安価でSCP収容 (70)


■ 安価スレです

■ 概要:SCP財団職員として、新たに発見されたオブジェクトを収容してください

■ SCPとは何かを知っている人向けのスレです、詳細な説明は行われません

■ オブジェクトの性質は事前に「AIのべりすと」によってランダム生成されています

■ ある程度安定した収容に成功するか、失敗して惨事が引き起こされると挑戦終了です

■ 挑戦終了後、事前にUPしておいたオブジェクトの性質が公開されます


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1674221803


財団における「収容スペシャリスト」という役職の損耗率は極めて高い。
というのも当然の話で、何しろ「収容スペシャリスト」……つまり我々は新たに発見された異常物体・存在・現象に対して安全を確保し初期の収容を確立するために異常な活動を確認し、付近の財団の収容施設へ移送することを第一の役割とするためだ。
いつ何を引き金に致命的な事態を発生させるかまるで分からないものに、大概の場合ろくな情報もないまま対峙する事になるのである。
今年の死亡率はDクラス職員とどちらが高いか、などという冗談にもならない冗談はこの職場では定番だった。

「……こちら大塚。対象Aは対象Bへの攻撃を継続中。依然効果無しと見られる。行動変化の兆候は見られない」

が、そういった業務に慣れているからといって緊張や恐怖が薄れる事はない。
少なくとも私にとっては。
今もまた、防護服に身を包んだまま2つのオブジェクトを睨み、声が震えないように注力して仲間に報告を送る。
隣に立つ相方、森住には付き合いの長さからかお見通しのようで、一瞬だけ励ますような視線を送られてしまったが。

「こちら富士野。了解。目撃者の鎮静化と移送は完了した。カバーストーリーの流布と周辺住民の避難もサポートチームにより問題なく進行中。これより合流する」

通信機から返された言葉にもホッとする。
もちろん人数が増えるからと気を抜けるような仕事ではないが、こればかりは仕方のない事だった。


「さて、それじゃ状況を整理しようじゃないか」

合流後、富士野により状況の確認が行われる。
この業務に携わる者としては珍しく10年以上を務めあげている彼は財団からの信頼も厚く、この場でのリーダーを任されていた。

「三宅、タイムラインに沿って情報をまとめてくれ。ただし簡潔にな。奴さんの気がいつ変わるかは誰にも分からないんだ」

「は、はい」

富士野が、ツーマンセルを組んで行動していた者の名前を呼び、指示する。
三宅という名の新人は緊張した声色でそれに応じた。

「最初の発見は本日の午前5時30分ごろ。宿直の教師が校舎脇駐車場、つまり現在地に男性型の全身石膏像、対象Bを発見し、その不自然さから接近を試みました。この教師は川上明、32歳の男性です。経歴はサポートチームが調査中ですが、現時点で不自然な点は確認されていません」

その声は若い女性のものである。
一旦説明を始めると声の強張りはすぐに消え、三宅はハキハキと続ける。

「この時の接近時には異常は発生せず、川上氏は何かの手違いか何者かの悪戯と判断。その場で携帯電話により責任者である校長、寺田秀一氏、58歳男性に連絡。寺田氏は小学校向かいの職員用住宅に居住していたため、10分ほどで現地に到着し……」

「ああなった、と」

三宅の説明に、森住が口を挟んだ。
森住の視線は説明中もずっと対象Aと対象Bに向けられていた。

つまり……腕の半ばから手の代わりに斧を生やした寺田氏(対象A)と、対象Aが狂乱状態で破壊し続けている石膏像(対象B)にだ。


怯えを悟られないよう唾を一度飲み込んでから、今度は私が尋ねる。

「対象Aの経歴は?」

「今のところは川上氏同様調査中ですが、やはり不自然な点はありません。また、この付近で過去に計器異常が発生した報告はなく、噂話なども正常な範囲を出ていません」

「となると、やはり異常の原因は対象Bという事になるでしょうか?」

が、森住だけでなく富士野にもお見通しだったようだ。
富士野は私の背をトントンと叩き、落ち着いた声で言う。

「結論を急ぐな。その可能性は高いだろうが、今はまだどっちにも同じだけ警戒は必要だ。どこかにまだ見ぬ3つ目のオブジェクトが潜んでいないとも限らん」

「……その通りです。失礼しました」

「気にするな。情報と意見の交換はこの仕事の背骨だ。何か気付いたら言ってくれた方がありがたい」

なるほど、これがベテランというものかと内心で敬意を抱く。
富士野と組むのは今回が初めてだったが、臆病な私にとってはたのもしい人物だった。


「続けます。川上氏の証言によると、寺田氏、以下対象Aが対象Bに接近すると瞬間的に腕部の変化が発生。同時に対象Aが狂乱状態に陥り、腕部の斧で対象Bの破壊を開始しました。川上氏はその時点で逃走し、警察に通報。警察内部に潜伏中のエージェントにより初期収容チームの派遣が要請されました。川上氏は極度の混乱状態にあったため鎮静剤を投与し、財団医療施設に移送しています」

さて、ここから先は三宅から引き継ぐべきだろう。
対象Aと対象Bは、周辺の対処に動いた富士野と三宅ではなく、私と森住が監視していたのだ。
私が手を上げて引き継ぎの意思を示すと、三宅は頷いて一歩下がる。

「対象Aの意識は現時点では対象Bにのみ向けられているようです。対象Aの破壊行動中、何度か私や森住を視界に収めるタイミングがありましたが、一切注意を向けている様子はありませんでした」

