フォスフォフィライト「楽しいは無理だ。全然無理だ。楽しい要素ゼロだ……ごめん」 (10)

『すっごく変わってみるのはどう?』

ダイヤモンドの硬度は10。けれど靭性に乏しく、へき開の影響もあって実は割れやすい。
硬くて割れやすい。つまり硬いだけではダメなのだ。硬くて、そして"しなやか"でなければならない。しかしそう上手くはいかない。

『変わりたいとは常々思っております……』

だからと言って、巨大なカタツムリに食べられるとは思わなかった。カタツムリに食べられて殻に取り込まれるなんてそんなの困る。

『いつもボルツに守られてるだけなんて、やっぱり変だよ。僕もダイヤモンドなのに役に立ってないなら……居ても居なくても同じでしょ……?』
『くだらんことをっ!!』
『ボルツ貴様ぁダイヤ虐めてんじゃないよ』

ダイヤの股の間から顔を出してボルツにガツンと言ってやった。ダイヤと同じく硬度10のカーボナード。ブラックダイヤモンド。単結晶のダイヤよりも多結晶のボルツのほうが強い。強くて、怖い。ボルツは僕を助けない。

『悩みごと粉にしてやる』

いっそのこと、あの時に粉にされたほうが貝殻にならずに済んだかも知れない。粉になってたらアンタークが月に攫われずに済んだ。

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『出来ることしか出来ないよぅ……』
『出来ることしか、やらないからだ』

アンタークチサイト。南極石。常温25℃で液体となる鉱物。寒ければ寒いほどに硬度が増す。冬眠する宝石を守る大切な存在なのに。

『出来ることなら精一杯やるよ……』
『出来ることしか出来ないままだな』

流氷に唆されて両腕を失った僕は緒の浜で拾った金と白金の合金を代わりにくっつけて、出来ないことをやろうとした結果、アンタークは月人に連れていかれた。もう会えない。

「楽しいは……?」
「え?」
「楽しいはどうした……?」

フォスフォフィライト。硬度3.5。靭性に乏しく極めて脆い。僕を構成する脆弱な鉱物はもう半分と少ししかない。その分強くなった。

「楽しいが抜けている!!」

合金の腕と貝殻の足を身につけて強くなった僕は変われたのかも知れない。変わってしまったのだろう。いろんなことを忘れたから。

「夜の見回りよりずっと楽しくて、君にしか出来ない仕事を、僕が必ず見つけてみせるから……お前、そう言っただろう?」

余計なことを。能天気だったが、今は違う。

「楽しいは無理だ。全然無理だ。楽しい要素ゼロだ……ごめん」

そんなことを考えていた自分とはもう違う。

「ひとりでは正しく景色が見えているかも、もうわからないんだ。いつも傍で君の審判を聞かせて欲しい」

僕は願う。シンシャに願う。辰砂。宝石を曇らせる水銀を含んだ赤い孤独な美しい鉱石。

「僕と一緒に、先生が排泄する鉱物を……」
「楽しくなさすぎる!?」
「でしょ。まず本当のことが知りたいんだ。疑い始めれば先生の全てが怪しく見えた」
「その先は? もし先生が本当に糞をしていたら、お前はどうするつもりだ?」
「……どうって」
「そこで詰まる程度の糞に協力は出来ない」
「フハッ!」

糞とはなんだろう。どんな鉱物なのだろう。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

わからない。わからないけど、愉快だった。

「やはり……やはり君は、酷く慎重で賢い」

楽しくなくても愉しいはずだ。だから僕は。

「だから絶対僕には君が必要だ。また来る」
「もう来んな。ただ……見るだけなら別に」

見極めようと近づくほど、わからなくなる。


【宝石の糞】


FIN

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