんだけど……部長! 新入生、来ましたよー!」

久「うっ、やば、寝ちゃってた」

 部室の奥にベッドがあり、そこからモゾモゾと部長が這い出てきた。

和「えっと、確か……議会長さん?」

久「ここでは部長だけどね」

まこ「おー今年はよう揃っとるね。久しぶりじゃのぉ、この部室にこれだけ人が集まるんは」

久「まこ! まだお店の手伝い忙しいんじゃ」

まこ「せっかく新入生が来るかもしれんときにここに来ないなぁもったいなかろ?」

京太郎「染谷先輩は優しいなぁ」

まこ「やめぇ」

京太郎「(本当は部長のことが心配で来たに違いない! お互いに信頼しあった熟年夫婦系百合ップル!)」

京太郎「そう思うだろ、牌ちゃん?」

牌「いきなり来ていきなりどうした」

京太郎「部長と染谷先輩の関係の話」

牌「むふふ、怪しいよね、あの二人。一年間部室で二人きりだったわけだよ?  二人きりの部室とかさ、百合の花が咲かないほうがおかしいよ」

京太郎「二人きりの部活動は百合名場面名鑑にも記載されてるほど百合の世界じゃコモンセンスだからな」

牌「でもね! 私ここで一年間二人を見張ってきたけど、エロティックな展開なかったんだよ? おかしくない?」

京太郎「だから俺はプラトニック派だっつうの」

牌「プラトニック派とかもうそれ百合じゃない」

京太郎「エロティックの方が邪道だ」

牌・京太郎「ぐぬぬぬぬぬ」

京太郎「それはそうと、牌た……ちゃん」

牌「いま牌たんって言おうとしなかった?」

京太郎「やっぱりお前って人間の配牌を操ったりできんの?」

牌「んにゃ、配牌は別の神が担当してる。私が操れんのはツモ牌だから」

京太郎「配牌とツモ、別の神がやってたのか」

牌「配牌がいいのにツモ運が悪かったり、逆に配牌最悪なのにツモ運がよかったりするでしょ? 別の神が担当してるのが原因なのだ!」

京太郎「あのさ……俺の過去の牌譜持ってきたんだけど」

牌「えーなになに? ぶっ! あはははっ、なにこれ! くふふふふ、ひどい! これはひどい!」

京太郎「これはお前のせいじゃないんだな」

牌「違うよーあはははははっ、おなか、いたい、ぷぷぷぷぷ、ある意味いい配牌!」

京太郎「かわいそうだろ」

牌「あははっ、まあ流石にねぇ」

京太郎「じゃあ俺のツモ運あげてくれよ」

牌「なんで? イヤだよ。私は気に入った女の子のツモ運を上げることにしか興味ないし!」

京太郎「ほんのちょっとでいいからさぁ……」

牌「あんまりしつこいと、むしろツモ運下げちゃうよ?」

京太郎「勘弁してくれ……」

 仮入部期間2日目。

 部室にて。

京太郎「新しい人、来ませんねぇ……」

まこ「この辺で麻雀する人は女子は風越に、男子は松商に行くけぇね、こんだけ集まっただけで奇跡じゃろ」

京太郎「……団体戦、出たいですね」

まこ「あと一人くらいなら助っ人でも呼べばええが」

京太郎「男子は……」

まこ「絶望的じゃのぉ」

京太郎「まさか俺しか男子部員がいないとは」

 子供のときから憧れてきた高校麻雀団体戦で全国へ。

 それは野球で言うと甲子園みたいなもので。

 少年少女の憧れの一つだ。

久「男子でひとり、麻雀できる人を知ってるわよ」

京太郎「本当ですか!? 誰ですかそれ、教えてください!」

久「2年の本藤君なんだけど……ただ、ちょっと怖いかもね」

京太郎「怖い……?」

久「なんというか……片手で卓を担げそうなタイプ?」

京太郎「ま、まあ最近のは軽いですし」

久「五つまとめて」

京太郎「指一本あたり雀卓ひとつですか」

 化け物だ。

京太郎「どこにいるんですか、その化け物さん」

久「2-Cにいるはずだけど……え、本当に行くの?」

京太郎「そのつもりですけど」

久「……がんばっ!」

 なんだろう、嫌な予感しかしない。

京太郎「優希、ちょっといいか」

優希「んー? なんだじぇ」

京太郎「一緒に勧誘に行こうぜ!」

 2-Cに到着。

京太郎「そういえばどんな見た目か聞いてなかったな。誰かに聞かないと」

 そう言いながら教室に入る。

 天井の柱にぶら下がって懸垂をする巨漢がいた。

京太郎(あ、絶対あの人だ)

 雀卓でジャグリングしそうなタイプだった。

京太郎(それにしても)

 目がヤバイ。

 人殺したことある系男子。

 喋りかけたら踏みつぶされそう。

京太郎「……優希」

優希「………………」

京太郎「色仕掛けの時間だ」

優希「いやいやいやちょっとまままままま」

京太郎「このためにお前を連れてきたんだ」

優希「京太郎、適材適所って言葉、知ってるか」

京太郎「たとえお前に不幸が襲っても、俺が人体錬成するから」

優希「禁忌だじぇ、もっていかれるじぇ」

 帰ろうかと一瞬思ったが、考え直す。

 きっと大丈夫だ。

 怖そうな人が実は優しいというのは定番パターンである。

 頭がいいやつは絶対天然キャラだ。

 ボーイッシュなキャラは絶対乙女趣味を持っている。

 いつも笑ってる細めのキャラは絶対裏切る。

 普段優しいキャラは絶対、怒ると怖い。

 美少女には絶対、解決したら好感度の上がる辛い過去がある。

 きっと彼はその見た目の怖さでいろいろ勘違いされてきたのだろう。

 本当は優しいのに、誰もそれを理解しない。

京太郎(そうだ……俺が、本藤先輩の理解者になれば……!)

本藤「なんだてめーらは、ジロジロ見やがって」

 普通に怖かった。

本藤「要件があるならさっさと言え、おい」

京太郎「えっと……あのですね! 麻雀部に入ってくれないかと」

本藤「麻雀部ぅ!?」

京太郎「はい!」

本藤「麻雀部……ねぇ」

京太郎「うっす!」

本藤「ふん。俺を満足させられたら、入ってやってもいいぜ」

 部室に帰還。

 生還ともいえるかもしれない。

久「本当に連れてくるとはね……」

本藤「か、会長がいるじゃねーか! こ、怖い! こんなところにいられるか! 俺はもう帰るからな!」

京太郎「ちょちょちょ待ってください! なんで怖いんですか!」

本藤「前に懸垂で柱を壊したとき……会長に超怒られた」

京太郎「は、ははは……」

本藤「超怖かった。今も震えが止まらない。帰りたい」

 部長は「怖いかもね」と言っていたが、部長が本藤先輩のことを怖いのではなく、本藤先輩が部長のことを怖い、という意味だったのだ。

まこ「……わりゃぁいったいどれだけ恐ろしいことをしたんじゃ」

久「ひっどーい! 私、うら若き乙女なのよ? そんなひどいことするわけないじゃない」

まこ「似合わんからやめんさい」

 五分後。

本藤「よし、トラウマは克服した。須賀、麻雀やるぞ」

京太郎「トラウマ克服するの早いですね、本藤先輩」

本藤「いつまでも男がビクビクするわけにはいかねぇだろ」

久「本当に大丈夫?」

本藤「ひいっ! やめてください! 解体しないでください! お願いします!」

優希「もう見ていられないじぇ」

 十分後、ようやく麻雀を開始する。

 卓についたのは京太郎、本藤先輩、染谷先輩に優希だ。

 ただし今回は京太郎と本藤先輩の対決なので、染谷先輩と優希は基本的には降りるように打つことになった。

京太郎配牌

一四七②⑤⑦158東南西發

京太郎「(配牌は……いつも通りか)」

京太郎ツモ3

京太郎(まずは、本藤先輩がどんなタイプなのか見極める)打、西

八巡目

本藤「ツモ、3000・6000」

京太郎「はい」

 京太郎がテンパイする前にツモあがり。初っ端から跳満。

京太郎(リーチしなくても満貫の手でリーチをした……か。高火力タイプ……だったら怖いな)

京太郎配牌

二五九②⑥158南西北白中

京太郎(まったくいつもどおり……流したいな)

ツモ、白
打、西

京太郎(助かる)

十二巡目

京太郎(やった、聴牌……上がれないのはわかってるけど)

京太郎「……リーチ」

本藤「悪いな……ロン、8000」

京太郎「! はい」

京太郎(この順目で追っかけリーチは無謀だとは思ってたが……やっぱりダメか)

 反撃しようと試みるが……。

東四局三本場、京太郎は飛ばされてしまった。

本藤「終わり、だな。お前の実力はわかった」

京太郎「ま、待ってください! もう一度チャンスを!」

本藤「なんか勘違いしてないか」

京太郎「え」

本藤「今回の対局で入部するかしないかを決めるわけじゃない。俺が見たいのは、どれだけお前が骨のあるやつかということだ」

本藤「一週間後、もう一度俺と麻雀を打て」

本藤「それまでに強くなって俺を満足させろ」

本藤「俺を満足させられるのは、強くなろうとしているやつだけだ」

 そう言い残して、本藤先輩は去っていった。

久「須賀君、さっきの対局見てたけど……」

京太郎「配牌のことですか」

久「こう、なんて言えばいいのかしら、牌の神様に嫌われてるって感じ?」

京太郎「確かに嫌われてますけど、あの配牌は牌の神様とは関係ないですよ」

 本人に聞いて確かめたし。

久「なんだか、本当に会ってきたみたいな言い方ね」

京太郎「ははは」

 するどいよこの人。

京太郎「俺が麻雀を始めたのは中学3年からですけど――最初にやったとき、すでにあんな配牌でした。それから今まで、ずーっとあんな配牌です」

 あんな配牌。

 七対子を考えなければ8シャンテン、つまり上がるのに九枚の有効牌が必要な形。

 七対子を考えたら6シャンテンで済むが、ひとつも対子のない状態から目指すのは無謀すぎる。

 平均のシャンテン数は3.5前後であることを考えると、結構笑える運の悪さだ。

 いや、まったく笑えないけど。

 そして現在の問題は、1週間で本藤先輩を満足させるくらいの成長度を見せること。

京太郎「1週間でどれだけ強くなれますかね……」

久「まだ須賀君、打ち慣れてないのよね」

京太郎「リアルだと五十局前後しかやってませんから」

久「とにかく慣れないとね」

まこ「それじゃったら、京太郎。うちでバイトしてみんか?」

京太郎「バイト……ですか」

久「まこの家は雀荘をやってるのよ」

京太郎「は、破産しそうなんですけど」

まこ「ノーレートじゃけぇ心配せんでええよ」

京太郎「……わかりました」

 やれることは何でもやってみよう。

京太郎「俺、やります!」

 なんであれ、必ず力になるはずだから。



 そのバイト中に聞く話が彼の人生を狂わせていくことを、彼はまだ知らない。




3・終

4・

京太郎「別に俺、メイド服でもいいですよ」

まこ「いや、そりゃぁちぃと……」

京太郎「ていうか、メイド服の方がいいです」

まこ「別にそがぁに頑張らのぉても……」

京太郎「ぶっちゃけ、メイド服が着たいです」

まこ「本音はそれか!」

 長期的な麻雀ブームの到来により、雀荘も増加傾向にある。それにつれて雀荘同士の客取り競争は激化しており、サービスの多い雀荘も最近では珍しくなくなってきた。

 ペット雀荘。カラオケ雀荘。レストラン雀荘。添い寝雀荘。膝枕雀荘。ネットカフェ雀荘。

 商売って大変である。

 そして、雀荘「Roof-top」はメイド雀荘であった。

京太郎「メイド雀荘なんだから俺もメイド服を着てしかるべきですよね」

まこ「執事服を着んさい」

京太郎「メイド服がダメなら全裸でも……!」

まこ「執事服を着ろ」

京太郎「……うっす」

 しぶしぶ執事服を着る。メイド服のほうが良かったけど、それでもやはり普段しない格好というのは新鮮だ。

 執事服を着ると、不思議と気持ちがシャンとした。

 紳士的な性格になったかのようだった。

まこ「お、ええのぉ。似おぉとるよ」

京太郎「ふふ、ありがとうございます。染谷先輩のメイド服も美しい! 私、ドキッとしました」

まこ「な、なんかキャラが変わっとらんか?」

京太郎「そうですか? 私は、いつもどおりですよ。普段と格好が違うので、そういう風に見えるのかもしれませんね」

まこ父「君が今日のバイト……須賀君だね。ふむ……私の若いころにそっくりだ」

京太郎「そうなんですか? 光栄です」

まこ父「麻雀の修行も兼ねてるんだったか?」

京太郎「はい。バイトで修行というのは誠実さに欠けるかもしれませんが……」

まこ父「はっはっは、構わないよ。……実はね、私も高校生だったころ、ここで君と同じようなことをしたんだ」

京太郎「バイトしながら修行、ですか」

まこ父「そのときこの雀荘の看板娘だった染谷奏――それが今の私の妻だ」

京太郎「婿入りですか? ロマンチックな話ですね」

まこ「な……なんか恥ずかしぃけぇ、あんたら、やめぇ」

まこ父「奏の父――つまりまこの祖父も似たような経験があるらしい」

京太郎「なにか……運命のようなものを感じますね」

まこ「ひょっとしてこれわしで遊んどる?」

客A「すみませ~ん! アイスコーヒーアリアリで!」

客B「あ、俺はナシナシ頼むわ」

客C「こっちはアリナシー」

客D「アリアリこっちにもひとつ」

客E「二人目と同じやつ、よろしゅう」

客F「じゃあこいつの逆をひとつ」

客C「やっぱりアリとナシ逆にしてくれる?」

客A「俺も逆にしてもらおうかな」

客G「どん兵衛お願い!」

客H「ソースかつ丼」

客I「かつ丼にとき卵じゃなくソースかける野蛮人が! あ、レモンステーキお願いします」

客J「レモンステーキはステーキじゃない。佐世保市民はおかしい。冷茶ひとつ」

客K「私は熱茶をお願いしようか」

客L「ここまでで一番多く注文されたやつをひとつ」

客M「それじゃ僕は二番目に多く注文されたやつにしようかな?」

京太郎「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 暗記ゲームかよ。

 暗記力にはそこそこ自信があるけど。

客N「わー今日は執事さんがいるー! 私今日この人と打つー!」

京太郎「ご指名ありがとうございます」

客O「ふっ、執事か。たまには趣向を変えて執事と打つのも悪く無い」

京太郎「ありがとうございます」

客P「ちょっと執事さん。手袋かじってみてください」

京太郎「はい」

客P「……イイッ」

京太郎「ありがとうございます」

 5半荘終了。だが10半荘ぐらいやったような疲れだった。

京太郎(今日の成績は……連対率4割、トップは0……ノーレートじゃなかったらタダ働きになるところだった)

客Q「店員さん、本走、入ってくれよ」

京太郎「はい、ただいまー……って、あっ」

客Q「よう、京ちゃん」

 それは京太郎の新しいクラスメイトである八坂という少年だった。

京太郎「やっさん……麻雀打つんだな」

八坂「遊びだけどな」

京太郎「麻雀歴は?」

八坂「秘密」

京太郎「強いのか」

八坂「俺にとって麻雀は遊びだから……」

京太郎「強いんだろ?」

八坂「……どうしてそう思う」

京太郎「纏っているオーラが強者のそれだ――なんて言えたらかっこいいんだけどな。俺はそういうの見えないし、ただの勘だ」

八坂「頼りにならない勘だな。……俺は弱いよ」

 サイコロを回す。親は八坂だった。

八坂「正直、諦めてたんだ」トンッ

京太郎「なにを」

八坂「麻雀」

京太郎「……へえ」

八坂「ありがちな挫折を経験してな。本当にありがちでつまんない挫折を」

京太郎「麻雀が嫌いになったってか」

八坂「お前は好きなのか」

京太郎「……………………」

八坂「まあいい。別に嫌いになってなんかいねえよ。ただ麻雀を真剣にやるのがアホらしくなっただけだ」

京太郎「真剣にやったほうが楽しいだろ」

八坂「思ってもないこと言うなよ」

京太郎「ははは……ひどいな」

八坂「俺はな、去年までクラブチームに入ってた」

京太郎(やっぱりか……)

八坂「恵比寿のJrユースだ」

京太郎「!」

八坂「俺はプロになりたかった」

京太郎(おい……おいおいおい、まじかよ……。只者じゃないって気はしてたけど、Jrユース出身とはな……)

