「生物学的見地から述べると、恋愛感情は生殖行為の一部なんだよ。その観点から僕は小鷹に恋愛感情を抱いていない。残念ながら」
ちっとも残念そうに見えない平坦な声音と表情でいきなり俺は振られたわけだが、呆気に取られつづけるわけにもいかず、止まった時の歯車を無理矢理動かして、ギシギシ錆びついた声を喉の奥から絞り出した。
「待てよ、理科」
「いいよ。待ってあげよう。友達だからね」
先程の無表情とは一変して柔らかく微笑みながらも友達と強調する友達へと問いかける。
「いくらなんでも一方的すぎないか?」
「双方向からの感情を客観的に観測することは難しい。人間には自我が存在していてそれを無視は出来ないからだ。僕は人間だから」
理科の言葉がまったく頭に入ってこないのは感情のこもっていないロボットのような口調以外にも俺自身の感情とやらの影響だろう。
「じゃあ、俺も一方的に言わせて貰う」
「訊くよ。僕は小鷹の友達だからね」
「俺はひとりの女の子としてお前が好きだ」
言いたいことを口にすると、理科はふうんと鼻を鳴らして、興味無さそうにスマホを弄った。む、虚しい。コミュ障にも程があるぞ。
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「おーい、理科さん?」
「え? ごめん。話は訊いてたよ。ボイスレコーダーに保存出来なかったのは残念だけど、メモ帳に一言一句記録したから大丈夫だよ」
「いや、普通に恥ずかしいから消してくれ」
「嫌だよ。友達との会話は全部記録したい」
知り合って暫く経つが、相変わらずよくわからない奴だ。志熊理科。見た目はごく普通の女の子。対外的には頭脳明晰でマニアック過ぎる趣味嗜好のちょっとやばい奴。そして友達になって初めてわかった実態は、僕っ娘。
「さっきも言った通り、人間には個々人それぞれに自我が存在しているからね。小鷹が僕に恋愛感情を抱くことは小鷹の自由意思だから僕は関与しない。その起因や遠因が僕の何気ない所作によるものなら反省しよう。具体的にこんな僕のどんな部分に惹かれたの?」
「野山に咲く一輪の花ような可憐さ」
「抽象的過ぎて直しようがない。ね、小鷹」
呆れたように溜息を吐き出してから、理科は目を見つめなから、噛み砕いて諭してきた。
「僕は友達が少ない。だから数少ない友達を大切にしたいんだ」
「そうか」
「数少ない友達とはまさに小鷹のことで、僕が素を見せていられる貴重な存在だ」
「それは光栄だな」
「差し出がましいお願いだけど、そんな友達を小鷹には大切にして欲しいんだ」
「もちろん、大切にするよ」
「だったらなんで関係を壊そうとするの?」
なんでだろう。たぶん不健全だからだろう。
「不健全ね。それは客観的に見て?」
主観的に見ても、好きな女の子に対して友達面をし続けるのは不健全だと思う。
「世の中の中高生はみんなそんなものだよ」
「かもな」
「まあ、小鷹には関係ないことだろうけど」
「ああ」
周りがどうだろうが知ったこっちゃない。
好きになったのは俺で、それがたまたまようやく出来た友達だった。時系列すら無関係。
「なあ、理科」
「なに、小鷹」
「世の中の中高生はどうやって折り合いをつけて暮らしているんだろうな」
素朴な疑問をぶつけると、理科は頬杖をついて口を尖らせ、「知らないよ」と呟いた。
「両思いになれなければ真っ当な生殖行為には至れないわけだから、いずれ諦めて疎遠になるかもね」
「それは虚しいな」
「僕は寂しい。そうなりたくないと思う」
そう言って唇を真一文字に結んだ理科は覚悟を決めたように席を立ち、俺を見下ろす。
「立って、小鷹」
「お、おう」
促されて腰をあげると、逆に見下ろす形に。
「むむっ……頭が高い!」
「どうすりゃいいんだよ……」
「跪いて」
へいへいと跪くといきなり抱きしめられた。
「もがっ!? り、理科、さん……?」
「こ、これで我慢してっ!」
理科の薄い胸ごしに伝わる高速の心音を聴きながら、たしかに人間なのだと実感した。
「ありがとな、理科」
「ごめんね……小鷹」
暫く抱擁されていると、理科の心音が落ち着きを取り戻していく。そのまま、諭された。
「生物学的には紛れもなく女の子かも知れないけれど僕は精神的に普通の女の子じゃないから小鷹と生殖行為は出来ない。わかって」
「お前はただ、友達想いなだけだろ」
「……そういうことにしてくれると助かる」
友達なんだ。言外の意くらい伝わってるよ。
「僕が男なら良かったのに」
「そんな寂しいこと言うな」
「そうだね……小さくても胸もあるし」
「えっ? なんだって?」
「っ……離れろ! あっちいけっ! 嫌い!」
持病の突発性難聴の発作を起こした俺を理科が突き飛ばす。バランスを崩して、尻もち。
「うわっ!? 押すなって……あいたっ!?」
ぶちゅっ!
「だ、大丈夫!? ウミウシでも踏んだの?」
「大丈夫。ちょっとうんこ漏らしただけだ」
「フハッ!」
尻もちをついた拍子に糞を漏らしたと申告すると理科は愉悦を零す。気色に彩られた一輪の花もなかなか好みで、やはり好きだった。
「なあ理科。やっぱり俺はお前が好きだよ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
哄笑する理科の自我は崩壊しているようで、危うげだけど、それでも無意識に手を伸ばしてまた俺を薄い胸にかき抱く。離したくないと言われているようで、離したくなかった。
「なあ、理解。これは生殖行為か?」
「ふぅ……違うよ。こんなの生物学に反してる。僕は望むところだけど、小鷹はどう?」
「望むところだ」
「ふふっ……友情が継続してなによりだよ」
この関係性が健全か不健全かと問われると完全に不健全だろうが、知ったこっちゃない。
俺は理科が好きままで友情も継続したのだ。
「友達以上恋人未満ってやつか」
「僕の主観では、恋人以上だよ」
友達が少ない俺たちには、丁度良い関係だ。
【俺たちは友達が少ない】
FIN
最近『ミモザの告白』という作品にハマっています。無駄な文章や会話の存在しない、完成度が高い作品となっております。とても中毒性が高いので自己責任でお読みください。
近頃、面白い新作ラノベが多くて捗ります。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
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