佐々木「涼宮さんと僕。選ぶなら?」キョン「間違いなく、佐々木」 (119)

佐々木「好意といっても、様々な種類がある。キョン、何でもいいから好きなものを挙げてみてくれないかい?」

キョン「好きなものか。テレビゲーム」

佐々木「いいね。では、そのテレビゲームにキョンはどのような好意を持っているか答えてみてくれ」

キョン「強いて言うなら、暇つぶしの頼れる相棒って感じだな」

佐々木「くっくく。なるほど。娯楽の道具が相棒か。とはいえ、それはある種のマティアリアリズム。実利優先だ。好意の一つと捉えても問題はない」

キョン「ゲームをクリアしたいっていう欲のことを言っているなら、佐々木の言うとおりかもしれないな。プレイ中には現実から逃避させてもらっているし。益はある」

佐々木「それだったら何かを支配したいという願望の現われなのかもしれないな。キョン、実はサディストの素養があるんじゃないかな?」

キョン「いい加減なことをいうな。クリアして達成感を得たいっていうことだろ。立派な向上心の一種だと思うね」

佐々木「それが非現実の冒険ではなく、勉学に発揮されることをご母堂は期待しているはずだ」

キョン(そりゃそうだ。だからこうして俺はせっせと塾に向かっている。いつものように自転車の荷台に佐々木を乗せてな。道交法違反だが、中学生のやることだ。目を瞑って欲しい)

佐々木「でも、対人の好意にも似たようなことが言えたりする。キョン、君には迷い無く好きだと言える人物はいたりしないだろうか。説明しやすくなるから。できれば、存命しているほうが好ましい」

キョン「そうだな。挙げるとするなら——」

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通学路

谷口「よ、キョン」

キョン「よう、谷口」

谷口「お前、2年に上がってから色々派手に遊んでるんじゃないか?」

キョン(朝の坂道から何を言い出すんだ、コイツは)

谷口「だって、ほら、少し前に色々あったみてーじゃねえか。ん?」

キョン「なんのことだが、分からん」

谷口「俺にも一人ぐらいわけてくれないねえのか? 親友だろ?」

キョン「九曜と寄りでも戻すのか?」

谷口「……その名前は出すんじゃねえよ。あーあ、折角の気分が台無しだぜぇ」

キョン(何が台無しだ。こんな不毛な話に付き合わされる身にもなれ)

キョン「というか、連休の間に新しい出会いを見つけるんじゃなかったのか?」

谷口「成果はなしだ。誰も食いつかなかった」

キョン(エサが悪かったんだろうな)

谷口「あー。どっかにこう、可愛くて、押しに弱い女はいないかなぁ。あと普通な子だな。キョンが見向きもしないような普通の女がいいな」

共同玄関

キョン「普通な子ならその辺にゴロゴロいるだろ」

谷口「バカヤロウ。普通って中々いねえんだぜ? 話しかけてみたら一気に仮面を外すやつまでいる」

キョン(それは同感だ。こいつは天文学的確率でその普通ではない奴を引き当てたからな。まぁ、接触してきたのは周防九曜のほうからのようだし、谷口を責めるのは酷だが)

谷口「キョン、佐々木さんはどうなんだ? 男口調は気になるが、見た感じ普通だろ」

キョン「前にも言ったがやめておけ。お前には不釣合いだし、そもそもナンパしたところで宇宙の摂理を説かれて終わりだ」

谷口「なんだと? まるっきり九曜じゃねえかよ」

キョン(佐々木がどう男をあしらうのか少し興味はあるが、アイツの場合無碍にすることはないだろうな)

谷口「お前の周りには普通の女はいねーのかよ」

キョン(ああ。いないね。ミヨキチを谷口に紹介するわけにもいかんし。ミヨキチもあれは普通の小学生とは呼べないほどの容姿だが)

谷口「お前、そんなことで高校生活を無事に終えられると思ってるのか?」

キョン「どうだろうな。今の学力をキープすれば一学年下と一緒に卒業証書を貰うことにはならんだろうが」

谷口「そういうことじゃねえよ。まぁ、いいや。お前には涼宮がいるもんな」

キョン「あのな」

谷口「朝比奈さんは高嶺の花だからなぁ……。春は遠いぜ」

教室

キョン「よう、ハルヒ」

ハルヒ「ん? キョン、おはよう」

キョン「何か考え事か?」

ハルヒ「よく分かったわね。あたしの顔に何かついてた?」

キョン「いや。何となくそう思っただけだ」

キョン(最近はこいつの顔を見るだけで状態を当てられることが多くなってきたな。末期症状か)

ハルヒ「校外活動をしようと思ってたのよ。無論、SOS団のね」

キョン「不思議探索は違うのか?」

ハルヒ「それの強化バージョンね」

キョン「何を強化するんだ? 待ち合わせ場所を変更するのか?」

ハルヒ「バカなの? 思ったんだけど、北高にだけ不思議がないことも考えられるでしょ?」

キョン「おい。お前、他校と交流しようっていうのか? 外に出たってこんな団は二つとないぞ」

ハルヒ「そりゃそうよ。あるわけないわ。まあ、あったらあったらで税金を徴収するけど!!」

キョン(何税だ。おい)

放課後 部室

古泉「ほう。他校との交流ですか。悪くないのでは? 部活では交流試合なるものもありますし」

キョン「それは互いを高めあうためにあるものだ。俺たちと接触しても疲れが溜まるだけで、何も得することはないぞ。そもそも不思議を探しているような集団はいないだろ」

古泉「ええ、勿論です。我々は唯一無二の存在であることは明白。むしろ、類似する存在があっては問題です」

キョン「まぁ、無いだろうが」

古泉「佐々木さんが同じようなことを考えた場合、分かりませんが」

キョン「それはない。佐々木にも変な取り巻きはいるみたいだが、佐々木本人がそれを望んでいないんだからな」

古泉「そうですね。失礼しました」

キョン(仮に佐々木がSOS団を作ったとしても、役者が足りない。橘京子と周防九曜だけだからな。未来人が欠けたままじゃ、元祖SOS団にはどうしても劣っちまう)

古泉「涼宮さんは新入部員……いや、新入団員を増やすつもりはなくとも、情報網を広げようとはしているのでしょうね」

キョン「情報網?」

古泉「SOS団のホームページも、名を知らなければ検索しようがありません。外にも噂が拡散しているとは言え、興味を示す方は稀少でしょう」

キョン(興味を示すやつは、普通じゃないだろうしな)

古泉「待つのではなく、進む。募集するのではなく、自らが掻き集める。そういう考えに至ったのかもしれません」

キョン「あいつの電波を無闇に飛ばして欲しくはないがな」

朝比奈「キョンくん、お茶です」

キョン「どうも」

朝比奈「どうぞ、古泉くん」

古泉「頂きます。——心配することはないでしょう。涼宮さんも常識は弁えていますから、校外で名を汚すような行為などするはずがありません」

キョン「あいつが公害みたいなもんだから、外に出した時点でアウトじゃないか?」

古泉「本気でそのようなこと思っておられるのですか?」

キョン「ああ。思ってるね」

古泉「おかしいですね。先の一件で、彼女の理性的な行動を見ているはずですが」

キョン「殆ど無意識だろ。寧ろ怖い」

古泉「……それは同感です。渡橋泰水なる存在は特に」

キョン「そういえば、ヤスミはいるのか? この世界に」

古泉「いると思いますよ。確実に。どこかは、予想はつきます」

キョン(ハルヒの中にって言うんじゃないだろうな)

朝比奈「そういえば今、どこに——」

ハルヒ「はーい。みんな、席について!! ミーティングを始めるわよ!!」

ハルヒ「——ってわけで、SOS団も結成から一年を迎えようとしている今! 外にも手を伸ばすときがきたわけよ!!」

キョン(伸ばさなくていいな。毒手だし)

古泉「涼宮さん、他校交流は素晴らしい案だと思いますが、どちらの学校との交流をされるかなどは考えておられるのですか?」

キョン(ああそうだな。古泉のことだ。機関の連中を潜入させなきゃならんだろうな。森さんが体育教師をやっているとかなら嬉しいね。あの人なら、学生でも問題ないが)

ハルヒ「全然。突撃訪問でもいいと思うけど」

キョン「無茶言うな。私立なら警備員がいるだろうし、県立や市立でも教師がすっとんでくるぞ」

ハルヒ「どうしてよ? 別に悪いことしようってわけじゃないしいいじゃない」

キョン(善行でもねえがな)

ハルヒ「不思議はありませんかー?って訊くだけだし、まぁ、みくるちゃんにはそれなりの衣装で交渉に臨んでもらうけど」

朝比奈「ひっ……」

キョン(バニーガールの交渉人か。門前払いもいいところだな)

ハルヒ「でも、この近辺の学校にはしないわ。この周辺には不思議はなさそうだしね」

キョン「なに? どこまで行く気だ」

キョン(嫌な予感がしてきた……)

ハルヒ「そうね。電車で移動しなきゃいけないぐらい、遠くに行きましょうか」

古泉「電車ですか……。となると、目ぼしい学校があるということですか?」

ハルヒ「ご明察よ、古泉くん! 実はね、ちょっと気になる高校があるのよ」

キョン「どこだよ」

ハルヒ「行けばわかるわ」

キョン「行けばってなぁ……」

ハルヒ「さぁ、みんな!! 準備して!! 出発するわよ!!」

キョン「今からか!?」

ハルヒ「視察よ、視察。敵情偵察なんて基本中の基本でしょ。アウェーで戦うなら、現地の様子を知るところから始めないといけないのよ!!」

キョン(この吐き気にも似た不安感はなんだ。こいつ、まさか……)

ハルヒ「さぁー、みくるちゃん!! 有希ぃ!! 準備しなさい!! 有希。ほら、本に栞挟んで。電車でも読めるでしょ」

古泉「……佐々木さんの学校まで電車でどの程度でしたか?」

キョン「佐々木に聞けよ。そんなこと」

古泉「そうでしたね。失礼いたしました」

キョン「って、古泉」

古泉「可能性は高いでしょう。今から向かう場所に、佐々木さんがいることは」

電車内

ハルヒ「学校の七不思議とかあるんじゃないかしらね」

朝比奈「なんですか、それ?」

ハルヒ「知らないの? 有名なのは、増える階段ね」

朝比奈「ひぇぇ……。いつまで経っても二階に上がれないんですか……」

ハルヒ「ううん。大体は屋上とか3階から4階の間ね」

朝比奈「そうですか。屋上なら特に困りませんね」

キョン「なぁ、古泉。もし佐々木のところに向かってるなら、これはどういうことだよ」

古泉「どういうことも何も、先ほど涼宮さんが言った通りのことです。敵情偵察です」

キョン「ハルヒは佐々木を敵だと思ってるのか?」

古泉「かもしれませんね」

キョン「それはあれか。佐々木も同じようなモンを持ってるからとかか」

古泉「それはどうでしょうか。もっと別の敵として認知しているかもしれませんね」

キョン「別の敵? 学力でも競ってるのか? 佐々木をライバル視しているのは国木田のはずだが……」

古泉「いつも思いますが、それはわざとですか?」

駅前

ハルヒ「さ、こっちよ」

朝比奈「はぁい」

キョン(佐々木の言っていた最寄駅だな。やっぱり、そうか)

