ネタバレ有り、注意。
1 ベルトルト・フーバーは寝相が悪い。
証言者:ジャン・キルシュタイン
訓練兵になって二ヶ月程過ぎた頃だ。
その日、俺はコニーとエレンの笑い声で眼が覚めた。何を馬鹿笑いしてんだよ――って言いかけて、俺も笑ってしまったんだよな。
ベルトルトがよ、こう、なんとも言えない体勢でベッドから転げ落ちてたんだ。――なんて説明すりゃ良いのかわからないが、こう、床を背にしてベッドの縁に腰掛けてるような……。
頭なんか真横にひん曲がってるってのに、ベルトルトの野郎はぐっすり眠っててよ。普段目立たねえ癖にこんなとんでもない真似するから、あまりのバカバカしさに俺も笑っちまった。
その頃から、ベルトルトの寝相で天気を占うなんてことをやりはじめたんだ。
当人は困ったように笑って、特に口出しはして来なかったが――。
あれは口出し出来なかったのか?
2 ベルトルト・フーバーの三角座りについて。
証言者:アルミン・アルレルト
あれはエレンが立体起動装置の適性検査に行き詰まっていた頃の話だ。
僕とエレンは、ライナーとベルトルトに訓練装置の姿勢制御について話し合っていた。――尤も、ライナーは「ぶら下がる事にコツが要るとは思えん」と言っていたけど。
それから、ベルトルトが僕らに訓練兵団に入った動機を尋ねて来た。
エレンがシガンシナの惨劇を語って聞かせる傍ら、ベルトルトは、こう――必死で、膝を肘で抱え込んでいた……ように見えた。
ベルトルトは、故郷の話をするにしても、ライナーが望郷の想いを語るにしても、その姿勢を崩しはしなかった。
その時以来、僕とエレンはライナーとベルトルトと話をするようになった。
「いつか海に行こう。104期のみんなで」
ライナーが海に目を輝かせている時でも、ベルトルトは三角座りを崩さない。
図書室で偶然見た医学書に、「腕組みや三角座りは、慢性的なストレスからくる防衛意識の現れ」だと書いていた……。
「エレン・イェーガーについて」
彼と話したのは、立体起動装置の適性検査が始まった頃だ。
巨人への明確な敵愾心を持ちながら、巨人に対抗しうる装置の適性検査にことごとく失敗する彼。
ある夜、彼は友人と共にライナーに姿勢制御のコツを聞きに来た。
――出来ないなら、出来ないままで良いだろう。どうせ君は死ぬ。死に急ぐ必要は無いんだ。
彼に何故戦うのか……と、問い掛けた。
聞かなければ良かった。
母を目の前で喰い殺された。そう語られて、必死に平静を保っていた。
自分の行った行為がどういうことかを思い知らされた。だけど止めるわけにはいかないのは明白だった。
ライナーが故郷の話をしたときも、あまりの残酷さに、僕は叫び出しそうになった。故郷に戻るという似通った願いなのに、どうしてこうも道程は違うのか……。
せめて、彼に「仕方なかった」「こうするしかなかった」と言うのは止めようと誓った。
「気の毒だと思ったよ」
彼と相対することがあったならば、こう言うことにしよう。
殺戮者からの謝罪ほど、彼を怒らせ、自身を苛むモノはない。
「アルミン・アルレルトについて」
彼は危険だと認識したのは、訓練兵として過ごしてから数ヶ月経った頃の話だ。
アルミン・アルレルト。戦闘能力は低いけれど、彼の頭脳は誰もが一目置き、あるいは嫉妬していた。
僕らは毎晩、色々な事について話し合っていた。そんな中、アルミンは唐突に鎧の巨人と超大型巨人について話し始めた。
「なぜ超大型と鎧の巨人は、マリアの内壁を破壊してから消えたんだろう」
心臓を鷲掴みにされた気分だった。
誰もがあの2体を奇行種だと認識する中、アルミンは違う認識を抱いていた。
ある日、ライナーがアルミンを誉めていた。
体力劣等の彼が、ライナーの申し出を断り自力で兵站行進をやり切った――と。
