進撃SSです。
よろしければご笑覧下さい。
本作はイアン「調査兵団?」の続編という位置づけです。
事前にそちらをお読み頂ければ幸甚です。
※イアンがエルヴィンとの二度目の対談を終えてから数ヶ月後の話です。
※また、エレン達が訓練兵の三年目を迎えた頃になります。
※ハンネスの役職を班長とするなど、若干の設定を加えています。
「ハンネスさん!!急いで!!急いでってば!!」
「いてて、引っ張るなって!!」
「だってエレンが!!エレンが!!」
「分かってるって。今度は誰が相手だ?」
「年上の五人!!」
「あ~あ~あ~、あのワルガキも懲りないヤツだ」
「こっち!!この角を曲がったところ!!」
「おい、俺を置いてくなって!!」
・・・・・・・・・・
「エレン!!ミカサ!!」
「はぁ、はぁ。…勝った!!」
「エレン!!大丈夫!?」
「へへ、アルミン、大勝利だ!!」
「さっきまで羽交い締めにされてたじゃないか…」
「お、お前がいなくなってから逆転したんだよ!!」
「私が見てた。エレンの大逆転」
「そりゃミカサが駆けつけたら…。ミカサは大丈夫そうだね」
「私は平気」
「ふう、追いついた。もう終わってるみてぇだな…?」
「はぁ、はぁ…。あ、ハンネスさん」
「…こんにちは、ハンネスさん」
「またケンカか?毎日よくやるよ、お前も」
「うっせえな。あいつらがオレにケンカを売るからいけないんだ!!」
ゴツンッ!!
「痛ェッ!?何すんだ!!」
「買う方も悪い」
「…ハンネスさん、エレンをいじめちゃだめ」
「ミカサ、俺はいじめてなんかないぞ?これはお仕置きってヤツだ」
「げんこつ。エレンが泣いてる。いじめたということ」
「泣いてねえ!!」
「はい、これで涙をふいて」
「泣いてねえってのに…」
「うそ。泣いてる。ほら、こうやってふくの」ゴシゴシ
「やめろって、ああ、くそ」
「はっはっは。エレン、いい世話女房を持ったな」
わしゃわしゃわしゃ
「ああ、もう!!ハンネスさんまで!!髪がぐちゃぐちゃになったじゃないか!!」
「せわにょうぼう?何それ?」
「ふふ、お前らも大人になったらわかるよ」
「子供扱いするな!!」
「何ぃ?どっから見てもガキンチョじゃねえか」
「今にハンネスさんより大きくなってやるからな!!」
「お~お~、首を長くして待ってるぜ?」
「くっそ~」
「はっはっは、ほれ、これでも舐めて大きくなれ」
「飴…」
「わあ、ハンネスさん、ありがとう!!」
「こんなのいらねえ」
「エレン、そんなこと言っちゃだめ」
「いらねえったらいらねえ」
「だめ」ギュウウ
「いてて、やめろって、ちゃんと貰うからっ」
「今からカカア天下か、大変だな、エレン!!はっはっは」
「かかあてんか…?」
「はっはっは、今に分かるさ」
わしゃわしゃわしゃ
「だからやめろって!!」
─────
───
─
*(トロスト区、ハンネス班担当場所)
ハンネス「…ほえ?」
班員1「班長、班員の整列が完了しました」
ハンネス「あれ…?俺は…?」
ハンネス「…え~と」
ハンネス「…」
ハンネス「…うとうとしていた。すまん」
班員1「いえ、お疲れのご様子でしたので…」
ハンネス「…よし、行くか」
・・・・・・・・・・
班員1「敬礼!!」
ハンネス「…よし、休め。よし、今日も一日何事も無く終わったな」
ハンネス「ご苦労だった」
ハンネス「夜勤の者は引き続き頼んだぞ」
ハンネス「明日非番の者はゆっくり休んでくれ」
ハンネス「ああ、一応言っとくが…飲み過ぎて憲兵団の厄介になるなよ?」
班員「(クスクスッ)」
ハンネス「こら、整列しているのに笑うな」
班員「し、失礼しました!!」
ハンネス「ゴホン!!よし、それじゃ…解散!!」
班員1「敬礼!!」
・・・・・・・・・・
ハンネス「やれやれ。どうもあいつらは俺を軽く見てるな、まったく…」
班員1「ふふ、それだけ慕われているってことですよ」
ハンネス「だといいんだがな」
班員1「班長も一度お帰りになられては?」
ハンネス「うん?」
班員1「もう三日もお帰りでないでしょう?」
ハンネス「…そうか、三日目だったか、今日は」
班員1「今のところ問題などはありませんし、お帰りになられても大丈夫かと…」
ハンネス「う~ん、それはそうだろうがな…」
ハンネス「ウチに帰ってもカミさんがなぁ」
ハンネス「あれを手伝え、これを手伝えと」
ハンネス「ここにいる方がよっぽど楽だぜ?」
班員1「そうなのですか?」
ハンネス「そういえば、お前はまだ独り身だったか」
班員1「ええ」
ハンネス「ま、その内にいい相手が見つかるさ」
班員1「はい、ありがとうございます」
ハンネス「…それじゃ、明日は休ませてもらおうかな」
班員1「はい。何かありましたらご自宅の方にお知らせ致しますので」
ハンネス「ああ、頼む」
ハンネス「…それじゃあ、先に上がらせてもらうぜ」
班員1「はい、お気をつけて」*
*(トロスト区中心街)
ハンネス「今日も一日何事もなく終わった、か…」
(結構なことじゃねえか、まったく)
(兵士が活躍しないで一日が終わるならこんな結構なことはねぇ)
(ふふ、あいつが聞いたらまた怒るんだろうがな)
ガラガラ
ハンネス「ごめんよ」
菓子屋「いらっしゃい、班長さん!!今お帰りで?」
ハンネス「ああ。三日ぶりに帰るんだ」
菓子屋「へえ、そりゃ大変でしたねぇ」
ハンネス「なに、いつもと変わらずってヤツだ」
菓子屋「へっへっへ。そりゃ何よりでした」
ハンネス「ええと…、その菓子を一袋と…」
菓子屋「へい」
ハンネス「それから…いつもの飴を一袋」
菓子屋「へいへい」
ハンネス「ああ、それでいい。この菓子はカミさんの好物でな」
菓子屋「へえ、そうなんですか?」
ハンネス「三日も帰らなかったからこれで機嫌を取らねえとな」
菓子屋「へへ、ご馳走さんで」
ハンネス「家にいるとあれこれ言うくせに」
ハンネス「仕事で帰らなかったらお冠だ」
ハンネス「やってらんねぇよなぁ、まったく」
菓子屋「亭主なんてなぁそんなもんですよ」
ハンネス「ふふ、違いない」
菓子屋「ウチだって女房がうるさくって困りますよ」
菓子屋妻「あら、班長さんいらっしゃい。…アンタ、さっきの聞こえてたからね」
菓子屋「おお、怖。ほらね、あれですから」
ハンネス「はは、仲の良いことじゃねえか」
ハンネス「…それじゃ、これで足りるか?」
菓子屋「へい、今、お釣りを」
ハンネス「ああ、いいよいいよ。取っといてくれ」
菓子屋「毎度すみませんねぇ」
ハンネス「それじゃ、また来るよ」
菓子屋・菓子屋妻「ありがとうございました~」
ガラガラ
ハンネス「さて、そろそろ帰るとするか…」
