いつものように、私は怒っていた。
「先生っ!!この領収証はなんですか!?」
「ユウカ…違うんだよこれは」
弁解にならない弁解をし続ける先生に、ひたすら激昂していた。
「事実しかないでしょう!無駄遣いしたらいけないって、わかってるじゃないですか!前に私と約束しましたよね!?」
「もちろん覚えてるけど、でも、すぐに買わないと手に入らなかったかもしれなくて」
「せーんーせーいー?」
「はい…」
私が圧をかけるとすぐに先生はしゅんと項垂れた。
まったくもう、こうなることなんてわかりきってるのに、どうしてそれでも無駄遣いをしてしまうんだろう。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1704028956
イライラとする感情を少しだけため息にこめると、先生の身体はますます小さくなっていった。
「…ああ、もう」
どうしていつもこうなるのだろう。いつもいつもいつもいつも。
私が黙り込んだのをついに呆れ果ててしまったのだと勘違いしたのか、先生は慌てた様子で私に手振り身振りをする。
「ユウカっ、ごめん!もうしない…とは、言い切れないけど…控えるようには、努力…したいかな、と…」
「…せんせい?」
「ううっ…ユ、ユウカ…」
「…」
情けない顔で私の顔色を窺い続ける先生を見下ろしながら、私は眉根を寄せる。
「はぁ…」
先生の隣にある椅子へ腰を掛けた。
…まったく、どうしていつもいつも。
別に、小言なんて言いたくて言ってるわけじゃないのに。誰も好き好んで憎まれ役なんてしない。お互いに疲れるし、非生産的だし…それに…。
…先生にはもっと可愛いところを見せていきたいし。でも、可愛くないところを見せてばかりいる。
いつも想定通りにいかない。
先生からの印象もこれではよくならない。
先生がもうちょっとしっかりしてくれれば、私だって怒らずに、いられるのに。
うまくいかない。
いつも…。
私が黙り込んでいると、先生が「ユ、ユウカ…?」と心細そうにつぶやく。
私を縋るように見る先生。それを眺めていると、少しだけ、ゾクリとする。
先生は、子供のような言い訳を述べて、それでも最後には私の許しを乞うて、私に謝ってくれる。
…そういうときは、私のことを、ちゃんと見てくれる。
先生から、視線を外す。
「…次同じことがあったら、こんなものじゃ済みませんからね」
「ユウカ…!」
先生の声がパァッと明るくなり、それが、可愛いと思ってしまった。
「…二度は、ありませんから」
「うん、次からはユウカの許可を取り付けてから買うよ」
「…そもそも買わないでください!」
「そればっかりはご勘弁いただきたい…」
「無計画にたくさん買うからこんなことになるんじゃないですか!」
「ほんと、困っちゃうよね」
「私が困ってるのは先生の浪費癖にです!」
「怒った顔も可愛いよユウカ…あっ」
先生がさっと顔を私から背けた。そのこめかみには冷や汗が伝っている。私は先生に笑いかけた。
「先生?お仕事がまだ残ってますよね?さっさと片付けましょうか」
「はい…」
本当に思い通りにならない。
どうしてだろう。どうして私は、他の子のように、うまくできないのだろう?
…前に別の子がシャーレの当番の仕事をしているところに出くわしたことがある。和気あいあいとしていて、楽しそうで、仕事の手際は私よりも遅かったけど…正直、羨ましかった。
…私もあの子のように、素直に先生に甘えればいいのだろうか?
怒ったりするのを我慢して、ただただ先生に気に入ってもらえるようにアピールするべき?でもそんな無責任なことは先生のためにならない。こうして叱るのが、回り回って先生のためになる。それをわかってるから、先生だって、私のことを拒まないのだろう。私がちゃんとし続けていれば、いつかは私のことを、その分だけたくさん信頼してくれる。私はただ、私ができることをしていて、それが理由で優劣をつけるなんて先生はしないはず。先生は、私のことを理解してくれて
「ユウカ?」
先生がいつの間にか、私の目をまっすぐに見つめている。
「…今日は様子が少し変だけど、もしかして、疲れてる?」
「…だとしたら、先生のせいですね」
「うっ」
表情は変えないで、心にもないことを言うと、真に受けた先生がうめいた。
「ごめんね…最近、気をつけてはいるんだよ…我慢できるものは我慢してるし…」
「本当ですか?」
「本当だよ。だらしない大人だって、みんなに嫌われたくないからね…」
…。
…みんな?
