上条恭介「キミの笑顔が好きだった」 (52)

キミの笑顔が好きだった。

物心ついた頃から、僕の近くにあったキミの笑顔。

それを見る為に、僕はずっと頑張ってたんだ。

どうしたら笑ってくれるのかなって。

そればかりを考えていたことさえあった。

ある日、何のけなしにヴァイオリンの演奏をしたことがあった。

何か意図があったわけじゃない。ただ、彼女を笑わせる為の手段のひとつに過ぎなかった。

でも、そんな何のけなしの演奏が、キミの笑顔をより一層輝かせた。

そうか、これか。

これが、キミの笑顔を輝かせるのか。

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そう知ってからは、一心不乱だった。

とにかく、暇さえあれば演奏するようになった。

そうすれば、僕の好きなキミの笑顔を見る事が出来たから。

その演奏が、周囲には高く評価された。

周りの評価なんて、僕にはどうでもよかった。

でも、僕の演奏が高く評価されると、キミはまた眩しい笑顔を見せてくれた。

いつも通りの、僕の好きな笑顔だ。

僕の演奏が評価されれば、キミは笑ってくれるんだ。

そう気付いてから、僕は上を目指すようになった。

大きなコンサート会場で演奏した事もあった。

もちろん、目的はその時でさえ変わってはいなかったけれど。

そんなある日、『それ』は起こった。

僕が好きな笑顔を奪っていく、忌まわしき事故。

僕から、僕の好きな笑顔を見る為の手段を奪っていった事故だ。

そんな程度で、演奏が出来なくなってしまうのが悔しかった。

絶対に負った傷を完治させて、また演奏してやる。

そしたら、キミは笑ってくれるんだ。そう信じて。

リハビリの毎日。

自分一人の力で歩くことさえおぼつかなくなって、まずはもう一度自分ひとりの力で歩けるようになる為に。

それが終われば、次は落ちてしまった握力を取り戻す為のリハビリだ。

そうなるはずだった。そう信じて疑わなかった。

僕が入院している間も、彼女は僕の事を気遣ってくれた。

僕がヴァイオリンの演奏をしているから、好きだと思ったんだろう。

ヴァイオリンの演奏が聴けるCDを、お見舞いに持ってきてくれた。

違うんだよ。僕は、別にヴァイオリンの音色が好きなわけじゃない。

ただ、キミの笑顔を見る為の手段にすぎなかったんだ。

でも、キミがお見舞いに来てくれるのは、僕にとってもとてもありがたいものだった。

何しろ、入院生活は暇だった。

リハビリ以外は、ベッドの上で暇を持て余す生活だ。気が滅入らないわけがない。

でも、僕には希望があった。心の支えがあった。

僕の演奏で、キミを笑わせる事だ。

それが僕の心の支えとなって、頑張る事だって出来た。

僕が入院してから、どれくらい経ってからだろうか。

ある日、お医者様に告げられた。

『もう、ヴァイオリンを弾くことは出来ないだろう』

それは、僕にとって耐えがたい宣告だった。

僕のヴァイオリンの演奏が、彼女を笑顔にさせるんだ。

それが出来なくなる。そう考えただけで、頭がおかしくなってしまいそうだった。

そんな、そんな馬鹿な。

だって、僕の左手はまだ僕の体についている。

僕の体の一部なんだぞ。

それなのに、二度とヴァイオリンを奏でることが出来なくなるなんて。

それじゃ、僕は、どうやって彼女を笑わせればいいんだ?

