安っぽい恋の歌 (5)
明日の15時に〇〇駅の東口で待ってるね。
そんなダイレクトメッセージが唐突に届いて、実際にその通りに行動する人間はどの程度いるのだろうか。家族や友人、恋人であれば話は違うのかもしれないが、問題はその内容が推しのアイドルである、レイさんのアカウントから届いたということだった。
送り間違い? 誤爆?
当然浮かんだ疑念と、同じだけ期待をしてしまった自分もいた。もしかしたら、本当に自分宛てのメッセージなのかもしれないと。
特別古参のファンということもなければ、TOと呼ばれるようなレイさん推しのトップオタクということもない。それでも、ある程度は現場に通い、チェキや握手といった接触もこなして、少なくとも顔と名前が一致するくらいの認知はされているという自負も少なからずあった。
何かを送り返すか悩んで、それをやめることを決心したのが12時間前だった。特に予定がなかったこともあり、指定された時間の1時間前には到着していて、予定時刻はもうすぐだった。
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周りにいる男の人は何だかみんなかっこよく見えて、例えばレイさんがあの人と待ち合わせるつもりだったら悲しいけど納得がいくなぁと思ったり、いやでもSNSも平常運転でメッセージの追撃もないからやっぱりあれは僕宛で正しかったのではと思い直したり、待っている時間もやたらと早く感じた。
落ち着かない気持ちをごまかそうと、スマートフォンでSNSを再度確認しようとした時だった。
「あ、カズくん?」
聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。視線を上げると、期待していてよかったと思える顔がそこにはあった。肩のあたりまで伸びた茶髪に、僕の周りにはいないくらい小さい顔。控えめに表現するなら、天使。ライブやイベントで見るときにはかけていない眼鏡は、もしかしたら変装なのかもしれない。
いざって時、人間は本当に声が出なくなるらしい。
「こんにちは~。ありがとね、来てくれて」
送り間違いじゃないなら、誤爆じゃないなら、本当に僕なら。なぜこうして平然といられるのだろうかという疑問が脳裏をよぎって、「ども」とぎこちなさを自覚する笑顔で頭を下げることしかできなかった。
彼女はそんな僕の様子をおかしそうに笑いながら、「どこか入ろうか」と提案をしてきた。頷いて、すぐに駅のような人通りが多い場所は避けたほうがいいんじゃないかと逡巡する。
「あんまり人がいないところのほうがいい?」
「あはは、ごめんね、気を使わせて。私なんて、知名度ないから気にしなくて良いんだけどね」
でもありがとう、と言い足して、彼女は駅に背を向けた。どうやら僕の提案を飲むということらしい。
並んで歩いていいものか悩みつつ、こうなればままよと彼女と歩幅を合わせて並んでみた。他の彼女のファンに対する優越感以上に、罪悪感や緊張の方が強いのかもしれない。変に胸の鼓動を早く感じる。
駅から数分歩いて、個人経営らしいこじんまりした喫茶店に入った。店内に客らしい客はあまりおらず、窓と入り口から離れた奥の席に案内されたのはラッキーだった。
アイスカフェラテを二つ注文して、改めて向かいに座る彼女を見ると、現実を処理できずに脳内がバグったように感じる。えーっと、うーんと、と言葉にならない声を上げ続けてしまう。
「緊張してる?」
彼女にそう問われて、首がちぎれそうな勢いで何度も頷いた。推しにいきなり呼び出されて、こうやってプライベートを過ごすなんて、緊張しない方がどうかしている。
「いつも接触に来てくれる時と、全然違う」
「いやだって、あれはオタクとしてお金を払っていれば誰でも……」
そう言って、何だか今の状況が選ばれし者であると本人に言ってしまっている気がして恥ずかしくなった。
「今の状況は、誰でもはできないって?」
悪戯っぽい表情を彼女は見せた。冗談でからかわれるときによく見る表情だった。
沈黙を回答にするために、ちょうど店員がもってきてくれたカフェオレに手を伸ばした。彼女はこちらに問いかけるような視線を飛ばし続けていたが、努めて気づかないふりをした。
「意外と、色んなオタクと遊び回ってるタイプかもよ、私」
「だとしても、今の僕の緊張とは関係ないから」
「そこは嘘でもそんなことないよって言ってよ!」
そんなやり取りで、少しだけ緊張がほぐれた。
とはいえ、こうやって二人で会うことは当然初めてだし、イベントの時に話すことだって新曲の感想やライブの話であったりして、何を話題にしていいのかもわからずに口を開けずにいる。
「カズくんは、普段は大学生なんだっけ?」
何を切り出そうと思っていると、彼女から口を開いてくれた。
助かった、と思う反面、自分のことなんて彼女に伝えたこともほとんどなかったから、なぜ知っているのだろうと疑問に思ったりもする。
「あ、うん。よく知ってるね」
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