私の言葉に森住も同意の言葉を短く述べる。
現に今も対象Aは私達4人を見る事の出来る体勢だが、警戒や敵意を向ける気配は全くない。

「腕部が変化した斧は極めて鋭利なようで、少なくとも石膏像を切り裂くに十分なだけの威力はあると思われます」

「石膏像が見た目通りの硬度かは分かりませんがね」

が、続く報告には言葉が差し挟まれた。

「あっ……と、そうだな。すまん」

いいさ、と補足した森住が片手を上げる。
先ほどの先走りといい、今日はいつにも増して気が逸っているのかも知れない。


「んん、対象Aによる対象Bに対する破壊行動ですが、効果を上げていません。観察の結果、壊れないのではなく、壊れた直後に高速で再生している事が確認できました。再生の所要時間に多少の差異は見られますが、長くとも1秒未満で完了しています。計器類に目立った反応はなく、再生の詳細なプロセスは不明です」

気を引き締め直し、説明を終えて、対象AとBを睨む。

■■県■■町、■■■小学校。
その職員用駐車場の中央にて、対象Aである寺田秀一氏が怒りに満ちた唸り声を上げながら、対象Bである男性型の石膏像に延々と斧を振り下ろし続けている。

攻撃の継続時間はこれまででおよそ30分ほど。
小学校が田舎の山際で目撃者が1人しか存在せず、周辺住民の避難も迅速に済んだ事。
そして目撃者の川上氏が即座に通報を行ってくれた事。
この2点は全く幸運だったと言える。

おかげでここまで全体的に余裕をもって行動出来ている。
実際のところ、オブジェクトを前にこうして意見と情報を交わし合えるような現場はそう多くはないのだ。


とりあえずの状況確認を終え、チームの4人で意見を交わし合う。

もちろん、対象への注意は怠らない。
全員が視線も、初期収容チーム標準装備の小銃の銃口も、全て向けたまま手短に行動指針を決定する。


さて、現状ではまず何をするべきだろうか。


>>下1 チームの行動


「対象Aが敵意を向けるものの詳細を調べるべきではないでしょうか」

第一の意見は私の相方、森住から発せられた。
森住は破壊と再生を繰り返している石膏像を見ながら言う。

「対象B以外の石膏像に対しても同様の行動を取るのかどうか、調べておく価値はあると思います」



「なるほど……その辺りは異常性の根っこを推測する材料になりそうだ。」

一理あると、リーダーの富士野は頷いた。

「それに、非異常性の石膏像にも対象Aの敵意が向くなら行動の制御や誘導に役立つかも知れないな。良い案だ」

「富士野さん、校内の探査中に美術室で石膏像を確認しています。サポートチームに運搬を依頼しますね」

そうなれば話は早い。
三宅がすぐに通信機を取り出し、後方の支援チームへと連絡が行われた。



数分後。
到着した石膏像を固定した台車を、私は強く押した。
ガラガラと車輪の回る音を立てて台車は進む。

それは狙い通りに駐車場を進んでいき、対象Aのすぐ近くで止まる。

その結果は……。


「まるで見向きもしませんね」

「そのようだ」

対象Aは何の反応も見せなかった。
相変わらず対象Bを切り付けては再生される、という繰り返しのままである。



「……うーむ。新しい方の石膏像に損傷を与えたい。接近せずここから銃撃はどうだろう。反対意見は?」

それを確認して富士野が追加の提案を行った。
対象Aを極力刺激しない形での、追加された石膏像の破壊。
これに大きな反対は出ず、すぐに実行に移される。

「よーし大塚、お前の出番だ。射撃成績トップクラスの実力を見せてやれ」

「まぁ、そうなるよな……」

実行者はまたも私である。
囃すような森住の言葉を適当に流し、小銃を持ち上げ、肩に当てて固定し……引き金を引く。
彼我の距離は20m程度。
いかに私が臆病だといって、この距離で狙いを外すような腕はしていない。

街中での使用が想定されている小銃は全くの無音で弾丸を吐き出す。
それは当然狙い過たず、追加された石膏像の右腕を撃ち抜いた。
白色の腕は肘を粉砕されて折れ飛び、アスファルトの地面に落ちて音を立てる。



「……対象A、反応ありません」

「石膏像は正常に壊れたな。再生能力が付与されている様子はない。対象Aが石膏像を対象Bに変化させた、という線は薄そうだな」

これもまたオブジェクトの反応を引き出す事はなかったが、それはそれで情報になる。
この行動の結果をまとめると、こうだ。


■ 対象Aは、対象B以外の石膏像に敵意を向けない

■ 対象Aに、一般的な石膏像を異常物品化する能力は今の所確認できない

■ 対象Bに、一般的な石膏像に対し自身の異常性を伝染させる能力は今の所確認できない

■ 対象Aおよび対象Bは、少なくとも無音かつ対象Aに命中しない攻撃に反応しないか、あるいは感知できない

■ 対象Aおよび対象Bは、至近距離で生じた音に反応しないか、あるいは感知できない


対象Aも対象Bも、未だ行動に変化は見られない。
どうやらまだ落ち着いて対策を考える時間はあるようだ。


結果を踏まえ、再び意見が交わされる。

さて、次は何をするべきだろうか。


>>下1 チームの行動


■ 寝ています

■ 誰か踏んでおいてください


>>下1 チームの行動


「やっぱり怪しいのは対象Bでしょう。いっそ効果を確定させちまいませんか?」

「というと?」

「Dクラスの投入です」

第二の案は森住からのものだった。
その意見の過激さに、現場に鋭い緊張感が走る。
特に反応が早かったのは三宅である。
彼女は最初の強張りを再び取り戻し、震える声で反対する。

