よわくてニューゲーム (155)


僕の街には、都市伝説のようなものがあった。

内容はいたって簡単だった。とある豪邸に行けばいい。
それは、僕の街のはずれに存在している豪邸だった。

僕の住んでいる街は、言ってみれば田舎だと思う。
そんな街の片隅に、あまりにも大きな家があった。

持ち主は誰もいないらしい。まあ、こんな田舎だ。
ここに住んで腰を落ち着けるなんて、物好きだろう。

そして都市伝説の内容についてなんだけれど。
その家に入って、テレビの電源をつけるだけ。

それだけでいいらしい。意味がわからなかった。
でも同級生が言うにはその後が問題なんだそうだ。
大抵二通りのどちらかの文字が表示されるらしい。

ニア ・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム

同級生の言葉を文字に表すならば、こんな感じだ。
けれど先に結論から言ってしまうと、ぼくは違った。

「よわくてニューゲーム」になっていた。



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  ・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
ニア ・よわくてニューゲーム


まずは、その話をする前に、僕の事を語らねばならない。

開口一番に親に悪いけど、僕は不細工だ。非常に。
これは何かしらの意図が働いているレベルだと思う。

鏡を見てもそう思うし、友達からの評価もそうだった。
「あなた、不細工よ」唯一の友達の評価とは思えない。
もう少しオブラートに包むという事を覚えてほしかった。

僕に反して、友人は、あまりに美人だと言える。

街の反対側に住んでいるのだが、かなりの大金持ちだ。
そしてやはりと言った具合に、僕の家庭は貧乏だった。

彼女の父は実業家。そして僕の父にいたっては存在しない。
見事に蒸発し、残ったのは、借金と動ぜぬ母親だけだった。

「あたしは、水商売の女だし、あばずれだとも思うわよ」

母はあばずれを自称していたが、最高の母だと断言できる。
どうしてあれほどの美貌の母から、僕が生まれたのだろう?

とりあえず、人生のスタート地点から、色々思いだしていこう。


「じゃあ、行ってくるから。留守番任せたわよ」

気付けば僕は幼少期からお留守番という言葉と同居していた。
そんなわけで、僕は寂しかったが、寂しくなかったのである。

毎日鏡と顔を合わせ、必要以上に化粧をし、高い服を着て出て行く。
電話が鳴ると、猫撫で声と勘違いするような声を出しているのだ。
あまり頭の良くない僕でも、一般家庭のお母さんとの違いは判った。

「ねえ、どうして僕にはお父さんがいないのかな。言われたよ」

「そりゃ、サラ金から返せないもん散々引っ張った結果じゃないの」

とても保育園に通っていた子供に返すとは思えない言葉だった。
だが、僕はその時から、母親を心から信じるようになったと思う。
だって、やろうと思えば誤魔化せた。なのに、嘘をつかなかった。

「ていうか、あんた。お父さんほしい?ほしいなら、つくってあげる」

「いらないよ。お母さんいるし、それに、友達もできたんだ。大丈夫」

「そう。あんたに友達。珍しい事もあるじゃない。仲良くしなさいよ」

保育園の年長と呼ばれる辺りに至って、ようやく僕にも友達ができた。
それが前述で褒めちぎった友人の事である。未だに友人は一人だけだ。

けれど、最高の友人だと、僕は思う。


「あなた、友達いないの?なら、わたしと友達になりましょう」

保育園の中ですら、カーストが決まったあとのことだった。
前々から可愛いなあとか思っていた子が、僕に声をかけた。

「僕と友達に。なってくれるのは嬉しいけど。ええと、その」

僕はちらりと目をやった。保育園カーストの一位が僕を見ていた。
なんで、お前なんかが、彼女と話してんだよ。そんなふうだった。

「友達って、人に決められて作るもの?そうじゃないと思う」

あろうことか泥だんご制作の熱意と泥の塊がついた手をとった。
汚れるよ。汚いよ。服につくよ。いいのよ、洗えば済むのだし。

「あの子、わたしは嫌いだわ。毎回、わたしに意地悪するのよ」

そうだろうか。僕は友達が居ない故に皆を羨ましそうに見ていた。
だけども、そんなに毎回と言うほどの被害ではないと思うのだが。
しかし被害者にしか分からない心持ちであったりがあるのだろう。

「ええと、なら。僕でよかったら、よろしくお願いします」


今日も輝く衣装を身に纏い、母が保育園に参上していた。

ばいばい、などと手を振る僕を見て、母は嬉しそうに笑った。
「あんたなかなか女見る目あるじゃない」なんて言っていた。
「お祝い」として買ってもらったお菓子に、僕は喜んでいた。

「あんたは、不細工だけど、絶対にいい男になると思うわよ」

毎度の如く不細工を連呼するのは止めてほしいと思う。
愛されているのにそうではないと勘違いしそうだった。

「へえ。なんで。不細工だけどいい男って、矛盾してない?」

「ああ。あんたたちは、男前とか、イケメンの事を言うのか」

「ううん。難しいわねえ。奥深い人間の事を言うのかしらね」

「そりゃ、顔がいいに越したことはないけど、重要よ、これ」

「あんたは、人より不幸の数が多いし、自然とそうなるわよ」

あたしがあげられる、幸せのかけらかしらねえ。そう言った。
そんなものなどなくとも、僕は十分に幸せだったと思えるのだ。


しかし不可思議であったのは、彼女との関係が長く続くことである。

未だにその関係は切れてもいないし、また深く繋がったわけでもない。
これは僕の予想だが、なんだかこのまま一生を終えそうな気がする。

小学校に入る頃には、僕は母親に尊敬の念をも抱くようになっていた。

いつも気楽そうな母が、帰ってくると通帳を見て頭を抱えていたのだ。
ああ。子供ながらに察した。あれは僕と自らを励ますような言葉だと。
それゆえ、お下がりのランドセルを背負っても、僕は母に礼を述べた。

「この使い込んでる感は、もう、なんていうか、高学年だよ」

「ごめん。あたしがもっと、稼ぎよかったら。すぐにいいのを」

「使えるもの、捨てたら勿体無いよ。僕はこれが気に入ったんだ」

あんた、割といい男じゃない。もう少し大人になったら、もてるわよ。
人間の価値が、顔以外にあるって女がわかったとき、あんた、絶対に。
母が嘘をつかない人間であるあたり多分僕の青春はいつか来るだろう。

来てくれなければ、それはまあ、そのときだ。


小さな街に小学校はいくつもなく、必然的に一箇所に集結するのである。

入学式の日も、僕は彼女と並んで最高の笑顔で写真を撮っていた。
この時だけに限って母はきちんとした礼装をしていたと思うのだ。
僕に気を使っていたかは定かでないが、恐らくそうであったと思う。

「ねえ。クラス分け、同じよ。まあ、そんな気はしてたけれど」

「よかった。君がいないと、僕は一人だ。寂しいのは嫌だから」

名字の違いでやはり真逆の位置に飛ばされた席順だったと覚えている。
もちろん僕も新しい友達を作ろうとしたが、どうにも上手くいかない。
友達百人は二回ほど桁の妥協を繰り返しやはり一人で落ち着いていた。

歌の通り百人友達を作ると一人はぶられる。それが僕である。

予測していた事だが女子の視線を奪ってしまうのは彼女だった。
ある人は「私より可愛いなんて」ある人は「綺麗な人だなあ」
羨望も嫌悪もひとまとめにした視線を受けるのは彼女である。

そして予知とも言えるだろうが、男子の目線も奪っていた。
「すげえかわいい」「ちょっと声かけてみようかな」だ。
しかし入学式を終えると、どうにも困ったことになった。

「ああ。どうして、一人で帰るの?一緒に帰りましょう」


月とスッポン。

一言でこの関係性を表せるのだから便利な言葉だと思う。
教室の空気は凍った。そして僕の表情も同様に凍っていた。

「何をしているの。早く帰りましょう。悩みでもあるの」

悩みは主に目の前の彼女についてである。悩みしかない。
僕という存在の介入によって友達が減ることを懸念した。
それなのに地雷原に足を突っ込むとは僕より男だと思う。

「おい。お前、あの。ああ、あの。どういう関係なんだよ」

疑いの目に囲まれるのは僕だった。一種の人気者である。
顔の造形に関して考慮に入れれば動物園のチンパンジーだ。

と言っても友人関係はせいぜい一年と少し程度である。

「ただの友達だよ」というと「当たり前だろ」という視線。
少しでも美男子であれたら、人の動揺を誘えたのだろうか。

「付き合ってたりとかしてんのか」男前な同級生の言葉だ。
小学一年生にして他人と交際を望んでいた彼は僕より猿だ。

「彼女は、付き合ってる人はいないよ。間違いないと思う」


僕は知らずにクラスの男子全員に爆弾を仕掛けたのである。

もしかしたら、付き合えるかもしれない。あわよくば。
クラスの男子は色めき立ち女子は見るに耐えなかった。

「まずは、誰か聞き出してこいよ。ああ、お前でいいよ」

「お前でいい」と言われても喜んでしまうのが僕である。
卑屈ながら前向きな心持ちであると自負しているのだが。

「あ。その。ちょっといい。聞きたいことがあるんだけど」

「何かしら。何でも答えるわよ。好きなタイプとかかしら」

「そうねえ。少なくとも、人を使う人間は好きじゃないの」

早速クラス三十一人中十七人が男子だが、一人が撃沈した。
彼女はどういうわけか察しがいい。それに大人びている。
ほぼ名指しされたに近い男子は知らんふりを貫いていた。

「あなた、断ることも覚えた方がいいわよ。人が良すぎる」


「人がいいのは、君じゃないか。勝手な事をして、ごめん」

「わたしはいいのよ。ああ、なら、もう、どうでもいいか」

帰り際、いつものように僕と彼女は隣に並び帰っていた。
彼女の口から飛び出す話は常に新鮮で面白いものだった。
なんだか人生の酸いも甘いも噛み分けてきたような感じだ。

「ああ。そっちは、君の家の方向じゃないよ。大丈夫?」

「大丈夫よ。話してたら気を取られたのよ。それじゃあ」

帰ってきた頃には母は仕事に出かける直前であるようだった。
行ってらっしゃい。行ってくる。ご飯、台所にあるから。
ああ。女連れ込んじゃダメよ。もう少し大人になってから。

「しないよ。僕は宿題があるんだ。じゃあ、頑張って」

「ええ。今日もハゲを見ながら笑って呑むの。死にたい」

根本的に卑屈かつ前向きでどこか達観したのは母のせいだろう。
母のおかげと言うべきか。僕を息子と思っていて思っていない。
どこか慣れ親しんだ友人の如くとんでもない事を言うのだから。

さて、宿題をはじめよう。


小学一年生の宿題なぞ知れている。すぐに終わってしまった。

ラップがかけてあった焼きそばをレンジでチンし、いただいた。
相変わらずソースの味がきついがお袋の味だと思いこんでいる。
そうでなければ、あの辛いキャベツは選り分けたくなるからだ。

いくら健康優良児でも夕方五時から寝れば不健康優良児である。
わけのわからない言い訳を終え、僕はゲームをすることにした。

  ・はじめから
ニア ・つづきから ★★★★★

やり込み要素が高い事で有名なゲームだったので僕はやりこんだ。
そこで僕は何かを思い出した気がした。どこかでこんなのを見た。
そう。こんなふうに何かを選んだ。けれど、いつのことだっけ。

