【ラブライブ】あの季節(とき)の中で私は【ことり】 (147)

書いたのは2020年、渋でしか公開してなかったやつです
何かと賛否のあることりちゃんの話

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「南さん、ほんっとうにゴメン!」

そう言って頭を下げる店長さんを前に、何も言うことはできませんでした。

(あぁ・・・私ってどうしてこう、押しに弱いんだろう・・・。)

私の誕生日、9月12日は結局アルバイトで過ごす事になりそうです。




「えーーー!!!ことりちゃん、バイトなのぉ?!」

凄く残念そうな穂乃果ちゃんの叫びが教室にこだまする。

「穂乃果、ことりだって都合のつかない日もあるんですよ?」

海未ちゃんが穂乃果ちゃんを宥めているけども、効果は薄そう・・・。

「だってぇ~、折角ラブライブで二連覇したんだしぃ、Wお祝いしたかったのにぃ・・・。」

「穂乃果?」

「むぅ・・・。」

こんなやり取りを聞いてたら、本当に申し訳なくなってきちゃう。

「ごめんね、穂乃果ちゃん。店長さんがどうしても人手が足りないってぇ・・・。」

私自身、残念って想いが無い訳じゃないんだけど・・・。

「みんなの都合のつく日に改めてお誕生日会をしたら良いではありませんか。」

海未ちゃんの正論にぐうの音も出ない穂乃果ちゃん。

そうだよ。

何もその日に必ずやらなくたって良いんだから・・・。

---(そう、誕生日を楽しみにするなんて、私には贅沢)---

バタバタと過ごしている内に、私の18回目の誕生日は目前でした。

あの日から約一年、留学先のパリに来ても、やっぱり私はメイドのバイトをしています。

そこは、日本人オーナーが『メイド』カフェを切り盛りしている場所。

お客様の評判は上々。

私も日本にいたときのように、ミナリンスキーとして接客をしている。

服飾の勉強は楽しい。

海外生活も新鮮な事ばかり。

充実した留学生活、なのに今でもあの時の事を考えるときがある。

私の誕生日が来ると言う事は、あの日が再びやってくるって事。

穂乃果ちゃんとの関係を恐れずに向き合っていれば、ちゃんとお話ができていたら・・・。

(これは未練なのかな・・・。)




「コトリ!コレ見てよ!」

学校で突然クラスメイトにスマホを向けられる。

『ラブライブ!夏の全国大会 音ノ木坂学院初優勝!』

それは、μ'sがラブライブ!で優勝したという記事だった。

「ミューズ、ミンナ可愛いよネ。コトリもあのメンバーだったんでショ?!」

「あ、う、うん。ちょっとだけね。」

・・・あまり、その話題は振って欲しくない。

私がスクールアイドルよりも服飾を穂乃果ちゃんより自分を選んだあの日。

μ'sの活躍は嬉しい反面、私もあそこに居たかったのかなっていう無いものねだり。

あの中に私の居場所はもう無いという後悔。

本当に、私の選択はコレでよかったのかな・・・。

---(これもある意味で言えば幸せなのかな)---

お誕生日当日。

秋葉のカフェは何故か大盛況でした。

誰が噂を流したのか、今日が私の誕生日だと知ったミナリンスキーファン?の人たちが、プレゼントを持参し押し寄せたのだった。

「いやぁ、ことりちゃんのお陰で今日は大繁盛だよ~!」

店長はすこぶる上機嫌。

(え?まさか私の個人情報??)

私の誕生日を知ってて噂の原因と言えばこの人しかいない。

でもお客様の喜び様を見ていると、やっぱり責める気になれませんでした。

怒涛のお祝いラッシュを終え、お昼休憩を挟んでホールに戻るとき、通路の脇にある姿見の前で一度気合を入れなおす。

「午後もがんばろっと!」

---(私はどうしてここに居るんだろう。)---

ふぅ・・・。

今日のシフトは午後から。

着替えを終えると、ホールへの扉を前にミナリンスキーになりきるための一息をつく。

「今日もがんばろっと!」

自分に言い聞かせるように、気持ちを切り替えてホールの扉を開ける。

・・・と、そこは、普段からは想像もつかない光景が広がっていた。

私の姿を見止めたお客様たちが、ワッと声を上げる。

あれ?

何か凄い違和感を感じる・・・。

んー、人が多い?

