【モバマスSS】モバP「まゆ、腕の骨を折らせてくれないか」 (155)


モバマスSSです。
ちょっとだけ痛そうな描写があります。


――――事務所。



モバP(以下P)「……えっと、企画書はこれでオッケーで……次はライブの段取りを……前回の資料は……」

佐久間まゆ「…………」ゴソゴソ

P「……あれ、データに残してないのか……紙のファイルだっけ……ええっと……」

まゆ「…………」コポコポ

P「……こっちのデスクには……ない……となると……」

まゆ「…………」カチャ…


P「…………あー……」

まゆ「…………」ジーッ

P「……まゆ、ちょっといいかな」

まゆ「!」

まゆ「はぁい」パタパタ


まゆ「Pさん、どうしましたか? 何かお手伝いできること、ありますか?」

P「うん。悪いんだけど、あそこの棚にある白いファイルを取ってきてもらえるかな」

まゆ「お安い御用です♡ すぐ取ってきますね」

P「ちょっと高いところにあるから、気を付けてね」

まゆ「うふふ。ありがとうございます」


P「……連絡先は……これ更新が結構前だなぁ……まだ繋がるのかな……」

まゆ「……Pさん、これですか?」

P「あぁ、これこれ。助かるよ」

まゆ「いいえ。こっちに置いておきますね」パサッ

まゆ「それから、お茶もどうぞ。眉間にシワが寄ってますよ」コトッ

まゆ「集中してるPさんも素敵ですけど、まだシワのないお顔で居て欲しいです」

P「……ほんとに助かるよ。ありがとう、まゆ」

まゆ「いえいえ♡」


まゆ「……Pさん、今日はお忙しそうですね」

P「いろいろ締め切りが重なっちゃってさ。せっかく来てくれたのに、ほったらかしでごめんね」

P「お茶汲みまでさせちゃってるし……」

まゆ「いいえ。こうしてお話しできるだけでも嬉しいです」

まゆ「Pさんはお仕事があるってわかってて、それでも事務所に来たのはまゆの方ですから」

まゆ「それに、まゆは――」




まゆ「Pさんのお願いなら、なんでも聞きますよぉ」





P「ん?」



P「今」

P「なんでも聞くって」

P「言ったよね?」



まゆ「はい」

まゆ「なんでも聞くって」

まゆ「言いましたよぉ」



P「じゃあ、まゆ」

P「お願いがあるんだけど」

まゆ「はい、なんでしょう」


P「……あそこに、重たそうなダンボール箱がいくつかあるだろ」

まゆ「はい」

P「書類仕事が終わったら、あれを倉庫まで持っていかないといけないんだけど」

P「……手伝ってもらってもいいかな?」

まゆ「もちろん、いいですよぉ」


******



P「よいしょ、っと……まゆ、二つも持てる? 無理するなよ」

まゆ「んっ……大丈夫ですよぉ。レッスンで鍛えてますから」

P「わかった、それじゃあ行こうか」



P「……ごめんね、力仕事手伝わせちゃって」

まゆ「いいえ。Pさんのお手伝いが出来て幸せです♡」

まゆ「一緒に過ごせる機会をくださって、ありがとうございます。Pさん」

P「こちらこそ。ありがとう、まゆ」


――――倉庫。



P「よいしょっと。……まゆ、それはこっちに置いてくれ」

まゆ「はぁい。んっ、と……ふぅ」

P「よし、これでオッケーだ。本当に助かったよ、まゆ」

まゆ「いえいえ。こんなことならいくらでもお手伝いします」


P「……じゃあさ、まゆ」

P「ちょっと奥まで付いてきてくれるかな」

まゆ「? はい」


まゆ「……Pさん、こんなところで何を――あっ」

まゆ「これ……ソファ、ですか?」

P「うん。最近応接室のソファが新しくなってさ」

P「古いほうの置き場に困って、倉庫に置きっぱなしなんだ」




P「……今日、全然まゆと話せてなかったからさ。ここなら人目も気にしなくていいし」

P「お願い――というより提案なんだけど」

P「少し……のんびりしていかないか」




まゆ「……はい♡」


******



P「……あの後ついつい話し込んで、夜遅くなってしまった」

P「まゆすき」

P「まゆすき……」

P「……お願い、なんでも聞いてくれるって言ってたっけ」

P「今度は別のお願いをしてみようかな」




******



P「……まゆ。お願いだ」

まゆ「………………」

P「……見逃してくれない、かな」




まゆ「…………お昼ご飯がコンビニ弁当なのは、いいんです」

まゆ「ちょっとだけですけど野菜も入ってますし、男の人はたくさんご飯を食べたいでしょうから」