『わたしは、いつまでも待ってる。あなたの告白を』

誰だっけ。そう言ってくれたのは、誰だっけか。
まだ、一度も人に好意を告げたことはないのに。

僕は全てを忘れたふりをして、ゲームをはじめた。


『普通って、最高だと思わないかしら』

『普通だよ。お母さんは、普通でいいの?』

『いいわよ。むしろ、普通でいたいと思う』

『普通だから、お父さんと出会えたのよ』

『普通に結婚して、普通に幸せになって』

『それで』

『あなたという、特別な子供ができた』

『ほら』

『普通って、最高だと思わない?』


我が家で最も早くに目が覚めるのは僕である。

何故なら母は帰宅した後玄関で寝るからである。
風邪を引いてはいけないと思い、僕が運ぶのだ。
帰ってくるのは朝になってからだ。辛そうだ。

行ってきますを言うと母は手を振っていた。

それにしても昨日見た夢はなんだったのだろう。
僕の母は、あんな話し方ではないというのに。
もっと凛々しいのが僕の母親だと言えるだろう。

「もしなれるなら、普通になりたいって思う?」

「普通かあ。僕は、今の僕が気に入ってるから」

「普通の僕なら、どんな人生を送るんだろう?」

「もし僕が強かったなら、どうなっていたかな」

「どうかしら。それらだけでは足りないものよ」

「普通という共通認識。強さ。弱さ。その三つ」

「幸せになるには、それが必要じゃないかしら」


きょうつうにんしき。なんだろう。難しい言葉だ。

幸せになるには、強さも弱さも必要だと彼女は言った。
まあ強さは分かる。でも、弱さは何で必要なんだろう。
どうしてだろう。そう。きっと、人の気持ちを知る為。

強かったら、そんな気持ちがかけらもわからないからだ。

悩む僕を、彼女は何故か嬉しそうに見て笑っていた。
きっと彼女は頭がいいんだ。難しい言葉を知ってる。
中学校はまだしも同じ高校になんて入れなさそうだ。

そう。入れはしなかった。

僕は一瞬そう考えた事に恐怖していたような気がする。
まだ分からないじゃないか。僕は何を決めつけている。

「何を悩んでいるのかしら。わたしのこと?」

「うん。君は、頭がいいから。遠いなあって」

「そうかしら。わたしも、そう思った事ある」

僕は知らない間に知的な表現でもしていたのだろうか。
少なくとも知的という言葉は似合わないと思うのだが。

成績から言うと、せいぜい恥的というところだろう。


テストを返すぞ。七文字で人を地獄に突き落とす言葉である。

先に言い訳しておくが、僕は本当に真面目に勉強していた。
確かにゲームは好きだが、きちんと自習もしているのだ。
それなのに、これほどまでに成績が悪いのは驚愕である。

二年生になっても、僕と彼女は同じクラスであった。
一組と二組があるので入れ替わる可能性もあったのだ。

「あなた、頭が悪くなっちゃったのかしら。どうしよう」

あまりにも酷い言い草であるが、母にも彼女にも罪はない。
母は勉強する僕を見て「子供を間違えた」とまで言うのだ。
帰宅しテストの点を見せると「あたしの子だ」と笑った。

三年生になる頃には、男子二組三十五名中の十八名が撃沈。
その中の大部分は彼女を諦めない存在が多くを占めていた。
それに反して僕と言えば彼女以外の女子と話すこともない。

「僕は君と話せるあたりに、運を使い果たしちゃったのかも」

「わたし、男子と話しても女子と話しても変な目で見られる」

「あなたと言えば、すごく人畜無害そうでしょう。だからよ」

万に一つもこいつだけはあり得ないと思われているのだろう。
酷いが僕もそう思う。腐っても僕だけは選んではいけない。
少しずつ自我を確立するに連れて、僕は学習していった。


そして四年生になる頃には、僕は彼らの同級生になっていた。

元々同級生ではあるが「そういう人がいる」という認識だ。
たまに声をかけられて、たまに無視されたりするくらいだ。
僕はとても選べる立場ではない。それは彼女も一緒だった。

僕は選べない。選択肢が少なすぎて。そうしているしかない。
彼女も同様だ。選択肢が多すぎて。選ばないのが得策なのだ。

「あなた、人生辛くないのかしら。実際どうなの?」

「辛くないよ。僕には君もいるし、母親もいるんだ」

「わたしはこの人生を後悔ばかりして過ごしそうよ」

「あはは。ああ、確かに。僕もそうだった気がする」

「そうだった?」

「え。ああ。違う。僕。後悔したことなんてないよ」

「僕は幸せなんだ。それなのに、なんでなんだろう」

「どうして、そんなことを言ってしまったんだろう」


「最近。僕は、変な夢ばかり見るんだ」

支離滅裂かもしれないけど。僕はそう前置きして言った。
彼女の読書趣味に合わせていたら身についた語彙である。

「皆が僕の事を全然違う名前で、すごく親しそうに呼んでいるんだ」

「家に帰れば、お金持ちの家だったり、普通のマンションだったり」

「僕は幸せそうなんだけど、最後は、君みたいな女の子にふられる」

彼女はしばし無言を貫き、目を丸くして聞いていた。
数秒の間の後に「欲求不満じゃない?」と言っていた。
確かに有り得そうだ。でも生活に不満はないというのに。

「それに、今の僕よりずっといい顔だったり、普通の顔だったりするんだ」

「友達も今よりずっと多い。侍らせてるみたいな夢だってみたことあった」

「へえ。面白い。なら、夢の中のほうが、ずっと楽しいんじゃないかしら」

「僕は、こっちの方が、ずっと楽しいな」


「お金がなくたって、どうにかなる。僕みたいに。普通に生きてる」

「それに、顔は。顔より本質を理解してくれる人が現れる。らしい」

「おまけに頭も悪い。でも、その代わり、僕は僕だと思えるんだよ」

ああ、やっぱり、言ってることが滅茶苦茶になってきてるなあ、と思った。
でもなんだか、間違いではなくて。ううん。何がおかしかったんだろうか。

「普通の僕は、人に流されるだけ。最初から最後まで。誰でもなかった」

「強かった僕は、人に持ち上げられて、もう自分が自分と思えなかった」

「で、今の僕は、誰にも持ちあげられずに、流されるような人もいない」

「なんだか、最も僕の本質に近いような気がするんだ。最高だと思うよ」

「しかも今は、最底辺だ。これから僕は上に登るだけだ。希望しかない」

あなたって、誰よりも弱いのに、誰よりも強いのかもしれない。そう言った。
ああ。こんなことを言うのは初めてだ。なんだか本当に恥ずかしいと思った。
今なら思春期特有の悩みという言葉で片付けられる。ありがたい限りである。

「なら、人生をやり直せたら、だなんて。思わないかしら」


「どうかな。僕は、思わないかな。これが最高だと思えるから」

「最低なのに、最高なんだ。ちょっと矛盾してるけど、これでいい」

「なんだろう。これが僕なんだ。不細工で頭も悪い。けど、これが僕だ」

僕がそう言うと、隣を並んで歩く彼女は、涙を流していた。
ああ。どうして泣くの。僕は何か言ってしまっただろうか。

「いいえ。あなたが悪いわけではないの。少し。ちょっと」

別れ道に差し掛かるまで、僕は彼女を心配し続けていた。
けれども大丈夫と繰り返すばかりで、理由は分からない。

「じゃあ、また明日。学校で会いましょう」

そう言って別れて、僕は彼女の涙の意味を探していた。
彼女は何か言いたげだった。なら、何を言いたかった?

『—————人生をやり直せたら、だなんて、思わないかしら』

この問いに対して、いいえと答えてから、彼女は涙していた。
つまり、彼女が望んでいた僕の答えではなかったのだろうか。
だが。もし、はいと答えるのが彼女の望む答えだったならば。

僕に人生をやり直せたいだけの理由がある、ということか?


『ああ、お前には、友人なんていないんじゃないのか』

『そんなことねえよ。なんだって、そう言えるんだよ』

『お前の周りにいるのは、ただの取り巻きだと思うが』

『お前のことなんて、誰も気にしてない。どう思う?』

『そうかもな。なら、俺は、どうすりゃいいってんだ』

『欲しいものは、なんでももってる。でも、何もない』

『金もある。成績もいい。顔だっていい。なのになぜ』

『友人を作るのに、それは、なくちゃいけないのか?』

『当たり前だろ。選ばなきゃいけない。善し悪しをな』

『選べるほど、いつからお前は上等な人間になった?』

『自然にできてるんじゃないのか、そういう友人とは』


また、僕は誰かの夢を見た。あの日からだ。

こんな選択をしたことがある。そう思ったときからだ。
何かにつけては僕の夢に現れて、勝手に去っていくんだ。
もう少しで春が来る。また季節を最初からやり直すんだ。

そしてまた春が来た。僕たちはようやく五年生になった。

その時からだっただろうか。都市伝説が流れ始めたのは。
どこから流れたかも分からない。けれど全員知っていた。

街外れの豪邸の中。そして同時に、もう一つ、噂が流れた。
「人生を三回やり直すことのできる部屋がある」という噂。
それはどうにも、どこかの住宅街の中にあるらしいのだ。

「ねえ。豪邸の噂。あれ、君は気になったりしないの?」

「今さらどうでもいいわよ。散々、その話を聞かされた」

彼女は本当にうんざりしたように言った。噂で持ちきりだ。
学校も、先生が見回りに行くだなんて言っていた。困った。
となると、気になるなら一人で行くしかないということだ。

「じゃあ、僕が行ってみるとしようかな」


「ダメよ。勝手に入って、絶対に怒られることになるのよ」

「でも、気になるとは思わないの?君も一緒に行かない?」

「行かないわよ、あんなところ。怒られるなんてごめんよ」

ううん。やはり女の子というものは冒険に否定的なのだろうか?
でも先生が見回りしてるんだよなあ。そう思うとやる気を失くす。
特に体育の先生は、古風な教育と言う名の拳骨を落としていく。

「痛いわよ。わたしなら、痛くて涙が滲むと思う。絶対嫌」

そう思うにつれて、探究心は急速に芽を摘まれたように消えていった。
僕が「殴られるのは嫌だ」と言うと満足したように彼女は笑っていた。
やはりいつの世でも最後に勝つのは目と鼻の先にある握り拳と言える。

「ただいま。ねえ、人生やり直してみたいとか、思う?」

「あたし?やりたいことはあるけど、もういいわよ。いらない」

「今だって、あんた育てるので精一杯だし、子育て最高に楽しいから」

愉快そうに笑っている母を見て、ああ、この人の子供なのだと思った。
僕も言い方はおかしいのだろうが、この人に育てられるので精一杯だ。
そんなふうに思っていると、母は急に真剣な眼差しで僕にこう言った。

「もし、やり直すなら、他人の為にやり直せる人生にしなさいよ」


「そりゃ、こんな貧乏で、あばずれの母親持って、あんたも嫌でしょ」

「あんた、言われてるでしょ。母親は、誰とでも寝てるんだぜ、とか」

「それはいいのよ。昔は、そうだったし。でも、あたしはこれでいい」

あんたを捨てて出て行ったあいつにも、思う所はあるんだけど。
でもねえ、あたしはこんな人生でも、何一つ後悔してないわよ。

「だから、やり直すなら、次は幸せな人生送りなさいよ。後悔すんな」

どこか寂しそうに視線を宙に彷徨わせながら、しんみりと呟いた。
あたしみたいな母親に当たっちゃダメよ。言うと、げらげら笑った。

「僕は、最高の母親だと思うけどなあ。綺麗事、言わないんだもん」

「そんな事、言える余裕がないだけよ。大層な人間でもないんだし」

ああ、あたしはそろそろ、仕事に行かないといけないし、行ってくる。
あんたはさっさと寝て、明日、あたしの事起こしてよ。任せたから。

「行ってらっしゃい」


「他人の為にやり直せる人生か」

テレビもなんにもつけずに、僕は部屋の中でそう呟いてみた。
確かに今の僕は人に不幸だの親はどう言われようとも幸せだ。
と、そこまで考えたところであの都市伝説を思い出していた。

行かないと言ったものの、やはり男としては気になるのだ。

と言っても、僕には場所すら分からない。長く住んでいるが。
念の為に僕はそこへ行ってくるという書き置きを残していた。

それで外には出てみたが、街のはずれということしか知らない。

ううん。僕は三年生の誕生日に買ってもらった自転車を跨いだ。
まあダメ元で調べてみるのだ。あったらあったでそれでいいか。

十七時に行動を開始して、街中探しまわって二十一時。
田舎で小さいとは言っても、開発途中の地も多かった。

そんなところを服を汚しつつ見て見回ってこの時間だった。
残るはここだけだ。うわあ入りたくない。そんな感想だった。
自転車を停め、入って行くと、どうやら人が入った跡がある。

「まさか」と呟きつつも、希望の一歩を踏み出した。


十分か二十分か三十分か歩いた所で、僕はその豪邸を見つけた。

なんだこれ。こんなところ、この街のどこにあったんだろう。
そう思うほど、広い家だった。話に上がったことすらない。

噂を僕の中で反芻してみた。テレビの電源を入れるだけか。

玄関というか柵で覆われていた入り口も開いているようだ。
中からは人の声もしないし、無人であることが確認できる。

「おじゃまします」

間違いなく管理会社から見ても邪魔者なのでそう告げてみた。
やはり声はしない。しかも割と汚いと思った。二階建てか。
玄関に入ると螺旋階段が二階へと続いているが、後にしよう。

まずは入って右。いくつか部屋を開けてみる。何もない。
正確に言えば色々あったが、何がなんだか判別できない。

奥へ行くと食堂だった。色々と原型を留めているようだった。
迷わずスイッチを押したが、やはり電気はつかないようだ。
食器もそのまま残っている。ところどころ欠けているのだが。

そして入り口に戻り、左へ向かった。


相変わらずほこりくさい屋内だった。

いくつか鍵がかかっており入れなかったが、廊下に壺があった。
落としたら簡単に割れそうだが、見て分かるほどには高級品だ。
ようやく入れた部屋の中は、経済学的な本が多かったと思う。

けれど僕なんかには分からない。諦めて入り口へ戻った。

さて、となると残っているのはこの螺旋階段より上である。
つまり二階。都市伝説らしきテレビはどこにあるというのか?