ううん、そこじゃない。

忘れるはずが無い。

目の前には、日本にいた頃バイトに通っていたメイド喫茶のホールそのものだった

「え?ええっ?!」

驚く私の眼前には、日本人のお客様がズラリと鎮座している。

(どうしてパリのメイド喫茶に、こんなに日本人のお客様が??)

(じゃなくて!ここって秋葉原のお店じゃ・・・。)

『あれ?ミナリンスキーちゃん、今日は何か違う?』

『そうそう!ちょっと大人な感じになったよね。』

『今日は特別衣装なのか~さすがミナリンスキーちゃん!』

何か色々言われているけど、そんな事気にならない程、私は混乱していました。

---(こんなのマンガや小説じゃないんだから。)---

扉を開けると、そこはいつもと違うホールでした。

「あれ?」

思わず声に出ちゃう。

見慣れないレイアウト。

飛び交う聞き取れない言葉。

そして、外国人しかいないお客様たち。

「あれ?ことりちゃん、その制服どうしたの?」

私の知らない、見た目マスターと思しき人に声をかけられる。

「あ、あのぉ・・・。ここってどこですかぁ??」

自分でも意味の分からない事を訊ねたような気がします。

「え?ここはメイドカフェAKIBAだよ。ことりちゃん、どうしちゃったの?」

どこ?

今さっきまで、私はバイト先に居たはず。

それが扉を開けたら全く知らない別の場所???

でも、この人は私の事を知っているみたい・・・?

ハッと思い立つと背後の扉を開け放つ。

しかしそこは、私の知る事務室ではなかった。

「ことりちゃん本当に大丈夫?疲れてるなら今日はあがって貰っても良いよ?」

頭の中は完全にハテナで一杯だったけど、ふいに思い立って店外に出てみる。

「ここ・・・どこなの??!!」

秋葉とは全然違う町並みに、唖然とするしかありませんでした。

---(これは私の願望なのか、それとも贖罪なのか)---

久しく体験していないカフェの喧騒にドギマギしながら、接客をこなす。

『ミナリンスキーちゃん、お誕生日おめでとう!』

一様にお客様たちが声をかけてくれる。

コレは一体どういうことなんだろう。

そんな疑問に耽る暇さえ無い程、店内は騒然としていました。

(あぁ、でもこの感じ、少し懐かしいかも・・・。)

私が以前、秋葉原でメイドのバイトをしていたときも、こんな感じだったから

---(私を知ってる、私が知らない世界)---

外の景色は一目瞭然でした。

「ここって秋葉原じゃないよ!」

どうして私がここに来てしまったのか、考える暇を与えぬようにとお客様がやってくる。

「Bonjour!(ハーイ!) コトリ! Travaillez-vous correctement?!(シッカリ働いている?!)」

数人の外国人女性グループが親しげに私に話しかけてくる。

(え?!この人たち私のことを知ってるの?!)

もはやパニックなどと言う領域を遥かに超えてしまって、体だけが反応してしまう。

「お帰りなさいませ、お嬢様♪こちらへどうぞ♪」

そして当たり前のように、日本語で話しかけてしまう。

「Est-ce qu'aujourd'hui est un jour japonais?(何それ日本語?)」

返された言葉が判らない・・・。

「コトリ、Tu es si mignon ne pas etre mignonne aujourd'hui?(何か可愛くなった?)」

「Voyons.(ウンウン)、Tu es emotif.(何か気持ち入ってるよね。)」

向こうは私のことを知っている風だけど、私はこの人たちの事も言葉も全然分からない。

「あ、ありがとうございます~♪」

えーもう、訳が分からないよぅ!

---(私の望んだ未来とは?)---

あっという間に時間が過ぎていく。

夕方に差し掛かり、客足も落ち着いてきた。

「あの・・・。マスター?今日って何日でしたっけ?」

何か確信があった訳じゃない。

でも、聞かなきゃいけないことだと思った。

「え?今日は9月の12日だよ?」

そう、私の誕生日・・・。

「ぇ、えっとぉ、今年って何年でしたっけ?」

「ん?どうしたのことりちゃん。令和元年じゃないか~。」

「れ、令和??」

平成じゃないの?!

(ここは日本で、私がずっとバイトしてたメイドカフェ・・・。)

(とても理解できないけど、もしかして扉の向こうは日本に繋がっちゃってたとか?)