ライナーがその様を嬉々として話す中、僕は確信した。
アルミンは化け物になる。僕らを脅かす怪物に変貌する。
真夜中、僕は全員が寝静まったのを確認して、アルミンを殺そうと、彼の首に手を伸ばした。
出来なかった。
アルミンは言ってくれた。
「いつか海に行こう。104期のみんなで」
堪らなかった。
彼の両親は外で死に、祖父は巨人に屠られた。なのに外への羨望を捨てない強さと、それをみんなと共有したいと言う優しさ。
声を押し殺して、泣いた。
行けるものなら行ってみたい。行きたいさ。
何故君達なんだろう――と、誰かを恨もうとして、恨めなかった。
「ミカサ・アッカーマンについて」
エレンが適性検査に合格した際、彼女のぶっ飛んだ見識を聞いて凍り付いたことは忘れられない。
恋というより依存と言ったほうが正しい気持ちを彼女は抱いていた。
力は強いが、心は脆い。
彼女に対する見識は、それだ。
僕が気に掛ける『彼女』と、どこか似通った印象を抱いた。
多分、本人にそう言ったら殴り飛ばされそうだけど……。
彼女がその力を嵐の様に振るうのは、決まってエレンかアルミンの為――。他の人間についてはどう思っているのだろう。
その感情を読み取るのは難しい。
あと、彼女について語れるのは、マフラーだけだろうか。
真夏日以外は何時も着けているマフラー。エレンからの贈り物らしい。
彼女もまた喪えないものの為に戦っているのは理解出来た。
こんな事を願うべきではないだろうけど――どうか、相対することなく彼女が……。
「ジャン・キルシュタインについて」
彼の言いたいことを言える性格は羨ましかった。皮肉ではなく、純粋に。
この心の蟠りを、残すことなく吐き出してしまえたらと何度思ったか。
また彼は、エレンと同じく、目標の為に努力を惜しまない。その努力の方向性が少し不純だったけど、この時勢では彼の目標――「内地で安定した生活をする」――が当然だ。
有る意味では裏表の無い彼の良さを理解出来る人間もいる。
彼は指揮官の資質を持ち合わせていた。冷静で合理的、だけど、目的の為の犠牲を許容出来ない人間くささも持ち合わせているようにも感じた。
人間の正負を明確化させた人間。
それがジャン・キルシュタインなのだろう。
単純であり複雑な彼の有り様が、壁内の人間が滅ぼす対象であるだけの存在ではないと僕に教えていた。
「コニー・スプリンガーについて」
彼を語る上で欠かせないのが、彼が入団式で敬礼を間違えた時のことだろう。本来ならば左胸に当てるべき手を右に当て、教官から大目玉を喰らっていた。
頭が悪いわけではないのだろう。事実彼は実技の際は飛ぶように行動し、相手の虚をつくような機転の早さを見せ付けていた。……多分、察しが悪いとかそんなのだろう。
屈託のない彼は、男女問わず社交的で、僕にもよく話しかけてくれた。
苦痛だった。
関わるまい関わるまいと離れても、彼は気にしないで近付いてくる。
彼の善人具合は、ナイフのように心を切り刻む。
僕等が敵だと判ったら、彼はどうするんだろう。怒るだろうか、悲しむだろうか。願わくはそうであってほしい。
有り得ないだろうが、もし彼が――
もし彼が、僕等の正体を受け入れられず、仲間だと認識したままだったら……
――耐えられない。
「サシャ・ブラウスについて」
彼女もまた、ぶっ飛んだ人物だ。
恫喝が飛び交う中、蒸かし芋を食べ続けられる胆力――と言うより、ズレ具合は、もう才能としか言えない。
そんな彼女も、どこか他人に壁を作っているように見える。
触れたら砕け散るような壊れものを、おっかなびっくり触るよう――。彼女の態度は、そんなものが隠れているように見えた。