「そ、それは早計すぎませんか?」

「だが長々と時間をかける余裕が本当にあるかはわからないだろ。対象Bの再生が無限であるとは限らないんだ。もし像の破壊に成功した時、対象Aが次に何をするかの予測はつかない。最悪、これが何らかの儀式だった場合にはその時点で破滅的な事象が発生する可能性もある」

しかし、森住は一息に反論する。
それは過去の初期収容における失敗例を踏まえたもので、研修などで嫌と言うほど読む事になるケースだ。
三宅も同じく覚えがあるらしく、反対の言葉が途切れてしまう。

ただ、私としては賛成もしきれない。
初動の遅れが致命的失敗に繋がった例は確かに多いが、拙速がそれを引き起こさないかというとそれも違うのだ。



「ふむ。賛成1、反対1、消極的反対1、といったところだな」

富士野が私達3人の立ち位置をまとめる。
現在の票は反対に傾いているが、私が積極的反対ではないために、賛成票が1つ入れば形勢は変わる。

どうするのか。
そう問い掛ける3対の視線を受けて、富士野は口を開いた。

「……条件付き賛成といった所だな。やる前に確かめておくべき事がある」


「……ありました。右の肩口に内出血が確認できます。左腕も僅かですが動きが不自然ですね。骨か腱を損傷しているようです」

富士野の指摘。
それは、Dクラス投入前に対象Aの脅威度をもう一度確認したいというものだった。
具体的には、鎮圧を試みた場合にどれだけの火力が必要となるか、だ。

「だろうな。腕は斧になってるが、他の部分の頑強性は変わりないらしい。これなら鎮圧は問題ないだろう」

その確認は割合容易に済んだ。
対象Aは憤怒に任せ、全力で対象Bに攻撃を繰り返している。
ここまで少なくとも40分ほどもだ。
まともな体であれば反動が無いわけがなく、実際にスコープ越しに良く良く観察してみれば消耗はそれなりに生じているようだった。
石膏像と違い、再生の兆候も見られない。

「三宅」

「派遣要請は承諾されました。条件もこちらの要望通りに」

となればこれで賛成票は2つになる。
森住の提案は実行される事となった。


近隣の支部から派遣されたDクラス職員達が、恐怖を孕んだ足取りでオブジェクト達に近付いていく。
彼らの首には首輪が、腰にはベルトが装着されていた。
指示への反抗や逃走を目論んだ場合に即座に処分するための爆弾だ。
それは本人達も当然知る所であり、躊躇こそ見せるものの大人しく目標に向かって足を進めている。

用意された人員は3名だった。
1人は元教職員の59歳男性。
1人は特定の職についた経験のない57歳の女性。
1人は元教職員の30歳女性。

1人目は対象Bの効果を確定させる事を期待しての選出だ。
これまで対象Bに接近した人物は、32歳教職員の男性川上氏と、対象Aである58歳教職員の男性寺田氏。
しかし前者は異常性に曝露せず、無事に住んでいる。
ならば対象Bの異常性が発揮されるには何らかの条件がある可能性が高く、よって対象Aに近い要素を多く持つ彼が選ばれたわけだ。

残る2人は条件を探る狙いである。
対象Aと近い要素と遠い要素を併せ持った人員だ。
彼女達に対し異常性がどう作用するかを確かめる価値は大きい。

私達が固唾を飲んで見守る中、Dクラス職員とオブジェクトの距離は縮まり続ける。


10m。
9m。
8m。
7m。
6m。
5m。

そして次の一歩を踏み出した瞬間、変化は劇的に発生した。



まず第一に生じたのは爆発だった。
Dクラスの男の首に巻き付いた爆弾が作動したのだ。
私達が起爆したのではない。
男の上半身が突如無数の包丁の群れと化して膨張した事で、内側から破壊されて自動起爆したのだ。

血肉は飛び散らない。
代わりに爆発で粉砕された包丁のカケラが弾け飛び、赤い炎に照らされてキラキラと光っていた。

次に発されたのは雄叫びである。
2人目のDクラス、57歳の女の体にもまた変化が生じていた。
こちらは両脚、6本の槍への変異であった。
まるで昆虫のそれのような形になったそれにバランスを崩しながらも、女は憎悪と憤怒に満ちているとハッキリ分かる叫びを上げて対象Bに突撃していく。

「起爆!」

もちろん、それをただ放置するわけにはいかない。
富士野が素早く処分の判断を下し、三宅が即座に従う。
女の首は一瞬で吹き飛び、今度は血と肉が辺りに飛び散った。


「ひっ、ひやぁぁぁあぁっ!?」

そして最後に響いたのは悲鳴だった。
3人目のDクラス、30歳の女のものだ。
同僚2人の異形への変化と、その死亡。
それは彼女を恐慌に叩き落とすには十分であった。
女はほうほうの体で私達の側に必死に逃げ帰ってくる。

対象Bに接近せよという命令に反する行動だが、咎める事はない。
結果は既に示されている。
他の2人と同じ距離に接近したにもかかわらず、彼女の肉体に変化は見られず、精神状態も正常な反応から逸脱していない。
これだけ分かれば問題はなかった。
後は支援チームに任せて送り返しても良いだろう。


「対象Aの処分はやはり容易なようですね」

簡易的な実験を終えて、各々が気付いた点を発言する。
まずは私がDクラス2名の死について触れた。
異常性によって作り替えられていても、彼らの肉体は通常の火器が通じるようだ。
アスファルトに横たわった死体は動き出しも再生もせず、通常の死のプロセスに従っている。
計器類にも異常はない。

「変異は対象Bから4mジャストの位置で発生しました。両者とも誤差ありません」

Dクラスとオブジェクトの距離を計測していた三宅が繋ぐ。
これで異常性の影響範囲が特定出来たと考えて良さそうだ。

「効果は肉体面では一部の刃物への変化。最初は腕が斧に、次は腹から上が全部包丁で、最後に脚が槍。今のとこ規則性は無さそうですな。で、精神面では……怒りや憎悪を引き起こして凶暴化させる、って感じでしょう」

「で、その条件は恐らく年齢かね。易々と断定もできんがその線が濃厚そうだ」

そして森住と富士野が対象Bの異常性について締める。


「俺は48だ」

「39」

「私は……36です」

その流れで各自の年齢を申告する。
上から富士野、森住、私だ。

「に、25……です」

そして顔を青くして三宅が言う。

今のところ、安全が確認された年齢は32と30。
影響範囲が及ぶ年齢に下限があるタイプのオブジェクトと仮定すれば、コトが起こった時に矢面に立つのは彼女という事になってしまうと気付いたのだろう。

「……影響がない範囲が小さく区切られている、というパターンもあり得ます。そちらを考慮すると、安全な年齢との差は私の方が小さくなりますね」

見ていられず、つい意見を出す。

「そうだな。つまりオブジェクトに動きがあった時はお前たち2人に主に働いてもらう事になる。頼んだぞ」

もっとも、藪蛇に終わったようだったが。


ともかく、これで新たにオブジェクトの性質が判明した。

■ 対象Bは、4m以内に接近した少なくとも57歳以上の人間に異常性を発揮する

■ 対象Bに曝露した人間は、肉体の一部が刃物に変化する

■ 対象Bに曝露した人間は、凶暴化し対象Bに対して怒りや憎悪を抱き攻撃を開始する

■ 対象Bに曝露した人間は、肉体的な頑強性に変化はなく容易に処分が可能

■ 対象Bに曝露した人間同士は、今のところ互いに興味を抱いていないように見える



オブジェクト達を覆っていたヴェールはその大部分が剥がれてきたと言える。

だが、と私は今一度気を引き締めた。
この任務では、こういったタイミングが、何も分かっていない時と同等に危険なのだ。
謎を暴いたと油断して警戒を緩めた同僚が、突如として死より恐ろしい現象に飲み込まれる……そんな光景を私は数度目にしてきている。


私はチラリと時計に目を落とした。
対象Aが繰り返す攻撃は、そろそろ1時間に及ぼうとしている。
先ほど確認した損傷を念頭に置いて注視してみると、対象Aの動きは徐々に、しかし明確に鈍り出していた。


>>下1 チームの行動


「とりあえずは、対象Aへの対処を提唱する。明らかにそう長くはもたなさそうだ。行動変化に繋がりかねない以上、今のうちに鎮静化させ確保しておくべきだろう」

3度目の提案は富士野だ。
理屈の通ったものであり、反対の声は上がらない。
むしろ全員が積極的に賛成し、案を煮詰めて無力化を目指すことで一致した。

対象Aの発生がもっと特別な条件が必要で”再生産”が困難であれば違った意見もあっただろうが、既にDクラス2名の変異が確認されている。
対象Aは唯一無二のサンプルとは到底言えず、ここで失ったとして問題は何もなかった。
ここで対象Aの異常性を除去し無力化できるのならば、安全性の観点から見れば狙わない理由はない。

となれば、と私は頭の中で筋道を立てて発言した。

「これまでの情報を踏まえると、薬品が効かないという事は恐らく無いでしょう。鎮静剤、あるいは麻酔を投与し抵抗能力を奪い、対象Bの効果範囲外へ牽引した後、記憶処理剤による精神影響の除去を試みる……というプランでどうでしょう」

「特に問題はないように思う。それで行こう」

案はすんなりと通り、新たな行動は遅滞なく実行に移された。


「対象Aの意識喪失を確認。よし、こっちに引きずってきてくれ。対象Bとの距離に注意しろよ」

作戦の序段は特に問題なく完了した。
対象B以外に注意を払わない背中に麻酔銃を命中させるのは実に容易く、そして麻酔の効果も正常に発揮された。
命中から数分の時間をおいて対象Aは昏倒し今やアスファルトに身を横たえている。
麻酔銃に対する反撃にも警戒していたが、結局倒れるまでこちらに視線を向ける事さえなかった。
当然、牽引も全く抵抗なく行える。

対象Bから20mの位置まで運ばれた対象Aは、まずその体を拘束された。
両肘から伸びる斧は重ねて束ねる形でまとめられ、強靭なワイヤーで厳重に縛り付けられている。
実際に確認した斧の鋭利さでは到底切り裂ける強度ではない。
また、両脚も縛り付けられており、凶暴性をたもったまま意識を取り戻したところで芋虫のようにのたうつ以上の事はできないだろう。

「よし。ではクラスA記憶処理剤を投与する」

そうなった対象Aに森住が首元の血管から記憶処理剤を投与した。
これもやはり、何の問題もなく行われる。


そのまましばし、対象Aの麻酔が切れる時間を待つ。

とはいえただ棒立ちで待っていたわけではない。
これまで得られた情報をまとめ、後方への通達を同時に行いながらだ。

結果として、対象Bの収容の目途が立った。
おおよその性質と効果範囲がほぼ確定し、確保の妨げとなる対象Aがこうして拘束できた以上、障害は最早ない。
4m以内に人間が進入しないよう重機と大型コンテナを用いて移送すれば安全だろうとの判断が下ったのだ。
こうなれば後は機材の到着を待てば良いだけとなった。
もちろん油断は出来ず、三宅は対象Bの監視に注力する事となったが。



