小牧嬉歌「間違ってたらアレなんだけど……何回目、なの?」 (67)

あらすじ
ウタちゃんはタイムリープに気付いてしまいました


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1701772945

注意
うたごえはミルフィーユのタイムリープもの
うたミルのオーディオドラマを聞いてください
https://youtube.com/playlist?list=PLRpMiFx6fhuEciHDxx5bvLuoMRerASdSQ&si=b59VbWSPF2R-0QpT

オーディオドラマ#19までの情報しか使っておらず、核心そうにみえても自分の創作です。
なんでタイムリープものかは、してミルVol.7の19分ぐらいから。

小牧嬉歌=ウタ
繭森結=ムスブ
古城愛莉=アイリ
近衛玲音=レイレイ
宮崎閏=ウルル
熊井弥子=クマ

それでは、投下していきます



「ほんと。時間が止まっちゃえばいいのに」

1 #14

手鞠沢高校 アカペラ部室

今、音が傷ついてる。

『ザザザ』みたいな音が聴こえる。

アカペラの最中でも気になる。

繭森結「…かん『ザザザ』なのに?ダメ……?」

そう、この音。

どこかで聞いたことのあるような音。

何かが擦れたような、音。

ムスブちゃんは絶対にこんな声出さないから、たぶん、私のせい。

私のせいじゃないなら……。

熊井弥子「わかる?ウタちゃん」

小牧嬉歌「……」

クマ「ウタちゃん?」

ウタ「……」

ムスブ「ウタァ!」

ウタ「ひゃい!な、なに、ムスブちゃん!?」

ムスブ「クマの話、聞いてた?」

古城愛莉「聞いてなかったねー」

近衛玲音「気になることでもある?今日は時々気が逸れてたから」

ムスブ「そうですか?」

宮崎閏「確かに。合わせの時もなんか気が抜けてたような」

ムスブ「言われてみれば、いつにもましてボケっとしてる気もする」

ウタ「私、いつもボケっとしてる?」

レイレイ「ムスブと比べればね」

アイリ「それも言っちゃおう、ウタちゃん」

ウタ「え、あの、気のせいだし変なことだから、また黙秘権を……」

アイリ「大丈夫、大丈夫」

レイレイ「言ってみて」

ウタ「最近、変な音が聞こえるんです」

クマ「変な……音……?」

ウルル「自分もはじめたばっかりだからさー、そこは許してよ」

クマ「私も……もっと綺麗にだせるように、がんばる……」

ウタ「あっ、違って、その、ザザザ、って音がする時があって」

レイレイ「ザザザ?」

ウタ「擦れたような、音が飛ぶような……」

アイリ「うーん?」

ムスブ「言いたいことはわかった。カセットテープが擦り切れるような感じでしょ」

ウルル「オムスビも聞こえんの?」

ムスブ「学校のチャイムと校歌。今時、カセットテープで流してるとか信じられない」

アイリ「歴史を感じるよねー」

ウルル「でもさ、今時そんなことある?」

レイレイ「カセットテープでは流してないよ」

ウルル「そうですよね、レイ先輩!」

レイレイ「カセットテープから古い機材で流したのを録音して、今の機材で流してるんだよ」

ウルル「なんて、ムダな。うちの高校、変なところ古くさいっスよね」

レイレイ「だから、カセットテープが劣化したような音がしてる」

クマ「そうなんですか……気にしてなかった」

ムスブ「ウタ、こんな感じの音が聞こえるわけ?」

ウタ「うん、そう。どこかで聞いたと思ってたから、わかってよかった。でも、聞いていいですか」

アイリ「どうぞー」

ウタ「カセットテープ、ってなんですか?」

アイリ「……!」

ウルル「うーたん、本気で言ってる?」

ウタ「あっ、存在は知ってます」

クマ「私も……聞いたことない、と思う」

レイレイ「ジェネレーションギャップってやつかな」

アイリ「そうかもねぇ」

ムスブ「いや、先輩と私達1学年しか違わないんで」

レイレイ「冗談冗談。アイリの家にカセットもプレイヤーもあったから」

ウルル「へー、アイリさんの家は物持ちいいんすね。オムスビは?」

オムスビ「うちの倉庫にたくさんある」

レイレイ「さすがだね」

ウタ「えっと、カセットテープって音が良くないんですか?」

アイリ「ううん。アナログだからCDよりも良いよ」

ムスブ「まぁ、プレイヤーとかにもよりますけど」

レイレイ「問題は劣化だね。名前の通り、カセットテープは磁気テープで録音して再生する」

ムスブ「長くて薄いテープをくるくる回転させて、音を読み取って再生してく」

ウルル「うーたん、わかる?これMetubeで出てきた動画ー」

ウタ「あー、なるほど、見たことある気がする。くるくる回る音と、あっ、擦れる音とかもしてる……」

アイリ「聞けば聞くほど、音が悪くなっちゃうんだよねぇ」

レイレイ「それこそ、擦り切れるほど聞く、の由来だから」

クマ「それは、私も使うかも……」

ムスブ「だから、貴重品扱いで聴かせてもらえない」

アイリ「私は勝手に聴いてたけどねー。ウタちゃん、わかった?」

ウタ「はい。カセットテープはわかりました。でも、何の話してたんでしょうか……?」

ムスブ「アンタが言い始めたんでしょうが」

ウタ「今は聞こえてないし、気のせい、なはず」

ムスブ「アンタがそれならいいけど。次からはちゃんと集中しなさいよ」

ウタ「うん、ムスブちゃん」

レイレイ「あ、そういえばもうすぐ夏休みだけど……」



夏休みのとある朝

ウタの部屋

私はカレンダーを確認する。

なぜなら、不安だから。

今日は……、仏滅だ。

色々気をつけないと、忘れものとか。

そうだ、家のカギ。

部活が終わる時間、お母さん仕事だから持っていかないと。

忘れないように、落とさないように、カバンの奥に入れて……よし。

行こう、部活。

3 #16

夏休みのとある夕方

手鞠沢高校 アカペラ部室

ウタ「あ、あれ……どこにいったかな……」

クマ「どうしたの、ウタちゃん」

ウタ「家のカギがなくて……あっ、あった。カバンのこんなところに」

クマ「カギ、探してたの」

ウタ「うん。今日は仏滅だから、落とさないように変なところにしまったから見つからなくて」

クマ「あって、よかった」

ウタ「クマちゃん、途中まで一緒に帰ろう」

クマ「うん」

レイレイ「また明日」

ウタ「はい、また明日」

4 #17

夏休みのとある日

手鞠沢高校 アカペラ部室

ウタ「ん……部長……?」

アイリ「はーい、今日の練習はお外でやりますよ~。出る準備して~」

ムスブ「ん?」

ウタ「……あ」

ウルル「えー、こんな暑いのになんでまた」

ウタ「だっ、だめです!人前で歌うには心の準備が!せめて前日に通告を!」

クマ「え……そうなんです、か」

ウルル「アイリさん、まだ何も言ってなくね?」

ウタ「え、あ、確かに」

アイリ「ウタちゃん、せいかーい」

レイレイ「ウタは察しがいいね」

ウタ「……あれ?」

アイリ「人前で歌うのに慣れるように、路上パフォーマンス、やりましょ~」

ウタ「あの、もしかして、駅前とか言わないですよ……ね?」

アイリ「お~、ウタちゃん、だいせいかーい。ほら、これ」

クマ「えっと、道路、使用許可書……」

ウタ「場所は東手鞠沢駅……駅」

ムスブ「おー、いいですね」

レイレイ「機材出しておくね」

アイリ「おねがーい」

ウタ「……あれ?」

5 #17

夏休みのとある日

街中 駅前

ウタ「……」

アイリ「みんな準備おっけー?」

ムスブ「もちろん」

ウルル「良いッスよ~」

ウタ「だっ……」

アイリ「だ?」

ウタ「ダメそうかと思ったけど、意外と落ち着いてます。歌えます、たぶん」

ムスブ「あんだけ、心の準備が1日だか1週間だか必要だとか言って騒いでたのに」

ウタ「なんか自分が落ち着いてることに私が驚いてる。こんなに人がいるところで、歌うのに」

ムスブ「なんか不気味だけど、まぁいい。無理にでも歌わせるつもりだったから」

ウタ「不気味よばわりされたし、とんでもないこと宣言された」

ムスブ「よし。クマ、いける?」

クマ「……」

ムスブ「クマ?」

クマ「無理無理無理無理……」

ムスブ「部長、少し時間取りましょう」

アイリ「うーん、そうしよっか」

ウルル「まったく、オムスビの態度の差はどこから生まれるのかねぇ」

ウタ「……あの」

レイレイ「どうしたの、ウタ」

ウタ「私も少し時間ください。クマちゃんが立ち上がるまででいいので」

ムスブ「いいけど、また何か心配事でも見つけてないでしょうね」

ウタ「なんか、待った方がきっといい気がするから」

ムスブ「はぁ?」

6 #17

夏休みのとある日

街中 駅前

ムスブ「ウタ」

ウタ「なに、ムスブちゃん?」

ムスブ「どうしたの、本当に?もう30分座って黙ったままで。落ち着きすぎて気持ち悪いんだけど」

ウタ「さっきも言われた」

ムスブ「クマと仲いいんだから、声でもかけてあげないの?」

ウタ「クマちゃんは大丈夫」

ムスブ「私だって、それは知ってる。それでも、助けてあげた方がいい時はあるでしょ」

クマ「~~~♪」

ムスブ「あっ」

ウタ「ほら」

ムスブ「……ウタ、行くわよ」

ウタ「うん、ムスブちゃん」

7 #18

夏休みのとある日

街中 駅前

ムスブ「その代わり、本番までもう一段ギアをあげて練習すること。わかった?」

ウタ「うん」

ムスブ「レイレイ先輩、帰りましょう」

レイレイ「はいはい。みんな帰るよ~」

ウタ「……」

ウタ「あの、レイレイ先輩」

レイレイ「どうしたの?」

ウタ「荷物をお持ちします」

レイレイ「そこまで先輩扱いはされたくないかな。ウタよりも力持ちだから、気にしないで」

ウタ「その代わりに、お話したくて」

レイレイ「それはずっとサービスで見返りはいらない。歩きながらでいい?」

ウタ「はい。もうすでに歩き始めたムスブちゃんに置いていかれてるので」

レイレイ「ムスブは迷いがないなぁ」

ウタ「あの、その、レイレイ先輩」

レイレイ「また悩み事?何でも聞くよ」

ウタ「私のこと、キライになりましたか」

レイレイ「……え?」

ウタ「いいえ、才色兼備のレイレイ先輩からすれば、私なんか虫けら同然の存在で、そんな殿上人が自分を好きになってくれてると思う方がおこがましいのはわかってます」

レイレイ「私はウタのことは好きだよ。ネガティブで扱いづらいところもあるけど、誰よりも周りを見ているウタとやるアカペラは心地良い。前にも言ったかな」

ウタ「はい、前に相談した時に」

レイレイ「まっすぐに歌うことが好きだと言えるウタは素敵だよ。キライになんかならない、むしろ好きなところをどんどん見つけてる途中だよ」

ウタ「でも、なんか、遠い気がして」

レイレイ「遠い?」

ウタ「もっとレイレイ先輩の歌声は近くで支えてくれるような気がしてたんです。前にここで歌った時はもっと。さっきはなんか、上手じゃないのはわかってるんです。でも、もっと上手く、上手くじゃなくて、楽しく歌えたはずな気がして」

