「私は85離れた世界から来たってこと」
その虚言を口にすることにさほど抵抗がなかったのはきっと、あの時の私が高校生で遅れてやってきた厨二病を煩っていたからに違いなく、ようするにあとから振り返ると悶えるほどに恥ずかしいのだけど、それでも一切後悔がないと言い切れるのは、間違いなく。
「たとえば、世界に100の君が居て、100の僕が居たとして、それぞれの世界でそれぞれの僕が和音のことを、愛している」
もしもそんなことを暦が本当に思っているとしたらそれはとても光栄で恥ずかしいことをした甲斐があるけれど、その論理が現実的ではない空想であることを私は理解している。
「85離れたあなたはきっと私のことなんて見向きもせずに、別の女に夢中よ」
「え、なんでそんなこと……」
「私たちの出会いは偶然ではなかったから」
暦と交際することになったきっかけは私が虚言を用いて強引に作った。だから私次第だ。
「100の私は100の暦を愛しているけど、100の私を愛してくれるのは、目の前の暦だけ」
うん。それは美しい。アクアマリンの指輪を眺めながら我ながら惚れ惚れする解を得た。
「多様性と画一性のジレンマ、か」
「選択によって世界が変化する際に本人の意思が大きな影響を与えることは他ならぬこの私が証明済み。ようするに」
もしも今、あの時のように私にポニテがあったなら。否。そんな並行世界なんて、ない。
「やったもん勝ちってわけ」
偶然なんて頼らない。男を選ぶのも髪を切るのも、そして息子に会いにいくのも。どの世界の私も自分で選んで決める。それだけだ。
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「ねえ、和音」
「なによ、改まって」
「この世界に偶然なんて存在すると思う?」
存在する。通り魔に遭遇したのも偶然に過ぎない。偶然の証明は量子力学において立証されている。偶然と必然の違いは人の意思だ。だからこそ私は自分の仮説に自信を持てる。
「たとえば、もしも仮に、今この場で僕が便意を催したとして」
「え?」
「いや、並行世界の話ね」
「あ、ああ、うん」
「話を続けるね。それで便意を催したとして僕は車を停めて道端でするか、このまま漏らすか選べるわけだけど」
「漏らす選択肢があるの?」
「並行世界では、或いは」
並行世界を都合よく使うな。睨みつけると。
「えっと……それで僕は、このまま漏らしてもいいと思うんだけど……君はどう思う?」
なんて馬鹿な質問。問題にすらなってない。
「それは偶然?」
「それは……」
「暦がしたいなら、いいんじゃない?」
これは必然だろうか。彼の脱糞は彼が選んだのか、それとも私が選んだのか。私が選ぶ並行世界と彼が選ぶ並行世界は結局同じ結果に収束する。つまりゼロだ。美しい円環の輪。
「はあ……良かった」
「なにが?」
「和音が僕を愛してくれて」
そんな言い方されたら怒れない。ずるいわ。
「今度からは漏らす前に出題しなさい」
「フハッ!」
嗤って誤魔化すあなたも私は愛しいと思う。
「たぶん、漏らした暦を好きなのは私だけ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
私の気を惹こうとして、糞を漏らした。いつまで経っても幼く可愛い暦の恋心。愛しい。
85離れた私ではなく、私だけが愛している。
【僕が漏らしたひとりの君へ】
FIN
名乗るほどの者ではありませんが、個人的に僕愛派で和音推しです
主題歌も素晴らしいですよね
暦のキャラデザも僕愛のほうが好みです
おじいちゃんとのくだりも良かったです
ちゃんと両方観ましたよ
観るなら僕愛から君愛の順番がおすすめです
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