 Jrユースとは中学生対象のプロ養成組織。恵比寿はあの小鍛治健夜が過去に所属していた強豪チームだ。

 そこのJrユースのメンバーということはつまり、麻雀のエリート中のエリートということ。

京太郎「かんべんして欲しいぜ……負けてもへこたれない精神とか、俺にはねーのに」

 他者を圧倒する強運も。

 負けても次に向かおうとするガッツも。

 ……麻雀が好き、とかいう言った者勝ちな言葉も。

八坂「お前の麻雀歴は」

京太郎「一年とちょっと、お前とは比べ物にならないくらい短いよ」

八坂「嘘だろ、それ」

 確信めいた言い方だった。

京太郎「勘、か?」

八坂「違えーよ。見たことあるんだ、お前を」

京太郎「………………」

八坂「ジュニアチームでな」

 Jrユースが中学生対象のプロ養成組織なら、ジュニアは小学生対象のプロ養成組織だ。

八坂「確かあれは長野のジュニアチームだった」

八坂「たった一度だけ戦って――それ以降そいつに会うことはなかった」

八坂「あのとき俺は誰よりも強かった」

八坂「小学生に敵はいないと思ってた」

八坂「井の中の蛙の典型だな」

八坂「だけど、お前に――負けた」

八坂「運が悪いとか、調子が悪いとか、そういう言い訳もできないほど完敗だった」

 なにも、答えられない。

 言葉がなかった。


八坂「……配牌6シャンテンから和了る確率は10パーセントを切るとも言われてる」

八坂「お前の配牌は6シャンテンと言っても最悪な方の6シャンテン。七対子がなきゃ8シャンテンのクズ配牌。和了る確率は5パーセントも無いんじゃないか?」

八坂「本来、お前は一回も和了れないのが正しいんだ」

八坂「なのにお前は、負けてるとはいえ和了れてる」

八坂「それはお前が強いから」

八坂「配牌運は最悪。ツモ運も凡人並」

八坂「だけどお前は、それ以外のパラメータがマックスなんだ」

八坂「麻雀漫画でよくいるよな? すごい観察眼を持つやつ」

八坂「相手の視線移動、発汗、理牌の動き、どこから捨てたか、文字で書くだけなら簡単だからみんなが使いたがる設定」

八坂「言うまでもなく、リアルじゃほとんどありえない、出来るわけがない、そういう観察眼」

八坂「そんな馬鹿げた技術を馬鹿なお前は本当に身につけちまってるんだ」

八坂「当然、点数期待値の計算を完璧にこなして、どこで押すか引くかを理解してな」

八坂「言うまでもなく強くなりえたのに」

八坂「それを無に帰す配牌の運の悪さ」

八坂「苦労も努力も水の泡と化す悪運」

 一呼吸おいて、彼は言った。

八坂「……お前、いったい何をした」

八坂「何をしでかしたらそんなことになる」

八坂「なぜお前は麻雀をやめた」

八坂「8年前、なにがあった」

京太郎「……さあ、知らね」

八坂「知らないってことはないだろ」

京太郎「……誤魔化してるわけでも、煙にまこうとしてるわけでもないぜ? そんな昔のことはもう忘れた」

八坂「ふーん、忘れた、か」

京太郎「でも1つだけ言っとく。長野のチームをやめたのは、たぶん引っ越しが原因だ」

八坂「引っ越し?」

京太郎「小2の頃に長野から奈良の方へ引っ越したんだよ。それが原因でやめたんじゃねーの」

八坂「まるで他人事のようだな」

京太郎「奈良に行く前のことはもう記憶も薄いし……なによりその頃を思い出そうとすると頭が痛くなる」

八坂「やっぱりなんかあったんじゃねえか」

京太郎「知らない。あったのかもしれないし別に何も無かったのかもしれない。無理に思い出そうとは思わない」

八坂「ふん、ならいい」

 そのとき京太郎は二萬五萬の両面待ちでテンパイ。

 珍しく役がすでに一つあったためリーチをかけない。

 リーチすべき局面ではあったが、そのとき京太郎は八坂の力を見たいと考えた。

 リーチをかけてしまうとその力を見過ごすかもしれなかったのだ。

八坂「カン」

 二萬でカン。京太郎の和了り牌が一種類消えた。

八坂「追加のカンだ」

 五萬でカン。これで現在の形からは和了れない。

京太郎(三萬と四萬の使い道がほとんどなくなった……。これがやっさんの当たり牌なら……恐ろしい打ち手だ)

京太郎(試してみたい)

 選択したのは三萬。四枚見えてる五萬から考えてもっとも妥当なはずの牌。

八坂「ロン、6800」

京太郎「70符……こんなに符が怖いと思ったことはないぜ」

 そして今日のバイトはこれで終了。

 いろいろあった一日だった気がする。

 牌の世界。

 今日も来た。

 部室に一番乗りして牌に触れ、この世界に来るのが京太郎の日課だった。

京太郎「ひさしぶり」

牌「昨日も来たじゃん」

京太郎「24時間ぶり」

牌「……うん」

 一番最初に来たときより、この世界は少し明るくなった気がする。

 深海から少し海面に上昇したかのような。

 いや、比喩はいらない。

 この世界は海の中を模した世界だった。

 暗くて分かりにくいが泡があり、変な形の魚がいる。

 息苦しいとかそういうのはなく、水族館にいる感じ。

京太郎「今日はBDプレーヤーとまどマギを持ってきたぞ」

牌「まどマギ!? SFの皮をかぶった百合ものとして有名な、あのまどマギ!?」

京太郎「そうそう、ガチ百合アニメとして人気なまどマギ」

牌「グッジョブ!」

京太郎「任せろ」

牌「ちょ、これの使い方は? BDプレーヤー使うの初めて!」

京太郎「あ、これはな」

牌「近づかないで!」

京太郎「無茶言うな」

 いけすかない神様にささやかな仕返しをしてやろうと後ろから抱きつくように使い方を解説する。

牌「く……屈辱!」

京太郎「こうしないと教えにくい」

牌「うそだうそだ! 嫌がらせしようと企んでるんだ!」

京太郎「んなわけないだろ……俺はそういうことはしないよ」

 嫌がらせじゃなくて仕返しだし。

牌「くぅぅ……まどマギのために我慢、まどマギのために我慢……」

京太郎「……一応神様なんだろお前」

牌「一応も何も神様なのだ!」

京太郎「はいはい」

 そういえばまどかも神になったわけだし、こういう神様が居てもおかしくはないか。

 そして、操作方法を教え終わり、そっと牌から離れる。

牌「体が温い……」

京太郎「はっはっは」

牌「気持ち悪い……」

京太郎「あきらめろ」

牌「まどマギを見て忘れるのだ……」

京太郎「おーう、そうしろそうしろ」

 二日目のバイトが始まる。

 昨日より慣れたとはいえ、やはり忙しい。

 やっさんが来るんじゃないかと待ち構えていたが、姿を現すことはなかった。

 三日目。

京太郎「な、なんですか……このメイド服」

 休憩時間、京太郎はピンク色と青色の奇妙な改造メイド服を発見する。

まこ「いいじゃろ、それ」

京太郎「だ、誰が着るんですか……これ」

まこ「それがのぉ……誰も着なぃんじゃ。寂しぃわ」

京太郎「百合的には正統派メイド服しか認めない」

まこ「百合的……? 着てみたら良さがわかるゆぅて思うんじゃが」

京太郎「これはないと思いますけどねえ……。あ、ちょっと着てみていいですか」

まこ「着るんかい」

 精神を女の子にして、服に袖を通す。

まこ「どうじゃ?」

京太郎「アリですね」

 アリでした。

 広がっていくストライクゾーン。アウト取り放題になりそうで怖い。

 四日目。

女性A「ソースかつ丼はないだろ! カツ丼好きをバカにしている!」

女性B「そっちこそ! そんな心の狭さでかつ丼好きを名乗るなんて、おこがましいにも程がある! ソースカツ丼のほうが旨いのよ!?」

女性AB「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」

まこ「京太郎」

京太郎「はい」

まこ「行ってこい」

京太郎「嫌すぎる……」

 結局二人をなだめるために麻雀を打ち、京太郎はミンチにされる。

京太郎「これじゃ出来上がるのはミンチカツ丼……これが話のオチじゃないことを祈る、ぜ……」ガクッ

 結局二人は「カツ丼ってなんでも美味しいよね」という結論に到り、二人仲良く外へかつ丼を食べに行った。

 疲れ損である。

 五日目。

 今度は牌の世界。

 ちなみに三日間ほど牌がアニメに夢中で、話しかけてもほとんど返事をしなかったので、語るに語れない。

牌「私、まどか教の信者になる!」

京太郎「こらこら神様」

牌「まあそれは冗談として」

京太郎「冗談でよかった」

牌「急いでコミスタとパソコンを買ってきて」

京太郎「……おい、お前」

牌「今ならコミスタを持ってれば無償でクリスタも手に入るんだよ! このサービスもうすぐ終わるらしいから! 急ぐのだ!」

京太郎「時間軸おかしくなるからやめろ」

牌「同人誌描いて……コミケで発表するのだ」

京太郎「コミケ行けないだろ」

牌「大丈夫、私が行くのは天上界のコミケだから!」

京太郎「何やってんだよ神様たちは!」

牌「ブッダさんがいつも開催するんだけどね」

京太郎「オーケー、わかった。バイト代で買ってくるから……そこまでにしておこう」

 楽しそうだな天上界。

 百合オンリーイベントはあるんだろうか。

牌「まどマギについてだけど」

京太郎「続くのか」

牌「男にうつつを抜かした青いやつが不人気なのは納得だね」

京太郎「いや待てよ不人気だなんて誰が決めたんだ捏造だよそんなのは。『杏さや』も『さや杏』も最高だったろ」

牌「……京太郎ってさ、最初は対立してる系が好きだよね」

京太郎「確かに」

牌「それも良かったけど『ほむまど』には勝てないよね」

京太郎「何でだよ!」

 一人分、キャラ不在のまま、激論が始まったのだった。

 バイト最終日。

まこ「お疲れさん、よう頑張ったの」

京太郎「一週間、ありがとうございました。……なんだか寂しいですね」

まこ「一生うちで働いてもええよ?」

京太郎「それも、いいですね」

 本当に、そう思った。

まこ「この一週間、どうじゃった?」

京太郎「こう言ったら失礼なのかもしれませんけど……楽しかったです」

まこ「失礼じゃない、わしもそう思うとるし」

京太郎「そうなんですか?」

まこ「わしゃぁね、将来この雀荘を継ごうて思うとる」

京太郎「……他のことをやりたいと思ったことってないんですか」

まこ「ある。当然な。昔はわしも『親の敷いたレールは嫌』なんて軒並みなことを言ぅとったし」

まこ「ホンマはここでの仕事が一番好きなんにのぉ」

まこ「ただ反発したいっちゅう理由ばっかしでそがぁなことを言ったんじゃ」

京太郎「何だか、染谷先輩がそんなことを言う姿、想像出来ないです」

まこ「初めはのぉ、この雀荘はお姉ちゃんが継ぐはずじゃったんだんじゃ」

京太郎「お姉さんいるんですか?」

まこ「知らんかったか?」

京太郎「なんとなくお兄さんがいるイメージでした」

まこ「カツオお兄ちゃんなんかおらんわ」

 そこまでは言ってない。

まこ「お姉ちゃんはキャビンアテンダントになる、って言ぅて、家を出てったわ」

まこ「今は海外の航空会社のキャビンアテンダントをやっとる」

京太郎「うおっ、海外ですか」

まこ「海外から徐々にステップアップして、日本の航空会社に入るんが普通のルートらしい。今はベトナムじゃって」

京太郎「すごいなぁ……真似できない」

まこ「この前は研修で無人島に行って、『この蛇は食えるから探して捕まえてこい!』やら『この虫は毒があるから倒し方を教える! こうだ! さあお前ら、探して殺して連れて来い!』やら『イカダを作ってここから脱出しろ!』とか言われたらしいわ」

京太郎「わお……」

 なんだかイメージと違う。

 きらびやかなイメージとは真逆の体育会系的な研修。

京太郎「今どき、そんなの必要なんですかね……。遭難してもすぐに救助が来るでしょうし。なにより、飛行機ってほとんど事故らないんでしょ?」

まこ「そうじゃのう……確か……最後に飛行機が事故を起こしたのは……」

 この話をするべきじゃなかったのかもしれない。

 深く掘り下げてはいけなかったのかもしれない。

 今さら後悔しても遅いのだけど。

 そう思わずにはいられなかった。




まこ「8年前。そう8年前じゃな。あれが最後の飛行機事故じゃ」

 目の前の景色が目まぐるしく変わっていく。

 巻き戻すかのように、意識が過去に過去にへと向かっていく。

 血液の流れがはっきりと感じられるようになった。

 吐き気がする。

 意識は、奈良へ引っ越したあのときに到達した。

京太郎(戻るな……!)

京太郎(これ以上、戻るなっ!!)

 思い出せないはずの、消えてしまったはずの9年前。

 そこにいたのは見覚えのある少女、見知らぬ年上の少女――。

 ――そして、牌ちゃん。

京太郎(俺は、昔――牌に会ったことがあるのか?)

 止まっていたと思っていた時間は、止まってなんかいなかった。

 ずっとずっと、進んでいたのだ。

 ただそれを、止まったと信じて投げ出した。自分を騙して消し去った。

 彼は、その一つを取り戻す。




4・終

5・

牌の世界

京太郎「今日、本藤先輩との再戦だ」

牌「……へえ」

京太郎「俺、強くなったかな」

牌「さあ、なってないんじゃないの」

牌「もうこれ以上強くなりようがないもん」

牌「考えうるパラメーターはもう限界まで伸びてるんだよ?」

京太郎「あとは配牌と、ツモ運」

牌「なに? 上げて欲しいの、ツモ運」

京太郎「その言い方だと……やっぱりダメか」

牌「やだね、やだやだ。めんどくさい」

京太郎「そこをなんとかさー、俺が頑張ってるとこ見ただろ?」

牌「……うん、見てたよ、全部」

京太郎「ちょっとは感化されたんじゃないか」

牌「ないない、全くもって。男には感化しないよー」

京太郎「そっか……なら、しょうがないな」

牌「……どうするつもり」

京太郎「このまま打つしかないだろ」

牌「認められんの?」

京太郎「しばらく麻雀にブランクがあったうえで、このまえ本藤先輩と打ったんだ。この一週間でだいぶ勘は取り戻した。それを成長ということにしてもらおうと思ってる」

牌「………………」

京太郎「じゃ、また明日」

牌「………………見とく」

 部室に意識が戻る。

八坂「よう」

京太郎「やっさん! どうしてここに」

八坂「本藤先輩と打つんだろ? それの観戦に来た」

まこ「入るか?」

八坂「ありがとうございます、遠慮なく」

京太郎「麻雀部に入ってくれるのか」

八坂「京ちゃんが本藤先輩に認められればな」

京太郎「そりゃまた難しい条件」

八坂「それぐらいできないと、あいつは倒せない」

京太郎「あいつって……?」

八坂「来たみたいだぜ」

 扉がゆっくりと開く。

 巨体が京太郎の前に立ちふさがった。

本藤「見せてもらうぞ、お前の変化を」

 対面に座る。

八坂「京ちゃん、本藤先輩の強さの秘密はもうわかったのか」

京太郎「前に気づいたよ。防ぎようねーけど」

 本藤先輩の使う技術は「神逆」という手法だ。

 理論はさほど難しくない。

 筋力で雀卓を変形させるだけだ。

 上手く変形させれば数枚ほどの牌なら任意の場所に持ってこれる。

 プロならば笹塚プロ、掛橋プロあたりが使い手として有名だ。

 大沼プロも若いときは使っていたらしいけど。

京太郎(操れるのは多くても4枚ほど……この前打ったときは赤ドラを2枚と両隣の牌を集めてた……和了り形を見たら毎回入ってたしそれは一目瞭然。高火力なのもうなずけるってものだ)