レイレイ「えっと……」

ウタ「ごめんなさい。変なこと言って」

レイレイ「変なことは、いつも言ってるかな」

ウタ「ううぅ、重ね重ねすみません」

レイレイ「ウタ」

ウタ「はい」

レイレイ「その理由は私の方だと思う。ウタに寄り添えきれてないんだ」

ウタ「いえ、そんなことは」

レイレイ「今度、ふたりでゆっくり話そうか。ウタのこと、もっと知れたら、きっと変わると思う」

ウタ「……はい、そんな気がします。あっ、部長がレイレイ先輩を呼んでます」

レイレイ「はいはい、ただいま。ウタ、約束覚えておいて」

ウタ「はい、きっと」

ウタ「……」

ウタ「なんでだろう……何かやり忘れたことがある気がする」

8 #19

夏休みのとある日

手鞠沢高校 アカペラ部室

アイリ「じゃあ明日の本番に向けての意気込みを~……」

ウタ「あっ」

アイリ「代表して~……」

部長と目が合ってる。けど、指名されない気がする。

アイリ「ウタちゃん!と見せかけてムスブちゃんどうぞ!」

ムスブ「私?」

ウタ「ほっ……」

ウルル「うーたんの心臓は守られた」

ムスブ「えーと。そうだな……私が言いたいのは……」

ムスブちゃんは、本気でやりたいと言う。

ムスブ「本気でやりましょう」

上手く行かなかったときに。

本気じゃなかったって言い訳は、失礼な気がするから。

ウルル「……ぉぉぅ」

レイレイ「……」

ムスブ「ただの学校行事ですし、なにかのコンテストでもないし、勝敗がつくものでも点数がつくものでもないですけど」

あの音がする。

ムスブ「人前に立つ以上は、『ザザザ』。本気を出したと胸を張るのが」

ウタ「……自分と、自分の大切なものに対しての誠実さ」

ムスブ「最低限の誠実さだと思います。ウタ、何か言った?」

ウタ「ううん、なんにも」

私は知ってる。私は覚えてる。ムスブちゃんが何を言うかを。

ムスブ「どんなことだって、『ザザザ』、が必要だってわかってる?」

ムスブちゃんの、良いところを。

ムスブ「面白いですね。他の『ザザザ』、『ザザザ』、じゃないですか」

何度でもムスブちゃんは同じことを言うから。

何回でもこの時に。だから、忘れない。

どんなにテープが擦り切れても、聞こえてくる真っすぐで強い音色。

ウタ「わかった……」

この世界は、巻き戻ってる。

何度も何度も、繰り返してる。

何度も何度も巻き戻して、傷ついてる。

するべきだった大切なことをしないで、何度も何度も。

ムスブちゃんはきっといつだって、1回目だ。

それに比べて、私は。

本気だったって、言えるのかな。

繰り返せるから、どこかで本気じゃなかったかもしれない。

そう思うと、恥ずかしくて。

ザザザという音が消えて。

ウタ「えっ……」

意識が真っ暗闇に落ちていった。

------------ -------

9 #9

街中 カフェ

ウタ「はっ……」

クマ「小牧さん……?」

ウタ「えっと」

クマ「急にキョロキョロして……誰かいた……?」

背伸びしたオシャレなカフェ。クマちゃんとふたりきり。小牧さんと呼ばれた。

ウタ「さっき、部室に行ったよね」

クマ「え……そうだけど」

私の記憶だとさっきまでは夏休みの登校日前日だったのに、今はクマちゃんとはじめてのお茶をしている。

ムスブちゃんの言葉を覚えてる。

『自分と、自分の大切なものに対しての誠実さ』

私は悲しいできごとをずっと覚えておけるけど、本当はこういうことを覚えていたい。

大切なクマちゃんとの時間だから、時間が巻き戻るのは何故かとか考えるのはやめておいて。

大切なもののために、動いてみる。

ウタ「クマちゃん、もう注文した?」

クマ「ううん……まだ決まってない」

ウタ「クマちゃん。無理してオシャレなカフェにきて緊張してて、いつも周りの目を気にしてる私が言うのも変なんだけど、その、飲みたいものを飲もうよ」

クマ「……」

ウタ「迷ってるの、目立たない普通の注文にするかどうか、だよね」

クマ「……そう。なんで、わかるの」

ウタ「それは、えっと、そう!ネガティブ仲間だから」

クマ「わかった……じゃあ、これにしようかな」

ウタ「うん、いいと思う。私はこっちにする」

10 #14

手鞠沢高校 アカペラ部室

私は繰り返した記憶をもっている。

すごい有利、いわゆるボーナスモード。

でも、問題があって。

私は根っからのチキンなのだ。

違うことが起こるのが怖くて、前の記憶と同じように過ごしてしまう。

前の記憶が、正しい道だったとも限らないのに。

自分の行動によって何かが大きく変わってしまうのが怖い。

同じように過ごしても、まったく同じことは起きないのに。

たとえば、今日の練習とか。

レイレイ「おつかれさま。どう、初めてコーラスと合わせてみた感想は」

クマ「む、難しいです……」

自分は何度目かだから上手くできると思ってた。でも、違う。

ムスブ「……ふーーー」

ウタ「あの、ムスブちゃん……」

ムスブ「なに」

ウタ「うっ、ごめんなさい」

ムスブ「まだ何も言ってない」

ウタ「今日の練習……その……」

ムスブ「ウタは悪くなかった。ものすごく良いわけじゃないけど」

ウタ「ごめんなさっ……え、褒められた?」

ムスブ「でも」

アイリ「バラッバラだったよねぇ~」

ウタ「そうですよね……うまくできなかった」

うまくいかないように歌うつもりだったのに、前と同じにできなかった。

アイリ「ウタちゃんはボイパとベースがはじめて入ったのに、よく聴けて歌えてました」

ムスブ「そこは悪くない」

アイリ「ウタちゃんのリードは周りと調和するリード、もっともっと聴いて綺麗なミルフィーユになろうね~」

ウタ「は、はい……」

似たようで違う反省会が続く。

声だけで表現するから、同じものにはならないのがアカペラ。

きっと同じ時間を過ごしていないから、変わってしまったアカペラ。

本当に、上手く歌わないようにするのが正解だったのかな。

記憶の中のムスブちゃんの声がする。

『本気でやりましょう』

やっぱり、がんばってみよう。

登校日の本番がもっと上手く行くように。

ウタ「あれ……」

登校日がどうなるか、知らない?

11 #19

夏休みのとある日

手鞠沢高校 アカペラ部室

もっと上手く行くようにと思ったけど、ほとんど何もできずに登校日前日になってしまった。

前回よりもほんの少しだけ上手な気がするくらい。

自分もそこまで変わってない。

アイリ「学校のみんなに、私のつくったアカペラ部を自慢したいから」

部長は前も言ってた。記憶がある。

アイリ「だから、頑張るよ~」

ムスブ「面白いですね。他の音楽系の部活に自慢させてやろうじゃないですか」

そういえば『ザザザ』という音はあまり聴こえなくなった。なんでだろう。

アイリ「たすかる~」

ウタ「わ、私も、がんばります、できる範囲で!」

レイレイ「さすがリードボーカル。頼りにしてる」

ウタ「あぁ!レイレイ先輩!その言葉はプレッシャーが!」

心配だし緊張して吐きそうだけど、少しだけ本番は楽しみ。

だから……そっか。

なんとなく時間を巻き戻せる主人公の気分だったけど、きっと違う。

本番より前に巻き戻すの、私らしくない。

そもそも、本番が大失敗だったとしても成功になるまで失敗を繰り返すほど、私は勇気がない。

それなら、誰が。

何のために巻き返してるんだろう?