ハンネス「…うん?」
少年1「このっこのっ」
少年2「痛い!!やめてよ!!」
少年1「あやまれ!!ごめんって言え!!」
少年2「いやだ!!」
ハンネス「こら、お前ら、やめろって」
少年1「あ、班長のおじさん…」
ハンネス「どうしたんだよ、まったく…」
少年1「こいつが悪いんだ!!」
少年2「僕、悪くないもん!!」
少年1「オレのお菓子食べたじゃないか!!」
少年2「この前僕のお菓子を取ったじゃないか!!」
ハンネス「あ~あ~、分かった分かった」
ハンネス「ほら、これやるから」
少年1「飴?いいの?」
ハンネス「全部は駄目だぞ?手ぇ出しな」
ガサガサ
少年2「わぁ…」
少年1「おじさんの飴、減っちゃうけどいいのかい?」
ハンネス「おじさんは飴玉なんていらねぇんだ」
少年2「じゃ、何で持ってるの?」
ハンネス「お前らみたいなのにやる為に持ってるのさ」
少年1「ふ~ん、変なの」
少年2「そんなこと言っちゃだめだよ!!ちゃんとお礼言わなきゃ!!」
少年1「わ、分かったよ…。おじさん、ありがとう」
少年2「ありがとう!!」
ハンネス「ああ、いいってことよ」
ハンネス「そのかわり、もうケンカなんてすんじゃねえぞ?」
少年1・2「うん!!」
ハンネス「さあ、そろそろ暗くなるぞ?さっさと家に帰りな」
少年1・2「班長のおじさん、さよなら~」
ハンネス「おお、気をつけて帰れよ」
ハンネス「ははは」
(あいつらにやる為に飴玉をいつも持ち歩いていたが)
(いつの間にか持ち歩くのが癖になっちまったな)
(…今度あいつらにも買ってやろうかな?)
(何歳だと思ってんだってまた怒るぞ、あいつ)
ハンネス「ふふっ」
・・・・・・・・・・
男「あれ?ハンネスさん?」
ハンネス「ん?どこかで見た様な…?」
男「やだなぁ、私ですよ、私」
ハンネス「いや、ちょっと待ってくれ。今、思い出すから」
ハンネス「…ひょっとして、『マガジン亭』の?」
男「あはは。思い出してくれました?」
ハンネス「悪いなぁ。エプロン姿のあんたしか頭に無かったもんだから」
男「ああ、そうかも知れませんね」
ハンネス「景気はどうだい?」
男「まぁぼちぼちといったところですね」
ハンネス「あんたんところのパンはうまいからなぁ」
男「へへ、ま、他の料理にも少しばかり自信はありますけどね」
ハンネス「そうだったな。最近忙しくてあんたのところに食いに行けなくてな」
男「いつでも来て下さいよ。ハンネスさんなら大歓迎だ」
ハンネス「ありがとよ。その内にカミさんと一緒に行くよ」
男「サービスしますからね」
ハンネス「ところでその格好…、今日は出かけるのかい?」
男「ええ、北の方に行商に出ていた幼馴染みが帰ってきましてね」
男「今晩は二人で飲もうかってね」
ハンネス「いいねぇ」
男「というわけで今日は臨時休業なんですよ」
ハンネス「そうか。のんびり楽しんでくるといいさ」
男「へへへ、そのつもりですよ」
男「おっと、もうこんな時間だ」
ハンネス「ああ、足を止めさせて悪かったな」
男「ごめんなさいね。それじゃ」
ハンネス「ああ」
・・・・・・・・・・
班員2「あれ?班長じゃないですか!?」
ハンネス「ん?」
班員3「ほんとだ!!班長だ!!お疲れ様です!!」
ハンネス「お前ら、もう飲んでるのか…」
班員4「えへへ。飲んでま~す」
班員2「明日は非番ですからね~」
班員3「班長も一杯、如何ですか?」
ハンネス「いや、今日はいいよ。悪いな」
班員3「え~、そんな~」
班員4「せめて一杯だけでも…」
ハンネス「う~ん。…一杯だけ、な」
班員2「そうこなくっちゃ」
班員4「班長、どうぞグラスです」
ハンネス「おお、悪いな」
班員3「酒はこれでいいですか?」
ハンネス「ああ、それでいいよ」
トクトクトク
ハンネス「(グイッ)ふう」
班員2「班長は今からどちらに」
ハンネス「家に帰るつもりだが?」
班員4「それならもう少しこっちで飲みましょうよ~」
ハンネス「俺、もう三日も帰ってないんだぜ?」
ハンネス「この上、酒の匂いをぷんぷんさせて帰ったら、どうなると思う?」
班員3「奥さんに叱られるんですか?」
ハンネス「家から締め出される。…野宿だな」
班員2・3・4「あははははは」
ハンネス「笑い事じゃねえよ、まったく…」
ハンネス「それじゃ、俺は帰るぜ」
班員2「帰っちゃうんですか?」
班員3「本当に一杯だけなんて…」
ハンネス「悪いな、今度ゆっくり飲もうぜ」
班員4「きっとですよ?」
ハンネス「はは、分かった分かった」
ハンネス「ああ、飲んだ分、出しとくよ」
班員3「え、これは多いですよ」
ハンネス「残りはお前らの飲み代にしとけ」
班員2・3・4「ごちそうさまです!!」
ハンネス「飲み過ぎるなよ?」
班員2「大丈夫ですって。仕事になったら真面目にやりますから」
ハンネス「まぁ、確かに真面目にやっているな、お前ら」
班員3「でしょ?班長があれだけ頑張ってるんだから、俺達だってね」
班員4「そんな班長に乾杯!!」
班員2・3「乾杯!!」
ハンネス「ははは。それじゃな」
班員2・3・4「お気をつけて~!!」
*(ハンネスの家)
ガチャ
ハンネス「今帰ったぞ」
妻「おかえりなさい。…あなた、三日間も連絡無しで」
ハンネス「おお、悪かった。つい…な」
妻「お仕事がお忙しいのはわかりますけど」
ハンネス「すまん。次からはちゃんと連絡を入れるから」
妻「ほんとうにもう…。この前も二日間音沙汰無しで…」
ハンネス「怖い顔するなって。寂しかったのか?」
妻「知りません」
ハンネス「ほら、これ」
妻「お土産?あら…」
ハンネス「お前、好きだったろ?」
妻「こんなことじゃごまかされませんよ」
ハンネス「ははは。それじゃ明日は非番にしたから」
ハンネス「『マガジン亭』に行くってのはどうだ?」
妻「…それなら許してあげます。季節限定メニューがある筈ですよ、今なら」
ハンネス「おお、そうか。楽しみだな」
ハンネス「さてと…。風呂は沸いてるか?」
妻「もうすぐ沸きますよ。今日辺り、あなたが帰ってきそうだと思ってましたから」
ハンネス「おお、そうかそうか。さすがは俺の女房殿だ」
妻「誉めたって何も出ませんからね」
・・・・・・・・・・
ザバーン
ハンネス「ああああああああ………」
ハンネス「……」
ハンネス「生き返るねぇ……」
ハンネス「…」
ハンネス「ふう…」
ハンネス「…」
(…そういや、久しぶりにあいつらの夢を見たな)
(確か今年は…)
(訓練兵の二年目…いや、三年目だったか…)
(卒業したら何かうまいもんでも食わしてやるかな…)
(『マガジン亭』で腹一杯食わせてやるか…?)