何かとてつもない現象が起きていることは間違いなかった。

あ、そうだ、カレンダー!

ハッと気付いて大急ぎで壁にかかっているカレンダーを確認する・・・。

「2019年・・・。」

そう、それは私の時間と同じ。

あの日に帰った訳じゃないんだ・・・。

(それじゃぁこれって、あの時選ばなかった私の未来なの?!)

---(もしも、あの時留学していたら?)---

私の名前以外の単語はサッパリ分からない。

それでも、気持ちよく喋ってるみたいだし、適当に相槌を打っておこう・・・。

そうこうしていると、女性グループの一人が懐から小さな箱を取り出す。

差し出すその顔はとてもニコニコしている。

思わず後ろのマスターを見ると、何故かニコニコしながら頷いている。

私が受け取っちゃっても良い物なのかな・・・。

小箱を受け取った私に向けて、彼女達が『開けてみて』ってジェスチャーをしているような気がする。

意を決して開けてみた小箱の中身は、デフォルメされた鳥のブローチだった。

(鳥?何の鳥か分からないけれど、やっぱり私をモチーフにした物なんだよね?)

きっとプレゼントなのだと自分に言い聞かせ、その場で付けてみる。

それを見た彼女達が最大級の歓喜を表現している。

つられて照れ笑いのような愛想を振りまいているとき、壁にかけてあったカレンダーが不意に目に入った。

『12 09 2019』

(そんな・・・私の知らない世界の今日・・・でも、ここが外国なら思い当たる所は・・・。)

---(私は彼女に、どんな顔で会えば良かったのだろう)---

「こっとりちゃーーーん!お誕生日、おめでとぉーーー!!!」

それは突然店内に響き渡った。

もう何が起こってもって気分の私を尻目に、次々と私に祝意を述べる集団が入店してくる。

そう、それは私が必死に忘れようとして忘れられなかった面々。

「穂乃果ちゃん?!それに、みんな?!!!」

見紛う事なんてある訳が無い。

あの時私が選ばなかった未来が確かにここにあった。

「折角だから、バイト中のことりちゃんにサプライズ!だよ!」

「ことりの迷惑になるから、止めておいた方が良いって言ったんですけど・・・。」

「お誕生日は、みんなでお祝いするにゃー!」

「突然大勢で押しかけてごめんなさいね、ことり。」

「それがサプライズやん♪」

「こ、ことりちゃん。お誕生日おめでとうございます。」

「やっぱり誕生日は盛大に祝わないとね。さぁみんなでぇ~ニッコニ・・・」

「なんで、そこでニコニーしなきゃいけないのよぉ!」

この騒がしい感じ・・・。

私があの日、無くしてしまったもの。

それを想うと自然と涙が零れてしまう。

「あーーー!ことりちゃんが泣いちゃったにゃー!」

「凜ちゃん!そういうのは煽っちゃダメだよぉ・・・。」

私自身すら驚いている反応に、みんなが動揺を隠せない。

「どうしたのですか?ことり!」

海未ちゃんが、すかさずフォローしてくれる。

でも、それすら今の私には辛くて仕方ない。

「私っ!私・・・、みんなに祝福される資格なんて無いのっ!」

---(あぁ、あのときの選択は良し悪しじゃなかったんだ)---

道を違えたもう一人の私に思いを馳せる・・・。

あの時、選んだ決断がどう転んだかなんて、きっと分からない。

でも、どっちを選んだから正解、どっちを選んだら間違い、なんて事は無かったのかもしれない。

きっと、留学を選んだ私には、相応の未来があったんだ。

この胸のブローチが、そう教えてくれている気がしてならない。

(私が、私らしくいられる場所って日本だけじゃなかったのかな。)

それは確認のしようがない事・・・。

ううん。確認なんて要らないよね。

(私は、いろんな人と関わりながら生きてきて、これからもそうして行くんだ。)