ぎしぎしと軋む音に冷や汗をかきながら、手すりに掴まって登る。
上へ上がると天井が低く感じ、僕は窮屈な印象を感じていた。

いくつか回ってみたのだが、客間と一つ大きなリビングがあった。
そこにもテレビはあったのだが、どうにも電源がつかないのだ。
客間にもあったが、どれも電源が入らない。どういうことなのか。

都市伝説など嘘だったのだろうか?

ふと暗い廊下だが目を凝らしてみると、何か棒のようなものがある。
僕は「ああ、屋根裏部屋があるのだな」と直感し、天井を探した。
するとやはりほこりの隙間に線があり、存在を匂わせていたのだ。

何度かジャンプし、ようやくひっかけた。後は引くだけだ。


僕はシャツを捲り上げ、マスクの代用として使っていた。

引いてみると、階段を登った時のような音がする。軋む音だ。
酷いその音の後に訪れたのは、家の外に現れた人の気配だ。
だが次第に遠くなっていく。あるいは勘違いだったのだろう。

壁に設置されていた懐中電灯に気付き、ライトをつけた。

どうやらまだ寿命はあるらしい。ありがたい限りだと思った。
崩れないかと慎重に足を伸ばす。どうにも大丈夫なようだ。

登って行くと、そのまま十歩ほどの距離のあと、光が漏れている。
あそこだけは電気が通っているのか?そうだとしか思えない。
そして思い留まった。もしくは、人がいるのかもしれない、と。

少しだけ開いている扉の隙間から、中を覗いた。

僕の見える範囲では、誰もいない。中にはテレビがあるようだ。
ゆっくりと扉を開けて、中に入ってみる。僕は驚く他になかった。
この部屋だけは、あまりにも外界から不干渉のようだったからだ。

白い部屋。家具は何もない。部屋の出入り口は二つあるようだった。

テレビがついている。目の前にはゲームのコントローラー。
十字キーにボタンが一つだけ。テレビへと直接繋がっている。
そこには、白い背景にクレヨンのような黒文字で、こうあった。

画面がちらつく直前に、一瞬だけ、確かに文字が読み取れた。


  ・ニューゲーム
ニア ・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム

   あと 1 回です。


僕は目を疑った。都市伝説は確かに存在しているのだと。

そして同時に考えた。つよくてニューゲームとは何か、と。
普通に考えれば前回の結果を残しスタートすることだろう。
そして表示されている「あと1回です」はどういう意味だ?

子供のような字で書かれているあたりが不気味だった。

僕が部屋に入った瞬間、後ろのドアは大きな音を立てて閉まった。
風だろうか。あり得ない。ここには風を通す窓すらないのだから。
ドアを開けようと半狂乱になりながらドアを押し、引いてもみた。

開かない。

閉じ込められた?まだだ。ドアはもう一つあったはずだ。
だが、そちらも開かない。出入りするならこの二つのはず。
どうしようもなくなり部屋に色が芽生えていたのに気付いた。

黒。

テレビの電源が落ちているのか?画面は黒く染まっていた。
ドアのサイズからどうやって運び込んだのかと思う大きさ。
唖然とする僕の視界に入ったのは、コントローラーだった。

この部屋にある、唯一のボタンを押した。


  ・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
ニア・よわくてニューゲーム

   あと 1 回です。


ここでやっと僕の回想の冒頭に戻ってくるということになる。

部屋に閉じ込められて既に十分は経過した実感があった。
まさかこのまま一生ここにいることになるというのか?
嫌だ。死にたくない。それだけを思ってドアを叩いた。

「誰か。誰か居ませんか」

返事はなかった。それも当然だと言えるだろう。
入ってくるのに苦労を要した。さらにこの豪邸だ。
密室から声がかろうじて漏れているのが関の山だ。

そこで僕は考えた。どうやったら部屋から出られるのかと。

そしてこの画面。何か意味があるのではないかと思った。
ボタンだけなら、十字キーをつける必要はないだろう。
急に冷静になった僕は、コントローラーを手に取った。

十字キーの上下で選択できるのは、この三つだけらしい。
けれどどうにも「よわくてニューゲーム」だけ押せない。

他の二つは押すと「クリアデータです」と表示される。
その後には「おもいで」とだけ書かれた画面に変わる。
そして「みる」「みない」の選択肢が表示されるのだ。

僕は「みる」を押す勇気がなく「みない」を選んだ。
すると最初の画面に戻ってくるという仕組みだった。
他には何もないのだろうか、これは。なんなんだ?

ああ、そういえば、これは十字キーなんだった。
となれば、左キーや右キーだって使えるはずだ。

何の根拠もないけれど、とりあえず左キーを押した。


そこにはあり得ない程の量の人名と顔写真があった。

どこまで言っても底など見えないぐらいにあった。
どの顔にも見覚えがない。いったい、誰なんだ?
恐ろしくてたまらなかった。全員が僕を見ていた。

誰だ誰だ誰だ。誰なんだ。誰が僕を見てる?

恐る恐る最初の人名を選択し、ボタンを押した。
すると「クリアデータです」の表示がなされた。

ニア・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム

「ニューゲーム」を選択し「おもいで」を押した。
「みる」「みない」が表示され「みる」を押した。

そこには「しゃしん」と「どうが」があった。
選べたのは恐らく僕の名前でなかったからだ。

「しゃしん」を選ぶと、普通の写真が並んでいた。
家族らしき人物と写っている写真もそこにあった。
幸せそうな家族じゃないか、と僕は安堵していた。

そのまま僕は軽率に下までスクロールしていた。

ああ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。どこまでも幸せ。
誰もが笑顔で写っている。ああ。これも…これは。

最下段。右下に「100/100」と表示された写真。
僕はすぐに判った。何度もテレビでみたじゃないか。
それを見た瞬間に、僕は理解より早く悲鳴をあげていた。

そこに居た男は、首を吊って死んでいた。


「あ」

その声を絞り出すだけで、やっとだった。
ああ。ああ。なんで。なんで、死んでる?
これは、全てどっきりなんじゃないのか?

感情に反してあまりに現実味に溢れた自殺風景。

「99/100」と書かれた写真。自宅の風景だろうか。
だが、赤い。赤い液体が画面を埋め尽くしている。

これ。

さっき、一緒に写真に写っていた人じゃないか?
何で倒れてるんだ。血。血を流して。どうして。
僕は最下段にある「おわる」ボタンを押していた。

僕は怖いもの見たさという想いに支配されていた。

「どうが」を選択し「10/10」を選んで、押した。
画質は悪いが、ゆっくりと再生がはじまっていく。

「たすけて」


「なんで。なんで、こんなことに」

女性の声が聞こえる。これは第三者視点で撮られている?
どっきりにしても悪趣味がすぎる。だが僕は目を離せない。

「あなた。やめて。この子だけは」

誰か。誰か。女性が叫び続ける声が聞こえる。
不鮮明な動画でよかったと思っている僕がいた。

「あ」

続けて途切れ途切れの声で「なた」と続いていた。
女性の顔の筋肉は硬直し、目が大きく見開かれる。

そして動画は写真の男性を映すようになった。

足元には小さな子供と母親の遺体が転がっていた。
男児に覆い被さるように亡くなっているのが分かる。

男性は椅子を立て、天井の柱に縄を巻き付けていく。
やめろ。僕はその結末を知っていてそう呟いていた。
縄を首にかけ、椅子が倒れる瞬間、男の声が聞こえた。

「人生をやり直すんだ」


僕は見ていられなくなり、震えながら操作した。

「おわる」を選択し、顔写真の画面から、右キー。
するとまた、当初表示されていた画面に戻ってきた。

ニア・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム

恐ろしくて仕方がなかった。なんなんだ、これは?
ホラーゲームの類と信じなければおかしくなりそうだ。

そういえば。

左キーで画面移動が行われたなら、右キーならば。
存在している可能性が高い。僕はまだ、何を見る?

震えの収まらない右手を左手で動かしていた。

左キー。ゆっくりと画面が切り替わっていく。
そこには「おわる」の文字と、一行の…何だ。

なんだ、これは?


 あと 146282298 秒です。

  ニア・おわる


よく見ると、表示されている数字が減っている?

今もゆっくりと減少を続ける制限時間らしきもの。
僕はそれに、また恐怖を覚えざるを得なかった。

そして選択肢は一つ。

ゲームをやっている人なら何となくわかるものだ。
恐らくこのゲームらしきものを終わらせるボタンだ。

僕は固唾を飲みながら「おわる」ボタンを選択した。

すると、画面は少しだけ暗くなり、ちらつきはじめた。
最初の三つの選択肢の画面に戻り、暗くなっていく。
その後すぐに重い扉が開くような音がした。開いた?