ハンネス「…ふう」
(それとも…一度飲みに連れて行ってやるか?)
ハンネス「…」
(…まだ酒は早いかな?)
ハンネス「さて…出るか」
・・・・・・・・・・
ハンネス「いい風呂だった。さっぱりしたぜ」
妻「はい、お食事の用意は出来てますよ」
ハンネス「おお、うまそうじゃないか。よっこいしょっと」
妻「あらあら、よっこいしょだなんて」
ハンネス「おっさんがよっこいしょって言うのは当り前だろ?」
妻「ふふふ」
ハンネス「何だ、いやにご機嫌だな」
妻「あら、気のせいですよ」
ハンネス「さっきまで膨れていたのにな」
妻「そうでしたっけ?覚えていませんけど?」
ハンネス「…ま、いいや。それじゃ頂くよ」
妻「はいはい。沢山食べて下さいね」
ハンネス「…そうそう、今日、久しぶりにあいつらの夢を見てだな」
*(数日後、夕方、トロスト区ハンネス班担当場所)
班員1「敬礼!!」
ハンネス「…休め。よし、今日も一日何事も無く終わったな」
ハンネス「ご苦労だった」
ハンネス「夜勤の者は引き続き頼んだぞ」
ハンネス「明日非番の者はしっかり休め」
ハンネス「それじゃ…解散!!」
班員1「敬礼!!」
・・・・・・・・・・
班員1「班長、お疲れ様でした。今からお帰りでしたよね」
ハンネス「いや、事務作業が残っているからな」
ハンネス「今度、技術班と打ち合わせがあるだろ?」
ハンネス「こちら側からの要望をしっかりまとめておきたいのさ」
ハンネス「だから今日はここに残るよ」
班員1「大丈夫ですか?この前も三日間お帰りになりませんでしたよね?」
ハンネス「そうそう、帰ってからカミさんに叱られたよ」
ハンネス「帰れないなら連絡ぐらいしろだとさ」
班員1「ははは、それは大変でしたね」
ハンネス「今日は帰らないってあらかじめ言ってある」
ハンネス「だから大丈夫だ」
班員1「なるほど。しかし…班長のお身体の方が…」
ハンネス「なに、別に身体を動かすわけでもないからな」
班員1「そうですか…。ああ、そうそう」
班員1「班長、さきほど本部よりお手紙が参りました」
ハンネス「俺に?本部の誰からだ?」
班員1「さあ、『駐屯兵団本部』とのみで…」
ハンネス「ふうん。明日の班長会議のことかな?…どれどれ」
ハンネス「……。ああ、なるほど」
ハンネス「すまん。用事を思いだした。今日はやっぱり帰るよ」
班員1「あの、明日の班長会議に何か変更が…?」
ハンネス「うん?ああ、会議に変更は無い」
ハンネス「手紙は全くの別件だったよ」
班員1「そうでしたか。失礼しました」
ハンネス「明日は朝一で班長会議だ。ここには寄らず直接本部に行くからな」
班員1「はい、分かりました。お気をつけて」
*(駐屯兵団本部)
コンコン
ガチャ
ハンネス「ハンネスです。お招きにより参りました」
ピクシス「おお、二人で会うのは久しぶりじゃな、ハンネス」
ピクシス「ま、その椅子に座ってくれ」
ハンネス「はい、失礼します」
ピクシス「手紙なんぞで呼びつけて悪かったの」
ハンネス「いえ…。それで私にご用とは…」
ピクシス「なに、さしたる用事はなかったんじゃがの」
ピクシス「ま、一杯どうじゃ」
ハンネス「その…司令室で私が飲酒するのは…如何なものかと…」
ピクシス「構わんよ、勤務外の話じゃ」
ハンネス「は…」
ピクシス「はっはっは。そう固くなるな」
ピクシス「お主と話がしとうなっての、ここに来てもろうたんじゃ」
ピクシス「もしかして、酒は嫌いじゃたかの?」
ハンネス「ま、まあ、それなりに飲みはしますが…」
ピクシス「ワシの酒の相手は嫌か?」
ハンネス「いや、そんなことは。…では喜んで」
ピクシス「うむ」
ハンネス「司令にもお注ぎします」
ピクシス「おお、すまんすまん。気楽に話したいのでな、後は手酌でな」
ハンネス「はい、それでは失礼しまして」
ピクシス「うむ。明日は早いのか?」
ハンネス「朝からこちら、本部で班長会議があります」
ピクシス「おお、それならここに泊まっていけばよい」
ピクシス「気兼ねなく飲めるじゃろ?」
ハンネス「お気遣いありがとうございます。…今日は、飲みましょうか」
ピクシス「ははは。それでこそハンネスじゃ」
・・・・・・・・・・
ピクシス「…ふふ、こうして二人で飲むのは初めてじゃが」
ピクシス「お主とも長いの」
ハンネス「…そうですね」
ハンネス「司令と初めてお会いしたのが私の新兵研修の時でした」
ピクシス「ワシがまだ部隊長であった時じゃったか」
ピクシス「まだワシに髪が残っておったと思うが、どうじゃったかの」
ハンネス「はは…確か…仰る通りだと思います」
ピクシス「お主にまだ髭が無かったのは覚えておるんじゃがの」
ハンネス「髭は結婚してからですね」
ピクシス「おお、あの別嬪の兵士と結婚したんじゃったの。あれは元気にしとるのか?」
ハンネス「ええ。一度大病を患いましたが、その後は元気そのものですよ」
ピクシス「おお、それは何よりじゃ。誰かが言うておったが…お主」
ハンネス「何でしょうか?」
ピクシス「休日に夫婦で街を歩いておるとか」
ハンネス「え…?」
ピクシス「ははは。なかなかに仲睦まじいことじゃ」
ハンネス「誰がそんなことをお耳に…?」
ピクシス「参謀のグスタフやアンカが何度か目にしたと言っておったな」
ピクシス「ワシも一度、遠目に見たことがあるぞ」
ピクシス「割と有名な話じゃがの」
ハンネス「はあ…」
ピクシス「ふふ、なかなかの愛妻家らしいの」
ハンネス「…はは、どうでしょうかね」
ピクシス「別に隠す話でもなかろう?」
ハンネス「ご想像にお任せしますよ」
ピクシス「ふふ、こやつめ」
ハンネス「ははは…」
・・・・・・・・・・
ピクシス「ははは、話が尽きんの」
ハンネス「そうですね、久々にうまい酒を飲んでいる気がします」
ピクシス「ああ、そうじゃ。…話は変わるがの」
ピクシス「お主、イアン・ディートリッヒとは面識があったかの?」
ハンネス「ええ。班長間の事務連絡で、何度か顔を合わせた程度ですが」
ピクシス「なかなかの逸材じゃよ、あの男は」
ハンネス「精鋭部隊の班長の中でも一番評判が高いと聞きました」
ピクシス「うむ。実直な男での。自分の力量を高めるために努力は惜しまん」
ピクシス「部下からの信頼も篤いと聞いておる」
ハンネス「いつぞやの調査兵団との合同訓練でも活躍したそうですね」
ピクシス「うむ。指揮能力も優れておるということじゃな」
ピクシス「広い視野を持ち、柔軟な発想も出来る男じゃ」
ハンネス「仰る通り、逸材ですね」