 配牌を見る。

 8シャンテンの形。

本藤「会話はできたか」

京太郎「…………?」

本藤「わからないか、牌とのだよ」

京太郎「なっ……」

本藤「その様子だと出来たみたいだな」

京太郎「まさか本藤先輩……あなたも」

本藤「んなわけないだろ、俺にはできないよそんなこと」

京太郎「じゃあなんで」

本藤「お前はそれができるやつだと思ったからだ」

京太郎「………………」

本藤「出来るやつなんてほとんどいねーよ。というか、それが出来るやつはあと一人しか知らない」

八坂「本藤先輩、それってもしかして、上崎って人ですか」

本藤「なんだ、知ってるのか?」

八坂「俺が麻雀から離れた原因ですから」

 六巡目。

京太郎「……ツモ。七対子ドラ1。1600」

 河がまだ一列のときに和了れたのは何年ぶりだろうか。

本藤「ムダヅモなしか? 牌に愛されてるな」

京太郎「いや……さっき協力しないって言われたんですけど」

 協力してくれる気になったのか、牌。

 しかし東ニ局。

本藤「ツモ。3900オール」

京太郎「うわ、マジか……協力するのはさっきの一回だけってことかよ」

 捨て牌に並ぶ裏目った牌たち。

八坂「つーかツモ運悪くなってね?」

京太郎「さっき運よくした分、代価を払えって感じなのか? もっと純粋に協力してくれてもいいのに……」

 その後も捨てた牌を次にツモるということが続き、オーラス。

 跳満直撃で本藤先輩をまくれるところまできた。

本藤「次、チャンスをやる。それで俺に勝ってみろ」

 本藤先輩は「神逆」を、京太郎の配牌に発動させる。

 京太郎の配牌が4シャンテンになった。

京太郎「本藤先輩、これって……」

本藤「神が決めたことに逆らうから、『神逆』と言うんだ。一度くらいならこれぐらいは出来る」

本藤「さあ、打ってみろ。その配牌ならばお前の力を発揮できるだろ」

京太郎「……はいっ!」

 その日、京太郎は八年ぶりの三倍満を達成し、本藤先輩に勝利を収めたのだった。

 次の日。牌の世界。

京太郎「勝ったぜ」

牌「ふーん、興味はないけど、おめでとう」

京太郎「東一局目、ありがとな」

牌「なんのことやらさっぱり」

 知らんぷりをする牌。せっかくお礼を言っているのに。

 まあ、いいけど。

京太郎「今日は、聞きたいことがあってさ」

牌「……なに?」

京太郎「俺とお前、昔、会ったことがないか?」

牌「……さあ、よくわかんないけど、いつの話?」

京太郎「9年前」

 記憶のほとんどない9年前。

 蓋をした9年前。

 そこから漏れだした記憶の断面に、確かに牌はいた。

牌「どうだろう」

 上を見上げて退屈そうに、牌は言った。

牌「私、付喪神なんだけど」

京太郎「付喪神……」

 長く使った道具に宿る神、だったか。

牌「私が神になったのは8,9年前くらいなのだ。だけど、神になってから誰か人間に会ったことはないよ」

京太郎「って、ことは」

牌「勘違いじゃない?」

京太郎「勘違い……?」

 本当にそうなのか?

 だってこんなにも記憶の中の少女と牌はそっくりなのに。

 なのに別人? 他人の空似?

京太郎「わかった、変なこと聞いて悪かったな」

 疑問は残るがこれ以上追求しても埒があかない。

 それに、このことはこれ以上追求しないほうがいいような気もするし。

牌「ま、待って!」

京太郎「ん?」

牌「あ、あの」

京太郎「なんか思い出したか!?」

牌「そうじゃなくて、あの……あ……がとう」

京太郎「えと……」

牌「ぁ……ありがとう、これ」

 そう言って牌が指をさしたのは、PCとコミスタ(パッケージ版)。

京太郎「あ、ああ……素直にお礼を言うとは……大人になったな」

牌「大人も何も神だ!」

京太郎「はいはい、わかってるよ」

 頭を撫でる。

牌「く……気持ち悪い……屈辱……! でも、今はお礼のため、我慢……」

京太郎「別に俺、髪フェチじゃないから」

牌「じゃあ無駄に触るな!」

京太郎「はいはい……」

 せっかくセットした髪型が崩れるので、気安く他人の髪を触るのはやめましょう。

5・終


短くてごめんよ

6・

京太郎「咲……」

咲「京ちゃん……」

 手が重なりあう。

 暗闇の中では視覚が役に立たない。

 それにともなって他の感覚が鋭くなってくる。

 衣服の擦れる音が聞こえる。

 時計の針が動く音が聞こえる。

 心臓の鼓動が聞こえる。

 触覚が、敏感になっていく。

京太郎「本当にいいのか、咲……」

咲「うん……」

 咲の肩に手を置いて、そして――。

「おっきろーーーーーーーーー!」

 ――ようやく目が覚める。

 さて、牌の世界へ飛ばされるとかいうファンタジーな展開に、京太郎がたいして動じなかったのには理由があった。

 それはすでに京太郎があるファンタジーを飼い慣らしていたからだ。

京太郎「……おはよう、カピ」

カピ「あ、ようやく起きた! ご主人さま、起きた!」

 喋るカピバラというファンタジーだ。

京太郎「いい夢だったのに……! 正直、これ夢だなってわかってたけど……! あとちょっとだったのに!」

カピ「なになに? いい夢? 知りたい!」

京太郎「教えない」

カピ「さきちゃんの夢でしょ!」

京太郎「へ? なんのことだ?」

カピ「寝言でさきさき言ってた! ごまかせない!」

京太郎「ひどい」

カピ「フラレたのに健気!」

京太郎「うぅ……」

カピ「ストーカー野郎!」

京太郎「今日のお前ひどくね?」

カピ「それにしてももう高校生だっていうのに女の子の一人も部屋に連れてこないとは……人間の寿命は長いって言うても心配やわ」

京太郎「やめてください」

カピ「いないの? 仲いい女の子?」

京太郎「いや、そんなこと言われてもさあ……。あ」

カピ「どしたの」

京太郎「そういえば今日、和が来るんだよ」

カピ「へ~! その人、仲いいの?」

京太郎「う~ん、向こうはまだ俺のことを信用してない感じはあるんだけど」

カピ「じゃあ、何で来るの」

京太郎「こんなことがあってさ……」

 昨日のこと。

 見事、ニ人の男子部員を集めた京太郎。あと二人の男子部員と、一人の女子部員を求め、和に相談した。

京太郎「和。お前に憧れてここに来た麻雀の強いやつっていねーの?」

和「いえ……別に私は憧れられるような存在じゃありませんし」

 そんなわけない。

京太郎「後輩とかは?」

和「あ……二人いるんですけど……確かにあの子たちは慕ってくれますね。嬉しいです」

京太郎「二人? 中学も強豪校ではないのか」

和「高遠原です」

京太郎「へえ、優希と一緒か。二人は幼馴染だったり?」

和「私は中学2年生のときにこっちに引っ越してきたんです。親友ですけど、幼馴染というわけではないんですよ」

京太郎「引っ越しか。前の中学は麻雀部強かったのか?」

和「そんな有名じゃない……いえ、麻雀部はありませんでした」

京太郎「なんてとこ?」

和「阿知賀女子学院中等部、です。知らないと思いますけど……」

京太郎「……奈良県の?」

和「知ってるんですか!?」

京太郎「小2のころから小4までの間、奈良県の小学校に行ってたんだよ」

和「私は小6からなので……ちょっと時期が違いますね」

京太郎「阿知女かぁ……じゃあ、もしかしてだけど、高鴨穏乃って人、知ってるか?」

和「え!? 知ってます! 須賀君も穏乃の友達だったんですか?」

京太郎「う~ん……どっちかというと、穏乃のおばあちゃん――雪乃さんと仲が良かったんだけどな」

和「えっと、たしかお土産屋でしたっけ?」

京太郎「和菓子屋でもあるけどな。和菓子を買うため、その店によく行ったんだ。最初は親と一緒に、だけどな。……雪乃さん、優しくって。いろいろよくしてくれたよ。学校帰りとかしょっちゅう雪乃さんのところに遊びに行ったっけ……いい思い出だ」

 雪乃さんには大切なことをいろいろ教わった。京太郎の人生観の一部は、彼女によって形作られたと言っても過言ではないくらいだ。

 京太郎にとっての初恋は咲であることに間違いはないが、雪乃さんにもほんのり淡い恋心を抱いていた。

 年齢差は大変なことになるけど、それはまあ……。

和「穏乃とは、そのときに?」

京太郎「ああ。小学校は違ったけどな。雪乃さんを通して紹介された。遊んだのは数回だけど……まあ穏乃はあんな性格だ。人見知りだった俺とも、仲良くしてくれたよ。いいやつというか……すごいやつって印象だった」

和「……そうですね、私もそう思います」

 奈良で過ごした三年間、それは幸せな時間だった。

 奈良に来る前はあんなに心が苦しかったのに……。

 ――苦しかった?

 あれ?

 何で苦しかったんだっけ?

 何で俺、引っ越したんだっけ?

和「そのころ穏乃はどんな感じでした?」

京太郎「見るか? アルバムにそのころの写真があるし」

和「お願いします」

京太郎「あ、そうだ。小6の穏乃も見たいな。どんな風に成長したのやら」

和「じゃあ、私もアルバムを持っていきますね」

 持っていく? 持ってくるじゃなくて?

和「須賀君の家へ」

カピ「のどかちゃんのこと好きなの?」

京太郎「ん? おもちが大きいから好きだぜ。咲と絡ませたら最高の百合ップルだろうな……」

 胸の大きさに差がある百合ップルは最高。京太郎が辿り着いた、一つの真理だった。

カピ「そうじゃなくて、恋愛感情的に」

京太郎「ははは、まだ出会って一ヶ月も経ってないんだぜ? どうやって惚れるんだよ」

カピ「そういえば気になる! どうしてご主人さま、咲ちゃんのこと好きになったの?」

京太郎「え~? うふふふ///」

カピ「なんか気持ち悪い」

京太郎「いろいろ咲のことが気になるイベントはあったんだけど……決定的だったのは修学旅行のときだな」

カピ「お、何だかまともそう」

京太郎「修学旅行の一日目、夕食の時の話だ。その夕食はいくつかのコースから好きなメニューを選べた。まあ若者の集団なわけだからみんな肉料理とかを選んでた。その中で咲は秋刀魚の塩焼きを頼んでたんだ。いや、秋刀魚の塩焼きも、もちろん美味しいよ? でも、それを選ぶ人は少なかったからさ、思わず注目しちゃったんだ。それでな、すごいんだぜ、咲。すっげー綺麗に魚を食うの。骨と身を綺麗に分けて、食べれるところは全部食べて、最後に残るのは綺麗な骨。俺、魚食うの苦手でさ、親に厳しくしつけられたからそこそこ綺麗には食えるんだけど、咲のは今までに見たことがないくらいに綺麗だった。あのときは、もう、マジで惚れたね。結婚したくなった」

カピ「目の付けどころが、シュールです」

京太郎「そうかな、惚れ惚れするぜ?」

カピ「まあ、それはいいんだけど……のどかちゃんが来る前に本棚の百合本は隠してね」

京太郎「……忘れてた」

 本棚上部から下部までそびえ立つ百合! 百合! 百合! こんなの見られたらドン引き間違いなし!

京太郎「片付け完了!  あとは和が来るまでゆるゆりの最新刊を読んで待ってよう」

カピ「片付け完了してない!」

京太郎「………………」

京太郎「……ふへっ」

京太郎「…………ふぬっ」

京太郎「……ふぅ。ゆるゆりは百合じゃないよなー。ほんのり百合っぽい、友情日常漫画って感じ」

カピ「そうなの?」

京太郎「ひまさくは百合だけど」

カピ「あれ」

京太郎「結京も百合だけど」

カピ「おい」

京太郎「あれ? やっぱり百合漫画じゃね?」

京太郎「っていうか、この世の漫画は全部百合漫画じゃね?」

京太郎母「京太郎ー! お友達が来たわよー!」

京太郎「うおおっ! 思ったより来るの早い! ゆるゆりは……ベッドの中にでも入れとくか」

カピ「ガンバッ!」

京太郎「いらっしゃい、和」

和「お邪魔します、須賀君」

 部屋に和を招き入れる。

 普段部室でしか会わない人が自分の部屋にいるのは何だか不思議だった。

和「……何だかいろいろと驚きました。須賀君ってお金持ちだったんですね」

京太郎「違う違う、お金持ちなのは俺の親」

京太郎「尊敬はしてるけどな、親のこと」

京太郎「ま、そこに座ってくれ」

 小さいテーブルの前に置かれた座布団の一つを指さす。

 和が座ったのを確認し、その反対側に京太郎も座る。

和「須賀君、結構本を読むんですね」

 本棚を見上げながら和は言った。

 ちなみに百合本棚はクローゼットに入れ、普段はクローゼットに入れている麻雀関連の本棚を外に置いてある。

 カモフラージュのためだ。

和「麻雀関連の本がいっぱい……これ、一年やそこらで集められる量じゃない気が……」

京太郎「ん? ああ、5,6年分くらいだけど」

和「須賀君って麻雀を始めたの、最近じゃなかったですっけ」

 ……そういうことにしてるんだった。

 自分の昔話は秘密にしておくようにやっさんに頼んだのだ。

 本当は強いんだぜー! とか恥ずかしいし。

 つーか今の俺じゃ、誰にも勝てないから、バレるわけないんだけどな!

京太郎「えーと、打ち始めたのは最近だけど、本とか見て研究は昔からしてたんだ」

京太郎「さ、そんなことより、アルバム見ようぜ」

カピ「キュー!」

京太郎「ん? お前も見たいか?」

カピ「うっす!」

和「いま喋りませんでした!?」

京太郎「珍しいな、和がそんな変なことを言うなんて」

カピ「キュー」

和「き、気のせいですか」

京太郎「そうそう。カピバラが喋るとか非科学的。せーの、はいっ……『そんなオカルト』?」

和「それ、持ちネタじゃないです!」

 1ページ目。

 手をつないでる写真。

和「仲良かったんですね」

京太郎「懐かしいなあ……」

 家族同士で写っている写真。

和「家族ぐるみの付き合いだったんですね」

京太郎「むしろそっちが中心だったかな。よくいろんなところに行ったなぁ。山とか、キャンプ場とか、山とか、なっらーけんこーらーんどとか、山とか」

 山での写真が何枚か出てくる。

和「このときから穏乃、山が好きだったんですね……」

京太郎「へえ、その言い方だと今も好きなのか? うん、確かにあいつ、山には並々ならぬ執念があったし。一回だけ、だけどな。俺と穏乃の二人で山に登ったんだよ。近くの小さな山。まだあのときは幼かったし、遭難――ってほどじゃないけど迷子になって――」

 心細くて、不安で、怖くて、泣きそうだった。

 でも穏乃は違った。

 楽しそうだったんだ。

京太郎「怖くないの?」

 あのとき、俺は聞いた。

 その質問に、うん、と答えるだろうと期待して。

穏乃「そんなことないよ。山は怖いものなんだよ」

穏乃「天気だって、動物だって、地形だって、山は人間に牙をむくことがあるんだ」

穏乃「それでも、そういうことをちゃんと理解したとき」

穏乃「山は私たちにいろんなものを与えてくれるんだ」

穏乃「私は、楽しさをもらった」

穏乃「山は怖いけど、楽しいんだ!」

 そのときの穏乃の顔を見ているうちに、心が落ち着いたんだ。

 落ち着いた心で周りを見回したら、帰り道が何となく見えたよ。

 ……あ、この話にオチはないんだけど、印象に残ってる、大切な思い出だ。

和「私も、穏乃と登ったことがあります」

京太郎「お、そうなのか」

和「1つだけ穏乃に言いたいことは、山登りに適した格好をすべきということです」

京太郎「その辺はなあなあで済ませよう」

和「いいんでしょうか……山登りが好きなある人が『こんな格好で山登んな! 小さい山だろうが慣れた山だろうが関係ねえ! 山なめんな!』って激怒してましたけど」

京太郎「どんなものでもマニアというのは面倒くさいものだからな」

 百合男子もそうだけど。

京太郎「さてと、次のページ……」

 一緒にお風呂に入ってる写真。

京太郎「……は、また今度にして、和の持ってきたアルバムを見せてくれ!」

和「何ですか、今の写真」

京太郎「恥ずかしかったのでナシ」

和「お風呂ですか」

京太郎「まだお互い幼かったからな――実に微笑ましいよな!」

和「はぁ……まあ、普通ならそうなんでしょうけど……穏乃の場合はそうはいかないような」

京太郎「へ? なんで」

和「穏乃が小6のときの写真です」

京太郎「変わってない」

和「こっちが中1のときの写真です」

京太郎「難易度の高い間違い探しか」

和「最後、引っ越すときに撮った写真です」

京太郎「女の子らしくなった……ということはなかった」

和「つまりその写真は幼かったころの微笑ましい1ページというわけにはいかないんです。今現在の写真と言っても過言じゃないんです」

京太郎「いや、その理屈はおかしい」

 本当におかしい。

和「というわけでこの写真はお預かりするということで」

京太郎「いやいや、なんでそうなる……ハッ」

 もしかしてもしかすると。

 百合名場面図鑑収録「あの子の写真を持ってるのは私だけじゃないとイヤ」なのか!?