思考の迷宮だった。

それも、出口のない性質の悪いモノ。

そんな宣告をされた日にも、彼女はいつも通りお見舞いに来てくれた。

いつも通り、CDを持って。

特に好きでもないCDを、宣告された日に持って来られて、つい心にもない事を言ってしまった。

多分、彼女を傷つけてしまったと思う。

いや、多分、じゃない。間違いなく傷つけてしまったと思う。

でも、彼女は、言ってくれた。

『奇跡も、魔法も、あるんだよ』

本心から言っているのか、気休めで言っているのかはわからなかったが、その言葉は僕に少しの元気を与えてくれた。

もし、本当にあるのなら、僕のこの役立たずの腕も治すことが出来るんだろうな、って。

そう思う事が出来た。

その日の夜だった。

ふと目が覚めた僕は、左手に妙な違和感を覚えた。

妙な、と言うと語弊があるかもしれない。

むしろ、『普通の感覚』と言った方が正しいのだろうか。

事故にあってからは失われていた、『普通』の感覚だ。

ヴァイオリンを演奏する事が出来なくなるほどの深い傷を負い、痛覚さえ失われていたその左手に、感覚が戻っていた。

それだけじゃない。

僕の体の一部でありながら、僕の言うことを全く聞いてくれなかった筈の左腕は、僕の意思に呼応して動いてくれた。

それは文字通り、『普通』だった。

事故なんてなかったんじゃないかと錯覚を覚えるほどの、『普通』の感覚。

何がどうして治ったのかは、わからなかった。

それこそ『奇跡か魔法の類』と言えるモノだ。

僕は、それに疑問を覚えることはなかった。

僕の心を締める思考はひとつ。

『これで、また、彼女を笑わせる為の演奏をすることが出来る』

それが最も大きく、そして唯一のものだった。

翌日。

彼女は、その日もお見舞いに来てくれた。

しかし、様子がいつもと違う。

CDは持ってきていないし、表情もどことなく嬉しさがにじんでいたような気がする。

彼女は、僕の顔を見るなり『屋上に行こうよ』と提案して来た。

屋上に一体何か用でもあるのだろうか?そう思いながら、つい『普通』に立ち上がろうとして、ぐらりと態勢を崩してしまった。

あれ?おかしいな、なんで立ち上がれないんだろう?