------------ -------

12 #12

街中 カフェ

ウタ「はっ……」

ムスブ「急に変な声出すなー。こっちは頭使ってんだから」

えっと、カフェでムスブちゃんに勉強を教えてる。

ムスブ「クマ、ごめん。もう一度お願い」

クマ「うん……わかった」

これも何回目だろう。

繰り返すたびに、ちょっとだけ、法則が分かってきた。

その1、登校日は迎えられない。

ウタ「あれ?」

その2、繰り返すごとに少しずつ違う。

ウタ「ウルルちゃん、なんでいないのかな」

ムスブ「はぁ、さっき言ったでしょ」

クマ「大学に行ってる……ブーメランの話で」

ウタ「ブーメラン?」

クマ「ブーメランの動画を大学の先生が見て……呼ばれたから」

ムスブ「ブーメランの話はもういい。クマ、これ教えて」

クマ「うん……これは……」

その3、私達はほとんど変わらない。

アカペラも距離感も、私が覚えているだけじゃ、大きく変わらない。

時間を巻き戻してる人とか原因は近くにいないのかも。

ムスブ「うーん……わからん」

クマ「聞き取りにくい……よね」

ムスブ「違う。耳はいいから、私の前でそんな心配しなくていい」

ウタ「悪いのはあた……いや、何でもない」

ムスブ「ウタ?」

ウタ「ごめんなさい、失言未遂でした」

大切な青春だから、ムスブちゃんにもクマちゃんにもテストの記憶なんて言わない。

4つ目、思い出すまでに何をやっていたかはわからない。

クマ「こんなところ……かな」

ウタ「交代するよ、クマちゃん」

ムスブ「よし、やる気のあるうちに続けて」

ウタ「わかりましたっ」

5つ目、記憶が戻る日はバラバラなこと。

今回は短いな。

でも、慣れた日常の繰り返しは心地よい。

そう、安心していたのに。

------------ -------

13 #19

夏休みのとある日

手鞠沢高校 アカペラ部室

ムスブ「自分の努力に対してだったり、ここに至るまでの決意に対してだったり、それは人それぞれだと思いますけど」

ウタ「はっ……」

今回は登校日前日だ。

こんな直前に記憶が戻ることもあるんだ。

ムスブ「自分と、自分の大切なものに対しての誠実さ、ですかね」

自分の大切なもの。

『ザザザ』とあの音が聞こえたような。

気づいた。

私の好きな声が聴こえなかった。

ウタ「べ、ベースは、誰がやるんですか」

レイレイ「え?私だよ」

クマちゃんが、入部してない。

ムスブ「助っ人も考えたけど、今回は自分達5人でやるって決めたでしょ」

ダメ、ダメだ。

今回はどうなったかはわからない。

自分が何をしでかしたのか、あるいは、しなかったのかわからないけど。

この時間は嫌だ。

ふっと、重力が消えたように感じて。

体と心がどこかに飲み込まれていった。

------------ -------

14 #6

手鞠沢高校 屋上

ウタ「あああああ!はぁ、はぁ……」

夕方の学校の屋上。午後の授業をまるまるサボった時に戻った。

ウタ「はぁ、ふぅ……」

まだ心臓が悪い鼓動をしている。

登校日前日の夜から、自然と巻き戻った時間のどこかに飛ぶのがほとんどだけど。

思い出す。

最初に気付いた時は、嫌な気持ちで記憶が閉じていったこと。

私が嫌な気持ちになると、巻き戻る……違う。

たぶん、そんな主人公じゃないから。

あきらめて繰り返した記憶を持つ自分を閉じてモブになる、そんな気がする。

ウタ「あ……」

クマ「だから……もう大丈夫だってば」

クマちゃんの声がする。

アカペラ部に入部しなかったクマちゃんは、どうやって夏休みを過ごしてたのかな。

それは寂しい……ううん、私が寂しい。

声の方に近づけば、どうなるか覚えてる。

でも、行かないわけにはいかない。

クマ「こんな声誰にも聞かせられるわけないでしょ!」

ウタ「うう……」

クマ「!?」

この言葉は、絶対にこのタイミングじゃない。

でも、抑えられない。

ウタ「私はクマちゃんと一緒にアカペラがやりたい!」

クマ「え……?」

仲良くもないクラスメイトが突然あだ名で呼んで変なことを大声で叫ぶ。

まぎれもない変人だ。

ウタ「私は、私は、クマちゃんにクマちゃんの声を好きになって、ほしい……」

涙がでてきて、声もかすれた。

クマ「……」

ウタ「ううう、うぁぁぁん!」

人前で、前触れもなく号泣する情緒不安定のやばいやつ。

あっけにとられていたクマちゃんが心配そうな目に変わったのがわかった。

こんなやばいやつから逃げることもなく、クマちゃんは屋上で私が落ち着くのを待ってくれた。

15

手鞠沢高校 屋上

クマ「落ち着いた……?」

ウタ「うん……」

クマ「何があったかはわからないけど……辛かったの……?」

ウタ「……ごめんなさい」

クマ「なんで、謝るの……?」

ウタ「声を聞かせたくないの、人前で喋りたくないの知ってるから」

クマ「……」

ウタ「変なこと言ってごめん。帰るね」

クマ「待って……」

ウタ「……」

クマ「小牧さん……話したいことがあるなら、聞くから」

ウタ「……どうして」

クマ「似てる気がするから……」

ウタ「まともじゃないと思われる話だけど、いいの」

クマ「もう十分に変だから……」

ウタ「クマちゃんから、変だと思われてるの忘れてた」

クマ「聞くだけしか、できないけど……」

ウタ「それでもいいから、話していいかな?」

誰かに話したかったことに、やっと気づいた。

16

手鞠沢高校 屋上

ウタ「っていう、ことなんだけど……」

クマ「……」

ウタ「信じない、よね……」

クマ「……本当か嘘かわからない。でも、本当だと信じる」

ウタ「信じてくれるの?」

クマ「小牧さん、嘘が下手そうだから……こんなに長い作り話できなさそう」

ウタ「うっ、その通りです」

クマ「私も、小牧さんと同じ時間を繰り返してるんだよね……」

ウタ「うん。思い出したり、した?」

クマ「ううん……何にも。私が歌うなんて……信じられない」

ウタ「タイムリープが分かっても記憶が戻るわけじゃないんだ」

クマ「……ごめんね」

ウタ「謝ることなんてないよ!聞いてもらえて、どちらかといえば本当よりだと思ってくれただけで十分だから」

クマ「……」

ウタ「……」

クマ「想像でしかないけど……小牧さんと仲良くなった自分も、同じだと思うから……」

ウタ「うん」

クマ「今日みたいに話して欲しい……きっと大丈夫だから……」

ウタ「クマちゃん……」

クマ「それ以外は……できないと思うけど」

ウタ「ありがとう、クマちゃん。元気でてきた」

クマ「繰り返すのを止めるの……がんばって」

ウタ「え?」

クマ「え……?」

ウタ「そっか。止められるかもしれないんだ」

クマ「映画とかなら、最初に考えるのに……」

ウタ「ネガティブな思考で固まって、流されるままになってしまうので」

クマ「それは……わかる」

ウタ「クマちゃんは、誰が何のために繰り返してると思う?」

クマ「わからない……けど」

ウタ「けど?」

クマ「私達に関係する人なのかな……」

ウタ「そっか……その可能性があるんだ」

クマ「小牧さんが話した1番違うことって……」

ウタ「クマちゃんがアカペラ部にいないこと」

クマ「そう……」

ウタ「どうしたらいいんだろう。知り合いを疑うのは難しいし……」

クマ「ごめんなさい……わからない」

ウタ「とりあえず、あまり露骨に動かないようにしてみる。怖いし」

クマ「……うん」

ウタ「ごめんね、変な話して。たぶん、繰り返すときにクマちゃんは忘れると思うから」

クマ「あの……小牧さん」

ウタ「なに?」

クマ「今日はまだ気持ちができてないけど……その……」

ウタ「……」

クマ「話してくれた記憶みたいに……後で、アカペラ部のこと聞かせて欲しい……」

ウタ「うん、クマちゃん!」

------------ -------

17 #11

手鞠沢高校 屋上

ウタ「はっ……」

屋上。クマちゃんがいる。

直前のループでタイムリープのことを話したクマちゃんも、アカペラ部に入部してくれた。

結局、誰がタイムリープに関係しているか分からなかった。

そして、登校日前日から今に戻ってきた。

今は、何時だろう?

勢いよく扉を開ける音がした。ムスブちゃんだ。

ムスブ「ウター!!クマー!!」

クマ「!!」

あっ、202位が発覚する時だ。

今回はクマちゃんも入部してる。

よかった。

また、がんばろう。

アカペラもムスブちゃんに勉強を教えるのも。

違ったことといえば、ムスブちゃんの中間テストの順位は199位だった。

勘でも当たったのかな。

ザザザ、って音は聴こえた気がするけどたぶん気のせい。

18 #13

手鞠沢高校 アカペラ部室

ムスブ「……38点!」

この点数だったら大丈夫。今回もムスブちゃんは赤点回避。

クマ「学年平均……ろ、68点」

ムスブ「ということは!?」

ウルル「おー、セーフだ」

ムスブ「しゃあっ!!」

何回も聞いてるけど改めて聞くと凄い声だしてる、ムスブちゃん。

レイレイ「あ、そういえばアイリはどうだったの?」

先輩たちの会話も聞こうと思えば、聞こえることもわかった。

部長は85点を狙うとかいう貴族の遊びをしている。

アイリ「レイレイは?」

レイレイ「5位」

アイリ「お腹の調子でも悪かった?」

レイレイ「頑張り切れてない。本気の人には、敵わないんだよ」

アイリ「ううん。レイレイは頑張ってる」

レイレイ「ありがとう、アイリ」

前は2位だったような。本当にお腹の調子が悪かったのかな。

ムスブ「いくぞ!!」

ムスブちゃんは大丈夫。きっと同じ点数で赤点は回避してる。

ムスブ「ハイ!32点っ!!」

ウルル「くー、びみょいなーー」

クマ「数Iの学年平均……63点」

平均点も変わってない。ムスブちゃんは毎回頑張って赤点を回避できる。

私も頑張って教えられた。自分のできる限りで精一杯。

ムスブ「……え、あ?」

ウタ「ギリギリセーフだよ、ムスブちゃん」

あれ?