まゆ「お菓子も、たまにならいいと思います」

まゆ「Pさんがたくさん働いているのは知ってますから。激務の後は甘いものが欲しくなる時もありますよね」



まゆ「でも」

まゆ「Pさん」

P「はい……」

まゆ「お昼ご飯が……『お菓子だけ』、なのは」

まゆ「いくら何でも、見過ごせません………………」



P「仕方ないんだよ、最近忙しいし……食欲もなくて」

P「お菓子なら食べやすいし、多めに買ってストックもできるから、つい」

まゆ「だからって甘いものばっかり食べてたら、余計にバテちゃいますよぉ……」

まゆ「自炊は難しくても、野菜とかサラダチキンとか……せめて麺類でもいいですから、しっかりご飯になりそうなものを食べてください」



P「それはわかってるんだけど……」

P「いざコンビニに向かうと、お弁当を見るだけで胸やけしちゃうんだよ。それで結局、食べやすそうなものを買っちゃって……」

まゆ「もう……Pさん、ちゃんと三食食べれてますか?」

P「……おとといは食べたよ」

まゆ「毎日食べてください!!」




まゆ「……決めました」

まゆ「Pさんが迷惑に思うかもしれないから、どうしようか悩んでたんですけれど」

まゆ「明日から、Pさんのためにお弁当作ってきます」

P「え……いや、それはさすがに悪いよ」




まゆ「まゆがやりたいからやるんです。ダメって言われても、やります」

まゆ「一人分でも二人分でも、手間はそこまで変わりませんから」

P「いや、でも……」

まゆ「やります」

P「その……」

まゆ「やります」

P「…………」



P「……じゃあ、まゆ。お願いだ」

まゆ「……なんでしょうか」



P「明日のお昼だけど……」

P「……卵焼きが好きだから、二個くらい入れてくれると嬉しいな」

まゆ「!」

まゆ「ふふ。はぁい♡」




******



P「卵焼き、焼き魚、ポテトサラダ……ご飯はキノコの炊き込みご飯だ。凝ってるなあ」

P「どのおかずも文句なくおいしい。誰かの作ったお弁当なんて久々すぎて涙が出そうだ」

P「まゆすき」

P「ほんとすき」

P「……今回はどちらかというと、僕がお願いを聞かされてしまったけど」

P「次はどうしようかな……」




******



P「まゆ、お願いしていいかな」

まゆ『はい、Pさん』

P「悪いんだけど――」




P「今日は迎えに行けそうにない」

P「遠くて大変だとは思うけど、収録が終わったら自力で直帰してもらえるかい?」




別P「おーい、払い戻し今どこまで行った!?」

別P2「先行抽選の方までは終わった! 一般はこれから!」

千川ちひろ「誰か手が空いてる方いますかー!? 居たら誰でもいいので電話出てくださーい!!」

別P3「埼玉の会場ダメだってよ! 他の候補調べさせてくれ!」

別P4「なあ誰かうちの志希知りませんか!?」



まゆ『……大変そうですねぇ』

P「うん……大きなライブが急になくなっちゃったからね。事後処理の量がすごいのなんの」

まゆ『こんなに急に会場が使えなくなるなんてこと、あるんですね……』

P「一週間くらいは事務所にカンヅメになりそうだ……」

P「……でも、朝にまゆが渡してくれたお弁当を楽しみに頑張るよ。ありがとう」

まゆ『ふふ、それはよかったです。明日からは、エネルギーが出そうなおかずを作ってきますね』

P「よろしく……」



別P3「おい、まだ飯食ってない奴いるか!? 今のうちに食って三十分で戻って来い!」

P「おっと……じゃあ、そろそろ」

まゆ『はぁい。Pさん、無理はしすぎないでくださいね』

P「まゆも、帰り道は気を付けてね。それじゃ」

プツッ




******



P「さて……」

P(さすがにここでは食べづらいな。周りが慌ただしいし)

P(かと言って弁当を持って食堂に行くのもマナーが悪いし……)

P「……行くとしたら、あそこかな」




――――倉庫。



P「ん……今日の弁当も美味しい」

P(やっぱりこのソファはいいな。捨てられるのがもったいない)

P(ちょっと暗くて埃っぽいけど、静かだし)

P(落ち着く……)




P(まあ、今日は先客が居たわけだけど)

毛布「…………」

P「…………」

毛布「…………すぅ……」

P「…………」



P(デカい毛布が……丸まって寝息を立てている……)

P(その横で昼飯を食べてるの、すごいシュールだな)

P(ていうか、これ多分――――ん?)