 そういえば和のカバン。誰かから貰ったんじゃないかと妄想したが、あれは現実!?

 あのカバン、穏乃のイメージとマッチングしてるし! 間違いない!

 穏和は現実だったんだ! 百合はファンタジーじゃなかったんだ! 百合は現実だったんだ!

京太郎(いや、落ち着け俺、素数を数えるんだ。2,3,5、7、11、13……あ、間違えて奇数を数えるの忘れてた)

和「どうしたんですか?」

京太郎「なんでもない、とにかくその写真を元の場所へ」

 手を伸ばす。少し届かなかったので体を乗り出した。

和「そんなに必死に取り戻そうとするとは……やはり」

京太郎「ないない、ありえな、うわっ!」

 バランスを崩す。

 和を押し倒す。

 ベッドにダイブ。

京太郎「………………」

和「………………」

 今朝見た、夢のことを思い出した。

 目の前の少女が咲だったらな、と思った。

京太郎「和……」

和「す、須賀君」

カピ「キーッス!」ヘイッ!

カピ「キーッス!」ソレ!

和「あれ、なにか言いました?」

京太郎「……ちょっと待っててくれ」

和「なにをするんですか?」

京太郎「カピを可愛がってくる」

和「それ今する必要あるんでしょうか……」

京太郎「クッ……まさかこのことを教えなければならないとは」

和「な、なんですか」

京太郎「誰にも言うなよ?」

和「は、はい」

京太郎「俺と和、二人だけの秘密だからな?」

和「わかりました」

京太郎「実は俺……一時間に一度はカピをモフモフしないと手が震えたりするんだ」

和「モフモフ中毒ってやつですか? 大変ですね。もしモフモフしなかったら、いったい……」

京太郎「俺自身がカピバラになる」

和「予想通りです」

京太郎「と、いうわけで、さあ! こっちの部屋でモフモフだ! カピ!」

カピ「堪忍してくれー!」

 バタンッ!



――――――――――――



京太郎「と、いうわけで、さあ! こっちの部屋でモフモフだ! カピ!」

 須賀君はニコニコとした表情でカピさんを抱きかかえた。

カピ「堪忍してくれー!」

 気のせいだろうか。喋った気がするのだが。

 いや、そんなオカルト――いや、やめよう。持ちネタ扱いされる。

 バタンッ!

 扉が閉まる。

和「そういえば、さっき……」

 ベッドに倒れたとき、背中にゴツっとしたものが当たった気がする。

和「何でしょう、四角い感触でしたけど……」

 布団の中に手を入れると、中から本が出てきた。

和「漫画……でしょうか?」

 タイトルは「ゆるゆり」。聞いたことはない。

 しかし、その本が放つ魔力に、和は冒されていた。

 読んでみたいという、恐ろしい魔力に。

和「……須賀君が来るまでの間、読んでみましょうか」

 カピをモフり終えた京太郎は、自分の部屋に戻ってきた。(※モフる=人前で喋らないように指導すること)

京太郎「わるい、和。遅くなった」

和「い、いえ。だ、大丈夫です」

 ……何故だろう。

 心なしか和の顔が赤い気がする。

 そしてそれ以上に。

 和から百合のにおいがする気がする。

和「ま……まさかあんな世界があっただなんて」

京太郎「和?」

和「は、はい!」

京太郎「もしかして、体調が悪いのか?」

和「い、いえ! そういうわけでは」

京太郎「ならいいんだけど」

和「そ、そうです、須賀君! カピさんは?」

京太郎「今は眠ってる」

和「そうなんですか」

京太郎「物理的に」

和「どういうことですか!?」

京太郎「俺のモフりテクが気持ちよかったんじゃないか?」

和「妙な造語を創らないでください」

京太郎「さて、それじゃ本格的に和が持ってきた写真を見ますか!」

 和の写真。和と穏乃と知らない女の子ふたりの写真。

和「この子――憧というんですけど、誰かに似てると思いません?」

京太郎「えー? うーん……俺の知ってる人?」

和「もちろん」

京太郎「むむむむ……」

 普段は女の子を百合妄想のために使っているので、あんまり顔を覚えていないのだ。

 大事なのは関係性だし。

 顔の良し悪しなんておまけなのだ。

 でも、今回は違った。

 答えの少女が唯一、京太郎が百合妄想を出来なかった人物だからだ。

京太郎「ゆうき……そうか、優希か!」

 ちゃんと顔を覚えている三人のうちの一人だった。

和「そうです。あれ……思ったより時間がかかりましたね……即答すると思ってたんですが」

京太郎「はは……いや、こういうの苦手でさ」

 そのとき京太郎の脳裏にあるひらめきが宿った。
 
 まだ京太郎は疑問に思っていたのだ。

 なぜ優希で百合妄想をすることが出来ないのかと。

 もしその原因が容姿なら。

 優希と似た憧という少女でも百合妄想は出来ないかもしれない。

 そうなると疑問が解消される。

京太郎「……行こう」

和「行くって、どこへ……」

京太郎「奈良」

和「え」

京太郎「吉野へ行こう!」

和「今からですか!? 五時間はかかりますよ!?」

京太郎「時山さん」

時山「はい、ここに」

京太郎「ヘリ、出してもらえますか」

時山「かしこまりました」

和「え? え? え? 執事さん?」

時山「ちなみに私、萩原さんの旧友です」

和「なんかこの人、めちゃくちゃ下手な伏線を張りましたよ」

京太郎「そういうのは伏線とは言わない」



6・終

7・


 空。

 それは無限に広がる自由のキャンパス。

 この空間を支配することは人類の夢。

 また、ポエムってしまった。

 ……とにかく、上空1000メートル。

 京太郎と和は空中散歩を楽しんでいた。

和「自家用ヘリって……須賀君、どれだけお金持ちなんですか……」

京太郎「金持ってるのも稼いだのも親だって。俺はすねをかじってるだけー」

 褒められたことじゃないのかもしれないが、「親のお金には頼らない!」と言ったことがない。

 親の支援なしに生きていくことなんてまだ出来ないし。誰だって親に守られて生きていくんだし。

 精神だけ独立しても、それはただの反抗期だ。

 本当に親に反抗したいなら経済的にも自立しなければだめだ。

 反抗したいと思ったことはないけど。

 将来、どうやって生きていくかも決めていないのに。

京太郎(そういえば染谷先輩は、もう将来のことを考えてるんだっけ)

京太郎(すごいよな……染谷先輩)

京太郎(俺も、考えてかなきゃ……ならないよな)

 父親の神社を継ぐにしても。祖母の会社を継ぐにしても。

 百合愛を活かせる仕事ができればいいのかもしれないけど、お金が得られるようになった趣味は楽しくないとも言うし。

 麻雀のプロは……一度潰えた夢だし。

 飛行機にはもう何度も乗ったことがあるが、ヘリコプターに乗ったのは初めてだ。

 しかもそのヘリコプターは部活の友人のもの。

 そしてその友人、須賀君は遠くを見る目で、考え事をしているようだった。


和「あの、大丈夫ですか?」

京太郎「………………」

 呼びかけても返事がない。私の声が耳に届いていないようだった。

和「須賀君!」

京太郎「ぅおっと、すまん、考えごとしてた」

和「穏乃のことですか」

京太郎「いや、将来のこと」

和「唐突ですね」

京太郎「そうか? 俺の頭の中じゃ、論理的なプロセスがあったんだけどな……なぁ、和」

和「何ですか?」

京太郎「和は、将来の夢、あるか」

 真剣な顔だった。

 彼は、ときどきこういう顔をする。

 出会ってからまだ少ししか経っていないけれど、もう数回ほどこんな顔を見た。

 その真剣な顔を見ると、わたしはギクリとする。

 怖いのだ。

 何かを抱えてそうな瞳。モヤモヤとしたものがお腹の底で渦巻いているような嫌悪感。

和「……小学校の先生とか、お嫁さんとか、色々なってはみたいものはあります」

京太郎「いいな、それ」

和「だけど、だからといって、なれるわけじゃないですけどね」

京太郎「と、いうと?」

和「いえ、別に……そう思っただけです」

京太郎「親、か?」

和「……その何でも見透かしてるような態度、好きじゃないです」

京太郎「堪えるなぁ。いろんな人にときどき同じこと言われるけど」

和「……すみません」

京太郎「俺は親からの支配とか、そういうの感じたことないから、和の気持ち……わからないよ」

京太郎「だから俺がいくら良いことを言ったところで、それは上辺だけの台詞だ。誰かの借り物の台詞だ。何か悩みがあったとしても、それを解決できるのは俺じゃない。……きっとそのうち、それを解決してくれる誰かに出会えるよ」

和「……はい」

京太郎「でもさ、話したら少し楽になることもあるし、聞かせてくれないか。解決はできないだろうけど、聞くことは出来る」

和「そういう須賀君にもあるんじゃないですか?」

京太郎「なにが」

和「悩み事、です」

京太郎「……う~ん、特に……思い当たることはないな。いくつか疑問とかはあるけど、悩み事ってほどのものじゃないし。基本俺、お気楽に生きてるからなー」

和「本当に、そうですか?」

 須賀君の目を見ていると湧いてくるこの感情。

 須賀君の過去に、何かあったのではないかという疑惑。

 それはまだ消えていない。

 和の目は真剣だった。

 言い逃れできなさそうな空気。

 しかし、京太郎にとっての悩み事は、他人に話せることではない。

京太郎(『どうして百合アンソロジー「つぼみ」が休刊になったのか悩んでる』なんて、とてもじゃないけど言えねえ……)

 この真実を知ったときは悲しくて悲しくて、どうしてこの世界はこんなにも残酷なんだろうと嘆いたものだ。

京太郎「……やっぱり、悩んでることなんて、思いつかないな」

和「そうですか……そうなんですね」

 納得いかないようではあったものの、それ以上の追求はなかった。

和「私も将来のことをいろいろ考えたりしますけど」

京太郎「おう」

和「でも今は目の前に大きな課題があるんです。まずはそれをどうにかしないといけないと思ってます」

京太郎「課題? それって……」

 和は言うべきか言わざるべきか少し悩んでいるようだったけど、観念したかのように息をついた。

和「今年のインハイ、優勝できなかったら麻雀をやめさせられるんです」

京太郎「……そっか」

和「………………」

京太郎「残りの部員、見つけなきゃな」

和「……見つかるんでしょうか」

京太郎「そりゃ、きっとどこかに」

和「でも、三年生も二年生も一人ずつしかいなかったんですよ? もう私たちの学年は二人いるのに、あと一人見つけるなんて……」

京太郎「大丈夫だって、必ず見つかる」

 そのとき京太郎の脳裏に横切ったのは咲の姿だった。

 あいつなら、麻雀をやってくれるかもしれない。

 誘ってみよう、そしたらきっと何かが起こるはずだから。

時山「あと五分で到着です」

京太郎「ありがとう、時山さん。例のもの、用意は出来てますか?」

時山「こちらです」

和「須賀君、そのかばん、なんですか?」

京太郎「見たいか? ほら」

 カバンの中に入っていたのは、女性用の服、一式。

和「わぁ、かわいい……ブランドは……D.A.SUTUARTですか。私、ここの服、好きなんです。NAGANO STYLEとコラボしたシリーズは大流行でしたよね」

京太郎「NAGANO STYLEの服もあるぜ」

和「これ、今春の新商品ですね!  NAGANO STYLE、好きなんですか?」

京太郎「おう、メンズ商品も充実してるからな。少ない布面積に盛り込むふんだんな装飾は海外でも高評価されてるらしいぜ。デザイナーの長野雫さんが、海外の賞を取りまくってたみたいだし」

和「でも、どうしてこんな服を?」

京太郎「和、言ってただろ? 穏乃は今、阿知賀女子に進学してるかもしれないって」

和「実際のところはわからないですけど……」

京太郎「穏乃の家に電話して確かめたんだ。どうやら本当に阿知女みたいだぜ」

時山「そのようにお聞きしました」

和「そうなんですか」

京太郎「で、穏乃は今どこにいるか聞いたんだ。どうやら穏乃は、麻雀部の活動で学校にいるそうだ」

和「麻雀、ですか!」

京太郎「驚くようなことなのか?」

和「いえ……。穏乃、小学校卒業と同時に麻雀をやめていたので……」

京太郎「……そうだったのか」

和「そうですか……よかった」

京太郎「また穏乃と打ちたかったのか」

和「え……いや…ふふ、そうですね。打ちたかったんだと思います」

京太郎「……よかったな、和」

和「……はい」

 きっと和にとって、奈良で過ごした数年は大切なモノだったのだろう。彼女はそういうことをはっきりというタイプではないのでわかりにくいけれど。

和「で、結局その洋服はなんのために……?」

京太郎「と、言い忘れてた。女装のためだよ」

和「えっと……よくわかりません」

京太郎「阿知賀女子学院は女子校だぜ? 女子校は百合の聖地! 男っぽいものは取り除かねばならない! 男の俺も本来なら立ち入るべきではないが……今回は事情が事情だ。極力百合の園を汚さないように女の子になる配慮ぐらいはするべきかと思ってな!」

和「何を言ってるのやらさっぱり……」

京太郎「阿知賀は共学化しやすい学校だが……この世界線は共学化しなかったんだ。いや、共学化なんてしたら百合の花が枯れるから勘弁願いたいんだが……」

和「えっと……結論は」

京太郎「女装したいから、女装する」

和「なるほど、須賀君の声って、女装しそうなタイプの声ですもんね」

 ……そこまで思い切ったことは言ってない。

京太郎「和は少しぶっちゃけすぎるところがあるよなー」

和「そんなつもりはないんですけど……せっかくだし、もう少しぶっちゃけてみましょうか」

京太郎「和に『ぶっちゃけ』という言葉は似合わないというぶっちゃけをしたいところだけど、どうぞ」

和「どうして須賀君、急に奈良に来ようと思ったんですか?」

京太郎「えっと……それは」

 優希への思いが何なのか確かめるため。

 ……そんなこと言えない。

京太郎「穏乃に久々に会いたかったから」

和「それ、本当ですか」

京太郎「和……お前まさか本当の理由を知って……!」

和「本当は最近の阿知賀スレブームに便乗しようとしてるんじゃないですか」

京太郎「ぶっちゃけた!」

 ちげーよ!

和「もしくはシリアス展開ばかりが続くのが辛くてギャグ展開で済みそうな場所に緊急避難してるという可能性も」

京太郎「到着だぜ……! 阿知賀……!」

 素早く服を着替え、京太郎はヘリから飛び出した。

 新子憧は、刺激的なことが好きだった。

 しずは、刺激的な少女だ。

 私がしずのそばにいたいと思ったのは、そんな刺激的なところに惹かれているのだろう。

 しずのそばにいたら、刺激的で、楽しい日々が続くのだ。

 部活の休憩時間、憧は屋上へ風に当たりに来ていた。

 屋上は四方が高いフェンスに囲まれていて多少開放感は損なわれているものの、校舎の周りの森林を一望できて気持ちがいい。

 頭をつかう麻雀を得意とする憧にとって、頭の休憩のために屋上は最高の休憩場所だった。

 ……ところで。

 刺激的なことが好きとは言ったが。

 ヘリコプターが私をめがけて飛んでくる。

 エンジンの音なのかプロペラの音なのかはわからないが爆音が耳をつんざく。

 そのヘリから一人の少女が飛び出してくる。

 息を呑むほど美しい少女だった。

 パラシュートが開く。

 美しい少女は優雅に体を動かし、巧みに軌道を修正しながら。

 ゆったりと、憧のいる屋上へ着地した。

 空から降ってきた美しい少女。

 屋上を吹き抜ける風で長い髪がうねる。

 その少女は輝いているかのようだった。

 少女は空を見上げ、自慢気な声で言った。

京子「なるほどSUNDAYじゃねーの」

 SATURDAYだ。

 ほどなく、ヘリも着陸し、中から出てきたのは、憧もよく知る少女だった。

和「須賀君なんでわざわざパラシュートなんて使ったんですか」

京子「特に意味は無いよ。そして今は京子と呼んで!」

和「跡部人気に便乗するためですか」

京子「和、ぶっちゃけキャラになる気か」

憧「の…………」

和・京太郎「ん?」

憧「和ぁ!?」

和「お久しぶりです、憧」

 ……ここまで刺激的なことは求めていない。

 京太郎が初めて女装をしたのは中学1年生。

 百合を汚さないために始めた女装。

 でも今は百合とは別の独立した趣味になっている。

 どうしてこの趣味は理解者が少ないのだろうか? こんなに可愛い服を着られるのに。そもそも男の服にはキュートさが足りない。もっと男の服にもフリフリなやつがほしいです。

 最近スカートがメンズファッションとして取り入れられたときは「俺の生まれる時代は間違ってなんかいなかった!」と思ったものだが、実際のところ、まだ一般化してないし、そもそもスカートと言ったってミニは許されていない。丈が長くてゆるふわ系フリフリスカートも大好きではあるのだが、短いやつも履きたいのだ。てなわけで今、俺はミニスカート姿だ。

 いや、「俺」という無粋な一人称はやめよう。

 私、須賀京子は阿知賀女子学院に降り立っていた。

 女子校である。

 女子校である!

