佐々木「あの月の光だって、太陽光線の反射だよ」キョン「月は月で綺麗だろ」 (11)

「だいぶ日が長くなってきたね」

言われて視線を上に向けりと沈みかけた太陽が空を茜色に染めており、闇色の夜に星が瞬き始めていた。素直に綺麗だなと思い呟く。

「……もうすぐ春だな」

今はまだ冷たい夜風もすぐに温くなって過ごしやすい季節が訪れる。待ち遠しいものだ。

「我らが住う地球は太陽系の第3惑星で、恒星たる太陽の恩恵を享受している。そこで僕は考える。果たして太陽は地球から何かを得ているのだろうかと。ただ搾取されているだけなのか、それともWin -Winの関係なのか」

そんなこと考えたこともない。太陽の利益。

「よくわからんが……地球が存在していて、俺たちがそこに誕生したおかげで太陽は自分自身の存在を観測して貰えるわけだから、そう悪い関係じゃないんじゃないか?」

適当なことを云うと佐々木はくつくつ笑い。

「そうだね。自己の肯定は何よりも得難い利益を生む。人間だって他者に肯定して貰えなければ存在価値などないに等しいのだから」

果たしてそうだろうか。透明人間の価値は。

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「生命が誕生する前の宇宙はそこにあって、そこにはない。形跡が残っているのは自然なことであると同時に不自然なものでもある」

夜空に浮かぶ月や、お星様のほとんどは地球に人類が誕生する遥か昔からそこに存在していたにも関わらず、その存在を認識されていなかった。そう考えると、健気なもんだな。

「でもキョン。僕らが観測可能な恒星以外の天体は、太陽系内の惑星とそれに伴う衛星、そして一部の小惑星に限られる。つまり太陽系の外に出れば我らが地球も暗闇の一部にすぎず、誰からも認識されることはないのさ」

要するに宇宙人からすれば透明人間なのか。

「そう考えると宇宙人と出会える可能性は著しく低くなるな。なにせ見えないんだから」

目の前で手を振っても見えてないなら無駄。

「そこで僕は考えた。人類は何かしらのアクションを起こす必要があるのではないかと」
「アクションって?」
「外宇宙で核爆発を起こすとか……」
「やめとけ」

そんな暴挙をする人類をもし仮に発見したとしても俺が宇宙人ならお近づきになりたくない。むしろ全力で見ないふりをするだろう。

「しかしあの星々の光はまさに核融合によるもので、いきなり新しい星が現れたら宇宙人だって調査に来てくれると思わないかい?」
「だからって野蛮すぎるだろ」

あまりにも危険すぎるモールス信号である。

「たしかに敵対行動や威嚇と見做されるかも知れないね。そうなったら宇宙戦争開戦だ」

冗談めかして佐々木はくつくつ喉を鳴らし。

「まあ、もし敵対行為と見做された場合は即座に降伏するべきだね。何故ならば向こうは観測して即座に調査に出向くだけの機動力を有しているのだから。地球人が敵う相手ではないことは確かだ。彼らの所有する宇宙艦隊にどんな技術が用いられているか興味深い」

ワープは出来るだろうな。空間転移だとか。

「この世界は物理法則に縛られてる反面、その原理原則から外れさえすれば案外寛容だからね。もっともそのぶん原理原則を外れることは困難だ。果たしてそれを成し遂げるためのコストとリスクにリターンが見合うのか」
「まあ、夢はあるな。今出来ないことはいつかやってみたいもんさ。誰だってそう思う」

俺も次の春には恋愛でもしてみたいもんだ。

「太陽系を構成している全質量の99.8%は主星たる太陽のものでこの世界は太陽のものだ。先述したように外宇宙から見れば太陽以外は塵芥であり太陽だけしか観測出来ない」

完全に沈んだ主星を見送り、月を指差して。

「あの月の光だって、太陽光線の反射だよ」

月は光を発しない。それでも俺は思うのだ。

「月は月で綺麗だろ」

核融合してない月は安全で、近くても平気。

「てっきりキミは、太陽のほうが好みかと」

嫌いじゃない。しかし真夏はうんざりする。

「適度な距離感を保てるならな」
「それは無理だよ。重力が違う」

ロッシュ限界だっけか。潮汐力に壊される。

「キミはきっと太陽に惹かれてその周りを回る。それは自然なことで、そうでなければ不自然だ。物理法則に反している。仕方ない」

話は終わりとばかりに歩き出した佐々木に。

「原理原則から外れるコストとリスクに見合うリターンだって、あるかも知れないだろ」

そう投げかけると佐々木はくつくつ笑って。

「そうであることを陰ながら願っているよ」

月明かりに照らされる背中が儚くて悲しい。

「っ……佐々木!」

まだ観測可能なうちに。これだけは伝える。

「お前が透明人間になったってその形跡は残り続ける筈だ! そうじゃないと不自然だ!」
「キョン……そうだね。じゃあ忘れないで」

忘れない。忘れるもんか。忘れさせないさ。

「お前にも俺を忘れられたら困るんだよ!」

月明かりの下、俺はズボンを下ろして叫ぶ。

「俺は、ここにいる!」

ぶりゅっ!

「きゃあっ!?」
「フハッ!」

脱糞は狼煙だ。さあ、宇宙戦争の始まりだ。

ぶりゃりゅりゃりゅりゅりゅりゅぅ~っ!

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

透明人間の脱糞は観測出来ない。それでも。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

ぶりゃりゅりゃりゅりゅりゅりゅぅ~っ!

そこにはたしかに、形跡が残る。それは臭いだったり、野糞だったり。無視は出来ない。
敵対行為や威嚇だと思われても構わないさ。

「キョン……キミのほうがよっぽど野蛮だ」
「ふぅ……なあ、佐々木。俺はこう思うぜ」

出しきった俺は、うんこ座りのまま諭した。

「透明人間なら、服なんて要らないってさ」
「……えっち」

ジト目の佐々木を拝むのが目的ではなくて。

「俺の脱糞にだって引力があっただろう?」
「……だから?」
「つまり俺の糞の質量が空間を歪ませたわけだ。それが重力なら大したもんじゃないさ」

たとえ太陽ほどの質量を持てずに核融合が出来なかったとしても、だからと言って塵芥などと呼ぶのは不適切だ。佐々木は頬を染め。

「じゃあ僕が脱糞したらキミも振り向く?」
「ああ。どんなに離れていても必ず観測してコストやリスクを度外視にワープしてやる」

何を言ってるんだろうね俺は。互いに嗤い。

「やれやれ、だね。ほら、立ちなよキョン」

月を見上げて差し伸べる佐々木の手を取る。

「太陽が存在するから地球があって月もある。でも太陽が存在していても月の潮汐力がなければ地球の原始海は攪拌されずに生命が誕生することはなかった。そう考えれば、人間にとって月もまた欠かせない存在かもね」

難しいことはわからない。これだけは云う。

「いいからさっさとケツ出せよ」
「キョン!?」
「フハッ!」
「まったく。せめて新月まで待ちたまえよ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

光があるから影がある。正義や悪も同じだ。
汚いから綺麗だし醜いから美しいのである。
綺麗なだけのものや汚いだけのものはない。
価値観を変える必要はない。ただ知るのだ。
重要なのは拒絶することなく許容すること。
そうした考えもあるのだと。一理があると。
認めたくない。認めて欲しい醜さも美しい。
自分の醜さを知り、他人の美しさを認める。

リスクや困難に見合うリターンを得たいなら。

「キョンは汚いね」
「お前は綺麗だよ」
「僕だって汚いよ」
「なら俺と同じだ」

お花見よりも佐々木のお月見が待ち遠しい。


【キョンと佐々木の月見】


FIN

ヨルシカの『ただ君に晴れ』という曲を聴きながら書きました。とても良い曲なので興味ある方は是非どうぞ。ポケットに夜を咲かせたいです。

最後までお読みくださりありがとうございました!

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