ドタドタドタ……

別P4「――ここか!? おい志希――うおっ」

P「わっ」

毛布「…………」

別P4「あ、食事中か。すまん……」

P「あ、いえいえ。お疲れ様です」



P「一ノ瀬さん、また行方不明なんですか」

別P4「そうなんだよ……どっかで見てないか?」

P「いいえ。お力になれずすみません」

別P4「いやそんな、いいんだ。見つかったら教えてくれ」

P「分かりました」



別P4「……ちなみに聞きたいんだが、そちらの毛布の中にいるのは……?」

P「ん、ああ」

毛布「…………」モゾ…

P「…………」



P「……うちの佐久間ですよ」

P「早起きしてこの弁当を作ってきてくれたんですが、そのせいで少し眠くなったらしくて」

別P4「羨ましいな。良い関係じゃないか」

別P4「……うちの志希も、その一割でもいいから殊勝さを見習ってくれないかな」



P「……一ノ瀬さんは一ノ瀬さんで、色々あるんでしょう。きっと」

別P4「それは分かってる。けど、次のライブが控えてるのにレッスンから逃げるのはまた話が別だ」

P「おっしゃる通りです」

別P4「昼飯時に邪魔したな。それじゃ」

別P4「おーい! 志希ー……」



P「…………」

毛布「…………」

P「……もう行きましたよ」

毛布「…………にゃはっ」バサッ



一ノ瀬志希「ふぅ、暑かったー!」

志希「もう全身蒸れ蒸れの皺くちゃだよ。見て見て、洗濯後の白衣みたーい」

P「……おはようございます」

志希「んふふ、おはようございますまゆちゃんのPさん。この度は危ういところを庇っていただき誠に感謝の"か"を表明します」



P「これはご丁寧に。どういたしまして」

P(……感謝の"か"って何だ?)

志希「いや~それにしてもビックリしたよ。見つかって怒られ引きずられ連れてかれコースかと思ったら、こんな予期せぬ助太刀で逃げ切れちゃうなんてね」

志希「……で、どういう意図なの?」



P「いえ、特に深い意図はないですが……」

P「隠れたいなら、匿ってあげようかなと思っただけで」

志希「ふぅ~ん、優しいんだね。博愛主義? ヒューマンラブ?」

P「強いて言うなら、アイドルラブです」

志希「……なるほど?」



志希「んじゃ、助けてもらったお礼に……」

志希「よかったら志希ちゃんのことも、ラブってく?」



志希「これから一分間、アタシは何があっても動かないし、何をされても文句言わない」

志希「現役JKの蒸れ蒸れエクリン汗腺をさ。嗅ぐ? 舐める? ふやけるまで噛んじゃう? 好きにしていいよ」

志希「ねえ、キミはアタシのこと……どうやって味わいたい?」




P「あ、遠慮します。僕にはまゆが居るので」

志希「ずこー!!」

志希「志希ちゃん超ショック。据え膳食わぬは男の恥ではなかったのかー!」

P「まゆに言えないような事をする方が、もっと恥なので」



志希「……まあいーよ。一応借りって事にしとく」

志希「怪しいオクスリが欲しかったらいつでも尋ねてよ。効果は保証しないけどね」

P「……いいんですか? 余計な事をしたかな、と思っていましたが」

志希「んー、にゃにがー?」

P「いえ、もしかして」



P「本当はあなたのPに見つかって、怒られて、引きずられて、連れていかれたかったのかなって」

志希「…………キミのような勘のいいプロデューサーは嫌いだなぁー」



P「……もう少し素直に接してあげれば、彼も応えてくれるとは思いますが」

志希「それはゾウリムシに空を飛べって言ってるようなものだよ」

P「希望を持つのは素晴らしい、という意味で?」

志希「無理なものは無理って意味でー!!」



P「……一ノ瀬さん」

P「僕とまゆだって、お互いの気持ちを口にするまでは、ずっと不安だったんですよ」

P「こんなに魅力的な相手なのに、ただの片想いだったら……相手はただ自分に合わせてくれてるだけだったらどうしようって、お互いに思っていたんです。側から見れば結果は明らかだったとしても」

P「相手にとって分かりやすい形で気持ちを伝えるっていうのは、思っているよりずっと大事なんですよ」



志希「……ご高説どうもー」

P「どういたしまして」

P「……感謝の"か"は貰えないんですか?」

志希「まゆちゃんPからお説教なんて貰ってもあんまり嬉しくないしー。感謝の"ゃ"くらいしかあげられないなぁ」

P(どういう基準なんだ?)