彼女はコニーと波長が合うのか、一緒に居る。一緒になって僕等と関わろうとする。
多分、彼女も自らを変えようとしているのかもしれない。他人と接することに恐怖する自分を。
そんな彼女を見ていると、僕等のどうしようもない運命を変えられるのではないかと期待を抱いてしまう。
そして――
そんなことは許されないという冷厳な事実に打ちのめされてしまう。
変わろうが変わるまいが、彼女も死ぬ。そう思わないとやりきれない……。
「クリスタ・レンズについて」
ライナーのお気に入り。
僕等にとっての重要人物。
それ以外で語るのであれば、彼女の優しさの中に潜む、歪んだ破滅願望だろうか……。
彼女は「死にたがり」だ。
彼女の素姓を知っていれば、なぜ死にたがりなのかは推測出来る。
何となく、共感は出来る。
抗い難い過酷な運命。そんな中で死んだように生き続けるならば、いっそ――。
だが、彼女もまた変わりつつあるように感じた。
雪山での行軍を終えてから、彼女が変わったと、何となく思った。
生きた屍みたいな人生の中で彼女は何を見いだしたのか。
僕は生きた屍のまま、何も見いだせないまま生きるのか?
ただ確実に言えるのは、こんな凄惨な世界で真に人を案じることの出来る彼女のほうが、僕より万倍も良い死に方を出来ることだ。
「ユミルについて」
彼女については、よくわからない点が多い。名字がないから浮浪児かなにかだったのだろう。
彼女は利己的だとよく聞く――。
だが、僕は彼女をどうしようもないお人好しの偽悪者としか思えなかった。
以前、サシャが死ぬ程走らされた時の、クリスタとユミルのやり取りについて話していたことを、小耳に挟んだ。
――利己的な人間なら、わざわざ「利用価値がある」なんて悪い言葉を使わない。
彼女には憐れみしか浮かばない。
きっと彼女は、誰かの為にその身を削って、惨めに死ぬのだろう。
壁内の人間が、ただの駆逐対象だとは思えなくなった今でも、そこまでする価値があるのかと思う。
だが彼女は死ぬ。
偽悪者であることを自らの中に隠し、自分の為だと嘯いて。
哀れだ。
「ライナー・ブラウンについて」
彼が狂ったのは、きっと僕のせいなのだろう。
彼の任務への自負心、それと相反する優しさが彼に分裂現象を起こさせた。
どうしていいからわからないから、僕は彼に戦士であることを言い聞かせるしかない。
或いは、彼を見捨てようとした僕はもう、彼を止める術と資格を持てないのかもしれない。いや、今も見捨てているのか――。
例えば、彼が僕を殺す未来が来たとしても、僕は彼を止める事は……。
「アニ・レオンハートについて」
彼女との未来を夢見ていた。
無理だと悟った。
きっと彼女は、幸せな未来を受け入れない。
彼女から未来を言われても、僕も受け入れないだろう。
「ライナーとアニについて」
エレン、アルミン、ミカサ。
ライナー、僕、アニ。
この三人はまるで鏡写しだ。互いが互いの『もしも』だ。
望郷し、互いの存在を許し合うところを過ぎ去ってしまった。
エレンは目的の為に強くなり、ライナーは目的の為に弱くなり、二人とも目的の為に狂っている。
ミカサもアニも、心の中に大切な人がいる。その大切な人の為にどこまでできるのだろう。
僕もアルミンは、二人の為に――。
「マルコ・ボットについて」
仲間と呼んだ人間の死。僕等の決意が揺らいだ決定的な瞬間だったと思う。
彼の死が様々なものを変えてしまった。
ジャンは彼の死を切欠に、わざわざ死にやすい運命を選んでしまった。
これも僕等の行動の結果とはいえ――。
彼の死は、僕らに何を齎す?
これ以上は止めよう。もう考えたくない。
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