と一瞬本気でそう思ってしまった。

『もう、無理しちゃダメだよ。腕が治ったと言っても、足の方はまだなんでしょ?』

彼女にそう言われて、ああ、そういえば僕は事故にあったんだったと思いだした。

なにしろ、僕に絶望を与えた腕が治っているのだ。そんな些細な事など、頭から抜け落ちてしまっていた。

屋上には、僕の両親に、担当医師、数名の看護師さんがいた。

腕が治ったからと言って、僕に『それ』を渡してくれた。

これだ。僕が、ずっと欲してやまなかったもの。

彼女の笑顔を見る為に、必要不可欠なもの。

ヴァイオリンだ。

もう演奏出来ないと宣告されてからは、見るのも嫌になっていたけれど。

何度か深呼吸をして、そして意を決して僕はヴァイオリンを演奏し始める。

ああ、そうだ。これだ。この音色だ。

ふと、僕の隣に立っている彼女の顔を見てみる。

そこには、僕の好きな笑顔があった。

目を閉じて、わずかに微笑んでいる。

これからも、この笑顔を見る事が出来るんだ。

それが僕には何より嬉しかった。

演奏の日から数日後、更にうれしい知らせが届いた。

どうやら、退院出来る日が早まったらしい。

と言うのも、今までは左腕が動かなく、松葉杖が使えないということもあって完全に自力で歩けるようになるまでは退院出来ないと言われていた。

しかし、左腕が突然治ったことで、松葉杖を使えば歩けるようになるので、長く入院する必要はなくなったのだ。

これで、家に帰ったら思う存分ヴァイオリンの練習をする事が出来る。

昨日の演奏の時はあまりに嬉しくて意識していなかったが、僕の演奏の腕はまず間違いなく落ちているはず。

演奏の腕が落ちた事で、僕の好きな笑顔に陰りが出てしまうのは嫌だった。

少しでも多く練習して、事故以前の腕を取り戻さなくちゃ。

それから二日後、僕は退院した。

彼女は、演奏の日からは僕のお見舞いに来なくなっていた。

演奏の腕を問いただされなくてよかったと思う反面、少しだけ複雑な心境でもあった。

でも、これでいいのかもしれない。

また、彼女を僕の家に招待して、僕の演奏を聴いてもらえるように頑張ろう。

そう決めたのだった。

その日から、僕は家でヴァイオリンの練習に励んだ。

一人で冷静になってヴァイオリンを奏でていると、否が応でも実感する。

『……腕、だいぶ落ちてるなぁ』

そう独り言を呟きたくなるくらい、自分で聴いていてわかってしまう程だった。

こんな演奏を聴かせたら、彼女の笑顔は曇ってしまう。

それだけは絶対に避けたかった。

学校で彼女とはち合わせれば、きっと彼女は僕に声を掛けて来るだろう。

それはそれで嬉しい。僕も、ずいぶん長い間学校には通えていなかったから。

でも、実際は違った。

彼女は、何故か僕の事を避けている節があるような気がした。

まさか、彼女は病院の屋上でおこなった演奏に不満があったのだろうか?

それで、僕に声を掛けてこないんじゃないだろうか?

そんな不安が僕の心をよぎった。

それは不味いことだった。

僕の好きな笑顔が見れなくなってしまう。

多分、僕は焦ってしまったんだと思う。

こっちから話しかけていれば、案外大した理由なんてなかったのかもしれなかった。

でも、僕はそれをしなかった。

少しでも腕の鈍りを解消して、彼女に聴かせてあげられるようにならなきゃならない。

そんな使命感じみた思考に捕らわれてしまった。

僕の方から声を掛ける事はせず、また彼女の方からも声を掛けて来る事はなかった。

なんだか、壁が出来てしまったような錯覚にさえ陥る。

いや、大丈夫だ。僕の演奏の腕さえ前のようになれば。

また、彼女は僕の好きな笑顔を見せてくれる。

そう自分に言い聞かせ、僕はヴァイオリンの練習に励み続けた。

僕が学校に復帰して、何日目だっただろうか。

クラスメイトの女子に、告白された。

僕の幼馴染とも仲のいい女の子だ。

前から、僕の事を慕っていた、と。

正直に言うと、嬉しかった。

こんな僕を慕ってくれる人がいたなんて、思いもしなかったから。

でも、僕はその告白は受け入れなかった。

どうしてか、と聞かれても、僕にもよくわからない。

言い訳と取られるかもしれないし、実際僕も言い訳にしか聞こえないだろうな、とは思った。

しかしその子には、今はヴァイオリンの練習で忙しくて、お付き合いとかは出来ない、と。

そう答えた。

その子は、しかし泣く事はせず、笑って『そうですか』、と答えてくれた。

その後、他愛もない話をその子とした。

僕は、僕がヴァイオリンの演奏を頑張る理由を話した。

その子は、いつから僕の事を慕っていたのか、と言う事を話してくれた。

小学校の頃、親に連れられて行った社交パーティの会場で出会った事があると言われた。

僕は、その社交パーティ自体には行った記憶はあるが、その子と出会った事は記憶にはなかった。

その子は、無理もないと笑って言ってくれたけれど、なんだか申し訳無かった。

その日、その子とは日が暮れるまで話し続けた。

いい子だな、と思った。お付き合いを断ったの、失敗だったかな、なんて思ったりもした。

我ながら優柔不断だ。





      それから、更に数日後。

      僕の幼馴染が、亡くなった。

詳しい死因ははっきりしないそうだ。

ホテルの一室で、すでに亡くなった状態で発見されたそうだ。

何かの事件に巻き込まれ、衰弱死———という結果で終わりそうだという話を聞いた。

一体、どうしてこうなってしまったんだろう?

僕は……僕は、彼女に何かしてあげられたのか?

彼女の様子がおかしいことに気付いてあげられなかったのか?

後悔は後から後から押し寄せて来るばかりだった。

なんで。どうして。

僕は、キミの笑顔が見たくて、その為に……。

ヴァイオリンの練習を……してたのに……。

もう、あの笑顔は見れない?

じゃあ、僕はもうヴァイオリンの演奏をする意味は無いんじゃないのか?

だって、僕の目的は、彼女の笑顔を見る為だったのに。

思考の整理が追い付かないまま、彼女の葬式の日がやってきた。

彼女の遺影は、不謹慎と言われるかもしれないが、僕の好きな笑顔だった。

その笑顔を見て、僕は、泣き崩れた。

もちろん、そんなの僕だけじゃなかったけど。

それでも、僕は泣いた。

泣いて、泣き疲れて、涙も枯れ果てた頃、彼女の葬式は終わった。

僕はふらふらとした足取りで家へと帰った。

ただいまとだけ挨拶をすると、すぐに自分の部屋に籠る。

無造作にベッドに倒れこむと天上を仰ぎ見る。

実感が湧かない。

僕の幼馴染が、亡くなっただなんて。

ふと机の横に立てかけてあるヴァイオリンに視線を移す。

これは、手段だった。

僕の好きな笑顔を見る為の、手段。

その笑顔が見れなくなるのなら、もう……。

そうは思っても、無意識のウチに僕はそのヴァイオリンを手に取っていた。

目を閉じて、演奏してみる。

……退院してから、僕の演奏の腕、少しは前に戻ったかな。

今の僕の演奏を彼女に聴かせたら、彼女は、笑ってくれるかな。

演奏の手を止めて、机の中にしまってあるアルバムを取り出す。

そして、彼女と一緒に写っている写真を一枚取り出した。

眩しい……笑顔だ。

その写真を写真立てに入れ、机の上に飾る。

写真が見える位置に椅子を移動させ、そこに座ると演奏を再開した。

目を閉じて演奏していると、枯れ果てたはずの涙がまた流れて来る。

それを拭う事もせず、僕は演奏し続けた。

彼女が亡くなってから、更に数日が経った。

見滝原市に、避難勧告が布かれた。

なんでも、スーパーセルという異常気象が見滝原市に起きるらしい。

———彼女が亡くなっても、世界は普通にまわり続けるんだな。

当たり前の事だが、そう思わずにはいられなかった。

避難所で、彼女と仲のよかったもう一人の子に会った。

当然と言えば当然なのだけれど、その子も元気がなかった。

僕らは、ポツポツと彼女の話をした。

いつも元気で、ちょっと空気が読めなくて、それでも明るく振る舞っていた彼女。

彼女の振る舞いに、周囲も否応なしに笑顔になる。

そんな彼女に、僕はすごく救われた。

その子も、同じ事を思っていたらしい。

思い出の中にしか、もう彼女はいないけれど。

それでも、僕とその子は、笑う事が出来た。

もう、会う事は出来ないけど。

ありがとうね……。

避難所でひと晩を過ごし、明けて翌日。

昨日の嵐が嘘だったかのように、空は晴れ渡っていた。

———この晴れ渡った空は、キミがくれたのかな。

なんて、考えすぎか。

避難所から家へと帰る際、僕は思い立って彼女のお墓参りに行く事にした。

葬式の日以来、一度も彼女の死を悼んでいなかったから。

少しだけ遅くなったけど、許してね。

———………

「やあ……さやか。久しぶり……って言うのもおかしな話かな」

お墓に水を掛けながら、そう話しかける。

「昨日の嵐は凄かったね。スーパーセルっていう異常気象らしいけど」

他愛のない話をしながら、持ってきたお供え物を供えて行く。

今でも、さやかが死んだなんて実感は湧いてきていないけど。

それでも、こうして墓の前に立つと、涙が出てきそうになる。

ロウソクに火を付け、線香を立てると、手を合わせて目を閉じる。

「………」

さやか。キミは……最期、何を想っていたのかな。

僕には、想像すらつかない。

僕、さやかの幼馴染失格かな。……さやか。キミはどう思う?

