キョン「どうやら俺は、お前のことが大好きだ」佐々木「……やれやれだね」 (7)

「なあ、佐々木」
「ん? どうしたの、キョン」
「どうやら俺は、お前のことが好きらしい」

唐突であるが中学時代の一幕を回想しよう。
あれはクリスマスから一夜明けた12月26日で日曜日。その日の塾帰りに俺は、自分なりに導き出した結論を佐々木に伝えた。すると。

「好きというのはつまり、恋愛感情かい?」
「ああ」
「随分と自信があるようだけど、どうしてキミはそれを恋愛感情と断言出来るのかな?」

佐々木という奴はご覧の通り面倒臭い性格をしていて、この世で起こる全ての出来事には理由があり、何らかの法則に従った結果として収束するのだと信望しているようだった。

「断言はしてない。好きらしいってだけだ」
「その言い方だとまるで外部の何者かの客観的意見を参考にしているようにも取れるね」

さすがに察しがいい。佐々木は頭が良いので突発的な俺の妄言の中に含まれる深層心理を見抜いて、無自覚な矛盾点を掘り下げる。

「キョン。感情とは流動的で、刻一刻と変化するものだ。その中でも好意は特殊で自分から相手に向ける感情ではあるが、自分の中で生み出されるその瞬間だけは、外部の影響を受けるべきではない。発生してからゆらゆら揺れ動くのは仕方ないが、発生だけは人工的ではなく自然なものなければ僕は認めない」

好意を自覚する際に外部に頼ることは何らおかしくないとは思う。それを認めない、認めたくないのは佐々木の個人的な矜持だろう。

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「矜持などではなく、単に僕は狭量なのさ」

くくっと、皮肉げに口の端を曲げて自嘲する佐々木の仕草に胸を締め付けられるのは俺だけの感情であると、それだけは断言できる。

「やっぱり俺は、お前のことが好きだ」
「そうかい。それはどうも。それで?」
「え?」

その先を促されて、続きをせがまれて、俺は困ってしまう。俺は佐々木に好意を伝えたことに満足していた。自己満足に浸っていた。

「キミに好意を伝えられた僕はどうすればいい? 僕もキョンのことを憎からず思っていることを伝えて両思いになるべきだろうか。それとも今まで通り、親友の関係を続けていくためにやんわりとお断りするべきだろうか。キミはそこまで考えて好意を口にしたの?」
「いや、俺は……」
「考えてないよね。キミは自分が気持ちよくなりたいから僕を利用したに過ぎない。僕が恋愛感情を快く思わないのはそうした下心を否定出来ないからさ。だから僕は自分が女であることを放棄してキミと接してきた。その努力や葛藤をキミはきちんと理解してる?」

果たして、佐々木は怒っているのだろうか。
違うと思う。なんとなく、言葉通りに受け取ってはいけないと思った。俺は親友だから。

「お前の言ってることを、俺は否定しない」
「だろうね。否定なんて出来やしない。何故ならキミは僕のことなんて理解していないからだ。僕はこんなにキョンのことを理解しようと努めているのに、キミはそれをしない」

佐々木のことは誰よりも知ってるつもりだ。
一人称を僕にしているのは恋愛と距離を置きたいのだとわかっているし、好意を伝えてから一度も目を合わせない理由もわかってる。

「目を合わせないのは嘘をついてるからだ」
「嘘? 親友のキミに僕が嘘を吐いていると? やれやれ。みくびられたものだね。僕がそんな不誠実な人間だとしてそんな相手を好きになったキミは余程物好きか、変わり者……」
「佐々木、こっちを見ろ」
「っ……こ、これで満足かい……?」

ようやく目が合った佐々木の目は充血していて、潤んでいた。上気した頬に精一杯の虚勢として浮かぶ笑窪は皮肉さとは程遠かった。

「まさか喜んだらいけないと思ったのか?」
「どうだろうね。少なくとも、警戒したことは確かさ。この世界はそんなに甘くはない。何かとても嬉しいことがあったとしても、次の瞬間には絶望に変わっても何ら不思議ではない。だから、キョン。僕は……怖かった」

