スレタイ通りのクロスオーバー二次創作です。
両方観てる前提の内容になります。
「周辺作品」も絡むかも知れません。
R、ではないと思いますが、事件的にきつい描写があります。
味付け苦め、かも知れません。
しっかりオリキャラ入ります。
二次創作的アレンジ、と言う名のご都合主義、独自解釈、読解力不足
等々も散見される予感の下ではありますが。
それでは、スタートです
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1636540148
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× ×
「敢ちゃん」
大和敢助は、上原由衣が運転する乗用車の後部座席でその声を聞く。
その間に由衣はハンドルを切って
幸い無人だった歩道に車を突っ込ませてハザードを点灯させた。
「長野県上田市、国道イチヨンサン号、俺の目の前で衝突事故。
俺は長野本部捜査一課の大和敢助警部だ。
ライトバンが急病を思わせる異常な進路変更を行って
反対車線の幼稚園バスに衝突………やばいっ!」
スマホに集中していた大和が更なる異変を感じて顔を上げる。
「衝突されて一度停止したバスが暴走、
近くを走行していたワンボックスカーが避けきれず衝突した。
現場への車の出入りを止めて、
PC(パトロールカー)と救急車の手配を頼む」
車を出た二人は、由衣が駆け出している間に
大和は前方を睨みつけながら110番通報を行っていた。
この時、長野県警捜査一課の大和敢助警部とその部下の上原由衣は、
長野県内各地で発生していた連続強盗事件の捜査本部に所属していた。
事件自体は被疑者が逮捕され、将来的な有罪も確実視されていたが、
諸般の事情で供述に基づく裏付け捜査と挨拶回りが多々必要な事となり、
二人はその一環として上田市内の関係先を訪問した帰りだった。
現場は片側二車線。由衣は北に向けて左車線で車を走らせていたが、
前方を南向きに走っていた左車線の営業車ライトバンが
猛スピードで反対車線に斜め走行を始めたために
とっさに避難した直後に事故以外の何物でも無い轟音を聞いていた。
大和が一番手近なライトバンに近づくと、
由衣が運転席の窓を掌で叩きながら叫んでいた。
「ロックされてるか?」
「はい」
由衣は言うが速いか、特殊警棒を振り出して助手席側に回った。
その間に、後続車だったタクシーが停車して
中から若い女性と運転手が駆け寄って来る。
由衣が特殊警棒の底を窓に叩き付け、割れた窓から助手席のロックを外した。
由衣はそのまま助手席に入り、運転席のロックも解除する。
タクシー客の女性がライトバンの運転席を開けるのを見て、
由衣はちょっと首を傾げる。
恐らく捜査資料だった筈だがどの顔写真だっただろうかと。
「もしもし、大丈夫ですか?」
運転席に体を入れた女性は、突っ伏した運転手の肩を叩きながら声を掛け、
服に掌を入れて胸、腹を触る。
「運転手さん、救急車を呼んで下さい。ライトバン三十代男性、
口は動いても、胸に触っても動きが感じられないと」
「分かりました」
「もしかして警察の方ですか?」
「ああ、そうだ」
「だったら………」
シートにスマホが置かれた運転席から、二つの公共施設の名前が聞こえた。
「こちらに協力の要請、出来ませんか?」
「何をだ?」
「AEDです。ここから運べば救急車よりも早く着くかも知れません。
一刻を争います」
「分かった、パトカーを向けられないか確認してみる。
上原は先にバスに行っててくれ」
「お願いします」
「分かりました」
タクシー運転手が走り去り、大和がスマホを操作する。
「医療関係者ですか?」
「いえ、家政婦です」
運転手を引っ張り出していた女性は、
背後から聞こえた大和の問いに答えながらその仕事の事を考える。
本来東京で働いていたのだが、
その、良くして貰っている派遣先から是非にと頼まれ、
追加料金と派遣元の許可を得て
こちらの別宅でのホームパーティーの手伝いを依頼されていた。
その中での、追加の買い物から
タクシーで戻ると言う豪気な仕事の最中だったのだが、
こうなってはなるべく早く連絡を入れて
後はなる様にしかならない、と腹をくくっていた。
「大和班長」
サイレンが聞こえ始める中、地面での心肺蘇生を背に見ながら
スマホをしまってバスに近づく大和に駆け寄って来る者がいた。
「陣内か」
駆け寄って来たのは制服警察官二人、
大和に声を掛けた陣内巡査部長とその部下の巡査達。
陣内は近くの交番に主任として勤務しているが、
地元に精通し熱心な職務で信望を得ている様は
若き顔役の片鱗と言える程で、一課の大和も一目置いていた。
「自邏隊が先着して交通整理や報告を始めています」
陣内が言い、異常な蛇行運転を見せた幼稚園バスの横っ腹に
目の前の進路を塞がれたワンボックスカーが突き刺さった現場に向かう。
ワンボックスカーの運転席からサラリーマン風の男がよろよろと出て来た。
「おい、大丈夫か?」
「息、出来ないぐらい痛い、いだだっ」
警察手帳を見せる大和に、男が苦しそうに堪える。
大和が男の胸に軽く触れると悲鳴を上げた。
「肋骨みたいだな。無理に動くと内臓を傷つけかねない。
ゆっくり歩道に避難出来るか?」
敢助の言葉に頷いたサラリーマンが巡査の肩を借りて移動する。
「非常コックを探して下さい」
「あった」
バスの背面で由衣が言い、コックを見つけた陣内と共に背面非常口を開けた。
それと共に、数人の園児が泣きながらバスを飛び出す。
すれ違いにバスに入った由衣は、
思い出した様に次々と始まる号泣にたじろぎそうになる。
それは陣内も違うとは言えなかったが、
それでも彼の方が耐性がありそうで、二人で宥めながら先に進む。
「大丈夫ですかっ?」
由衣が、頭から血を流し
通路で椅子の縁にもたれて脱力していた若い女性に声をかけた。
「は、はい。私より子どもたち、園長を」
「おい、大丈夫かおいっ?」
若い女性が言い、陣内が先に園長らしき運転席の男性に声を掛けていた。
「これ、急ぐわね。運び出します。
リモコン台(警察署無線室)から消防に連絡お願いします」
意識の無い園長の状態を確認した由衣が言い、
陣内が携帯無線で交信を行う。
「大丈夫よ、大丈夫だからぶつからない様にあそこから外に出るの」
子どもの群れの後に若い女性がふらふらとバスから表に出るのと、
由衣と陣内が二人がかりで
体格のいい園長に肩を貸す形で降りて来たのはおよそ同じタイミングだった。
「よーし、あっちで待ってような。大丈夫ですかっ?」
由衣が園長の心肺蘇生を開始する一方で陣内が園児を歩道に促し、
バスを出た教師らしき女性を支える。
「子ども、まだ中に………」
「血、止めるか。目ぇ見えてねぇや
ちょっと聞くが持病とか無いな?」
額からだらだら垂れ流しの傷口に少し目を細め、
ゆっくり座らせながら陣内がハンカチで応急処置をする。
「行かないと………」
「ちょっと待て」
女性教師の瞼を開いた大和が言う。
「ちょっと、万歳してみてくれ、両腕だ」
「はい」
「腕、痛むか?」
「いえ、大丈夫です」
「大丈夫じゃねぇよ」
陣内がぽつりと言う。
「ゆっくり立って」
大和に言われ、立ち上がろうとした女性は即座に陣内に支えられる。
「散瞳と麻痺が左右逆に出てる、中の出血を疑うべきだ。
報告しつつ彼女を安全な場所に」