ムスブ「よっ……シャーーー!!!」

なんで、レイレイ先輩と目があったんだろう。

ムスブ「気合入れていきましょう、初ライブに向けて!」

ウタ「お~~」

ウルルちゃんはそれとなく現社の勉強を促せば赤点は回避できるから、これも大丈夫だった。

物理攻撃も解禁されない。

期末のたたかいのゆくえは無事に終わり。

レイレイ「ウタ」

ウタ「はい?」

レイレイ「少し話せるかな」

ウタ「え、はい。なんですか」

レイレイ「アイリ、少し外すよ」

アイリ「はーい。ちゃんと戻ってきてねー」

レイレイ「ウタ、行こうか」

ウタ「え、あ、はい」

繰り返してもいつも同じなわけじゃない。

テストの時にお腹が痛かったレイレイ先輩は、偶然目があったから話したいことを思いついたのかもしれない。

19

手鞠沢高校 屋上

レイレイ「たまには屋上もいいね」

ウタ「私はクマちゃんと良く来ます」

レイレイ「クマを勧誘したのも、ここだったね」

ウタ「はい。なので、縁起が良い場所というか」

レイレイ「そう」

ウタ「あの……何かご用事でしょうか」

レイレイ「用事がないと話しちゃいけないかな」

ウタ「いえ、滅相もございません!ですが、私が心配になってしまうもので」

レイレイ「何の心配?」

ウタ「それは色々と」

レイレイ「ムスブの赤点は心配してなさそうなのに?」

ウタ「……え?」

レイレイ「ねぇ、ウタ」

ウタ「……」

血の気が引くのがわかる。

今の私は美白の部長よりもきっと顔が白い、白いを通り越して土の色をしてると思う。

レイレイ「間違ってたらごめんね」

レイレイ先輩はきっと間違えない。

レイレイ「ウタは何回目?」

終わった。

ふたりきりの屋上。中性的で長身の美少女。確信をもって追い詰める質問。

ウタ「け……」

レイレイ「け?」

ウタ「消さないでください!!」

レイレイ「消す!?」

ウタ「タイムリープしてるのがばれた一般人は消されるのが定番です!レイレイ先輩、一生のお願いです!」

レイレイ「……」

ウタ「うぅぅ、美人に黙って睨まれるとこんなに心臓が冷たくなるんですね……」

レイレイ「ウタ」

ウタ「命だけは……お恵みを」

レイレイ「流れるように土下座されると困るなぁ。ウタ、いいから」

ウタ「はい。何なりとお申し付けください」

レイレイ「じゃあ、話そう。隠し事はなしだよ」

ウタ「……はい」

レイレイ「私とウタは同じだと思うから」

20

手鞠沢高校 屋上

ウタ「同じです、ね。タイムリープを自覚してて」

レイレイ「そうだね。タイムリープをする前の記憶もある、全部じゃないけど」

ウタ「記憶が戻る時間は、いつも違う」

レイレイ「そうだね。タイムリープは今年の4月頃に戻ってるみたいだね。記憶が戻るのはそれ以降だから」

ウタ「そ、そうですよね。同じなはずなのに気持ち悪くて」

レイレイ「4月頃に戻って、終わりは」

ウタ「登校日前日」

レイレイ「それも同じかな」

ウタ「あの、隠し事はなしですよね」

レイレイ「うん。私も隠し事はしない」

ウタ「期末テストが5位だったのは、お腹の調子が悪かったからですか」

レイレイ「そこなの?ううん、お腹は痛くなかった。今回は頑張らなかっただけ」

ウタ「そうなんですね」

レイレイ「アイリが心配してくれるかと思って」

ウタ「レイレイ先輩、意外と楽しんでますか」

レイレイ「そうだね。私からも質問。ウタはタイムリープを望んでる?」

ウタ「……それは、その。する前はやり直したいと思うことが多々ありましたが。何度も繰り返すことで先のことがわかり、心の安定を得たので何回かは良いと思ったのですが」

レイレイ「今は?」

ウタ「レイレイ先輩は、高校1年生の春とかいう生活が変わってストレスがかかるイベントが多発する時期をネガティブな臆病者が繰り返したいと思いますか」

レイレイ「ウタには厳しいね」

ウタ「不安だけど、登校日に人前で歌うのを楽しみにしてる自分もいて……それと」

レイレイ「それと?」

ウタ「いつも全力なムスブちゃんに申し訳なくて」

レイレイ「……」

ウタ「私達がこんなことしているのに、ムスブちゃんはいつも初めてを全力でやってて」

レイレイ「うん。私もそれは同意する」

ウタ「……なんなんだろ、私って」

レイレイ「ウタは何回もクマを誘ってる。いつだって、ウタはウタなりに頑張ってるよ。そんなに自分を卑下しない」

ウタ「レイレイ先輩も、タイムリープの要因でもタイムリープの実行者でもないんですよね……?」

レイレイ「そう。ウタと同じ、たまたま気づいてしまった傍観者」

ウタ「いつから、私もタイムリープしてることに気付いてたんですか」

レイレイ「なんとなくそんな気はしてたけど、確信したのはついさっきかな」

ウタ「う、ムスブちゃんの点数報告であまりにも落ち着いてたから?」

レイレイ「そう。もっと吐きそうなくらい緊張してたのに」

ウタ「あれ、でも、それなら、もっと前に話かけても……」

レイレイ「……」

ウタ「レイレイ先輩?」

レイレイ「ねぇ、ウタ」

ウタ「……」

レイレイ「タイムリープを引き起こしてるのは、誰だと思う?」

ウタ「それは……実はわからなくて」

レイレイ「私とウタがタイムリープに気付いて、ほんの少しだけアカペラ部の様子は変わってる。アカペラ部に関係する人物が原因だと思うのが自然だよ。そして、時間が止まっちゃえばいいのに、というのも聞いたことがある」

