「サトウカエデっていうらしいですよ」

「……なんの話しですか？」

「メープルシロップの木です」

「また唐突な……」

「私がサトウカエデになっちゃったらどうしますか？」

「……佐藤さんと結婚でもするんですか？」

「心さんとなら結婚しちゃうかもしれませんよ？」

「高垣さんがしたいなら止めませんけど……」

本人は普段通りのつもりでしょうけど、Pさんの表情はなんだか苦々しい

これはきっと私だけが知ってる表情

嫉妬、だったら……

……なんて、ないですよね……たぶん

もし、独占欲……なんてものがPさんにもあるなら……

……正直、ちょっとドキドキしますね

でも私だけ甘い汁を吸うのもPさんに悪いですし……

……甘い汁？……メープルシロップ……ふふっ

楓知る、メープルシロップ、楓汁……

今の私は冴えてますね、とても

これは……今日こそ、行けるかもしれませんね

いざカナダの彼方まで……♪

「佐藤楓も捨てがたいですけど、結婚するなら美優さんのほうがいいかもしれませんね」

「三船さんですか？」

「はい、三船楓です」

「勝手に結婚しないでください」

「……そんなこと言って、Pさんも美優さんと結婚したいですよね？」

「べ、別に三船……さんのことなんか好きじゃねーし」

「呼び捨て、できないんですか？」

「……できませんでした」

「……私はどうですか？」

「高垣…………さん」

美優さんより長かったですね、間が

……私、意識されてるんでしょうか？

でも、それだと美優さんも意識されてることに……

Pさんも気の多い人ですね

あ、木の多い……森……？

……メープルなだじゃれはいったん置いておきましょうか

とにかく、美優さんよりは私のほうが意識されてる可能性があるってことですよね？

つまり……押せば行けるかもしれない、ってコト……？

「……そもそも、なんですけど」

「なんですか高垣さん」

「それです、高垣」

「たかがき……」

「Pさんはなんで名字で呼ぶんですか？」

「……名字、だめですかね？」

「だって……変わるかもしれませんよ、私の名字」

「えっ……ぁ……そう、なんですか……？」

「いつになるかはわかりませんけどね」

「……相手が……いrんですか……？」

すごく、動揺してますね

若干呂律が怪しかったです

そんなに動揺しちゃうのはどうよ……う

……Pさん、こんなにわかりやすい人だったんですね

私は……ちゃんと普通にできてるんでしょうか……？

ふたりとも挙動不審なら……共同不審？

……なんだか頭がぐるぐるしてきました

……しかたないですよね？

これから言うことを考えると……とても、緊張してしまいます

「……いい人ですよ、とても」

「……いい人なら……よかったです」

「私のお話しをちゃんと聞いてくれる人です」

「……そうですか」

「そう、なので……」

「なので……？」

「あの、えっと……ですね……？」

「……言いづらいことですか？」

「……言えます、聞いてもらえますか？」

「はい、もちろん」

……Pさんの表情は苦々しい

たぶんですが、察したうえで勘違いをしてるのかもしれません

だとしたら、今決行できなかったら……結婚はけっこう先になってしまいますね

……付き合ってもいないのに結婚は早すぎるのでは……？

話題選びから間違いだったんでしょうか……

……とはいえ、もう……言うしかないところまで来てしまいました

……大丈夫、聞いてくれる……はず

今までだって、ずっと……私の話しは聞いてもらえてました

だから……あとは、言うだけ……ですよね

「……私が佐藤楓になったら、って……言いましたよね」

「……はい」

「三船楓になったら……とも、言いました」

「……はい」

「でも……本当は、ですね……？」

「……っ……！」

「佐藤でも、三船でもなくて……」

「私……Pさんの名字がいいです」