席を立ったコチラのお友達(?)を見送りながら、私の心は少し軽くなっていました。

---(もう、取り返しがつかないのだと思い込んでいた。)---

泣き崩れた私の姿に、みんなあたふたしている。

私の予想外な反応に、みんなの理解が追いついていないみたい。

「ことり。気付けなくてごめんなさい。でも、あなたが辛いのを黙って見過ごす事はできないわ。」

ただ事ではない何かを感じたのか、絵里ちゃんが肩を抱いてくれる。

「一人で悩むより、みんなで悩んだ方が良い答え、見つかるかもしれないよ。」

「そうですよ、ことり。貴女にそこまで言わせる事なんて、私達にはありませんから。」

希ちゃんと海未ちゃんが私を落ち着かせようと気を利かせてくれる。

「ウソ・・・ことりちゃん、なの・・・。どうして・・・?」

騒然とする店内で、そこには今まで見たことも無い程青い表情をした穂乃果ちゃんが震えていました。

---(私の『今』は、いつも誰かと共にある。)---

落ち着いた店内。

「ことりちゃん、お疲れ様。」

客足が途絶えた所で、店長さんが声をかけてくる。

「いいえ~このくらい・・・。」

そう言いかけて、ふとある疑問が湧いてきた。

「あのぉ、店長さん。この一年間、私は楽しそうにしてましたか?」

「ん?この一年?」

店長さんが不思議そうな感じで頭をかしげる。

「んんん、そうだなぁ・・・。」

こっちの私は幸せに過ごしたんだろうか。

「僕の見てた限り、昨日までのことりちゃんは、あんまり楽しそうではなかった、かな。」

ドキリと心臓が波打つ。

それはつまり・・・。

「君が初めてこの店に来た時、雨に打たれて街に彷徨う子猫をイメージしたんだよ。」

多分わかる。

見知らぬ街、見知らぬ人、そんな世界で何とか自分を繋ぎ止める場所を探してたのかもしれない。

以前、自信のなかった私が、居場所を求めるように秋葉のメイドカフェに辿り着いた様に。

「僕もね、初めてこの土地に来てしばらくは、自分を見つける事に躍起だったから。何て言うかね、デジャブっていうの?」

そっかぁ、新しい世界に飛び込むって、そう言うことなんだ。

穂乃果ちゃんや海未ちゃんと常に過ごしてきた私には想像もつかなかった。

「そんな生活の中で、この世界にも僕を、僕らしさを認めてくれる人たちに出会う事が出来たんだ。」

(この店の居心地の変わらなさは、きっと店長さんの・・・。)

「異国の地に渡ってきた君にもきっと、そんな出会いがあったんじゃないのかな?」

私の胸に光るブローチを目配せして、店長さんがニコリと笑顔を向ける。

(その最初の出会いは、きっと店長さんですよ。)

---(私だけじゃない。その選択に悩み苦しむ人がいたんだ)---

『穂乃果(ちゃん)?』

みんなの視線が集まる。

「私・・・、ことりちゃんの事、引き止められなくて・・・その方がきっと、ことりちゃんのためだって・・・。」

穂乃果ちゃんの目から涙がこぼれる。

この言葉と涙の意味を私だけが理解したと思う。

「穂乃果ちゃん・・・なの?」

「うん・・・、うんっ!」

『ちょ、ちょっとまって!』

みんなが一斉に声を上げる。

穂乃果ちゃんと私だけが通わせた空気に、みんながうろたえている。

「どういう事なのよ!意味わかんない!・・・ニコ?」
「さり気なく私の真似しないで!じゃなくてー、穂乃果もことりも、どうしたって言うのよ?」

「はーい!凜分かっちゃった!」

「えぇっ?!分かっちゃったのぉ?!」

「スピリチュアルやけど、多分そう言うことかもしれない。」

「凜と希だけで通じてないでください・・・。」

海未ちゃんが少し寂しそうにする。

「で、でも!ことりのバイトの事で、ここまで拗れるの?!」

絵里ちゃんが少しずれた所でパンクしかかっていた。

「ううん。違うの・・・。」

---(だからこそ、私は伝えなきゃいけない。)---

カランカラン。

お客様の来店を知らせる音が響く。

「お帰りなさいませ・・・おじょ、お母さん?!」

そこには、見紛う事なき私のお母さんの姿・・・。

突然の事に、そこから言葉が出てこない。

「メイドさん。お嬢様のお帰りですよ。」

言われてハッと気付く。

「あっ、お嬢様。こちらへどうぞ・・・。」

(何でここに?あ、でもお母さんは昔から良く外国へ行っていたから・・・そうじゃなくて!)







「お待たせいたしました。紅茶でございます。」

注文された品を持ってくると、所在なくその場に佇む。

お母さんは静かに紅茶を口に運ぶと、窓から望む風景に一息ついて私に微笑む。

なんだろう・・・私の知っているお母さんとは何か雰囲気が違う。

「ふふ。私にもね、あなた位の娘がいるのよ。」

「は、はい・・・。」

突然の話に少し緊張する。

「娘には、やりたい事があったわ。親の気持ちとしては勿論応援した・・・。」

次はどんな言葉が出てくるのか、ゴクリと息を呑んで待つ。

「日本には仲良しだったお友達も居たんだけどね・・・、娘は全てを振り切って旅立った。」

私も、もしかしたら選んでいたかもしれない世界。

「今でも不意に思い出しては悔やんでいるのよ。私の良かれと思った事が、逆に娘に辛い思いをさせたんじゃないかって。」

お母さんが私の前で下を向いている。

いつも自信たっぷりで余裕があって、素敵に思っていたお母さんが・・・。

「・・・そんなことは・・・。お嬢様は娘さんをずっと応援してくれていたんですよね?」

未来を選んだのは私。

でも、そのお膳立ては全部お母さんがしてくれてたという事実。

だから、私の想いを、言葉を伝えなきゃいけない。

「・・・お嬢様。私にもお嬢様と同じくらいの母が居るんです。」

「・・・。」

「私の将来のために精一杯働きかけてくれました・・・。」

「それで、どうなったの?」

「私は、優柔不断で、自分の正直な心を母に・・・伝えられませんでした。そのせいで母にはとても、とても迷惑をかけました。」

これは、あっちの私が言うべき言葉じゃないかもしれない。

でも、お母さんの優しさはどちらの世界でも変わらないと思う。

私の心もきっと・・・。

「それでも私は、お母さんのお陰で幸せです。」

「ことり・・・。」

「お母さん。ありがとうございます。」

---(この選択を後悔する事は)---

「あのね、みんな聞いて欲しいの」

私の言葉をみんな固唾を呑んで見守っている

穂乃果ちゃんは心配そうな面持ちで私を見ている。

「待って、ことりちゃん!」

そんな中、希ちゃんが私の言葉を遮る。

「なんか、言っちゃったら変な事にならないかにゃ?」

心配してくれる希ちゃん、凜ちゃんの、優しい意味はすぐに理解できた。

でも、今ここで言わない訳にはいかない。

二人を見つめて、小さく頷く。

「あのね。私は一年前に、μ'sである事を捨てた私なの。」

その言葉の意味に、みんなが息を呑む音が聞こえた。

「そ、それって、ことりちゃんが留学に行くかもしれないって時の事?!」

花陽ちゃんがもっともな疑問をぶつける。

「うん。・・・(信じてもらえないかもしれないけど・・・。)。」

「まさか、穂乃果の方は、その送り出した方の穂乃果だというのですね?」

(コクン)