ウタ「……」

レイレイ「タイムリープを引き起こしているのは……アイリだよ」

21

手鞠沢高校 屋上

ウタ「部長、ですか……?」

レイレイ「そう」

ウタ「うーん……何度目でもいつも同じような」

レイレイ「ウタは、アイリが考えてることわかる?」

ウタ「いえ、まったく。生物としてのステージが違うので」

レイレイ「私にもわからない。本当は、何を思ってるのか」

ウタ「……レイレイ先輩も、ですか?」

レイレイ「そう。私が一方的に好きなだけだから」

ウタ「そうなんですか?」

レイレイ「うん。同じ行動同じ言葉でも、本心はわからない」

ウタ「自分で言うのも難ですが、こんなやつを何度も何度も同じ方法で誘うのは苦行では」

レイレイ「苦行ではないかな。アイリは、楽しんでやってるよ」

ウタ「それはそれで……」

レイレイ「この春、アイリは本当に楽しそうなんだ。面白くて一生懸命な後輩が入ってきて、自分のアカペラバンドを組めた。ウタ、聞いたことない?」

ウタ「何を、ですか」

レイレイ「アイリが、時間が止まることや永遠にこの時間が続くことを願っていること」

ウタ「えっと、聞いたことがあるような。すみません、結構な回数を繰り返してるので」

レイレイ「私はアイリの言うことはほとんど覚えたよ」

ウタ「何度も聞けば覚えてるので、そんなに聞いてないと思います」

レイレイ「私は毎回聞くよ」

ウタ「なんで、ちょっと自慢そうなんだろう……」

レイレイ「アイリがこのループを望むのなら、私も同じことを望む」

ウタ「……あれ?」

レイレイ「アイリが望むなら、この青春をずっと続けさせてあげたい」

ウタ「あの、すみません」

レイレイ「なにかな」

ウタ「さっきから、逆に聞こえてて」

レイレイ「……」

ウタ「レイレイ先輩」

レイレイ「ウタは、本当によく見てるね」

ウタ「その、心配性なもので……」

レイレイ「アイリが望んでこの時間を繰り返してると、ずっと思ってた。なのにね」

ウタ「……」

レイレイ「アイリが何故か寂しそうな顔をしてるのを、見るんだ」

22

手鞠沢高校 屋上

ウタ「……」

レイレイ「最近、時間じゃなくて回数の最近、見るんだ」

ウタ「……えっと」

レイレイ「本当に、アイリは望んでいるのかな」

ウタ「直接聞けば……」

レイレイ「……聞ける?」

ウタ「……聞けません」

レイレイ「怖いよね」

ウタ「……はい」

レイレイ「何かすると、誰かの大切な青春を壊してしまいそうで」

ウタ「わかります」

レイレイ「ウタが、アカペラ部を大切にしてくれて壊さないようにしているのはわかってる」

ウタ「レイレイ先輩も、同じですよね」

レイレイ「うん。アイリももちろんだけど、みんなは大切な後輩だから」

ウタ「……」

レイレイ「私はアイリとの日常を、1つも壊したくない。アイリの気持ちを変えたいとも、変えられるとも思ってない。ねぇ、ウタ」

ウタ「はい」

レイレイ「どうしたら、いいのかな」

ウタ「……」

レイレイ「……ごめん。私が決めるべきだよね」

ウタ「い、いえ!そんなことは、えっと、その、そうだ。レイレイ先輩、覚えてますよね」

レイレイ「何を?」

ウタ「部長とレイレイ先輩で、ご飯に行ったこと」

レイレイ「うん。今回はまだだけど」

ウタ「私はカギを忘れて、行く予定もないストレスのかかる食事会に行くことになるわけですが」

レイレイ「そんなにストレスだった?」

ウタ「いえ、実際はそんなことはなく。行って良かったと思います」

レイレイ「記憶が戻っても、カギを忘れたフリをしてくれてたんだ」

ウタ「いえ、その日は絶対に持って行かないです。持ってるとそのイベントをとっさに避けてしまいそうなので」

レイレイ「大胆なのか弱気なのか判断しかねるなぁ」

ウタ「その、言いたいことはですね、えっと、そういうことも必要なんです」

レイレイ「そういうこと?」

ウタ「タイムリープで記憶が戻ってないことを自覚してなくて、カギを忘れない時もあったんです」

レイレイ「そうなの?その時は、自分の記憶は戻ってなかったのかな」

ウタ「私にとって不安だし、緊張することですけど、なかったら……」

レイレイ「大きく未来が変わった、とか」

ウタ「大きな変化じゃないんですけど、レイレイ先輩と距離を感じて」

レイレイ「そうかもね。ウタのことを知ってるようで知らないから」

ウタ「だから、その、私が言うのもおこがましいのは承知なんですけど。その……」

レイレイ「言ってみて」

ウタ「相手に変に思われたり、ちょっと傷つけちゃったり、そういうことも、必要なんです。アカペラには、特に」

レイレイ「……」

ウタ「いえ!その、相手を傷つけて快楽を得ているサディスティックな趣味があるというわけではなく!私はそんなこと一つもしたくないですけど、きっと必要なことで」

レイレイ「ウタは、すごいね」

ウタ「え?」

レイレイ「1回目のウタなら、きっとそんなことは言わない。それでも、きっと未来のどこかで言える日が来ると思う」

ウタ「……」

レイレイ「ウタと違って、私は止まったまま。何度繰り返しても、停滞してる」

ウタ「私は、レイレイ先輩に変わって欲しくないです」

レイレイ「……ありがとう、ウタ」

ウタ「部長に、聞いていいですか。タイムリープのこと。レイレイ先輩は聞きづらいと思うので」

レイレイ「……わかった。ディナーの時にしよう」

ウタ「話芸が苦手なので、直接的に聞いてしまうことになると思いますが」

レイレイ「そこは練習しようか」

23 #16

夏休みのとある夜

ファミレス 店内

私はいつもの通りにカギを家に置いてきて。

部長とレイレイ先輩と私でファミレス。

部長はドリアを、今回も楽しそうに食べていた。

レイレイ先輩と入念に打ち合わせした、合図は何度も聞いたレイレイ先輩の言葉から。

レイレイ「そういえばウタから聞きたいことないの?」

この言葉。部長のことを知るために聞かないと。練習の通りに。

ウタ「部長に聞きたいことがあって」

アイリ「なになに?何でも答えてあげちゃう」

ウタ「ガーネットのことなんですけど」

レイレイ「良い歌だよね」

ウタ「どうして、ガーネットなんですか」

アイリ「映画を見て良いな~、って思ったから」

レイレイ「後輩が興味もってくれてるんだから広げなよ。もう少し詳しく」

ウタ「はい、聞きたいです」

アイリ「映画、よかった?」

ウタ「はい。あんな青春は送れそうもないけど絵も綺麗で面白くて」

アイリ「うん。だから、いつか誰かと歌おうと思って」

ウタ「誰かと?」

アイリ「そう誰かと。ウタちゃんがリードになってくれて、うれしいよ~」

ウタ「……」

アイリ「あとは、アップテンポにアレンジしたら面白そうかな、って」

ウタ「あっ、それはすごくいいと思います!」

アイリ「でしょ~」

レイレイ「うんうん。アイリはすごいんだ」

ウタ「その、あの映画、タイムリープがテーマでしたよね」

アイリ「そう。名作の再々映画化」

レイレイ「……」

ウタ「部長は、タイムリープできたらなぁとか思いませんか。私はもう何度もやり直したいことが山積みで」

アイリ「ウタちゃんはすぐにタイムリープの回数を使い切っちゃいそうだねぇ」

ウタ「はい。自分でもそう思います。自分で決められなくてよかったです」

アイリ「ウタちゃん、私はやり直したいことなんてないよ」

レイレイ「え?」

アイリ「どうしたの?そんな意外だった?」

レイレイ「い、いや、そんなことない」

ウタ「えっと、そうなんですか?タイムリープできたらあれしたいこれしたいとか考えませんでした?」

アイリ「考えたよ。でも、私にはいらない」

レイレイ「でも。この前、時間が止まっちゃえばいいのに、って」

アイリ「それも本当」

ウタ「それも本当?」

アイリ「レイレイには言ったけど、最近すごく楽しいよ。ウタちゃん達も入ってくれて、自分のアカペラバンドが組めて、こういう時間を待ってた」

ウタ「なら、繰り返したいと思ったりは」

アイリ「しない。ずっと続いてほしい。でも、ずっと同じは楽しくないでしょ」

レイレイ「……」

アイリ「それに」

ウタ「それに?」

アイリ「そんなこと起こらないから、私はそう感じるの」

ウタ「……!」

アイリ「特別で大切な日を、みんなで歌えて嬉しい。そして、立派なミルフィーユができるのを楽しみに待ってるんだ~」

ウタ「部長……」

アイリ「ん?なんか不思議な顔してる」

ウタ「レイレイ先輩!」

レイレイ「……うん。わかってる」

アイリ「どうしたの、レイレイ。泣きそうな顔して」

レイレイ「ううん、何でもないよ」

ウタ「部長はタイムリープしてないんですね」

アイリ「え?ウタちゃんはしてるの?」

ウタ「はい。実は」

レイレイ「実は、私も」

アイリ「ふたりでドッキリ?」

ウタ「なんか部長にウソは通じそうもないので、本当です」

アイリ「あっ、最近ふたりでコソコソ話してたのこれ?」

ウタ「こっちはバレてた」

レイレイ「ははっ、アイリには敵わないね」

アイリ「どうしたの、ふたりとも。変なのー」

レイレイ「ねぇ、アイリ。私からも聞いていいかな」

アイリ「ゆるしましょう」

レイレイ「2年生になってから、やり直したいことは本当にない?」

アイリ「うーん、たくさんあるよ。でも、やり直さない」

レイレイ「うん。私の好きなアイリだ」

アイリ「私もレイレイ好き~」

ウタ「告白?」

アイリ「もちろん、ウタちゃんのことも好きだよ」

ウタ「違った」

24 #16

街中 夜

レイレイ「ウタ」

ウタ「良かったですね、レイレイ先輩」

レイレイ「うん。言っておきたいことがあるんだ」

ウタ「はい」

レイレイ「私は記憶が戻ることは少なくなると思う。意思を強く持ってないと戻った記憶もなくしてしまうみたい」

ウタ「……それは、経験があります」

レイレイ「アイリが原因じゃなくてよかった。気持ちも聞けた。私は、もう望むことはないよ」

ウタ「じゃあ、この時間から抜け出せるように……」

レイレイ「ううん。それは、ウタが決めていい」

ウタ「え……」

レイレイ「任せたよ、ウタ」

ウタ「……はい」

アイリ「またコソコソ話してる、仲良しでずるーい」

レイレイ「私とアイリほどじゃないから。あ、来たみたいだよ」

------------ -------

25

手鞠沢高校 某所

レイレイ先輩と一緒に部長の本心を聞いて。

時間は巻き戻る。

レイレイ先輩は、なんであんなこと言ったんだろう。

私は……。

『ザザザ』って音が聴こえた気がする。

ウタ「って、ここどこ!?」

ムスブ「まーた変なことを……どこって部室だけど」

ウタ「部室、何部の!?なんでギター持ってるの!?」

ムスブ「軽音部。ギターなのは、私がアンタにボーカルを譲ったからでしょうが」

ウタ「ケイ、オン、ブ……」

ムスブ「でも、ギターって悪くないわ。これ1本で歌う場所を作れるから」

ウタ「あっ……あぁ……」

ムスブ「変なこと言ってないで、練習するわよ。こっちは楽器は初心者で、アンタは音楽も初心者なんだから」

何がどうなったらこうなるかわからないけど、レイレイ先輩、あのように言ってくれてありがとうございます。

この世界線で続けるのは無理……。

------------ -------

26 #7

手鞠沢高校 アカペラ部室

アカペラ部室だ、よかった。

レイレイ先輩が言ってくれてよかった、選んでいいって。

さすがにあのまま未来に行きたくない。

私は、みんなとアカペラがこの先もしたい。

ちゃんと最初みたいな世界線を保ちつつ、タイムリープの原因を突き止める……。

それって、すごい難題では?