「この前なんか、イオリに手厳しいことを言われてね」
「…なんだかんだ、許してくれると思ってるから、約束を破ってしまうんじゃないですか?」
「そんなことは…あるような、ないような…」
一呼吸おいて、
「大人として、これ以上、私を失望させないでください」
先生の返答がいつもより遅れた。
私の心臓が、音をたて始めた。
「…ユウカ?」
先生の心底驚いているような声に、私は思わず、顔を背けた。
黙り込む私に、先生は、愕然とした声色で呟いた。
「そこまで怒らせてたのか…」
先生はすぐに、椅子の向きをちゃんと私に向けて、しっかりと頭を下げてくれた。
「ごめん」
真剣な声。あまり聞くことのない先生のレアな声。
「だらしない私が全面的に悪かった。こっちを見てくれないかな…ちゃんと謝らせてほしい…」
「…」
「ユウカ…?」
「…私の言うことなんて、どうせ、うるさい小言でしかありませんよね?」
思ったよりも声が低くなった。
先生が、自分の頭をガシガシと乱暴にかいて、「…そう思わせてしまったのなら、ごめん」と、申し訳無さそうに言った。
「いいんです、こういうの、慣れっこですから。だって憎まれ役って、わたしの、いつもの役割じゃないですか?」
胸糞悪い。
どうして、こんなこと、してるんだっけ。衝動が溢れて止まらない。こんな、先生を困らせること…。
でも、だって、こうすれば、先生はきっと…。
「ユウカ」
私の手に先生の手が触れた。
大きくて、温かい感触。
「…ごめん。いつも憎まれ役をしているユウカのことをちゃんと考えられていなかった」
先生の真剣な声に、身体がゾクゾクと震える。
「無神経な振る舞いだったと思う。ユウカはいつも、みんなのために頑張っているのにね…」
私は、自分の顔を見られないように、そっぽを向いていた。
「いつも感謝しているよ」
手が、震えそうになった。
先生の手に力が込もる。もっと強く握ってくれていいのに…。
やっとのことで、私は言葉を振り絞った。出力が低くてささやき声になる。
「…いいんです。些細な、ことですから」
「ユウカのことを一番に考えている」
「…っ」
私の態度一つで。
こんな簡単に、欲しかった言葉が出てくる。喉がカラカラに渇いて、息苦しい。
今、私の頭は、醜い本音に支配されていて、先生が私を好きでいてくれていることがとても嬉しい…すごく、嬉しい。でも、同時に、先生のことが何よりも恨めしかった。だって…。
「…他の生徒の子よりも?」
冷たい声で、私はさらに問い詰めた。
「…そう、だよ」
「嘘ですよね?」
経験したことのない嫌な感情が私の胸の中を占めていて、私の頭はすっかりおかしくなっていた。私の方が傷つけられているような気さえしていた。
「私、先生の言葉を、信じられないです」
その言葉がどれだけ先生のことを傷つけるのか、私はよく知っていた。それなのに、私はそれを言い放った。
先生が押し黙る。
胃がきゅっと縮んで、心臓が早鐘のように鳴っていた。息が苦しい。嫌われてしまわないか、不安を抱いた。
先生が絞り出すように、つぶやいた。
「ご、めん…」
今までに聞いたことのないくらいに情けない声で、それが、愛おしくて、嬉しくて…。
死にたくなった。
私は歪みそうになる頬を掴んで、乾いた笑い声を立てた。こんな顔を先生に見せられなくて、ずっと俯いていた。自分のしていることが信じられないと思った。
最低。
「…私って、こんなに、嫌な人間だったんだ」
「…どうして、そう思うの?」
「私、他の子よりも、可愛げがないって、先生に思われてるから」
「そんなわけがない」
「それでも、先生のために…先生が後で、困らないように、って…私…」
「わかってる、全部わかってるよ…」
「…本当に?」
「私はユウカのことが大好きだよ」
先生のささやくような声が、いつもは触れられない先生の体温が、麻薬のように私の脳みそを溶かしていた。
先生。
私の、大好きな先生。
「…私も」
声がかすれていた。
心臓が高鳴っている。感情のタガが外れている。頭が馬鹿になっていた。でも、たまのワガママくらい、先生にきいてほしかった。もっと、私に、かまってほしかった。
思考能力はもう機能していなかった。
目が醒めたとき。身支度をしているとき、いつも、先生のことを思い浮かべる。今は何をしているのだろう。今日も先生に会えたらいいのに。
「私は」
大した用事なんてないのに、先生の声を聞きに行きたくなる。会えなかった日は寝る前に寂しくなる。こんな気持ち、初めて他人に抱いた。
いつも、いつも先生のことばかり考えている。
先生のことを、必死な目で見上げた。
先生の特別が、私は欲しかった。
「…先生のことが、大好きだから、ずっと、側にいたいんです」
はっきりと、口にした。口にしてしまった。