開いた。

開いている。入って正面奥のテレビの右側の扉が。
ああ。開いた。開いた。もう画面も消えている。

僕は逃げ出したいという想いに駆られ、駆け出した。
扉を乱暴に開け放ち、後ろから大きな開閉音が追う。
そして出口らしき扉の前についた直前、耳に届いた。

少しだけ、扉が開いたような音が。


僕は恐怖から見つかる事も厭わず大声を出していた。

喉が痛い。走って肺が痛い。足だって同じく痛い。
途中で転んですりむいたりもしていたが走った。
あそこには居たくない。わけがわからなかった。

元きた道を辿りながら自転車を見つけて、僕は泣いた。

僕は確かに勝手に人の家に入った。それは悪いことだ。
けれど、何であそこまで怖い目にあわなきゃいけない。

見渡すと家の光と車のヘッドライトが見えた。

ああ。助かった。何かに危害を加えられたわけではない。
でもそう思った。誰かがいる。幸せなことじゃないか。

「ただいま」

家に戻るとすぐに鍵を閉めた。何かを恐れていた。
そしてテレビも寝るまで点けっぱなしにしていた。

「いただきます」

長く放置されていた夕飯を口に、幸せを噛み締めた。
ご飯を食べられる。ここはあの部屋じゃないんだ。

その時、家の電話が鳴った。


「ああ、もしもし。わたし。暇で電話しちゃった」

彼女か。ああ。やっと友人と声を交わせた。
それが再び涙する一因となって頬を伝った。

「もしもし。どうしたの?あなた、泣いてるの?」

「うん。今、テレビを見てたんだが、感動してて」

へえ。そんなテレビ、やっていたかしら。
そんな事を聞かれて、慌てて答えていた。

「僕はどうにも、感受性やらが強いようなんだ」

「難しい言葉を覚えたの。知的でいいじゃない」

くすくすと笑ってくれる彼女の声が希望だった。
一時でも長く声を交わし、不安を払拭したかった。

「ねえ。少し長電話できないかな。声が聞きたい」

「あら。それ、口説いてるつもりなのかしら?」


「それでもいい。今はちょっと、声が聞きたいんだ」

「わたしもちょうど、あなたの声が聞きたかったの」

そんなわけで僕と彼女は遅くまで電話を続けていた。
他愛もない話が、何もかも素晴らしい話に聞こえた。

「ありがとう。今日は、なんか、ごめん。寝るよ」

「気にしないで。ああ、わたしも着替えなきゃ」

お風呂にでも入ってゆっくり眠るとしようかしら。
僕もそうするよ。それじゃあ、お休み。また明日。

電話を切ってからは、テレビの光と音だけが頼りだ。

布団を敷き、僕は嫌でもあの部屋の事を思い出した。
あれは何なんだ?いたずらにしては度を超えている。

なんだろう。

それに。どうしてあの部屋だけ電気が通っている?
あの豪邸の食堂は電気が点かなかった。壊れていた?
探検していたとき、どの部屋も電気は点かなかった。

なら、あの部屋は、本当に都市伝説の部屋なのだ。


そろそろ、今日も終わってしまうな。七夕か。

織姫と彦星。その二人が出会うんだっけか。
まどろみながら僕はそんな事を考えていた。

僕はあの部屋の事は忘れることにした。

これが最善の選択だと思っていたからだ。
陽は昇る。そしてまた明日がやってくる。
このまま、変わらない日常を過ごすんだ。

ゆっくりとまぶたは落ちていく。

記憶が走馬灯のように駆け巡っていた。
部屋。部屋。テレビ。自殺。そして。

そして、なんだったかな。

部屋に入って、僕は左キーを押したんだ。
全員が僕を見てて、怖くなって、驚いて。
ああ。僕はどうして、驚いたんだったか。

…そこに、僕の名前もあったからだっけ。


『わたしたちは、付き合えない。大人じゃないもの』

『わたしは、あなたのこと、好きよ。でも、ダメよ』

『どうして。君の好きは、愛じゃないってことかな』

『いいえ。愛よ。恋心。間違いない。それは確かよ』

『でも。きっと、好きって感情だけでは、続かない』

『なんとなく分かるでしょう?きっと、あなたなら』

『分かる。なら、何時か。また、僕は君に告白する』

『へえ。その時まで、あなたはわたしを愛するの?』

『だって、好きだから。大人になったら付き合って』

『うん。なら、わたし、待ってるから、迎えに来て』

『信じてるから。ずっと、待ってるよ。いつまでも』

『さようなら。またここで会えるときを、待ってる』


人の噂も七十五日という言葉があるが、その通りだ。

ようやく十月に差し掛かろうとしていた。
その頃には誰も都市伝説を語らなかった。

その話をすると「遅れてるなあ」なんて言われるのだ。

最近の学校での流行りはドラマなどが主流なのだという。
どうにも僕は関心が持てず、しかし話の種に見ていた。

「ドラマ。初めて知った。わたしも人と話さないから」

「僕の場合は話せないだけだよ。チャンスがまず無い」

君の場合は話しかければ男子なら狂喜乱舞すると思う。
そんな事は口に出さずに、適当な会話を続けていった。

「前も言ったけど、そっちは君の家の方向じゃないよ」

「いいの。今日はちょっと、寄るところがあるのよ」

そっか、なら、ここでさよならだ。それじゃあばいばい。
うん。ごめんなさい、それじゃあ。気をつけて帰るのよ。
まるで母親の如く心配する彼女に吹き出してしまった。

となれば僕にはやることがない。家に帰ろう。


生活習慣というのはそうそう変わらないものだと思っている。

故に日々通学路を歩く彼女が最終的にどこかに消えれば気になる。
三日くらいは「忙しそうだなあ」で済んだから、まあいいのだが。
しかしもうかれこれ二週間くらい続いている。忙しすぎであろう。

「僕と帰るのが嫌になったか」と思ったが見当違いだと思った。

いつもの別れ道の少し手前の道から別れるのだ。ほぼ変わりない。
それにあの彼女なら嫌悪感を示せばすぐに僕に言うはず。死ねと。
となれば、まずはそれとなく聞いていく所から話は始まっていく。

「ねえ。最近、忙しそうだ。なんか習い事でもはじめたのかな」

ここでまず僕が立てた予測と言えば妥当なところで習い事である。
スイミングにそろばん。それに学習塾等が該当するだろうと思う。
「今日塾だから」さも心から辛そうな雰囲気を醸す同級生も居る。

「いいえ。習うことなんて何もない。タイム・イズ・マネーよ」

小学生にしてはあまりにも現実的な金銭感覚の持ち主だと思った。
確かに彼女は何をやらせても素晴らしい成績を残すので納得した。

「最近は知り合いの家に行っているの。気にすることじゃないわよ」


「そうなんだ」

彼女もまた母と同様に嘘をつくような性格ではないし、信じた。
なれば僕はそれ以上追求する余地はない。しても仕方がない。

「ええ。だから、今日もここでお別れ。それじゃあ」

というわけで僕は二週間の高尚な悩みを一言で収束させていた。
僕は何を習うべきかと思ったがまず人間関係についてであろう。

しかし前述に「人の噂も七十五日」と言ったが、まさにこれである。
「忙しいそうだ」からはじまり「それじゃあ」で日々が終わるのだ。
そんな日々も七十五日続けば立派な噂になってしまったのであった。

「なあ。お前。彼女。付き合ってないって言っただろ。本当か」

そりゃあ常日頃と言っていい具合に彼女は毎日消えていくのだ。
男ができただの中学生と付き合ってるだの言われても仕方ない。

「僕はそうだと思うけど。少なくとも付き合ってたら言うと思うよ」

お前だからなあ。あまりにも失礼な言葉を残し彼は去っていった。
仮に男がいたならば僕の姿を見て嘲笑するか安堵するであろうに。
まあ端から見ればブルドッグと飼い主と言える。もはやペットだ。

僕も気にはなっている。それに僕はブルドッグのように可愛くはない。


僕は学校で別れる事になったその日はすぐに家に帰ったのである。

もちろんだが、放課後に残って談笑する友達がいないからである。
校庭に出ればボールの代わりに僕が蹴られる可能性があるからだ。

「あれ」

母から書き置きで「油を買ってきて」とお使いを頼まれていたのだ。
きちんと購入し家への道程をゆっくりと歩いていた時のことだった。
ううんどうみても彼女である。マンションから出てきたようだった。

「こんなところで。奇遇」

と僕はそう声をかけてみたが「あ」と気不味そうな声をあげるのだ。
そこまでここから出てきた事に関して唸らなければいけないのかな。

「ああ。あなた。お使いの帰りかしら」

「そういうこと。君は?用事が済んだのかな」

「済んではないけど、日課が終わったってところよ」

そっか。僕はさも「見てませんよ」という声の抑揚でそう言った。
すると彼女は安堵したようにそうなのよ。そう告げ去っていった。
僕は油を抱え家に戻り、お駄賃が貰えることを、ただ願っていた。

なんとも浅ましい子供だったと言える。


ようやくと言えばようやくだが話が動き出すのはここからである。

あの日以降から彼女はさり気なさを演出しつつ僕を避けるのである。
それを見て心が少し痛んだが、慣れているので気にはならなかった。
どちらかというと「ああ、ようやく嫌われてしまったか」と思った。

そんなわけで僕は本来の居場所である家に引きこもることになる。

と言っても母が必死で働いているので僕はきちんと学校に行っている。
授業も受けるし、無視されようと時折暴力を受けようとも通っている。

恐らくここまで彼女の存在があったからこそ直接は結びつかなかったのだ。

いつも一緒いる金魚の糞のようであろうとも、僕は彼女の友人だった。
なればそれをいじめたりすると彼女からの印象が悪くなるからである。
つまり最後のストッパーが外れた今、誰も僕に躊躇しないという事だ。

「お前。彼女に嫌われたんだろ。何かしたか。告白とかか。何だ」

蹴られる度に涙が滲んだが原因はどちらかというと痛みより言葉である。
彼らは平然と彼女を守る騎士の如く己の行動を正当化しようとしていた。
まあもしかしたら何かしたのだろう。もしかしなくても原因は僕だろう。

「ただいま」


「あんたさあ、やり返したっていいのよ。あたしが謝ってあげるから」

「いいんだ。きっと、僕は何かしたんだよ。わからないけど、何かを」

「そう。あんたって、たまに本当にあたしの子が疑っちゃうとこある」

家に帰れば少し辛辣そうに聞こえる励ましを受けるとは思わなかった。
強い子ねえ。そう言って僕を抱きしめる母は少し涙ぐんでいたと思う。

「あんたはよくても、見てるあたしが、どうにかしてやりたくなるのよ」

「ごめん。まあ、まずいと思ったら、言う。そのときはどうにかしてよ」

「ええ。あたし、ろくでもない人間しか昔から人付き合いないけれどね」

つまるところ僕の鶴の一声で小学生数人が失踪するかもしれない。
母は夜の人間なのだ。そういう人が知り合いでもおかしくはない。
おまけにこのあまりある美貌に加えこれほどいい女と言えるのだ。

今度は逆に僕が彼らをいじめる引き金となりそうなのでしばらくは口を噤もう。

そんな僕を見かねたのか冷蔵庫で散々勿体無いと言っていた高級肉。
それを躊躇いもなく開封する母に尊敬の念を覚えつつもいただいた。
美味しいわねえ。うん。僕、もうしばらく生きれそうだよ。笑った。

笑うしかなかった。


さて、いくら「遊んでいただけです」と言ってもあざだらけな僕である。

三者面談の際にも僕が母を愛し母も僕を愛していることを知っている。
ということはあざの原因は同級生によるものだと先生も確信するのだ。
日頃からあまりいいとは言えない待遇を受けていることも知っている。

熱心な先生でよかったとは思うのだが、それが裏目に出てしまった。

僕の方でも日課となりつつあったいじめを先生が目撃してしまったのである。
推測は確信に代わって「熱心な指導」をその同級生やらに散々行うのである。
そして教室でも僕を黒板の前に立たせ注意喚起を行うのだが、これがまずい。

沈静化するのは、テレビドラマだとか映画の中だけである。現実は甘くない。

お礼参りと言うとがらが悪いが今度は見えない所でするようになるのだ。
校舎裏まで「友達です」と白々しい顔で連れてゆかれて、殴られるのだ。
逃げ出せることも時折あったが翌日に捕まればその分も加算されている。

となれば日々少しずつ暴力を受ける方が得策と判断し、僕はそれに従った。

だがいじめの形と言えばそれだけではない。無視だったりもそうである。
その点に関して言えば僕は慣れているので問題はない。教科書もだった。
彼らは知能犯的犯行で形あるものを汚したりはしないようになっていた。

というわけで、狙うは僕の腹であったり服の下ということになる。


だがそんな生活も巡り巡れば慣れてしまうのが人間なのである。

精神的痛みは彼女ので最大攻撃力を誇っていたので辛くはなかった。
暴力に関してもあれだけ筋肉が傷つけられれば超回復さえするのだ。
小学生の最終月辺りはほぼ真顔で殴られていたと言っていいだろう。

そして楽しくもなんともない卒業式が訪れる。

「みんなで笑いあった思い出」残念だが僕は主に笑われていたのである。
「手を繋いで助け合いました」手を繋いで校舎裏に連れて行かれました。
「先生たちの素晴らしい指導」のおかげで少し激化した気がしているが。

音楽の授業中は僕をゴミ箱に見立て消しカス投げ大会だった気がする。
なので校歌斉唱の際も見事に覚える暇などなくて歌うことはなかった。

卒業証書授与。少しこの世から卒業したいという気持ちもあった。
しかし母の姿を想像する度に僕は勇気を貰っていたため断念した。
何かしら母に恩返しするまではとても死ねない。死にたくはない。

そんなわけで適当な事を考えていれば呆気無く卒業式は終わった。

先生の声が聞こえた気がしたが僕は黙って白紙の寄せ書きを見て学校を出た。
学校から十数メートル位は離れた家屋の横の電柱に母がもたれて泣いていた。

「ごめんなさい」


「あんた、全然楽しそうじゃなかった。そりゃ、そうだよねえ」

「まだ、このあざも消えないんだもん。楽しくもないわよねえ」

「あたし、反省してる。何もできなかった。本当ごめんなさい」

何を言っているのか。母が謝るところなど、どこにもないであろうに。
日々呑みたくないハゲと顔を合わせ談笑しつつ朝には疲れ果てている。
預金通帳に頭を抱え月々支払う借金の欠片。さらに僕の養育費だって。

身も心も壊れそうなのは母ではないか。謝るのは僕のほうだろう。
「生まれてきて」言葉にしそうになったが、僕は押し留めていた。

「いいんだ。僕は強いから。この母親にして、子ありなんだ。どう?」

「それに、まずいと思ったら言うって言ったでしょ。僕まだ余裕だよ」

ごめん。ごめん。謝る母を僕は見ていられなかった。怒りがわいてきた。
当然自らに対してだった。ああ、どうして涙させねばならないのか、と。

「ご飯でも、食べに行こっか。あんまり、高いのは勘弁して」

ようやく泣き止んだ母は、僕の手を取り、明るい声を出して言った。
うん。僕は微笑し、そう言った。いつまでも泣かせてはおけないし。

それに、僕はいい男になるらしいのだ。もてるまで、とても死ねない。


そんな僕もそろそろ中学生である。ぴかぴかではないのだが。

立派な服に袖を通し心から喜んでいた僕を嬉しそうに見ていた。
しかし母はあの日以降から少し気弱になってしまったと思った。

「それじゃあ、行ってきます」

「ごめん。仕事だから、行けないの。写真は買うから、言って」

「うん。できるだけ多く写れるようにするよ。頑張ってみる」

何を頑張るのよ。そう言って笑ってくれるだけで僕は幸せだった。
人を泣かせたり悲しませたりする男などは、いい男ではないのだ。
そしてやはり気になるのはクラスである。彼女と同クラスだった。

彼女の姿を探すと、目があった瞬間には背を向けられていた。

ううん。落胆してみるも、いつものことだよなあ。そう思った。
色々な小学校から集まった彼らは、異種交流会のようであった。
無論僕は異種の中の異種であるので交流などできはしなかった。

そんな僕は不幸中の幸いを手に入れた。


 あと 18144000 秒です。

  ニア ・おわる


他人の印象とはそれまた違う他人の印象となり得るのである。

結論から言うと、いじめと呼ぶべきものは殆どなくなったのだ。
小学校の同級生が「あいつ気味悪い」と話していたそうなのだ。
それは連鎖し尾ひれまでつき、僕を敬遠するようになっていた。