ウタ「……」

レイレイ「ウタ」

ウタ「……あっ、はい」

レイレイ「悩み事?練習中、心ここにあらずって感じだったね」

なんとなくこのレイレイ先輩は記憶が戻ってない気がする。

この会話は、クマちゃんのことを相談する時だ。

ウタ「えっと、ごめんなさい」

アイリ「青春の悩み事は先輩に相談するものだよ~」

先輩達は優しい。

何度も何度でも相談するたびに、勇気をもらえる気がする。

だから、まずは大切な思い出を続けよう。

いつでも、先に進んでいいように。

------------ -------

27

某所

大切な思い出を続けたいのに、こんなのってないよ。

ウルル「オムスビってさ、そういう真っすぐなところあってさ、それが……いや、なんでもない」

無理に明るくつとめようとするウルルちゃん。

『ザザザ』という音を聞いた。こんなに鮮明に聞こえたのは久しぶり。

きっと無理に曲げられた世界が傷つく音、そんな気がする。

クマ「……」

心配そうな表情でキョロキョロとあたりを見回すクマちゃん。

アイリ「……」

この世に絶望したみたいに眼の光がなくなって、何も話さない部長。

綺麗なのに生気がなさすぎて作り物みたい。

レイレイ「アイリ……」

自分の悲しさと部長の心配で、いつもの余裕がなくなってるレイレイ先輩。

遺影のムスブちゃんは、手鞠沢高校の制服で仏頂面。

4月にとった集合写真かな。

たまたま、いつもより少しだけ遅く帰って。

帰る途中に道に飛び出した子供を助けて、自分は事故にあったムスブちゃん。

ひとつも躊躇しなかった、って話を聞いた。

面白くないドラマの筋書きみたいなのに、これが現実。

少しだけ何かがズレれば、簡単に人は死んじゃう。

悲しいできごとをずっと覚えておけるのが特技だから、きっと。

ずっと忘れない。

ずっと忘れないで、みんなで私の未来を迎えるんだ。

------------ -------

28 #15

手鞠沢高校 アカペラ部室

夏の朝の香りがする。

いつも通りの、大切な、アカペラ部室。

クマちゃんとウルルちゃんが一緒に登校してきて。

アイリ「ふたりとも50ポイントあげちゃう!」

部長がポイントをくれる。

部長はこのポイントを意外と覚えてるのは知ってる。

ムスブ「お、揃ってる……」

ウタ「ムスブちゃん……」

ムスブちゃんは目の前に現れた。

悲しいことは忘れずに覚えてる。

ムスブ「おはよ」

ウタ「……」

ムスブ「どうしたの、朝から辛気臭い」

ウタ「ムスブちゃん!」

アイリ「急に抱き着いて仲良しさんだね~」

ムスブ「え、な、急になんなのよ」

ウタ「……ごめんなさい」

ムスブ「謝ることなんてないから」

ウタ「……」

ムスブ「……ふぅ。アンタが冗談でこういうことしないのは知ってる」

ウタ「……えっ」

ムスブちゃんは優しく抱き留めてくれて、私の頭をなでてくれた。全然慣れてない手つきで。

ムスブ「悩みすぎなのよ、アンタは」

ウタ「……自分でもそう思う」

ムスブ「私は、ウタの悩みは一切分からない。けど、勝手に泣いて勝手に話して解決するなら付き合うから」

ウタ「……ムスブちゃん」

ムスブ「いや、違うか。歌いたいなら、いつでも付き合うから。アンタにはそれがいいでしょ」

ウタ「うん。あの、ムスブちゃん。部活に誘ってくれて、ありがと」

ムスブ「誰でも誘うから、あんなに歌いたそうな顔してたら」

ウタ「登校日の発表、がんばろうね」

ムスブ「もちろん。ほら、もういいでしょ」

ウタ「妙に安心するので……もうちょっと」

ムスブ「私はアンタのぬいぐるみじゃない。ほら、練習はじめるわよ」

ウタ「うん」

------------ -------

29 #5

手鞠沢高校 アカペラ部室

また何度か繰り返して、分かったことがある。

いや、核心が分かったわけじゃないんだけど。

『ザザザ』という音は何かが大きく変わってしまった時に聴こえるらしい。

例えば、誰かが入部していなかったり。人生が大きく変わってしまうようなそんなこと。

あまり聴こえてないということは。

タイムリープを引き起こしてる人も、そんなに変えたくないと思ってるのかな。

アイリ「……ムスブちゃん、話してくれたよね。わざわざ部活に入る理由」

ムスブ「……それが何か」

このこと、私はとっても気になるけど、今は聞いてはいけない。

私達の世界が傷ついて、アカペラもあの音で傷ついてしまうのは嫌だから。

ムスブちゃんから直接話してくれる日が来て欲しい。

------------ -------

30 #8

手鞠沢高校 屋上

壊さないように何度も何度も繰り返す。

ウタ「これでいいのかなって、予感はするから」

クマちゃんへの気持ちは本心だから、何度言ってもウソじゃない。

クマ「予感……」

ウタ「私みたいな人間には、そういう予感で十分だから。熊井さんにも感じてほしい。アカペラならって、思うから」

流暢に言えるたびに、それでいいのかな、と思う。

クマ「……でも……」

クマちゃんは聞いてくれる。

最初に本心を打ち明けた私を褒めてあげたい。でも。

ウタ「話してみてもいきなり誘うのは無理だと思うから、あの……」

今はセリフをなぞってるだけなのか、本心なのか、ちょっとわからなくなってきた。

これで、いいのかな。

本当は何もかも変えくなった自分が、タイムリープを繰り返してたりしないかな。

ううん。そんなはずない。だから、私はもう一度大切な日々を、同じように、繰り返す。

ウタ「友達からお願いします!」

------------ -------

31 #1

手鞠沢高校 軽音部室前

戻ってきた。今はいつだろう……。

ムスブ「ねぇ」

ウタ「はっ……後ろから、急に話しかけるのは……」

思い出した。まだ暖かくなりきらない春の空気。

ここは軽音部室の前。

こんなに前に戻ったの、はじめてな気がする。

ムスブ「アンタ昨日も来てたよね?……それ入部届け?」

ウタ「あっ……あの……」

こんな時に戻ると思ってなくて準備してなかった。

手には軽音部への入部届。

私は何をするんだっけ……。

ムスブ「渡しといてあげようか?」

ウタ「入部届……」

ムスブ「うん」

入部届をビリビリに破いて逃げ出す、これが私のやったこと。

ウタ「……」

ムスブ「どうしたの」

する必要はないよね。アカペラ部には、そんなことしなくても入部できるはずだから。

ウタ「……違います」

ムスブ「そう?」

ウタ「ごめんなさい」

ムスブ「なんで謝る……まぁ、別にいいけど」

入部届を折ってポケットに詰め込んで、軽音部室前から逃げた。

32

手鞠沢高校 1年3組教室

あれから2週間。

入部届の予備は相変わらず残ってる。

軽音部室前に毎日通ってないから有名になってない。

『ザザザ』という音は聴こえないから、そこまで時間に傷をつけてないはず。

自分で変なことをして、人に見られてストレスを感じて、それなのに影響がない。

なんだったんだろう、あの2週間。

それに、時間と心のムダがなくなって、見えてくるものもあった。

目立たないように、人と関わらないように、声を出さないようにしている、クマちゃん。

少しでもクラスを見ていたら、きっと気づけたはずなのに。

どことなく似た雰囲気があって、寂しそうにしてるから、もっと早く友達になれたかも。

タイムリープしてなければ……そうしたかったな。

別の部活に誘ってくれる同じクラスの人もいて。

軽音部をすぐに辞めた歌が上手な1年生のウワサも聞いた。

学校でも有数の美女2人が作ったアカペラ部があるのも、クラスの誰かが話してるのを聞いた。

……私の名前は小牧嬉歌。手鞠沢高校一年生。今はぼっちの帰宅部。

好きなものはうたうこと、本当はうたって青春を過ごしたいこと、そんなこと誰も知らない。

こんな自分を部長は探しに来ないだろうから。

行ってみようかな、アカペラ部室。

入部届、書いて持っていこう。

33 #2

手鞠沢高校 アカペラ部室前

アカペラ部室の前まで来たはいいけれど、緊張してきた。

よく考えたら、こっちは知ってるけど向こうは初対面なのだ。

しかも、あのウワサ通りの変人ということすら知らない。

ウタ「はぁ……ふー……」

呼吸を整えていたら。

ウタ「あ……」

ピッチパイプの音が聴こえた。変な笛じゃないのは、ずっと前から知ってる。

ムスブ「~~♪」

アカペラ部室の扉に近づいて、耳を傾ける。

アイリ「わん、つー、わんつーすりー」

部長とレイレイ先輩と、ムスブちゃんのアカペラが聴こえる。

最初に聴いた時も思った、歌がうまいし3人しかいないのに音に厚みがある。

こんなにキレイだったんだ。

部長もレイレイ先輩も、ムスブちゃんも上手。

そして、楽しそう。

この時なら、ムスブちゃんと先輩達はお互いをそんなに知らないはずなのに。

ウタ「……いいなぁ」

今なら、もっとキラキラした場所を選べるかもしれないけど。

私のいたい場所は……きっと……。

ムスブ「ねぇ、アンタ」

ウタ「ひゃい!いつの間に!」

ムスブ「そんなところいないで、入りなさいよ」

ウタ「え?」

ムスブ「そんな羨ましそうな顔して、放っておくのは気持ち悪いから」

ウタ「……」

ムスブ「どうすんの?」

ウタ「お、お邪魔します」

ムスブ「部長、見学者でしたよ」

34 #2

手鞠沢高校 アカペラ部室

レイレイ「いらっしゃい」

ウタ「こ、こんにちは」

アイリ「新入部員候補?」

ムスブ「知りませんけど」

レイレイ「知り合い?」

ムスブ「会話できることは知ってます」

ウタ「え、えっと」

アイリ「緊張するよね。自己紹介しようか」

レイレイ「そうだね」

アイリ「まずは私、2年生の古城愛莉です。アカペラ部の部長をしております」

ウタ「ど、どうも……」

アイリ「じゃあお次は副部長のレイレイ!」

レイレイ「同じく2年生の近衛玲音だよ。よろしくね」

ウタ「よ、よろしくお願いします」

アイリ「最後に、ムスブちゃん!」

ムスブ「繭森結。アンタと同じ1年生。よろしく」

ウタ「……」

ムスブ「じっと眺められると困るんだけど」

ウタ「あっ、ごめん。よろしくね」

ムスブ「うむ」

レイレイ「初対面なのに力関係がわかるね」

ムスブ「アンタは?」

ウタ「私?」

ムスブ「アンタの名前。私たちは自己紹介したでしょ」

アイリ「趣味とか好きなものとか知りた~い」

レイレイ「もしかして、アカペラ好きとか」

ウタ「……えっと」

ムスブ「……」

ウタ「小牧嬉歌です。1年生です」

レイレイ「ウタ。いい名前。歌うために生まれてきたみたいだね」

ウタ「ありがとうございます。れいれ……近衛先輩」

レイレイ「レイレイでいいのに」

ウタ「趣味は、縁起の良いものを集めることで……とてもネガティブなので」

レイレイ「悪いことじゃない」

アイリ「それじゃあ、好きなものは?」

これは何度繰り返しても変わらない。これだけは、即答できる。

ウタ「歌うことです」

ムスブ「……!」

あっ、こんなに驚かれてたんだ。

レイレイ「いいね」

ムスブ「アンタ、入部するの?」

アイリ「あれ、見学じゃないの?」

ムスブ「ポケット。入部届、見えてるから」

ウタ「あっ」

レイレイ「入部なら大歓迎だよ。歌うことが好きとハッキリ言える君なら」

アイリ「入部してくれるの?ポイントサービスしちゃう」

ムスブ「ポイントってなんですか」

こんなスムーズに誘われていいんだろうか。

ウタ「えっと、その、あの……」

ムスブ「部員足りないの、わかるでしょ。好きなだけで上手くなくても、別にいいから。だって、アンタ」

ウタ「……」

ムスブ「歌いたいんでしょ」

ムスブちゃんはすごい、私の今1番思ってる気持ちを当ててくれる。

ウタ「はいっ!」

アイリ「良いお返事。試しに一緒に歌ってみる?」

レイレイ「いいね」

アイリ「ムスブちゃんもコーラスやれる?」

ムスブ「ええ。アカペラ、やったことある?」

ウタ「えっと、ないです」

これはウソ。

ムスブ「さっき廊下で聴いてた、私たちがやってた『ガーネット』は知ってる?」

知ってる。何度も何度も歌って。記憶のどこにも刻まれてる。

ウタ「わかる、映画のやつ」

ムスブ「リードボーカルならいけるわね。私達を伴奏だと思って、カラオケ気分で歌えばいいから」

ウタ「すごいこと言ってる……でも、わかった」

ムスブ「いいですね!?部長、レイレイ先輩」

アイリ「もっちろーん」

レイレイ「OK」

アイリ「アカペラを中から聴くすごさを感じてもらおう~」

ウタ「……」

ムスブ「なんか、まだ迷ってそうだけど」

ウタ「いえ、決してそんなことは」

ムスブ「好きなんでしょ、歌うこと。もっと好きになるかもしれない」

ウタ「……ムスブちゃん」

ムスブ「いいんじゃない、ここで歌っても」

レイレイ「いけるいける」

アイリ「チャレンジチャレンジ」

ウタ「やってみます」

アイリ「……がんばれ」

ウタ「すぅ……」

ゆっくり息を吸って。私のタイミングで始める。

ウタ「グランド駆けてくあなたの背中は~」

35 #2

手鞠沢高校 アカペラ部室

ウタ「……」

レイレイ「はじめてのアカペラの感想はどう?」

本当ははじめてじゃないけれど。とても心地の良いアカペラだった。まるで、手をつないでいるような。

アイリ「ね、ウタちゃん。アカペラっていうのは、歌と歌で手をつなぐってこと。わかったでしょ?」

そっか、これは部長の受け売りだったんだ。

ウタ「はい。その、あの」

アイリ「なに?」

ウタ「アカペラって、すごく気持ちいいです!!」

いきなり来た見ず知らずの1年生を優しく迎え入れてくれる。

それが本心からだと感じさせてくれる、優しく支えるようなアカペラ。

こんな風に入部できたんだ。

アイリ「ふふ……」

ムスブ「そりゃよかった」

ウタ「ムスブちゃん、すっごく気を使って歌ってくれてるの分かったよ」

ムスブ「はっ、まぁね。アンタも初めてにしては良かったわ」

しまった、気分よくなっていつも通り歌っちゃった。

ウタ「えっと、レイレイ先輩も私に合わせてくれて、安心感がすごかったです!」

レイレイ「ありがとう。ウタちゃんも綺麗で素敵な声だった」

ウタ「それに、部長」

アイリ「私?褒めてくれるの~?」

ウタ「部長はすごいです。透明で天使みたいな声で、優しく迎え入れてくれて」

レイレイ「うんうん。ウタは本質をわかってるね」

ウタ「ひとりじゃないって、感じました」

こんなにも優しく迎え入れてくれて。

ウタ「すぐそばに歌声がいてくれて。ときには支えてくれて、叱ってくれて、導いてくれて、一緒にいてくれ……て」

ムスブ「……?」

ウタ「……何も、知らないのに」

アイリ「どうしたの、ウタちゃん」

ウタ「あぁ……」

恥ずかしいところとかネガティブなところも覆い隠して。

それでもアカペラ部に入部できそうで。

最初のアカペラはすごく上手くいって。

ここで準備してきた入部届を出せば、静かで穏やかな青春のはじまり。

『ザザザ』という音もしない。

でも、でも、違う。違う。

ウタ「ち、違うんですぅ……」

ムスブ「何が違う……って、えぇ」

ウタ「ごめんなさい、ごめんなさい……」

ムスブ「なんで、泣くのよ……」

軽音部室前の怪で、アカペラをマイナーとか言って、ネガティブな発言で困らせて、歌うことを誘ってくれてるのを渋って、初アカペラは気持ちよかったけど上手ではなくて、そんな自分でも受け入れてくれて、ミルフィーユみたいだったのに。