「………」

目を開ける。そこには、やっぱり物言わぬ墓があるだけで。

もう、キミの声を聞く事も出来ないんだね。

「……じゃあ、僕はもう帰るよ」

そうひと言残して、その場を立ち去ろうとする。

「あ……」

「?」

息を詰まらせる声が聞こえ、顔を上げる。

そこにいたのは。

「上条……恭介……」

「えっと、キミは確か……」

僕が入院している間に、転入して来た人だった。

そう、確か名前は。

「暁美……ほむらさん、だっけ」

「……えぇ。わたしの名前、覚えてくれていたのね」

どことなく居心地の悪そうな顔をしながら、そう聞いて来る。

「そりゃ、クラスメイトだしね。名前くらいは覚えておかなくちゃ失礼でしょ?」

「そう」

興味なさげに、それだけ呟く。

「さやかのお見舞いに、来てくれたの?」

「えぇ……わたしも、もうすぐここを離れる事になるから。短い間だったけれど、同じ教室で過ごした仲だし。お別れを言っておこう、と思ってね」

「そっか。うん、さやかも喜ぶよ。……って、なんで僕が偉そうにするんだって話だよね。ごめん、忘れて」

「いえ、気にしていないわ」

言いながら、暁美さんは手際良くお墓にお花を添えて行く。

「………」

線香を立てると、黙祷する。

……こう言うのもおかしな話かもしれないけれど、なんだか、すごく儚い存在に見えた。

「……ふぅ」

小さくひと息つくと、暁美さんは立ち上がる。

「上条くんは、ここで美樹さんにヴァイオリンの演奏を聴かせてあげていたの?」

「え?」

思いがけない指摘を受けて、素っ頓狂な返事をしてしまう。

「だって、その肩に掛けてるの……」

「あ、あぁ……うん、これね」

そう言えば、ヴァイオリンを持っていた事をすっかり忘れていた。

ましてや、ここで演奏するだなんて発想は全然浮かんで来なかった。

「聴かせてあげたんじゃないの?」

「いや……うん、これからだよ」

鞄の中から、扱い慣れたヴァイオリンを取り出す。

彼女を笑わせる事が出来る、僕の手段。

その認識は、今でも変わっていなかった。

「よかったら、暁美さんも聴いて行ってよ」

「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」

ほのかな笑顔を浮かべて、彼女は僕の演奏を待ち始めた。

「……すぅ……はぁ……」

何度かの深呼吸をして、ヴァイオリンを奏で始める。

亡くなってしまったキミに、聴こえているかな?

きっと、聴こえているよね。

さやかは、僕が演奏するといつも笑ってくれたし。

今、さやかは、笑ってくれているかい———?

「………。御清聴、ありがとうございました」

パチパチパチ、と。

一人分の拍手が、辺りに寂しく響いた。

「これが、さやかの好きだったヴァイオリンの演奏なのね」

「うん。僕の演奏を聴くと、彼女はいつも笑ってくれた。僕は、それが嬉しくてヴァイオリンを演奏していたんだよ」

「………」

「でも、それももう、終わりかな。彼女に聴かせてあげられないんじゃ、もう、僕が演奏する意味はないから……」

「………あなたは、美樹さんの事が好きだったの?」

「え?」

唐突な質問だった。

「いえ、なんだかあなたの口ぶりを聞いているとそんなふうに思えたものだから」

「………」

僕が、さやかのことが好き?