志希「ん……ふぁ。じゃ、志希ちゃんまたゴロゴロするから。おやすみー」ヒラヒラ

P「ええ、おやすみなさい」




P(……変な体験だった)

P(僕もそろそろ、仕事に戻らなきゃな……)




――――事務所、深夜。




別P3「あぁ~今日は疲れたよ、ホント……お前はまだ帰らないの?」

P「はい、これも来週までに仕上げないといけないので」カタカタカタカタ

別P3「……それはご愁傷様。けど明日でもいいんじゃないか?」

P「ここまで残業したら多少伸びても一緒かなと」

別P3「そうかも……そうかな……?」




別P3「残業は勝手だけど、明日に響かせるなよ」

P「もちろん、弁えてます。お疲れ様でした」

別P3「お疲れ。落ち着いたら飲みに行こうな!」

P「はい、楽しみにしてます」



P「誰もいなくなっちゃったな……」

P「……頑張るか」



P「……」カタカタカタカタ

P「…………」ペラッペラッ

P「………………」ガサゴソ パチン

P「……………………」カタ…

P「……………………腹減ったな」



まゆ「お夜食作りましょうかぁ?」

P「うわっ!?」ビクッ



まゆ「うふふ」

P「びっ……くりした」

P「……来るなら先に連絡入れてくれ」

まゆ「深夜だから、ダメって言われると思って」

まゆ「勝手に来ちゃいました」

P「思ったところで止まって欲しかったな……」



まゆ「本当は駅からタクシーでまっすぐ帰るところだったんです。だけど事務所の電気がついてたから、もしかして、って」

まゆ「もし、まだPさんが居るなら……顔を見て、お疲れ様ですって言いたかったんです」



P「……気持ちはすごく嬉しいよ」

P「でも、高校生がこんな時間まで外に居たらダメだ。何があるか分からないんだから」

P「明日は朝から授業だろう? 早く帰らなきゃ、ダメだよ」



まゆ「……Pさんも」

まゆ「明日は朝からお仕事ですよね」

まゆ「……Pさんはずっと、もっと遅くまで一人でお仕事するんですか? 今日、忙しくて大変だったんですよね?」

まゆ「そのつらさを、ちょっとでも分かち合いたくて……少しでもPさんとお話が出来たらって思って、ここに来たんです」



まゆ「……どうしても、まゆだけ先に帰らなきゃいけないですか?」

P「……」



P「……まゆ」

P「お願いだ」

まゆ「…………」



P「……窓の戸締り、見てくれるかな」

P「今から帰るから」



――――駐車場。



まゆ「……あの、お仕事は、大丈夫なんでしょうか……? まゆがお願いしたからって、Pさんが無理をされるのは嫌です……」

P「大丈夫だよ。締め切りはまだ先だし」

P「どうせ残業するなら一緒だろって思って残ってただけだから、気にしないで」

まゆ「……うふ。はぁい♡」



P(事務所の地下の駐車場)

P(くすんだコンクリートと、古ぼけた蛍光灯)

P(たった一台だけ止まっている車。僕の黒い車)

P(二人分の足音が大きく響く)

まゆ「……誰もいない駐車場って、なんだかドキドキしますね」

P「そうだね」



まゆ「なんだか、何もしてないのに……悪いことをしているような気分になっちゃいます」

まゆ「緊張のドキドキに、ちょっとだけワクワクが混じったみたいな……甘い気持ちです」

P「深夜に一人で事務所まで来るのは悪いことだけどね」

まゆ「その通りですね。うふふ」



P「じゃあ、これ以上悪い子にならないうちに帰ろう。乗って」

まゆ「はぁい」


ガチャ バタン


P「…………」

まゆ「…………」



P(エンジンをかける)

P(シフトレバーを握る)

P(その瞬間、不意に)

P(まゆの手が、僕の手を覆う)

P「…………」

P「まゆ」



まゆ「…………っ」

まゆ「あのっ」

まゆ「……今日はまゆからお願いをしても、いいですか」



P「いいよ」

P「何でも言ってごらん」



P(エンジンを切る)

P(まゆの震えが……躊躇う気持ちが手から伝わってくる)

P(……恐がってる? 僕にお願いをすることを?)