大和が指で自分の頭を突々きながら指示を出す。
「あっちに。こっち側は動きますか?」
「………おいっ!」
無線に報告しながら女性を支えて移動する陣内とすれ違い、
何者かが矢の様な勢いでバスの非常口に駆け込んだ。
「みんな、大丈夫よ。あそこから表に出るの」
大和がその後を追って非常口に差し掛かると、
中では一人の女性が中の園児に声を掛け、
複数の園児が非常口に押し寄せる。
「この子をお願い、脚を痛めてる」
「お、おう、もう大丈夫だ」
しゃくり上げながら女性に抱え上げられた園児が一旦非常口に降ろされ、
大和に声を掛けられてそちらに向けて顔を上げたその園児は
火が付いた様に泣き出した。
「よーし、よしよし、元気だ。ここにつかまれ。
あんたも早く出るんだ」
大和は、なんとかかんとか園児を脇に抱える様に外へと移動する。
そうしながら、中の女性を気に掛ける。
三十、或いは四十代の、痩せた体つきの何処か慌ただしい女性だった。
「1、2、3、4、5、6、7………」
「交代だっ! あなたは避難してっ!!」
大和と入れ違う様に非常口からバスに入った陣内は、
床に寝かせた園児を心肺蘇生している女性を発見していた。
その時、「逃げろ」、「避難しろ」と言う叫び、絶叫が一際高く聞こえた。
「ちっくしょう………」
ほんの何秒かの後、立ち上がった陣内は周囲の状況を確認する。
取り敢えずバスは横転しており、
洒落にならない臭気と熱気が今でも伝わって来る。
「おい、大丈夫かっ!?」
窓の上に立つ形となった陣内は、椅子の背もたれを避けて探索する。
そして、窓であった床に倒れる先程の女性の背中を見つけ、
その女性と女性に抱き締められた園児の取り敢えずの生存を確認した。
「急がないと本気でヤバイぞ」
「はい。動ける?」
「痛い、痛い痛い」
女性に声を掛けられた男児が、荒い息を吐いて蹲った。
「痛いのか? 立てないのか?」
陣内の問いに園児は立ち上がろうとするが、すぐに体をくの字に折った。
「この子をお願いします」
「分かった、あんたも急げよ」
「はい」
園児を横抱きに運びながら、後ろに視線を向けて陣内は息を飲む。
後ろを進む女性は、頭からも指先からも血を滴らせ、
天井だった壁に手を着きながら懸命に進んでいる。
陣内は大急ぎでバスの外に出て、
到着していた救急隊に園児を託して振り返る。
「危ないっ!!」
バスの非常口に飛び込もうとした陣内に、
炎上するワンボックスカーからの火線を見た部下が飛び付いた。
ーーーーーーーー
上田市内の救急病院観察室で、上原由衣は大和敢助と再会していた。
「敢………大和警部、こちらだったんですね」
「ああ、バスの爆発で吹っ飛ばされたからな。
こぶが出来た程度で中身は異常は無かった。
で、結局どうなった?」
「死者一名、それ以外は命に別状ありません。
ライトバンの運転手の診断は心筋梗塞、
午前中から腹部の違和感があったそうです」
「放散痛か」
「恐らく。只、胃炎の持病もあったため薬を飲んで済ませていた所、
運転中に急激に悪化して意識を喪失したと。
バスの運転手はライトバンの衝突後少しの間覚醒していた様ですが、
恐らくその時点で硬膜外を含む内出血の多発外傷で
正常な判断が出来る状況ではなかっただろうと。
第一の衝突でバスの中が半ばパニックとなり、
既に重傷を負っていた園長と幼稚園教諭が混乱の中で
結果として中途半端な運転操作を行って被害が拡大した様だと」
「誰も責められない、って奴か」
「バスの中で亡くなった女性は、
バス転倒時の外傷で動けなくなり、そのまま爆発に巻き込まれて焼死、
正確には一酸化炭素中毒が死因になったものと」
「分かった」
「………今日一日は検査入院。赤馬の呼吸器系は後から来る事もあるから、
くれぐれも無理に出て来る様な真似はするな、と、上からもきついお達しよ」
「………ああ、分かったよ」
ーーーーーーーー
この日の勤務を終えた陣内巡査部長は、線香をあげた仏間に座り込んでいた。
「六分、七分の勝ちを以てよしとする、か。
又、三分に当たっちまったよ。ばあちゃん」
× ×
その日の夕方過ぎ、
東京都米花町内の喫茶店「ポアロ」には、黒ずくめの女が訪れていた。
「おすすめは?」
「グラタンは如何でしょう。
鰈のいいのが入りましたよ」
「あー、いいわね。いただくわ。
後、オレンジジュースも」
「かしこまりました」
「ポアロ」の働き者安室透が、栗山緑からオーダーを取って調理を開始する。
「ご愁傷様です」
「うん」
ウエイトレス榎本梓がちょっと奥から戻って来て、
先程安室からも聞いた梓の挨拶に緑が頷いた。
「お待たせいたしました」
「これこれ♪」
焼きあがったグラタンが希望通りドリンクと共に用意され、
相好を崩した緑が早速取り掛かった。
「BAD END」
「おや」
グラタンを半分ほど腹に収めて呟いた緑の言葉に、
安室がカウンターから反応した。
「ああ、グラタンはいつも通り美味しいわよ。
仕事柄、詳しい事は言えないんだけどね。
先生も私も随分手を尽くした仕事で結果がBAD END。
しかも、理由が全然関係ない只々ありふれたハードラック。
それでぷっつり終わりなんだからやり切れない」
「お疲れ様です」
「うん」
安室の労いに緑が返答し、緑は食事に戻る。
「御馳走様」
手を合わせた緑が、カウンターに紙袋を置く。
「お土産。今度これで何か作ってもらおうかしら。
文字通り馬力がつく奴」
緑の言葉に、紙袋を持ち上げた安室が中身を取り出す。
「生食用ですか」
「ええ」
「明日来ていただけるなら、タルタルステーキ等どうでしょう?」
「いいわね。明日のランチにそれお願い。今夜はこれから一仕事」
「これからですか?」
緑の言葉に梓が聞き返す。
「ええ、資料の整理をね。
只でさえ気が重い事件で気が重い終わり方だったのに、
だからこそ、今回は貴重な案件だから
うん十年後に回顧録が書ける様に記録しておくって先生がね。
もちろん表に出す時は分からない様に脚色する事になるけど、
早い内に記録は整理しておくって」
「特に記憶は変わってしまいますからね」
「そういう事」
安室の言葉に緑が答える。
「だから今夜は家でもお茶漬けね」
「柴漬けですか?」
「残念、野沢菜よ。
御馳走様、今日も美味しかった」
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今回はここまでです>>1-1000
続きは折を見て。
それでは今回の投下、入ります。
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>>13
× ×
「哀ちゃん?」
休日の西多摩駅前でバスに乗ろうとしていた鈴木園子は、
停留所の先客に気付いて接近した。
「こんにちは」
園子の挨拶に、灰原哀がぺこりと頭を下げる。
「一人?」
「ええ」
「珍しいわね。何時もの子達は?」
「あの子達は博士と一緒に仮面ヤイバーショー。
私はこっちの方が良かったから」
「って事は、やっぱり目的地同じって事?」
「多分、そういう事になるわね」
「へぇー、哀ちゃんにそんなアウトドアな趣味がねぇ」
「あら、時々キャンプなんかにお付き合いさせてもらってるわ。
もっとも、今回は江戸川君に聞いてちょっと興味が湧いただけだけど」
「ふうん。じゃあガキンチョと一緒で良かったんじゃない?
哀ちゃんならついでに一人ぐらい乗せてくれたでしょう」
「別に、電車とバスで来られる場所だから
そこまでしてもらう事でもないわ」
「ふうん」
何処か意味ありげな園子に、哀はちょっとじとっとした視線を向ける。
そして、園子は、後々の事を考えて
「蘭ねーちゃん」と言ってみたい衝動を懸命に堪えていた。
そのまま、到着したバスに乗り込む二人だったが、
車内では特に言葉を交わす事も無い。
目的の停留所で降車た二人は、山々を背景にした町並みの道を歩き出す。
途中、軽くクラクションが鳴らされ、
二人がそちらを見ると、アルテシアに跨って二本指を立てたライダーが
ヘルメットの下の口をにっと笑わせるのが見えた。
ーーーーーーーー
「こんにちは哀ちゃん」
「こんにちは」
野外駐車場の入口で、目線を合わせて挨拶する毛利蘭に
灰原哀は小さく挨拶を返す。
「よっ」
軽く声を掛けるコナンに、哀が一見ちょっと面倒くさそうに手を挙げる。
「やあー、哀ちゃん」
「こんにちは」
両腕を広げて実ににこやかに声を掛けて来た世良真純に
さくっと挨拶してするりと向きを変える灰原哀であった。
「じゃあ、俺は仕事して来っからよ」
「うん」
毛利小五郎と蘭が言葉を交わす。
かくして、防犯アドバイザー兼地域番組ゲストとして
招待されていた小五郎と一旦別れ、
園子を含む一行は近くの河川敷へと出発した。
ーーーーーーーー
「メイプルリバー杯、高校生の部」
土手から河川敷を眺めながら園子が口に出す。
河川敷では、係員や見るからに
ウォータースポーツな人達が行き来していた。
「比較的新しい大会だけど、学生カヌーの世界ではなかなかの顔になってるわ」
園子が言った。
「確か、日本全国をブロック分けして
一ブロックから一校乃至二校、だったかしら?」
「へえー、よく知ってるねー哀ちゃん」
哀の言葉に真純が反応し、哀は小さく頭を下げて視線を逸らす。
「なかなか、見応えがありそうだね」
「うん、カヌーもそうなんだけど」
真純の言葉に、園子が含みを残して一同が歩き出す。
「あっちが応援エリア。事前登録したメンバーで
各校少人数の応援パフォーマンスが認められてるんだけど」
言いながら、園子は係員や学生が点在している河川敷のエリアを見回す。
「ちょっと早かったかな」
蘭が言い、スマホを操作し始めた。
ーーーーーーーー
「あちらに見えますのがー、
西多摩市北部住民センターでございまーす」
何か思う所があったのか、道路に戻り暫く歩いていた一行の先頭で、
鈴木園子は開き直ったかの様に前方に見える建物を案内した。
「に、してはちょっとお洒落だね。ロッジみたいだ」
半ば林に埋もれる様に見える瀟洒な建物に、真純が感想を漏らす。
「元々のセンターが最終的に今の基準での利用が無理って事になって、
経営難になった地元企業から丁度いい物件を買い取ったって事よ。
本館がセンターで、別館のレストランは縮小して
食堂売店その他として第三セクターで運営してるって」
開いた門扉から敷地内に入り、
建物に向かう道すがら真純の言葉に園子が説明を加える。
それを聞いていた真純は、すっと制動の仕草で掌を差し出すと
丸で猫の様な足取りですすすっと動き出した。
真純が一挙に立木への距離を詰めた、と、思った時には、
立木の陰から飛び出した者が、
とん、と、真純に黒ズボンの腿を軽く蹴られて飛びのいていた。
次の瞬間、黒い塊が真純に急接近する。
「学生服?」
哀が呟いた通り、黒は学ランの上下だった。
ごうっ、と、真純と学ランが一迅の風の如く動き、
白いTシャツの上に袖だけ通された黒い詰襟の裾と
その上で額に占められた白鉢巻きの緒が翻る。
構え直した真純は、舞い上がっていた自分の帽子を左手でキャッチした。
「空手だね、蘭君の知り合いかい?」
「まあね、ちょっと驚かせてやろうって思ったんだけど、
僕の方が驚いたかな? 少し会わない間に
バリツ使いからブルース・リーに乗り換えたのかな毛利君?」
「ボクが蘭君の? それは光栄だね。
確かに、蘭君はウィザード級の絶対的完全犯罪スペシャリストを
向こうに回してでも逢瀬を楽しむに値するぐらいには魅力的だからね。
だけど、郵便受けに人形が踊って、空気孔からロープが這い出た部屋の暖炉に
呪いの附木を放り込まれてから誤解でした、なんて喜劇は御免被るよ」
「ちょっと、世良ちゃんっ」
(お゛いー、俺をなんだと思ってんだよ)
園子が肩を震わせる横で、蘭が声を上げる。
一瞬真純から視線を向けられ、哀の意味ありげな笑みを横目に
心の中でコナンは独り言ちる。
「戯言だよ。大体、僕の知る限り
恋をするなら相手は男性の筈だからね毛利君は」
「ミチルくんっ」
アハハハと快活に笑ってから続けた学ランに、
蘭が立て続けの突っ込みを走らせる。
「初対面?」
「聡いんだよ、あいつは」
哀の密やかな問いに、コナンが何処か苦い口調で密やかに応じる。
「で、改めてこちらの伊達女、君達の知り合いかい?」
「でしょう、イケメン女の揃い踏みじゃない。
ええ、私達の友達で港南高校のういしみちる君よ」
真純の問いに園子が答えた。
確かに、160センチを過ぎた辺りかと言う、およその所は中肉中背。
さっぱりショートカットした艶やかな黒髪に
やや童顔で黒目がちの整った顔立ちは美少女寄りの美少年を思わせる。
癖っ毛でやんちゃっぽさが先に立つ真純とも好対照とも言えたが、
逆に、ミチルの方はほっぺの絆創膏が玉に瑕だった。
「世良真純、最近帝丹高校に転校した蘭君、園子君のクラスメイトだ」
真純が名乗りを上げ、右手を差し出す。
「改めまして、ういしみちるです、よろしく」
一度左手のスマホに「初士路留」と表示してから、路留は真純の手を取った。
「港南高校か」
「うん、ミチル君がこっちに来るって聞いてたから
合流しようって連絡取り合って」
真純の言葉に、スマホを掲げた蘭が答えた。
それを聞き、真純がすっと路留との距離を縮める。
「………念のため聞くけど、君は女性って事でいい?」
「港南高校応援団客分、僕が口癖でミチル君が渾名の女の子。
初士路留をどうぞよろしく」
ごく小さな声で尋ねる真純に、路留がにっこり笑って
bow and scrapeで応じた。
「そ、ミチル君は蘭のライバルだからね。
港南高校女子空手部のエースで応援団の花形。
渾名がミチル君で十人に一人はミチル様。
港南の王子様とは彼女の事よ」
園子が、何故かオーホホホと高笑いでもしそうな勢いで簡潔に説明してくれた。
「そうそう、甲子園でも格好良かったんだから」
「ああ、聞いたよ。あの時は大変だったね」
(ああー、大変だったよ。
流石にオメーの晴れ姿迄は気が回らなかったな)
それに続けて蘭と路留が言葉を交わすのを見て、コナンが思い返す。
「ふぅーん、そのこれは武勇伝?」
「どっちかと言うと青春の痕跡かな?