それを教えてくれたのは中学三年生になった時の国語教師であった。

そんなわけで僕はまあいじめられることも構われることもなくなった。
なんだか寂しいが昔よりずっとましな生活をしているとしみじみ思う。

その時になればもう既に母は再び活気を取り戻していた。香水くさい。
それを告げると「石鹸の匂いさせてる女よりずっとましよ」と言った。
男が好きな匂いをつけるより自分の好きな匂いをつけていたいらしい。

ここからさらに母の饒舌ぶりは加速していく。

だが納得である。好かれようとするより、凛としている方がかっこいい。
そんな母の姿を男性は誉めそやすのだからそれは確かにそうなのだろう。
「あたしあんたみたいないい男と結婚したいわ」と続けてとんでも発言。

「近親相姦。吐き気がしてくる。でも、あんた後三十年でもてるわよ」だ。
人生を二倍し、プラス五年でようやくもてだす僕の人生はなんなのだろう。

人生は難しいものであると悟った十五の夜であった。


さて近親相姦はどうでもいいので本題の国語教師の話である。

クラスで浮いているやらを気にして帰りにご飯に誘ってくれたのだ。
「誰にも言うんじゃねえぞ」と念を押され、僕は笑って頷いていた。

「お前は、よく死んでねえよな。俺だったら、死にたいと思う」

ラーメン屋について開口一番にこれである。教師を疑うほどだった。
「お前にチャーシューテロしてやる」と大量にトッピングを貰った。
油しか浮いていないラーメンを啜りながら先生は美味そうに言った。

「そういえば、お前。同じクラスの。誰だっけ。あの美人だよ」

「なんだっけなあ。足細くてきれいだよなあ。太ももすげえわ」

「それに頭いいんだぜ。ううん。ああ、結婚。できねえかなあ」

本当に教職員なのだろうか。担当クラスの生徒の名前は覚えてほしい。
恐らく彼女の事なのだろう。名前を告げると思い出したように言った。

「お前。あいつと仲いいんだろ。あいつ、普段なにしてんだ?」


「わかりません。ええと、もう一年以上話していないんですよ」

それを聞くと、気管に詰まらせたのか、げほげほと咳をしていた。
何がおかしいのか。ううん。先生の意図が分からず、聞いてみた。

「まあ、小学校から中学校に入るとき、子供の話とか、聞くわけよ」

「交流会みたいなもんだな。この辺の小学校教師とは、懇意なんだ」

「で。お前が入ってきて、俺は気になった。ああ、いじめかよ、と」

いじめかよとは率直だが間違っていないので何も言えない僕だった。
「ああ、んでな」と話を続ける先生に耳を傾けながらも頷いていく。

「仲いいって聞きゃ、あいつだ。だからあいつにお前の事を聞いた」

「するとだ、頬染めて、いらんことまでべらべら喋りやがるんだぜ」

意味がわからない。それだと彼女が僕に好意を抱いているようではないか。
あり得ない。僕がそう呟くと彼も同意していた。人に言われ少し傷ついた。

「ああ、で、まあお前の事は今日わかった。問題は次だ。あいつだ」

「あいつ。毎日毎日、どこほっつき歩いてるか、本当に知らないか」


「これは、親に聞いた話だ。言うなよ。あいつ、毎日遅く帰ってきやがるらしい」

「毎日毎日。休みの日だろうと学校だろうと、病気だろうと構わずにな。毎日だ」

「まあ、あの顔だ。男がいてもおかしくない。が、誰からもそんな話は聞かない」

それを聞いたとき、僕は思った。あのマンション。あそこなのではないか、と。
だが。病気であろうと毎日。それは、日課の域を遥かに超えているではないか。
はっきり言って、異常だ。何が彼女をそうさせる?狂っているとも言っていい。

「男ってのは、お前かとも思った。が、違う。なら、誰だ。何をしに何処へ行く?」

「何回か、後をつけてみたらしい。どうにも、気付かれて途中で撒かれるんだとよ」

「人を撒きまでして、病気だろうと何処かへ通う。わけがわかんねえ。意味不明だ」

背筋に薄ら寒いものを感じた。あの彼女が成し遂げようとしている事がわからない。
彼女は何を隠している?どうしてそのような事をするようになったのか。いつから。
いつから。そうだ。彼女が変わったのは、僕のせいなのではないか。そう直感した。

もし。

自意識過剰ならそれでいい。でも、そうではなければ、何がある?
思い出せ。変わる前の日の事を。彼女は僕に、何と言ったのかを。
そして、僕は彼女に、なんと言ってしまったのかを。何もかもを。

『—————なら、人生をやり直せたら、だなんて。思わないかしら』


「先生」

「何か思い出したか」

「笑わないで聞いてほしいんです」

先生は驚いているようだった。僕の雰囲気が変わった事に勘付いたのか。
低い声で「ああ。絶対だ」そう言い、ゆっくりと思い出し、声を出した。

「都市伝説を、知っていますか」

僕はこれまでの事を彼に語った。概ね人生の半分くらいのことだろう。
あの豪邸の事も。部屋の事も。人生を三回やり直せる部屋の事も全て。

「………」

関連性があるかどうかは分からない。けれど、これが唯一の情報だった。
僕の表情に釣られてか、突飛な話を真面目に聞いてくれているようだ。

「なら、お前が言いたいのは。あいつが、人生やり直そうとしてる、ってか」

「それに、都市伝説のマンション。情報とは合致する。そういうことだと?」

「そうかもしれない、という話です」


「場所は、覚えてるか。豪邸はいい。関係あるかは分からないからな」

「マンションですか。覚えています。今も、前を時折通っているので」

「そうか。住所分かるか?いや、いい。お前は、行ってみる気あるか」

人生を三回やり直すことのできる部屋。そこに僕が行く。存在するのか?
だが。豪邸だ。異常な部屋が一つあれば、二つあってもおかしくはない。

「行きます。僕も、彼女が気になるんです。どうしてでしょうか」

「そりゃ、惚れてるからじゃねえのか。幼馴染なら、初恋とかよ」

「初恋。いまいち、今の僕にはぴんと来ないなあ。どうなのかな」

「案外、小さい頃に約束した、とかよ。ベタなの、あるかもだぜ」

「僕の顔を見てください。そこから答えは察していただきたいな」

ああ、お前のどうだへったくれはどうでもいいからよ。なんだか酷い。
制服で行くのはまずい。休み、お前時間あるか。暇だろ。ひどすぎる。
分かりましたと僕は頷き週末の午前十一時に駅前で待ち合わせをした。

「じゃあ、週末に。今日はごちそうさまでした」


そんなわけで彼女を気にしてはみたがいつも通り避けられる。

昔より避ける能力があがっているようにすら思える。上達なのか。
学校が終わると、すぐに、今日もそそくさと教室を後にしていた。
そして僕は自動的に人に避けられる。これは天然ものだと言える。

「お前。役にたたねえな。すげえぞ。そこまで行くとそれしか言えねえ」

「ありがとうございます。ご飯いただきます。美味しそうですねえこれ」

午前十一時に着くと「美味い飯連れてってやるよ」と言われ着いていった。
僕は目を輝かせながらついていくとファミレスであった。期待してたのに。
しかし美味しい。母の料理の方が美味いが、これもこれで非常に美味しい。

「すっからかんだ」

先生が二人で約三千円と少しの会計を終え、財布を見て彼も落胆していた。
「教師って給料どうなんですか」尋ねると「転職したい」そう答えていた。
僕は教師になるのはやめた。それでなくても、頭はずいぶんと悪いからだ。

「腹も膨れただろ。今日の給料だ。しっかり働けよ。じゃなきゃ、俺が怒られる」

そりゃあ学校でも圧倒的なくらいな才色兼備の彼女がろくでなしになれば怒られる。
彼は自らの立場も危ぶんでいるようだが同じく心配している様子も少し察していた。

「わかりました。ええと、こっちです」


まあ道は何度も通っているので覚えている。それでなくても狭い田舎だ。

「ここです」と言うと、怪訝そうな目を向けてきた。間違いないのに。
普通に下で管理人さんが掃き掃除をしていた。都市伝説とは思えない。
下のポストの表札を確認してもそれらしき記述はない。どこだろうか。

「どこだよ。まずは二階からあたってみるか?ああ、二階だ二階」

「待ってください。多分。六階じゃないかなあ。わからないけど」

直感だった。直感。そうだろうか。分からない。何の気なしに押した六階。
「まあいいや」と呆れる先生を横目に僕は心の何処かで確信していたのだ。

「ええと。ここの奥。角部屋。七号室。そうだと思うんですけれど」

「お前。来たことあんのかよ。それなら先に言ってくれよ。頼むぜ」

僕はここに来たことがない。それは確かだ。なのに、どうして分かる?
チャイムを鳴らす。鳴らない?壊れているのだろうか。ドアノブを捻る。

「おかえりなさいませ」と絵に描いたような老齢の執事がそこにいた。

おかえりなさいませということは、室内で営業している店なのか?
テレビで見たことがある。執事喫茶のようなところなのだろうか。
「はじめてですか」と問われ、先生は「そうです」と答えていた。

「なら、奥へどうぞ。ご案内いたしますので」


「で。ええと。ここは、何か販売していらっしゃるお店なのですか」

先生が言った。入ってみると普通の一般家庭のような内装であった。
椅子がありテレビがあり、キッチンもあるし、何一つも普通である。

「売っている。そう言えば、そう、でございますな。確かに。ええ」

ああ、少々お待ち下さい。ただいま、お飲み物をお持ち致しますので。
そう言われ執事は花がらのエプロンをつけながらコーヒーを入れている。
なんだか旦那様や坊ちゃんとやらになった気分だ。懐かしい気分だった。

懐かしい?

そう言えばそう。という執事のニュアンスは、どういう意図なのだろう。
なんだろう。形ないものを売っているような。そういえば、この部屋は。
そうだ。人生を三回やり直すことのできる部屋。そのはずだったのだ。

なら。

コーヒーでよろしかったですよねえ。彼は僕にコーヒーを置いた。
そして先生にはお茶でよろしいですか?そう問い、お茶を置いた。
先生は静かに言った。率直に尋ねていた。ここはなんですか、と。

「ここは、人生を三回やり直すことのできる部屋でございます」


「言葉は悪いのですが、どうにも。その。なんといえばよろしいか」

「ああ。確かに、信用できないのも、無理はございません。ええと」

「証拠をお見せすることはできませんで、大変申し訳ございません」

その代わり。そう前置きして、執事はひげを触りながらこの部屋の説明をした。
半信半疑でお聞きください。そう笑っていっているあたり、逆に信憑性がある。

・この部屋で人生を三回やり直す契約をすることができる
・やり直す契約をした前日までしか、人生をやり直せない
・三回目の人生の選択でその人の人生は確定されてしまう

「契約と言っても、口頭ですので。法的義務は課せられませんよ」

「ついでに言うと途中で自殺した場合は強制リセットになります」

「さて、やり直す際にはいくつかの選択をしていただけるのです」

「内容は至って簡単。どれを選択していただいても、構いません」

「ああ。当然。お金はいただきません。無償奉仕ですので。ええ」

彼はそう言って小さなホワイトボードに文字と絵を書きだした。
これは、どこかで見たことがある。このシンプルすぎる三択を。

そう、これは、あの部屋だ。


ニア・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム

「こう言った具合に人生の難易度を選択することができるのです」

「ニューゲームは、全くのランダム。第一周と同じかもしれない」

「が、そうでないかもしれないのです。そして次。一つ下ですな」

「これは前世。つまり、前回の記憶を引き継いでやり直せますな」

「最後。よわくてニューゲーム。これを選択する方は、いません」

「………」

「いえ、いらっしゃいました。過去。懐かしいことでございます」

「………」

「さて。あなたがたは、どのような選択をなされるのでしょうか」


「ありがとうございました。では、最後に。この女生徒を御存知ですか」

先生はうんざりしたように頭を掻き、彼女の写真を取り出し問い詰めた。
しかし「守秘義務」という言葉を盾にされ、しぶしぶ帰るしかなかった。

「なんだ、あれ。頭。おかしいんじゃねえのか。やばいぜ、あれはよ」

「でも、不思議な方でしたねえ。僕は、なんだか、信じちゃったなあ」

「やばい薬でもやってるのかもしれない。こりゃあ、骨が折れそうだ」

もう、お前は、あそこに行くんじゃねえぞ。僕は、駅で彼と別れた。
僕はすぐに踵を返し、あのマンションに向かっていた。なぜだろう。

「またお帰りになられると信じておりました」

「すみません。何度も何度も。先ほどは、ありがとうございました」

「いいえ。恐らく、お尋ねになりたいことがあるのでしょう」

「わたくしの答えられる範囲でございましたら、お答えいたします」


「では、一つ。この部屋は、そもそも何の為に存在しているのですか?」

「何の為。そちらからお答えいたしましょうか。ええと。ううん」

「人生を悔いるものがいないように。配慮と言ったところですかな」

「そして、部屋。これは、正しくもあり、正しくないと言えましょうか」

「もともとは、こちらの部屋は、とある方に貸していただいておりまして」

「こちらの方が、人も多く来るでしょう。そう言って、貸していただいたのです」

「その前は、こちらの街のはずれにある、とある豪邸にここはございました」

豪邸。あの部屋。もともとは、この部屋は一つの存在だったということか?
あのように大きな建物はこの近辺に一箇所しかない。間違いないだろう。
質問を間違えてはいけない。そう直感し、考えを巡らせ、僕は尋ねていく。