ピクシス「うむ。…少し前のことじゃが」
ピクシス「そのイアンが、ワシに聞きたいことがあると言うてきた」
ピクシス「お主になら聞かせても構わんかの。しかし、他言は無用じゃぞ?」
ハンネス「はい、秘密は厳守しますが…。どんなお話でしょうか?」
ピクシス「実はイアンに調査兵団への転属の話が持ち上がっての」
ハンネス「そうでしたか…」
ピクシス「本人としても大いに迷った様じゃ」
ピクシス「迷った挙げ句、ワシにこう聞いてきた」
ピクシス「駐屯兵団とは何なのか」
ピクシス「調査兵団と駐屯兵団との違いはどこにあるのか」
ピクシス「こう、尋ねてきたのじゃ」
ハンネス「調査兵団との違いですか…」
ピクシス「ワシは調査兵団を人類の剣とするならば」
ピクシス「駐屯兵団を人類の盾と言うた。そして」
ピクシス「街を見てこいと言うた」
ピクシス「街に住まう人々の営み。子供らの絶え間ない笑顔。美しい街並み」
ハンネス「……」
ピクシス「イアンにとってそれは守り抜きたいものなのか」
ピクシス「或いは、さらに広げたいものであるのか」
ピクシス「前者であれば駐屯兵団じゃな。後者は当然、調査兵団じゃ」
ハンネス「なるほど…」
ピクシス「エルヴィンあたりが聞けば反論をしてきそうな話じゃが」
ピクシス「まぁ、ここにはおらんからな。勘弁してもらおうかの」
ピクシス「ま、それはともかくとしてじゃ」
ピクシス「結果として、イアンは守る方を選んだ」
ハンネス「はい」
ピクシス「この前、イアンがワシに報告に来たよ」
ピクシス「自分にはやはり街を守る方が性に合っている」
ピクシス「司令の言葉に従って街を見てきたが」
ピクシス「自分の知っている人も知らない人も」
ピクシス「この街で、この壁の内側で日々の営みを繰り返している」
ピクシス「生活が苦しくても様々な社会問題に晒されても」
ピクシス「それでも精一杯生きている」
ピクシス「自分はそれを守る存在でありたい」
ピクシス「つまり、人類の盾であることを選ぶ」
ピクシス「ずいぶん晴れ晴れとした顔でワシに言うてきたよ」
ハンネス「…イアンから迷いが消えたわけですね」
ピクシス「うむ。イアンは生真面目な男じゃ」
ピクシス「その決心に揺るぎはないであろうし」
ピクシス「人々を守ろうとする意志も確固たるものであろう」
ピクシス「仮に壁内が危機に陥ったとすれば」
ピクシス「あやつは身命を顧みず戦うことじゃろう」
ピクシス「それは間違いない」
ピクシス「で、じゃ。ハンネス」
ハンネス「はい」
ピクシス「これを聞いてお主はどう思う?」
ハンネス「は…」
ピクシス「お主にはこういう考えはあるか?」
ハンネス「…私にはそんな立派な考えはありませんよ」
ピクシス「無いのか…?」
ハンネス「はい」
ピクシス「ふむ…覚えておるか、ハンネス」
ハンネス「は…」
ピクシス「お主がまだ新兵の頃じゃったが」
ピクシス「たまたまワシと二人になったことがあった」
ハンネス「確か…、何かの儀式の合間だったと思いますが…」
ピクシス「その時の会話を覚えておるか?」
ハンネス「さあ…。申し訳ありませんが…」
ピクシス「よいよい、無理もないことじゃ」
ピクシス「ワシはな、こう聞いたのじゃ」
ピクシス「兵士が無駄飯喰らいと言われることをどう思うかとな」
ピクシス「ふふ、超大型巨人が現れる前の話じゃからの」
ピクシス「取り立てて厄介な問題が生じるわけもなく」
ピクシス「駐屯兵団は毎日を持て余しておった」
ピクシス「人々からは無駄飯喰らいと笑われたものじゃ」
ピクシス「それに憤慨する兵士もおったが、ほとんどは無関心じゃったの」
ピクシス「こういう現状は新兵であるお主の目にどう映るのか」
ピクシス「ふと気になっての、お主に声をかけてみたのじゃよ」
ハンネス「なるほど…」
ピクシス「お主はの、こう答えた」
ピクシス「結構な話ではないか」
ピクシス「兵士が持てはやされる時代などロクなものではない」
ピクシス「万一もてはやされる時代が来たとなれば」
ピクシス「無駄飯喰らいと馬鹿にされる日を夢見て頑張りたい」
ピクシス「…とな。思い出したか?」
ハンネス「…そんなやりとりがあった気もしますが」
ピクシス「ふふ、ひねくれた答えとも言えるがの」
ピクシス「なかなか面白いことを言う男じゃと…ワシは思うた」
ハンネス「生意気な事を申し上げたみたいです。何ともお恥ずかしく」
ピクシス「いやいや、一面の真理ではあろうよ」
ピクシス「で、お主のことを気には留めておったんじゃが…」
ピクシス「超大型巨人が現れるまでのお主の勤務態度」
ハンネス「は…」
ピクシス「お世辞にも誉められたものではなかった」
ピクシス「朱に交われば…、ということかの」
ハンネス「…誠に申し訳ありません」
ピクシス「よいわさ。それはそれで仕方の無いことじゃ」
ピクシス「まぁ、ワシとしては残念ではあったがの」
ハンネス「…はい」
ピクシス「しかし…それからのお主は変わったの」
ピクシス「班長としての職務を忠実にこなしておる」
ピクシス「何日も泊まり込むこともあるらしいではないか」
ピクシス「幹部連中の評判も上々じゃ」
ピクシス「何がお主をそう変えたのじゃ?」
ハンネス「…勤務に熱心になったのは私だけではありませんよ」
ハンネス「四年前の一件以来、兵士の意識は高まりましたからね」
ピクシス「ふむ?お主はそう言うがの」
ピクシス「また緩みはじめておるぞ?」
ピクシス「四年間、超大型巨人の襲来は無かった」
ピクシス「もう襲来は無いのではないかという声が大きくなりつつある」
ハンネス「…」
ピクシス「それなのにお主に弛緩は見られん」
ピクシス「何故じゃ?」
ハンネス「…」
ハンネス「…シガンシナ区には長い間住んでいましたからね」
ハンネス「…思い入れが強すぎるのですよ」
ピクシス「…ふむ」
ハンネス「友人に知人。見慣れた街の光景」
ハンネス「無駄飯喰らいと小馬鹿にされることもありましたが、それでも」
ハンネス「何があるでもなく過ぎてゆくシガンシナ区の毎日が好きでした」
ピクシス「…」
ピクシス「巨人の来襲で、それが壊されたというわけか」
ハンネス「…はい。それに」
ハンネス「幸いにして妻は無事でしたが」
ハンネス「友人や知人の多くが巨人に殺されました」
ハンネス「かつて重病の妻を救ってくれた恩人の奥さんすら、私は守れなかったのです」
ハンネス「守るべき人々を守れなかったことを私はまだ忘れていません」
ハンネス「自分はもう二度とあんな悲しみを味わいたくない」