うん、只のニキビ、後始末に失敗してね」
指で頬を掻く真純に路留は苦笑して答える。
「王子様、ねぇ」
「ん? ………うげっ」
真純の視線を追って、園子がたじろいだ。
「ちょっとそれ、
前会った時は世良ちゃんよりちょいマシぐらいだったじゃない」
「何気に失礼だな、園子君は。
ボクらでついついネタにしてるものだから、
失礼したの、ボクから謝るよ」
「んー、まあ、そうなんだよね。
鈴木君とは都大会でもご無沙汰だったっけ。
ここ何カ月かで急に大きくなったからね、
空手にも学ランにもバランスが悪くて正直困る」
「だよね」
軽く嘆息する路留に、蘭が応じた。
「やっぱり大変だよね、そんなに急だと特に。
下着とか用意出来てる?」
「まあ、なんとかなってるよ」
「困ってるなら言いなさいよ。
可愛いのでもスポーティーのでも勝負下着でも、
何カップのでも買える様に用意するから」
「アハハ、鈴木君は頼りになるね。ところで………」
(い゛っ………)
すっと足を動かし、
一旦真正面からコナンを見下ろす路留にコナンがたじろいだ。
そして、コナンの真ん前で片膝空気椅子とでも言うべき体勢になって
すっと目を細める路留を前に、コナンの後ろ足がずずずと後退し
つつつーっと汗の伝う顔はつつーっと横を向いていた。
「マイクロフトだったかな、毛利君の想い人は?」
「ミチルくんっ!」
「ボク、新一兄ちゃんの親戚だからー」
「ほおー」
つ、つ、つ、と顔の向きを正面に戻したコナンは、
にっこり笑う澄んだ瞳を見て、洪水の汗をイメージしていた。
「今の判じ物を即座に理解出来るんだ。
それなら流石、彼の血筋と言った所だね。
お子様に口が軽かったのは毛利君と言う事かな?」
「もうぅーっ、この子は江戸川コナン君、
新一のお母さんの親戚で、今は私の家で預かってるの」
「江戸川コナンです」
「ふぅーん、随分可愛い声だね。
僕は初士路留、工藤新一君とも、まあ、顔見知りなのかな」
(ああー、知ってるよ)
コナンは心の中で毒づいていた。
「そうか、工藤君の親戚か。
このちびっこで見事な切り返し。と、すると」
立ち上がった路留は、コナンに背を向けてちょっと上を向く。
「君の正体は、さしずめ謎の秘密結社に改造手術を受けて小さくなった
平成のシャーロック・ホームズと言った所かな?」
「そうなんだ。ボクの正体は
改造手術を受けて変身能力を身に着けた仮面ヤイバーなんだー。
ワァーッハッハッハッ」
両腕を斜め上に向けて高笑いするコナンの前で
振り返った路留はくくくっと笑い、
年下の男をうまくだましてケッコンしたおばさんやら
名○偵○シンなるキャラクターやらが出没するアニメであれば
ぽわーんと大汗が浮かぶ様な微妙な空気が漂う。
「ハハハッ、そっか、仮面ヤイバーか。
それは頼もしい事だね。
仲良しの工藤新一君にもよろしく、リトル・ホームズ」
からから笑った路留が腰を屈めて右手を差し出し、
コナンがそれを握ってからちょっとその場を離れる。
「………灰原」
「言っておくけどブスとか鴆毒とか
ソクラテスニンジンとかの処方はやってないから
スコップでも枕でも自分で用意してちょうだい」
「ああ、俺は旅に出る。探さないでくれ」
「大丈夫よ、あの子達にはちゃんと説明しておいてあげるから
新キャライケメングラマーお姉ちゃんに迫られて
蘭姉ちゃんの眼前で見せた江戸川君の勇姿をmovieで見せたら
説得力十分でしょう。まあ、仮面ヤイバーを
無断独占した事に就いては追及必至でしょうけど」
「フサエブランド新作」
「オーケー。本当にどうしたのよ? らしくないわね。
何か余計なものに目を奪われて思考を狂わされたのかしら?」
「バーロ。言っただろ、あいつは聡いんだ。
君は黒ずくめの男に毒薬を飲まされて体が縮んでしまった工藤新一だろう、
って言い出したって驚かねーよ」
「そこは驚いてよ」
哀の返答を聞きながらコナンは嘆息した。
工藤新一は、初士路留が苦手だった。
路留は体育会系の見た目と実力の一方で相当な読書家で、
毛利蘭と工藤新一がそれぞれ得意分野で一目置く程に観と勘に優れている。
友達の友達として時々顔を合わせていた工藤新一から見て、
深く付き合えば面白い友人になりそうな魅力的な人物である事は否定しなくとも、
当面の所は、工藤新一流のキザをふわりと交わされる
苦手が先に立つ、そんな相手だった。
「お疲れ様」
目の前の哀が目を見張った、と、思った時には、
コナンはほぼ真横から頬の触れ合いそうな距離で路留の声を聞いていた。
思わず「ひっ」と声を出して
後退しようとしたコナンの背中がぼんっと跳ね返される。
「可愛いお子様、って言うのも大変だね」
それだけ言ってコナンの後ろで立ち上がった路留は、
ひらひら手を振ってその場を離れる。
「あれれー、気に入られちゃったかなー」
それを見て、腰を抜かしていたコナンに声を掛けて来たのは園子だった。
「あの子、あれで苦労人だからねー。
ガキンチョみたいにみょーに賢い子見ると、気になっちゃうのかなー」
(知ってるよ)
==============================
今回はここまでです>>14-1000
なんか、この時点で既に世良ママと釣り好きの社長の合わせ技みたいな
オリキャラさんの登場になりました
続きは折を見て。
「これで保つかな。
あの時代なら一にも二にもブランデーって所だけど」
よいしょと立ち上がり、路留が言った。
「お薦めは出来ないわね」
口を挟んだのは哀だった。
「当然驚愕反応はあるけど今は比較的安定してる。
この状況で血の巡りを良くするなんてリスクでしかない。
「OK、Dr.Watson」
「私は科学が大好きなただの小学生。
そこのホームズオタクと一緒にしないで」
(お゛いー………)
小五郎がなんとなく二メートル超えの白髪の飲料水運搬人を連想する中、
じとっと視線を向けた哀に対するコナンの反応を見て、
路留は漏れそうな不謹慎な反応を自制する。
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今回はここまでです>>26-1000
続きは折を見て。
それでは今回の投下、入ります。
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>>33
ーーーーーーーー
「失礼します、毛利小五郎さんはこちらですか?」
「ああ、入ってくれ」
ノックと共に聞こえた女性の声に小五郎が応じ、
一組の男女が研修室に入る。
一見してセンターの職員と分かる女性と、
細身でカジュアルな休日風の中年男性だった。
「父です」
「お医者様よ」
路留の言葉に園子が続けた。
「カヌー大会防犯アドバイザーの毛利小五郎です」
「毛利さんですか。路留の父、初士雅人です」
駆け寄った小五郎と数人が入口付近で言葉を交わす。
「お医者様ですか」
「外科医です。過去には救急医として働いていました」
「それは少し昔の話になりますが」
路留の言葉を雅人が訂正する。
「実は彼女、刃物で顔を切られていまして、
救急車は呼びましたので応急処置をお願い出来ますか?」
「分かりました」
言葉を交わす二人を見上げながら、
コナンは雅人の声、眼差しが、眼鏡を掛けた一見穏やかな紳士のまま
仕事のそれになるのを感じていた。
ミネラルウォーターや布巾の束が用意され、
手袋をはめた雅人の手で傷口の洗浄、保護が進められる。
「灰原?」
そこで、コナンが異変に気付く。
先程迄は、元来の優しさからか少々立場を忘れていないかと言うぐらい、
指令塔の一翼を担う頼もしさを見せていた灰原哀が、
どす黒い酒の気配でも感じたかの様に目を見開いていた。
「あなた………ベルの、何?」
(ベル?)