P(僕に失望されたらどうしよう、って思っているのだろうか)




まゆ「Pさんは、まゆ、を……っ」

まゆ「…………っ」

まゆ「……これから」

まゆ「これからまゆが言うことを、最後まで聞いてくれますか?」

P「……もちろん」



まゆ「……まゆは」

まゆ「まゆは、最近……とっても、悪い子になってしまって」

まゆ「ものすごく……寂しい、んです」

まゆ「Pさんの事は、ずっと大好きでした」

まゆ「毎日お顔を見られるだけで、すごく幸せでした」



まゆ「でも、それだけじゃ足りなくなって」

まゆ「お仕事の時間も、レッスンの時間も、学校にいる時も、お休みの時だって、Pさんの事を考えずにはいられなくて」

まゆ「Pさんに会いたくて」

まゆ「Pさんに頼ってもらいたくて」

まゆ「まゆだけを頼ってもらいたくて」

まゆ「Pさんにずっとまゆだけを見てほしくて」



まゆ「それで今日、朝から夜までのたった半日が耐えられなくて」

まゆ「……こうして、深夜なのに会いにきちゃったんです」

P「……」



まゆ「Pさん」

まゆ「そんな、悪い子のまゆは」

まゆ「迷惑では、ないですか……?」



P「……まゆ」

P(シフトレバーから、そっと手を引く)

P(布が滑り落ちるように、二人の手が離れる)

まゆ「……っ!」



P(怯えたまゆが手を引くより先に)

P(僕は、まゆの手を握り直した)

P「まゆ」

P「迷惑だなんて思ってないよ」



P「僕は大人だから、深夜に出歩いてるまゆを叱らなきゃいけない」

P「だけど本当は、会いに来てくれて嬉しかった」

P「僕もまゆの顔が見たかった」

P「本当は、僕も朝から晩まで……一日中だって、まゆといたいと思ってるよ」



まゆ「……!」

P「でも、今日は帰ろう」

P「まゆと一緒にいたいって気持ちと同じくらい、僕はまゆに楽しくアイドルをやってほしいと思ってる」

P「だからしっかり睡眠をとって、明日も元気な顔を見せてほしいんだ」



まゆ「……それは」

まゆ「Pさんが、大人だからですか?」

P「いや」

P「まゆのことが、大事だから」

P「……焦ってほしくないんだ」




P「僕はまゆが望んでくれる限り、まゆのプロデューサーで居続けるから」




P(まゆは、何か言いたそうに俯いて)

まゆ「…………」

まゆ「……わかりました」

P(それだけ言って、また下を向いた)