古泉「心配はありませんよ。脅威となる存在はありません」

キョン「長門、本当か?」

長門「……」

キョン(大丈夫そうだな)

ハルヒ「こらー!! なにしてるのよー!! 置いてくわよぉ!!!」

古泉「急ぎましょう。涼宮さんも何をしようとは特に考えてはいないはずです」

キョン「往復の切符代を無駄にするだけ済めば御の字か」

古泉「そういうことになるでしょうね」

キョン(あの一件からまだ1ヵ月も経ってない。これで佐々木におかしなことがあってみろ、流石に地面に額をつけて謝らないといけないな)

キョン(俺自身佐々木を巻き込む気満々だったが、いかんせんスパンが短い。せめて中60日は欲しいだろうぜ。佐々木も)

ハルヒ「えーっと……こっちね!!」

高校

ハルヒ「ふーん。ここか……。北高とは全然違うわね」

キョン(進学校だからな。出てくる学生が全員頭よさそうに見える。実際、良いんだろうが)

ハルヒ「不思議はあるのかしらねえ……?」

朝比奈「男の人が多いですね……」

古泉「最近までは男子高だったようですからね。まだまだ女子学生は少ないのでしょう」

キョン(佐々木も言ってたな、そんなこと。にしても、佐々木が男連れで出てきたら少し、面白くないな……)

古泉「何を不安がっておられるのですか? 脅威はないと申し上げましたが」

キョン「黙ってろよ」

古泉「佐々木さんは既に帰宅されたのではないですか? 放課後は学習塾に向かうことが多いようですから」

キョン「どうして佐々木の名前が出てくるんだ」

古泉「違いましたか?」

キョン「あのな」

佐々木「——キョン、こんなところで会うなんて、奇遇と言えばいいのかな?」

キョン(佐々木……!! なんでまだ居るんだ……)

ハルヒ「あら、佐々木さん、だったかしら」

佐々木「どうも。涼宮さん。久しぶり、というほどでもないでしょうけど」

ハルヒ「ここに通ってたのね」

佐々木「ええ。それで、キョン。こんなところで何をしているんだい?」

キョン「ああ。まぁ、散歩だ」

佐々木「わざわざここまで? くっくっく。そうか。それは疲れただろう。ゆっくり観光していくといい」

キョン(何もかも察している様子だな)

朝比奈「こんにちは」

佐々木「こんにちは。キョンがお世話になっているようで。これからも、よろしくお願いします」

朝比奈「い、いえ、いつもあたしがお世話されていますからぁ」

佐々木「興味深い話ですね。是非とも詳細に教えて欲しいですが……」

キョン「佐々木、塾のほうはいいのか?」

佐々木「そうだね。思い出させてくれて感謝する、キョン。今日は少し授業が長引いてね。急いでいたんだ。——それでは、涼宮さん。今度来るときは、アポイントメントを取っておくといいですよ」

ハルヒ「誰によ? 学校長?」

佐々木「いえ、私に」

キョン(佐々木が案内してくれるのか。そのときが来たとして俺たちのことをどう説明するつもりなんだよ)

ハルヒ「……相変わらず、変な子ね」

キョン「お前に言われたら嬉しいだろうぜ」

ハルヒ「なにそれ、あの子マゾなの?」

キョン「そういう意味じゃない!!」

古泉「いつみてもお美しい方ですね。特定の相手はいないのでしょうか」

キョン(告白されたとは言っていたが、それ以降の音沙汰はなかったな。あの様子では進展はなかったと見えるが)

朝比奈「佐々木さんかぁ……。キョンくん、佐々木さんとは連絡とってたりするの?」

キョン「え? ああ、メールでのやり取りなら」

朝比奈「そうですか」

ハルヒ「みんな!! 裏門に回るわよ!! 正門ばっかり見てても仕方ないわ!!」

キョン(裏門に何があるんだろうね)

ハルヒ「つべこべ言わないでついてきなさい!!)

キョン「やれやれ……」

キョン(まぁ、何事も無くてよかったな。いや、何かが起こるほうがおかしいのか)

キョン宅

キョン(今日は疲れた……。あれから佐々木の通う学校を延々と外周させられたからなぁ……)

キョン(佐々木に電話の一本でも入れておくか? あいつも多少驚いてただろうし、迷惑もかかっただろうからな……)

キョン「……メールでいいか」

妹「——キョンくーん。あそぼー」

キョン「一人で遊びなさい。今は忙しいんだ」

妹「なにしてるのー?」

キョン「メールだ」

妹「ふぅん」

キョン(えっと……。まぁ、今日はスマンとかそういうのでいいか)

妹「……」ギュゥゥ

キョン「勝手に携帯電話を見るもんじゃありません」

妹「メール終わったらあそんでね」

キョン「何してだ?」

妹「うーんっと、ゲームっ!」

自室

キョン「そろそろ、寝るか……」

キョン(ん? 携帯電話が……長門……!?)

キョン「もしもし?」

『——終わる』

キョン「長門? どうした?」

『終焉——彼方より……始まる——」

キョン(違う……。長門じゃない……。これは……)

キョン「お前、九曜か!?」

『——情報構成……レプリゼント……』

キョン「おい!! 九曜!!」

『楽しい』

キョン(なんだ……。まず、なんでこいつが長門の電話からかけてきてやがる……!!)

キョン(とにかく、古泉に連絡をとって……それから……)

キョン(長門のところにいくしか——)

通学路

キョン「うーん……」

キョン(今日も良い天気だ)

鶴屋「やあ、キョン助! 元気っかい!!」

キョン「どうも。おはようございます」

鶴屋「うん、おはよう! うんうん! 今日もばっちり、おっとこまえ!! いかしてるよんっ!」

キョン「え? そうですか?」

鶴屋「まぁ、それはさておき、どうどう? 新しいクラスは」

キョン「殆ど顔ぶれが変わらなかったですからね。特に支障はないです」

鶴屋「そっかい。なら、困ったことはないねっ」

キョン「今のところは」

鶴屋「よし、安心っさ。それじゃね!」

キョン(しかし、男前発言を僅か数秒足らずで撤回されたことは——)

鶴屋「キョンくんっ! 君はいい男だよ!! 間違いなく!! 自信もっていいからねっ!! 血統書つけちゃう!!」

キョン(ああ、良い先輩だ。本当に)

教室

キョン「よう、ハルヒ」

ハルヒ「あの学校はハズレだったわね」

キョン「お前にとっての当たりとはなんだよ」

ハルヒ「そんなの不思議がある学校に決まってるじゃない。理想は校舎の9割は不思議で出来ているぐらいがいいんだけどね」

キョン(見えないコンクリートで創られた校舎か? 外から丸見えじゃ体育の時間とか女子が困るんじゃないか?)

ハルヒ「……いやらしいこと、考えてない?」

キョン「なんで分かった?」

ハルヒ「バカ」

キョン(今日も至って平穏。ハルヒもいつも通りだ。昨日の今日だから、何かしらの変化があるとは思ったが、そんなこともないようだ)

キョン(考えてみればハルヒにしても佐々木にしても、お互いを無意識下で牽制するようなことぐらいはあるかもしれない)

キョン(性格は真逆だが、特性というか、中身は似ているからな)

ハルヒ「次はどこに行こうかしら……。でも、中に入ってみないことには……。アポとってみようかしら……」

キョン(あぁ、不穏なことを言っているな。これ以上、佐々木に迷惑をかけるわけにもいかん。どこかで注意しておくか)

キョン(それはまぁ、放課後でいいだろう)

昼休み 廊下

キョン(ハルヒはいねえな……。部室にいって長門と話すのもいいが、もうすぐ予鈴が鳴る。まぁ、長門にはいつでも会えるさ)

橘「よいしょ……よいしょ……」

キョン「橘。重そうだな。雑用か」

橘「え? そう色々と任されたの」

キョン「偶には断ったらどうだ?」

橘「いえ。本当はもう一人荷物持ちがいたんだけど、失踪してしまったんです」

キョン(相変わらずだな。こいつに協力の手を差し出す奴はいないのか)

橘「それでは。また後ほど」

キョン「手伝ってやろうか?」

橘「いえ。平気ですから」

キョン「それならいいんだが」

橘「よっと……ふぅ……」

キョン(橘はいつも愛想笑いを浮かべてるのが問題なのかもしれないな)

キョン(今度、労ってやるか……。ジュースぐらいでいいよな、橘)

放課後 部室

橘「疲れた……」

キョン「掃除まで全部か。酷いな」

橘「そう思いますよね。あたしのクラスは最悪です」

キョン(同情はしてやろう)

朝比奈「どうぞ、橘さん。お茶です」

橘「ありがとうございます。ところで、涼宮さんはまだですか?」

キョン「さぁ。真っ先に教室は出ていったがな」

橘「んふっ。佐々木さんの学校にアポイントメントを取っているのではないですか?」

キョン「それだったらヤバいな。佐々木に大迷惑だ」

橘「そうでもないかもしれませんよ?」

キョン「どうしてそう思う」

橘「佐々木さんは涼宮さんとの邂逅を望んでいると思いますし」

キョン「それはお前がそう思いたいだけだろ」

橘「そんなことは。ただ、そうなればいいなとは思っているけど」

ハルヒ「——キョーン!! 聞いて聞いて!!!」

キョン「どうした?」

ハルヒ「今度の土曜日、不思議探索に佐々木さんが加わることになったから」

キョン「なんだと!?」

橘「すごいですね。佐々木さんも喜んでいるのでは?」

ハルヒ「まぁ、臨時団員って奴よ。向こうの学校の間諜になってもらおうかしら」

キョン(スパイ活動をしたところで、何もでてこねーだろ)

朝比奈「じゃあ、あの、土曜日は向こうの学校に行くんですかぁ?」

ハルヒ「ええ。そうよ。みんな、粗相のないようにね。これは遠足じゃないの。SOS団の名に泥を塗るようなことは絶対にしないでね!! いい?」

キョン(何で俺を睨みながら言う? そして、泥を塗りそうなのはハルヒさんではないですか?)