ハンネス「願わくばもう一度、無駄飯喰らいと小馬鹿にされたあの日に戻りたい」
ハンネス「…私が職務に忠実になったのは、要するに」
ハンネス「自分のために過ぎないのだと思います」
ハンネス「自分があんな思いをしたくないから、職務に精を出しているに過ぎません」
ハンネス「人類の盾となりたい。人類の為に戦いたい」
ハンネス「…そんな立派な話ではないのです」
ピクシス「……」
ピクシス「…ふむ」
ピクシス「ワシの耳にはあれこれと情報が入ってくる」
ハンネス「は…」
ピクシス「お主、トロスト区の住人にはずいぶん好かれている様じゃな」
ハンネス「…そうでしょうか。自分では分かりません」
ピクシス「…しかしお主自身はトロスト区での生活を悪くは思っておらん」
ピクシス「そうじゃろ?」
ハンネス「それは…、確かにそうです」
ピクシス「つまり、シガンシナ区への思い入れに似たものを」
ピクシス「お主はトロスト区に対して抱きつつある」
ピクシス「どうじゃ?」
ハンネス「…そうかも知れません」
ピクシス「それを守ろうとは思わんか?」
ハンネス「は…」
ピクシス「変わらぬ日常、何の変哲も無い毎日」
ピクシス「怠惰な兵士としてではあるが、お主はそれを味わい続けた」
ピクシス「それゆえに、それを失ってしまった時」
ピクシス「それが如何にかけがえのないものであったか」
ピクシス「そして如何に脆いものであったか」
ピクシス「お主は嫌というほど味わった」
ハンネス「…」
ピクシス「…たとえ自分のためであってもよいのじゃよ」
ピクシス「かつて失ってしまったかけがえのないものを」
ピクシス「二度と失うまいと思い定めよ」
ピクシス「ワシはお主に、その切実さをこそ求めておる」
ピクシス「動機はどうあれ、それは立派な盾じゃよ」
ハンネス「…」
ピクシス「ふふふ。しかし、考えてみれば」
ハンネス「は…?」
ピクシス「そもそもがじゃ、ハンネス」
ハンネス「は…」
ピクシス「愛妻家のお主が嫁を守ろうとせんわけがないわ」
ハンネス「は…それは…まぁ…」
ピクシス「自分のためだの何だのと言う前に、それを忘れるなよ?」
ハンネス「…も、もちろんです」
ピクシス「ふふ、つい軽口が出てしもうたわい」
ピクシス「…この先もトロスト区を守り続けてくれよ、ハンネス」
ハンネス「…はい」
ハンネス「…身に余るお言葉を頂きました」
ピクシス「ふふ、後は自分で…の」
ハンネス「そうします。今は胸の中に大きなものがある様で」
ハンネス「それが何なのか、ゆっくりと考えてみます」
ピクシス「うむ。それでよい、それでよい」
ピクシス「さて…、そろそろ夜も更けたようじゃ」
ハンネス「ああ、気付きませんでした」
ピクシス「そろそろワシは寝ることにするかの」
ハンネス「はい、どうぞお休みください」
ピクシス「お主の部屋については既に用意させてあるからの」
ハンネス「ご配慮痛み入ります」
ピクシス「うむ、遅くまですまんかったの」
ハンネス「いえ、それはこちらが申し上げることで…」
ハンネス「うまい酒をごちそうさまでした。…それでは」
ガチャ
バタン
ピクシス「…」
ピクシス「…ふむ」
ピクシス「やはり面白い男じゃ…」
コンコン
ガチャ
参謀「夜分にすみません」
ピクシス「おお、何じゃ」
参謀「昨日お願い致しました書類のサインですが…」
ピクシス「おお、今、書く」
参謀「先程まで、ハンネス班長が…?」
ピクシス「おお、おったぞ」
参謀「彼はここ近年の勤務態度が非常に良いと聞いております」
参謀「今回の一件もそれが評価されたからだとか…」
ピクシス「ふむ。順当な話じゃ」
ピクシス「しかしの、お主、知っておるか?」
参謀「は…?」
ピクシス「ワシが言うのも何じゃが」
ピクシス「元々は飲んだくれの兵士じゃぞ、あやつは」
ピクシス「面白い男ではあったがの」
参謀「はぁ…そうなのですか」
ピクシス「それがあの変わりようじゃ」
参謀「はは、そうですね…」
ピクシス「サインをする前に、話をしておきたくなるじゃろう?」
参謀「それは確かに…。それで、如何でしたか?」
ピクシス「ふむ…」
カリカリカリ
ピクシス「なかなかの逸材じゃったの、あやつも」
『 ハンネス・×××××
○月○日付けでトロスト区駐屯部隊長に任命する。
駐屯兵団司令 ドット・ピクシス 』
*(翌日、トロスト区中心街)
ハンネス「さてと…昼飯食ってから戻るとするかな…」
アルミン「あれ?ハンネスさん!?」
ハンネス「…!?アルミン、それにエレンも」
エレン「久しぶりだな、ハンネスさん」
ハンネス「お前ら、今日はどうした?何だその荷物は?」
エレン「ハンネスさんこそ。もしかして仕事サボってるのか?」
ハンネス「久々に会ったのに何だその言い草は」
エレン「図星か?」
ハンネス「馬鹿。俺はさっきまで班長会議だったんだよ。これからまた仕事さ」
アルミン「そうなんだ。僕らは今日、休日なんだよ」
ハンネス「ああ、それで私服なのか…。ミカサはどうしたんだ?」
エレン「それがさ、聞いてくれよハンネスさん」
ハンネス「どうしたどうした」
エレン「ミカサが同期と買物をしたいからって」
エレン「オレ達、荷物持ちをさせられてんだよ」
アルミン「今はミカサ達が店から出てくるのを待ってるんだ」
ハンネス「ああ、それでその荷物か…」
エレン「買い物ぐらい自分らで済ませろっての」
ハンネス「ははは。大変だな、お前らも」
エレン「まぁ筋力の鍛錬にはなるしな」
アルミン「ぼ、僕はもう限界っぽいんだけどね…」
ハンネス「…ところでお前ら、背が高くなったな」
アルミン「ぼ、僕も?」
ハンネス「おう、アルミンも大きくなってるぜ」
アルミン「へへ…背が伸びてるんだ、僕…」
ハンネス「それに二人とも、体つきも何かがっちりしてきたみたいだな」
エレン「へん。昔言った通りだな」
ハンネス「うん?」
エレン「ハンネスさんより大きくなってやるって言ったろ?」
ハンネス「はん。相替わらず生意気だな」
ハンネス「そんなことは俺より大きくなってから言うもんだ」
ハンネス「よし、昔みたいにわしゃわしゃしてやろう」
エレン「いいって。いや、だから、やめろって」
わしゃわしゃわしゃ
ハンネス「遠慮するなって。嬉しいだろ?」
エレン「髪型がぐちゃぐちゃだ!!」
ハンネス「髪型ァ?色気づきやがったか、ワルガキめ」
わしゃわしゃわしゃ
エレン「うわ!!また!!」
アルミン「あはははは。わしゃわしゃだ。懐かしいね~」
エレン「笑ってないで止めろ!!」
サシャ「あ!!いたいた!!皆さん、エレンがいましたよ!!」