哀の言葉を聞き、コナンはスマホを取り出した。
(ベル、『U』の歌姫)
即座に思い当たったコナンがスマホの画面に目を走らせる。
(これは………それに、彼女の話し方も、ベルのオリジンも確か高知)
コナンこと工藤新一は、歌を歌わせるとド下手の部類に入るが耳はいい。
加えて、素人離れした語学の達人であり、
海外経験豊富な両親と共に外国語への精通に加えて
日本各地の方言にも通じている。
その上、新一の母親である工藤有希子は
坂本乙女役を当たり役とした往年の名女優だ。
新一が生まれた時には既に引退していたが、
そのうるさ型をも唸らせた有希子の猛勉強猛特訓の成果は、
父母の膝に乗せられていた頃から新一の耳目に繰り返し焼き付けられていた。
「ちょっとだけすいません」
もう一度、コナンが画面と見比べようと視線を向けた先で、
治療を受けていた少女が小声で言って周囲を手で制して立ち上がる。
一歩、二歩と歩を進め、哀を見下ろした。
「ベルは、私の友達よ」
コナンは息を飲んだ。
驚愕に近い反応をしていた哀は、相手の行動に気丈さを取り戻していた。
コナンと言うか新一が睨んでいた通り、こうして立ち上がると、
今は危うさを覚えるが、全体に華奢なぐらいの細さに
すらりと背が高く手足の長いスタイルは長い黒髪に整った美貌ともマッチして
学校では男子からも女子からも目を引く存在だった事が容易に想像出来る。
そして今、背筋を伸ばし、哀を見据えて
大きくはないがしっかりとした声で告げたその姿は、
理不尽な暴力に打ちのめされていた先程までを考えると
凛としたものにすら見える。
「納得、してくれた?」
怖くない筈がない、それは今でも伝わって来る。
それでも哀を正面から見据え、大切なものを伝えている。
痛々しい傷も未だ隠すに至らない、そんな彼女が見下ろす眼差しは優しい。
哀の正面に立つのは、精一杯の優しさを込めた、
長い黒髪がよく似合う芯の強い女性。
哀も真面目な顔で頷いた。
==============================
ちょっと中断します。
続きは近々、折を見て。
投下再開です。
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>>36
ーーーーーーーー
その日、別役弘香は、高知県内の廃校舎を再利用した
地域コミュニティーセンターの一室を借り受け、
そこにちょっとしたコクピット的パソコンルームを展開して
諸々の作業に勤しんでいた。
その傍らにいるのは内藤鈴、
弘香が今通っている高知県内の高校の同級生であり親友。
鈴自身は、元々はここにあった小学校を卒業した同窓生。
そして、今現在弘香が文字通り打ち込んでいる
膨大なデジタル作業の対象そのものの人物だった。
「東京、かぁ」
鈴は。かつての東京での目まぐるしい一日を思い返し、ぽつりと呟く。
「あの二人、よろしくやってるのかなぁ」
対して弘香は、そんな鈴の気持ちを百も承知で
リアルタイムに違いない別件にニシシシシと笑みを加える。
「張り切ってたもんね、ルカちゃん」
「そりゃあねぇ、元々一人で東京行くって言ってたんだから。
それを、吹部の子らがこっちで金を出してでも
部として応援するって校長に直談判してだから、
いやー、やっぱルカちゃん愛されてるわー」
ニッシッシと悪魔の笑みを浮かべる親友に、
それ、絶対ニュアンス違うと思う、と、鈴は苦笑いを返す。
「ちゃーんとね、帰って来たらどんだけ熱烈だったか、
聞かせてもらう算段出来てるもんねー」
言いながら、弘香はスマホを取り出し、少し怪訝な顔をする。
「噂をすれば影」
と、ノリで言いはしたものの、弘香にとって友達と言えば友達、
それも、得難い経験を共有した間柄である事を否定する心算は全く無いが、
それでもどちらかと言うと友達の友達、と言う方が近い関係。
そんな相手からの着信に弘香は通話ボタンをタップする。
「はいもしもーし」
「もしもし、ヒロちゃん? 鈴ちゃん、今、そこにいる?」
「うん、いるけど代わる?」
「鈴ちゃんから目を離さないで」
「は?」
「鈴ちゃんの側にいて。
合唱隊のおばさん達と、しのぶくんに連絡してすぐ来て貰って」
「何かあった?」
「顔、切られた」
「は?」
「刃物で顔、切られた」
「………
………………
………………………ルカちゃんが、って事でいい?」
「うん。その、目とかは大丈夫で、
顔が痛くて血が出て、それだけで」
「それだけって何っ!?」
「ヒエッ」
「ルカちゃんの顔って、それ、どんだけ、鈴だって………
ごめん、気を使ってくれてるんだよね。一番怖いの自分なのに」
「う、うん。私もテンパッて変な事言った」
「話せる? 無理しないで話せる範囲で。
変質者とかそういう奴?」
「そう、かも知れない」
「犯人は? 警察呼んだ?」
「うん、来てくれた人達が警察も救急車も呼んでくれた。
犯人の事は分からない」
「救急車は呼んだんだね?」
「うん、来てくれた人達が、すごく、よくしてくれて」
「うん、うん。現場と現在地、場所どこ?」
「どっちも控室」
「控室、って、西多摩市の住民センターだっけ?」
「そう、北部住民センター」
「分かった、こっちはこっちで対処する、怪我の事に専念して」
「うん、ありがとう」
「こっちこそ………
………あのさ、今、無茶苦茶怒ってるから私。もちろん犯人に」
「ヒロちゃん?」
明らかに只事ではない電話に、鈴が電話を切った弘香に怖々声を掛ける。
弘香が、物も言わず飛び出した。
ーーーーーーーー
「大丈夫!? ヒロちゃんっ!?」
トイレに飛び込み、胃の中身を便器にブチまけた弘香の背中をさすりながら
鈴が懸命に声を掛けた。
「緊急事態っ!」
唾を吐き、唇を拭った弘香が叫び、鈴が、ひっ、と起立する。
「メールの最初にそう書いて、合唱隊のおばさん達に
動けるならすぐにここ来る様に言って、出来れば車。
問い合わせは全部メールで私に回す様に伝えて」
「分かった」
その言葉に、鈴はぱっと動き出した。
借り受けた教室に戻った弘香が、
スマホとパソコンを同時進行で操作する。
パソコンで必要なメールを作成していく。
パターンとしてはラブメール誤爆と同じケアレスミスに怯えながら、
基本的には同じグループの中で、微妙な違いこそが重要なメールを
超特急で作成送信すると言うのは想像以上に神経を使う。
渡辺瑠果に、二通のメールを作成送信する。
一通目には、「ベルが解る警察官に、次のメールを見せる事」と書いておく。
久武忍宛に、ごくごく短い概要と行先を書いたメールを
「緊急事態」のタイトルで送信する。
千頭慎次郎に対しては、秒単位で焼け付く程頭を回転させたが、
この際相手に相応しい直球勝負しかない。
「ルカちゃんが変質者?にケガさせられた、係員や警察の指示に従う事」
最初に思い付いた落ち着け、と言うのは、
そもそも自分が落ち着いていないのに、よりによってカミシンが相手だ。
他に書ける事が思い付かなかった。
合唱隊の面々には、概要メールを送信しておく。
「もしもし、私、××××高校の別役弘香と申します。
少年係の××巡査部長かその代理の方をお願いします」
ヘッドセットを装着した弘香が
スマホの電話帳から呼び出したのはこの辺りを管轄する警察署で、
最近のトラブルを通じて知り合った警察官の名前を出していた。
少し待って、電話に出た相手は弘香の指名通りではなかったが
彼女とは顔見知りの巡査長だった。
「ご無沙汰しております、別役です。
東京の西多摩市での傷害事件の事、聞いていますか?
今日です、西多摩市の北部住民センターでの傷害事件、
被害者は渡辺瑠果、私や内藤鈴の同級生です。
ベルの案件の可能性があります。
これから私と内藤鈴でそちらに出頭しますのでご配慮願います。
今、ですか? 取り敢えず今は、
……小学校跡地のコミュニティーセンターにいます」
一度電話を切った弘香が、検索やらメモ作成やらを慌ただしく実行する。
「警視庁、メール受け付けは時間外、同じ県内なら#9110だけど、
相談センター電話番号………」
弘香がスマホを操作しながらヘッドセットを装着した。
「もしもし、私、高知県××××高校2年×組別役弘香と申します。
捜査一課かそこに伝わる人をお願いします。
東京都西多摩市北部住民センターで本日発生した
傷害事件に就いて至急お話ししたい事があります」
弘香が少しばかり指で机をノックして、話を再開する。
「もしもし………はい、そうです。
ルール違反で大変申し訳ないのですが、
これからお話する事の要点は、××時××分××秒に私の名前で
既に捜査一課の×××××アカウントにダイレクトメッセージ済みです。
まず、その傷害事件の被害者渡辺瑠果は私の同級生で友人です………」
弘香は、過去の経験やそこからの関心により、
関係機関がどの程度手放しで信用出来るかと言う事をある程度学習していた。
鈴が自分の忠告を振り切ってリスク満点の選択に突き進んだ時点で、
面倒見切れないとマネジメント契約解除を申し渡す、と言う選択肢もあった。
何しろ、これまでは陰でニシシシとほくそ笑んで見ていた
億単位の熱烈な好悪の渦に生身で突撃した、
電子の世界ではもう抜けられないのである。
只でさえ一見して大人しい「陰キャ」の鈴と、聡い、賢い心算で実際賢い、
その分自分の弱さやリスクにも敏感な弘香が今後も乗り切る事が出来る。
なんて事を楽観的に考えられる状況ではない。
だが、生憎と、ベルの育ての親の匿名プロデューサーマネージャー、の他に、
別役弘香は「内藤鈴の親友」と言う手放し難い肩書も持ち合わせていた。
加えて、だからと言って手放す、と言うには面白過ぎる、と言う本音もあった。
腹をくくり、色々勉強もした。
安全圏を出て傷つかざるを得ない幾つかの経験も積んだ。
今以て苦手な事には違いない、自宅を共にする経営の大先輩からも
幾度となく有難いお説教をいただいた。
だからと言って、これからもずっと上手くいく、なんて思える訳ではない、
と言うより、今現在リアルタイムで崩壊レベルの大ピンチな訳だ。
スマホのメッセージを見て、操作を続ける。
騎兵隊よりの伝令に勇気をもらい、戦いを続けよう。
内藤鈴の親友として、相棒として。
「もしもし、吉谷さんですか? 別役です」
==============================
今回はここまでです>>34-1000
本日この際このタイミングに斯様なものを書き込んでいると言う
まことに勝手な少々の縁に於いて一言ご挨拶を。
おめでとうございます!!!