 百合の聖地である!

 少子化の影響で共学化なんてしてないのである!

 阿知賀に来た途端、そこらかしこから百合の香りが漂ってきた!

憧「………………」

 阿知賀に来て一番最初に目についた少女もまた、ほのかな百合の香りに包まれていた。
 
京子「はじめまして!」

憧「あ……はい、はじめまして」

 握手をする。

憧「えっと、和、この子は……?」

和「須賀京太郎、男です」

憧「え」

京子「はい?」

憧「え」

和「須賀君、こちらが先ほど写真でお見せした新子憧さんです」

京子「へえ……『女の子は一年もあれば見違えるぐらい変わるものだ』と本藤先輩が言ってたけど、本当なんだね! 私、感心!」

和「案外あっさりなリアクションですね」

京子「女の子はいつでもかわいくなれるんだよ? 私、知ってる」

和「カプ総合スレや阿知賀スレで『憧の急成長に驚く』シチュエーションの話がたくさんあるから、競合を避けるためにあっさりなリアクションしたのかと。ぶっちゃけそう思いました」

京子「ぶっちゃけキャラはやめよう、和」

 しかしこんなに姿が変わってしまうと、本来の目的である「優希への思いが何であるか確かめる」が達成できなくなる。

 わざわざ奈良まで来て得られるものがなにもないのでは、悲しくなってしまう。

 そこで、新たな目的を思いついた。

 百合の種探しである。

 百合の種探しとは。

 もうすぐ百合ップルになりそうな女の子を探して事前に仲良くなり、女の子たちがゆりゆりしているさまを観察させてもらうことだ。

憧「えっと、あの」

京子「あなた、恋、してる?」

憧「はい?」

京子「好きな女の子、いる?」

憧「え、ちょっ、まっ」

京子「いるんだね! 私、応援してるから!」

憧「え? う、うん」

京子「LINEのID交換しよう! それで逐一、好きな女の子とやったイベントを報告してね!」

憧(え? あれ? どうなってんのこれ!?)

京子「ID!」

憧「あ、はい……」

 百合の可能性をひとつゲット。幸先のいいスタートだ。

京子「じゃ、他の百合の香りを追ってくるから、このへんで……」

憧「ちょっと待って!」

京子「どうしたの?」

憧「和。この人とどんな関係!?」

 いきなり旧友が謎の女装男とともにヘリで現れたら、そりゃ二人がどんな関係なのか気になるだろう。

和「須賀さんとの関係ですか」

京子「和ちゃんとの関係、かぁ……」

 部活仲間? 友だち?

 何だろう……、私と和の関係って。

 ……そういえば。

 ヘリの中で話し合った。

 将来のこと。将来、なにになりたいか。

 私たちは、将来のことを話しあった関係なのだ。

和・京子「将来のことを話しあった関係」

京子「だよ」
和「です」

憧「え」

憧「えええええええええええええええええ!?」

 阿知賀麻雀部室にて。

 京子は京太郎に戻っていた。

京太郎「ひどい……ひどい……この世界は俺の敵だ……」

玄「ど、どうしたの京太郎くん」

京太郎「玄さん……ここって女子校ですよね」

玄「うん」

京太郎「百合の園ですよね」

宥「ユリの花が咲くのは5月からだけど……」

京太郎「なのに男性教師がいるんですよ!?」

玄「え!? 普通だと思うけど」

京太郎「俺の知ってる女子校は男なんて一人もいないんです!」

玄「どういうこと!?」

京太郎「くそっ……これだから現実は……! もっと百合漫画を見習えよ……! こんな思いをするぐらいだったらカプ総合スレでいろんな女の子とインスタントにイチャイチャしてるほうがマシだ!」

穏乃「ねーねーきょーたろー。さっきの女の子の姿、もう一回見せてよー」

京太郎「よし、じゃ、着替えてくるぜ!」

灼「ハルちゃんはもうすぐ来るとおも……」

和「そうですか……それじゃ赤土さんが来るまでここで待っていていいですか?」

穏乃「赤土先生は今、職員会議中だから、30分もしないうちに来ると思うよ」

京子「手うがは大切だよ 手うがしようね!」

和「としのーきょーこー?」

京子「 !? 」

和「なんでもありません」

穏乃「わーすっごい! かわいい!」

憧「なじみすぎ!!」

 なじんでいた。

憧「っていうかしず! こいつと知り合いなの!?」

穏乃「きょーたろはうちのお得意さんだったんだよ」

憧「玄と宥姉は!?」

玄・宥「初対面」

憧「なじみすぎ!」

京子「すみません……憧さん……。私、邪魔でしたよね……。みんなと話すのが楽しくて、つい騒いじゃいました……。本当にごめんなさい……」

憧「え……いや……別に怒ってるわけじゃ」

京子「心配して損した!」

憧「譲歩して損したんだけど!?」

 元の姿に着替える。

 あまりに長い時間京子でいると、自らのパーソナリティを喪失しかねないからだ。

玄「和ちゃんと京太郎くんは将来のことを話しあった関係なんだよね?」

和「はい、そうですね」

玄「いいなあ~……憧れるなあ……」

京太郎「そんなに憧れることですか?」

玄「そりゃ当然! 女の子なら当然なのです!」

京太郎「じゃあ玄さんも俺達と将来のことを考えませんか?」

玄「えぇっ!? だ、だめだよ、そんな! 和ちゃんが怒るよ」

和「構いませんよ」

玄「寛容!? 長野ってそんなに爛れた場所なの!?」

京太郎「何故長野の悪口を……。温泉とかいっぱいあっていいところですよ?」

玄「うちにもいい温泉があるのです」

京太郎「へえ、いいですね! 温泉旅館か何かですか?」

玄「うん。あ、良かったら温泉、どうですか?」

京太郎「あ、それじゃあ、入ります。和も入るよな?」

和「いいですね、温泉。お願いします」

玄「ま、まさか一緒に?」

京太郎「なんでそうなるんですか」

玄「あはは、さすがにまだ早いよね! よかった!」

和「早い遅いの問題なのでしょうか……」

玄「とすると、お二人はどこまで……?」

京太郎「どこまで、とは?」

玄「二人で今までにやったことは?」

 二人でやったこと?

 う~ん、特に思いつかない。

和「そうですね……さっき須賀君の部屋でベッドに押し倒されました」

玄「すごく進んでる!?」

京太郎「あーあれかー。そういえばそんなこともあったな」

玄「そんなどうでもよさそうに……」

京太郎「まあ(バランスを崩して押し倒すなんて)よくあることですし」

玄「長野怖いのです」

京太郎「なぜさっきから長野へバッシングが……? いいところなんですよ長野。交通マナーが少しばかり悪いですけど」

玄「それって良い所だと言えるの……?」

京太郎「奈良も鹿さんの交通マナー悪いんですよね? それと一緒です」

玄「結構違う気が」

玄「でも羨ましいな……。和ちゃんのおもちを自由に扱えるなんて」

京太郎「え、扱えませんよ?」

玄「そこはまだ許してないんだ」

和「『まだ』ってなんですか『まだ』って。一生許しませんよ」

玄「そこはプラトニックなんだ……長野って訳がわからないのです。おもちを触れないとか……長野には行きたくないのです」

京太郎「長野に何か恨みでも……?」

玄「おもち帝国岐阜の隣に位置しながら、長野のおもちは平均以下の大きさしかないんだよ!?」

京太郎「ならば恨むのも致し方無いですね」

玄「そうなのです……ってあれ? 京太郎くん、おもちという言葉をなぜ……?」

京太郎「そういえば玄さん、なぜ俺が作った隠語を……?」

玄「…………」

京太郎「…………」

 この世に、奇跡は存在した。

 300km以上離れた奈良と長野で、同じ言語文化がまったく別の人間によって誕生していたのだ。

京太郎「奇跡ってあるもんですね……」

玄「うん……私、感動しちゃったよ」

 そこで京太郎はあることを思い出した。

京太郎「おもちスレって知ってますか」

玄「うん。私、あのスレの住人だもん」

京太郎「こんな形でオフ会をすることになるとは思ってませんでした」

玄「うん、仲間に会えて、私……嬉しい」

京太郎「俺もです。でもせっかくだったら他の住人さん……もち吉さんとか、†妖魔†さんとか、黒の騎士さんとか、チャチャさんにも会いたかったですね」

玄「京太郎くん……。ここで重大発表があるんだ」

京太郎「……なんですか?」

玄「その人達、全部、私の自演なんだ……」

京太郎「…………え」

玄「そう、それはあの日のこと――」

 おもちのことを語りたかった。

 おもちのことで夜を明かしたかった。

 でもそんな話を出来る人はいなかった。

 日に日に募るおもちへの思い。

 それは発散されることはなく。

 ――私は、私と語ることにしたのだ。

 掲示板を作り。

 自分のパソコンと、おねーちゃんのパソコンと、自分のケータイと、おねーちゃんのケータイと、旅館のパソコンを使い分け5つの人格を作り出し。

 たった一人でおもち談義をしていた。

 楽しい時間だったけれど、虚しさは募り続けた。

 だからその日現れたその人は、私にとってかけがえのない人だ。

 あなたが初めておもちスレを見たとき、私は人生であれほど嬉しかったことはなかった。

 時には心苦しいながらもあなたのおもち観を叩いたりもした。

 それでも私は、あなたに感謝している。

玄「ごめんね……自演なんかして……」

京太郎「玄さん……」

 痛いほど、彼女の気持ちが理解できた。

 京太郎にも似たような経験があったのだ。

 百合が好きになって。

 誰かと語り合いたいほど好きになって。

 でもそれを語れる人はいなかった。

 今でもあの頃のことを思い出すと心が寒くなる。

 大切な何かが欠けていたあの日々。

 それはちょうど紅生姜のない牛丼のようで。

 決して戻りたくない過去だ。

京太郎「いいんですよ玄さん……! いいんです……! そんなことはもう……!」

玄「でも、ずっと騙してたんだよ? 大切な京太郎くんを……ずっとずっと騙してたんだよ?」

京太郎「気にしてないです……! 玄さんの気持ち、とても良くわかりますから……!」

玄「京太郎くん……!」

和「そうですよ、玄さん。須賀君は玄さんの気持ちを良く理解してますよ」

玄「和ちゃん……!」

和「須賀君もよくSSスレで自演しまくって自分のスレを人気があるように見せかけてますし」

京太郎「これでぶっちゃけるのは最後にしよう、なっ?」

 しばらくすると、阿知賀麻雀部の顧問であるという赤土さんがやってきて、和と話していた。

 赤土さんが来た瞬間、灼さんの百合指数が十倍に底上げされ、歓喜したのは言うまでもない。

 京太郎はそっと部室を出ると、廊下にある自動販売機でビックルを買い、ベンチに座って瞑想した。

 阿知賀女子麻雀部は百合の土壌であるとともに、片思いしかない、悲恋の世界だ。

 灼さんの思いは一方通行だし、憧の思いも一方通行だ。

 百合の物語は悲しい最後を迎えることも多い。

 だからこそ現実ではハッピーエンドを迎えてもいいと思うのだ。

 憧と灼さんに、何とかしてハッピーエンドを与えられないだろうか。そう思った。

京太郎「……ん?」

憧「あ……」

 そこに、憧がやって来た。

京太郎「何か飲みに?」

憧「……やっぱ戻る」

京太郎「俺のことなんか気にすんなよ」

憧「……別に」

 京太郎は立ち上がり、自動販売機の目で財布を出した。

京太郎「何飲む?」

憧「ちょっ……自分で払うから」

京太郎「そうか、つぶつぶドリアンジュースか」

憧「カルピスソーダ!」

京太郎「はい、購入っと」

憧「あ……しま……」

京太郎「隙を見せたな」

憧「くっ……。それ、いらないから」

京太郎「俺、炭酸苦手なんだけど」

憧「……子どもみたい」

京太郎「よく言われる」

憧「……あーもう、貰うわよ! ありがとねっ!」

京太郎「助かるよ」

 近づこうと一歩踏み出した瞬間、憧は一歩、後ずさった。

京太郎「…………」スタ

憧「…………」スタ

 京太郎一歩前進。

 憧一歩後退。

京太郎「…………」スタスタ

憧「…………」スタスタ

 京太郎ニ歩前進。

 憧ニ歩後退。

 これはもしかして、俺、避けられてね?

 何故だろう。

 嫌われるようなことをしたか?

 したけども。

京太郎「俺のことは嫌いでも、LINEで百合話をする約束はやめないでください!」

憧「……別にあんたのことが嫌いなわけじゃないわよ」

京太郎「好きというわけでもないのか」

憧「好きになる要素ないでしょ」

京太郎「たしかにな」

 否定はできない。

京太郎「じゃあなんで近づこうとすると離れるんだ」

憧「あ……えと……それは」

京太郎「それは?」

憧「……苦手だから」

京太郎「なにが」

憧「お、男の子が……」

京太郎「はは、なるほどな」

憧「……ダメだよね、やっぱり、異性が怖いなんて」

京太郎「……そんなことねーよ」

憧「そんなわけない! 治すべきなんでしょ!?」

京太郎「いいじゃねーか、異性が苦手なくらい。無理して慣れようとする必要はないよ」

憧「でも……」

京太郎「治したいならゆっくり治していけばいい。慌てなくたっていいだろ」

 というか。

 治してほしくない!

 男嫌いとか最高じゃんか!

 それってもう百合に生きろっていう神様からのメッセージだぜ、きっと。

 憧がここまで育てた百合の芽を枯れないように守るのは、「男が苦手」というステータスなのだ。

 変な男に捕まったらせっかくの百合の芽が花を咲かせる前に枯れてしまう。

 そんなのは許せない。

京太郎「憧、俺は気にしないから」

憧「そっか……ゆっくりでいいんだ」

京太郎「ああ」

憧「……ありがとね、京太郎」

京太郎「?」

憧「うらやましいな……和」

京太郎「へ……? 憧、お前、なに言って……」

穏乃「大変だよ、きょーたろー!!」

 そんな憧との会話中、穏乃が慌てた様子で駆け込んできた。

京太郎「どうした!?」

穏乃「和が、和が、熱を出して倒れて……!」

京太郎「え……あっ!」

 そうだ。確かに今日の和の様子は変だった。

 普段はあんなにぶっちゃける性格じゃないのに、今日はやたらとぶっちゃけていた。

 あれは体調が悪くて調子がおかしかったんだ!