どんなにうまくいかないことも、恥ずかしいことも、私には大切なことだって。

何度も何度も繰り返して、ずっと前に、気づいてたはずなのに。

36 #3

手鞠沢高校 アカペラ部室

突然意味不明な理由で泣き出した私も、もちろん受け入れてくれて、いつもと同じ時期にアカペラ部に入部できた。

そして、初回以降のアカペラは上手くミルフィーユにならなかった。

不思議、いや不思議じゃない。

自分をさらけ出せてないから、上手くやろうとしてしまった。

結果として、ふらふらした歌になってしまった。

やり直すよりも積み重ねの方が、私たちには大切。

どうやって私がなくしてしまった積み重ねを取り戻せばいいのか、全然わからないけど。

アイリ「あっ」

ウタ「えっ?」

アイリ「忘れてた~。2人に見てもらいたいものがあるんだった~」

そういえば、ウルルンTVを見るタイミングだった。

ムスブ「なんですか急に……」

アイリ「え~とえ~と、コレ」

たぶん何も変わってないウルルちゃんの動画、チャンネル登録者数も41人。

真似事のボイパに自然と注目してしまう。

ウタ「……あれ?」

アイリ「私、この子を新メンバーにしようと思うの」

ムスブ「え?」

ウタ「……」

ムスブ「やめたほうがいいかと」

アイリ「そう?ウタちゃんはどう思う?」

ウタ「いいと思います。可能性を感じます」

ムスブ「えぇ……」

37 #4

手鞠沢高校 1年2組 教室内

部長がレイレイ先輩とムスブちゃんを説得して、ウルルちゃんを勧誘することになる。

記憶通り、といってもこの場面は1度しかないけど、私が1番に行かされる。

部長権限は強いので、行くしかない。

部長が勧誘に成功してたし、それを真似よう。

ダメだったら、気持ち的に持たなかったら、正直に叫んで逃げる。

よし。いや、ものすごい緊張してるし、ぜんぜんよくないけど。

ウタ「あ、あの~~……」

ウルル「ん?なに?」

ウタ「えっと……その……」

全然言葉が出てこない。1回経験したくらいじゃダメなのだ。

ウルル「あっ!!あんた!」

ウタ「え?なに?」

ウルル「軽音部室前の怪じゃーーん!!なんでここいんのー!?」

ウタ「えっ……」

ウルル「えっ?」

ウタ「間違ってたらアレなんだけど……何回目、なの?」

ウルル「……うそだぁ」

ウタ「今回は、やってない。自分でアカペラ部室に行って、入部させてもらったから」

ウルル「……」

ウタ「ウルルちゃん」

ウルル「……うーたん、よく見てるから気をつけてたのにさ。記憶違いで、自爆するとは」

ウタ「……別のところで、話そう」

ウルル「わかった」

38

手鞠沢高校 1年2組 教室外

ムスブ「部長、レイレイ先輩」

アイリ「どうしたの?」

レイレイ「2人でこっちに来るね」

ムスブ「なんで?一言二言しか話してないじゃない」

ウタ「あの」

アイリ「入部してくれるの?」

ウタ「ちょっとお話するので、失礼します」

ムスブ「……?」

ウルル「うん、ちょっと用事が」

ウタ「たぶん入部するので、また後で」

レイレイ「そう?」

ウタ「行こう」

ウルル「おっけー」

アイリ「うーん?」

ムスブ「意味わからん……」

39

手鞠沢高校 屋上

ウルル「うーたんとクマちゃんが大事な話をしてたのも、ここだっけ」

ウタ「うん。レイレイ先輩ともある」

ウルル「レイさんと?そんなことあったん?」

ウタ「タイムリープに気付いた者同士の話を」

ウルル「そっか。でも、ここ何回かそんな感じしないけど」

ウタ「部長がタイムリープの原因でないとわかったので、記憶を取り戻さなくなってる」

ウルル「レイさんらしいや」

ウタ「そこで聞かれた。何回目なの、って」

ウルル「……」

ウタ「何回目なの、ウルルちゃん」

ウルル「回数は、ここで見れたはず……」

ウタ「スマートウォッチなんて、してた?」

ウルル「見えなくできるんだ。理屈がよく分らんけど」

ウタ「現代に存在してはいけないのでは」

ウルル「そだね。はい、これ」

ウタ「617……」

ウルル「617回」

ウタ「そんなに繰り返してた、記憶はないような……200回くらいかと」

ウルル「たぶん、記憶が戻ってない回数もあるんじゃない」

ウタ「そうなの?」

ウルル「うーたんは次の回のつもりだけど、本当は何回か後とか。例えば……」

ウタ「言うのやめるの珍しいね」

ウルル「うーたん、怒らんでよ」

ウタ「何を?」

ウルル「オムスビの、その、事故があった時あったじゃん」

ウタ「……」

ウルル「こんな冷ややかなうーたんの目、はじめて見たわ」

ウタ「続けて」

ウルル「うーたん、タイムリープの記憶が戻ったの、次の回じゃないから」

ウタ「えっ」

ウルル「10回以上経って、急にオムスビに抱き着いて泣き始めたからビックリしたわー」

ウタ「そうなんだ……いや、なんとなくそっちの方が自然な気がしてきた。心にダメージ受けて5年ぐらいどん底に落ちてそうだし」

ウルル「……ごめん」

ウタ「ううん。あのまま時が進まなくてよかった」

ウルル「ちょっとだけさ、練習がんばろうと思ってさ。オムスビに追加で居残り練習に付き合ってもらっただけ、だったはずなのに」

ウタ「それは、覚えてる」

ウルル「うーたんも気づいてるか。変えようと思えば、めっちゃ変わるんよ」

ウタ「私は、怖くて変えられなかった」

ウルル「それは同じよ。やっぱ、怖いわ。アカペラ部、なんだかんだ言って好きだし」

ウタ「それは、私も」

ウルル「うーたん、他に記憶が戻ってる人いる?」

ウタ「私とレイレイ先輩だけ。部長とクマちゃんと、ムスブちゃんは違う」

ウルル「やっぱりそっか。オムスビ、何度やっても一緒だもんなー。羨ましいわ」

ウタ「ウルルちゃんが、というかソレが近くにあるから影響受けたのかな」

ウルル「たぶん。うーたんでよかったわ、この時間を壊さないでくれて」

ウタ「じゃあ、あのね、ウルルちゃん」

ウルル「……」

ウタ「なんで、タイムリープしてるの?」

40

手鞠沢高校 屋上

ウルル「これでタイムリープしてる。拾った時になんか設定しちゃったみたいでさ、登校日前日が終わると4月2日に戻るんよ」

ウタ「……」

ウルル「なんかAIみたいなのがいてさ、そいつが設定してくれるんだけど、そのままにしてる」

ウタ「どうやって、じゃなくて。どうせ、それは聞いても分からないし」

ウルル「どうして、か」

ウタ「登校日の発表、楽しみにしてたよね」

ウルル「うん」

ウタ「嘘だったの?」

ウルル「嘘じゃなかった、最初は」

ウタ「今は?」

ウルル「怖い。うーたんの気持ちが分かってきた」

ウタ「……」

ウルル「やればやるほど怖くなってきてさ。もっと良い半年があるんじゃないかって、次に進むふんぎりがつかなくて」

ウタ「でも、大きく変えられないんだよね」

ウルル「そう。ボイパも繰り返してる割には成長しないし、たぶん肉体がリセットされてるからなんだけどさ」

ウタ「あっ、そうなんだ。動画のボイパちょっと上手だったのに」

ウルル「わざと下手にしたのに気づくかー。結局、MeTubeもバズらんし。なんか知らんけど、大学に呼ばれてブーメランの話聞いたことはあった」

ウタ「あー、それは知ってるかも」

ウルル「で。なんで、タイムリープしてるか、だっけ」

ウタ「うん」

ウルル「わかんない」

ウタ「そっか」

ウルル「肯定された。さすがにこの答えだと、なんか言われると思ったのに」

ウタ「気持ちは分かるから。たぶん、自分だったら同じになるから」

ウルル「うーたんは優しいなー」

ウタ「優しさ、なのかな」

ウルル「うーたん、どうしたら良いと思う?」

ウタ「私に聞くの、ウルルちゃんらしくない」

ウルル「らしくないか……きっついわ」

ウタ「ウルルちゃんは、どうしたいの」

ウルル「……」

ウタ「たぶん、答えは似てると思うから」

ウルル「タイムリープやめて、めっちゃ怖いけど先に進む。これしか、ないっしょ」

ウタ「うん」

ウルル「ごめんな、うーたん。私がすぐに辞めてたら、こんなことにならなかったのに」

ウタ「ううん、大丈夫」