ハルヒ「みくるちゃんも他校に行くんだから、おめかししなきゃダメよ!!」

朝比奈「は、はい」

ハルヒ「京子ちゃんも!!」

橘「最善を尽くします、閣下」

ハルヒ「有希も!! まぁ、有希はいつも通りでいいけど」

通学路

ハルヒ「みくるちゃん、明日ぐらい新しい服でも買いに行きましょうか?」

朝比奈「そうですね」

ハルヒ「有希も行くでしょ? やっぱりね、ファーストコンタクトのときには外見は重要なのよ。できるだけ綺麗にして、不思議を迎えないと。不思議に失礼ですもの」

長門「……」

キョン「不思議って名前の奴が佐々木の学校にいるんじゃないだろうな」

橘「それは無いと思います。そんな珍妙な名前の人は見たことがないですし」

キョン「調べたのか?」

橘「それは……まだですけど……」

キョン「なら、不思議ちゃんか不思議くんが居る可能性もあるな」

橘「はぁ。あたしのほうでも調べておきます。ところで、佐々木さんのことなんですが」

キョン「なんだ?」

橘「何か連絡とかありましたか?」

キョン「いや。昨日、メールを送ったけど、そういえば返ってきてないな。いつもは律儀に返してくれるんだが……」

ハルヒ「こら!! キョン!! 京子ちゃんとくっつきすぎよ!! 何してるわけぇ!?」

橘「あ、あ、すいません」

ハルヒ「ほら、京子ちゃん。こっち」グイッ

橘「あぁ……」

ハルヒ「いい? キョンは狼なんだから、あんなに近づいちゃダメ! 京子ちゃんなんて一口で食べられちゃうからね」

橘「はい。気をつけます」

キョン(酷いいわれようだな。誰が橘などに……。いや、橘も女だもんな。あらぬ劣情を持ってしまってもおかしくは無い)

キョン(だが、なんだ。橘とはそんな関係になることなど、一切考えられない。いや、まぁ、女友達とはそういうものかもしれないが)

朝比奈「橘さん、明日なんですけど一緒にお買い物とかどうですか?」

橘「買い物ですか……」

ハルヒ「行くでしょ?」

橘「す、涼宮さんが言うなら」

ハルヒ「よし! キョン、そういうわけだから明日は土曜日のための装備品を買いに行くからね!!」

キョン「……俺もか?」

ハルヒ「当然でしょ?」

キョン(荷物持ちか。いや、マイエンジェル朝比奈さんの新たな服を誰よりも先に見れるのならそれぐらい甘んじて受けるか)

ハルヒ「それじゃあ、キョン。また明日ね」

朝比奈「さようなら」

橘「失礼します」

キョン(さぁ、帰るか。明日のためにしっかり寝て英気を養っておくか。放課後に行くから、関係ないか)

長門「……」

キョン「どうした、長門?」

長門「……次はわたし」

キョン「え?」

長門「必要最低限の防御策を講じておく。しかし、それも絶対ではない。いくつもの不確定要素が混在。これが限界」

キョン「長門? どうしたんだ? 何かあったのか?」

長門「今、貴方に説明しても意味がない。ここで梗概情報を譲渡しても、今から5時間後にはデリートプログラムが広域拡散されるから。またそれに伴い、書き換えも行われる」

キョン「おい」

長門「バックアップは機能するはず」

キョン「まて!」

長門「……貴方を信じる」

キョン宅

キョン(貴方を信じるって言われても……。何がどうなってるんだ……)

キョン(長門に連絡してみるか……)

キョン「ん? 着信……非通知か……もしもし?」

『もしもし』

キョン「……えっと。どちら様ですか?」

『……あの』

キョン「はい?」

『あたし、頑張りますから!!』

キョン「は?」

『それじゃあ失礼しますねっ!!!』

キョン「もしもし!? 切れたか……」

キョン(なんだ、長門といい、今の電話といい……)

キョン(そういえば長門のやつ5時間後がどうのとか言っていたな。あれからそろそろ5時間か?)

キョン「それよりも長門だ。長門に——」

翌日 教室

谷口「それでよぉ。その女、すげーんだぜ。ガキには興味ないの、フンっ! だってよ。どー思うよ?」

キョン「どうも思わん。相手の女が大人だということは分かる」

谷口「そんなわけねえだろ」

国木田「どっちにしろもう忘れたほうがいいんじゃないかな?」

谷口「あんな断り方はねーって」

キョン(生きるうえではなんの足しにもならないな、谷口の失敗談は。反面教師にすらならない)

朝倉「——国木田くん。ちょっと良いかしら?」

国木田「どうしたの、朝倉さん」

朝倉「このプリントなんだけど……」

国木田「ああ、これは——」

谷口「なぁ、キョン。あの朝倉、彼氏いないって知ってたか?」

キョン「あいつに彼氏なんて出来ないだろな」

谷口「どうしてそう思うんだ? あんな良い女いないぜ? そろそろ俺も本気モードってやつになってみるか」

キョン「やめとけ。朝倉が月なら、お前はスッポン汁だぞ。まるで釣りあわない」

ハルヒ「……」

キョン「ハルヒ、どうしたんだ? 悩み事があるのか? 珍しいな。その割には晴天だが」

ハルヒ「なによ? あたしが悩んじゃいけないわけ?」

キョン「別にそうは言ってないだろ」

ハルヒ「なんかね……。こう、胸に空洞がある感じなのよね……」

キョン「穴でも空いたか。病院に行ったほうがいいな」

ハルヒ「そういうことは言ってないの!」

朝倉「——涼宮さんが言いたいのは、センチメントなことじゃないかな?」

キョン「センチメント? ハルヒが?」

キョン(噴飯ものだ)

ハルヒ「今、心の中で言ったことを言いなさい」

キョン「ごめんこうむる」

ハルヒ「けっ」

朝倉「それで、涼宮さん。どうかしたの? 悩み事なら聞いてあげるけど」

ハルヒ「別に。あんたに言うまでもないわ。放っておいて」

朝倉「そう。残念」

キョン「いつも悪いな、朝倉。ハルヒのことを気にかけてくれているのに」

朝倉「いいのよ。それより」

キョン(顔が近い。いい匂いがする)

朝倉「涼宮さん、恋わずらいかしら?」

キョン「それはないだろ」

朝倉「そう。……貴方がそういうなら、そうなのよね。きっと」

キョン「何がいいたい?」

朝倉「ううん。貴方ほど涼宮さんを理解している人はいないもの」

キョン「変なことを言うな」

朝倉「……これからよろしくね。長い付き合いになればいいけど」

キョン「まぁ、少なくとも1年は一緒だろうからな」

朝倉「1年も一緒にいれたら、いいわね。またねっ」

キョン(朝倉のやつ、どうしたんだ? ああいうことはクラス替えの日に言うべきことじゃないか?)

キョン(宇宙人の考えることは……。宇宙人ってなんだ? 俺は何を……。佐々木の一件で溜まった疲れが今頃きたのか……?)

昼休み

谷口「やっぱ、朝倉だ。俺はやるぜ、キョン」

キョン「勝手に散って来い」

国木田「でも、不思議だよね。朝倉さんに特定の相手がいないのは。というより告白されたこともないんじゃないかな」

キョン「そうなのか?」

谷口「確かに。朝倉にアタックしたって奴はきいたことねえな」

キョン(意外……でもないか。朝倉は確かに容姿端麗だが、なんというか……)

国木田「得体が知れないって言ったら、失礼になっちゃうけど、何を考えているのかわからないよね」

キョン「え?」

谷口「なに言ってやがる。優しさの塊じゃねえか。俺は朝倉が聖母だって言われても信じる自信があるぜ?」

キョン(どうでもいい自信だな)

国木田「面倒見もいいし、リーダーシップもあるのはわかるよ。でも、こう、僕は怖いかな。朝倉さんのこと」

キョン(俺も国木田とは同意見だ。朝倉は腹黒い気がするな)

谷口「見る目がねーなー。お前たちは。もっと選美眼を磨けってんだ」

キョン(磨けてないお前が言っても説得力はないぞ、谷口)

放課後 廊下

ハルヒ「キョン、校門で落ち合いましょう」

キョン「どこ行くんだ?」

ハルヒ「トイレ!」

キョン「そうか」

ハルヒ「ふんっ」

キョン(訊いた俺も悪かったな……)

九曜「——服——届く……更に……時間を」

キョン「九曜!?」

九曜「……」

キョン(こいつはいつもいきなり現れるな……)

キョン「お前も服、買いに行くんだろ?」

九曜「——」

キョン(虚空を見てやがる……。たまに笑うんだが、そのスイッチは一年経った今でも分からん)

橘「何をしているの? 部室に行かないのですか?」

キョン「橘、聞いてないのか? そのまま買い物に行くつもりだぞ、ハルヒは」

橘「そ、そうなの? 知らなかった……。鞄、取ってきます」

キョン(部室に置いてきたのか……)

キョン「校門のところで待ってるぞ」

橘「わかりましたー!」

キョン「いくか、九曜」

九曜「——」

キョン(ま、こいつは勝手について来るんだがな……)

朝倉「帰るの?」

キョン「ああ。ちょっと用事でな」

朝倉「そう……」

九曜「——」

朝倉「……ついて行ってもいい?」

キョン「ハルヒに聞いてくれ。俺には権限がない」

朝倉「それじゃあ、ダメね。私は涼宮さんに嫌われているもの」

正門

キョン「朝比奈さん、ここに居ましたか」

朝比奈「あ、キョンくん。こんにちは。涼宮さんに言われていたので」

キョン(橘には伝達されてなかったのか?)

朝比奈「九曜さん、こんにちは」

九曜「——」

朝比奈「そうだ。九曜さん、飴あるんですけど。如何ですか?」

九曜「——」

キョン(いつもの九曜だな。朝比奈さんが気をつかうから何か喋れよ)

朝比奈「はい、どーぞ」

九曜「……」ガリッボリッ

朝比奈「あ、あの……飴は舐めるものなんです、けどぉ……」

キョン「九曜。朝比奈さんが怯えてるだろうが」

九曜「——かたい」

キョン「だろうな……」

ハルヒ「おっまたせ!! 全員、揃ってる!?」

キョン「橘がまだだ」

ハルヒ「京子ちゃん? どこにいるの?」

キョン「部室に鞄を置いてきたらしい」

ハルヒ「ふーん……。もう、なにしてるのかしら」

キョン「お前、ちゃんと橘に教えたのか?」

ハルヒ「メールで送ったわよ。さっき」

キョン「さっきじゃ意味がないだろ」

ハルヒ「ん? あ、噂をすれば京子ちゃんからのメールよ」

キョン「なんだって?」

ハルヒ「今から行きます!って。焦ってるのかもね。顔文字がやたら多いし」

キョン(不憫なやつだ)

九曜「——」

朝比奈「……あ、あの……飴はもう……ないのでぇ……見つめられてもぉ……」

九曜「——」

橘「——す、すいませ……ん……ごほっ……はぁ……はぁ……」

ハルヒ「大丈夫、京子ちゃん?」

橘「はぁ……い……。よし、行きましょう」

キョン「随分と急いできたみたいだな」

橘「まさか、ケータイに集合場所の案内が送られているとは思わなかったの。鞄に入れていたのが仇になりました」

キョン「普通、衣服のポケットにいれておかないか?」

橘「そうですね。でも、ほら、授業中とかは鞄に入れておいたほうがいいと思うんです。ポケットにあるとついつい触りたくなるもの」

キョン「……橘。俺のクラスにいる谷口って知っているか?」

橘「突然なんですか? 知ってますけど」

キョン「普通の女の子を捜しているらしい」

橘「何のために?」

キョン「付き合いたいんだと」

橘「では、ダメですね。あたしは一応、普通とは呼べないですし」

キョン(こいつが超能力者なんて、誰も信じないだろうな)

橘「何か?」

商店街

ハルヒ「さぁ、みんな。ここで買うからねっ!!」

キョン「意外だな。もう少し電車で行けば巨大な店もあるっていうのに」

ハルヒ「ちっちっちっ。ここで映画のロケしたとき、色々と見て回ったのよ。イメージ的には確かにダサいけど、よく見れば安くていい服が並んでるのよね」

キョン「いい服って本当か?」

ハルヒ「まぁ、そりゃグレードは若干落ちちゃうけど。それでもここで十分、戦闘装束は揃うわ!」

キョン(お前は誰と戦いに行くんだよ……)

ハルヒ「さぁ、バカキョンは放っておいてみんな、行くわよ!!」

朝比奈「はぁい。あ、この置物可愛い……」

橘「あ、あの、涼宮さん。今月、ピンチなんですが、買えると思いますか?」

九曜「——」

キョン(三者三様とはこのことか……。そして橘。やはり、お前は谷口が欲している女性そのものかもしれないぜ)

ハルヒ「ほらほら、あたしがみんなの見繕ってあげるから」

キョン(ハルヒのセンスなら問題ないだろうね。問題なのは俺が持ちきれるかどうかってことと)

キョン(明日、佐々木の身に何かあるんじゃないかってことぐらいか)

駅前

ハルヒ「それじゃあ、みんな! 駅前にいつもの時間で。遅れるんじゃないわよ?」

キョン「はいはい」

ハルヒ「ふんっ」

朝比奈「キョンくん。荷物、持ってくれてありがとう。重かったでしょ?」

キョン「いえいえ。なんのこれしきですよ。朝比奈さんの荷物ならいくらでも持ちます」

橘「あの、お金は明日返しますから。領収書貰いましたし。必ず」

キョン「ああ。頼む。どうせ明日の喫茶店は俺持ちだろうからな」

九曜「——感謝する」

キョン「別にいい。ほらよ」

九曜「……」

橘「今日はありがとうございます」

朝比奈「キョンくん、また明日っ」

九曜「明日——時間に……合致する——過去……」

キョン(この三人、見ていて飽きないな。九曜がとんでもない電波だが。って、もう1年も経つのに何で新鮮な物をみるような感覚に……。早く帰るか)

キョン宅

キョン「明日か……。佐々木から返信がないのが気になるな……」

キョン「電話、入れておくか……」

『もしもし』

キョン「佐々木か。あー、えー。メール、届いたよな?」

『すまない。返信していかったかな?』

キョン「ああ。いや、別にいいんだ。いつも律儀に返してくれるから、少し気になっただけで」

『そうか。この電話の後に返信しておくよ』

キョン「いや、そこまでしなくてもいいぜ? 口頭で伝えてくれたらよ」

『声から発せられた文字列と、電子表示された文字列。双方共に寸分の狂いなく同じ文字列だとして、それに違いはあると思うかい?』

キョン「ん? いや、伝わり方が全く違うんじゃないか。声のほうは感情が入るからな」

『その通りだよ。だから、僕はメールを送るわけだ。何か問題はあるだろうか』

キョン「いや、ないな」

『明日は楽しみにしているよ。キョン。とても』

キョン「ああ。まぁ、俺も楽しみに——」

翌日 駅前

キョン「待ったか?」

佐々木「待ちはしたけど、約束の5分前だ。構わない。まだ時間もあることだし、喫茶店に行こうか」

キョン「それはいいけど……」

朝比奈「どうしましたか?」

キョン「橘と九曜はどうしたんですか、朝比奈さん」

朝比奈「先に喫茶店に行くって九曜さんが言うので、橘さんは九曜さんの付き添いに」

キョン「ああ、そうですか」

佐々木「橘さんと九曜さんを待たせても悪いからね。急ごう」

キョン「というか、佐々木は何分前に着いたんだ?」

佐々木「僕が来たのは約束の10分前。朝比奈さんと橘さんは既にいたね。九曜さんは気がついたら隣にいたよ」

キョン(九曜は相変わらずだな。というか、九曜はあのお高いパフェを頼んじゃいないだろうな)

佐々木「パフェは自重するように言っておいたけど、あの九曜さんだからね。テーブルの上には二つ並んでいるかもしれない」

キョン「ああ。釣られて橘も頼む展開か。ありえるな」

佐々木「それでも君は少しも不快そうじゃない。キョンは少し甘いかな」

喫茶店

橘「あ、こっちです」

キョン「橘。また、お前……」

橘「じ、自分の分は払います。九曜さんのを見ていたら、欲しくなったの」

九曜「——」

キョン(こいつの場合、いつの間にか完食になっているからな。宇宙的パフォーマンスもほどほどにしておけよ、九曜)

九曜「——」

佐々木「すいません」

「はぁーい」

佐々木「朝比奈さんもキョンもコーヒーでいいかな?」

朝比奈「はぁい」

キョン「ああ。問題ない」

橘「あの。昨日借りた分です。どうぞ」

キョン「おう。しかと置け取った」

橘「お金に関してはきっちりしておかないと、後々トラブルになりますからね」

朝倉「ご注文は?」

佐々木「ブレンドコーヒを3つ」

朝倉「畏まりました」

キョン「……朝倉か」

佐々木「気がつかなかったのかい? 朝倉さんは随分前からここでアルバイトしているよ」

キョン(気付かなかったな。朝倉みたいな美人が働いてれば一発で分かりそうなものだが)

佐々木「さて、橘さん。パフェもたけなわですが、今日の予定について確認しておきませんか?」

橘「え? あ、そうですね。こほん。あたしたちは今から、涼宮ハルヒさんの高校に行き、見学をします」

キョン(ハルヒか。あいつとも久しぶりだな。最後にあったのは……4年前か?)

佐々木「……それはなんのために?」

橘「高校にあるであろう不思議を探しに、です」

佐々木「なるほど。……うん、確かにその通りだ」

キョン(なんだ、佐々木のやつ。なんでこんな前から決まっていることをわざわざ再確認するんだ?)

佐々木「記憶に間違いはないようだ。ただ、少し記憶が混乱しているみたいでね。すまない、余計な時間だったね」

キョン「いや、そんなことはないぞ。まぁ、佐々木にしては珍しいが」

朝倉「お待たせしました」

佐々木「どうも」

キョン「朝倉」

朝倉「何かしら?」

キョン「いつから、ここにいるんだ?」

朝倉「さぁ……。一応、一年前から働いていることになっているわね」

キョン「一応ってなんだ?」

朝倉「時間という概念から説明しなきゃダメかしら?」

佐々木「その必要はないと思いますよ、朝倉さん」

朝倉「そうね。時計好きな人もすぐ傍にいるみたいだし、キョンくんも九曜さんに聞けばいいと思うわ」

キョン「何故、九曜だ」

朝倉「ごゆっくり」

キョン(やっぱり、俺は朝倉が苦手みたいだな。あいつと話すだけで喉が渇く)

朝比奈「あの……佐々木さん。お砂糖……いいですか?」

佐々木「気が利かなくて申し訳ありません。どうぞ」

佐々木「ところで、橘さん」

橘「なんですか?」

佐々木「どうしてここにいるのか、説明ができますか?」

橘「我思う、ゆえに我ありってやつですか?」

佐々木「いや。そこまで切り込んでいくつもりは今のところないし、その真理を紐解くほど研鑽を積んでないからね」

キョン「佐々木、なんの話だ? さっぱり見えてこないぞ」

佐々木「キョンは今の自分に疑問を持ったことはないか?」

キョン「いや。まぁ、もう少し金持ちの家に生まれていればなぁとかは風呂に夢想するが」

佐々木「そうか。君らしいね。でも、そういう出自から今に至ることではなく。もっと短期的なことなんだ」

キョン「なに?」

佐々木「橘さん、今の自分に疑問は?」

橘「いいえ。あたしは佐々木にさんに誘ってもらって嬉しかったぐらいだから」

佐々木「朝比奈さんはどうですか?」

朝比奈「あ、あたしも同じです。佐々木さんと会えてよかったなぁって」

キョン(なんだ? 佐々木、この質問の意図はなんだよ? 結成一周年記念にひめた想いを告げていかなきゃならんのか)

佐々木「……九曜さんは?」

九曜「——」

佐々木「答えてもらえますか?」

九曜「回答——反故にし……わたしは……超える——時空を」

キョン「また訳のわからんことを」

佐々木「正直に言いましょう。何故か北高に通っている自分がとても不快です」

橘「え……?」

朝比奈「さ、佐々木さん……あの……」

佐々木「キョンも違和感を感じないか? 傍らに朝比奈さんがいるから、その辺りが希薄になっているのかもしれないけど」

キョン「いや。何も」

佐々木「本当か?」

キョン「ああ」

佐々木「僕はキョンと共に北高を受験し、キョンと一緒にあの入学式に行ったね。そのあと、僕たちだけの部活動を作ろうという話になった」

佐々木「それから、僕は朝比奈さん、九曜さん、そして転校してきた橘さんをメンバーに加えた。ここまでは合っているかな?」

キョン「間違いない。俺もそれに付き合ったからな」

佐々木「その後、野球大会に出たり、コンピ研の部長の自宅に行ってみたり、孤島にいき、映画をとり、クリスマスパーティーをし、ルソーに出会って……それから……」

キョン「佐々木!!」

佐々木「なんだい?」

キョン「顔色、悪いぞ。大丈夫か?」

佐々木「……すまない。僕がおかしいようだ。ここに居る全員と、記憶は共有しているはずなのに。それは揺ぎ無い事実、でしょう?」

朝比奈「は、はい」

佐々木「では、会計を済ませて出立しよう。涼宮さんもあまり待たされるのは好きではないと思うし」

キョン「そうだな。時間にはうるさいからな」

橘「えっと、いつも通り……」

佐々木「今日はワリカンでいいんじゃないかな」

キョン「いいのか、佐々木?」

佐々木「僕の作ったルールだ。僕が潰してもなんら不都合はない」

キョン「まぁ、そうだが」

佐々木「お会計、お願いします」

橘「あ、それなら、あの別々で! 私の分は領収書くださいっ」

電車内

佐々木「……」

朝比奈「佐々木さん、お茶でよければありますけど……」

佐々木「どうも。でも、車中での飲食はやめておきます」

朝比奈「そ、そうですか? 無理、しないでくださいね」

佐々木「ええ」

九曜「——」

キョン「橘。どう思う?」

橘「え? ど、どうって……?」

キョン「佐々木の様子が明らかにおかしいだろ。昨日まではあんなに元気だったなのに」

橘「そうですね。風邪……じゃない。えーと……ぅ……ん……」

キョン(橘はこういうやつだったな)

キョン(佐々木が言っていた違和感か。確かに妙な引っ掛かりはある。例えば、朝倉があの店でバイトをしていたこと。ハルヒとは4年前にあったきりなのに、なぜか良く知っている)

キョン(というか、俺とハルヒはどうして出会ったんだ。朝比奈さんが引き合わせてくれたのは、おぼろげに映像として残っているが……)