続きは折を見て。
それでは今回の投下、入ります。
==============================
>>44
ーーーーーーーー
「失礼します、警察です」
控室に現れたのは、まだ三十歳前と思われる女性警察官を先頭にした、
女性一人に男性二人の制服警察官の集団だった。
「あなたが被害者ですか? お話を伺いますから少し待って下さいね。
皆さん、その場を動かないで。毛利小五郎さんはおられますか?」
「私です」
先頭の女性警察官の発言に小五郎が手を挙げて応じた。
「毛利さんですね。警視庁の者です」
「自邏隊(自動車警邏隊)の部長(巡査部長)か」
歩み寄った女性警察官が開いた警察手帳を見て、小五郎が言った。
「はい。毛利さんの事はかねがね伺っております。
ですから端的に伺います。これは事件ですか?」
「ああ、俺も元は一課だ。
ハコ番この方、刃物の傷もそうじゃない傷も何度も見て来た。
ありゃあ、誰かが刃物が顔を切った、それ以外にゃ見えねぇよ」
「私も同意見ですね」
「あなたは?」
「医師です。彼女の応急処置を行いました」
初士雅人医師が差し出した名刺を女性部長が受け取り確認する。
「私は外科医です。かつては救急医療の一線にもいました。
私の知見経験からも回答は毛利さんと同じものになります」
「分かりました」
頭を下げた女性部長は、
警視庁の外勤警察官用制式携帯電話であるピーフォンを取り出すと、
長机に置いた名刺を撮影してメール機能を操作する。
そして、かかって来た電話と少し話をしていた。
「改めて申し上げます。この人数で移動すると却って現場の痕跡が壊れます。
このまま指示があるまでここを動かない様に協力をお願いします。
お待たせしました。大変な所をすいませんが、
少しお話を聞かせてもらえますか?」
女性部長は、ピーフォンを使いながら椅子に掛ける被害者に労わりの声を掛け、
彼女とペアで動く精悍そうな男性警察官が他の面子を誘導する。
その後の状況は、「名探偵」として秘かに活躍しているコナンにとっては
少々やきもきさせられる状況だった。
今、室内にいる警察官は、カヌー大会の警戒の為に
会場周辺を警邏していた交番勤務の巡査部長と、
駐車場にパトカーを駐めて、防犯パトロールを兼ねて
制服のまま住民センター売店に向かっていた自動車警邏隊の二人になる。
この三人と、やはり交番勤務で
上司の巡査部長と共に会場周辺を警邏していた男性巡査長が
警視庁本部に始まる無線連絡を受けて真っ先にこのフロアに到着、
交番組の内、巡査部長が室内、巡査長が廊下の配置となっていた。
自動車警邏隊の女性巡査部長が被害者に聴き取りを行い、
そのやや年上の部下である男性巡査が
小五郎から聴き取りを行いながら一同を集めている為、
コナンとしても余り保護者としての小五郎や蘭の面子を潰す勝手はし難い。
加えて、その両者の間で交番勤務の巡査部長が所轄の先着前線として
無線に掛かり切りになっていた為、
只でさえピーフォンのメール機能を通信に多用している
被害者側の聞き取りがなかなかコナンの耳に届かない。
「毛利さん、捜査一課の佐藤美和子主任、ご存知ですよね?」
「ああ、まあな」
「佐藤主任と部長は高校で部活の先輩後輩だったんです。
あの人、刑事志望で総監賞持ちのバンカケ女王ですから」
自邏隊の巡査が、被害者に聴き取りをする上官に視線を向けて言った。
その内、到着した所轄の鑑識係による作業が開始され、
そのためか、入口から見えた機捜の腕章を着けた背広も
先着した交番の巡査長と言葉を交わして去って行く。
一方で、救急隊員が部屋に入って患者の状態を確かめ、
初士雅人医師も交えた話し合いとなる。
「つまり、すぐに搬送は出来ないと?」
「ええ、別の大事故と集団感染が重なりまして、
重体患者だけでも市内の病院が掛かり切りと言うのが実際で
待てるものは出来るだけ待って欲しいと言う状況でして」
「分かりました、ここまでの処置は出来ています。
出来るだけ早くお願いします」
「確か、ここって医療体制そのものがイカレてたわね」
救急隊と雅人の会話を小耳に挟み、哀が呟く。
西多摩市は比較的大きな自治体だが、
医療面においては、政治的動揺の影響もあって、
経営危機や集団退職が最近の新聞記事になる事もあった。
現場保全が一部終わった為か、
一度部屋を出た救急隊と入れ違う様に刑事の集団が現れた。
「通報者とは聞いていたが、又君かね。コナン君も」
「と言うか、目暮警部こそ早くありません?」
「だね、所轄や機動捜査隊とほとんど同時なんじゃない?」
呆れ顔で入口近くに立つ目暮警部に対して、
園子が問い返してコナンが付け加えた。
「うむ、西多摩市役所で開かれていた広域防災会議に呼ばれていてな、
過去にこの地域で発生した大規模事件に関わるヒアリングを頼まれていた。
三係が在庁番でもあったから、そのまま担当に回されたと言う事だ」
かくして、目暮十三警部以下警視庁捜査一課第三係の面々が控室に立ち入る。
目礼を示した自動車警邏隊の女性巡査部長に、
目暮の斜め後ろにいた佐藤美和子警部補が声を掛けて言葉を交わす。
そうして、まずは先着の警察官や小五郎と言葉を交わしていた
目暮班の面々が被害者に目を向ける。
声を掛けようとした美和子に椅子に掛けた少女が顔を向け、
その顔を見て、佐藤美和子警部補、高木渉巡査部長が微かに眉を顰める。
「え゛、っ?」
その側でたじろぎそうになっていた千葉和伸巡査部長を見て
佐藤が嗜めようとしたが、その前に少女が椅子から立ち上がった。
「君っ」
そして、目暮の声にも構わず様に椅子から刑事達の側に歩み寄る。
「内藤………ベル?」
少女が千葉に見せたスマホを見て、佐藤が問い返した。
スマホには、
「内藤鈴(ベル)は×月×日に警視庁○○警察署に保護されています」
と言うメールが表示されていた。
「ユーのベルですっ!」
千葉が小さく叫ぶ様に言う。
「これですね………えっ?」
高木の混乱を見て、佐藤が高木の手からスマホを取り上げる。
「じゃあ、彼女がベルのオリジン?」
「それは無いわね」
驚きの籠った佐藤の言葉を、足元からの言葉が即座に否定した。
「ベルのオリジンと彼女は明らかに別人よ。
ベルのオリジンはアンベイルで判明した事があるし、
『U』はそのシステム上成り済ましを行う事は出来ない。
ベルのオリジンはこういう、一見して美人って言うタイプじゃなかったし
時期的に言って彼女の髪の毛も長すぎる。
只、制服が同じデザインで両者が知人、それも友人と言う話が本当なら、
『U』のシステムから考えて、
ベルのオリジンがアカウント作成時の登録に
集合写真でも使って誤作動を起こしたか
オリジンの心の中の願望が反映された、と言った所かしら」
コナンと共に哀の頭の良さもある程度知っている佐藤は、
自分の膝上に手を当てて哀の話を聞いていた。
それを横で聞いているコナンも、
『U』に就いては便利なコンテンツとしての一通りの知識、
ベルに関しても、「通俗文学の知識」の一種として
それなりには知っている心算だった。
だが、この場合、コナンが一番よく知っている事は、
ベルに就いて灰原哀が只事ではない程にのめり込んでいると言う事だ。
そして、コナン自身も、哀の変化に興味を引かれた事もあって