******



P「……何か、間違ったかな」

P「まゆを安心させたかったんだけどな」

P「……僕がまゆに頼っているのと同じくらい、まゆも僕に頼ってほしい」

P「やりたい事やしてほしい事を、もっと伝えてほしい」




P「僕だって、まゆのためなら何でもしたい」

P「だけどまゆは、僕に対して多くを望んでくれないから」

P「まゆが秘めている思いを知りたい」

P「まゆは僕に何を望んでくれているんだろう」

P「まゆをもっと知りたい」




P「どんなきっかけがあれば、まゆは僕にワガママを言ってくれるだろうか?」

P「まゆの望みを知りたい」

P「まゆの全部を知りたい」

P「明るい面も暗い面も、僕に見せている事も隠している事も、全部を知りたい」



P「まゆはこれ以上なく嬉しいと思った時にどんな風に笑うんだろう」

P「まゆは悲しい時にどんな顔をするんだろう」

P「まゆは怒った時にどんな目で僕を見るんだろう」



P「まゆが本気で痛がった時」

P「まゆはどんな悲鳴を上げるんだろう」




******



P「まゆ。お願いがあるんだけど」

P「今から事務所に来れるかい?」




まゆ「……お疲れ様です。Pさん」

P「まゆ。わざわざありがとう」

P「ごめんね、こんな深夜に」



まゆ「いえ、まゆは大丈夫です。ちょっとだけ眠たいですけど」

まゆ「Pさんこそ……どうしたんですか、こんな時間に」

まゆ「もう日付も変わったのに、事務所にいるなんて……」

P「残業してたんだ」

P「まゆと、二人きりで話がしたくて」



まゆ「……それは」

まゆ「まゆが明日から、二週間もお休みをもらったことに関係がありますか」

P「ああ……そうだね」

P「まずこれだけ残業しているのは、僕もまゆと同じだけの休みを取るためだ」



まゆ「それ、って……」

P「それからまゆ、もう一つ」

P「まず、僕の話を聞いてもらっていいかな」

まゆ「……はい」



P「……あらかじめ言っておく」

P「今から僕はまゆに、一つお願いをする」

P「それは……まゆにとってすごく大変なお願いになる」

まゆ「っ……」



P「だからもし……これからするお願いを断っても、僕は何も文句を言わない」

P「明日からも、今までと同じようにまゆに接する。今まで通りまゆのプロデューサーとして生きていくし、何なら、明日からのお休みは二人でどこかに出かけよう」

P「だけど、まゆが」

P「もし僕の頼みごとを聞いてくれるなら」




P「僕はこれから、まゆのお願いを何でも、何度でも叶える」




まゆ「……なん、でも」

P「うん。僕の身体で出来ることなら、本当に何でも」

P「一生かかるようなお願いでも、命を懸けるようなお願いでも」

P「まゆが望むことを、なんだってやり遂げてみせる」

まゆ「…………」



まゆ「……その、まゆへのお願いって」

まゆ「いったい、何でしょうか?」

P「うん」

P「それはね」



P「まゆ」

P「――腕の骨を折らせてくれないか?」




******



まゆは当然驚いて、言葉の意味を何度も確かめると、遠慮がちに理由を尋ねて来た。
僕は僕の思っていたことを全て告げた。
まゆが僕に隠している面も含めて、まゆの事をもっと知りたいという事。
まゆはいつも僕に対して笑いかけてくれるから、まゆが怒ったり、泣いたり、恨んだりする瞬間も僕の中に刻みたいのだという事。
そうすることで僕はきっと、今よりももっとまゆを好きになれるだろうという事。
まゆはそれを黙ったまま全部聞いて、ずぅっと真剣に悩みこんで。

控えめに、首を縦に振った。




「……始める前にこれを飲んで」

「なんですかぁ? このお薬」

「一ノ瀬さんに頼んで作ってもらった、怪我の治りを早くする薬。一応飲んでみたけれど、変な副作用はなかったよ」

「な、なんでもアリですねぇ……」

小瓶に入った桃色の液体を、まゆは意を決して飲み干した。
いい飲みっぷりだ。飲み会での一ノ瀬Pを思い出す。



「まゆ。口開けて」

次は、誤って舌を噛まないよう、ネクタイを猿轡の代わりにする。

「ふぁ、ふぁふふぁいいへふ……」

恥ずかしいです、かな。

「大丈夫。可愛いよ」

「ふ、ぅぅ……」

まゆが顔を赤らめて俯く。ほんの少しだけ空気が柔らかくなった。



「それじゃあ……デスクに」

「……ふぁい」

だけど僕が指示すると、すぐさま二人の間に緊張が走る。
まゆは僕に促されるままに、デスクの上で仰臥した。緊張した面持ちで天井を見上げる様子は、まるで切り刻まれるのを待つ食材みたいだ。右の前腕だけが半分ほどデスクからはみ出ていて、ちょうど僕に差し出すような形になる。
このまま全体重をかければ、まゆの細い腕は、簡単に真ん中から折れるだろう。



真上から見下すと、デスクの縁がまゆの腕を真ん中で両断している。ここを支点にして、折る。
まゆの肘の裏側に右手を、手首の上に左手を置く。細く引き締まった美しい腕が、予想される痛みに強ばっている。手の平から、隠しきれない恐怖が振動として伝わってきた。

「まゆ」

「ふぁい……」



「深呼吸して」

「……すぅ……ふぅー……すぅーっ……ふぅーっ……!」

横隔膜の痙攣が呼吸を乱している。極度の緊張の証。それでも心は落ち着いたのか、わずかに表情は和らいだようだった。

「力抜いて」

「…………ん」



手のひらの下で、まゆの腕の筋肉が引き絞られていく。骨の軋む音すら聞こえるような気がする。
より強く、より重たく体重をかける。

「~~~~~~っっ!!」

みちみち、と腕の肉が断末魔を上げる。閾値の近さを感じる。条件反射で痙攣するまゆの身体。それを机に乗るようにして膝で押さえ込んで、僕はさらに腕の力を強める。
ぎしり、と何かが破断する直前の音がして、まゆはついに自分の腕から目を逸らした。



僕はまゆから目を離さない。
恐怖に見開かれた目と、汗の滲む額と、張り付く髪の毛と、ネクタイを噛みちぎらんばかりに食いしばられた歯と、力んで筋の浮いた首と、ひっきりなしに呼吸を繰り返す胴体と、逃げたい気持ちを抑えるように暴れ回る両脚と、自分の服を握りしめる左手と、痛みにもがく右手を、全部くまなく隅々まで視界の中に収める。



(ああ)

(本当に、可愛いな)

(好きだよ、まゆ――)





そして、彼女の細腕に全体重を乗せた。





――ぼきん。





「んぅぅぅぅううううううーーーーーーっっっ!!!!!」




******



あの後すぐにまゆは気絶して、救急車を呼ぶ羽目になった。
予め口裏を合わせておいたので、少々不自然なストーリーではあったが、なんとか医者や周囲の人を納得させることが出来た。
……それを手伝ってくれたと言うことは、ひとまずまゆは僕に愛想を尽かしていないという事、だろう。




P「…………」

P(病院の個室の前)

P(『佐久間』と書かれた表札の前で、立ち止まる)