エレン「ああ、ここだここだ」
サシャ「もう!!探しましたよ!!」
アルミン「ごめんね」
ユミル「何だいその髪は…」
エレン「……。ちょっとな」
クリスタ「アルミン、こちらの方は?駐屯兵団の方みたいだけど…」
ハンネス「ああ、俺はトロスト区で班長をやってるハンネスってんだ」
クリスタ「班長!?班長、失礼しました!!」
ハンネス「ああ、今日はハンネスでいいって。あんたら訓練兵かい?」
クリスタ「はい、私達みんな、訓練兵です」
クリスタ「彼女はサシャ」
サシャ「はじめまして。サシャ・ブラウスです」
クリスタ「彼女はユミル」
ユミル「どうも。ユミルです」
クリスタ「私はクリスタ・レンズです」
ハンネス「ああ、ご丁寧にどうも」
サシャ「エレン。その…ハンネスさんとお知り合いなんですか?」
エレン「ああ、ハンネスさんとは昔からの知り合いだ」
ハンネス「こいつがワルガキだった頃からのな」
サシャ「へぇ…」
ハンネス「今もワルガキみてぇだがな」
エレン「余計なこと言うなよ…」
アルミン「ところでミカサはどうしたの?」
サシャ「向こうの方に探しに行ったんですけど…」
クリスタ「あ、ミカサだ。こっちだよー!!」
ミカサ「エレン、やっと見つけた。…その髪はどうしたの?」
ハンネス「よう、ミカサ」
ミカサ「…ハンネスさん?久しぶり」
ハンネス「元気そうだな」
ミカサ「ええ、ハンネスさんこそ。もしかして…」
ハンネス「うん?どうした?」
ミカサ「エレンにわしゃわしゃした?」
ハンネス「おう、盛~大にな」
エレン「ふん、いい迷惑だぜ」
ミカサ「エレン、そんなことを言ってはいけない」
エレン「何でだよ」
ミカサ「わしゃわしゃされているエレンはかわいいから」
ミカサ「私も見たかったのに。残念」
エレン「何だそりゃ!?」
ハンネス「…もう一度、やってやろうか?」
エレン「もういいって!!」
ハンネス「はははは。ミカサ」
ハンネス「なんか、ずいぶん女らしくなったな…」
ミカサ「そう?」
ハンネス「なぁ、エレン?お前もそう思うだろ?」
エレン「べ、別に変わった風には思えないけどな」
アルミン「あれ?この前男子寮で言ってなかったっけ?」
アルミン「ミカサが最近大人っぽくモガモガ…」
エレン「余計なこと言うな!!」
ミカサ「アルミン。後で詳しく話を聞かせて」
アルミン「いいよ~。モガモガ。後でね~」
エレン「お前ら…」
ハンネス「よし、折角だから全員に何かおごってやるか」
サシャ「向こうにドーナッツ売ってましたよ!!」
クリスタ「お行儀が悪いわよ、サシャ」
ユミル「少しは遠慮しろよ、芋女」
サシャ「う~」
ハンネス「いいんだよ、いつも三人が世話になってるお礼だ」
ハンネス「それじゃ、エレン、これで買ってきてくれ」
エレン「いいのか?」
ハンネス「遠慮する柄じゃねえだろ。早く行ってきな」
エレン「分かった。それじゃ買ってくるよ」
アルミン「あ、僕も行くね」
ミカサ「二人だけでは不安。私もついていく」
・・・・・・・・・・
ハンネス「はは、昔のまんまだな、あいつらは」
クリスタ「そうなんですか?」
ハンネス「ああ。エレンとミカサ、それにアルミン。いつも三人でくっついてな」
サシャ「今もそうですねぇ」
ハンネス「ミカサは今もエレンの世話を焼いてんのか?」
クリスタ「ふふ、エレンはやめろって言ってますけどね」
ハンネス「世話女房ぶりも健在ってわけか」
サシャ「世話女房…。あはは、そのまんまですね」
ユミル「帰ってきたら二人に言ってやろうかな」
クリスタ「エレンは真っ赤になって否定しそうだね」
ユミル「世話焼かれるの、まんざらでもないくせにな」
サシャ「ミカサは『世話女房?当然』とか言うんでしょうね」
三人「あはははは」
ハンネス「うまく馴染んでるみたいだな、あいつら」
サシャ「大丈夫ですよ、三人はみんなから信頼されてますよ」
クリスタ「エレンは少し前のめりになることがありますけど」
クリスタ「いつも頑張ってるって、みんなに認められてますし」
ハンネス「ほう」
クリスタ「ミカサはエレンにつきっきりですけど」
クリスタ「実はまわりのこともちゃんと見ていてくれますし」
ハンネス「なるほど…」
クリスタ「アルミンは頭がいいし面倒見もいいですから」
クリスタ「みんなから頼りにされてますよ」
ハンネス「そうか…」
ハンネス「あいつらがどう思ってるかは知らんが」
ハンネス「俺はあいつらの親代わりだと思ってるんだ」
ハンネス「俺に子供がいない分、余計にそう思うのかもしれねえがな」
ハンネス「あんたらの話を聞いて安心したよ」
ユミル「ああ、そういえば」
クリスタ「何?」
ユミル「ミカサが言ってたろ?ずいぶん世話になった人がいるって」
サシャ「あ、私も聞いてますよ。エレンやアルミンがすごく懐いてるって」
クリスタ「ミカサもすごく感謝している人なんだよね。もしかして…」
サシャ「ハンネスさんのことですよ、きっと」
ハンネス「そうか、ミカサがそんなことを。…少し照れくさいな」
アルミン「お~い、みんな~」
サシャ「来た!!ドーナッツ!!」
ミカサ「お待たせ」
ハンネス「それじゃ食べるか。…こんなに買ってきたのか?」
エレン「昼飯代わりになるかなって思ってさ」
サシャ「ドーナッツ!!ドーナッツ!!」
クリスタ「もう、サシャったら。ハンネスさん、ありがとうございます」
ハンネス「いいよいいよ。まぁ、食べてくれよ」
クリスタ「それじゃ、私達は少し離れて食べてるから」
エレン「え?」
ユミル「積もる話もあるだろ。ゆっくり話すといいさ」
・・・・・・・・・・
ハンネス「はは、なんか気を使わせたな、あの娘らに」
アルミン「ほら、エレン」
エレン「ええ~、ほんとに言うのかよ」
ミカサ「ちゃんと言わなきゃ駄目」
エレン「分かったよ…。ハンネスさん、この前は悪かったよ」
ハンネス「この前?」
エレン「ほら、去年に会った時、言ったろ?」
エレン「駐屯兵団は壁の内側に篭もってばかりで後ろ向きだって」
エレン「あんなこと言うべきじゃなかった。ごめんな」
ハンネス「はは、そんなことか。気にしてないさ」
ハンネス「…あのな、エレン」
ハンネス「お前は調査兵団に入るんだろ?」
エレン「ああ」
ハンネス「壁の外に出て、巨人と戦うわけだろ?」
エレン「ああ、そうなると思う」
ハンネス「だけど、補給だの何だので、また帰ってくるよな?」
エレン「…そうだな」
ハンネス「調査に出かけて、帰る場所が無くなっていたらシャレにならねえぜ?」
エレン「ああ、…それは困るな」
ハンネス「つまり調査兵団が心置きなく壁外調査に出られる様に」
ハンネス「後ろをがっちり固めておくことが必要なわけだ」
ハンネス「それをやるのが駐屯兵団ってところかな」
エレン「…なるほど」
ハンネス「それに…俺達駐屯兵団はさ、人類の盾だ」
ハンネス「壁外への進出に賛成するか反対するかはともかく」
ハンネス「壁内の人達が安全に暮らしているって土台が無ければ」
ハンネス「そもそも話にならんだろ?」
ハンネス「俺達駐屯兵団はそういった土台を守ってるんだよ」
ハンネス「どうだ、意外に前向きだろ?」
エレン「…そうだな。調査兵団も駐屯兵団も、どっちも大事なんだな」
ハンネス「はは、分かりゃいいのさ」
ハンネス「まぁ、一日中酒を飲み暮らすってのも悪くはないんだがな」
エレン「良かった。安心したよ」
ハンネス「何?」
エレン「ハンネスさんがいきなり立派なこと言うもんだからさ」
エレン「熱でもあるんじゃないかって」
エレン「でも、やっぱり飲んだくれのハンネスさんだったから安心した」
ハンネス「お前はまた生意気なことを…。げんこつ欲しいのか?」
エレン「冗談だって」
ミカサ「ハンネスさん。エレンが泣くからげんこつは駄目」
エレン「この歳で泣くわけないだろ…」
ミカサ「それはまだ分からない」
エレン「子供じゃねえんだからげんこつぐらいじゃ泣かねえよ」
ミカサ「もしかするともしかするかもしれない」
エレン「ったく。お前ももう子供じゃないんだから」
エレン「それぐらい分かるだろ?」
ミカサ「え?」
アルミン「んん?」
ハンネス「ふふっ、墓穴掘ったな、エレン」
エレン「あ…」
ミカサ「私のどの辺りが子供じゃないと思うのか具体的に教えて欲しい」
ミカサ「そういえばさっきアルミンも気になることを言っていた」
ミカサ「要するにエレンは私を大人の女だと」
エレン「アーアー聞こえねー」
ミカサ「ごまかしちゃ駄目」
エレン「アーアー聞こえねー聞こえねー」
ミカサ「ずるい」
アルミン「あはははは」
ハンネス「はっはっは。ミカサ、もうそのぐらいにしてやれ」
ミカサ「でも気になる」
ハンネス「これやるから我慢しろ」
ミカサ「袋?…飴?」
ハンネス「まだだいぶ残ってるだろ?後でみんなに分けるといい」
ミカサ「ありがとう。…何だか懐かしい」
ハンネス「はは、昨日ポケットに入れたままになっていたんだ」
エレン「ちっ飴なんかで喜ぶ歳じゃねえだろ、お前…」
ミカサ「エレン…?」
エレン「あ…」
アルミン「あ~あ」
ハンネス「ふふっ、また墓穴…!!」
ミカサ「エレン。答えてほしい。」
エレン「…後でちゃんと説明するから。……ここでは勘弁な」
ミカサ「分かった。とても楽しみ」
アルミン「あらら。僕がバラすまでもなかったかな」
エレン「厄日だ…」
ミカサ「今日はとてもいい日」
ハンネス「ほんっとに面白いな、お前らは…」
ハンネス「こうしていると、あの頃に戻った気がするぜ」
アルミン「そうかな。やっぱり…僕らはまだ子供?」
ハンネス「うん?ああ、そういう意味じゃねえって」
エレン「じゃ、どういう意味だ?」
ハンネス「…いつか教えてやるよ。俺より大きくなったらな」
エレン「ふうん、それじゃもうすぐかな」
ハンネス「それはどうだろうな。せいぜい飯食って大きくなれよ、ガキンチョ」
エレン「くっそ、今に見てろよ…」
・・・・・・・・・・
クリスタ「ねえ、話は尽きないと思うけど、そろそろ行こうか」
エレン「あ、そうか。それじゃハンネスさん」
六人「ごちそうさまでした」
ハンネス「おう。明日からも頑張れよ」
ユミル「それじゃ行くとするか」
サシャ「荷物持ちのお二人、もう少しだけ頑張って下さいね」
エレン「くそ…後で何か奢れよ」
エレン「ハンネスさん、またな」
アルミン「またね」
ミカサ「元気で」
ハンネス「おう。…ミカサ」
ミカサ「何?」
ハンネス「エレンを離すんじゃねえぞ」
ミカサ「もちろん」
ハンネス「よし、その意気だ。しっかり掴まえておけよ?」
ミカサ「大丈夫。いざとなったらぎゅってするから」
ハンネス「ははは。そうしてやれ」
エレン「そういうの、ホント、勘弁してくれよ…」
・・・・・・・・・・
ハンネス「ふふ、行ったか」
(三人とも元気そうだったな)
(相替わらず仲が良さそうでなによりだ)
ハンネス「…」
(…あいつら三人に振り回されていたあの頃ってのが)
(俺にとっては一番楽しかったんだよなぁ)
ハンネス「…」
(司令はトロスト区をしっかり守れと言ってたな。もちろんそのつもりだ)
(だけど、守りたいのはそれだけじゃないんだよな)
(カミさんも守りたいし、それに…あいつらも)
(全て、俺にとっては大事なものだからな…)
ハンネス「…」
(街が無事で、カミさんも無事で、あいつらも無事)
ハンネス「……」
(そういう毎日がいいんだよ、結局のところ)
ハンネス「はは」
(要するに、あれもこれも守ればいいってことか)
(それが一番、分かりやすい)
(そういうことか)
ハンネス「…やれやれ」
(それはそれで大変そうだけどな)
(ま…やるだけやってみるさ)
ハンネス「…さて、仕事に戻るとするか」
*(駐屯兵団本部)
ハンネス「よって、トロスト区の扉の修復はやはり不可能ということです」
ハンネス「…以上が先日の会議で話し合われたことです」
ピクシス「うむ。よく分かった」
ハンネス「次に…」
バンッ
兵士「ピクシス司令!!巨人が現れました!!」
兵士「調査兵団からの伝令によるとウォール・ローゼ南区で巨人を発見!!」
兵士「ウォール・ローゼが破られた可能性ありとのこと!!」
ハンネス「何…!?」
参謀「どういうことだ!?それは確かなのか!?」
ピクシス「落ち着け。…おい、それはいつの話じゃ?」
兵士「はっ、今から八時間前と聞いております!!」
ピクシス「ふむ…」
ピクシス「…命令」
参謀「はっ!!」
ピクシス「キッツに連絡せよ」
ピクシス「精鋭部隊で防衛線を張るのじゃ」
参謀「はっ!!」
ピクシス「住民の避難先を確保しておけ」
参謀「はっ!!」
ピクシス「対策部隊を二隊編成せよ」
参謀「はっ!!」
ピクシス「ハンネス、お主は一隊の指揮を取れ」
ハンネス「はっ!!」
ピクシス「壁沿いに馬を走らせ、破損箇所を特定するのじゃ」
ハンネス「はっ!!」
ピクシス「以上。頼むぞ」
・・・・・・・・・・
兵士「隊長!!全員揃いました!!」
ハンネス「よし、すぐに行く」
(調査兵団からの伝令だと聞いたが…)
(あいつらはどこにいるんだ?)