そう言って、佐々木の目尻から涙が伝った。
くつくつと湿った嗚咽を零しながら、肩を揺らす佐々木を見て、やれやれと溜息を吐く。

「俺はお前にフラれるのが怖かったよ」
「……………ご期待に添えず悪かったね」

素直じゃない親友との駆け引きは、疲れる。

「さて、キョン」
「落ち着いたか?」
「ああ。キミに頭を撫でられたり、抱きしめられたりしなくても、僕はこの通り平気さ」

頭を撫でても良いのはイケメンだけであり、抱きしめていいのもイケメンだけである。
イケメンではない俺は当然、ノータッチだ。

「そろそろ冒頭の質問の答えを聞きたいな」
「なんだっけ?」
「外部からどのような影響を受けて、朴念仁のキミが僕に好意を伝えようと思ったの?」

その詰問に対して俺はストレートに答えた。

「実はさっき、ものすごく腹が痛くてな」
「は?」
「なんとか気を紛らわす為に告白した訳だ」

おかげでなんとか波を乗り切り、助かった。

「キョン」
「ん? どうした?」
「こっちを見たまえ」

果たして、佐々木は怒っているのだろうか。

「キミは嘘をついてるね?」
「嘘? 親友のお前に対して俺が嘘を吐いてるって? みくびられたもんだな。やれやれだ」
「キョン……こっちを見て」

仕方なく佐々木を見る。また、泣いていた。

「泣くなって」
「だって、僕は……」
「大丈夫だ。何も言わなくていい」
「っ……キョン、お願い……訊いて」

怖かった。だけど、親友の頼みを俺は訊く。

「ああ。訊くよ」
「実はさっき、僕……お腹が痛くて……」
「ああ……知ってるさ」
「だからキミは気を紛らわそうとして……」
「違う。俺はそんな善人じゃない」

美談にするな。俺はいつだって、悪でいい。

「なあ、佐々木。もう泣くなよ」
「だって、僕は……」
「実はさっき、緊張して少し漏らしたんだ」

務めて明るく朗らかに。親友に打ち明けた。

「汚いだろ? だから……ほら、嗤えって」
「……嗤えないよ。僕も……漏らしたから」
「フハッ!」

知っていたさ。手遅れだった。だからこそ。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「ごめん……ごめんよキョン。僕のために」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

俺は親友の悲しい涙を嗤い飛ばしてやった。

「ふぅ……なあ、佐々木」

ひとしきり哄笑して、俺は佐々木に諭した。

「俺はたしかに、自分が気持ちよくなるために好意を伝えたに過ぎないのかも知れない」
「キョン……」

だけどよ、と。佐々木の目を見て俺は云う。

「漏らしたお前をやっぱり俺は愛しく思う」
「……キョンは変態なの?」
「かもな」

重要なのはこの感情に愛があるかどうかだ。

「どうやら俺は、お前のことが大好きだ」
「……やれやれだね」

ようやく微笑ってくれた佐々木の真似をして、喉の奥をくつくつ鳴らして、シニカルに肩を揺らす。恋愛感情なんて、くだらない。
この胸のときめきも幻想なのかも知れない。
流動的で常に変化し続ける感情はまるで下痢便のように無形で、確固たる在り方はない。

そこに愛があるかどうかこそが大切なのだ。


【佐々木とキョンの感情】


FIN

先日、『クラスで2番目に可愛い女の子と友達になった』という作品に出会いまして、それを読みながらSAOのOPの“ANIMA"とすごいよマサルさんのOPの"ロマンス"を聴いていたところ、自然にこの作品が生まれました。
興味ある方には是非、おすすめの作品です。

最後までお読みくださりありがとうございました!

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