海未ちゃんの言葉に、穂乃果ちゃんも小さく頷く。

「はぁ・・・ここで事の真偽を確かにする意味は無さそうね。」

真姫ちゃんが肩をすくめながら苦笑いする。

「ま、目の前に居るのがことりなんだから、やる事は変わんないわよ。」

「そうね。ことり違いでも、ことりはことりなんだから一緒よ!」

この不可思議な出来事にも動じないにこちゃんと、きっと考えるの止めたんだよねって感じの絵里ちゃん。

「あはは・・・それもそうだよね。」

思わず私もそんなもんだと思ってしまう。

『その前に!』

ここで珍しく花陽ちゃんと海未ちゃんの声がシンクロする。

二人は視線を交わらせると、私を鋭く見抜く。

『あなた自身は、その選択を後悔しているの(ですか)?』

横では穂乃果ちゃんが心配そうな顔で私の返答を伺っている。

ありがとう。

花陽ちゃん、海未ちゃん・・・大丈夫。

「未練はきっとあると思う。でも、後悔はしてないよ。」

「・・・あっちのことりちゃんは心配無さそうやね♪」

「ほぉら見なさい、何にも気にすることなんか無いじゃない!」

いつでも優しい希ちゃんと、頼もしいにこちゃん。

この懐かしい感じ。

私は、あの時からずっと、ちゃんとみんなと繋がっていたのかもしれない。

---(どんな時でも、私は私なんだ)---

お母さんが帰った後、私は静かになった店内で思いを馳せていた。

もしかしたら、私は心のどこかであの時の選択に自信が持ててなかったのかもしれない。

私の選ばなかった未来は、決して成功や失敗なんて事じゃなかった。

「ことりちゃん。」

不意に声をかけられて振り向くと店長さんが優しい目で私を見つめていた。

「人生の選択には必ず責任が付きまとうモノだよ。でも、思ったより悪くはないんじゃない?」

私のことを一年間見続けてくれた人の言葉なのかな。

その言葉はすんなりと私の心に入ってくる。

「はい!私の幸せの中に、オーナーの姿もちゃんとありますよ♪」

きっと、こっちの私も同じ思いだろうから・・・。

---(この気持ちを何とか残せないかな)---

みんなの気持ちが一気に私の誕生日に向いてきた気がする。

そんな安心感から、ふと疑問に思う。

私はどうしてここに来たんだろう。

みんなに懺悔する為?

ううん。それは何か後ろ向き過ぎる気がするなぁ。

それに懺悔するなら私の世界のみんなの前だよね。

今の私が、今ここで成せる事・・・。

そこで、はたと気付く、私が私ならきっとある!

思い立ったら行動は早かった。

急いで事務室へ駆けると、懐かしい”自分”のロッカーの前に立つ。

幸い鍵はダイヤル式だったので、難なく開ける事が出来た。

そこに置いてある物を持ち出すとみんなの前に立つ。

「みんなぁ!そこに並んでくださあい!」

今ここに私がいる理由を考えたときに唯一できること。

みんなの知らない私は、こんな事が出来るようになりました!

---(私は、こっちの私に負けてなんか無い)---

でも、どうして私はここに来ちゃたんだろう?

単純に、こっちのお友達やお母さんに会うために?

何か違う気がする・・・。

あっちの私と違う所・・・。

そういえば、留学した私ってどのくらいなんだろう?

こっちで一年勉強したら、やっぱり今の私よりスゴイのかなぁ。

なんて考えている内に、思い立って店長さんに私の私物の場所を聞く。

頭にハテナを浮かべる店長さんに、私の現状を簡単に説明する。

「うーん。本人が良いって言ってるんだから良いのか?コレ・・・。」

鍵を開けた所で、コンプライアンス的にどうなのかと店長さんは悩んでいる。

それを他所に私が私なら、きっとあると思ってたモノが、やっぱりあった。

休憩室のロッカーに仕舞われていた物を取り出すとお店に戻る。

「店長さん!少しこのお店をスケッチしてもいいですか?」

そう言うと店長さんは嬉しそうに笑った。

「あぁ、どうぞどうぞ。ことりちゃんの感じたこのお店を書いてくださいな」

不思議と時間はそんなにかからなかった。

初めて来たお店だけど、何となく感じが掴める。

私の全力を書きなぐったスケッチを店長さんに渡す。

「私が戻ってきたら、見てもらってくださいね♪」

店長さんは、苦笑いを浮かべるとスケッチを受け取ってくれました。

「それと、これは私が持って行っちゃダメなので・・・。」

プレゼントされた鳥のブローチも店長へ託す。

そして私は、事務室への扉の前で深呼吸をする。

理由なんてわかんない。

きっと次にこの扉を開けたときには・・・。

---(この不思議な出来事に感謝しなきゃ。)---

『わぁ~!』

私の書いたスケッチをみんなに渡すと、感嘆の声が漏れる。

「これが、ことりちゃんの一年の成果なんだね!」

花陽ちゃんが興奮気味にスケッチを握り締めている。

「こんなの見せられたら、真姫ちゃんイマジネーション刺激されちゃうやん?」

「そうね・・・望む所だわ!」

真姫ちゃんの瞳の奥がメラメラ燃えているのが分かる。

「以前はあくまでも『スクールアイドル』的だったデザインが、本格的にファッションになってる気がするわね。」

絵里ちゃんにも褒められるなんて、私の勉強はちゃんと身に付いていたのかな。

「今パパッて書いただけなのに、みんなに凄く合ってる気がするにゃ!」

「そうですね。でも不思議ではありません。ことりはずっとこの時のために勉強をしてきたのですから。」

「うん!ことりちゃんは、ずっと私達と一緒にいたんだよ!」

穂乃果ちゃんが泣き笑いみたいな顔をしている。

そうだよ。

ずっとずっと、私のモデルはみんなだったの。

いつか、私のデザインした衣装を・・・もう一度みんなに・・・着て欲しくって・・・。

ポン。

そっと私の頭に手が添えられる。

「その気持ち、アッチの私達のために取っときなさい。」

また泣きそうになってる私に、にこちゃんが耳元でささやく。

「うん・・・。ありがとう、にこちゃん。ありがとう、みんな・・・。」

どっちの世界でも、みんなは優しくて素敵な仲間だった。

(・・・え?!)

