"He liked to like people, therefore people liked him. (彼は人を好きになることが好きだった。だから人は彼を好きになった)"
マーク・トウェイン
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「ねえ、マリさん」
「んにゃ? なんだい、シンジくん」
週末は会社帰りに待ち合わせて外食するのが通例になっていて、その日の夜もオサレなレストランでたらふく美味しい料理を食べて仲良く手を繋ぎ自宅へとゆっくり歩いていた。
「マリさんはどうして僕を愛してくれるの」
そういう恥ずかしいことを素面で訊ける程度には関係を深められたことは感慨深いけど。
はてさて、真摯に答えるべきかはぐらかすべきか、迷うところですな。強いて言うなら。
「愛されている君が愛しいから、にゃんて」
柄じゃなかったかな。それでも嘘じゃない。
「出会った当初の君はまさに捨て犬みたいでほっとけなかったよ。親に愛情を注いで貰えず、自分ひとりで完結しようとして、それを出来るだけの強さもなく、社会の仕組みすらも知らぬ無知な子犬。可哀想で可愛かった」
「よくそんな情けない犬を拾ってくれたね」
拾ったつもりはない。手を差し伸べただけ。
「ねえ、シンジくん」
「なんだい、マリさん」
「君こそ、どうして私に懐いてくれたの?」
訊ねると、シンジくんは夜空を見上げつつ。
「マリさんは距離感が絶妙だったから」
「距離感?」
「親身ってほど親身じゃなく、それでいてそばに居て欲しい時に居てくれたから、僕は」
ゆっくりこちらに視線を向けて、微笑んで。
「色眼鏡の下の素顔が、気になったわけで」
最後まで格好つけることは叶わず、照れて視線を逸らしてしまうところがシンジくんだ。
そうした仕草ににやける私は不潔だろうか。
「で? どんな素顔だったのかにゃ?」
「正直未だによくわかってないけど、それでも眼鏡なしのマリさんはかわいいと思うよ」
「よーしよーし、よく言えました」
褒められて嬉しいのでわしゃわしゃ背が伸びて高くなったシンジくんの髪をかき混ぜた。
払い除けることなくされるがままの君は未だに主体性が乏しいけれど、たしかに育った。
「さて、そろそろ……」
「手を繋ごうか、マリさん」
「ほほう? 先手を打ってきたか」
機先を制されるのも悪くない。差し伸べられた手を取ると、四季を取り戻した日本の冬の寒さが少しだけ緩まった気がする。暖かい。
「君にはもうリードは必要ないみたいだね」
「どうかな。少なくとも、マリさんにリードされているほうが楽なのは、今も同じだよ」
半歩先を歩く私が手を引いて、シンジくんがついてくる。転ばないように、石をどけて。
躓かないように、時折後ろを振り返りつつ。
「あれ? マリさん、道間違えてない?」
「うんにゃ。こっちは遠回りルート」
「寒いのになんで遠回りをするの?」
「それは当然、得るものがあるからさ」
残業帰りにひとりでこっそり開拓した帰宅ルートの途中には宵闇に包まれた公園があって、街灯の下のベンチには目もくれず歩む。
「ほい、とうちゃーく!」
「到着ってここ公衆トイレだよ? もしかしてずっと我慢してたの? なら早く家に帰……」
「いいからいいから、入った入った!」
「うわっ!? お、押さないでよ!?」
「力押ししか、ないじゃん!」
少しだけ大きく、広くなったシンジくんの背中に体当たりをして個室に入れ、ガチャリ。
施錠したこの空間は密室であり、監禁状態。
「さて、シンジくんはどうしたい?」
主体性のないシンジくんに問いかける。君の望みを。何をしたいのか。なんでも叶える。
便座に腰掛けたシンジくんが口を開く前に。
「こんなところでキスがお望みかにゃ?」
「っ……別に、帰ってからでもいいけど」
照れてる照れてる。かわいいなあ。わくわくするなあ。不潔な場所でのキスは不潔な私に相応しい。そうだ。せっかくだからもっと。
「Excuse me.ちょいとごめんよー」
「うわっ! ちょっと、マリさん!?」
「お膝がガラ空きだったから、つい」
すっかり大人になったシンジくんなら私程度の体重なんて気になるまい。太ってないし。
支えて貰わないと困る。重くない、よね?
「マリさん……あの」
「ん? どったの、シンジくん」
「眼鏡、外してもいい?」
「Of course.お好きにどーぞ」
おずおずと私の眼鏡のテンプルに手を伸ばして、恐る恐る引き抜くシンジくん。じいっと見つめていると、彼の顔から緊張が抜けた。
「良かった……マリさんだ」
「そんなの当たり前じゃん」
眼鏡を取ると別人になるなんて創作物の世界の住人じゃあるまいし。たしかに眼鏡はシンボルかも知れないが取ればシンプルな私だ。
「目、閉じたほうがいい?」
「え? なんで?」
「キスしたいんじゃにゃいのー?」
揶揄うように、試すように耳元で囁くと、シンジくんは首を竦めてむずがった。その顔。
シンプルに忘れてたな。眼鏡外した動機を。
「キスは家に帰ってからでいいよ」
「帰路でなにかあったらどーすんの?」
「なにかって?」
「ほら、使徒襲来、とか?」
私がその単語を発すると、彼は微笑みつつ。
「使徒もエヴァも、もう存在しないよ」
「だったらお股の間の異物感はなにかゃ?」
「そ、それは……マリさんが膝に乗るから」
Excusez-moi, Eiffeって、程でもないけど。
「帰ろうよマリさん」
「まだここに居たい」
「そろそろ僕、限界」
「うん。知ってるよ」
エッフェル塔と比べるのは酷か。立派立派。
「マリさんはどうしたいの?」
「君が望むことをしてあげる」
「僕は家に帰りたいんだけど」
「違うよ。君はここに居たい」
裸眼で見透かすとシンジくんは目を逸らし。
「僕もマリさんの望みを知ってるよ」
「ほほう? それは是非訊きたいにゃ」
The first duty of love is to listen. ってね。
「マリさんは僕におしっこをかけたいんだ」
「おっしーい。私の野望はもっと壮大だよ」
口で説明するのはもどかしいけど仕方ない。
「おしっこは正解。君のうんちが抜けてる」
早くも発射態勢。第二射も、すぐに来そう。
ちょろっ!
「フハッ!」
ぶりゅっ!
「フハッ!」
さあ、揃ってあじゃぱーになるとしますか。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ちょろろろろろろろろろろろろろろろんっ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ~っ!
償えない罪はない。そんなのは詭弁ならぬ奇便だ。それでも、どんな時にも希望は残る。
心のかたちが千差万別なように愛も不定形。
うんちとおしっこのあとのKISSは、格別だ。
「ふぅ……帰ろっか、マリさん」
「かぁー! 洗濯かったるいなあ」
「なら、僕が洗濯してあげるよ」
持つべきものは優しい彼氏。いや、主夫か。
「シンジくんはなんで私を愛してくれるの」
「愛らしいから、君を愛したくなるんだよ」
「If you would be loved, love and be lovable.」
それを知ってる君は、愛される資格がある。
【心のかたち、愛のかたち】
FIN
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