(…無事だといいが)
ハンネス「ああ、集まったようだな」
(いや…)
(きっとあいつらは無事だ。それぞれが生き抜く術を持っている)
(俺はそれを信じる)
ハンネス「隊長のハンネスだ」
(だから俺は全力で任務に当たるだけだ)
ハンネス「話は既に聞いていると思う」
(何の変哲もない毎日)
ハンネス「壁内に巨人が出現した」
(何でもない日々)
ハンネス「人類の危機ということだ」
(お前らのいる日常)
ハンネス「みんな、覚悟はいいか?」
(…俺はそれがたまらなく好きなんだよ)
ハンネス「俺達が守るんだ」
(もう二度と失ってたまるか。なあ、お前ら)
ハンネス「さあ、行こうか」
(命を賭けるだけの意義はあるってもんさ)
ハンネス「出発!!」
完
…以上です。
お読み頂きありがとうございました。
SSは本作で7作目になります。
1作目 ミカサ「私は誕生日が嫌い」
2作目 ミカサ「守る」
3作目 ミカサ「お花見に行きたい」
4作目 リヴァイ「花見だと?」
5作目 オルオ「お久しぶりです、教官」
6作目 イアン「調査兵団?」
本作は11巻、ハンネスさんがミカサとアルミンを励ましたシーンから着想を得ました。
2作目のミカサ・6作目のイアンの決意とお読み比べ頂ければ幸甚です。
また機会があればどうぞよろしくお願いします。
末筆ながら、コメントを下さった方、ありがとうございました。
※以下はおまけです。
*おまけ(班長会議終了後、駐屯本部前)
ハンネス「ふう、会議は無事終了っと…」
イアン「ハンネスさん」
ハンネス「ああ、イアンじゃないか。リコとミタビも。どうした?」
リコ「あの…先程はありがとうございました」
ハンネス「うん?」
ミタビ「俺達の意見に賛成の発言をしてくれたでしょ?助かりましたよ」
ハンネス「ああ、お前さんらの意見がもっともだと思っただけさ」
イアン「ハンネスさんの様な経験豊富な方に同意してもらうと心強いのです」
ハンネス「そうかな?」
リコ「それに、地に足の着いた議論になったと思います」
ハンネス「ああ、それだったら何よりだ」
イアン「今からお帰りですか?」
ハンネス「いや、今からは班に戻って仕事の続きだな。お前さんは?」
イアン「非番で時間があるので、訓練所に行こうかと」
ハンネス「熱心だな」
イアン「班員が頑張ってくれていますので、私も負けていられませんよ」
ハンネス「ふうん、さすがはイアンってところかな」
リコ「イアン、…あなた一人で訓練所に行くつもり?」
イアン「え、そのつもりだが?」
リコ「せっかくだから私も…行こうかな…なんて」
ハンネス(…うん?)
イアン「お前も今日は非番なのか?」
リコ「うん、まあ…そうなんだ。だから訓練でも…しようかなって」
イアン「班長になったばかりで疲れているんじゃないか?」
イアン「ゆっくり休んだらどうだ?」
リコ「でも、やっぱり、班長として…」
ミタビ「いいんじゃねえか?二人でやってこいよ」
ハンネス(…ああ、なるほどね)
イアン「う~ん、しかし、リコは疲れ気味だしなぁ」
ハンネス「…二人で協力した方が訓練も進むだろ?」
ハンネス「それにリコだって若いんだから大丈夫さ」
イアン「なるほど…確かにそうですね」
イアン「それじゃリコ、俺と付き合ってくれ」
リコ「付き合っ…!!ああ、訓練だよね。訓練に付き合う。そう、訓練」
イアン「訓練だろ?」
リコ「うん、訓練。二人なら訓練もはかどる…あ、二人ってそういう意味じゃなくて」
イアン「…本当に大丈夫か?」
リコ「とにかく訓練でしょ?さっさと行くよ」
ハンネス(うわあ…)
イアン「ミタビはどうする?」
ミタビ「俺はちょいとやることがあってな、今から野暮用だ」
イアン「そうか。それじゃハンネスさん、俺達はこれで」
リコ「ハンネスさん、えっと…ありがとうございました」
ハンネス「ふふ、またな」
・・・・・・・・・・
ハンネス「なぁ、ミタビ」
ミタビ「何です?」
ハンネス「あの二人、ひょっとして…」
ミタビ「ああ、お察しの通りですよ。『まだ』なんですけどね」
ハンネス「ふうん。で、お前さんはあれこれ気を使う、と」
ミタビ「ま、そういうことです」
ハンネス「…大変だな、お前さんも」
ミタビ「腐れ縁ってやつですよ。少しばかり骨が折れますけどね」
ハンネス「なるほどな。いいヤツだよ、お前さんは」
ミタビ「でしょ?この顔でなかなか気が回るんですよ、俺は」
ハンネス「ははは、違いない。そのうち飲みにいこうぜ。それじゃな」
ミタビ「楽しみにしてますよ。それじゃ」
おまけ 完
…続編なのに三人が全く登場しないのは如何なものかと思って付け足しました。
>>1です。
コメントを下さった皆さん、ありがとうございます。
とても嬉しいです。
ハンネスさん、生き残ってくれるといいですね…。
このSSまとめへのコメント
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