そんなこと、ちっとも考えた事はなかった。

「……僕は、彼女の笑顔が好きだったんだ」

声に出して、そう確認する。

それは間違っていない。確かに僕は、彼女の笑顔が好きだったんだ。

彼女が笑ってくれると、僕も嬉しかった。

「それが、人を好きになる、ということじゃないのかしら?」

暁美さんは尚もそう言って来る。

「……そう、なのかな?」

「自覚、ないの?」

「ごめん、そう言う風に考えた事なんてちっともなかったよ」

でも、言われてみると、そうなのかな、って気もする。

そっか、僕は……。

「……さやかの事が、好きだったんだね」

声に出すと、しっくりきた。

そうだ。彼女が笑ってくれると嬉しかったのは、僕が彼女の事を好きだったからだ。

どうして、そんな簡単な事に気付かなかったんだろう。

「それじゃ、美樹さんが好きだった演奏はこれからも続けた方がいいんじゃないかしら」

「………」

「あなたがそうやって演奏を続ける限り、あなたの美樹さんへの気持ちは無くならないと思うけれど。わたし達は、まだ、子供なのだし。その気持ちを、大切にしてもいいんじゃないかしら?」

「……あはは。暁美さんが言うと、なんだか妙な説得力があるね」

「大人になって、気持ちに整理がついた時、それでもヴァイオリンを演奏する理由がないって思うのなら、その時にやめてもいいと思うわ。わたしは、ね」

「そうだね……。もう少しだけ、ヴァイオリン、続けてみようかな」

さやかに聴かせる為だった演奏は、いつか、世の中のみんなに聴かせる為の演奏に変わってしまうかもしれない。

そうなってしまっても、さやか……キミは、許してくれるかい?

「頑張ってね、上条くん。応援しているわ」

「ありがとう、暁美さん。キミのおかげで……大切な気持ちに気付く事が出来た」

「大げさよ。わたしが言わなくても、あなたなら遅かれ早かれ自分で気付く事が出来ていたと思うわ」

「それでも、ありがとう。暁美さんは、また転校するの?」

「……そういうことに、なるのかしら。遠いところに行くから、もうあなたと会う事もなくなるわね」

「そっか。うん、それじゃ、キミの事も覚えておくよ」

「浮気はダメよ、上条くん。美樹さん、あれで嫉妬深い子だから」

「あはは……うん、気を付けるよ」

「それと、まどか……鹿目さんの事だけれど」

「鹿目さん?」

さやかと仲のいい友達だ。

昨日、避難所でさやかの話をした人。

「あの子、美樹さんが亡くなって落ち込んでいるの。出来るなら、あなたも気に掛けてあげて。美樹さんの幼馴染なのだから、それくらいはいいでしょう?」

「うーん……なんか微妙にずれてるような気がしないでもないけど、まぁ、わかったよ」

「ありがとう。それじゃ、わたしは行くわ。元気でね、上条くん」

「うん。暁美さんも、元気で」

最後にまた微かな笑みを浮かべて、暁美さんは歩いて行った。

後ろ姿を見送っていると、どうしてか、また儚い存在に見えてしまった。

「………」

暁美さんの姿が見えなくなると、僕はさやかの眠っている墓の前へ戻る。

「さやか。僕、やっと気付いたよ。僕、キミの事が好きだったんだ」

遅すぎた、愛の告白。

それでも、せずにはいられなかった。僕の自己満足だけれど。

「キミの笑顔が好きだった。キミが笑ってくれると僕も嬉しかった」

素直な気持ちを、吐露して行く。

「だから、これからも、ここに来てヴァイオリンの演奏をするよ。キミだけに捧げる、演奏だ」

それが、弔いになるのかはわからない。

僕の自惚れじゃなければ、さやかは僕の演奏、好きだったんだよね?

「………うん。僕から言いたい事は、それだけ。また来るよ、さやか」

立ち上がり、今日のお別れを言う。

「またね。………僕の大好きな、さやか」

以上、これで投下終了です
原作の時間軸を少しだけいじった話の、恭介視点で書いたものです
恭介の、さやかに対する気持ちを掘り下げてみようかと思い立って書きました
ざっと書きあげて推敲しながら投下したので、こまごました矛盾はあると思いますが、目を瞑ってくれるとありがたいです

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