ウルル「うーたん、すんなりと入部できたみたいだし、今回で繰り返すの辞める。そうする」

ウタ「え、それは……」

ウルル「それは?」

ウタ「それはダメだよ、ウルルちゃん」

41

手鞠沢高校 屋上

ウルル「ダメなん?」

ウタ「うん」

ウルル「うーたん、すごい人の目気にしてるじゃん。軽音部室前の怪とか呼ばれてたの、嫌っしょ」

ウタ「それは、ものすごく」

ウルル「今の時間が傷ついてる感じもないから、大丈夫だって。うーたん、アカペラ部に入部する運命だったんよ」

ウタ「ねぇ、ウルルちゃん」

ウルル「なに?」

ウタ「何回も繰り返してるけど、アカペラは良くなった?」

ウルル「……」

ウタ「……」

ウルル「全然。アイリさんの言う通りだわ」

ウタ「何度繰り返しても、きっと次の冬のアカペラ部の方がきっと上手だよ」

ウルル「それは、うん。わかってる」

ウタ「今ね、ぜんぜん上手くいかない。私が変なことしてないから」

ウルル「そっかー」

ウタ「変な私を誘ってくれた部長じゃないから」

ウルル「……」

ウタ「違う時に、目の前で奇行してた私を、それでも、ムスブちゃんは一緒に歌おうと誘ってくれた」

ウルル「自分で言わんでも」

ウタ「私は恥ずかしいことは嫌だし、失敗したくないし、傷つきたくないよ。でも」

ウルル「……」

ウタ「それも、大切なことだから。それもまぎれもなく自分だから。そんな自分でもいいかな、ってやっと思えたから」

ウルル「うーたん……」

ウタ「ウルルちゃんは、どうかな」

ウルル「つまりさ、全部リセットしてやり直すってこと?」

ウタ「そう。繰り返した記憶もなくして、1回目で」

ウルル「うーたん、アカペラ部入らないかもよ?」

ウタ「それは運命だって、さっきウルルちゃんが言った」

ウルル「せっかく繰り返したのもったいないとか、思わん?」

ウタ「クマちゃんにタイムリープを打ち明けて受け入れてくれたこととか、レイレイ先輩の怖がりな本音とか、部長は考え方も美しいし、ムスブちゃんはいつでも何度でもまっすぐで、色んな素敵なところも知れた。でも……」

ウルル「……」

ウタ「そいういうのは、未来で知ればいいから。きっと、知れると信じてるから」

ウルル「うーたんに言われるとはなぁ、あんなネガティブなのに」

ウタ「何度も繰り返したから、今は言えるんだと思う。でも、そんなこと言えないのが、きっと本当の私だから」

ウルル「そっか。やっぱ良かったわ、うーたんが思い出してくれて」

ウタ「じゃあ……」

ウルル「できるか、聞いてみるか。ミライ、来て」

ウタ「ミライ?」

ウルル「これのAIの名前。時間の傷つきとか、もしかしたらタイムリープの記憶を取り戻す人がいるかもとか教えてくれた」

ウタ「そうなんだ。色々聞いてみたい気はするけど……やめとく、なんだか怖いし」

ウルル「あれ、ミライー?」

ウタ「寝てるのかな?」

ウルル「AIは寝ないっしょ。あっ、来た来た」

42

手鞠沢高校 屋上

ミライ『こんにちはー』

ウタ「あっ、こんにちは」

ミライ『私は時間流調整機器搭載対話型制御用汎用人口知能の、ミライです』

ウタ「すごい……ゆっくり言ってくれたのに何も理解できない」

ミライ『簡単に言うと、言うこと聞いて色々やってくれる便利なヤツです』

ウタ「意外とフレンドリーだ」

ウルル「ミライ、さっきの話聞いてた?」

ミライ『うん。ほとんど記録してるから』

ウタ「そんなに容量あるの?」

ミライ『ほかの時間軸から借りてこれる。デバイス自体の記録領域もこの時代と比べたら多いけどね』

ウタ「えっと……?」

ミライ『よく聞かれるので先に答えるけど、回数に制限はないです。時間逆流時に動力回収ができるから』

ウタ「うーん?」

ウルル「それはいいから。ミライ、できるかどうか聞きたいんだけどさ」

ミライ『はい。タイムリープを止めて、得た記憶をリセットしますか』

ウタ「話がはやい。少し待っていただけると……」

ミライ『わかった。待ちます』

ウルル「変に人間味あるんだよなー」

ウタ「えっと、タイムリープを止めることはできるの?」

ミライ『もちろん。現設定の変更もできます』

ウルル「記録のリセットは?」

ミライ『人は変えられない。時間を戻すだけになる』

ウタ「さっき、できるって」

ミライ『617回の時間分岐を1つにまとめてやり直すと、実質的にそうなります』

ウルル「ん?」

ミライ『時間分岐は本当なら1つに集約するものだから』

ウタ「今は正しくない、ってことかな」

ミライ『少しのパラレルワールドは許容されるけど、無数は危険だから』

ウルル「じゃあさ、ミライは何のためのものなの?」

ミライ『私は目的をもっていない』

ウルル「ミライを作った人は?」

ミライ『極端な世界の変化を防ぐため、だとか。大きな戦争や震災などの被害者を減らすためと聞いたことがある』

ウタ「壮大だ……」

ウルル「……よしっ。ミライ」

ミライ『タイムリープの設定を解除する。時間分岐の集約をして、時間軸の分岐点から始める。その際に時間の繰り返しで得た記憶はなくなる。それで、よいですか?』

ウタ「全部理解できてないけど、大丈夫なはず」

ウルル「そうだ。ミライを自分は拾わないようにしたいんだけど」

ミライ『要望はわかりました。どこかに私を送る設定をしてください』

ウタ「どこか?」

ウルル「どこかって言われても……うーん」

ウタ「それじゃあ、持ち主のところに戻るとか。この時代に残ると、何か起こりそうだから」

ミライ『はい。それじゃあ……持ち主の定義が曖昧なので、はじめて起動した時間と場所の周辺に私は移動します』

ウルル「うん。ありがとう、ミライ」

ミライ『どういたしまして。ではでは、開始のタイミングはいつでもどうぞ』

ウルル「わかった。うーたん」

ウタ「うん」

ウルル「必死にタイムリープの原因、探してたっしょ」

ウタ「うん」

ウルル「こんなんで、ごめんな。何にも振り切れなくてさ」

ウタ「ううん。劇的な映画みたいなのは心臓に悪いから。これで、よかった。なんか、自分っぽいよ」

ウルル「私もさ、うーたんほどじゃないけど、人並みに怖いんよ」

ウタ「うん。なんとなく気づいてた。それも私が知ってるウルルちゃんで、安心した」

ウルル「みんな、オムスビみたいにはなれんから」

ウタ「うん。でも、ムスブちゃんを裏切りたくない」

ウルル「なー、オムスビの前だけは少しかっこつけてたいの分かる」

ウタ「上手くできないのは分かってるよ、でも、ムスブちゃんみたいに1回目をがんばりたい」

ウルル「うーたん、あのさ」

ウタ「なに?」

ウルル「アカペラ部、入るから。絶対に声掛けに来てな」

ウタ「うん」

ウルル「楽しみだなー、登校日の発表会」

ウタ「私も、楽しみ」

ウルル「ミライ」

ミライ『はじめます』

ウタ「またね、ウルルちゃん」

ウルル「うん。またな、うーたん」

------------ -------

43 #10 『はじまり』

手鞠沢高校 アカペラ部室

ムスブ「はぁ、ひとり3分以内で」

ウルル「よし。オムスビ様の許しが出たんでやっちゃいましょ!」

ウタ「あ、ありがたやー」

アイリ「はーい、じゃあ全員揃ったところで、改めて自己紹介タイムね~。そうだなぁ……ウタちゃんからいっちゃお~」

ウタ「わっ、私からですか?な、なんで?」

アイリ「目をそらしたから」

部長にあらがえるわけもなく、私から自己紹介がはじまる。

仏滅の話をしすぎて、ムスブちゃんに呆れられた。

悲しい出来事は、これからはないといいな。

リードは、不安だけど、やってみるしかない。

アイリ「じゃあ、ウタちゃん最後の質問です」

ウタ「はいっ」

アイリ「歌うのは好きですか?」

これだけは、変わらないで答えられる。きっと、どんなことがあっても何時だって何度だって。

ウタ「……はい、大好きですっ!」

おしまい

あとがき

1万文字くらいで済ませたかったけど3倍くらいある
とにかくオーディオドラマ聞いてね

それでは

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom