" どんな名言も響かない僕から
何も生まれはしないけれど
目に見える世界が全てじゃないって
わかりたかっただけ "
-あいつら全員同窓会-
【ずっと真夜中でいいのに。】
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「結局世の中、ズルい奴が勝つんだよ!真面目に頑張ったって手に入るものなんか何もないんだ!! フランダースの犬のネロだって、良い人を貫いたら死んだじゃないかッ!!」
クリスマスイブの夜。蒸発した両親に1億5千680万4千円の借金を背負わされた綾崎ハヤテは、雪が舞う人気のない公園で木の幹を殴りつけながら厳しすぎる現実世界に対する叛逆を決意した。ていうかそうしないと死ぬ。
多少の悪事は許されて当然。いや、許されるべき。ネロやパトラッシュだってきっと天国で言っている。仇を討てと。
(そうだ。もし捕まったってムショに温かい食事と布団が……)
「ねえねえ、君かわいいねぇ」
「せっかくのクリスマスイブにひとりなんてさぁ。俺たちとどっか楽しいとこ行かね?」
「……は?」
気がついたらハヤテの目の前にチャラい2人組の男が居た。もしかして、いやもしかしなくてもナンパだろうか。しかしハヤテは男。
「な、なんなんですか、あなた達は。ナンパをするならほら、そこの自動販売機の前に居る女の子に……」
「いや、それは流石に犯罪っしょ」
「俺たちロリコンじゃねーし」
たまたますぐそこの自販機の前に居た少女を指差すも男たちは眼中にないらしい。いくらなんでも女子小学生には発情しないようだ。
「そもそも僕は男で……」
「いやいや、そんな可愛い顔してそんな嘘は通じねぇって。いいから早くこいよ」
「悪いようにはしないからさぁ」
ダメだこいつら。流石、イブに男2人でつるんでるだけあって、女に飢えすぎるがあまり目が曇っている。というよりも腐っていた。
「やめてくださいよ。僕は絶対行かな……」
「ねえ何食べたい? なんでもご馳走するぜ」
「え?」
思わず食いついてしまった。何せハヤテはほぼ無一文である。残金は12円。当然、食べ物など買える筈もない。だから仕方ないのだ。
「あの、お寿司とかでも……?」
「ああ、いいぜ。もちろん、その後は……」
「寿司屋と、あとホテルも予約しとくわ」
「ホ、ホテル……?」
初対面でお寿司を奢って貰おうなんていくらなんでも図々しいかな、とハヤテはおずおずと切り出したのだが、なんと寝床まで用意してくれると言われてびっくりだ。神かな?
「さあ、行こうぜ」
「大丈夫大丈夫。金はあるから」
「あ、はい……ありがとうございます」
手を取られてつれていかれる。やはりお金持ちというのは余裕があるぶん人に優しく出来るらしい。もちろんそんなわけはない。ハヤテだって薄々というか、もうわかっている。
(でもしょうがないじゃん……お金ないし)
自分が男だとバレればその時点でこの人たちは騙されたと喚くだろう。勝手に勘違いしたと言うつもりはない。ハヤテはこいつらを騙してせめて美味しいお寿司をご馳走になろうと決めた。そう。そうやっていくしか僕は。
「もたもたすんな」
「ちょっ……やっ」
「早く車出せ」
ふと見ると、さっき自動販売機の前に居た女の子が無理矢理車に乗せられて誘拐された。
「あの、あれ誘拐じゃ……!」
「は? どうでもいいじゃん」
「巻き込まれたら困るしな」
男たちも誘拐を目撃していたが反応は薄い。
物珍しそうに、スマホで写真を撮っている。
それが普通の反応だ。その写真に写ったナンバープレートで犯人逮捕に貢献出来るかも。
しかし、せめて通報くらいするべきだろう。
「早く警察に通報を……!」
「あとでするよ。いいから行こうぜ」
「どうせ今から呼んでもサツなんて間に合うわけねぇしな」
間に合わない。そうだ。きっと意味なんてない。今から警察を呼んだところで到着する頃には車は逃げ去った後だ。意味なんてない。
「あらあら、あの子ったらまた誘拐されて」
誘拐犯の車を呆然と見つめる女性はあの子の保護者だろうか。母親というには若すぎるのでお姉さんかも知れない。彼女は自転車を押していた。自転車。ハヤテは自転車で配達のアルバイトをしているので、今すぐそれを借りれば、あの車に追いつけるかも知れない。
