菜々「栄光の設定」 (18)


アイドルマスター・シンデレラガールズの安部菜々SSです。



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ねえ、プロデューサー。
プロデューサーは、ナナのこと、知ってますか?
本当の、正しい意味として。

ふふっ、そうやって、真剣に考えてくれるんですよね。
ナナは、プロデューサーのそういうところ、好きですよ。

結構長くなっちゃうんです。だから、このお店で。
本当のナナの、ちょっとだけ、むかしのはなし。

ナナがナナになる前の、とにかく、昔の話。
何から話せば、いいのかな。

ああ、思いつきました。でも、その前に。
ほら、グラスをこっちに。
じゃあ、いきますよ?

かんぱいっ。


ええと、まずは。
ナナがまだ、学生だった頃の話からですね。

そのときのナナは、まだまだ今よりちっちゃくて。
自分で言うのもなんですが、割と先輩方に可愛がられてました。

どこまでも普通の女の娘。
なんとなく、友達と学校に行って。
なんとなく、友達とテスト前には勉強会をして。
なんとなく、将来の目標も決まらないまま、日々を過ごして。

あ、ナナって結構モテてたんですよ。
告白されたりもしてました。

その頃から、アイドルっていいな。とか、あのモデルさん、かわいいな。
そんな事を思っていたので、メイクまではしなかったけど、自分に気を使ってましたから。

でもまさか、そのときにはアイドルになるなんて、思ってもいませんでしたけど。


言い忘れてました、これはナナが高校生の時の話です。
ほら、セーラー服とか着てたんですよ?今も…は、厳しいでしょうか、あはは。

あ、それでそれで。

特に趣味があるわけじゃなくて、その頃は友達とおしゃべりすることが趣味でした。
あの先輩がカッコいい。あのモデルさんがカッコいい。あのアイドルが。

その中でも気になったのはアイドルでした。
友達が、人気のアイドルが掲載されている雑誌を持ってきたことがはじまりでした。

よく、小さなテレビで、可愛らしい服装を着て踊っているのを見ていたので。
ナナも、こんな服を着て皆の前で踊ってみたい。そう思っていたこともあったので。

このアイドルかわいいよね、ああ、こっちのアイドルの方が好きだな。
ページをめくるごとに、可愛らしい、たくさんのフリルのついた服をきたアイドルが現れるんです。
こんな服装してみたい、あ、この服も可愛い。こんなふうになりたいな。そう思いました。

でも、口に出す憧れだけで、やってみようという勇気はナナにはなかったんです。
普通は、高校を卒業して就職するか、大学生になって、きちんと勉強するかというレールの上で。
それが世間では当たり前、ここから外れる人は奇異の目で見られると思ったから。

憧れを持っても、実行する勇気がなくて。
日々、その摩擦で憧れはどんどんナナの中で大きくなっていきました。


こんなアイドルになりたいな。
そう思ったときには、手が動いていました。
普段じゃ、絶対に言えませんけど…その、設定、というか?

あ、でも、ナナはウサミン星から…って、いえ。
今日は、ホントのナナを見てもらわないと。

ちょっとした妄想を綴ったノートでした。
こんな服を着て、こんなアイドルになって。
こんな歌を歌って、こんなダンスをしたい。

書き始めたら手が止まりませんでした。
思いついて思いついて、書ききれないほどに。
過去はこう、こういう設定のほうが可愛いかな。
こんな衣装が着たい。そう思って自分で考えた衣装も描いてみたりしました。

これで、きっとアイドルになって、栄光を得たい。

そんな事を考えているうちに、自然に足が外に向きました。
出かけよう、そう思って服を着替えて家を出ました。


街角のテレビでアイドルを見て、同じように歌ったりして。
ウィンドウショッピングをしていたら、ああ、あのアイドルの服とそっくり。可愛い。
アイドルの曲が流れて、アイドルの広告がたくさんあって。
雑誌の表紙には今注目のアイドル。

ナナもこんなふうになれるのかな。そう思いました。
ふとウィンドウに映るナナを見ました。

ちっちゃくて、小学生にも見られて、いいところ中学生。
こんなナナでも、アイドルって出来るのかな。

気になって調べてみようと思って、近くの書店に寄りました。
以前友達が持ってきた、アイドルが掲載されている雑誌を探しました。
とても笑顔の可愛いアイドルが表紙のその雑誌をすぐに見つけて、ページをめくって。

アイドルになるためには、オーディションを受けないといけない。
アイドルになりたいことをアピールしなければならない。
そういうことを学びました。他にも、たくさんの事を。