『U』や録画でベルに接し、確かに心惹かれるのも分かる、
ぐらいの事はベルの歌に対して感じていた。
元々、コナンから見ても哀は歌とは無縁と言うタイプでもない。
歌わせたならば、素人にしては、
であったとしてもプロのお墨付きの歌唱力の持ち主である。
人気アイドル歌手の沖野ヨーコを押さえていたり、
友達とカラオケに行って興が乗れば
仮面ヤイバーやら美少女な天才やらを熱唱している。
だが、コナンから見ても、
灰原哀にとってのベルはそういう並びとは明らかに異なっていた。
ベルが『U』に彗星の如く現れて以来、
コナンが気が付いたら哀がアクセスしながらリズムを取っていたり、
研究室で踊っていたり涙を流していたり。
漏れ聞こえる哀自身の声やそれ以外の言動その他の状況証拠から、
その原因は明らかにベルであり、
これで例えば、うっかりあのダンスミュージック系のチャライ奴、
なんぞと評価を口走ろうものなら、満面の笑みで差し出される珈琲を飲んで
目を覚ましたら転生抜きで人生を零からやり直す事になりかねないと、
コナンが本能的に察する程の熱の入れ様だった。
「取り敢えず、私からの要請で一課の資料班に繋がる様に、
PSとNの本名、日付で情報求む、って事で連絡お願い」
「了解です」
佐藤が、自邏隊の女性部長に要請する。
警視庁本部刑事部捜査一課の主任を務めている佐藤も、
捜査員仕様の警視庁制式携帯電話ポリスモードを使って
専用サーバを含む連絡を行う事はもちろん出来る。
只、この時は、まずは第一報と言う装いの最低限の情報で
しれっと照会を行った方がいい、と、勘が働いていた。
強いて言うなら、それは、警視庁に於けるベルの扱いを
小耳に挟んでいたが故でもあった。
「すまん、今一つ話についていけないのだが」
佐藤達のやり取りに、目暮が追い付いた。
「はい。ちょっといいかな?」
千葉の問いに被害者が頷きスマホを差し出す。
「この………Nはベルを芸名とする歌手、そう理解して下さい。
但し、これが本当に大事な所ですが、
ベルは莫大なフォロワーを持つ大人気歌手ですが、
Nは自分がベルである事を公表していません。
日本の地方在住で今も平凡に暮らしている、筈です。
ですから、警察であっても不用意にその平穏を脅かす様な事をすれば、
巨額の利権の意味でも未成年者の人権上の意味からも大問題になりかねません」
「今の、その、情報化社会でその様な事があるのかね?」
「情報化社会だからこそ、かも知れません」
言いながら、千葉は自分のスマホを操作する。
「Nがベルの名前で歌っているのは
インターネットの中の仮想空間である『U』です」
「うむ、『U』の事は儂も知ってはいる。名前ぐらいは、ではあるが」
「はい。その『U』で、Nがそのネットの中で使われる姿で歌っている、
その時の名前がベルです」
千葉は、自分のスマホでベルの歌唱動画を表示した。
「ふむ………このアニメ、インターネットだけかね?
テレビでも見た記憶があるのだが、珈琲のCMか何かの」
「ええ、そうです。そういうオファーをしている企業もあります。
見た目はアニメですけどアニメとはちょっと違って、
アクセスしている我々生身の人間の動きとか諸々が
直接このアニメの様なキャラクターに反映されている。
『U』の用語では生身の我々をオリジン、そこから連動して
『U』の中に反映されたキャラクターをAs、そう呼んでいます」
「………つまり、それを少し置かせてもらうが、
このNは過去に東京でPS(警察署)に保護された事があって、
それが今回の事件に関係あると言うのかね?」
「分かっているのは、彼女がベルと友人であると自己申告していると言う事と、
過去に判明しているベルのオリジン、
今の言い方だとベルを操作している生身の人間の制服が
この制服と同じデザインだと言う事よ。
実際には操作、と、言うよりオリジンが画面の中に分身して
アニメみたいなAsに化けてオリジンの意思で動かせる、
と言う方が近いんだけど」
口を挟んだのは哀だった。
「それに、お姉さん高知の人だよね?
ベルのオリジンも高知の人だって、少し詳しい人なら知ってる事だから」
「コナン君」
質問と確認の後、哀の肘鉄が腹に埋まったコナンに千葉が声を掛けた。
「だとしても、ベルは所在地に関わる情報を開示していない。
誰かが勝手に探すのと警察の前で確認するのとは違った意味になるんだよ」
「ごめんなさい」
千葉の言葉にコナンが頭を下げた。
「つまりこのNはインターネットの中で
アニメの様なキャラクターで歌っている大人気歌手のベルである、
取り敢えずこういう事になるのかね?」
「大体合っています」
目暮の言葉に佐藤が答えた。
そして、佐藤と被害者の少女が小声で言葉を交わす。
「哀ちゃん、ちょっと」
そして、佐藤が哀を手招きした。
「この中にベルはいるかしら?」
千葉を隣に配した佐藤が哀に差し出したスマホには、
集合写真が表示されていた。
哀は、ちょっとそれを凝視すると一点を指さす。
「どう?」
「合っています」
佐藤の言葉に千葉が応じ、佐藤が被害者にスマホを返却する。
「まずは、負傷を押しての情報提供を深く感謝する。
警視庁捜査一課の目暮警部だ。
改めて、君の名前からお願いできるかな?」
「高知県××××高校2年×組渡辺瑠果です」
==============================
今回はここまでです>>45-1000
続きは折を見て。
それでは今回の投下、入ります。
==============================
>>54
ーーーーーーーー
「いらっしゃいませ」
東京都米花町内の喫茶店「ポアロ」で、
榎本梓の挨拶を受けて一人の女性がカウンター席に就く。
「どうぞ」
「んー………カレーライスで」
「カレーライスですね」
梓が愛想よく応対し、メニューを伝える。
梓から見て、この女性客は最近出来た常連客だった。
訪れる時間帯はまちまちだが、週に二、三回はポアロを訪れ、
今の梓から見るとメニューを制覇するかの様に、
日替わりでまちまちのメニューを楽しんで帰って行く。
只、今日や初日がそうだった様に、
シンプルにカレーライスやハムサンド、
珈琲だけと言う日も幾度かあったが、
珈琲も砂糖だったりミルクだったりと気まぐれだった。
本人はと言えば、梓がこう聞かれたならば、
何と答えればいいんだろう、と言う事になりかねない。
つまり、三十手前ぐらいだろうか、地味なスーツで取り立てて特徴の無い、
常連さんだから辛うじて覚えている、ぐらいの印象の相手だった。
店でもほとんど口を利かないし、
愛想のいい梓も押し付けがましいタイプではない。
それでも、一度その場の雰囲気でちょっと雑談が成り立った所では、
「倉田商会」なる会社に最近雇われて
車で関係書類を運ぶ事もしている経理事務員で、
この店が気に入ったので近くに来たら
パーキングを借りて出入していると言う事だった。
ーーーーーーーー
電話ボックスに入った降谷零警部は、
受話器を取ると電話機にテレカを挿入し番号をプッシュした。
「もしもし」
「僕だ」
「はちきB案件です」
「(はちきB、はちきんBelle)詳細を」
「渡辺瑠果が刃物で顔を切られました。
現場は西多摩市北部住民センターです」