 松美館。

 看病しやすいよう、板場に一番近い部屋を貸してもらった。

 板場に氷があるからだ。

晴絵「疲れが溜まってたみたいね。この時期は生活の変化も多いし、体調を崩しやすいからね」

和「……そうですね」

穏乃「おかゆ持ってきたよ! 食べられる?」

和「ありがとう穏乃。いただきます」

京太郎「ごめんな、和……。俺が無理に連れ回したせいで」

和「いえ……私も気づかなかったですから……」

 ……そうじゃないんだよ、和。

 奈良に来たのは俺の勝手な用事で。

 それに巻き込んだのがいけなかったんだ。

 京太郎は立ち上がり和のそばを離れ、部屋の入口にいる時山さんのそばへゆっくりと後ずさった。

時山「原村様のご両親への連絡、完了しました」

京太郎「ありがとう、時山さん」

 場所が奈良だったのは不幸中の幸いか。

 もともと和が住んでいた場所なので、親同士の繋がりもあったため、奈良にいることで大きなトラブルにはならなかった。

時山「この部屋と隣の部屋を使わせていただくよう、手続きも致しました」

京太郎「……いつもすみません」

時山「いえ、お役に立てるのならば」

京太郎「……天江家でのことを思い出してるんですか」

時山「…………違いますよ。それに今の衣様は龍門渕家にいらっしゃるのでしょう? 龍門渕家にはあの荻原さんがついています。何の心配もいりません」

京太郎「……わかりました」

 夜。

京太郎「それじゃ和、何かあったら遠慮なく呼んでくれ。おやすみ」

和「はい、おやすみなさい」

 和のいる部屋を出た京太郎は自分の部屋に戻ろうとしたが、思い直してロビーに行った。

 ロビーの端にある自動販売機の前に立つ。

京太郎「……昼に一本ジュース飲んじゃったからな。一日二本は飲み過ぎ……」

 水を買う。

 出てきたペットボトルを目に近づけて、水の向こう側を見通す。

 水を通すとゆらゆらと世界が揺れる。

 それは牌の世界に似ていた。

京太郎「今日は牌に会えなかったな……」

 なぜだろうか。最近、牌のことを考える時間が増えた。

 今ごろ牌は何をしてるだろうとか、どんなことを考えてるのだろうとか、過去にどんなことがあったのだろうとか。

 考えるだけ無駄なのに、気づけばそんなことばかり考えていた。

 ゆらゆら揺れる空間に、揺れる人影が映った。

京太郎「……こんな時間に外出して親に怒られないのか」

穏乃「……和のことが心配で」

憧「ちゃんと許可は取ったわよ」

灼「部長としての責任もある……」

京太郎「大丈夫だ、今は安定してる。ゆっくり休めば元気になるはずだ」

穏乃「そっか……よかった」

 安堵したように三人はソファーに腰を下ろした。

京太郎「早く戻ったほうがいいぜ。許可を取ったとはいえ親も心配だろ」

穏乃「許可っていうのは松美館にお泊りする許可だよ」

京太郎「あ、そういうこと……よく親の許可取れたな」

憧「あんたの親はどうなのよ。いきなり外泊なんてして」

京太郎「ふ……俺の親か……?」

 視線をそらし、天井を見上げる。電灯が眩しかった。

穏乃「まさか……親」

京太郎「ああ……」

 視線を戻す。

京太郎「超怒ると思うぜ!」

穏乃「予想と違った!」

京太郎「はぁ……明日がこえーよ……。何時間説教されるのやら……下手したら説教だけで2ページは消費する可能性も……」

穏乃「のび太のパパか」

憧「和のこと……心配?」

京太郎「そりゃそうだろ」

憧「そうよね、将来のことを話しあった関係だもんね」

京太郎「? 確かに、そうだけど」

穏乃「どうやって二人は知り合ったの?」

京太郎「部活が一緒だった」

穏乃「ほほー……定番だね。で、告白はどっちから」

憧「ちょっと、しず!」

穏乃「ヘヘ……いいじゃんか」

京太郎「告白って何のことだ?」

憧「してないの!?」

京太郎「ただの友だちに告白なんてするわけないだろ」

穏乃「え? ……将来のことを話しあった関係なんじゃ」

京太郎「おう。将来、何になりたいかについて語り合った関係だぜ」

憧・穏乃「………………」

灼「知ってた」

京太郎「え? え? なにこの空気」

灼「アラタ」
 
 その後、旅館の雀卓で三人にボロボロにされた京太郎だった。

 麻雀終了後。

 京太郎は穏乃を外へ呼び出した。

 明かりの近くには虫が沢山いたため、少し暗がりになっていた池のそばへ。

 松美館の池は宴会所の窓から一望できる場所にあった。

 月明かりが池の表面で反射してきれいだ。

穏乃「どうしたの、きょーたろー」

京太郎「なんだかんだでゆっくり話せなかったからさ。思い出でも語ろうかと」

穏乃「思い出かー。実はそんなにないよね」

京太郎「まーな。期間的には短かったし」

 小学校が同じだったわけでも、一緒の麻雀教室に通っていたわけでもない。そんな都合の良い過去はないのだ。

京太郎「あのさ、穏乃は覚えてるか」

穏乃「なにを」

京太郎「俺がここに引っ越してきたときのこと」

穏乃「うーん……半分くらい」

京太郎「俺、何か言ってなかったか」

穏乃「……………………………………」

 穏乃は目を閉じて、顔を傾けた。

 忘れかけたことを思い出そうとしているのだろう。

穏乃「そういえば、ときどき言ってた気がする」

京太郎「なんて?」

穏乃「『あのとき、俺は足が動かなかった』って」

穏乃「『そんな情けない俺の隣を、あいつは駆け出した』」

穏乃「『あのとき俺がその役目を負っていたら、サキも、テル姉も、あいつも――あんなことには』」

京太郎「……その先は!? まだ他に何か言ってなかったか!?」

穏乃「ん……えっと……何か言ってたっけ」

 穏乃の肩を掴む。

京太郎「何でもいいんだ! どんな些細な事でもいいから、頼む!」

穏乃「い……痛いよ、きょーたろー」

京太郎「あ……わるい」

 肩から手を離す。

 手が痺れていた。どうやら知らないうちに強く握っていたようだ。

穏乃「なにか、あったの」

京太郎「…………」

穏乃「すごく、必死だった」

 見抜かれている。

 和は俺のことを「何でも見透かしてるよう」と表現したが、穏乃ほどではないと思う。

京太郎「今日、和とアルバムを見たんだ。俺が奈良にいたときの――つまり穏乃との写真。そのアルバムを見て気づいたことがある」

京太郎「そのアルバムに、空白期間があるんだ。二年間分の写真がすっぽり抜けていたんだよ」

 それは、記憶に蓋をした時間。

京太郎「俺がそのころの写真を捨てたのか、親が隠したのか分かんねーけど……思い出さなきゃならない」

穏乃「……わかった。あのときのこと、もっと思い出してみる」

 穏乃は黙って空を見上げた。

穏乃「ひとつだけ、思い出した」

京太郎「…………」

穏乃「『好きだったのに』」

京太郎「え?」

穏乃「『好きだったのに』って言ってた」

 次の日。

 阿知賀女子学院屋上。

 ヘリに乗り込んだ京太郎たちは阿知賀女子麻雀部の六人に見送られていた。

 プロペラの音が轟いている。

穏乃「和! そこからなら、みんなを見れる!?」

和「見えますよ!」

 大きな声で和は返事をした。

穏乃「これが、私たちのチーム!」

 穏乃が両腕を大きく広げる。

和「はい!」

穏乃「全国で和と遊ぶために、作ったんだよ!」

和「……!」

穏乃「全国、絶対来いよ、和!」

和「そんな約束は……いえ」

 和は京太郎の顔を横目で見て、覚悟を決めたように言った。

和「必ず、行きます!」

 奈良が離れていく。

 京太郎と和にとっての思い出の場所が。

京太郎「そんな約束はできない、っていうのかと思った」

和「そう言うつもりでした」

京太郎「じゃ、なんで」

和「ふふ、どうしてでしょうね」

京太郎「答えは?」

和「答えは教えませんよ」

 こうして、二人の奈良の旅は終わった。

 旅に意味を求めてはいけないとは言うけれど。

 大切なものを手に入れた気がした。



7・終

いつも乙レス、コメレスありがとう
書く気合いが入ります
……間違ってる部分はごめんよ! 気をつけます!

あ、残り2週間ぐらいで終わると思います

8・

京太郎「さあ、今日も牌ちゃんと戯れに、牌の世界に行こう」

 部室に一番乗りした京太郎は、卓の上に整理された牌に触れる。

 触れた瞬間に感じる、頭から血が抜けるような感覚にも随分と慣れた。

京太郎「到着っと……」

 辺りを見まわす。

京太郎「あ、いた。おーい、牌……」

 声をかけようとしたところで、あることに気づく。

京太郎「え……牌のそばにいるやつ、誰だ?」

 牌のそばにいたのは、遠目にもわかるイケメン高身長な男だった。


京太郎「は……? ちょ……どういうことだよ」


 頭が働かない。どうしてこんなことになっているのか。

 牌は、楽しそうな表情でその男と会話していた。


京太郎「……いや、別に……あいつが誰と話してようが俺には関係ないし」


 そうだ。牌と京太郎の関係はただのライバル関係なのだ。

 牌が誰と仲良かろうが、それはどうでもよいことなのだ。

 ――だけど。


京太郎「……帰ろう」


 話しかけることは出来なかった。

京太郎「咲……俺の白でお前の萬子の混一色に放銃してもいいか?」

京太郎「う゛ん゛、い゛い゛よ゛(裏声)」

友人「……何やってんのお前」


 誰もいない教室。

 そこでの一人小芝居を見られていた。


京太郎「ゆーと! 見て分かんないのか? 咲を麻雀に誘う練習だ!」

友人「へー、別のことを誘ってるようにしか見えなかったわ」

京太郎「真剣にやってたのに」

友人「はぁ……まったくお前は。もっと普通に誘えばいいだろ」

京太郎「うっ……そうなんだけど、恥ずかしくってさ」

友人「普通に話すみたいに誘えばいいだけだっつーの」

京太郎「あ、そうだ、ゆーと。麻雀部に入ってくれ」

友人「いいぜ」

京太郎「優しい」

友人「今の感じで咲ちゃんを誘えよ」

京太郎「難易度高い」

友人「ヘタレめ」

京太郎「言い訳できねえ」

友人「じゃ、ちょっと練習してみるか。俺を咲ちゃんだと思え」

京太郎「咲はもっとかわいい」

友人「うるせえ、さっさとやれ」

京太郎「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる! 入部しろ!」

友人「自由意志を尊重しろ」

京太郎「安心しろ! ――俺、須賀京太郎は不可能の力と共にここにいるぜ! 俺が咲の入部を受け止めてやる! だからお前は入部届を持っていけ!」

友人「壮大過ぎる」

京太郎「一緒の部に入部して、友達に噂とかされると恥ずかしいし……」

友人「もはや誘ってねえ」

京太郎「な゛ん゛で゛入゛部゛し゛な゛い゛ん゛だ゛よ゛! ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

友人「文字数稼げて便利!」

 いよいよ咲を誘う時がやってきた。

 特別なセリフも気障な口説き文句もいらない。

 ただ普通に言えばいいだけだ。

 外で本を読んでいる咲を見つけた。


友人「さあ、行け!」

京太郎「あ、明日にしないか?」

友人「行け!」


 どんと押された。


京太郎(ええい、ままよ!)

京太郎「咲~!」

咲「京ちゃん」

京太郎「まーじゃ……」

咲「まーじゃ?」

京太郎「まあ、じゃあ、学食へ行こうぜ!」

咲「その間投詞いる?」

 食堂。

 咲にレディースランチを注文してもらってる間に友人に首を絞められた。


友人「何やってんだお前は」

京太郎「く……苦しい。だ、だってさ」

友人「だってじゃねえ」ギュウウウウ

京太郎「しまってるしまってる! ここで決める! ここで決めるから!」ゴキゴキゴキ

咲「はい、レディースランチ、持ってきたよ」

京太郎「おーう……サンキュー……」ギュウウウ

咲「仲いいね、二人!」

京太郎「これが、仲良くしてるように……見えるのか」ゴキゴキギュウ

咲「じゃれてるだけでしょ?」


 それはひどい。

 友人は一旦その場を離れ、遠くから俺達を見守ることにしたようだ。

 正直友人にはこの場にいてアシストをして欲しかったのだか、この件は俺一人で片付けるべき問題らしい。


京太郎「咲……あのさ」

咲「おいしい?」

京太郎「あ、美味いぜ」

咲「それはよかった」

京太郎「…………ういっす」


 タイミングが見つからない。

 あれ、勧誘ってこんなに難しいことだっただろうか?

 ……いや、これは俺のせいだ。

 俺が咲に特別な感情を抱いているから、こんなふうになってしまったのだ。

 今は咲への感情は切り離そう。

 大切な友人を部活に誘う。それだけのことだ。


京太郎「咲、麻雀部に入らないか」


 溜めもせず、情緒もなく、京太郎はそう言った。


咲「……ごめん京ちゃん、麻雀キライだから」

京太郎「キライってことは、麻雀、出来るんだ?」

咲「まあ、そうなるけど」

京太郎「なら、大丈夫だ」

咲「大丈夫って……」

京太郎「どんな理由で麻雀が嫌いになったのかは知らねーけど、うちの麻雀部なら大丈夫」

京太郎「あそこなら、あのメンバーなら、たとえ嫌いでも――楽しく麻雀を打てる」

咲「……よくわかんないよ」

京太郎「えっと、つまりだな……あの、その」

咲「でも、京ちゃんがそう言うなら、そうなのかもね」

京太郎「咲……」

咲「いいよ、わかった。行ってみる」

 部室。

 新メンバー友人と見学の咲を連れてやって来た。


京太郎「みなさんいますかー!!」

本藤「しっ、須賀! 静かにしろ」

京太郎「ど、どうしたんです?」

本藤「部長が眠っていらっしゃる」

京太郎「はあ」

本藤「怖いから起こしてはならない」


 本藤先輩、トラウマ克服できてねえ。


本藤「っと、客か?」


 でかい図体、威嚇するような面で本藤先輩は言った。

 咲のやつ、怖がらねえよな……?