たくさんのアイドルが今も生まれ、消えていること。
アイドルで輝けるのは、ほんの一握りであること。


ナナには自信がありませんでした。
もし、失敗したら?所属しても、売れなかったら?
貴重な時間を失ってしまうかもしれない。
そう考えると怖くて仕方ありませんでした。

過去、アイドルだった人の体験談を書いた雑誌もありました。
ぱらぱらと流し読みしていると、あるページで目がとまりました。

高校、大学を中退して一時の人気を得て、何かの拍子に転落して。
学歴もない、何もない。そのままアルバイト生活を続けていること。

一瞬、何も考えることができませんでした。


ページをめくる手が早くなりました。
過去、過去、過去。体験談から語られるのは、みんな同じこと。
あの頃に戻りたい、あの頃からやり直せるなら。
あの頃の人気はどこへ行ってしまったのか。あの頃、あの頃、あの頃は。

あの頃の、輝きは、どこへ行ってしまったんだろう。
こんなはずじゃなかった。私の人生は、こんなはずじゃなかった。
もっともっと輝いて、人の前にたって、そして、そして。

悲痛な叫びでした。
それ以上ページをめくることが出来なくなって、読むことをやめました。
ナナにはめくる勇気がありませんでした。めくる力すら入りませんでした。

現実を、知りました。

みんなが羨んで、望んで、憧れて。そんな職業、アイドル。
街角でスカウトされた友達もいました。
アイドルになれちゃうかも、そんなふうに笑顔で嬉しそうに話していました。

怖くなりました。
成功するひとがいれば、失敗するひとがいる。当然のことなのに。
当然のことなのに、現実を見ようとしなかった自分がいたことが。
そして、何も考えずアイドルの光だけを求めていたことに。

…光があるのなら、必ず影ができるのに。


そこからはどうやって家に帰ったのか覚えていません。
適当にふらふら歩きながら帰ったんだと思います。

帰ったらただいま、それだけを伝えて自分の部屋に戻りました。
淡いピンク色をした、ナナには少しだけ大きなベッドに横になりました。
あたまもとにはたくさんのぬいぐるみ。小さな頃から集めていました。
嫌なことがあったとき、寂しいとき。そっと抱いて寝た記憶があります。

もうすぐしたら受験も近づいてくるのに。
首だけを回して、勉強机を見ました。
並べられた参考書、ノート。どれも小さな付箋を張っていて、女の子らしい字でメモをして。
机の脇には飲みかけの紅茶の紙パックが置いてあって。

勉強をしなければいけないのに。そう思っても、机に座ることはありませんでした。
…そうじゃない、かも。座る気になれなかったから、座らなかっただけ。

ナナに与えられていたのは権利でした。義務ではなくて、権利。
高校を卒業して、就職することも、進学することも自由だったわけですから。

あの2冊の雑誌を思い出しました。
ナナはアイドルになりたい。でも、失敗することが怖い。
かと言って、大学へ行って目標があるわけじゃない。
ああ、どうしたらいいんだろう。


次に気がついた時には、空はだいぶ暗くなっていました。
夜ご飯を食べて、お風呂に入って、何をしていても、離れませんでした。
あの、光と影が。

でも、いつまでも現状維持は出来ません。
時間は1分1秒と、確実に進んでいくのですから。
あまり気が進まなかったけれど、机に座って勉強をはじめました。
少し、忘れたかったのかもしれません。

その日から、来る日も来る日も勉強をしました。
アイドルという夢を忘れようと思ったからです。
諦めることは出来ない、けれど、思い出すと辛い。

まだだいじょうぶ。大学に入ってから考えてもいい。
ナナは甘えていました。きっと何か手があるはず。
少しの間、忘れるだけだから。そう思っていました。



何もしていないのに、失敗することだけへの恐怖が募っていました。
それに反して、やはりアイドルになりたいと思う自分も居ました。

そんな二律背反を抱えながらも、3年生の春を過ぎたくらいの
最初の模擬テストでは、かなり優秀な成績を修めることができました。
これならあの大学も狙える、ここも、ここだって充分に狙える。
先生はナナを応援してくれました。

ナナのためにわざわざプリントを作ってくれたり、わからないことを聞きに行くと、
先生は自分の仕事の時間を後に回してまで教えてくれました。

みんなが期待してくれている。そう感じました。
でも、勉強している動機を、夢を忘れるためだとは伝えずに。


おかげで、受験直前も焦ることはありませんでした。
合格最低点を遥かに超えて合格しました。

第一志望の、世間でも高学歴と呼ばれる大学に合格した時も、
まだナナは現実を見ていませんでした。まだ、だいじょうぶ。まだ、時間はあるから。

そう言い聞かせていました。
不安を、焦りを隠すため、自分自身をごまかすために。
本当は、少しだけ後悔もしていたのに。これでよかったのかな。これで、なんて。

大学のはじめの2年間はあっという間に過ぎてしまいました。
勉強をすることは苦ではありませんでした。受験の時にコツを掴んだようで。

そしてナナは成人して、お酒も飲めるようになって、ある日。
仲のいい友達たちとお酒を飲んでいる席で、友達がいいました。

『ああ、もうそろそろ、就職の事も考えないといけない』
それを聞いて、ナナは我に返りました。

あれ。ナナは、いつアイドルになるんだっけ。
今まで、何をしてたんだっけ。

気付きました。大学でやっていることは、高校でやっていたことと何ら変わりがないことに。
羨んで、望んで、憧れて。アイドルになるために何が必要かもわかりませんでした。


焦りました。
もうすぐ就職も視野に入れないといけないナナには、遅かったのですから。
アイドルをしたくても、就職のための情報だって集めなければいけない。

就職活動に使うスーツだって、写真だって、履歴書だって、そうです。
企業の合同説明会に出席するための交通費だって、たくさんのお金がかかります。

それに加えてアイドルとしてオーディションに通って、アイドルになる?
…出来るはずが、ありませんでした。ナナの夢が、現実に押しつぶされた瞬間でした。

席を飛び出して、家に帰りました。
今度はただいまも告げることが出来ず、まっすぐ部屋に戻りました。
机に座って、あの自分で書いた、痛々しい妄想ノートを取り出しました。

もう勉強することなんかほとんどない。机は綺麗なまま。
最初の1ページ。こんなアイドルになりたい。そう書いてありました。

ページを進めるごとに、設定はどんどん膨らんでいっていました。
本当に、痛い。どうして、こんなもの書いちゃったんだろ。
けれど。

ここに詰まっていたのは、どこまでも痛々しい設定で。

実現出来るかどうかもわからないほど、途方も無いぐらい無謀な夢で。

それでも、それでも、そこに書かれていたのは。





本当に、自分がなりたいと思っていた、ナナでした。


もう、こらえきれませんでした。涙が頬を伝うのを、止められませんでした。
1ページずつ進めていくごとに、痛々しくなっていくナナの設定。

歌って踊れる声優アイドルを目指して、ウサミン星からやってきた。
…稚拙な妄想だ、って、笑う人もいるかもしれません。

でも、でも。それでも。
これが、ナナの全てでした!
小さなころから憧れて、ずっとずっとやりたくて、それで、それでも。

何度も忘れようとして、それでも諦めきれなくて。
たった1冊のノート、それでも、この中には、ナナの全てが詰まってて。

メイドさんのおしごとをしながら、夢に向かってる設定で。
ウサミンパワーで、カラフルメイドに変身できる設定で。

何もかも、一生懸命考えて。
時間を忘れるくらい、ずっとずっと思い描いていた夢を、自ら諦めようとして。

読み進めていくうちに、最後のページになりました。
幾重にも幾重にも重ねられた、ナナの設定。

その最後には、こう書いてありました。
ナナの好きな、ピンク色で。可愛く書けるように練習した、女の娘らしい字で。






ぜったいに、アイドルになる。


涙が、とまりませんでした。
ベッドのシーツを思いっきり掴んで、顔に当てて。
あふれる涙を止めても止めても、止まることはありませんでした。
片手で、大切なノートを抱きしめて。

ナナは、ナナは。何をしていたんだろう、って。
自分を自分で誤魔化して、失敗ばかりを見て、背を向けて。
本当にやりたかったことを、何1つ出来なかった後悔で。

この数年間はなんだったんだろう。
やらないよりやって後悔した方が、ずっといい。
頭ではわかってたはずなのに。

もう、そのチャンスが巡ることはないんだ。
どうして、どうして。

いつかの、あの雑誌を思い出しました。
そして、少しだけ、気持ちがわかりました。

ああ、あの頃から、やり直せたら。
こんなはずじゃ、なかったのに。
ナナは、どこで間違ったのかな。

どこで。
どこで、まちがったのかな。


用事が出来たので投下は明日になります。
申し訳ありません。トリップはこれでついていると思います。

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