忍野忍「そろそろ子供が欲しい」阿良々木暦「は?」 (13)

「ちと話があるんじゃが」
「話? なんだよ、改まって」

僕と忍の馴れ初めを、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードとの出会いを、一から十まで語ろうとするとそれだけで日が暮れて、徒労に途方に暮れてしまうので、簡単に言うと瀕死の吸血鬼に血を捧げた結果、眷属となった僕は吸血鬼が人類と敵だと思い知ることとなり、救った相手を再び瀕死の状態に戻すという栓もない話である。

「お前様は一応、社会人なんじゃろ?」
「一応じゃなく、正式に社会人だよ」
「ならばそこそこの甲斐性はあるとみた」

そんなこんなで主従関係が逆転して今や僕がこの瀕死の吸血鬼の主となり、死なない程度に血を与えて延命させているわけだけど、だからと言って僕は忍に対して主人のように振る舞うことはせず対等な関係を築いていた。

「甲斐性があったらなんだってんだよ」
「そろそろ子供が欲しい」
「は?」

そんな忍から、耳を疑うおねだりをされた僕は牙の抜けた間抜けな声を漏らして金色の瞳をじっと見つめると、吸血鬼は凄惨に笑い。

「そろそろ子供が欲しいと言うておる」

無邪気な笑顔に似合わぬ尖った八重歯を久しぶりに直視して目の前の幼女があのキスショットの成れの果てであると僕は思い出した。

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「こ、子供……?」
「うん」
「そもそもお前、産め」
「産めるに決まっておろう」

そんな薄い胸を張られても困る。困惑する。

「で、でも吸血鬼は眷属を作れるだろ?」
「あれは子供というよりもパートナーじゃな。生涯連れ添う伴侶の意味合いが強い」

言われてみればたしかにそうかも知れない。

「だが待ってくれ。僕にはどうも、お前が子供を産んで子育てする姿が想像出来ない」
「エピソード」
「え?」
「お前様は知っておるじゃろう? 吸血鬼と人間のハーフを。半純血のプリンスの存在を」

僕の記憶の中のヴァンパイア・ハーフであるエピソードは半純血のプリンスほど黒くて暗くてねっとりはしていないのだが納得した。

「そう言えばそうだったな。お前の言う通り、あいつは人間と吸血鬼の子供だった」
「さらに言えば子育ては必要ない。吸血鬼はその性質上、理想的な身体を維持出来る」

あのエピソードも3才で立派な青年だった。

「じゃあ僕は、お前が子供を産んだ瞬間に、成長した自分の子供と対面するわけか」
「感動の対面じゃな」

成長の過程がなくても感動するのだろうか。

「なあ、忍」
「なんじゃ、我が主人様よ」
「なんで急に子供が欲しくなったんだ?」

改まって訊ねると、忍はさらりとこう語る。

「今の儂は吸血鬼とも呼べぬ搾りかすじゃ。いつ死んでもおかしくはない。思えば、儂が死ぬ間際にお前様に縋ったのは600年生きた自分という存在が無くなるのが怖かったからじゃ。今でもその恐怖が全くないと言えば嘘になる。じゃから、血肉を分け与えた子供が居ればもう怖くないと、そう思ったんじゃ」

忍が吐露した気持ちは、感情は、かつて瀕死の吸血鬼を救った僕が聞き流せるようなものでは到底なく。忍の肩に手を置き繰り返す。

「忍。前にも言ったけど、お前が明日死ぬのなら、僕の命は明日まででいいと思ってる」
「その気持ちは嬉しいが心中しても無じゃ」

残された者どころか、遺す者が居ない。無。

「儂はお前様と共に生きた証を残したい」
「忍……」

生きた証。それは美しい。だけど知ってる。

「それは正しくない」

かつて僕は美しくはあれど正しくなかった。

「ヴァンパイア・ハーフは悪か?」
「悪だよ。人類にとっても子供にとっても」

僕が知るヴァンパイア・ハーフであるエピソードは少なくとも幸せな子供ではなかった。人間と吸血鬼双方の特徴を持つ彼は、人間にも吸血鬼にも成りきれず、馴染めず、吸血鬼を恨み、吸血鬼ハンターを生業にしていた。

「お前様はどうなのじゃ?」
「僕がなんだって?」
「じゃから、お前様は儂と子を儲けて幸せになれないのかと訊いておる」

それはずるい。僕の答えを知っている癖に。

「僕は僕よりも子供に幸せになって欲しい」
「儂はお前様と幸せになりたい」

忍の主張は美しい。僕の主張は正しいのか。

「そもそも世の夫婦がみな自らの幸せよりも子の幸せを願っておるのか怪しいものじゃ。子の成長に伴い、そして自らの老化に伴い、子の幸せを願うのが普通なのではないか?」
「成長も老化もしない吸血鬼、か」

生まれた時から一人前の子供を老いることなく見守って、気が向いた時にこの世を去る。
そう考えると人間よりもよっぽどまともだ。

「だが、ハーフでも血は必要だろう」

結局、吸血鬼は血を求める。あの渇きを思い出すと今でも人間をやめたくなる。だから僕は、キスショットの首筋に牙を突き立てた。

「お前様が血を与えればよい」
「僕が?」
「儂に血を与えているようにな」

そうすれば人類は救われる。しかしそれは。

「お前は僕に子供を看取れって言うのか?」

そんな残酷なこと。僕には到底、不可能だ。

「無理に看取らんでも、子が儂のように伴侶を見つければ良いだけの話じゃよ」

諭すように。あやすように。すり寄られる。

「何をそんなに意固地になっておるんじゃ」
「僕は別に意固地になんか……」
「安心せい。立派な子を産んでやる」
「立派じゃくても可愛ければそれで……」
「可愛いに決まっておろう。儂の子じゃぞ」

可愛いに決まってる。目に入れても平気だ。

「ちなみに」
「ん?」
「お前様がどうしてもと言うなら、産みの親の大役を変わってやってもよい」
「は? それはどういう意味だ?」
「儂が心渡をお前様の尻穴に突き刺して、孕ませることも出来るということじゃ」
「フハッ!」

酷く汚い絵面だがそれは容易に想像出来た。

「かかっ。生まれた瞬間、糞まみれじゃな」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

それはもう美しくもなければ正しくもない。
けれど僕は思うのだ。それでもいいのだと。
忍がお腹を痛めるより僕が痛いほうがいい。
僕はそれほど正しくないし美しくないから。
美しくも正しくもなくても僕はそれでいい。
そんな僕らの生きた証を残したいと思えた。

「ふぅ……まあ、急ぐ話ではないさ」
「そうじゃな。愉しみにしておこう」
「寝る前に子供の名前を考えとくよ」

明日も明後日も生きていく愉しみが出来た。


【証物語】


FIN

最近『問題児の私たちを変えたのは同じクラスの最中先輩』というラノベと出会いまして、とても面白かったです。設定がよく練られておりまして、そこら中に地雷が埋まっているので、今後の展開が本当に楽しみです。
興味のある方は是非読んでみてくださいね。

最後までお読みくださりありがとうございました!

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