突然、どういう訳か事務室の扉がすごく気になった。

なんだろう・・・この感じ。

「呼ばれてる。」

吸い寄せられるように扉の前に立つと、ドアノブに手を伸ばす

『ことりちゃん?』

みんなの反応をよそに、扉を開け放つ。

---(全て、元通りになったのかな)---

あれ?

ここは・・・。

見慣れた部屋のレイアウトに、逆に戸惑う。

(戻って、来たのかな?)

何が何だか分からない内に戻ってきちゃった感じがするけど、とりあえず背後の扉を一度閉めて、もう一度開けてみる。

『ことりちゃん!』

そこにはいつもの通りの秋葉のメイド喫茶と何故かμ'sの面々がいました。

「その服、ことりなの?」

絵里ちゃんが真剣な顔で変な質問をしてくる。

「は、はい。ことりですけど・・・。みんなどうしたの?」

「どうしたの?って、今まで別のことりちゃんが来てたにゃ!」

ん?

別のことりちゃん?

「ことり、貴方もしかしてパリにいませんでしたか?」

「え?何でその事知ってるの?!」

海未ちゃんの問いに反応すると、みんなは顔を見合わせて微妙な苦笑いをする。

「あのね、さっきまで一年前にパリに留学に行っちゃった、ことりちゃんが来てたの。」

花陽ちゃんが何を言っているのか意味が分からない・・・事も無いかな。

そっか、ことりはアッチとコッチで入れ替わってたんだ・・・。

---(私の誕生日・・・)---

扉を開け放つと、そこは見慣れた事務室。

一歩踏み出したところで、後ろを振り返ってみると、そこにはμ'sのみんなと『私』の後姿。

(元通りに、なったんだね)