「僕はあそこに行きました。ごめんなさい。そして、白い部屋を見ました」

「ああ。となれば、ご自分の状態を確認された、ということでございますか」

「状態。それは、どういう意味ですか。それに、あの部屋はなんですか?」

「まだ、ご存知でない?」


「アカシック・レコードというものをご存知でございましょうか」

「全ての情報が記録されたところ。そういうふうに聞いたことくらいは」

「左様でございます。あれは、こちらで契約をいただいた方の記録でございます」

「そして、同時に自らの契約状況を確認する為の部屋でございますな」

ここまで言われれば僕だって馬鹿じゃない。殆どわかってきた。
僕の人生は一周目ではない。よわくてニューゲームを選択した。
「あと 1 回です」の表示。僕は、既に三周目の人生なのだ。

そして、残りの選択は、あと一度だけ。何のために?
それに分からない事もある。僕は自らの名前を告げた。

「ええ。存じております。あなたは、確かに、契約成立しております」

「ニューゲームが一周目。これは誰しもですが。そしてつよくてニューゲーム」

「その後。よわくてニューゲームを選択されていらっしゃいますよ。ええ」

そうなのか。僕はいつの間にか変な売買契約のようなものを結んでいたのか。
なら、何の為に。僕はわざわざこのようなステータスを選んだと言うのか?

「それは、どうでしょうねえ。やはり、重要な意味があるのでしょう」


「文字通り人生の選択なのです。誰もが一度はニューゲームを通ります」

「ですからそこから三回。正しくは合計四回やり直せるということです」

「坊ちゃんには人生をやり直すチャンスがまだ残っています。ですので」

何か意味があった、と。分からない。わざわざ弱さを選択するだろうか?
「余命。もう一度確認されたほうがよろしいかと存じますが」彼は言った。
あのカウントダウンは、残りの余命のことだったのか。やっと気付いた。

「もう一つだけ」

「わたくしは、人生を悔いることのないように。確かにそう言いました」

「ではこちらのメリットは。それは、様々な人生を見てみたいのですよ」

「人が想いのままに生きた結果。それが幸せだろうとそうでなかろうと」

「人生のチャンスとその結果の、等価交換です。万物でも、それに然り」

「わたくし共は、どこまでも、厳正たる存在であらねばなりませんので」

「皆様方には、わたくしが天使でもあり、悪魔にでも見えるでしょうが」

「どこまでやり直しても、結局は、確定されたチャンスは一回きりです」

「ですから。決して、後悔なさらないように過ごされる事を願うのです」


「最後に」

「よわくてニューゲームを選択し、幸せになったものは、いません」

「誰もが不幸に人生を終えるのです。やり直し地点までそれすらも」

「………」

「ありがとうございました」

「色々、考えてみます」

「はい」

「それでは、さようなら」

「ええ」

「行ってらっしゃいませ」

「坊ちゃん」

ドアが閉まる音が聞こえる。僕はその扉をじっと見つめていた。
帰ろう。そう思い背を向けたとき、彼の呟き声が聞こえてきた。

「ご学友は、彼の人生を確定させてほしい。そう仰りました」


その後の僕を待っていたのは精神的な疲労ばかりであった。

学校に行っても何をしても僕にはやる気というものが沸かなかった。
それは当然とも言える。どちらにせよ、もう一度やり直すのだから。
これは現実であって現実ではないのだ。やる気など沸くわけがない。

言うなれば、平行世界の一部と言ったところだろう。

故に僕はどんどん暗い人間になっていくことになるのも必然であろう。
以前気にかけてくれていた国語教師すらも僕を見て溜息を漏らすのだ。
そう言えば彼は彼女の事について解決したのだろうか。恐らくまだだ。

そういうわけで表面的には変化がなく、内面的に堕落していった。

ただもちろん母への感謝の念だけは欠かさず忘れずに心の中にある。
しかしその他に関してのやる気などとうにどこかに置き忘れていた。

ああこのまま死んじゃってもいいんじゃないかなあ、とも思った。
そして僕の悩みと言えば最後の選択をどうするかについてである。
そこで再び思い出したのが執事の言っていた余命のことだった。

思い出したのが中学三年生の冬を超えた一月末のことである。


その後には既に顔も頭も心も何もかもダメな男へと僕は変貌していた。

ただ日々教科書を開き勉強しているふりをしているだけのダメ人間である。
その姿をみて「すごいねえ」という母の笑顔に泥を塗っていると気付いた。
受験など意味を成さない。母はどこかやる気のなさを察していた気がする。

そこでも気になっていたのはやはり彼女のことであった。

卒業前日になった今も、告白する人間が後を絶たないのである。
しかし彼女は頑ならしかった。好きな人がいるとのことだった。
そりゃあ大層イケメンな存在なのだろうと落胆せざるを得ない。

しかしどうにも風の噂と言う名の盗み聞きだと普通の男らしいのである。

残念ながら僕は最底辺の男な故に該当しない。つまり失恋したのである。
何も努力せずに失恋に涙を流すあたり僕は相当ダメな人間だと言える。
しかしようやく失恋を味わった。これも次の人生への教訓になるだろう。

と、ここで僕は「失恋した」と感じている僕がいることに気がついた。

つまりは、日々彼女との会話を楽しみ、恋に焦がれていたということになる。
ああ、今になってわかるこの感情。来世では僕は彼女に出会えるのだろうか。
次に出会えたら僕は君に相応しい男になりたいものだ。そして、また、君に。