自分の言ったことが信じられなくて、先生と、目が合って、みっともないくらいに、自分の顔が火照るのがわかった。俯いて、指先が震えているのが、触れている先生の手に伝わってしまっていることが、恥ずかしかった。もう後戻りできないと思って、怖くなった。
「ユウカ…」
先生の、とびきり優しい声に、心臓が破裂しそうになった。
「大丈夫だよ」
先生の指先が私をゆっくりとさする。呼吸が、速くなる。
「何があっても、たとえ天地がひっくり返ったとしても」
胸が締め付けられて、先生の言葉を、ただただ、期待していた。
「ユウカは、私の大切な生徒の一人だからね」
冷静に考えれば、駄目なことくらい簡単にわかるのに。
「ユウカが元気になるまで、ずっと一緒にいるよ」
予想できたような、でも、本当には予想していなかった言葉。
…言わなきゃ良かった。言わなきゃ良かった。言わなきゃよかった。
私は、口を何度も、開けしめした。
「…あっ、そう、そうなんですか?」
声が裏返っていた。
「うん。私はユウカの先生だからね。だから」
「でも、先生、約束破るじゃないですか?」
「…ユウカ?」
先生の怪訝そうな声。
「先生って、ほんとに、だらしないから」
震える手で、先生の手を握る。
「そんなの、付き合って、あげられるの、私くらい、で」
必死に、すがるように先生の手を握る。
「だから、わたし、せんせいと」
「ユウカ」
先生の真剣な声。
「無理に話さなくていい。今日はもう仕事はやめにしよう。落ち着くまで側にいるから」
先生の心配そうな声が聞こえる。先生が私のことを見ている。
「温かいものを持ってこようか?きっと気分が楽になるよ」
先生の手が私の頭に触れて、優しくなでた。
「いつでも私はユウカの味方だよ」
ガンガンと痛む頭に、とろけるくらいに優しい言葉が囁かれた。
涙が床に落ちて、ようやく気がついた。私は泣いていた。反射的に手を向けて、ゆっくりと、袖で頬を拭おうとした。
「…あ、待って」
先生が慌ててハンカチを取り出しながら、そっと、私の腕を手にとった。
「…擦りすぎるとよくない」
されるがままに私は、大事そうに、頬の涙を丁寧に拭き取られる。滑稽なほどに真剣な先生の顔が、間近に見えた。
拭き終わると、先生はポケットに汚れたハンカチをしまった。そうして先生は私の顔をじっと見る。私の頭はぼうっとしていた。
暴れてやりたくなった。
私をとても心配そうに見守ってくれている先生。
もう一度、私の頭を優しく撫でてくれた。
「大丈夫だよ」
先生。
「ユウカはいつでも美人さんだからね」
先生が優しく笑った。
…私は、目を伏せながら先生の胸元へふらふらと、ぎこちなく額をくっつけて、こすりつけるように、それを押し付ける。
先生の、落ち着く匂いがした。
頭を、ぽんぽんと、優しく叩かれた。
…ハンカチじゃなくて、先生の手で、私の頬を直接触ってほしかった。
ちゃんと先生から私のことを抱きしめてほしかった。
先生の手を握りしめる力をこのまま強くして、誰の手も、握れないようにしたくなった。
「落ち着くまでそうしていいよ」
代わりに、私は先生の服の裾を強く握りしめた。力の限りに。思い切り。
「…」
私の理性が働いて、先生に謝ろうとした。くっついたまま、ささやき声になる。
「…すみません。今日はちょっと、疲れているのかもしれません」
いつもの声色を思い出しながら、喋っていた。
「…なんだか寂しくなって」
「…なんでも相談していいよ?ユウカからしたら、私は頼りない先生かもしれないけど…」
切ない。
苦しい。苦しい。苦しい。
先生のことが恨めしい。
疲れ切ったときみたいに、頭がぼんやりとしていた。
…もうどうなってもいいや。
「ユウカのためになるなら何だって…」
「先生…」
「…うん?」
「先生は、疲れると人恋しくなりませんか?」
「…そういうこともあるかもしれないね」
私はゆっくりと、先生へしなだれかかった。先生の体温を感じながら、胸元へささやく。
「…先生が私を抱きしめてくれたら、少しは元気になるかもしれませんよ」
先生はしばらく固まって、そのあと遠慮がちに、寄り添う私の背中へ手を回した。
そして、子どもをあやすように背中を叩いた。
「…」
先生の胸元に、皺ができる。
「…ユウカを心配してくれる人は、ユウカの周りにたくさんいるよ。もちろん、私を含めてね」
先生が、見当違いの言葉を、私に投げかけた。
「はい、先生」
服の皺が、深くなる。
先生。
先生…。
…。
…先生はどうしたら、私のことを、好きになってくれますか。
ねえ、先生。
終わり
ブルアカ始めたばかりだから読み込み足りないかも
スレタイのセリフの意味もわかってない
374774
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません