高坂京介という男がいる。
絵に描いたような平凡な容姿と背格好でその見かけによらずやたら熱くなったり変な正義感を持ち合わせているような男だ。
『よう、黒猫』
「こんばんは。何かご用かしら?」
そんな彼は私の高校時代の交際相手であり、一度は破局したものの現在は復縁しており、こうして頻繁に通話をする仲である。
『お前さ、ルリドラゴンって知ってるか?』
「ルリ、なんですって?」
『だからルリドラゴンだよルリドラゴン!』
はて。何を言っているのかしら、この男は。
「私の真名で遊ぶのはやめてちょうだい」
『ちげぇーよ! ジャンプの新連載だよ!』
ジャンプというと週刊少年ジャンプかしら。
通話をスピーカーに切り替えパソコンで検索するとすぐに出てきた。可愛らしい女子高生に角が生えている。なるほど、理解したわ。
「とうとう少年誌も萌え豚の餌と成り下がったわけね。じつに嘆かわしいわ」
『萌え豚とか言うなよ! 低迷しているジャンプの救世主に向かって!』
うるさいわね。全く。これだから萌え豚は。
「それで? この漫画がどうかしたの?」
『お前の本名って瑠璃だろ?』
「たしかに我が真名は五更瑠璃だけど……」
『じゃあちょっとガオッてしてみてくれよ」
さっぱり意味がわからない。切ろうかしら。
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「用件はそれだけ? なら私はもう寝るわ」
『待て待て! 俺が眠れなくなるだろうが!』
寝言を口にしておいて眠れないわけがない。
『頼むよ! 1回だけ! ガオッて』
「申し訳ないけれど、私はあなたの彼女で居続ける自信を失ってしまったわ」
『そう言わずにお願いします俺の天使様!』
誰が天使様よ。せめて堕天使と呼んで頂戴。
「……1回だけよ?」
『 ! あ、ありがとうございます!』
通話をビデオに切り替える。表紙のポーズ。
「こほん……ガオッ」
『ッ……!?』
真っ赤になる京介。なかなか良い反応だわ。
「これでいいのかしら?」
『あ、ああ……サンキューな、黒猫』
「黒猫? ふっ。それは誰のことかしら?」
『へ?』
キョトンとする彼に、一夜の真名を告げる。
「私はあなただけの……瑠璃ドラゴンよ」
『……俺の瑠璃ドラゴンがこんなに可愛いわけがない』
何を言っているのかしらね。やれやれだわ。
『なあ、黒猫……いや、瑠璃』
やたら真剣な眼差しの京介に胸がときめく。
『好きだ』
「ええ……私も好きよ、京介」
たとえ他所の女に目移りしようとも。実の妹に手を出そうとも。それでも私はあなたを。
『可愛すぎてうんこ漏らしちまったよ』
「切るわ」
『フハッ!』
即座に通話を切るも耳をつんざく愉悦がこだまし続けている。全くこれだから萌え豚は。
『フハハハハハハハハハハハハッ!!!!』
喧しいわ。ドラゴンの咆哮のつもりかしら。
「何がガオッよ」
枕に突っ伏して、足をパタパタ。眠れない。
「角は要らないけれど火は吐きたい気分ね」
胸を焦がす炎を息吹にして焼き尽くしたい。
【俺の瑠璃ドラゴンがこんなに可愛いわけがない】
FIN
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