君に。僕は。君に。君。僕。また。大人。僕は。





君に。彼女に、告白。するんじゃ、なかった、のか。僕は。ああ。僕は、全て、思い、出した。


『いらっしゃいませ。なにぶん、広い屋敷ですが、こちらへどうぞ』

『ええ。ううん。広い家だなあ。ここって、本当に人生をやり直せるのですか』

『はい。嘘は申しません。新規契約の方でよろしかったでしょうか?』

『ああ。はい。では、あなたは、人生を三回やり直すことになる。よろしいですか』

『大丈夫です。僕は、後悔してるんです。告白しなければよかった、って』

『というと、失恋なされた。それに、その筒。もしや。ご卒業おめでとうございます』

『ありがとうございます。卒業式で告白して、ふられてしまって。いい思い出です』

『心中お察し致します。ですが、本当によろしいのですかな。契約しても』

『ええ。自分勝手ですが、僕は彼女と青春したかったんです。同じ高校へも行けなかった』

『彼女は頭がよかった。それに、大人になってからなら付き合う。そう言っていました』

『でも。僕たちが付き合いはじめるのは、時間に追われた社会人になってからなんです』

『それに。僕がいい男になる頃には、もっといい男と並んで歩いているんじゃないか、って』


『ははあ。なるほど。確かに、時間の流れは人を変えてしまいますから。確かに』

『僕と彼女は、似たもの同士だと思っていました。でも、やっぱり色々違うんです』

『ほう。どのように、でございましょうか』

『まず、僕は普通だ。でも、彼女は綺麗だし、頭もいい。しかも、いい女です』

『いい女。それは、素晴らしい。しかし、それがわかるあなたも、また、いい男なのでは』

『そんなことありません。僕は好きな人と一緒になりたい。即物的な願いでしょう』

『どうでしょうか。それは、普通の事なのではありませんでしょうか』

『時間はあっても、ないようなものなんだ。辛いよ。だから、僕はやり直すんだ』

『初恋の人なんだ。成就させたい。きっと迎えに行くんだ。ただそれだけなんです』

『両親も普通同士だったから出会えた。そう言ってました。なら、僕も強くなりたい』

『それで。他人の特別になりたいんです。最高の親なのに、僕は裏切ってしまうんだ』

『…僕が選ぶのは「つよくてニューゲーム」です。ありがとう。僕に協力してくれて』


『あ、そうだ』

『あなたは、どうして他人の人生をやり直させる協力をするのですか?』

『わたくし共は、人生を悔いるものがいないように。その為でございます』

『そうですか。なら、僕の居なくなった後、僕の家でも使ってください』

『ご家族は?』

『いつまでたっても新婚のようなんだ。この前、旅行に行ってしまって』

『左様でございますか。なぜ、わたくしに、家を貸していただけるのですか』

『だって、人が幸せになる可能性が、少しでもあがるんですよ。これって』

『こんなところでやるより、ずっと人も集まるし、多くの人が幸せになる』

『幸せは分かち合わないと。独り占めなんて、いけないことだと思いますし』

『…では、ありがたく頂戴致します』


僕は執事に目を覆われ、ゆっくりとまどろみの中に落ちていった。

ゆっくりと、ゆっくりと。現実から乖離していくような感覚があった。
そして完全にこの世界から外れてしまう直前に、彼の笑い声を聞いた。

『………』

『ふ、ふ、ふふ。ふ、ふふふ、ふ、ふふ…ふ、ふふふ』

『…面白い。普通だと言うのに、全くもって、あなたは普通を逸脱していますねえ』

『似たもの同士でない。あなたは、そう言いました。どこがでしょうか。わかりませんねえ』

『寸分違わず、鏡写しに、何もかも。全くもって、同じじゃあ、ありませんか』

『自分の為と言いながら、あなたは、他人の為に人生をやり直すのです』

『誰かの特別になる為に。他人の幸せを願う為に、わたくしに家を引き渡す、などと』

『女の為。他人の為。積み上げてきた人生を崩して。何もかもを捨てて。ああ、面白い』

『相思相愛ではございませんか。ああ、これは口止めされていたのでしたか』

『さようなら』

『…次に家に帰ってくることがあれば、わたくしはお迎えしましょう』



『おかえりなさいませ、と』


ニア・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム


  ・ニューゲーム
ニア・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム


『本日よりこちらでお世話になります。坊ちゃんのお世話をさせていただきます』

『そういえば、見たことあるな。つっても、思い出したの、最近だけどな』

『見ろよ。前の俺とは、ずいぶん違うだろ。ずっと前より格好よくなったはずだ』

『恐らく殆どの女性は、あなたを見て、振り向き、好意的になるでしょう』

『もうなってる。気分がいいのは、最初だけだ。少しうんざりもしてきたんだよ』

『頭もいい。顔もよくなった。喧嘩だって負けない。なのに、何でなんだ』

『難しいことでも話せるように経済学書だって買い漁って読んだ。すげえだろ』

『友達だっている。金もある。何もかもあるのに、あいつだけが居ないんだ』

『ああ。あの、女性の事でございますか。あの方とは、今どうなっておりますか』

『俺の事、やっぱり、覚えてねえみてえでな。辛い。でも、俺はすぐに分かった』

『記憶引き継いでるからだろうな。でも、癖とか仕草とか、まんま、あいつだった』

『俺。絶対。今度こそ、あいつと一緒になるんだ。待ってろ、すぐに見せてやるぜ』


『最近、あの方のお話も、もう、なされなくなりました。どうなさいましたか』

『どうもねえ。告白してくると思って待ってりゃあ、来ねえし。もう卒業前だ』

『勉強だって教えてやった。困ったことがありゃあ、助けもした。何でなんだよ』

『しかも、あいつは前より随分と暗くなっちまった。あんなのあいつじゃねえよ』

『あいつには、友達も、金も、家族だって居ない。なんでこんなふうになっちまった』

『なんなんだ。でも、俺はあいつが好きだ。この想いだけは変わらねえんだ』

『何もかもあいつじゃない。でも、俺はあいつが好きだ。どんなに変わっても』

『癖とか仕草。それを見てると、思い出すんだ。笑って話してた、あの頃を、全部』

『でも、なんでだ。明日は、卒業式だぜ。明日、俺はあいつに告白する。絶対に』

『…それで。やっと、俺はあいつと一緒になれるんだ。幸せは、もう、目の前なんだよ…』


『…ふられちまった。あなたは、弱い人の気持ちがわからないのよ。そう言われたよ』

『それは』

『いいんだ。慰めなんて、いらない。俺は確かに、そうだった。今になって気付いたよ』

『してやってる。やってる。押し付けがましいことばっかりだ。自信過剰のクソ野郎だ』

『この家も、貸してくれてありがとうな。最後に、あんたの飯、食わせてくれねえかな』

『あと、コーヒー。あんたの淹れるコーヒー、俺。正直言うと、かなり好きだったんだぜ』

『もう、時間ねえんだ。頼むよ。最後の願い。ああ、遺言ってやつかな。だせえな、俺』

『この家は、つよくてニューゲームのオプションでございます。あまりお気になさらずに』

『それでは、何かしらお作りいたしましょう。何か、召し上がりたいものはございますか』

『スイッチ。電灯のスイッチ。どこだ。ああ、ここか。しばらく入ってねえからわかんねえ』

『食堂。こんなふうになってたのか。いつもあんたに任せっきりだ。俺も何か、やってみたい』

『やべえ。皿欠けちまった。悪い。わざとじゃねえんだが、ああ、すまん。悪かったよ本当』

『最後の晩餐なんだ。冷蔵庫のもん、全部使っちまおうぜ。そんで、俺らで食っちまおうぜ』

『わたくしは、食事は必要ありません存在でございます。しかし、お付き合いいたしましょう』

『ありがとう。よかったらさ、俺のこと、忘れないでほしいんだ。こんなクソ野郎でもさ』

『かしこまりました。わたくしは、あなたの執事でございます。いつまでも、お呼びしますよ』



『坊ちゃん、と』


『飯。最高に美味かった。もう、俺は決めたよ。何もかもを。俺に賭けるよ』

『俺は、弱いやつの気持ちが分からない。だって、今の俺は、強いんだからな』

『だから、俺は弱くなる。どこまでも誰よりも弱くなる。最底辺になるんだ』

『俺はきっと、何もかも忘れるんだろう。でも、それでダメなら、俺はダメだ』

『あいつに相応しくない。その程度の愛だった。そういうことになるんだから』

『いつ思い出すかもわからない。でもさ。俺は、俺のことを信じてるんだぜ』

『誰よりもあいつの事が好きだ。それだけは、俺は誰になっても変わらない』

『絶対に幸せにするんだ。隣を歩ける大人な男になるんだ。人生を賭けてな』

『この親も、俺に大事な事を教えてくれた。今になって、やっとわかったよ』

『もう、ありがとう、って言えねえけどな。ごめんな、親父。お袋も、だ』

『あんたも。ありがとう。こんな俺に、ずっと尽くしてくれてて。ありがとう』

『あなたという存在にも、わたくしは心惹かれてたまらないのです。素晴らしい』

『わたくしは、あなたの幸せを、心から願っております。では、選んでください』

『あなたの人生を賭けた選択を。見せてください。何もかもを賭すだけの結末を』

『ああ』

『俺が選ぶのは』



『よわくてニューゲーム』


ニア・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム

  ・ニューゲーム
ニア・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム

  ・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
ニア・よわくてニューゲーム


あ。ああ。あ。あああああ。僕は、僕は。僕は彼女と人生を歩むために、選んだ。

あああ。彼女に相応しい男になる為に。大人な男になって、約束を果たすために。
何もかもを捨てて、全て、彼女の為に。選んで。選んで、もう、僕は、ダメだ。
どれを選んでも、僕はダメだった。もう、何を選んでも、結果は変わらないんだ。

ああああああああああああああ。僕は。何をしていた?思い出せるチャンスはあった。
いくらでもあったじゃないか。思い出せば思い出すほどそれは奇妙だったじゃないか。

僕は自転車に飛び乗りあのマンションへと向かった。彼は全てを知っていた。

僕を坊ちゃんと呼ぶ理由も。躊躇いもなく僕にコーヒーを差し出した理由も。
彼は先生には聞いていたじゃないか。何を飲むかと確認していたはずだった。
彼は僕が忘れているか確認していたのだ。「まだ、ご存知でない?」とも。

あの部屋。あの部屋は。一周目に僕が住んでいた、普通の家じゃないか。

人にぶつかりそうになりながら僕はあの部屋を目指した。六階。七号室。僕の家を。
僕は激しくドアを叩く。いるんでしょう。入りますから。僕はドアノブを捻った。

「…おかえりなさいませ。坊ちゃん」

「ただいま。あなたは、二周目の、僕の執事だった」

「あなたは何もかもを知っていた。どうして、僕の前に現れなかったのですか」

「それは、これが、よわくてニューゲームだからでございます」

「人間の最下層。最底辺。何もかもが劣っている存在を望まれたものですから」


「しかし」

「坊ちゃんはこのままでは幸せにはなれません。不幸せのまま、人生の選択を迫られるのです」

「坊ちゃんは…ああ。ちょうど、今から二十四時間後に人生をやり直すことを選ばれた」

「残り86400秒。86399秒。刻一刻と時刻は迫っております。もう、お時間は残ってはいません」

「なら、助けてくれないか。僕を。彼女と。一緒になりたいんだ。頼むよ。お願いだ」

「なりません。わたくしは、厳正たる存在でなければなりませんので。申し訳ございません」

「そんな。僕の執事なんでしょう。助けてください。お願いします。何でも。何でもするから」

「いいえ。直接手を貸すなど、わたくしには出来ないのです。そう決まっておりますゆえに」

「それでも幸せになりたいのなら。わたくしから、一言。あなたがたは、すれ違ったのです」

「それでは、そろそろお時間です。次にお会いするならば、最後の選択のときなのでしょう」

「行ってらっしゃいませ。坊ちゃん」


 あと 86262 秒です。

 ニア ・おわる


僕は彼に抱えられて外に出された。固く扉は閉ざされた。人の気配もしない。

彼は消えたのだろうか。分からない。けれど、僕はもう会えない気がした。
時間はない。残された時間は二十四時間を切っている。全てを覆さないと。
家に戻り、僕は布団の中で考えた。彼の最後の言葉。すれ違ったのだ、と。

あなたがた。

あなたがた、というと。やはり、彼女の事なのだろうが。
ならば「すれ違った」とは、何のことを指しているんだ?

すれ違った。確かに僕たちは、今現状すれ違っていると言っていい。
ならば、どうしてすれ違ったんだろう。そう。あの日からなのだ。
そうだ。彼は言った。「人生を確定させてほしい」と言っていたと。

確定。

彼女は毎日あそこへ通っていた。なぜ?要求が通らなかったからと言える。
なら、どうして要求が通らなかった。契約の内容に反する事柄だから、か?

そう考えれば、何が契約内容に反する?三回やり直す点に関してか?

まずはそう考えてみよう。ならば、どうなる。彼女はそういうことか。
となれば、合点はいく。彼女だった。僕より前にあの部屋に居たのは。

だって、僕は思ったはずなんだ。あの人の名前の画面を見て、驚いた。
「…そこに、僕の名前もあったからだっけ」そう思ったはずなんだ。
そりゃあ驚かざるを得ないよ。僕の名前もそこにあったんだから。

それに「つよくてニューゲーム」を選んだ、彼女の名前もあったんだから。


「ねえ。お母さん。僕。話があるんだ。これが最後になると思う」

僕は早朝に起床し、帰ってきた母に対して開口一番にそう告げた。
母は「ふっ」と軽く息をはき「どっか、遠い所でも行くの?」だ。
最後まで、僕の母は僕より一枚上手ないい女だなあと思っている。

「お母さん。違うかな。あなた、かな。ごめんなさい。親不孝で」

「事情はわかんない。まだ卒業式まで、時間あるでしょ。教えて」

僕はこれまでの事を歪曲も誇張もせずに全て主観的に語っていった。
「すごいねえ」とか「こわい」とかいうあたり、お母さんらしい。

「僕には、他に四人も親がいるんだ。信じられないことだけど、本当なんだ」

「もしかしたら、あなたの本当の子供じゃないかもしれない。ごめんなさい」

「僕は、帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれないんです。僕」

「僕は僕じゃなくなって帰ってくるかもしれない。そうしたら、本当の子供が」

「いいのよ。子供はあんただけ。他に誰もいない。弱くて不細工なあたしの子」

「なのに、誰よりも強い、あたしの子だから」


「あんたがあたしみたいな母親でも、いたって覚えててくれれば、それでいいのよ」

「美人で性格もいい器量よし。たまにあばずれで、酔っぱらいのあたしのことをね」

「あんたが忘れても、あたしが覚えてる。あんたは、あたしの特別な子なんだもん」

「僕は。僕は、忘れません。育てていただいたことも。料理の味も。何一つだって」

「でも。僕は、何一つ、恩返しができなかった。やっとこれからだって思ったのに」

「馬鹿ねえ。あんたやっぱりあたしの子だわ。いい男なのに、本当に馬鹿なのよね」

「あんたが生まれた時点で、十分恩返しになってんのよ。くさいこと言わせないで」

「何度人生やり直したって、あんたはあたしの子供なの。だから、胸を張りなさい」

「あたしが、育てたのよ。いい男に決まってる。あんたを振る女は、ろくでなしよ」

「一つだけ、あたしの願いが叶うなら。あんたは、嫌かもしれないけれど」



「また、あたしの子に、生まれてきてほしい」


「話は終わり。違う人間なら、あたしの所へ会いに来ること。約束よ。絶対だから」

「そんでその女連れてきなさい。信じてるけど、あたしも見てみないと気が済まない」

「それにね。あたしはあんたに教えたでしょ。他人の為にやり直せる人生を、って」

「親のいうこと聞いて実行する子供が、親不孝者って思う?鳶が鷹を産んだんだから」

「ほら行ってこい不細工。あたし卒業式行かないから。泣くとこみられたくないもの」

僕は涙を拭い、母に礼を告げた。今までありがとうございました、と。
帰ってこれる保証はない。どうなるかだってわからないのだ。だから。

「僕は、あなたの事を、最高の母親だと思います。生まれてきてよかったと思います」

「僕は、さようなら、なんて言いません。だって、別れの挨拶でしょう?」

「だから」

「行ってきます。お母さん」

「行ってらっしゃい、馬鹿息子」


午前八時に到着し彼女の姿を探した。だが、彼女はどこにも居なかった。

そのまま開会式だったり挨拶やらでそのまま九時。しかし現れない。
十時。十一時。それでも、現れない。彼女は、何をしているんだ?

十一時半過ぎ。

長々としたPTAの挨拶途中に僕は腹が痛いを席を立ち、僕は走った。
一周目と二周目の挨拶はこうも長くなかった。難易度の差なのか?
「よわくて」とは周囲の環境も恐らく入っているのだろう。くそ。

どこにいる?田舎の学校だ、そこそこには広い。彼女はどこにいる?
一室一室見回っていたら時間がない。だが、見落としがあってもいけない。

彼女の名前を叫びながら一階から四階、渡り廊下からプールも走った。
まさか、彼女は学校には来ていない?そんなことがあってたまるものか。
校庭は見渡せばどこにいるか分かる。見渡せば。そうだ。屋上しかない。