さて、そうして時間が経過した。
重機が到着し、コンテナ内の環境を整えだした頃、対象Aの様子に変化があった。

「ぅ……っ、あ」

どうやら意識を取り戻したようだ。


「寺田さん。寺田秀一さん。わかりますかー?」

富士野が屈みこみ、対象Aの名前を呼んで意識を確認する。

「あああ、あああぁあぁぁ、うぁ、ああああ!」

「寺田さん、落ち着いてください、大丈夫、大丈夫ですよー」

「ああああ! ああああああ! いいいいぃぃあああ!! うぅぅぅぅ!!」

「……これはダメそうだな」

しかし、どうやら精神影響の除去は叶わなかったようだ。

対象Aの叫びからは知性の類は感じられない。
まるで獣の雄叫びそのもので、そこに含まれるのは怒りと憎悪だけだ。
頭を限界まで持ち上げ、口の端から泡立つ涎をこぼし、対象Bを睨み続ける様からもそれは明らかだろう。

私達は顔を見合わせ、互いに首を横に振った。


(……ん?)

と、その時だ。
私はふと、対象Aの様子が若干変化した事に気付いた。

「あぁ、ぁ……うぁ、あああ……!」

叫びに含まれる感情に違うものが混じり始めている。

嘆き。
あるいは悲しみ。
そう呼ぶべきものが、激しい怒りの陰から漏れ出している、ような。


>>下1 対象Aに対する行動


「対象A、様子が変わったように見えます」

その気付きを、私は即座に共有した。
こういった時に最もまずいのは、気のせいだろうなどと勝手に判断し変化の兆候を見逃してしまう事だ。
勘違いだったならば後で笑えば良い。
オブジェクト絡みで悪い事態が引き起こされてしまったならそれすら出来なくなるのだ。

私の発言を受けて、富士野と森住が対象Aを覗き込む。
そして同時に表情を引き締めた。
2人とも、私が感じたと同じように対象Aの呻き声から嘆きや悲しみを見て取ったのだろう。

「対象Bから引き離した事が原因か? 戻してみるか」

「処分してしまった方が確実では?」

富士野が案を出し、森住が反対し対案を出す。
森住の銃口は対象Aの額に向けられ、いつでも発砲できるよう引き金に指がかかっていた。


「いや、私は前者の案に賛成したい」

「……む」

それを、私は止めた。

確かに森住の言う通り、安全面だけを考えれば対象Aは処分してしまった方が良い。
唯一無二のサンプルでないと確かめられた現状では無理を押して保護する理由はない。

だが、対象Aは本来全く異常性のない一般人である可能性が極めて高く、つまりはただの被害者だ。
記憶処理による影響除去には失敗したが、回復が完全に見込めないとはまだ言えない。
ここで殺害してしまうのが正解だとは私には思えなかった。
財団職員として余計な感情ではあるのだろうが。



対象Bの監視を行っている三宅はここに居ない。
賛成2、反対1で富士野の案が可決された。

「よし。大塚、頼めるか」

富士野に頷きを返し、私は拘束されたままの対象Aを台車に乗せて運び始める。


そうして、対象Aは対象Bの効果範囲内に戻された。

「あぁ、あぁぁ……」

しかし、対象Aの悲嘆は収まらない。
むしろ強くなったようだ。
目の前の対象Bの見上げ、そこに手を届かせられない事を嘆いている……ように見える。

「鎮静化、はしているみたいですね……」

対象Bの至近に居た三宅が私の横に立ち、対象Aを覗き込んで言う。

彼女の言葉通り、対象Aの嘆きが強まるにつれて凶暴性は消えていくようだった。
斧を振ろうと暴れる回数はどんどんと減っていき、今はもう随分と大人しい。


「あぁぁ、ぇぁ……う、うぁ、えぁ」

「え?」

対象Aの漏らす呻きは徐々に弱く小さくなっていく。
そしてその代わりに、何か意味のある音に変化しつつあるように聞こえてくる。

「うぅ、ぁ、れた」

「……意識が回復しつつある?」

「どうでしょう……。寺田さん。寺田さん!」

三宅が呼びかけを試みるが、対象Aがこれまで同様こちらに注意を向けない。

「も、ぉらない…………り、ぁえ、せない」

対象Aの声はいよいよ言葉になろうとしていた。
しかし、そこに含まれる感情は、いっそ呪いと呼んでも良い程に色濃く変わっている。



>>下1 対象Aに対する行動


が、その変化を私は問題ないものと見なした。

対象Aがどれほど呪いじみた感情を見せたところで、既に腕の斧は無力化されている。
拘束を解く事が出来ないならば何を言おうが関係はないだろう。

「ぬすまれ、た、ぬすまれた、ぬすまれた……!」

「盗まれた? どういう事でしょうか」

「さぁ……しかし鎮静化はしているようだし、このまま収容も可能そうですね」

私がそう言うと、三宅は困惑の様子を見せながらも首肯した。
今回の任務はこれで終わりだろう。
対象Aはこのまま運べば良く、対象Bは重機とコンテナに任せれば良い。

安堵の息が、ふう、と漏れる。


「あぁ、あぁ、かえってこない……とりかえせない」

ちょうど支援チームの準備も整ったようだ。
重い音を立てて接近する重機を見やり、片手を上げる。

「もうもどらない、にどと、にどと、にどと……!」

その間も対象Aは嘆き続ける。
いよいよしっかりとした言葉になってきていたが、やはり私は特段の対処を行わなかった。


そしてそれが。

「かえせ、かえしてくれ、ぬす、ぬすんだ、わたしの───」

どうしようもなく、致命的な失敗だった。


>>下1 コンマ

0-1 頭
2-3 首
4-5 胸
6-7 腕
8-9 脚


■ 自分で踏んで書きます


「わたしの、あしを、かえしてくれ……!」

その言葉を耳にした瞬間、私は自分の体が倒れていくのを理解した。
地面が急速に近付き、踏みとどまる事が出来ない。
どころか、私の下半身から全ての感覚が失われていた。

「っ!?」

「うぁっ!?」

咄嗟に腕で受け身を取ったものの、アスファルトに体を打ち付けた衝撃で一瞬思考が止まる。
隣では同様に、三宅が地面に転がっていた。

「かえってこない、かえってこない、もうにどと!」


「大塚! 三宅! 何があった!」

異変に気付き、富士野と森住がこちらに注意を向ける。

「あぁ、かえせ! かえしてくれ!」

混乱する私達の耳に、吐き出され続ける対象Aの嘆きが届く。
対象Aの声量は徐々に大きくなっていくようだった。
今はもう、離れた位置の2人にも届いてしまうだろう。

原理は分からない。
だが、何かまずい事態が進行している事だけは理解した。
そしてそれが、対象Aの「脚を返せ」という言葉をきっかけに引き起こされた事も。

「ぬすんだ、わたしの───ッ」

ならば2度目を発させてはならない。
ただそれだけを閃いて、保持し続けていた小銃の引き金を引く。

対象Aの頭部に3つの穴が開き、数度の痙攣を経て沈黙する。
頑強性にはやはり変化なく、対象Aは間違いなく死んだようだった。


オブジェクトの処分を確認してから、富士野と森住は私達に駆け寄ってきた。
富士野は三宅を、森住は私の体を支え起こし、尋ねる。

「状態を報告しろ!」

「あ、脚の感覚がありません。そこに何もないみたいに───」

「───あ?」

そして三宅が返答した瞬間に、2人もまた地面に倒れ込んだ。

もがく2人の下半身はピクリとも動いていない。
出来る事は、腕で体を支えて上体を持ち上げる事だけだった。

「な、なにが……」

三宅が口を開き、そしてすぐに閉じる。
掲げられた富士野の手を目にしたためだ。

ハンドサインで示された指示は「音を立てるな」というもの。
この場合はつまり、言葉を発するな、という意味だろう。


私はようやく、自身の判断の誤りを理解した。

オブジェクトの異常性を甘く見た。
特定の人間の体を作り替え、凶暴化させるだけのものと油断した。
その結果がこれである。

悔恨に沈みながら、急速に遠ざかり退避していく支援チームの判断に安堵する。
今ここに近付くべきではない事だけは確かだろうから。

私達が何らかの異常性に感染した事は、最早明らかだった。


■ 挑戦を終了します


■ オブジェクトの性質公開

https://dotup.org/uploda/dotup.org2928868.txt.html

パスワード:sssokuho


■ そのうち流れるので直接書き込み(内容は上と同じ)

アイテム番号: SCP-238-SS
オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル:
SCP-238-SSは低脅威度保管ケースに格納した状態で、10m×10m×10mの施錠された部屋の中央に、高さ4.5mの架台に乗せて安置されています。
また、収容室はそれ以外の区画から、完全防音が可能な隔壁によって隔離されます。

室内に無許可の人員が立ち入る事のないよう、2名以上の警備員を出入口前に常駐させます。
警備員は全身を防刃スーツで防護し、一般的なヒューマノイドを確実に殺傷可能なだけの武装を装備させ、聴覚が機能しない状態を保つ必要があります。

SCP-238-SSを用いた実験は現在凍結されています。

年齢が満55歳以上の人間はSCP-238-SSの周囲半径4m以内への接近が許可されません。
この条件に該当する人物がSCP-238-SSに暴露した場合、対象との対話を行わず、ただちに終了処分を行います。



説明:
SCP-238-SSは、モンゴロイドの男性を模した全身彫刻です。

全高180cm、重量75kgで、外見から推測される骨格構造は一般的な黄色人種と変わりありません。
検査により、SCP-238-SSは石膏を素材としている事が判明していますが、重量の異常の原因は判明していません。

SCP-238-SSは頭部が破壊されない限り、最長で1秒以内に完全に再生します。
頭部が損傷した場合は2分から3分をかけてゆっくりと頭部を再生し、頸部にまで再生が至ると瞬間的に全身の再生が完了します。
再生中であっても後述の異常性は継続して発揮されます。

SCP-238-SSの主たる異常性は、その周囲半径4m以内に満55歳以上の人間が進入した場合に発生します。
対象(以下SCP-238-SS-Aと呼称)はSCP-238-SSに対する強烈な不快感を抱き、SCP-238-SSを積極的に攻撃しようと試みます。
この際、SCP-238-SS-Aの肉体の一部あるいは全体が鋭利な刃物へと変形します。
肉体的な頑強性には変化が見られず、変化部位も鋭利ではあるものの脆く、一般的な銃器による破壊や殺害は容易です。

この変化は瞬間的に完了するため、変化の抑止に成功した例はありません。
また、変化部位の切除や破砕はSCP-238-SS-Aの即時の死亡を引き起こします。
SCP-238-SS-Aは変化前の性格や気質に左右されず極めて高い凶暴性を発揮します。
SCP-238-SS-Aは変化の度合いに関わらず発声能力や言語能力は保持していますが、対話の試みは現時点で全て失敗しています。

SCP-238-SS-AはSCP-238-SSを破壊する事に強い執着を示し、あらゆる手段を用いて破壊を試みようとします。
しかしSCP-238-SSの再生能力のために目的を完遂する事が出来ず、最終的には破壊の失敗を嘆きながらその場からの逃走を図ります。
この時、SCP-238-SS-Aは例外なく「体の一部が盗まれた」「取り返せない」「もう二度と戻らない」といった意味合いの言葉を発します。
この盗まれたとする主張と変化部位との相関関係は、現時点では存在しないものと見られます。
SCP-238-SS-Aは逃走を阻害する障害物や生物に対して積極的に変化した部位を用いた攻撃を行いますが、変化前から所持していた武装等を攻撃に用いた例はありません。

SCP-238-SS-Aの発した音声を聞いた人物(以下SCP-238-SS-Bと呼称)は、SCP-238-SS-Aが喪失したと主張する部位の感覚と機能を永続的に喪失します。
この異常は伝染し、SCP-238-SS-Bが部位感覚や機能の喪失を報告した場合、それを耳にした人物もまたSCP-238-SS-Bへと変化します。
SCP-238-SS-Bの異常性は発声能力の除去、あるいは対象部位の切除により無力化できる事が明らかになっています。


20■■/■/■■ 追記

収容担当者の指摘により、SCP-238-SSの表面の色彩に変異が発生している事が明らかになりました。
収容初期の映像と比較して、ごく僅かに赤みを帯びている部位が複数発見されています。
これらはSCP-238-SS-Aが「盗まれた」と主張する部位に集中しており、また、主張が複数回行われた部位の変異はより大きいものとなっています。

SCP-238-SSに未知の異常性が存在する可能性が懸念され、計画されていた実験は全て中止、凍結されました。
現在、SCP-238-SSのオブジェクトクラス変更に関する審議が行われています。


【挑戦結果】


■ 対象Aは、処分されました

■ 対象Bは、性質を暴く事に成功したため支援チームが無事収容しました

■ 初期収容チーム4名、大塚、森住、富士野、三宅は両脚の感覚と機能を永久に失いました

■ 初期収容チーム4名は、両脚を切断し異常性の除去に成功した後、記憶処理を受けて財団を退職しました


■ 次のオブジェクトの収容に挑戦しますか?

>>下1


■ 挑戦継続、オブジェクトをランダム生成しています


■ 新たなオブジェクトが発見されました



正常な物理法則に反した異常な物品や現象、いわゆるオブジェクトというものは出現場所を選ばない。
故にオブジェクトに対する財団は様々な機関に情報収集のためのエージェントを潜ませている。
警察、病院、役所、時には極一般的な商店街の一店舗にさえ。

今回財団に入った情報はそういったエージェントの1人から送られたものだった。

エージェントが潜伏していたのは病院である。
報告者によると、この地域は他地区と比較して優位にホームレスの急性アルコール中毒が多いのだという。
しかも、そうして運び込まれた者のうち半数近くが似通った証言を行うらしい。

いわく、山ほどの酒を持った子供達に宴会に誘われた、のだとか。

実際に一風変わった夜遊びにふける少年グループが存在するという可能性もある。
が、その程度の疑念であっても財団は調査を行う。
初期収容チームが選抜され、付近の捜索に派遣された。


「……黒い球体?」

『はい。黒い球体です。直径は目測で2mほど。地面から30cmほどの位置に浮遊して静止状態を保っています』

が、見つかったのは意外なものだった。
所有者が死亡し放棄された廃屋の中に、異常な球体が浮いているのを初期収容チームが発見したのだ。

『また、表面には複数の亀裂が入っています。破裂や崩壊、亀裂拡大の兆候は今のところありませんが、隙間から虹色の光が漏れています』

財団支部にて現地チームから連絡を受け、本事案の責任者である私は、どうしたものかと頭を抱えた。
何しろ。

「しかし、映像を見る限りそのようなものは確認できないが」

『どうやらこの球体は肉眼のみで視認できるようです。持ち込んだ全ての機器を試しましたが、撮影できません』

現地に行かなければ目で見る事さえ出来ない物であるらしいので。


ともあれ、異常なオブジェクトが見つかったならば対処しなければならない。

現地に居る初期収容チームは3名。
全員が20代の男で、都市部での捜索であるために装備は最低限のものだ。
計器類は所持しているものの、服装は丈夫だが街に溶け込める通常のもので、武器も隠し持てる小型の拳銃が精々だ。

そして現場は廃屋。
これは所有者が既に無く放棄されているだけに過ぎず、荒らされた様子や崩れる心配は無い。
チームからの報告によると、何者かが立ち入ったような足跡などの痕跡は確認出来なかったとの事だ。



さて、それではこの球体を前にしたチームにどう指示すべきかと、私は頭を回転させた。

>>下1 初期収容チームへの指示


少しの思考の後に一旦の結論を出す。

まずはともかく情報が必要だろう。
球体に余計な刺激は与えず観察を行うべきだ。
何らかのアクションを起こすにしても、性質の一端ぐらいは知ってからにしておきたい。

「現地チームはその場で待機。球体の観察を行ってくれ」

『了解』

「とりあえずの観察期間は24時間、定時報告は15分毎に設定する。映像に残せない以上、君達の感覚だけが頼りだ。些細な異常も見逃さないよう留意するように。補給と周辺封鎖はこちらで用意しておく」

