灰原哀「キスしちゃったのよ」 (8)
"あの日のことは忘れないよ
しずくの小惑星の真ん中で"
スピッツ-【美しい鰭】
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「どうしてあそこまで必死になったの?」
「なんだよ、薮から棒に」
海洋巨大施設、パシフィック・ブイ。
その名の通り海に浮かぶ巨大なブイのようなその施設は先日魚雷攻撃を受けて沈んだ。
「あなたの行動原理が知りたいのよ」
「行動原理、ねぇ」
世界中の監視カメラの映像が集まり、そして解析されるパシフィック・ブイに攻撃をしかけたのは私の古巣、組織が保有する潜水艦によるもので今は施設もろとも深海に沈んだ。
「なあ、灰原」
「なに?」
「たとえばオレやお前が飲んだ毒薬の解毒薬を作れるのが開発者であるお前しかいないからって言ったら、それで納得すんのか?」
私は罪を犯した。大勢の見ず知らずの人々の命を脅かす、大きな罪だ。その代償としては私の身体は縮み、そして彼は巻き込まれた。
「たしかに私はAPTX4869の開発者として解毒薬を作るに当たっては必要な知識を持っているわね。だからあなたは私を助けたの?」
「それなら逆に聞くけどよ」
罪を認めて懺悔すると彼はつまらなそうに。
「オメーこそどうしてオレを助けたんだ?」
「それは……」
私が彼を助けた理由と彼が話を助けた理由は果たしてイコールなのだろうか。そんなわけはない。無論ノットイコール。だから私は。
「……あなたが死んだら彼女が哀しむから」
まるで用意されていたかのような言い訳だ。
「それを言われちゃなんも言えねーな」
「……せいぜい感謝しなさいよ」
あっさり納得した彼に不満の視線を送ると。
「んな顔すんなって。マジで感謝してるよ」
「どうだか」
「だってお前、初めてだったんだろ?」
「え?」
初めて。そう初めてだった。気づいてたの?
「まあ、人工呼吸なんて普通に暮らしてればそうそうする機会なんてないだろうからな」
「そ、そうね。人工呼吸は初めてだったわ」
人工呼吸。ただの医療行為。私の初めての。
「私がいなかったら、あなたは死んでた」
「ああ……だからマジで感謝してるって」
「呼吸が止まってたから人工呼吸したのよ」
「わかってるって」
「本当にわかってる? 工藤くん。あなたもう少しで死ぬところだったのよ? 私のために。私なんかを助けるために、あなたは……!」
「灰原」
どうしても納得出来ない私に彼はこう諭す。
「オレはお前のおかげで命拾いした。身体は縮んだまんまだけど蘭ともまた生きて会えた。お前が今後、解毒薬を作って元の身体に戻れる可能性があるのも素直に嬉しい。生きてて良かったと心から思ってる。だけどよ」
工藤新一。今は江戸川コナンを名乗る探偵。
「そう思えるのは、灰原も助かったからだ」
「私も……?」
「ああ。オレが助かってもオメーが死んでちゃ意味ないだろ? だからこれでいーんだよ」
その結論は論理的だろうか。少し甘すぎる。
「それなら人工呼吸した甲斐があったけど」
「ん? けど、なんだよ?」
「私、初めてだったのよ」
「なんだよ、やけに初めてを強調すんだな」
「当たり前じゃない。だって私はあなたに」
意識のなかった彼の深層心理に届くように。
「キスしちゃったのよ」
「へ?」
「もちろん新一くんのお尻の穴にね」
「フハッ!」
あの時のように息を吹き返して嗤う迷探偵。
「まったく……お尻にキスされて生き返るなんて、とんだ『クソシステム』ね」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
沈めてあげるわ。灰原色の。愉悦の奥底に。
「ふぅ……灰原」
「なによ」
「今度はオレが『返して』やるよ」
「あら、それは愉しみね」
「ケッ。せいぜい尻洗って待ってろよ」
彼なら洗わないほうが悦ぶかしら。なんて。
「……ふふっ」
「え? オメーいま、笑って……」
「さあ、どうだったかしらね」
「ったく……素直に笑えば可愛いのによ」
「一理あるわね」
素直に笑うのは彼女。私は密かに微笑もう。
【美しいフハッ!】
FIN
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