「あの、僕やっぱり……!」
「あん? どこに行くつもりだよ」
「もう寿司屋予約してんだけど?」
お寿司。食べたい。この機を逃したらもう食べれないかも知れない。それでも僕は。綾崎ハヤテはあの子を見捨てることは出来ない。
見捨てて食べるお寿司は美味しくないから。
「すみません! この自転車お借りします!」
「え? あっ! ちょっとあなた……!」
(馬鹿だなぁ、僕は。はあ……お腹空いた)
ハヤテは女性から自転車を拝借して駆けた。
もうどうでもいいさ。何もかも置き去りに。
業界最速の自転車便の名は伊達じゃあない。
ハヤテ。その速さはまさしく、疾風の如く。
「……その子を返してくれる?」
ボンネットに飛び乗ったハヤテがそう要求すると素直に車を停め返してくれた。ツインテールの女子小学生。怪我はなく元気そうだ。
「大丈夫?」
「……お前は何者なのだ?」
ハヤテが声をかけると女子小学生は警戒心丸出しでそう訊ねた。それも当然である。見ず知らずの男が必死に自転車を漕いで車に追いつくなんて奇妙を通り越して不気味だった。
「僕は綾崎ハヤテ」
「ハヤテ……どうして私を助けたのだ?」
「どうしてかな……たぶん、君のおかげで人を騙すようなことをせずに済んだからかな」
ハヤテと名乗ったその男の言い分はやはり奇妙で意味不明だったが、それでもツインテールの少女、三千院ナギの興味を引くという意味では満点の回答だった。ナギは女子小学生ではなかったがそういうミステリアスなヒーローに憧れる年頃だった。そうヒーローだ。
「ハヤテはヒーローなのか?」
「うーん……悲劇のヒーローかもね」
「ぷっ……なんなのだ、それは」
悲劇のヒロインみたいに幸薄そうな顔をしてそんなことを口にするハヤテに思わず笑みが漏れて自覚する。気に入ったということに。
「私はお前が気に入った」
「はあ……それはどうも」
「助けて貰った礼もある。何でも望みを叶えてやろう。言ってみろ」
ナギに気に入られたハヤテはとてもくたびれていた。お腹はペコペコで先程の全力疾走もあって今にも倒れそう。気絶寸前で答える。
「じゃあ、僕に仕事と住む所を……」
「うむ! ならば私の屋敷で働くといい! もちろん、住み込みでな!」
どうやらこの子は住み込みの使用人を雇えるだけのお屋敷に住んでいるらしい。しかし、具体的にどんな仕事をするのかわからない。
「えっと、僕は何をすればいいんですか?」
「そうだな……取り急ぎの仕事は洗濯だ」
「お洗濯、ですか……?」
「うむ。お前がいきなり車に飛び乗ったときに驚いて私は粗相をしてしまったからな!」
「フハッ!」
わあーい。お嬢様の下着のお洗濯嬉しいな!
「下着を汚すとマリアのやつに小声を言われてしまうからな! ちょうど良いタイミングで新しいメイドが見つかって私は嬉しいぞ!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
どうやらナギはハヤテを女の子のヒーローだと思っているらしかった。ナギは女子小学生ではないが、プリキュアが好きなので仕方がない。つまりハヤテはこれからナギのメイドとして女装をして男の娘にならなければならない。そうしなければ借金が返せないのだ。
「これからよろしくな、ハヤテ!」
「はい……お嬢様」
結局、騙してしまう形になったがもはやどうしようもなかった。綾崎ハヤテは覚悟を決めた。世の中、ズルい奴が勝つ。ならばなってやろうではないか。ズルい男の娘メイドに。
「大丈夫。メイドの格好もすぐ慣れるさ」
「お嬢様……?」
「ふふっ。期待しているぞ、ハヤテ!」
意味深なお嬢様の慧眼がどこまで見抜いているのかハヤテにはわからない。想像は想像でしかない。知らなくていいこともある。ナギのメイドになるにはハヤテが男という事実は都合が悪かった。ただそれだけの話である。
(……この慈悲の意味を考え続けよう)
少なくとも偽りで出会えた僕らは何ひとつも奪われてないのだから。それだけはわかる。
【フハッヤテのごとく!】
FIN
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