佐々木「……」

高校 正門

ハルヒ「遅い!! 罰金!!!」

佐々木「申し訳ありません。遅れました」

ハルヒ「どうせ、キョンが一番遅かったんでしょ!!」

キョン「てめぇ、久しぶりに会うのにその態度はなんだ」

ハルヒ「久しぶり? ああ、まぁ、確かに4年前になるのよね。あの時はお世話になったわ」

キョン「それだけじゃねえだろ」

ハルヒ「なんかあったっけ?」

橘「まぁまぁ、四方山話はその辺にして。涼宮さん、今日は案内してくれるそうで、助かります」

ハルヒ「いいのよ。佐々木さんのお願いじゃ断れないもの」

キョン「ハルヒ、佐々木のこと知ってるのか?」

ハルヒ「まぁね。小学校のとき、一緒だったもの。あたしは家庭の事情で苗字が変わっちゃったし、外見も変わったから佐々木さんは覚えてないでしょうけど」

佐々木「……ごめんなさい」

ハルヒ「いいのよ! でも、佐々木さんとこうして話せるのは嬉しいわ。さ、早く行きましょう。案内するから」

キョン(俺が最後に見たのは中学校の門を乗り越えようとしているハルヒだな。ああ、間違いない)

廊下

ハルヒ「教師が何か言ってきてもあたしが一蹴するから問題ないわ。安心して」

キョン「何を安心したらいいんだか」

ハルヒ「で、どこから見る?」

佐々木「当初の目的通り、七不思議について取材でもさせてもらおうかな」

ハルヒ「生憎、佐々木さん好みの怪奇現象はこの学校ではないわね」

佐々木「そうですか。残念です」

キョン「まぁ、そんなに怪奇現象がゴロゴロしているはずもないしな」

ハルヒ「まぁね。みくるちゃん、どこ見てるのよ。しっかりついて来なさい」

朝比奈「はい、ごめんなさい」

橘「不思議な場所だとか言われているポイントもないんですか?」

ハルヒ「京子ちゃんが考える、不思議な場所って?」

橘「え? えーと……パワースポット的な、そういうのですか?」

キョン「俺に訊くのか? だが、まぁ、そういうことだろうな。九曜はどう思う?」

九曜「——」

佐々木「涼宮さん」

ハルヒ「どうかしたの?」

佐々木「現状に満足している?」

ハルヒ「どういうこと?」

佐々木「そのままの意味です」

ハルヒ「そうね……。不満があるとするなら、あたしも佐々木さんみたに生きたかったとは思うわね。SOS団をこっちで作っておけばよかったわ」

佐々木「そう……」

キョン(やはり佐々木は何かを思い詰めている。こんなときに真っ先に思い浮かぶのは、閉鎖空間だが)

橘「いえ。佐々木さんの閉鎖空間は常時出現していますからね。問題はありません」

キョン「そうだったな。なら、ハルヒは?」

橘「涼宮さん? 涼宮さんがなにか?」

キョン「あれ? いや、なんでもない」

キョン(俺は何を言おうとしたんだ?)

朝比奈「なんでしょうか? みなさん、何か困っているようなぁ……」

九曜「——」

正門

ハルヒ「もう帰っちゃうわけ? ゆっくりしていけばいいのに」

佐々木「これ以上は。不思議がないなら、意味もないからね」

ハルヒ「確かにそうね。こら、キョン。しっかり全員を送り届けるのよ? いいわね?」

キョン「分かってる」

ハルヒ「本当かしらね。いつまで経ってもヒラ団員のあんたじゃ、不安は拭えないわね」

キョン(言いたい放題だな)

佐々木「気に病むことはないよ、キョン。君はよくやってくれている」

キョン「佐々木だけだな、そうやって正当な評価をくれるのは。ハルヒじゃこうはいかない」

ハルヒ「なんですって? あんたいつも——いつも……?」

佐々木「ともかく、今日はこの辺で失礼させてもらおう。涼宮さん、見学できて本当によかった」

ハルヒ「また、いつでも来て」

佐々木「必ず」

キョン(今日はこれで終わりか。いつもよりも格段に早い不思議探索だな)

キョン(ま、そのほうがいい。帰って惰眠を貪れる)

駅前

佐々木「解散だ。ありがとう」

橘「それでは、また月曜日に」

朝比奈「さようなら」

九曜「——」

キョン「……佐々木」

佐々木「キョン、話がある」

キョン(そんな感じはしていた。そして佐々木が言いたいことも今ならなんとなく分かる)

佐々木「笑わないで聞いてほしいことがあるんだ、キョン」

キョン「お前の話で笑ったことはないな」

佐々木「僕にユーモアがないということかな? ああ、いや、今はそんなことを言っている場合じゃなかった。僕はね、キョン。自分のことは自分でするのさ」

佐々木「何も僕一人だけの力で生きていこうとか、そういうことじゃない。システムが行き届いた現代で、数多の利便性を廃してまで原始的に生きようとは考えていない」

佐々木「ただ、手に入れるべき結果や成果、そういうものは自分が思考し思案し、試行錯誤の末に得なければならない。そう常々考えてきた」

キョン「ああ。俺の知っている佐々木はそんな感じだ。誰にも左右されることなく、我を通す奴だったぜ」

佐々木「でも、それが意識の外側から崩れているようだ。僕がこうしてここにいるのが、不愉快でならない」

喫茶店

佐々木「原因は分からない。ただただ不愉快だよ。こんなに苛立たしいのは、生まれて初めてかもしれない」

キョン(佐々木の笑みにもどこか余裕がない。こいつは、あのときだって……あのとき?)

佐々木「キョン。答えあわせをしたい」

キョン「答え合わせ?」

佐々木「高校1年生から今日まで、僕たちは本当に記憶を共有しあってきたのかが知りたいんだ」

キョン「それは構わんが、それで納得できるのか?」

佐々木「出来ないだろうね。その記憶こそが誰かによって捏造されたものだという可能性もある」

キョン「それって、どういうことだ?」

佐々木「生きている以上、理不尽な目には必ず遭う。僕はその運命を心安らかに受け入れる覚悟はある。でも、これは違う」

佐々木「運命、という糸があったなら、途中で作為的に糸を切り、結び直した。見えないところでやるならまだしも、堂々とそれをやってのけた人がいるようだよ」

キョン「それは酷い話だ。運命の相手が変わっちまう」

佐々木「その通りだ。ある意味、未来人が過去を改竄してしまうよりも、性質の悪いことだと僕は思う」

キョン「佐々木、お前は……」

佐々木「僕がおかしくなったのか、誰かが僕をおかしくしたのか。それはまだわからないが。僕は断言できるよ。ここに僕はいてはいけない」

キョン「佐々木、どうして断言できるんだ、そんなことを。それは現状が嘘の世界ってことだぜ?」

佐々木「今朝起床したとき、僕は自分が北高生であることを自覚していた。そのままベッドを降り、顔を洗って朝食を取っているときには不思議探索に遅れてはならないと思ってた」

佐々木「それはまぁ、キョンを待たせてはいけないという心理が働いた結果なんだろうけど」

キョン(だからいつもお前は俺よりも早く到着しているのか。意外と可愛いところが、って佐々木ならそれぐらいの気遣いはするか。今度から俺ももう少し早く起きるとしよう)

佐々木「でも、着替えを行っている最中に妙な感覚に捕らわれた」

キョン「妙な感覚?」

佐々木「この行為をしているのは、いつも別の誰かだったのではないかと思ってしまった。かなり複雑かつ不思議な感覚だった」

佐々木「鏡に映る知らない誰かに問いかけるような、覚えないホームビデオを見るような。現実感が薄くなっていくと言ったほうがいいか」

キョン「今の自分は自分じゃないってことか」

佐々木「ああ。でも、これも可笑しなことに僕の記憶はしっかりしていた。SOS団を結成したのも僕。キョンの話を聞き、新たな部を作ろうと考えた。それからは様々なイベントをこなした」

キョン(その間に色々なこともあったがな。俺としては表と裏のイベントがまさに180度違うからいつも披露困憊だったぜ)

佐々木「やはり、僕がおかしいのかな?」

キョン「いや、佐々木がおかしいってことはないだろ。少なくともお前がそう思っちまうには原因があるだろうな」

佐々木「ありがとう、キョン。君はやはり、僕の親友だよ。得がたい親友だ」

キョン「そうかい? 俺は率直な意見を言っただけだが」

>>53
佐々木「鏡に映る知らない誰かに問いかけるような、覚えないホームビデオを見るような。現実感が薄くなっていくと言ったほうがいいか」

佐々木「鏡に映る知らない誰かに問いかけるような、覚えのないホームビデオを見るような。現実感が薄くなっていくと言ったほうがいいか」

佐々木「それがこの上なく僕を安堵させるんだよ。君には是非、そのスタンスを貫いてほしいところだ。杞憂だろうけど」

キョン(ま、この捻じ曲がった性格が今更しゃきっとするとは思わないしな)

佐々木「では、前提条件としてこの世界が変貌してしまったということにして、話を進めていこうか。誰が何の目的でそんなことをしたのか」

キョン「それは分からないな。そもそも佐々木にそんなことをして何のメリットがあるっていうんだ。これが九曜や朝比奈さんならわかるぜ? 橘もまあ、罠にかけるだけのメリットはなさそうだが」

佐々木「僕に有益なことがないのは、僕自身がよく分かっていることだよ。僕は機嫌を損ねているからね。キョンとこうしているのは、割と至福だけど」

キョン「しかし、世界が変わったって事態なら、真っ先に浮かぶのは……」

佐々木「九曜さん、ということになるだろう。問題なのは、あの九曜さんに確固たる目的があり、明確な意思の下で実行したいうならば、元に戻る可能性は低いと言わざるを得ない」

キョン(その通りだ。九曜は俺たちが文句を言っても、あの無表情を崩すとは思えない。むしろ、変なスイッチが入って笑い出すかもしれん。恐ろしい)

佐々木「とはいえ、話してみないことには何とも言えないね。この現象がいつから始まったものなのか、僕には分からないけど、幸い九曜さんも北高生だ」

キョン「神出鬼没のな」

佐々木「僕の記憶の中には常に部室にいるとなっているけど、違うのかい」

キョン「俺の脳内でもそうなっているけどな。何故だが、あいつが大人しく椅子に座って本を読んでいるイメージが……」

佐々木「キョン?」

キョン(なんだ、これ……。あの部室にはいつも誰かがいた。九曜の姿が大きくなっているが、その後ろに……誰かが……)

朝倉「お待たせしました」

キョン「朝倉。まだ働いてたのか」

朝倉「午前中から午後の3時までだから」

キョン「そうか。大変か?」

朝倉「いいえ。とっても楽しいわよ」

佐々木「……」

朝倉「何かしら? 私のエプロンに何かついてる?」

佐々木「朝倉さんは九曜さんとは?」

朝倉「九曜さん? 友達というほどでもないけど、知人って感じかな」

キョン「知人か。その割にはお前と九曜が何かしていたことはないように思うが」

朝倉「思い出させてあげましょうか?」

キョン「……!?」

キョン(なんだ、悪寒が……)

佐々木「朝倉さん、あまりキョンを苛めないであげてほしい。どう努力しても、今の彼では貴方に敵わないからね」

朝倉「ごめんなさい。それじゃあ、ごゆっくり」

キョン(やっぱり、朝倉は苦手だな、俺)

駅前

佐々木「それじゃあ、キョン。今日はここまでにしておこう。また、月曜日に会おう」

キョン「おう。でも、いいのか。今から九曜を呼びつけても」

佐々木「キョン。確かに僕たちは世界が変わったと仮定した。でも、それは公式ではないんだ。ただ書きなぐった数列でしかない」

佐々木「解答が間違っているのか、問そのものに瑕疵が存在するのか、そんなことすらも判明していないんだよ」

佐々木「もし、ここで九曜さんを呼び、僕たちが間違いに気付かないまま、九曜さんに答案を改竄されてしまったら終わりだ。今度こそ真実には辿り着けない気がする」

キョン「だが、後手に回って手遅れになる場合もあるかもしれないぜ?」

佐々木「それなら、既にそうなっているよ」

キョン「なに?」

佐々木「変貌して今日が初日なのかも分からない。もしこれが1年前から続いていた変革なら、僕たちがいくら違和感を覚えようが、これが現実だと受け入れるしかないことになる」

キョン(そうだな。真実か嘘か調べる方法がなくなったというなら、もうそれをあるがままに俺は受け取らないといけない。永遠に分からんものは分からん。迷宮入りってやつだな)

佐々木「それでも僕は探すよ。——正直に言えば、こんな世界は嫌いだからね」

キョン(俺は初めて見たのかもしれな。佐々木のはっきりとしたな嫌悪を)

佐々木「それじゃあ、キョン。また。何か分かったら連絡する。君も心置きなく連絡してくれたまえ」

キョン「ああ。そうさせてもらうぜ」

>>57
キョン(俺は初めて見たのかもしれな。佐々木のはっきりとしたな嫌悪を)

キョン(俺は初めて見たのかもしれない。佐々木のはっきりとしたな嫌悪を)

キョン(佐々木と別れてから、色々と考えてみるものの、シャミセンが何を思って妹に弄ばれているのかというぐらい難解なことであり、至極真っ当な結果として、答えはでない)

キョン(自転車のペダルがやけに重いのは気のせいか?)

ヤスミ「せーんぱい」ギュッ

キョン「おわっ?!!」

ヤスミ「わわ、危ないっ」

キョン「な……!?」

キョン(なんで、こいつが自転車の荷台に乗ってやがる!? いつもの間に乗ったんだよ、おい!)

ヤスミ「ごめんなさい! 一応、お邪魔しますって言ったんですけど、先輩、全然気付いてくれなかったので。乗っちゃいました。フフ」

キョン「いやいや、いつ乗ったんだよ!!」

ヤスミ「駐輪場を出るときですよ?」

キョン「お前、忍者にでもなれるんじゃないか?」

ヤスミ「忍者ですか!? いいですね!! ニンニンっ!!」

キョン「おい、こら!! 危ないからしっかりつかまっておけって!!」

ヤスミ「はい!! ギュッギュッとつかまります!!」

キョン「にしても、どうしてお前がここに? いや、それ以前にお前は……えーと……ああ、そうだ、中学生だったんだよな?」

ヤスミ「そうです。先輩たちには多大なるご迷惑をおけたしましたと猛省していたところです!」

キョン(渡橋泰水だよな……。先日の入団試験を唯一パスした……)

ヤスミ「それでもどうしても、今日は、いえ、今日からは先輩の傍にいないといけないような気がして、それでご迷惑を承知の上でこうして荷台にちょこんと乗っていますっ」

キョン「そんな笑顔で元気いっぱいに言われてもな」

キョン(こんな姿、谷口なんかには絶対に見られたくない光景だ)

ヤスミ「先輩。また部室にお邪魔してもいいですか? 制服ならありますから」

キョン「構わないが、程ほどにしろよ。バレても的確なフォローを入れてやる自信は俺にはないからな」

ヤスミ「フフ。先輩はかっこいいですね。まずは自分のできることをしようとするんですから。とってもとってもカッコいいです」

キョン(それがかっこいいのかどうかはさておき、俺だってこの一年で揉まれてきたんだ。ただぼーっと傍観者をしていたわけじゃない。自分の役割ぐらいは把握している)

ヤスミ「……ああ、一度、こうしたかったんですよね」ギュッ

キョン「二人乗りか? 道交法違反だからやめとけよ」

ヤスミ「でも、先輩はこうしていたんですよ?」

キョン「……佐々木のことか。塾の行きだけな。俺の家に寄ってから自転車で向かったほうが効率がよかったからだ。佐々木もバス代が浮いてラッキーだと言ってたし」

ヤスミ「そうですか」

キョン(ん? この話、どうしてヤスミが知っているんだ?)

ヤスミ「先輩、止めてください」

キョン「ここにお前の家があるのか?」

ヤスミ「向こうの角に」

キョン「乗っけた船だ。最後まで乗っていっても文句は言わないぞ」

ヤスミ「いえいえ!! 流石にそこまでお世話になるなんて!! それにそれに! 十分楽しかったですから!!」

キョン「それならいいんだが」

ヤスミ「では、また!!」

キョン「またって、どこかで会うつもりか?」

ヤスミ「つもりといいますか、会わざるを得ないといいますか。でもでも! 迷惑なら電話だけで済ましちゃいますけど!!」

キョン「そんなことはない。会いたきゃ会いに来い」

キョン(朝比奈さんも喜ぶだろうし、俺も悪い気はしないからな。これだけ可愛い後輩だと)

ヤスミ「ありがとうございますっ!! それではっ!!!」

キョン「気をつけろよ」

ヤスミ「はぁーい!!!」

キョン(嵐のような奴だ。鶴屋さんと似ているな)

キョン宅

キョン(佐々木のこともある。もし、また俺の周りで何か不可解なことが起こっているなら、何とかしないと)

キョン(だが、いつも俺たちの大きな力となっていた九曜が首謀者というなら、誰に相談するべきだ?)

キョン(佐々木は今、思案中だし。橘は何となく頼りにならなさそうだ。朝比奈さんに迷惑をかけるわけにもいかん)

キョン(待て。なら、俺は今までどうやって事件を解決してきたんだ? いや、朝比奈さんが手助けしてくれたことも多々あるし、橘だって……)

キョン「橘? 橘は俺に何をしてくれたんだ?」

キョン「……それにクリスマスの前、九曜が……世界をかえて……そこで俺は……」

キョン「——長門だ!!」

キョン「どうして忘れていたんだ。あいつの存在を、今の今まで!! 九曜じゃないだろ!! 長門だ!! 九曜のポジションにいるべきは、長門有希だ!!」

キョン「誰に……誰に伝えれば、解決するんだ? 長門の家に行ってみればいいのか?」

キョン(考えても仕方ない。まずは長門を訪ねてみるしかない。少なくとも数歩は進めるはずだ)

妹「あれー? どこいくのー?」

キョン「ちょっとサイクリングだ。お前はもう寝なさい」

妹「はぁーい」

キョン「よし、いくぜ——」

翌日

キョン「ん……?」

シャミセン「ニャァ……」

キョン(猫はいいな。いつでも日曜日で。まぁ、そんな俺も今日という休日を精一杯謳歌しようと思うが)

キョン「しかし、少し早く目が覚めたな。もう一度寝るか……」

キョン(日常を満喫するために、俺は寝るのさ)

妹「——キョーンくん!!!」ドサッ

キョン「ぐふっ!? ——なにしやがる!! 起こすのはいいが、ダイブしてくるのはやめてくれ」

妹「お客さんだよ」

キョン「こんな朝からか? 誰だ?」

妹「しらなーい。シャミーいこー」

キョン(名前ぐらい聞いておけよ、いい加減)

妹「でも、キョンくんと同じがっこーの制服だったよ?」

キョン「俺と? 男か?」

妹「ううん。女のひとー」

キョン(俺は目を丸くしたね。まさか、早朝から予想外の来客で、更にその客が全く想像していない人物だった)

朝倉「おはよう」

キョン「……朝倉か。どうかしたのか?」

朝倉「上がってもいいかしら? 立ち話で済ませるには少し疲れちゃうから」

キョン「回覧板を持ってきたわけでもなさそうだな」

朝倉「そんなご近所さんじゃないわ。でも、そうね。確かにそのほうが都合がいいかもしれないわ。ありがとう、今後の参考にさせてもらうわね」

キョン「それはどうも。用件はなんだ?」

朝倉「……佐々木さんのことって言えばいいかしら?」

キョン「佐々木だ?」

朝倉「ええ。わたしにとってはどうでもいいことであるし、観察対象が違うから、そもそも乗り気じゃないの。はっきり言って、これはわたしの領分じゃない」

キョン(この寒気はなんだ……。どうして俺は朝倉を本能的に恐れているんだ……)

朝倉「ここで——」

キョン「な……!?」

朝倉「貴方を殺してもいいの。だって、元々わたしはそのためにやってきたんですもの」

キョン(気がつけば俺の喉にナイフの切っ先がある……。ああ、なんてこった……。どうして忘れていたんだ……。朝倉は……俺を二度刺そうとし、一度は本当に刺した奴じゃねえか……)

朝倉「思い出せた?」

キョン「ああ……」

朝倉「よかった。わたしのことを忘れたままでは、話が進まないから」

キョン「佐々木のことなんだよな? あいつがどうかしたのか?」

朝倉「とにかく、上がってもいい?」

キョン「……ああ」

朝倉「ありがとう。お邪魔するわね。よっと」

キョン(脱いだ靴はきちんと揃えるのか……。いきなりナイフを突きつけたりするわりには人間的な作法を身に付けているんだな。いや、まぁ、長門もスリッパを用意するぐらいのことはやるしな)

朝倉「どうかした?」

キョン「い、いや」

妹「キョンくん、そのひとはー?」

キョン「ああ、えっと」

朝倉「初めまして、朝倉涼子よ。よろしくね」

妹「うんっ! りょーこお姉さん!」

朝倉「かわいい」

自室

キョン「それで、俺を殺しにきたわけじゃないんだよな?」

朝倉「そうね。今は、違うわ」

キョン(今を強調するな)

朝倉「貴方を殺してもそれほど大きな情報爆発は今のところ観測できない。それがわたしの試算ね。でも、別に問題はないと思うわ。観察対象が違うからつまらないけど」

キョン「さっきから何を言ってるんだ? 佐々木のことを話せよ」

朝倉「だから言ってるじゃない。貴方を殺したところで、佐々木さんは涼宮さんほどの情報爆発は起きないってこと」

キョン「な……? 朝倉、どうしてそこでハルヒの名前が出てくるんだ? あいつは何も関係ないだろ」

朝倉「関係ない? そう。天蓋領域も随分と手の込んだことをするのね。広域拡散させたのは消失因子核だけではなく、事象概念因子を作り変えてしまう情報を——」

キョン「朝倉。できるだけわかりやすく説明してくれると助かる」

朝倉「ごめんなさい。したところで、18時間後に忘れてしまうでしょうから。そんな非効率なことは言えないわ」

キョン「忘れるってどういうことだ?」

朝倉「わたしがどういう存在なのか今まで忘れていたでしょう? わたしが貴方の脳を弄ってあげなければ、ただのクラスメイトを部屋にあげたって認識で終わっていたところなのよ?」

キョン(何を弄ったって!?)

朝倉「九曜さんの情報操作は完璧ね。彼女に繋がるであろう情報は1ビットだろうと24時間で消滅するように仕組まれている。散布されたこのプログラムの除去はわたしたちでも不可能ね」

キョン「それはあれか、九曜のしていることには決して近づけないってことか?」

朝倉「ええ。でも、わたしと喜緑さんは別。そのようなプログラムは自浄できるから」

キョン「お前がなんとかしてくれるのか?」

朝倉「今、できないって言わなかった?」

キョン「朝倉、ならなんだ? どうせ、今日お前がここで話したことも俺は忘れるってことなんだろ?」

朝倉「そうなるでしょうね。そもそもわたしと接触したことすら忘れていると思うけど」

キョン「詳しい説明をしてあと、18時間か、その間に解決してみろってことでもないんだろ?」

朝倉「できるなら、説明しているわ。言語で伝えるのは煩わしいから、わたしの所持している情報を貴方に全て複写することになるけど」

キョン「俺の頭の容量に収まるぐらいの情報量なんだろうな?」

朝倉「16900ヨタバイトの空きがあればなんとかなるわ。ある?」

キョン「あるわけねーだろ!! どこのスパコンだ!!」

朝倉「今日来たのは、依頼ではないのだけど、わたしに協力して欲しいってことなの」

キョン「なに?」

朝倉「もっとも、貴方がわたしのお願いを拒否できるかどうか、考えなくてもわかるんじゃない?」

キョン(ナイフが出てきやがった。完全に脅迫だ。これは恐らく、俺にとっても佐々木にとってもなんの得もないな……)

>>69
朝倉「16900ヨタバイトの空きがあればなんとかなるわ。ある?」

朝倉「169ヨタバイトの空きがあればなんとかなるわ。ある?」

朝倉「簡単なことだから、緊張しないで。貴方はただ、涼宮さんを選ぶだけいい」

キョン「ハルヒを……選ぶ?」

朝倉「そう。佐々木さんでもいいのだけど、さっきも言ったとおり、あまり面白い結果にはならないと思うから」

朝倉「佐々木の場合、あの力を持て余すわ。確実に。涼宮さんほど有効活用できない」

キョン「さっきから聞いていればなんだよ。あのトンデモ能力は佐々木のものだろうが」

朝倉「ええ。でも、涼宮さんのものでもある」

キョン(何を言ってるのかさっぱりわからん)

朝倉「説明はしないけれど、とにかくそういうことなの。急進派にとってもこのままってわけにはいかない。まぁ、現状を維持するというのなら、この場で貴方を殺し……」

キョン「くっ……!?」

朝倉「佐々木さんの出方を見ることになるけど?」

キョン(笑顔でナイフを向けてそんなこというんじゃねえよ、イカレ宇宙人!!)

朝倉「いいじゃない。涼宮さんを選べば元に戻るんだから」

キョン「元にもどる? それは……」

朝倉「答えはそうね……。6時間後に聞きに来るわ。それまでに決めておいてね。涼宮さんと幸せになるか、それとも佐々木さんを選んでわたしを落胆させるか。じゃあね」

キョン「まて!! 朝倉!!」

駅前

キョン「……」

佐々木「——キョン、待たせたかい?」

キョン「いや。悪いな。塾はなかったのか?」

佐々木「都合よくね。喫茶店で話そうか」

キョン「いや、ここでいい」

キョン(喫茶店には朝倉がいるだろうからな)

佐々木「それで、話っていうのは?」

キョン「実は——」

ヤスミ「せんぱぁーい!!」

キョン「な……!?」

ヤスミ「まさかまさか!! こんなところで会えるとは!! 僥倖ですね!!」

キョン「ヤスミ、どうして、お前がここに!?」

佐々木「キョン、この愛くるしい子は誰かな?」

ヤスミ「どうも。佐々木先輩!! あたしは、わたぁしです!!」

佐々木「わたし? どういう字を書くのかな?」

キョン「ああ。わたしじゃなくてな」

佐々木「待ってくれ。自分で考えたい」

キョン「そうか」

ヤスミ「これからお二人でデートなんですか!?」

キョン「断じて違う」

ヤスミ「そうなんですか? なら、あたしもついて行ってもいいですか!?」

キョン「なんでそうなる?」

ヤスミ「ご迷惑なら遠慮しますが、先輩についていきたんです! お世話したいんです!!」

キョン(なんだろうね。この献身っぷりは。何かあるのか)

ヤスミ「フフ」

佐々木「分かった。渡橋ヤスミか」

ヤスミ「正解です!! 流石は佐々木先輩!!」パチパチ

佐々木「それで、ヤスミってどんな字なんだろう? もしかして……こう書くのかな?」

ヤスミ「はいっ! いやぁ、やっぱり佐々木先輩は聡明ですね!! 尊敬しちゃいます!!」

キョン「それはそうと、ヤスミ。お前がいるとな」

佐々木「いいじゃないか、キョン。この子にも居てもらおう」

キョン「本気か?」

佐々木「何か不都合でもあるのかな?」

キョン「あるだろ。この話は易々と他人にしていいものじゃない」

佐々木「この子は元とはいえ、SOS団員だったそうじゃないか」

キョン(え?)

佐々木「渡橋さんもその権利は十分にあるはずだ」

キョン「まぁ、そういえばそうだが……」

ヤスミ「佐々木先輩!! それならそれなら!! 喫茶店に行きませんか!?」

佐々木「そうだね。不思議探索のスタートはそこからだ」

ヤスミ「いきましょういきましょう!!」

キョン「やれやれ……」

キョン(まぁ、渡橋ヤスミが普通ではないのは確かだ。とはいえ、九曜や橘、朝比奈さんといった特別な人種でもない)

キョン(あの佐々木が良いっていうなら、何も問題はないだろうが。この言いようの無い気持ち悪さはなんだろうか。世界に霞がかかっているような気分だぜ)

喫茶店

ヤスミ「すいませーん!!」

「はい、ご注文は?」

ヤスミ「先輩、何にします?」

キョン「決めてから呼べ」

佐々木「まぁまぁ、僕はホットコーヒーでいいよ」

キョン「俺もホットでいいか」

ヤスミ「では……あたしも、ホットに挑戦します!!」

「畏まりました」

キョン(今日は朝倉じゃないのか。6時間後に来るって言ってたしな。悠長に労働に身を窶しているわけがないか)

佐々木「それで、キョン。話とは?」

キョン「今朝、俺の家に朝倉が来た」

ヤスミ「朝倉先輩ですか? どうして?」

キョン「だから、それを……って、お前、朝倉のこと知ってるのか?」

ヤスミ「はい。何度かみましたから」

キョン「見かけたのか」

佐々木「彼女は暫く北高に出入りしていたのだから、不思議はないと思うが」

キョン(さっきからヤスミの言動とヤスミに関する記憶が何かおかしい。どういうことだ)

佐々木「朝倉さんがどうかしたのかな?」

キョン「あ、ああ。九曜の仕業らしい」

佐々木「……そうか」

キョン「なんか良く分からんことを言っていたが、とにかく九曜が世界を変えちまったみたいだな。で、厄介なことに真相に至るための情報は24時間で消えちまうらしい」

佐々木「それは九曜さんの情報というわけではなさそうだね。僕は九曜さんと出会ってからの記憶は頭にあるから」

キョン「消えるのは九曜の正体に関するようなことなんだろうな。どんなに九曜がしたことを調べても、それは泡みたいに流されちまう」

佐々木「この状況を打開できる方法もそれに含まれている可能性も高いか」

キョン「そうなるな」

ヤスミ「難しいですねー」

キョン「理解できてるのか?」

ヤスミ「はいっ! なんとなくなんとなく!! でも、あたしは分かっていても先輩の手助けはできそうにありませんね。こればっかりは」

キョン「だろうな」

佐々木「九曜さんを問い詰めても、恐らく何も得られないだろう」

キョン(同感だ。あの絶対零度の表情を崩して、滔滔と語ってくれるとは到底思えない)

佐々木「ということはだ、キョン。僕たちにできることは何か。ここを突きつけなければ僕たちはただ喫茶店で優雅な一時を過ごしただけということになるね」

キョン(朝倉に言われたことを話すか……。だが……)

ヤスミ「先輩。他に言われたことないんですか?」

キョン「え?」

ヤスミ「朝倉先輩に言われたことですよ。今日中に解決できる手がかり、とか」

キョン「……」

佐々木「あるんだね、キョン」

キョン「どういうことか、俺にも分からないが、朝倉に選べといわれた」

佐々木「何を選ぶんだい?」

キョン「佐々木とハルヒ。どちらかを選べと」

佐々木「僕と……」

ヤスミ「……」

キョン「佐々木。お前のトンデモ能力、それはお前のモノだよな? 秋に桜を満開にさせたり、猫を喋らせたり。あれはお前の力であって、ハルヒのじゃないよな?」

>>58
キョン(俺は初めて見たのかもしれな。佐々木のはっきりとしたな嫌悪を)

キョン(俺は初めて見たのかもしれない。佐々木のはっきりとした嫌悪を)

>>59
キョン(なんで、こいつが自転車の荷台に乗ってやがる!? いつもの間に乗ったんだよ、おい!)

キョン(なんで、こいつが自転車の荷台に乗ってやがる!? いつの間に乗ったんだよ、おい!)

佐々木「なるほど。朝倉さんはそんなことを言ったのか。僕と涼宮さんが入れ替わったと」

キョン「いや、そう言うことじゃない。朝倉はただ、お前の力もハルヒのものだって……」

佐々木「キョン。元に戻るということはどういうことか考えてみればいい。何が違っていて、何が本当なのか」

佐々木「僕は今、この瞬間にも自分の本質に強い矛盾を抱えている。朝倉さんの問いには僕が求める答えがあると断言できるね」

キョン「待て。お前はあれか、自分とハルヒの立場が入れ替わったって言いたいんだろ? それは話が大きくなりすぎだ」

佐々木「どうしてそう思うのかな? 僕には寧ろそれしかあり得ないとまで思えるぐらいだけど」

キョン「俺とお前は中学からずっと一緒で、SOS団まで作って……下らない映画もとって……」

佐々木「下らないは言いすぎだよ。でも、僕が撮ったかどうかは曖昧だね。こうなると。その記憶、過去が既に九曜さんに捏造されたものだとしたら」

キョン「それはまだ分からないだろ」

キョン(だが、そうだ。あんな出鱈目な映画をこの佐々木が撮るか? もっと思考回路が焼ききれちまってる奴じゃないと無理じゃないか……?)

ヤスミ「あのあの。先輩は困るんですか? 佐々木先輩と涼宮先輩が入れ替わっていたら」

キョン「困るに決まってるだろうが」

ヤスミ「どうしてですか?」

キョン「それは……」

ヤスミ「好き、だからですか?」

キョン「な……!?」

佐々木「渡橋さん、それは新説だね」

ヤスミ「でもでも、佐々木先輩が好きだからこそ、この現状が嫌だって言ってる佐々木先輩を説得しようとしているようにも見えますけど」

佐々木「なら、こう考えられる。キョンが好意を寄せているのは僕ではなく、ここにいるべき人。それは——」

キョン「佐々木、やめろ」

佐々木「キョン……。でも、これは……」

キョン「そういうことじゃないだろ。俺の、いや、俺たちの団長はお前だ、佐々木。今更、その座を誰かに譲渡するな。今まで俺がどれほど苦労してきたかわかってるんだろうな?」

佐々木「例えば、どんなことかな?」

キョン「あのな、何度お前が世界をおかしくしてしまったか分かってるのか。その都度、俺は厄介ごとに……」

佐々木「それで?」

キョン「……」

ヤスミ「厄介ごとってなんですか?」

キョン(あれ……。どうして俺は佐々木にこんなことを自然と話してるんだ……? 俺が経験した非日常は佐々木には秘密にしておいたほうがいいって……)

佐々木「キョン? どうしたんだ?」

キョン「ま、待ってくれ……。今、考えてる……」

キョン「佐々木。お前は、自分のことを自覚、してるんだよな……?」

佐々木「自覚か。さあ、どうだろう。主観的なことでいいなら述べることもできるけど」

キョン「それでいい。言ってくれ」

佐々木「スリーサイズから言ったほうがいいかな?」

キョン「そんな身体的特徴はどうでもいい。見れば分かる」

佐々木「そうか。貧相な体で申し訳ないと思っている」

キョン「そんなこといってるんじゃない!!」

ヤスミ「佐々木先輩は綺麗ですもんね」

佐々木「ありがとう、渡橋さん」

キョン「お前、自分が橘や朝比奈さんからどう思われているのか知っているのか?」

佐々木「それは僕個人のことかな? それとも未来人的、或いは超能力者的な観点からと言う意味かな? 前者には自信がないし、探るのも恐ろしいけど」

キョン「後者でいい」

佐々木「朝比奈さんからは特異点として、橘さんからは神だったかな」

キョン「誰から聞いた?」

佐々木「無論、本人たちからだよ。出会ったときにそう説明された。僕にとっては興味もないし、ありがたくもない力だけどね」

ヤスミ「佐々木先輩って崇められてるんですね! すごいです!」

佐々木「そんなことはないよ。どこにでもいる一高校生でしかないから」

キョン「なぁ、佐々木。俺の記憶の中ではお前は無自覚だったと思うんだが……」

佐々木「僕もそう記憶している」

キョン「そうか……」

佐々木「キョンもやっと違和感に気がついてくれたようだね。そう。君が僕をこの場に呼んだ時点で、今までとは明らかに違うんだ」

キョン「でも、俺もお前に言ったよな。五月に。ほら、この場所で」

佐々木「そのとき、僕はキョンの言ったことを信じはしなかった」

キョン「違う……だろ……」

佐々木「キョンが様々な超常現象を隠していたのは、恐らく涼宮さんに対してだ。僕ではないよ」

キョン(そんなわけない……)

佐々木「やっぱり、この席にいるべきは涼宮さ——」

キョン「違う!」

佐々木「……」

キョン「さ、佐々木のはずだ……。この1年間、ずっと俺はお前のことを見ていて……。そんなお前が俺は羨ましくて……それで……」

ヤスミ「先輩……?」

キョン(どうしてだ……。違うだろ、そんなの。ありえない。だってそうだろ? 何を疑う必要がある?)

キョン(俺は佐々木と中学で出会って、北高でSOS団を作って……。佐々木の馬鹿な提案に……)

「お待たせしました」

ヤスミ「どうも、ありがとうございます!」

佐々木「キョン。コーヒーでも飲んで落ち着こう」

キョン「あ、ああ……」

ヤスミ「あたし、ブラックコーヒーに挑戦してみます!!」

佐々木「それはどうしてかな?」

ヤスミ「なんかカッコよくないですか!?」

佐々木「くくく。そうだね。確かに何も入れずに飲むコーヒーは豆の味を損なわせることなく味わえる。それを好む人は年齢的に自分たちよりも上に多いと思う」

ヤスミ「ですよねですよね」

佐々木「そういう憧れは大事なことだね。自分自身を理想へ近づけてくれる。目標になっていれば尚のことだ。しかし、良い事ばかりでもないかな」

ヤスミ「何かダメなんですか?」

佐々木「うん。時としてその憧れは違う場所にいて、決して近づくことも許されないという現実を突きつけられてしまうから」

キョン(珍しいな。佐々木がこんなことを言うなんて……)

ヤスミ「佐々木先輩も憧れってあるんですか?」

佐々木「勿論。いや。あったと言ったほうがいいかな、今は」

キョン「佐々木?」

佐々木「キョン。朝倉さんの話だけど。——涼宮さんと僕。選ぶなら?」

キョン「間違いなく、佐々木だ。そんなもの聞くまでもないだろ」

佐々木「とても嬉しいけど、それは何故かな?」

キョン「そんなのさっきから何度も言ってるだろ。俺の団長は佐々木だからだ。ハルヒじゃない」

佐々木「実際は涼宮さんかもしれない」

キョン「そんな証拠はないだろ」

佐々木「戻してみればわかる」

キョン「朝倉がお前から力を奪おうとしているだけかもしれない」

佐々木「それはそれで好都合だけどね。僕はこんな力いらないから」

キョン「あのな、佐々木……」

佐々木「一つ訊こうか、キョン。君は好意から言っているのか。それともこの現状が変化することに怯えているのか」

キョン「それは……」

キョン(どっちもだ。団長が変わってどうなるのか俺には想像がつかないし、佐々木にだって居て欲しいって思ってる)

佐々木「覚えているかな。いつか話したことだけど、キョンは実利主義だったね」

キョン(ああ。塾に向かう途中で話した奴か。覚えてる)

佐々木「君の頼れる相棒はゲームだったね」

キョン「そうだったな」

佐々木「勉学や就業の時間外は楽しめるほうがいい。誰でもそう思うことだ。僕もそう思っているよ」

キョン「誰でもそうだろ。ヤスミもそう思うだろ?」

ヤスミ「え? そうですね。やっぱりワクワクしたほうがいいと思います」

佐々木「そうだね。それは楽しければ楽しいほどいい。キョンはそういった考えを持っていないだろうか?」

キョン「そりゃ勿論だ」

佐々木「うん。キョンにとっては非現実の冒険こそが最たる娯楽なんだろう。その冒険を超えることに達成感を覚える程度には」

キョン「ゲームではな」

佐々木「それは違う。君は現実にもそれを求めているはずだよ。そして、僕ではそれを提供することはできない。悔しい、いや、残念だけど」

キョン(何が言いたいんだ。佐々木。俺はずっとお前の背中を見てきたんだぜ? 何に対しても真っ直ぐ進もうとするお前に)

>>112
キョン「そりゃ勿論だ」

キョン「そりゃ勿論持っている」

佐々木「分かっているはずだ。僕がこの力を使うことはしないんだ」

キョン「だからなんだ」

佐々木「僕らの記憶にある事象は、どう考えても僕が起こしたものではない。それはこの先も同じだ」

キョン「それ——」

佐々木「キョン。僕は行くよ」

キョン「どこにだ?」

佐々木「九曜さんを探してみる」

キョン「やめろ。どうせ見つけられないだろ」

佐々木「いや。僕の考えが正しければ急がないといけない」

キョン「急ぐって……」

佐々木「何故、こんなにも記憶の補完が中途半端なのか。そして、毎日記憶を消去しているのか。それはきっと、徐々に一年分の記憶を改竄しているからだ」

キョン「なに?」

佐々木「既に完成した形から別の形へ変える場合、一度全てを壊し、再度作り上げるか。もしくは別の形へ少しずつ変化させていくしかない」

佐々木「そして九曜さんは後者を選んだ。大きな齟齬から削っていき、今は細かな修正を施している段階かもしれない。朝倉さんがキョンに接触してきたのも後がないからだろうし」

キョン「お前が行っても記憶を消されるだけじゃないのか?」

佐々木「だろうね。もしかしたら昨日の時点で問い詰めに行っているかもしれない。でも、いつか僕は違和感すら感じなくなる」

佐々木「そうなったら終わりだ。僕が僕で無くなる。それは死の概念と一緒だ」

キョン「佐々木。待ってくれ……」

佐々木「楽しいほうがいいんだろ、キョン? 実利主義の君としては僕よりも——」

キョン「そんなことないっていってるだろ!!」

ヤスミ「……」

佐々木「……僕は思う。この世は唯心論で成り立っているとね。やはり、物事を動かすのは人の心だ」

キョン「ああ、そうかもしれないな」

佐々木「君は違うだろう」

キョン「どうしてそんなことを言うんだ?」

佐々木「キョンはきっと、涼宮さんを選ぶ。何故か。君の根底には非現実への探求欲もあるはずだ。そしてその欲求を僕では満たせない」

キョン「そんなことはないだろ? 今までだって……」

佐々木「最後に訊きたい。渡橋さんはSOS団のメンバーだった。一時的ではあるけど、みんなにも自己紹介をしてくれたし、僕も面接をした」

佐々木「……笑ってしまうけど、どうしてその僕が渡橋さんの名前を知らなかったんだろうね?」

キョン「……!」

佐々木「名前だけじゃない、顔も最初は分からなかった。記憶が煩雑としている所為かもしれないけど」

キョン(さっきの不安感はこれか……)

ヤスミ「佐々木先輩……」

佐々木「今から涼宮さんと連絡をとって、渡橋さんのことを訊こう。そうすれば僕の説が正しいかどうか判明するはずだ」

キョン「仮にそうだったとしたら……」

佐々木「この立ち位置を涼宮さんに譲る。借りたものは返さないと」

キョン「じゃあ、お前はどうなるって言うんだ?」

佐々木「僕は僕に戻るだけだ。心配はいらない」

キョン「あのな。俺にとっては今の佐々木が佐々木だ」

佐々木「客観的にみればそうかもしれない。でも主観ではやはり異なってる。行かせてくれ、キョン」

ヤスミ「先輩。やっぱり、佐々木先輩のことが?」

キョン(そんなこと訊かれてもわかるはずがない)

キョン(ああ。確かに佐々木のことは好きだ。でも、この気持ちが元々ハルヒに対してのものだったなんて、信じられない)

佐々木「キョン……」

キョン(俺の記憶じゃ、お前しか見てなかったんだぜ、佐々木? 今更、違う奴を見ろなんて無理だ)

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月03日 (月) 02:11:07   ID: G7DOxLjz

これで終わりとか嘘だろ…

2 :  SS好きの774さん   2014年12月16日 (火) 12:52:55   ID: 3RdTS8UT

文才なし

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