P「…………」

P「……躊躇ってても、仕方ないよな」



ガラガラガラ……

まゆ「はぁい。……!」

まゆ「P、さん……」

P「……おはよう、まゆ」

P「腕は、痛まない?」



まゆ「……ときどき、じぃんって痛みが来ます」

まゆ「でも指は動かせます。綺麗な折れ方をしてたから、治るのも早いだろうって言われました」

まゆ「実際、すごく治りが早いみたいで。ギプスは取れないですけど、明後日にも退院らしいです」

P「そっか」

P(若いって良いな。後は、一ノ瀬さんの薬のおかげか)



P「…………」

まゆ「…………」

P「まゆ」

まゆ「……はい。なんでしょう」

P「……僕のこと、嫌いになった?」



まゆ「……ちょっと、びっくりはしました」

まゆ「でも、Pさんがああやって……Pさんの気持ちを全部教えてくれたのは、嬉しかったです」

まゆ「それに……夜の間、考えてたんです」

まゆ「もし、立場が逆だったらって」



まゆ「もし……もしもまゆがPさんの骨を折りたいって……大怪我をさせたいって思う時があって」

P「うん」

まゆ「それで、本当にまゆがPさんを傷つけたとして」

まゆ「それでもPさんが、今まで通りまゆの事を好きでいてくれたら」



まゆ「それって、すっごく……夢みたいです」

まゆ「だって、まゆ」

まゆ「Pさんの事、大好きですから」



P「……僕もだよ、まゆ」

P「これから毎日、朝から晩まで面会時間が許す限りお見舞いに来る」

P「退院したら、二人で一緒にどこかに行こう」

P「治るまでの間、まゆの右手が出来ないことは、全部僕がやってあげるから」



まゆ「それって……」

まゆ「ご飯を食べるのも、お水を飲むのも、お弁当を作るのも、お風呂で身体を洗うのも、全部全部Pさんにお願いしてもいいって事ですか?」

P「もちろん。ご飯も水もお風呂も……えっ、いや、まあ、うん。まゆが望むなら、だけど」

まゆ「うふふ」



まゆ「じゃあ、Pさん」

まゆ「お願いがあります」

P「うん」



まゆ「ずっと、ずっと……まゆとPさんがアイドルとプロデューサーじゃなくなっても、ずっと」

まゆ「まゆの隣で、まゆのお願いを聞いていてくださいね」




P「もちろん。約束する」

P「一生をかけて、まゆのお願いを叶え続ける」

P「そうさせてほしい。僕からも、お願いだ」

まゆ「……うふふ」

まゆ「はぁい♡」



終わりです。

少しだけおまけがあります。



おまけ



P「……というわけで、怪我をすぐ治せる薬が欲しいのですが」

志希「突然やって来てとんでもない事を言うねキミは」



志希「好きな女の子の骨を折りたいから、折った後にそれを早く治せる薬が欲しいって」

志希「キミってもしかして、サイ○パス系プロデューサー? 一人クレイジークレイジー?」

P「いえ、普通のプロデューサーですが」

志希「知ってるー。知ってたー」



志希「……一応、作れなくはないけど。そういうの」

P「本当ですか?」

志希「でもキミの考えてるモノとは違うんじゃないかな。そんな魔法みたいにパパッと治るモノじゃないよ、人体って」

志希「効能的には、全治一ヶ月の怪我が全治二週間に縮まるかどうかってとこかな」



P「十分です。作ってください」

志希「無茶言うー! レッスンの隙間で材料集めて調合するのって大変なんだよ!?」

志希「ちょっと匿ってもらったくらいじゃぜーんぜん釣り合わないでーす」



P「……いいでしょう。では、追加の代金です」カサ…

志希「……ナニソレ。新幹線のチケット?」

P「一ノ瀬さんのプロデューサーさんは、今度長期休みを取りますよね」

志希「あーうん、そうだね。実家に帰るとかなんとか」

P「地元で婚活をするそうです」




志希「は?」




志希「……は?」




P「さてこのチケットですが。これは一ノ瀬さんのプロデューサーが乗るものと同じ便の、彼の隣の席のチケットです」

志希「…………っ!」

P「以前の飲み会で酷く酔いながら帰省の話をしていて、チケットももう取ったんだぜと携帯の画面を見せびらかしていたので、その時に盗み見ました」



P「薬を作ってくださるなら、このまま差し上げます。お金も結構です」

P「だけど、一ノ瀬さんが薬を作ってくれないなら」

P「僕は急いでこれをキャンセルしに行きます。僕には不要なものですから」

P「……どうしますか?」



志希「……」

志希「キミってさ」

P「はい」

志希「やっぱ、クレイジーなサイ○パスだよ」



P「……」

志希「……はぁ」

志希「……三日後……いや、二日後。取りに来て」

