矢三郎「それもまた、阿呆の血のしからしむるところ、ということか」(35)

二月十四日、寒さも少しは和らぎつつある今年、

世間一般ではチョコレートの日だそうだが、狸である私にとっては何ら変わりのない一日である。

時系列ちゃんかい?
時系列ちゃんは原作さんと一緒に闇夜の町に呑まれて行ったよ。
朝方まで帰る事は無いだろうね。
口調くんも下痢で席を外してしまっているし、
一体どうなるかは知らないけれど、最後まで読んでくれるのなら幸いです。


赤玉先生が天狗であったのも今は昔の事、今では見るに堪える事が難しい親馬鹿ならぬ、祖父馬鹿と言った所だろうか。

時々虚空を見つめ口を動かすかとも思えば、酒だの、弁天だのとのた打ち回る始末、これには少々処かとても手を焼いているのだ。

そんな赤玉先生に、今日も今日とて赤玉ポートワインをたらふく持って参る、私だった。

「お前は俺の行く先々に居るのだな、海星」

私はそういって目の前の赤いポストに問い掛けた。

こんなにも大通りのど真ん中だというのに、ばれないとでも思っているのだろうか、甚だ不思議である。

赤いポストの受け入れが少し動いたかと思うと。

「お前の行く先に私が居るんじゃない、私が居る所にお前が駆け寄って来るんだ」

「なんともまあ強引な事で」

しかし大通り、完全に人目に付くこの様な場所で話をしていると通行、又は私の精神を蝕んで行くに違いは無いので、

少しだけ急ぐ、赤玉先生を待たせる様な事があってはならないとも考えたが、

何より若い女の子とこうして話駄弁って居ると知れたらその後が分かったものではない。

それが例え、赤玉先生のお嫌いな毛むくじゃら、引いては狸であったとしてもだ。

「しかし、この前もお前の所の能無しに『お前が勝手に付き纏ってるぅ~」だのと言われてしまった以上、こうして話している暇もあるまい」

「私の兄上を侮辱していいとは言ってないぞ、このウスラトンカチ」

だからそれは墓穴を掘っているとは分からない物か、いや、最早自分の持ち芸として昇華していっているのではないかこれは。

「誰もあの肝無しとは言っていないだろう」

「まあ、そんな事はどうだっていい、姿を見せるのは無理だとしても、何かほかの物に化けられはせんのか?」

取り敢えずこの右手に持つ赤玉ポートワインの一本でもくれてやろうかとも思ったが、

そんな事をすれば海星だけでなく赤玉先生、母上や矢一郎兄さんに、

大目玉を貰った後にこっ酷く叱られるのが眼に見える未来だったので止めて置いた。


「無理だね、今後一生あんたの前では人には化けないし元に戻るつもりも毛頭ないよ」

「そうか、ではまた何処かで会おう、俺もポストに話を掛ける只の変人にはなりたくはないのだ」

軽く手を振った後にサムズアップをしてその場を去っていく私、なんだかクールだと自分に少し酔いながらもキッチリと足を休ませることはない。

「え!ちょ、ちょっと……」


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まあ今度は何に化けて出てくるのかとも多少なりとも面白くはあった、その気持ちが全くは無いというと嘘にもなるだろう。