咲「宮永咲です。よろしくお願いします」


 なんの緊張もない様子で、咲はお辞儀をした。

 そういえば咲は他人に物怖じしないタイプなんだっけか。


友人「こここここんにちは! うううううう梅原友人です」


 ……よっぽどこっちのほうが怖がってた。


和「お茶入れますね」

咲「あっ……さっきの――」

京太郎「お前和のこと知ってんの?」

和「先ほど橋のところで――」

八坂「悪いね、ちょっとこいつに用事があるから先に打っといて!」

京太郎「やっさん?」


 和の言葉を全部聞く前に、やっさんに腕を引っ張られ、部室の外に出た。

京太郎「どしたよ」

八坂「……あいつはなんだ」

京太郎「どっちのことだ」

八坂「宮永さん」

京太郎「咲か……友だちだけど」


 フラれた相手だとは言えない。


京太郎「……どうしたやっさん、顔色、悪いぞ」

八坂「分かんないのか、お前には」

京太郎「え?」

八坂「……化け物だぜ、あいつ」

京太郎「なっ……」


八坂「いや、魔王か……?」


 麻雀の強い人間が発する何か。

 それは悪魔だとか魔物だとか、にも例えられる。

京太郎「いやいやいや、ちょっと待てよ。俺もそういうのを感知する力があるんだぜ? でも咲からは特に何も」

八坂「隠してるんだ」

京太郎「…………」

八坂「いや、隠れているのかもしれないな。意図的にか偶発的にかはわからないけど、強さが隠れている」

京太郎「なんでお前はそんなことがわかるんだ」

八坂「同種の物を見たことがあるからだ」

京太郎「同種の……もの?」

八坂「あの日――俺が麻雀をやめた日――見たんだ。あれに似た、なにかを」


 部室に戻り咲の打ち方を確認する。


京太郎「(……まじかよ)」

八坂「(わざと手を安くしたな。何のためだと思う)」

京太郎「(一位にならないため……とかか)」


 咲が麻雀を嫌った理由はわからない。だが人が麻雀を嫌いになる理由は限られている。

 その定番といえば、自分が勝つと他の人の機嫌が悪くなる、とかか。


八坂「(一位にならないため、か。それもあるが……それだけじゃない気がする)」

京太郎「(えっ!?)」

八坂「(もう一局見よう)」


 ――そこから始まる物語は、咲と和の物語。

 その日、咲は3連続プラマイゼロを達成したのだった。


 その日の放課後。

一太「部員、九人揃ったのかい」

京太郎「えっと、副会長さん。お久しぶりです」

一太「君ならやると思っていたよ。麻雀部再建」

京太郎「……あと一人、男子が足りてませんよ」

一太「僕を、入れてくれないか?」

京太郎「え?」

一太「君がいれば、会長はもう悲しまなくて済む」

京太郎「よくわからないですけど……入部なら大歓迎ですよ」


 ――こうして、男子も女子も団体戦に出られることになった。

 一週間後。

 通学路の途中、京太郎は草むらに隠れて観察していた。


友人「……何してんの、お前」

京太郎「指」

友人「……は?」

京太郎「いま、和が小指にキスしたんだ」

友人「おう」

京太郎「昨日、咲と和は指切りをしてたんだ。隠れて見てた」

友人「本格的に気持ち悪いなお前は」

京太郎「あれは百合名場面名鑑収録『あなたの触れた場所がじんじんするの……』だ!」

友人「もしかしてこれから先、原作にそって百合百合してる様子を観察するだけの話になるのか!?」

京太郎「いいな、それ!」

友人「よくねーよ。あと2週間しかないんだぞ。盛大に何も始まらないにもほどがあるわ」


 学校。


咲「じゃあお昼一緒に食べようねー」

和「はい、ではまた」

京太郎「咲……おまえ……和と仲良くなったのか」


 百合ップル誕生への歓喜で、京太郎はそう言った。


咲「うんっ」

京太郎「お……俺もお昼ご一緒してよろしいですか」


 もちろん、百合の観察のためである。

 合宿をしよう。

 そういうことになった。

 そして合宿の前日。

 京太郎はある場所にやって来ていた。 

 百合オンリーイベントである。

 合宿の日程と重ならないか心配であったが、ギリギリ一日ずれていたのだ。


京太郎「買うぞー! 超買うぞー!」


 pixivで追ってる好きな絵描きさんの新刊を素早く買う。

 しかし、京太郎にとっての本番はこれからだ。

 それは新人の発掘である。

 この業界は常に新しい人が入ってくる。

 そこにある金の卵を探す。やりがいのあることだった。

京太郎「とりあえず、まずは好きなカップリングの同人誌から見ていくか」


 絵柄も好みな「はるちは本」を発見。


京太郎「あの、読んでみてもいいですか」

女性「どうぞ!」


 ……うん、やっぱり好みの絵柄だ。


??「すみません、俺も読んでみていいですか」

女性「はい!」


 他に客が来たようだ。


京太郎「あ、俺、邪魔ですか? すみません」

本藤「いえいえ、そんなことは」


 紙袋を両腕にいっぱい抱えた、いかつい顔の男が、そこにいた。

 まさしく本藤先輩であった。

京太郎「…………」

本藤「…………」

京太郎「き、奇遇ですね」

本藤「お、おう、そうだな須賀」

??「ちょっとあんたら、そんなとこで立ち話してるんじゃねえよ」

京太郎・本藤「あ、すみませ」

八坂「…………」


 つんつん頭の、小柄でツリ目な少年が、そこにはいた。

 疑う余地なく、やっさんだった。

京太郎・本藤「……」

八坂「や、やあ!」

京太郎・本藤「……あ、この本、一部ください」

女性「ありがとうございます! やった、完売だよイッチー!」

一太「本当ですか!? やりましたねササヒナ先生」

京太郎・本藤・八坂「おっす」

一太「    」

京太郎「……」

本藤「……」

八坂「……」

一太「……」


 あのあと、四人は互いに連携し合い、目当ての同人誌を買い漁った。

 ほとんど無言でである。

 会場の出口で、その空気に耐え切れなくなった本藤先輩がようやく口を開いた。


本藤「……お前ら明日の合宿の買い物は終わったか」

八坂「あ、まだっす」

京太郎「じゃ、今からみんなで買いに行きますか!」

一太「いいですね、梅原くんも誘いましょう!」

 三十分後。


友人「みんなで集まって買い物って……。女子じゃねーんだから」


 ぶつくさ言いながらも集合場所にやって来た友人。


友人「お、いたいた。もうみんな集まってんのか」


 四人は、何か会話をしているようだった。

 タッタッタッと小走り気味に四人に近づき、耳を傾ける。

八坂「女にも性欲はあるんだよ勝手な童貞の妄想を押し付けんな !!」

京太郎「プラトニックラブをバカにしてんのかボケ! 距離感を楽しむものだろうが!」

一太「ひたすらにイチャイチャラブラブしてりゃいいんですよ! 現実感やら修羅場やらシリアス展開やら、そういうのは作者の自己満足ですよ!」

本藤「笑わせるな! 葛藤や修羅場を乗り越えてこそ真実の愛に辿り着けるのだ! そこに至っていない百合なぞ見せかけ! お前の意見こそ本当の自己満足なのだ!」

八坂「そう、肉体関係まで描かなくても良いみたいな風潮が広まったせいでアリバイ百合とかいうただの金儲け作品が量産されたんだ!」

友人「よし、帰ろう!」


 こんなやつらと同じ場所にいられるか!

 俺は一人で買い物するぞ!


京太郎「来たか、ゆーと!」


 見つかった。


友人「帰ります!」

本藤「今からカラオケ店で朝まで『百合ソング大会&百合談義』をするのだ。貴様には審査員になってもらうぞ」

友人「いやだああああああああああああ」

一太「僕が一番正しいことを証明してみせましょう」

八坂「はっ、笑わせるぜ先輩。今から宗旨変えの準備をしといたほうがいいですよ」

京太郎「つーか――……」


 ――梅原友人はこの日、未来永劫絶対に百合作品を読まないことを心に誓ったのだった。

 ――ただし、ゆるゆりは除く。

 次の日。合宿の日。

 合宿棟に向かう前に、京太郎は牌の世界に来ていた。


京太郎「……よう」

牌「京太郎!」


 牌の笑顔。

 それを見た瞬間、心がチクリとした。

 牌が見知らぬ男と会話をしていた場面を思い出したのだ。


京太郎「……すまん! 今から合宿なんだ。今日はもう帰る!」

牌「ちょっと待ってよ!」


 牌に腕を掴まれた。

京太郎「……どうした」

牌「最近、なんか変だよ」

京太郎「……気のせいじゃないか?」

牌「ち、違うもん」


 牌が握っている場所がじんじんする。


京太郎「ごめんっ!」


 手を振りほどき、元の世界に戻る。


京太郎「はあ、はあ、はあ……」


 部室で卓に掴まりながら、呼吸を整える。


咲「大丈夫、京ちゃん?」

京太郎「咲!? 合宿棟に行ったんじゃ……今の、見てたのか」

咲「道に迷っちゃって……いま来たばかりだよ。大きな音が聞こえたからびっくりして」

京太郎「そ、そうか」

咲「京ちゃん……辛そうな顔してるよ?」

京太郎「……んなことねーよ」


 誤魔化すしかなかった。本当のことを言うわけにもいかないし。


咲「……信じてあげて、京ちゃん」

京太郎「咲……?」


 事情がわからないはずなのに、咲はそう言った。

 もしかしたら何となくバレているのかもしれない。

 まさか俺が牌の世界に行ってるとまでは思わないだろうが。

 ……そうだ。ちゃんと聞こう。誰と話していたのか。その人とどんな関係なのか。

 勝手に勘違いするのはやめよう。

 次の日。合宿中。

 早朝に合宿棟を抜けだした京太郎は部室に向かった。

 牌に会いに行くためだ。

 旧校舎にはまだ誰もおらず、静かな空気が薄気味悪かった。

 卓の上に並べられた牌に触れようとして、手が止まった。


京太郎「まだ怖がってるのか、俺は」


 真実を知るのが怖い。

 出来るのならば真実を知らないままで生きていたかった。


京太郎「なんたるヘタレ具合だよ、俺は……!」


 目を瞑って、勢い良く牌を握りしめる。

 
 牌の世界。

 最近はどんどんと明るくなっていった牌の世界も、最近また少し暗くなった気がする。


京太郎「牌……」

牌「……来てくれたんだ」

 視線が合う。

 どうしようもなく逸らしたくなったけど、我慢した。

 目を逸らしてはいけない。

 逸らした瞬間にまた勇気を失ってしまいそうだった。


京太郎「牌、聞きたいことがある」

牌「……なに?」

京太郎「10日ほど前、お前が会話してた男、あいつ誰だ?」


 聞いてしまった。

 怖い。

 どうしてなのかわからないけど怖い。

 牌は、ゆっくりと口を動かした。


牌「お兄ちゃんだけど?」

京太郎「………………」

牌「?」

京太郎「……お兄ちゃん?」

牌「うん」

京太郎「あ……は……はははは!」

牌「え!? 笑うとこ!?」


 なんだ、なんだ、そういうオチか!

 うじうじ悩んでいたのがアホらしい。

 さっさと聞いてしまえば楽だったのに。


京太郎「……よかった」

牌「京太郎……」

京太郎「牌……」


 自然と、二人は体を近づけあった。

 そして――お互いの身体が触れ――。


卓「妹を貴様には渡さーーーーーーーーーーーーん!!」

 触れる前に突き飛ばされた。

卓「この獣め! 我が妹に気安く触れるとは!」

牌「あ、卓兄! おはよ」

卓「うへへへへ、おはよ我が妹よ」

京太郎「何だお前は!」

卓「我か? 我は《麻雀 卓》! 配牌を操る神なり!」

京太郎「配牌を操る、神?」

卓「敬い給えよ!」

京太郎「なーるほど……なぁ……」

卓「なんだ!?」

京太郎「お前かあああああ! 俺の配牌を8シャンテンとかいう糞配牌にしたのは!!」

卓「そのとおりだが?」

京太郎「だが? じゃねえ! さっさと治せ! ろくに麻雀できねーよ!」

卓「我から妹を奪おうとする蛮族にはピッタリの誅罰だ」

京太郎「悪魔あああああああああ!」

卓「野蛮人がああああああああ!」

牌「二人とも元気だねー」


 牌はニコニコしていた。

牌「卓兄、京太郎の配牌を良くして、とまでは言わないけど、普通に戻してあげてよ」

卓「な、なぜだ我が妹よ! どうしてこんなやつの味方をする!?」

京太郎「へっ」ドヤッ

卓「ええい、うっとおしい!」

牌「お願いだよ」

卓「く……」

牌「お・に・い・ちゃ・ん?」

卓「任せ給え!!」


 あれが兄という種族か……。なんと業の深い……。


卓「我が妹の頼みだから仕方なく貴様の配牌を普通にしてやったが……よく覚えとけ! これは貴様を認めたわけではない!」

京太郎「わかってるよ」

卓「貴様に妹はやらん!!」

京太郎「わかりましたってば、お義兄」

卓「おいいまてめえなんつった」

京太郎「つーかマジモンの兄妹なのか」

牌「んーとね、神様になってから兄妹になったんだよ。牌と卓は兄妹関係になる決まりなのだ」

卓「我は本物の妹と思っておるぞ!」

京太郎「オーケーオーケー」

卓「ええい、聞けいっ!」






 ……さてと。

 ここらで一つ、片をつけよう。

 今あるピースで思い出せることは全て思い出した。

京太郎「さて……そろそろ覚悟を決めるか」

牌「覚悟?」

京太郎「逃げていたことに立ち向かう」



 合宿の起床時間は7時半。

 現在は6時半。あと1時間ある。

 京太郎は自分の家に向かった。


京太郎「母さん」

母「どうしたの、京太郎。合宿中でしょ」

京太郎「俺が小学校1年生だった頃のことを、教えてよ」

母「……そっか。もう、いいのね」

京太郎「もう子どもでいられる年齢でもないしな」

母「ちょっと待ってて」


 京太郎の母は薄いアルバムを持ってきた。


母「これが、その時の写真よ」


 アルバムを受け取る。

 薄くて小さいアルバムなのに、ずしりと重く感じた。

 ゆっくりアルバムを開く。

京太郎「……ああ、そうか……やっぱり、そうなのか」


 そこに写っていたのは四人の子ども。咲、照、京太郎、そして――牌ちゃん。


京太郎「いや――牌ちゃんじゃない――みなも――宮永みなも」


 あの日、8年前。飛行機事故で命を落とした少女。

 咲の従姉妹である少女。

 俺が――。

 初めて好きになった少女。


8・終

9・


 その写真は、宮永みなもの最後の写真となった。

 それ以来、咲は写真が嫌いになった。

 わざわざアルバム委員になって、自分の写真が卒業アルバムにできるだけ載らないようにするくらい。

 写真はその当時の記憶を蘇らせるからである。

 咲は、カメラのレンズを避けるように生きている。たまたま映ってしまったときにはその写真を抹消するために全力を尽くす。昔は別に写真に映ることは嫌いじゃなく、むしろ好きだったのに。

 みなもの死は、咲を写真嫌いにした。

 みなもは、泳ぐことが好きであった。

 いや、正確には――水、海、川、魚、貝。そういう物ならなんでも好きだった。

 泳いでる魚をただ見てるだけでも楽しんでいたし、魚を食べるのも好きだった。

 魚は綺麗に食べた。みなもはよく、咲に対して魚のきれいな食べ方を伝授した。

 今でも咲はきれいに魚を食べる。

 そんな咲の姿をみなもと重ねて、京太郎は咲のことが好きになった。

 みなもの代用品として好きになったとも言えるけど。

 牌の世界は海に似ていた。

 みなもは自分の好きな海の世界を、牌の世界で再現したのだ。

 そこまでするぐらい、海のことが好きだったのだ。

京太郎「きっかけは事故、だったけ」


 咲はあの頃からよくこける子どもだった。

 道路の真ん中で、咲がこけたのだ。

 運悪く、そこにトラックが迫っていた。


京太郎「穏乃が言ってたのはこれか……」

京太郎「『あのとき、俺は足が動かなかった』」

京太郎「『そんな情けない俺の隣を、あいつは駆け出した』」

京太郎「みなもが、駆け出した」

京太郎「みなもは、咲を救ったんだ」

京太郎「自分の足を犠牲にして」

 

 みなもは泳ぐことができなくなった。

 泳ぐことは、みなもが好きなことの一つだ。

 それを奪われたことはそうとう悲しいことであったはずなのに。

 みなもは笑顔だった。

京太郎「そして、飛行機事故か」


 バイトでの、染谷先輩との会話を思い出す。

 親戚同士での海外旅行。

 宮永照、その妹のみなも。そして二人の従姉妹の宮永咲。その家族たち。

 楽しい旅行になるはずだった。

 

 整備不良による事故。

 それ以来、整備のことを学び、整備好きになった京太郎はここでは置いておく。

 ビルに突っ込んだ飛行機は、燃料を漏らし、ビルを燃焼させた。

 燃え盛るビルの中で、みなもは動けなかった。

 体を焦がす炎の中で、みなもは動けなかった。

 京太郎は蓋をした。

 好きだった少女、みなもの死を。咲との日々を。照との思い出を。

 蓋をして、無かったことにした。

 咲も、京太郎と一緒だったのだろう。

 ただ、咲は強くなろうとした。

 また誰かを傷つけてしまわないように。

 体育の内申点が10あるのは、強くあろうとしたからだ。

 ……結局、こける癖は治らなかったけど。


 だけど、照は違った。

 記憶に蓋を出来るほど、幼くはなかったのだ。

 そのときの記憶を保っていられるほどに強く、耐えられないほどに弱かった。

 照に、もう妹はいない。

 彼女は、咲を許していない。

 家を出た京太郎は、湖に来ていた。

 合宿の起床時間まであと20分。そろそろ戻らないとまずいけれど、どうしても来たくなったのだ。

 四人でよく遊んだ、思い出の場所だった。


京太郎「……もう、誤魔化す必要はないよな」


 認めたくなくて、心の中で否定したけれど。

 いいかげん、嘘をつくのにも無理が出てきた。

 だから、叫ぶ。湖にむかって。自分にむかって。過去にむかって。


京太郎「みなものことが好きだ! 牌のことが好きだ! 愛したい! 愛されてえ! そばにいたい! そばにいてほしい! ずっと見ていたい! ずっと見ていてほしい!」

 
 ああ、なんだ。

 認めてしまえばこんなに簡単。

 牌への気持ちを。

 ようやく、肯定できた。

 ――合宿終了。

 今日も牌の世界にやって来た。


京太郎「県予選まであと6日だぜ!」

牌「ついでにあと4日で、あの日だ!」

京太郎「あの日?」


 今日から4日後というと、7月7日だ。


京太郎「あ、七夕か」

牌「それで、おしまいかぁ……」

京太郎「おしまい?」


 何が終わるのだろう?