志希「チケット、絶対に忘れないで」

P「楽しみに待ってます」




******



平日の新幹線の駅は、当然のようにがらんとしている。しかし、人がいなくてもなんとなく騒がしさを感じるのは、休日の賑わいの残滓だろうか。

「はぁーっ……間に合った」

苦しい肺に深呼吸を一つ。それだけでは肺の飢えは治らず、二回、三回と呼吸を重ねて行く。運動の習慣もないまま三十路に差し掛かれば、体力は衰える一方だ。
もういい歳なのだ、自分は。だからこそ、それなりに身を落ち着けたい。
……放浪癖のある担当アイドルの一挙一動に、危機感以外の動悸を覚えるのは、もうやめたいのだ。



「佐久間さんのところは、上手くやりすぎなんだよな……」

普通、アイドルにそんな感情を抱くのは間違いだ。結局のところ一回りも歳の離れた相手なんだから。
……ならどうして、この帰省の目的を志希に言わなかったのだ?

「…………」

ホームに入ってきた新幹線が、鬱々とした思考ごと空気を切り裂いて行く。これ幸いと考えるのをやめて、白い車体のドアが開くのを待った。




******



選んだ席は通路側だった。見慣れた景色よりも出入りのしやすさだ。
号車と席番を再確認して腰掛けると、滑り出すようにして新幹線が発車した。少年時代のワクワクの欠片が、ほんの少し胸を弾ませる。
駅のホームが後ろに流れたあと、背もたれに体重を預け、少しの間目を閉じようとした時だった。

「ごめんなさーい。前、いいですか?」



ケラケラと笑っているような、若い女性の声だった。

ふと目を開けると、タイトな白デニムに包まれた細い脚が見えた。丈の短いトップスの下からは、内臓が入っているか疑わしくなるほどのウエストが覗く。アップで縛られた緩いウェーブの髪の毛の上には、浮かれ気分の麦わら帽子。実にSNS映えしそうな旅行者コーディネートを、完璧に身にまとう女。
サングラスで顔を隠しているものの、とにかくスタイルの良い美女――もしくは美少女、だった。
思わず見惚れてしまう。次の瞬間には、胸元に名刺がない事を後悔し始めるほどに。



「あっ……と。すみません。どうぞ」

ほとんど人の居ないこの車両の中で、こんな逸材と巡り会えたのは奇跡的だ。「どうも♪」と口ずさんで窓際に腰掛けた少女に対して、仕事人は早速声をかけた。

「あの、突然ですみません。私、346プロという事務所でプロデューサーをしていまして――」

名刺がないので仕方なくメモ帳に連絡先を書いて渡そうか、などと算段を立て始めたその時。
女の肩が、小さく震えていることに気づいた。



「……くふっ。んふふふふ」

笑み。魔性の笑み、チェシャ猫のような笑み。
見覚えのありすぎる、笑み。
予感が形を作るより早く、女は答え合わせをした。サングラスを持ち上げて。

「あっははは――浮気性だにゃー、アタシのプロデューサーは! いや、ある意味一途なのかな? あっはっは、おもしろーい!!」



「……志希!? なっ……なんでここまで着いて来てっ、いやっ、なんで乗る便が分かったんだ!?」

「んー、それはナイショ♪ 怪しいオクスリとか交渉術とかほにゃほにゃとかの力だよ」

「意味がわからん……!」

「わかんないの? ……本当に?」

そう言うと、女はずいと距離を詰めた。



虹彩が宝石だというのなら、その視線はさながら二つの宝剣を突きつけられているようだった。
思わず黙り込む男に、少女は――側から見れば分からない程度の――大きな勇気を伴って、本当の気持ちを口にした。

「……キミが恋人を作りに行くって聞いて、居ても立っても居られなくなったアタシの気持ち。……本当に、わかんないの」

「――――」

男は、今度こそ完全に言葉を失った。



時速三百キロの告白を受けて、沈黙する男。
誰にも見せたことのない顔で、男を見つめる少女。
騒がしいトンネルを通り過ぎて、窓の外が不意に明るくなった時。

「……俺は、一週間くらい居るつもりだけど」

男はようやく、口を開いた。

「志希は、いつまで居たい?」

それを聞いた恋する乙女は、表情をぱぁっと花開かせる。まるで、古い呪いが解けたように。

「んふふっ。そりゃあ、もちろん――」




「Just two people till death do us part(死が二人を別つまで)、だよ」




終わりです。
また志希ちゃんに別の椎名林檎を歌ってほしいですね。



過去作です

283P「歯医者のタオルってエロくないですか?」

【モバマスSS】志乃「Pさん、本当はお酒苦手なんでしょう?」


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