春香「え? 何? 千早ちゃん」
千早「私は真面目系クズだったのよ」
春香「真面目系……クズ? 何それ?」
千早「今までクズの私と仲良くしてくれてありがとう、春香」
春香「うん、とりあえず私の話を聞くところから始めようか」
千早「ごめんなさい。人の話をちゃんと聞かないのも真面目系クズの特徴の一つみたいなのよ」
春香「うん。だからその真面目系クズって何なの?」
千早「私みたいな人間のことよ」
春香「それトートロジーって言うんだよ、千早ちゃん」
千早「ごめんなさい、春香。人に物事を上手く説明できないのも真面目系クズの特徴の一つみたいなのよ」
春香「まあなんとなく千早ちゃんの言いたいことがわかりつつあるけど、でも一応順を追って話してほしいかな」
千早「春香は物事を順序立てて考えられるのね。そしてそれができない私は真面目系クズ……」
春香「うん、とりあえずいちいち自虐挟むのはやめようか。後で抱きしめてあげるから」
春香「一見真面目そうに見えるけど、実はクズ?」
千早「そう、それが真面目系クズ」
春香「聞いたことないけど……ネット上の言葉かな?」
千早「うん、多分。昨日、音無さんがパソコンで見ていたページに書いてあったわ」
春香(小鳥さん何のページ見てたんだろう……)
千早「最初はちらっと見ただけだったんだけど、たまたま音無さんが席を立ったから、ついつい、そのまま見入ってしまったのよ」
春香「うん」
千早「そして分かったのよ。私は真面目系クズだったんだって」
春香「いやいや……どう考えてもそれはないでしょ」
春香「千早ちゃんは真面目っぽいじゃなくて実際真面目だし……そもそもクズなわけないじゃない」
千早「ありがとう、春香。そう言ってもらえて嬉しいわ」
春香「うん」
千早「でもやっぱり私は真面目系クズだと思うのよ」
春香「じゃあ逆に聞くけど、どのへんが?」
千早「まずそもそも真面目じゃないわ」
春香「真面目じゃん」
千早「違うわ」
春香「違わないよ。千早ちゃん、アイドルのお仕事いつも誰よりも真面目にやってるじゃない」
千早「……そこなのよ」
春香「え?」
千早「確かに表面的には、私は真面目に仕事をこなしているように見えるかもしれない」
春香「表面的って……いや、いいや。それで?」
千早「でも実は内心では、『こんな仕事やりたくないな』とか、『早く終わらせて帰りたいな』って思ってるのよ」
春香「あー。それってバラエティの収録とかのとき?」
千早「まあそうね。というか、歌の仕事以外は大体」
春香「ふむ」
千早「でもそんなことは表には出さないようにして、表面上真面目っぽく仕事しているのよ。……ね? 真面目系クズでしょ?」
春香「それは……ちょっと違うんじゃない?」
千早「え?」
春香「だってそんなの多かれ少なかれ、誰だって思ってることじゃない」
千早「そ……そうなの?」
春香「そうだよ。私だって、気乗りしないお仕事とか結構あるし」
千早「春香も? たとえばどんな?」
春香「そうだなあ。水着撮影とか」
千早「あー」
春香「でもスタッフさん達の前では元気良く挨拶したりして、嫌そうな素振りとか全然見せないようにしてるし」
千早「…………」
春香「だから千早ちゃんの言ってることは、私にも当てはまることだよ」
千早「…………」
千早「……でも、春香と私とではやっぱり違うわ」
春香「えー、そんなことないと思うけどな」
千早「だって春香は……なんていうのかしら、全体的に生き生きしてるもの」
春香「生き生き?」
千早「そう。いつも元気で、明るくて……周りの人達にも優しくしてるわ」
春香「うーん……でも、千早ちゃんも皆と仲良くやってるじゃない」
千早「事務所の皆とはね。でも仕事で会う人とかには、春香みたいに振る舞えないわ」
春香「それは……人それぞれっていうか……」
千早「いえ、厳密に言うと違うわね。振る舞えないんじゃなく、振る舞おうとすらしていないのよ」
千早「端的に言えば、面倒くさい。どうでもいい」
春香「…………」
千早「仕事で関わるだけの人とおしゃべりしたり、親しくなったり……そういうことをしたいとか、全然思わないのよ」
春香「…………」
千早「結局、歌の仕事とか事務所の皆とか、自分にとって大事なものとは真剣に向き合っているけれど、それ以外のことには本当に興味が無いというか……心底、どうでもいいように思ってしまうのよ」
春香「…………」
千早「そのくせ、外面上はそうは見えないように取り繕っているというか……たとえば美希みたいに、表だってめんどくさそうな態度とかは見せていない」
春香「…………」
千早「だから私は真面目系クズなのよ」
春香「…………」
春香「……それは違うよ、千早ちゃん」
千早「え?」
春香「だって千早ちゃん、結構露骨にめんどくさそうな顔すること多いし」
千早「……え?」
春香「ぶっちゃけ全然取り繕えてないもの」
千早「……う、ウソでしょ? 春香」
春香「ううん。本当だよ」
千早「…………」
春香「っていうか、千早ちゃんが歌以外のお仕事に気乗りじゃないのとか、私達事務所の仲間以外の人とは深く接しないようにしてるのとか、とうの昔から知ってるし」
千早「…………」
春香「もちろん私だけじゃなく、他の皆もね」
千早「そう……なの?」
春香「なの」
千早「…………」
春香「でも私は……ううん、私達は、そんなところも含めて、千早ちゃんのことが好きなんだよ」
千早「……春香……」
春香「真剣にお仕事と向き合ってる千早ちゃんも、めんどくさそうにしてる千早ちゃんも、全部含めて千早ちゃんで……そうじゃなきゃ、千早ちゃんじゃないんだよ」
千早「…………」
春香「だから……千早ちゃんも、そういうところまで含めての千早ちゃん自身を、好きになってあげればいいんじゃないかな」
千早「…………」
春香「真面目とかクズとか……そういう風に分けるんじゃなくて、全部込みで、今の千早ちゃんなんだから」
千早「…………」
千早「そうね……そう、なのかもしれないわ」
春香「えへへ、分かってくれた?」
千早「確かに私は真面目系クズかもしれない……でも、それで初めて、今の私たりうるのかもしれないわ」
春香「……まあ、それでも私は千早ちゃんはクズなんかじゃないって思うけど、千早ちゃんがそう思うならそれでもいいよ」
千早「そう? 認めてくれるの? クズの私を」
春香「認めるも認めないも無いよ。千早ちゃんは私の親友なんだから」
千早「春香……」
春香「だから私は、千早ちゃんが真面目だろうがクズだろうが真面目系クズだろうがどうでもいいよ。うん、どうでもいい」
千早「……どうでも、いい……」
春香「だってそうでしょ? 千早ちゃんは千早ちゃんなんだから」
千早「……うん、そうね。ありがとう、春香」
春香「別にそんな、お礼を言われるほどのことじゃないよ。私はただ、当たり前のことを言っただけで……」
千早「ふふっ、ありがとう。そんなところが、春香が春香たるゆえんなのかもしれないわね」
春香「ふふっ、そうだよ! これが私、天海春香なのです!」
千早「……本当にありがとう、春香。なんだか、心が軽くなったような気分だわ」
春香「まあ、こんな私でもお役に立てたようなら良かったかな」
千早「……ところで春香」
春香「? 何? 千早ちゃん」
千早「……さっき、その、後で……って」
春香「……ふふっ。分かってるよ。……千早ちゃん」ギュッ
千早「……ありがとう、春香」
了
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壁と空気が。