通信越しの指示を終え、続いて後方支援の手配に移る。
今回のカバーストーリーは楽で良い。
現場が廃屋という事なら、劣化による崩壊の危険があるとでもでっち上げれば封鎖はスムーズに進むだろう。
追加の装備を運び込む必要が生じたとしても、解体用の機械に紛れ込ませれば幾らでも誤魔化しが効きそうだった。


そうして……24時間は何事もなく経過した。

「変化なし、か」

『はい。球体の色、サイズ、位置、亀裂の状態、光量、いずれも一定のままです』

ふぅむ、と息を漏らして私は目の前の画面を眺めた。
表示されているのは件の球体の3Dデータである。
現地チームが正確な観察のために作成した物だ。

それは彼らの証言と同じく、黒い球体だった。
直径2m、地面から30cmの位置に浮遊して静止している。
表面には複数の亀裂が走り、その隙間からは虹色の光が漏れており、内部は光に遮られて見通せないようだ。

また、亀裂の入り方に何らかのパターンは存在しない。
意味のある紋様を描いているなどという事はなく、一ヶ所に集中してもいない。
脆い素材の球体にゆっくりと内部から偏りなく圧力をかければどこかの段階で似たような姿になるだろう。


「亀裂の向こう側に何か気配は? そうだな、例えば視線のようなものだとか」

『いえ、そういったものは現状感じません。これは全員に確認した所感です』

「圧力を感じたりはしたか? 光以外に何かが漏れているような感覚は?」

『ありません』

何とも言いがたい手応えである。
現地からの報告を聞く限り、黒い球体は今のところ安定しているように思える。
光は球体本体と同様に計器類で捉えられないようで一切データが取れていないが、少なくとも現地チームの人員には身体的にも精神的にも異常は起こっていない。

が、だからと安易に手を出してろくでもない結果に繋がる、というのは財団の扱うオブジェクトには良くある事だ。


(いっそ変化があってくれた方が判断も楽なんだが)

そんな不謹慎な考えを抱きつつも、私は次の指示をどうすべきか考えた。



>>下1 現地チームへの指示


「うーん……しばらくは監視を継続してみるしかないか。後ほど交代要員を送る。長期戦に備えてローテーションを組んでおいてくれ」

『了解』

悩みはしたが、現場の人員に出せる指示はこの程度だろう。
収容スペシャリストというのは損耗率が高い役職ではあるが、だからといって使い捨てに出来るようなものではない。
危機的事態が進行している様子もない現状で、まさか未知の異常存在にちょっと触ってみろとは言えなかった。

と、そこに別口から報告が上がってくる。
球体がある箇所以外の廃屋内部および周辺の探査と、所有者に関する調査を指示しておいた支援チームからのものだ。
これが何かの糸口になればと、私は一度メガネを拭き、視界をクリアにしてから端末を操作しファイルを開いた。


が。

「…………不自然な点は無い、なぁ」

そちらからも手応えはない。

廃屋は極一般的な民家だ。
築42年で延床面積38坪。
木造2階建ての構造で、隠し部屋や何かの儀式の痕跡などは一切発見されなかった。
劣化の具合も全く正常の範囲でしかない。
また、どの部屋も何者かが立ち入った形跡はない。

権利周りもシンプルなものである。
前所有者は多古和彦、男性、享年42歳。
3年前に死亡しており、死因は非異常性の肝臓癌だ。
妻子は居たようだが子供がまだ幼い頃に交通事故で亡くしている。

他に親類はなく、相続する者が居なかったために廃屋の権利は宙ぶらりんになっている。
つまり行政が管理するものなのだが、倒壊の恐れがあるでも無ければ放置というのはよくある話だ。
これもまた異常とは言えない。

最後に、付近の住民に対する聞き込みの結果もある。
こちらもシロ。
多古氏はおかしな宗教や団体に接触していたりもせず、地域行事にもそれなりに参加する人当たりの良い人物であったようだ。


見落としが無いようファイルを数度繰り返し読み終え、私は眉間を揉んだ。

未だ、現地からの報告に変化はない。
黒い球体は安定を保っているようだ。
あるいは非活性化状態なのかも知れない。

こういう時には余計な感情が湧き立ちやすいものだ。
特に今は、目の前に材料がある。



ファイルには数枚の写真が添付されていた。
廃屋内部には家財道具が残されている。
その中で目を引いたのは、居間の一角に飾られたマグカップだ。

歪なそれはいかにも使いにくそうな形で、表面には「おとうさん いつもありがとう」と文字が彫られている。
事故死したという多古氏の子供による手製の品だろう。
私も幼い頃に小学生の授業で似たような物を作り家族に贈った覚えがある。
もしかしたら今も実家に残っているかも知れない。

家族を失い、独りとなった多古氏はこれをどんな想いで見つめたのだろうか。
考えるだけで気が滅入る。

その上、当の居間には今や謎の異常存在が鎮座していると来た。
いかに感情を抑えるべき職務であろうと、同情は禁じえないものだった。


深く、深く溜め息を吐く。
幸いにも余分な感情はそれで消えてくれた。
冷徹にオブジェクトに対峙するいつもの自分自身が帰ってくる。



現地ではチームに交代要員が合流し、監視体制が確立されたようだ。
全員が良く訓練された職員であり、必要となればこのまま数年間だ経とうと音を上げずに監視を続けるだろう。

オブジェクトに変化があるまで待つか。
それともこちらからアクションを試みるか。
もう何杯目かも分からないコーヒーをひと口啜りながら、私は思案した。



>>下1 現地チームへの指示

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