少しばかり込み入った道が続く、細い小道に入った時、私の前にこれでもかという程の大きな狸像が出現した、海星である。

「久方ぶりになるな、海星」

「このスカポンタン!可愛らしいレディを前に素通りするってどんな了見よ!」

「流石の俺も、赤いポストを可愛いレディに見立てる事は出来ませんなあ」

ぐぬぬぬぬ、といった感じに狸像の顔が歪んでいる。


しかし成程、これだけ大きければこの道も駄目、たとえ遠回りをしようとも手荷物を持ったこの状態ではすぐに先回りをされてしまうだろう。

そこでまたこの大狸像に化けられるとなると打つ手がない 。

「しかしその手がこの逃げの矢三郎に通じると思ったか!」

膝の辺りを足場、いや、手場とも言おうか、何度も窮地を助けられた恩人を足場にするのは気が引けてしまったのだ、

だからと言って手は良いのかと聞かれてしまえばぐぅの音も出ないのだが。

兎も角、片手を使ってそこらの家の塀の上に上る。


「ひゃぁぁあ!?」

とても甲高い声であった、唐突に膝を触られたのが癪に障ったかとも思ったが、どうもそうでは無いご様子で。

「か、勝手に触ってんじゃないわよこのド助平狸!」

「それでは海星!また会おう!」

逃げの矢三郎、ここに参上仕る。

少しの遅れを取ってしまったものの、

無事に赤玉先生に赤玉ワインポートを届ける事が出来た。


いつもの階段を駆け上がり、扉を開けて加齢臭やらワインやらビールやら煙草やらのよく分からない匂いに少しばかり鼻を傷めて、

窓を全開にする、何時もと似たような光景である。

「……矢三郎、海星を見たかの」

少し照れたようなしかし何処か自慢げな表情をして、先生はそう私に聞いた。

「ええ、ここに来るまでに会いましたが……」

それを脇目に空となったワインボトルやビール缶を一つ一つ拾い上げて行く。

「そうかそうか……いや、ワシにこんな物を寄越しおってな」

わざわざ私の眼の前に綺麗な包み紙をまるで、いや、この先生の事である、見せ付けているのだ、自慢げな顔をして。


まるで子供のような人だ。


「弁天様からは、貰ってはいないのですね」

こちらに差し出した包みを持った右腕が大きく動揺し、一瞬動き、停止する。

それと同時にどうやら見た所止まったのは体だけではないようで、全く動く気配が無い。

「…………一つも貰ってはいない毛むくじゃらになぞそんな事は言われる筋合いはない」

喜怒哀楽の哀をこれでもかという位に圧縮させたような顔を作る、

人間、否、天下の天狗様が作る顔とは世にも思えないだろう。

面倒臭い事をしてしまったか。


赤玉先生の近くに寄り、持って来たお供え物とも言うべき品を差し出す。

「これは我々から、バレンタインデーの贈り物として、先生に是非ともお納めしたいと」

「先生のお嫌いな毛むくじゃらからの信仰など到底弁天様には及びませぬが、どうぞお受け取り下されば幸いこの上ありません」

喜怒哀楽の喜寄りの楽、どうにか少しは本調子にも戻ってきたようである。

「ふん……中身はなんじゃ…………」

「はっ、赤玉ポートワインで御座います」

盆栽を手に取って照れ隠しの様にそっぽを向く赤玉先生は。

「……早く開けい……丁度、ワインが飲みたかった所じゃ」

「只今!」

ワインを開ければ赤玉先生も大喜びである、猫にはキャットフードを分け与えよ。


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―――

「うーん、少しばかり長居をしてしまったか」

時刻はもうカラスが泣きわめく頃合いとなっていた、

日は当の昔に真上に上り今はもう沈みかかっているかいないかだ。

フラフラと歩き渡っていると丁度河原付近に近づいた時。


「痛っぁ!」

額に小さな小石がぶつかって来た、精確に狙い撃つような感じでいて、偶然にも誰かが投げた、という事はあるまい。

額を摩りながら辺りを見回すと、橋の下あたりで何かが光るようなものが見えたので、

私は、お返しに近くのさらに小さな小石を投げ――れなかった。


「ぐはぁ!」


正確には投げるよりも早くにあちらからの第二撃が又もや精確に私の額を打ち抜いたのだ、

しかし違う点もまたあった、それは小さい小石では無く何処かで見たような、そして結構な大きさをした包みであった。

不器用で畏れ多くもとてもではないが綺麗とは言えない包みを見て、そしてそれから橋の下を見た時、

太陽の光が逆光となり、犯人の姿は見えず、さらにこちらの目潰しにもなる、狸でなければ危ない所である。



「これ以上は見せてあげないよ……お色気大サービスだからね」



結局その包みを投げた張本人を探し、諦めて家路に戻った時にはもうすっかりと日は落ち、

半月が顔を出した頃であった。

「ん、おかえり矢三郎……どうしかしたのかい、その傷は、すっかり赤くなっちゃって」

割烹着姿で出てきた母上にどうもしてはいないと伝えた私は、投げつけられた包みを見遣る。

そういえば、中身をまだ見てはいなかった。

しばし熟考はしたものの、相手も分かって投げつけたのならそれは既に了承されたと見るべきだと判断して、

気持ち丁寧にその包みを開けてみる、果たして中身は。


「なにそれ!プレゼント!?バレンタインのチョコかしら!誰から貰ったの!?もしかして、海星ちゃん!?」

「母上、一体何処から……それに、何故そこから海星へとつながるのですか」

「そんなのはどうでもいいから開けてみて!」

母は強し、その好奇の眼差しには逆らえずに、母の前で開けてしまう私は自分が少しばかり憎かった。

しかしどうやら母の期待には添えられなかったようで、中身は発泡スチロールだった。

何だか妙に落胆した母は部屋に戻って行ったが、私はどうして中身がこんな物だったかをよく知っていた。


「最初から投げる目的だったか……よくも崩さぬように一生懸命こんな物を作ったものだ、よっぽどの、暇人と見える」

中身は果たして、二重包みであった。

犯人はこうなる事を予測していたのだ、予測して、手を打って、本命を壊さないようにと手を加えたのだ。


「お前も奇怪に面倒な事をするのだな、海星」


ポツリと呟いたひと言であったが、それが本当ならば、それならば。


「矢張りそれも阿呆の血のしからしむるところ、という事か、血は争えないという訳だ、矢一郎兄さんは争ってるけどな」

完全なる見かけ倒しの大きな包みに隠された発泡スチロールの中に更に隠されていた、小さなチョコレートは、

成程矢張り、甘かったのだった。


超短くなりましたがこのSSはこれで終わりです。

ここまで支援、保守をしてくれた方々本当にありがとうごさいました!

パート化に至らずこのスレで完結できたのは皆さんのおかげです(正直ぎりぎりでした(汗)

今読み返すと、中盤()での伏線引きやチョコシーンにおける表現等、これまでの自分の作品の中では一番の出来だったと感じています。

皆さんがこのSSを読み何を思い、何を考え、どのような感情に浸れたのか、それは人それぞれだと思います。

少しでもこのSSを読んで「自分も有頂天家族SS書くの頑張ろう!」という気持ちになってくれた方がいれば嬉しいです。

超短編となりましたが、ここまでお付き合い頂き本当に本当にありがとうございました。

またいつかスレを立てることがあれば、その時はまたよろしくお願いします!ではこれにて。

皆さんお疲れ様でした!

私は本業に戻ってきます!

それから間違っても発泡スチロールの中にチョコなんて入れないように、
お兄さんとの約束だ!

とても素敵な話でした。
っていうか狸シリーズのSSが見れてうれしい。乙
ただ一つ無粋を言うならば、狸ってイヌ科だからチョコレート食えないんじゃないですか?

>>27
あの家族人間よりも人間らしいから色々と失念していた、
私の勉強不足ですね。
きっと狸のスーパーパワーで何とかしてくれるさ

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