しっかりと扉を閉めて、一呼吸してもう一度ゆっくりと扉を開ける。

「ことりちゃん?」

マスターが声をかけてくれる。

「・・・はい。お世話をおかけしました。」

「そうか。」

マスターはそれだけ言うと、小さく微笑んでくれました。

「ホイこれ。」

マスターに渡されたのは鳥を形どったブローチ。

それと・・・。

「そうだよね。私って結構負けず嫌いだもんね・・・。」

私のスケッチブックを眺めながら、わき上がる確かな心を感じていました。

---(こっちを選んだからって負けてると思われたくない)---

「ことりちゃん・・・。」

なんだか複雑な顔をした穂乃果ちゃんが、私にスケッチブックを手渡す。

うん、全部言われなくても分かるよ。

意を決して見たそれは、今の私では思いも寄らない表現力。

「これが・・・”今”の私なんだね。」

自然と力のこもる両の手を穂乃果ちゃんが優しく包み込む。

「ことりちゃんの衣装は、いつだって私達を輝かしてくれてたんだよ。」

「穂乃果ちゃん・・・。」

「ことりちゃんが私達のためにデザインしてくれた衣装だから、私達も自信を持って着る事が出来るの!」

「そっかぁ・・・じゃあ、私も自信を持ってみんなの衣装を作らなきゃいけないね!」

---(私が自分らしくいられる場所は、私が決めるんだ)---

何日かして私は今、二通のお手紙をしたためています。

一通は穂乃果ちゃんへ。

あの時、話しそびれた私の現況と伝えきれなかった想い。

私は色んな事を今頃乗り越えられたって伝えたくて。

もう一通は、お母さんへ。

私はずっと、今の自分への不満をお母さんに責任転嫁していたと思う。

選択は自分自身の責任なのに、流されるままだった私は今までの状況を受け入れる事をしなかった。

都合が良いかもしれないけれど、今の私がある事への感謝を伝えなければいけない。

私はこれで、本当の意味で留学できたのかもしれません。

「ことり~!そろそろ終わった~?」

宿舎の外で、友達が声をかけてくれる。

「はーい!今行きますね~!」

私は、何も棄てていなかった。

私が、自分自身を認めていなかっただけ。

だから、もう一度、前を向いて進もう。

スクールアイドルを始めた、あの時のように・・・。

---(私はどこかで、今の自分が見えなくなっていたのかもしれない)---

みんなから、一年前に枝分かれした世界の私が居た事を説明された。

私の体験からしたら、似たような事がコッチでも起こったのを理解するのは難しくありませんでした。

苦笑いしかでない空気を、フッとホールの照明が落とされる事で断ち切られる。

この時期では真っ暗とは言えなくても、その暗さ加減にみんながどよめく。

『パンッ!パンッ!』

切り裂くような乾いた音が店内に響き渡った。

『お誕生日、おめでとうございます!ことりさん!』

再び明かりがつくと、何時の間に集まっていたのか、一年生の団体がクラッカーを片手に現れました。

『ええ~~~?!』

このサプライズに驚いたのは、私よりもμ'sの面々。

「なんで貴方達がここにいるのよぉ~!」

真姫ちゃんの反応が、一年生達の独断であったと如実に示していた、

『ことりセンパイのお誕生日を自分たちだけで祝おうなんてズルイです!』

うんうん、至極ごもっともな意見に思わず頷いてしまう。

わちゃわちゃと騒がしくなった店内。

今日という日をお誕生日として迎えられないと思ってたからちょっと嬉しいです。

一年生たちのお祝い行脚を一通り過ごした私は、そっと店外に出る。

そこは相変わらずの秋葉の街。

ほんの一瞬だったけど、私の目に映ったヨーロッパの街並みは凄く新鮮で、私の狭い世界を少し広げてくれたような気がしました。

スクールアイドルを初めて一年ちょっと。

私は自分の見えている世界に刺激を感じなくなっていたのかもしれません。

タダひたすら、作業を黙々とこなすように衣装を作り続ける毎日。

「でも、これって贅沢な悩みだったのかな。」

思わず口に出してしまうと、あっちの私を思わずにはいられない。

「ことりちゃん。」

不意にかけられた声に振り返ると、不思議な雰囲気の穂乃果ちゃんがいました。

「・・・あなたは・・・穂乃果ちゃんなの?」

自分でも意味が分からない言葉を発したのは自覚してます。

「私は穂乃果だよ。でもね、ことりちゃんの知らない私。」

ついさっきまで、私が体験していた不思議な出来事、それがスッと今の状況に入ってくる。

「そっか、あなたはあっちの穂乃果ちゃんなんですね。」

彼女は黙って頷く。

「・・・穂乃果ちゃん・・・。今回の事で、思ったの私。」

穂乃果ちゃんが緊張の面持ちで私の言葉を待つ。

「私達の未来は、選択の連続なんだって。でもね、選ばなかった先の未来が必ずしも不幸なんかじゃないって。」

「だからね、私達はワガママになっていいんだよ。後悔する事もきっとあるけど、自分が良いと思ったことを選んで良いの。」

「・・・私も、前に進んでもいいのかな。」

不安そうな穂乃果ちゃんが下を向いてしまう。

「穂乃果ちゃんが穂乃果ちゃんである事が、何よりも一番大事なんだよ。」

一呼吸をおいて、そっと穂乃果ちゃんの頬を両手で包む。

「選んだ事を後悔するよりも、選んだ事をどう生かしていくか。それが出来るのが穂乃果ちゃんです。私も海未ちゃんも、μ’sの皆も、そんな穂乃果ちゃんだから皆で頑張ろうって思えたんだよ。」

驚いたような表情を見せてすぐ、そっと私の手を放すと踵を返した穂乃果ちゃんが、お店のドアに手をかける。

「ありがとう。やっぱりことりちゃんは私の大事な幼馴染だよ!」

ほんの少し見えた穂乃果ちゃんの横顔は少し照れくさそうでした。

(穂乃果ちゃん、頑張って・・・。)

---(私の世界はこんなにも広かったんだ)---

あの一件以来、私の世界が少し変わった気がします。

友達も、先生も、バイトも、何も変わってないのに・・・。

それはきっと、私の心持が変わったから・・・。

目に見える全てが色鮮やかに視界に入ってくる。

少なくとも、一年は同じ景色を見ていたはずなのに。

「ことり、最近良い事あった?」

クラスの友達に問いかけられる。

うん、何かどころじゃない事があったんだよ・・・。

「うん。私は幸せだなぁって♪」

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