牌「秘密!」

京太郎「気になるだろ」

牌「知ったところで京太郎じゃどうにもならないし!」

京太郎「久しぶりにヒドイな」


 最近は牌ちゃんが優しかったから、この俺に対するヒドさ、なんだか懐かしい感じだ。


京太郎「さてと、そろそろ部室に誰かが来る頃だろうし、帰るわ」

牌「あ……うん」


 寂しそう声で牌は言った。


京太郎「どうした?」

牌「……もうちょっと、一緒にいてよ」

京太郎「……わかった」


 二人は、手と手を重ね合わせた。

 それが、今できる限界だった。


京太郎「今日の牌、少し変じゃないか?」

牌「……どこが?」

京太郎「どこって言われると困るんだけど」

牌「なら、気のせいだよ」

京太郎「…………そっか」


 どこか、おかしい感じがするのは確かだが、それが何であるかはわからない。

 もしかしたら本当に気のせいなのかもしれない。

 次の日。


京太郎「あと5日で県予選かぁ」

牌「緊張してる?」

京太郎「してる、してる、超してる。もともと俺、緊張しやすいタイプだし」

牌「高校入試の日も緊張しまくったんだっけ?」

京太郎「うわっ、懐かし……。あの日はひどい目にあった」

牌「かわいそう」

京太郎「……たしかお前、俺が試験の日にトラブルがいくつも重なってギリギリ合格になるように祈ってなかったっけ」

牌「オボエテナイヨ」

京太郎「覚えてる人の言い方だ!」

 次の日。


京太郎「この世界、また明るくなったな」

牌「そうだねー! あと2日でおしまいだもん」

京太郎「おしまい? 前も言ってたよな、『おしまい』って」

牌「そう、おっしまーい!」

京太郎「教えてくれよ、何がおしまいなのか」

牌「だから秘密だって!」

京太郎「乙女の秘密的な何かか?」

牌「はっずれー」

京太郎「むむむ」

 次の日。


京太郎「あと3日」

牌「うん」

京太郎「『おしまい』は明日だっけ?」

牌「そうだよー!」

京太郎「あのさ」

牌「うん!」

京太郎「……いや、なんでもない」

牌「へんなの」


 牌は、アハハと笑った。

 それにつられて京太郎も笑った。

 次の日。

久「新しい雀卓が来たわよー!」


 旧校舎の入り口で部長は言った。


京太郎「えーっと、この箱を部室に運べばいいんですか?」

久「ごめんね、昼休みなのに手伝ってもらっちゃって」

京太郎「いやいや、いいですよ。少しは雑用をしないと心がざわつくんで」

久「そ、そうなの」


 部費を溜め続けること10ヶ月。ついに新しい雀卓を買う資金が溜まったのだった。


京太郎「ようやく、ですね」

久「この雀卓はすごいわよ。洗牌はもちろん闘牌までやってくれるのよ」

京太郎「闘牌はやる必要ないですよね!?」

久「人間がやることは一つもない! これが本当の全自動麻雀卓よ」

京太郎「雀卓業界も迷走してますね……」


久「でも、これで――」


 おしまいの合図。


久「あの雀卓の出番も、おしまい――ね」

京太郎「――おしまい」


 世界のおしまい。


京太郎「……すみません、部長! ちょっと行ってきます!」

久「須賀君!?」


 京太郎は部室に向かって走りだした。

 階段を駆け上り、扉を壊す勢いで開き、牌を握りしめた。


京太郎「!? 牌の世界に行けない!?」


 いつも通りにやっているのに景色が変わらない。

 牌を手のひらに置いたまま、何度か手を握ったり開いたりしたが変わらない。


京太郎「……っ! 手遅れなのかよ!?」


 嫌だ。


京太郎「もう逢えないのかよ!」


 嫌だ嫌だ嫌だ!

 これでおしまいだなんて。

 これで最後だなんて、そんなのは絶対に嫌だ。


京太郎「頼む、少しでいいから、牌に会わせろおおおおおおおおおおっ!!」


 強い衝撃が脳に直撃した。

 それは今までに味わったことがないほど強烈な痛みだった。


京太郎「ぐっ……」


 世界が反転した。

 視界がぼやける。

 吐き気もこみ上げてきた。

 それでも京太郎は目を大きく開き、世界を確認した。

牌「……来ちゃったんだ」

京太郎「牌……」


 牌の世界は崩壊しつつあった。

 空間にヒビが入り、砂のように細かく分解され、空間に溶けていく。

 世界の終わりとはこういうものなのだろうか。


牌「……もともと、終わるはずの世界だったんだ」

牌「今よりももっと早いタイミングで、この夢は醒めるはずだった」

牌「付喪神の一生って、そういうものなんだよ」

牌「取り憑いた道具が、壊れてしまったら、それでおしまい」

牌「そんな、脆い世界だったんだ」

牌「この世界も、あの日――消えるはずだった」

京太郎「あの日……」


 牌は京太郎の顔を見た。

 泣いてはいなかった。

牌「そこに、誰かさんが現れた」

牌「その誰かさんは、この世界の寿命を伸ばしたんだ」

牌「ほんと、余計なことをしてくれたよね」

京太郎「よけいな、こと?」

牌「あのときこの世界が終わっていたら、こんな気持ちにはならなかったのに」

牌「京太郎のせいで、すごく、イヤだよ」


 世界が崩れていく。

 音はなかった。

 世界の終わりって、こんなに静かでいいのだろうか。


京太郎「聞いても、いいか」

牌「なんでも」

京太郎「俺の世界には、牌に愛された子と呼ばれる存在がいる。咲とか、照姉とか」

牌「……うん、そうだね」

京太郎「ということはさ、愛してるんだよな、咲のこと」


 牌――みなもは、咲を守ったことが間接的な原因となり、命を落とした。

 みなもは、咲を恨んでいないのだろうか――ずっと気になっていたことだ。

牌「好き、大好きだよ、二人とも」

京太郎「どうして、好きなんだ?」

牌「……なんでだろう、私が神様になったときにはもう好きになってたんだ」


 なるほど、そういうシステムなのか。

 人間だったときの記憶は引き継がれず。

 けれど、感情は残っている。

 思いは、つながっている。


京太郎「……教えてやるよ、牌。お前の感情の理由」

牌「――え?」


 世界が、消えた。

 崩壊は完了したのだ。

 でも、あと一言だけ。一言だけでいいから伝えさせてほしい。


京太郎「お前の名前は、宮永みなも――だ」

牌「――!」









みなも「――ありがとう」







 ――ああ。

 世界の崩壊って、こんなに――綺麗なんだ。
































みなも「だいすきだよ、きょーにぃ!」

 気づくと、京太郎は部室で一人、牌を握りしめていた。


京太郎「……こんなにお前は近くにいるのに」


 どうしてこんなにも遠くなってしまったのだろう。

 牌のことが好きなのに、愛せない、愛されない、そばにいれない、そばにいてくれない、ずっと見れない、ずっと見ていてくれない。

 もう、いいよな。

 終わらせちゃってもいいよな。

 誰も見ていないし、誰も気にかけないだろうし。

 なんてことはない、ここで一つの小さな思いが消えてしまっただけなのだから。

京太郎「そういや今日、七夕だっけ」


 ――七夕?


京太郎「あ」


 そこに見えたのは、一つの希望。


京太郎「紅生姜のない牛丼って、そういうことなのか?」

京太郎「そういう意味なのか?」


 大切なモノが抜けているとか、そういう単純なものじゃなくて。

 もう一つの意味があるじゃないか。


京太郎「……つーことは、――はあいつで、――は俺?」

京太郎「は」

京太郎「あはははははっ!」


 こじつけにも程があるだろ。

 でも、今日という日に世界が崩壊したのなら。

 とても偶然とは思えない。

京太郎「信じてみるか」

京太郎「紅生姜のない牛丼屋を」

京太郎「俺は」

京太郎「全国優勝してみせる」


 止まっていたと思っていた時間は、止まってなんかいなかった。

 ずっと、流れ続けていたんだ。

 それに気づかないふりをして、両手から大切なモノをたくさんこぼしていたんだ。



 ――それを取り戻すための大会が、始まろうとしていた。



9・終

10・


京太郎「さあ、一回戦だ!」


先鋒、八坂。次鋒、友人。終了。


一太「さて、僕の番ですね」

京太郎「頑張ってください!」



オーラス。

一太「あの日のことを思い出すな……」


 次々に麻雀部をやめていく部員たち。

 部員が減るたびに、久の寂しい顔を見なければならなかった。

 それが、つらかった。

 そして、やってはいけないことをした。

 自分も部活をやめたのだ。

 近くで久の顔を見ているのが辛くなったから。

 怖かったから。

 あのとき、やめるべきではなかった。


一太「ツモ!」


一二三①②③112233西西



京太郎「出たー! 一太先輩必殺、3以下の数牌を集める『ロリロリハンターズ』??」


 一回戦突破。



京太郎「さあ、決勝だ!」

八坂「気をつけろ……ここの大将はマジでヤバい」

大将戦。


京太郎「はあ……はあ……はあ……、くそっ」

近江「麻雀ってよぉ、クソみてえな競技だよなぁ」

京太郎「……運ゲーだからか?」

近江「違う違う、そういうことじゃねえよ」

近江「言い方が悪かったな……人間を悪に染める競技、ってことだ」

近江「普段は温厚な奴が、麻雀やってると怒りっぽくなったり。他人のためにいろいろやれる人間が、麻雀をやるとマナー悪く他者を貶し始めたり。虫も殺せない奴が、他人を低く見て侮ったり。負けてりゃ不機嫌。勝ったら聞きたくもねえ自分の麻雀理論を語り始めたり。初心者がいると勝てねえとか言うやつもいるな……自分よりも圧倒的に強いやつがいても勝てねえくせにな。そういう奴が欲しいのは自分よりも少し弱いやつなんだ。勝ちてえから、そんなクズみてえになる」

近江「俺は麻雀が嫌いだぜ? だから麻雀やってる奴を潰して、競技人口を減らし、この世から麻雀を消してやろうと思ってる」


 すでに、京太郎と近江以外の2人は精神を壊されている。


近江「だから、負けてくれや。俺は全国へ行ってたくさんの選手を潰す必要がある」

京太郎「……いい夢だな。応援してえよ」

京太郎「色んな俺が、みんな口を揃えて同じことを言うんだ」

京太郎「『たとえ負けても、俺は麻雀が好きだ』『才能はねーかもしれねーけど、麻雀を打つのが好きなんだ』『嫌いって言ったけど、やっぱり俺……麻雀のことを忘れられない。俺、こんなにも麻雀が好きだったんだ』『麻雀が好きなんだ』『麻雀が好きだ』『麻雀が好き』『麻雀が好き』『麻雀が好き』」

京太郎「いろんな世界の俺――みんな『麻雀が好き』としか言わない」

京太郎「気持ち悪かった」

京太郎「麻雀が嫌いだとは言えない空気」

京太郎「たとえ嫌いになっても、最後には好きになるという収束感」

京太郎「麻雀が好きじゃないといけない、みたいな強制感」

京太郎「たとえどんな理不尽なことが起こっても麻雀を好きと言わないといけないという押しつけ感」

京太郎「『麻雀が好き』というセリフで誰かを惚れされないといけないという展開の束縛感」

京太郎「麻雀を嫌っちゃいけないのか?」

京太郎「永遠に一生、嫌いなままで麻雀を続けたらいけないのか?」

京太郎「麻雀が嫌いな俺には生きる価値がないのか?」

京太郎「ずっと、そうやって生きてきた」

京太郎「だからお前の行為を否定しない」

京太郎「だからといって、理解もしない」

京太郎「お前を更生される言葉なんて俺には思いつかない」

京太郎「お前を更生されるような劇的な過去、俺にはない」

京太郎「ただ俺は、全国に行きたいからお前を倒す」

京太郎「ツモ! 字一色!」

近江「この俺がああああああ??」

京太郎「ついに来た……! 全国の舞台、東京!」

千歳「へえ……君が長野代表かい?」

京太郎「誰だ??」

本藤「て、てめえは……インハイチャンピオン千歳真!」

京太郎「インハイ……チャンピオン」

千歳「ねえ、一局打とうよ」

京太郎「出場校どうしは打てない決まりじゃ……」

千歳「いいんだよ、あんなルール。あんなのはただのオカルト持ちが勝ちやすくなるようにするためにできたルールだ。従う必要はない」

京太郎「だけど」

本藤「いや、やっておけ、須賀。一度体験しておいた方がいい」

本藤「インハイ史上、『最弱』のチャンピオンと呼ばれたやつの打ち方を」

京太郎「最……弱?」


京太郎vs千歳


京太郎「勝ってしまった……!」

千歳「ふー強いね須賀君。……悔しいな。でも」

千歳「麻雀って楽しいな!」

京太郎「……負けたのに楽しいのかよ」

千歳「そりゃ、勝ったり負けたりするのが麻雀じゃないか。勝ってるときだけ『楽しい!』って言って、負けてるときだけ『麻雀はクソゲー』とか言うやつもいるけど、そういうやつは麻雀を楽しんでるんじゃない」

京太郎「……じゃあ、何を楽しんでるんだ」

千歳「そういうやつらが楽しんでるのはね、勝つことだよ。勝つことを楽しんでるんだ」

京太郎「いったいこの世に、お前が言う意味で麻雀を楽しんでる奴は何人いるんだろうな」

千歳「さあね。ま、君との再戦、楽しみにしてるよ」

 そう言うと千歳は去っていった。

本藤「千歳真……。やつの全対局の連対率は三割を切る」

京太郎「それなのにどうやってインハイチャンピオンに……?」

本藤「やつには、ここぞというときに必ず勝つ魔力がある。……逆に負けてもいい場面は必ずと言っていいほど負ける。手を抜いているわけではなく、そういう風になってるんだ」

京太郎「だから……『最弱のインハイチャンピオン』」

 全国一回戦。先鋒。


八坂「よろしく」

霊山「よろしく」

八坂「(アイドル雀士、霊山祥哉……。あいつの力は……)」


オーラス。

モブ 140000
八坂 130000
モブ 130000
霊山    0


八坂「(宮永顔負けの得点調整力……!)」


 
 咲のプラマイゼロは29600~30500点という幅がある。もちろんこれを狙ってやるのは十分化け物じみているが……。


八坂「(こいつは、本当の意味で0点……。幅はない、少しでも間違えたらトビ終了だ)」

霊山「さーて、0点完成。反撃といきますか」


 彼がアイドル雀士と呼ばれる理由は顔の良さだけではない。

 0点からの逆転という華やかさ。

 これが観客を惹きつけるのだ。


霊山「親は俺だ。まずは天和」

八坂「くっ」


 それが霊山の力。一度0点になると最強の力を発揮する。


霊山「リーチ」

霊山「ツモ。12000オール」

八坂「(……強い! この状態になった霊山は上崎にも匹敵する!)」


 あの日、麻雀をやめることを決めた日を思い出す。

 憧れであり、自分の目標だった小鍛治さんが始めて負けた日のこと。

 決勝は9番勝負だった。

 そのとき卓にいたのは、永世七冠「小鍛治健夜」。世界ランキング一位「ライアン・グリーン」。役満率一割越え、役満のクイーン「雪蘭」。

 そうそうたるメンバーの中に異彩を放つ存在がいた。

 当時、六歳の少年「上崎永楽」だった。


 その9番勝負は、たった5戦目で終わってしまったけど、対局時間は過去最長だった。

 親である上崎がテンパイし続け、それ以外の三人がノーテン罰符を払い続けることを25回×5局し続けたのだ。


上崎「牌の神様を殺したから」


 インタビューでそう答えた上崎を見て、八坂は麻雀をやめた。



八坂「……だけど、決めた」

八坂「上崎を、倒すことを」

八坂「だから、こんなところで立ち止まれねえ!」

八坂「ロン! 12000!」

霊山「ぐはあああああ」

決勝、オーラス。


千歳「こ、このボクがこんな大切な場面で負けるなんて」

京太郎「悪いな……俺にはこいつがいる」


 首から下げたチェーンの先に、一萬がつけられていた。


京太郎「もう一度、会うと決めたんだ」



 ――おめでと、きょーにぃ。




京太郎「!」



「紅」べに色の花。あでやかな花。転じて、花のような女性。

「姜」美しい娘。美女。

「生」生きていること。

「紅生姜」とは、生きている美しい少女のこと。

 つまり、「紅生姜のない」は、美しい少女が死んだことを表す。

 つまり、みなもの死。


「牛」で思い出すのは、牽牛――つまり、彦星だ。

「丼」の「真ん中の点」は清い水の溜まった様子。

 牽牛が俺で、清い水が天の川。紅生姜がみなも。


 この物語は、七夕伝説と同じだ。

 天の川の向こうにいるみなもには、会えない。


京太郎「でも、やっぱりいたんだ」


 直接触れ合えなくても、俺のことを見ている。

 天の川の向こうで、確かに。

 京太郎とみなもの物語は、一言で言うと。


京太郎「紅生姜のない牛丼屋――か」



カン!

読んでくれた人、お疲れ様でした。
楽しかったです。
でも京太郎SSまとめwikiがこのスレをスルーしたときは寂しかったです。

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