十一時五十八分。

僕は走った。間に合ってくれ。僕は彼女に一言言うだけでいいんだ。
好きだと。僕は君が好きだと。付き合ってほしい、それだけでいい。

僕が消え去る、その一瞬までもを賭して。


 あと 104 秒です。

 ニア ・おわる

 あと 82 秒です。

 ニア ・おわる

 あと 65 秒です。

 ニア ・おわる

 あと 48 秒です。

 ニア ・おわる

 あと 30 秒です。

 ニア ・おわる

 あと 15 秒です。

 ニア ・おわる


 あと 12 秒です。

 ニア ・おわる

僕は屋上へと続く階段を登りきり、ドアを開け放った。
直射日光が僕の目へと入ってくる。前が見えない。

 あと 8 秒です。

 ニア ・おわる

ああ、誰かが振り向いた。彼女でなければ、僕は。
目をこらして、手で光を遮り、僕は前を見てみる。

 あと 3 秒です。

 ニア ・おわる

彼女だ。彼女。ああ、僕は大きく息を吸い込んだ。
叫ぶだけだ。想いが伝わってくれれば。それだけで。

「僕は、君が——————————」


 あと 0 秒です。

 ニア ・おわる

 G A M E O V E R


「残念ながら、坊ちゃんの三周目はここで終了となります」

「僕は。間に合わなかった。そういうことになるのですか」

「ええ。最後まで言えておりません。でも察したでしょう」

「情けない話です。僕は、やはり弱かったということかな」

「そういうことでございます。では、次の選択に移ります」

「………」

「聞いておられますか。次の選択に移るのです。坊ちゃん」

「ううむ。わたくしの主人とは思えないですな。本当に…」

「本当に、素晴らしい」

「わたくしは、あの結末が、気になってたまらないのです」

「ですが、わたくしが直接手を貸すわけには参りませんで」

「ならば」





「貸せないのなら、わたくしが、返せばよいのですから」


「わたくしは、あくまでも、厳正たる存在でなければなりません」

「そして使命と言えば、人生を悔いることのないように。それです」

「そして坊ちゃんは、他人の幸福を願われました。ただひたすらに」

「そう。わたくしの幸せを願った」

「家を貸す。坊ちゃんは、確かにわたくしにそれを譲渡致しました」

「貸し『与えた』のです」

「わたくしは以前、言いました」

「—————等価交換です。万物でも、それに然り、と」

「万物」

「では、わたくしは、坊ちゃんの求める何を返せばよいのでしょう?」

「わたくしは執事でございますゆえ、求めるものも把握しております」

「時間」

「わたくしの力では、せいぜい、少しの時間でございますけれども」

「これは、決して、神に背いているのではございませんよ。ふふふ」

「神の構築したルールに則り、わたくしはルールを乗っ取るのです」





「では、良い余生を。後ほど、お待ちしておりますので」


 あと 0 秒です。

 ニア ・おわる

G A M E O V E R



 あと - 秒です。

 ニア ・おわる



 あと 600 秒です。

 ニア ・おわる


「——————————好きだ」

「付き合ってほしい。僕と付き合ってほしい。君が好きだ」

「僕は合計四十五年も生きた。十分大人だって言えると思う」

「大人になった。君もだ。君ももう、四十五歳くらいだろ」

「あなた。ああ。もう、全部思い出してしまったのかしら」

「そういうことだよ」

「僕には時間がないんだ。答えが聞きたい」

「わたしにも、時間なんてないわよ。あと十分くらいかしら」

「僕と同じだ。余命十分。なんだかロマンティックだと思う」



「じゃあ、答え合わせをしましょうか。何から話せばいいかしら」


「わたしはあなたをふった後に、あなたがあそこへ入っていくのを見た」

「都市伝説なんて、嘘だと思った。でも万一。そう思って止めに行った」

「わたしはそれより先にあそこへ行っていて、彼に待たされていたのよ」

そして後から僕がきて、手短に「要件」という名の契約を済ませた。
彼女は驚いただろう。先回りしたのに既に僕は契約済みなのだから。

「もうあなたには会えない。わたしのせい。そう思ったら、後悔した」

「あんな事言わなければ。好きだったのに。付き合っていたなら、と」

「だから、わたしも彼と契約したわよ。あなたとの約束を守るために」

けれど、ここからが誤算だったというわけだ。予想が正しければ、だが。
彼は言っていた。僕らはすれ違ったのだ、と。彼女の一言を待っていた。

「わたしは、挫折を知らなかった。何も知らない、ただの箱入り娘よ」

「あなたはわたしのせいで挫折を知った。同じ立場になろうと思った」

「だから、わたしは選んだの」





「よわくてニューゲームを」


「二周目。わたしは最後の最後。選択を迫られる直前になって、あなたに気付いた」

「人も違うし、顔も違う。何もかも違う。それはわたしも全く同様の条件だったわ」

「親に暴力は振るわれて、いじめられて。でも、そんなとき、あなたに出会ってた」

「でも、そんなあなたをわたしは好かなかった」

「その辺は、きっと今になって、少しだけ理解してくれているとは思うのだけれど」

「まあ、言い訳できないほど、ひどかったもんなあ。あんなの、僕じゃないと思う」

「三周目。つよくてニューゲームを選んだ。あなたはよわくてニューゲームだった」

「あなたはわたしが声をかけて友達になっても、わたしの事に気が付かなかったの」

「小学校に上がってもそう。何もかもを忘れているようだった。ちょっと傷ついた」

「でも、わたしもそうだったもの。ごめんなさい」

「いいよ。ぼくだって忘れてた。なんていうか、お互い様なんだって」

「彼の言ってたすれ違い。やっぱり、この事だったんだよ」

「僕らは、互い違いを選んでいたんだ。互いが互いを思った為にできた、すれ違い」


「そして、いつか。あなたに、聞いたでしょう。人生をやり直せたら、って」

「でも、あなたは強かった。何もかもを忘れていた。とっても幸せそうだった」

「わたしはあなたを愛してた。だからこそ、わたしはそのままにしようと思った」

「でも、その前にわたしは最後にあの部屋へ行って、思い出を回想してたのよ」

「懐かしかった。涙が零れた。一つ一つ、あなたとの思い出を噛み締めていた」

「そしてあなたと永遠に別れる決心をした。そんなときに、後ろから足音よ」

「そこに恐らくあなたが来た。急いでわたしは逃げ帰った。本当に驚いたわ」

「で、思い出させてはいけない。そう思った。だからあのマンションに通った」

「次の選択を迫られて、全てを思い出す前に、あなたの人生を確定させるために」

「わたしに近付いて思い出さないように。そう思って、あなたを避け続けていた」

「僕は、君に嫌われたと思ってたよ」

「そんなこと、あり得ない。わたし、あなたのこと、愛しているもの」

「最後の最後まで、聞き届けては貰えなかった。けれど、あなたは思い出した」

「思い出して。神様にまで背いて、ここに来た。そして約束を果たしてくれた」

「なら、今度は、わたしがあなたに告白しないと」





「わたしは、あなたのことが、好きです。だから、わたしと、付き合ってください」


 あと 124 秒です。

 ニア ・おわる


「よろしくお願いします」

こうして、僕らは晴れて美女と野獣のような関係の恋人となったのである。
しかし残っているのは次の選択についてである。だが、もう決まっている。

僕らは互いに人生の酸いも甘いも噛み分けたことになるというわけだ。
十五歳の身体で精神年齢四十五歳である。おじさんとおばさんである。
僕らの選択のすれ違いから、最終的に幸せを掴み取ることができた。

もし僕が彼女と同じ選択をしていれば、最終周ではどちらも他人だ。
そして彼女が僕の事を覚えていたからこそ全ては成立に至ったのだ。

それにしても思い出してみれば彼女のぼろがかなり出ているのである。
同様に執事の発言もかなりぼろが多いのである。気付かない僕も相当。

僕は最後に弱さを知り、全てを知っている彼女がいたからこうなった。
彼女が僕の為に行動し、それに違和感を覚えなければこうはならない。
僕のような不細工が言うのもなんだが、非常にロマンティックである。

「あなた、本当に不細工ねえ。もうちょっとなんとかならないかしら」

「僕は仮にでも彼氏なんだけれど。オブラートぐらい知ってほしいな」

「仮にじゃなくてわたしの彼氏よ。でも、わたし、このままじゃ嫌よ」

「僕だって嫌だよ」


 あと 58 秒です。

 ニア ・おわる


残りの言いたいことと言えばこの現実はそろそろ終わりを迎えるということだ。

せっかく晴れて恋人同士になったのにすぐ終わりである。出番が少なすぎる。
感動の一瞬は本当に一瞬だったと嘆く他ない。三文小説でもこれはないのだ。

「わたし、もう、精神年齢すごいわよ。もう、なんていうか。すごい」

「君にしては随分語彙がすごい。もう言葉にできないほどにはすごい」

女性に精神年齢であろうとも年齢を聞くのは野暮というものだ。
僕のようないい男はその辺の分別がついているのだと言いたい。

「でも、この現実が続いても、結局同じ高校でもないじゃない。そんなのつまらない」

「それに、数年間は話してないし、デートもしてない。こんな青春は消えるべきなの」

「だからこそわたしは次の人生に賭ける。相思相愛以心伝心。やることわかるかしら」

「いくら僕が馬鹿でもその辺は分かるよ。君って割と尽くすタイプなのかもしれない」

「そうよ。尽くすわよ。けど、浮気したら殺すわよ。割と本気。次はやり直せないわ」

あまりに恐ろしい。僕も彼女も次の人生はやり直せない。いや、それが普通なのだが。
家に帰って包丁で腹部に穴を開けられればそこから魂も抜け出るというものである。

「じゃあ、わたしの方が多分先だろうし。お先に。行ってきます彼氏」

謎の語尾を残して彼女は先に消えてしまった。完全に消失と言っていいくらいに。
本当に神の意図であるから、神隠しである。見てはいけない世界を見た気がする。
ああ僕もそろそろ消えるようだ。後数秒だろうか。僕は大きく息を吸って言った。

「行ってきます彼女」


 あと 0 秒です。

 ニア ・おわる

G A M E C L E A R


「おかえりなさいませ、坊ちゃま」

「ただいま」

「わたくし、感涙しておりました」

「互いが互いの幸せを、互いの人生を賭した結果の結末が、このようであるとは、と」

「お母さんが言った通りだ。ちょうど四十五歳になって僕はもてたってわけか」

「そして、唯一の。よわくてニューゲームをクリアした方と言えましょう」

「ありがとう。またいつかコーヒー飲みたいな。僕のこと忘れないでほしいな」

「もちろんですとも。けれど、もう、二度と会うことはございませんことを祈ります」

「さすがにもう踏んだり蹴ったりボールにされたりは勘弁だ。最後は幸せだったけど」

「では、そろそろお時間となります。あなたの想い人は、先に向かわれましたよ」

「うわ照れるなあその言い方。ちょっとテンションあがってきたかもしれない」

「ああそうじゃないや。選ばないとね。まあ決まってるんだけど。これにする」

「ほう」

「また、珍しい選択ですな。どうして、こちらを?」


「そりゃだって、僕はどこだって彼女がいるから。彼女だって。やばいな」

「そうじゃなくて。僕はどこでだってやっていけるんだ。いい男だから」

「親孝行の結果がこれだよ。どの親も、僕の事を愛してくれてたんだから」

「だから、僕はどこに行ったって後悔しないわけなんだ。完全な未知だ」

「それに、忘れてたら忘れてたで、それはまたありじゃないかと思えるんだ」

「もちろん、親のことは絶対忘れない。でも、その他の事はいいかなって」

「というと、あの、想い人のことでございますか。それまた、どうして」

「だって、またやり直せるんだ。好きになるってことを、最初から全部を」

「僕は弱くも強くも普通でもある。人生経験豊富なわけだし、大丈夫だよ」

「じゃあ、そろそろ僕は行ってくる」

「そんで、やり直してくるよ」










「初恋を」


ニア・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム


おわり


「よわくてニューゲーム」は以上です。
読んで頂いた方、本当にありがとうございました。

html化依頼を出してきます。


そういえばなんかよく見たらAAズレてるので脳内補正お願いします。
後は適当な補足修正あるやもなので明日の夜まで放置します。
色々ころころ変わってスミマセン。それでは。

他に書いた作品とかある?

乙です
最後は弱くてを選んだの?

酉検索じゃあこのスレしかひっかからんが
主人公の名前が三谷のSSとか書いた?
らーちゃん(?)が出てくる奴


>>20 修正です。

× 僕に人生をやり直せたいだけの理由がある、ということか?
◯ 僕に人生をやり直させたいだけの理由がある、ということか?

>>37 修正です。

[×]

 あと 146282298 秒です。

  ニア・おわる

[◯]

 あと 146282298 秒です。

  ニア ・おわる

>>46 修正です。

× 「忙しいそうだ」からはじまり「それじゃあ」で日々が終わるのだ。
◯ 「忙しそうだ」からはじまり「それじゃあ」で日々が終わるのだ。

>>48 修正です。

× いつも一緒いる金魚の糞のようであろうとも、僕は彼女の友人だった。
◯ いつも一緒にいる金魚の糞のようであろうとも、僕は彼女の友人だった。

>>93 修正です。

× 長々としたPTAの挨拶途中に僕は腹が痛いを席を立ち、僕は走った。
◯ 長々としたPTAの挨拶途中に僕は腹が痛いと席を立ち、僕は走った。

--

主な修正は以上です。
また、AAの脳内補正やらの際はこちらでどうぞ↓

--

ニア・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム

  ・ニューゲーム
ニア・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム

  ・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
ニア・よわくてニューゲーム


>>123 さん

普段は二次創作とかやってます。
ここで出すようなものじゃないのでスミマセン。

>>130 さん

最後はニューゲームです。全くのランダム。

>>136 さん

多分違う人です。記憶にないです。

--

ということで補足修正その他も完全に以上です。
ありがとうございました。html化依頼を出してきます。


>>111 修正です。

× 「おかえりなさいませ、坊ちゃま」
◯ 「おかえりなさいませ、坊ちゃん」

何度もスミマセン。これで本当に最後の修正です。
失礼しました。


>>111 修正です。

×「では、そろそろお時間となります。あなたの想い人は、先に向かわれましたよ」
◯「では、そろそろお時間となります。坊ちゃんの想い人は、先に向かわれましたよ」

です。何度も本当にスミマセン。もう間違いあっても書き込みません。
ありがとうございました。

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