「と言う事は、カヌー大会か。マル被及びカミシンの情報を」
「現時点でマル被は不明、
西多摩の前線の無線にカミシンの名前は上がっていません。
高知で別役弘香が独自に警察への情報提供を行っています」
「刑事警察の動きは?」
「所轄と機捜隊の他、初期段階から猟奇犯罪の疑いもある
悪質な案件として本部捜査一課にも臨場指示が出ました」
「君は今何処で何をしている?」
「公安機捜と合流して西多摩市内を走行中です」
「捜査指揮権を押さえるつもりか?」
「許可が出次第、捜査指揮権を掌握し公安警察の総力を結集して」
「却下だ。表の捜査がそこまで動き出している段階で
こちらが直接割り込むのは国益の上からも
捜査効率上もベルへの影響からも得策ではない。そしてもう一つ問題がある」
「もう一つ、ですか」
「今日の捜査一課の在庁番はどの係だ ?」
「三係です」
「僕の知っている米花町の住民の一団が
今日西多摩市のカヌー大会を訪れていると言う確かな情報が存在している」
「通報者です」
「そういう事だ。以後、裏の情報収集に当たれ。
情報経路にいる警察内部のSにも関係情報の収集、提供を指示。
同時に、ジャスティングループの行確(行動確認)を開始しろ、
デジタル、アナログ両方でだ」
「行確、触らないと言う事ですね?」
「ああ、即座に決着しない限り、あのグループは当然捜査線上に上がる。
だが、刑事警察の正攻法では、
『U』の運営が任意の身元開示に応じる事は先ず無いし、
今の所、令状の請求も難しいだろう。
行確の上で、必要に応じて刑事警察に繋がる様に対処する。以上だ」
「了解しました」
降谷が電話を切る。
降谷達は、彼らが「はちきB」と呼ぶ案件に関しては、
公表情報の集約分析と、警察内を含む既存の協力者への
情報提供要請と言う段階で対応を行っていた。
内部ではより積極的な監視活動、
更にその上を行く獲得活動の提案もあったのだが、
後者の検討に就いては
「彼女は未成年の女子であり、
平穏に生活する日本の国民である、と記憶しているが」
と言う降谷の一言で終了していた。
法の裏側を行く部署であるからこそ、これを坊ちゃんキャリアの綺麗事、
等とみくびる眼力では到底務まらない。
罷り間違ってその様な手違いが起きていたならば、
その者は降谷以前にその忠実な部下の手で社会的に完全抹殺されていただろう。
そして、前者に就いては技術的なネックがあった。
対象者の居住地が限界集落にリーチがかかった
周囲に顔見知りしかいない過疎地の上、
そのごくごく身近で理系ハイスペック女子が鉄壁防禦を展開しているため、
下調べの時点で人的電子的共に新規に浸透工作に着手する
リスクとリターンが割に合わな過ぎると言う結論に達していた。
ーーーーーーーー
「お帰りなさい」
榎本梓が、「ポアロ」に戻って前掛けを締める安室透に声を掛ける。
「すいません、副業の方でちょっとだけ連絡を」
「探偵の兼業、大変ですね」
ーーーーーーーー
「鈴っ!」
女性達が駆け込んで来たのは高知県内の廃校の教室。
そこは、内藤鈴と別役弘香が待つ、廃校の建物を再利用した
コミュニティーセンターの自習室だった。
「大丈夫だった?」
「う、うん………」
吉谷が鈴に声を掛けるが、そもそも鈴はまだ事態を把握していなかった。
「鈴ちゃん、ここかい?」
「はい」
続いて入って来たのは、鈴も顔見知りの駐在さんだった。
「別役さんもいるね」
「はい」
弘香が返答する。鈴とは元々知り合いの駐在さんだったが、
幾つかのトラブル処理で弘香とも知り合っていた。
程なく、弘香はメモを用意しながら振動するスマホを取る。
「もしもし、別役です」
「あー、もしもし、別役弘香さんですね?
私、高知県警本部捜査一課の……と申します。
先程……警察署に問い合わせのあった
西多摩市での事件に就いてお電話致しました」
「ありがとうございます」
「今はコミュニティーセンターにいるんですよね?
内藤鈴さんも一緒で?」
「はい」
「事件の事は警視庁に確認を取りました。
ええ、内容から言って犯人がこちらで
直接どうこうすると言うのは無いと思うんですけど、
迎えの車がそちら行きますので、そこで待機してもらえますか?」
「あの、それでは県警本部に向かうんですか?」
「いえ、聴取はそちらの……警察署で行います」
「分かりました、ありがとうございます」
弘香が電話を切った。
「こっちも捜査一課が出て来た………」
「ヒロちゃん………」
怖々と声を掛ける鈴の前で、呟いていた弘香はすーっと呼吸する。
「………駄目」
「え?」
「ごめん、やっぱ口に出すのきつい。
吉谷さん、さっきのメール、見せてあげて下さい。
そこから先は私から話しますから」
鈴と親しい女性合唱隊リーダーの吉谷にメールを見せられ、
他の面々に背中や肩をさすられる鈴の様子は、
一言で表現するならば挙動不審以外の何物でもなかった。
「えと、あの、ルカちゃんが言うには、
目やなんかは無事で、そんなに大きい傷ではない、みたいな。
犯人、捕まってないけどそこに来てくれた人達が
すぐに警察も救急車も手配してくれたって。
とにかく、詳しい話聞く為にも、万が一の鈴の安全の為にも
これから警察行く、警察の方でこっちに迎えに来てくれるって言ってるから。
しのぶくんもそっちで合流する。
あの、吉谷さん、鈴のお父さんには?」
「連絡したわ」
吉谷の言葉を聞きながら、一同は足音に耳を向けた。
「ご苦労様です」
「どうも」
入って来た二人の男性に、弘香と鈴が頭を下げる。
「どうも、高知県警本部機動捜査隊です」
二人の男性が警察手帳を開く。
「知り合い?」
合唱隊所属の大学講師畑中が弘香と鈴に尋ねる。
「前に、ここからの帰りにおかしな人に追い駆けられた時に助けてもらって」
「そ。前にちょっと話したけど、
この娘達が私の家の近くまで誘導して防犯ブザー鳴らしたから、
私も出て行って注意したんだけど全然話が噛み合わないの。
それで、来てくれた……さんに相手してもらってる間に
三人で家に入って警察に連絡して。
鈴も先にスマホ警察に繋ぎっぱなしにしてたけどね。
その時に来てくれたのがこの二人で、
そのまま駐在所まで連れて行って追い払ったって聞いたけど」
鈴の説明に、合唱隊に属する農家女性の奥本が付け加えた。
「ええー、こちらの二人が任意同行と言う事で駐在所に連れて来て、
親御さんや本署とも相談して誓約書書かせて帰しましたわ」
「イカレたベルのストーカーって以外はカタギみたいだったし、
ちょっと聞こえただけでもがっちりシメられてたからね。
あれで逮捕しても軽犯罪法か条例違反ぐらいだったから、
クビとかになって無敵の人になられるよりも、
証拠押さえて失うもの残しておいた方がこの場合安全って事で」
駐在の言葉に弘香が付け足した。
「まあ、そんな所だけど、その後あの男は?」
「普通のファンレターをくれるぐらいで、危ない事はなくなりました。
あの時はありがとうございました」
尋ねた刑事に鈴が答えて、弘香と二人で頭を下げた。
付け加えるならば、鈴のスマホはストーカー事案の準用で
110番通報を行うと県警本部の通信指令室に
内藤鈴の名前等が表示される様に高知県警に登録されており、
鈴の住所は限界近い過疎地だが、ベルのアンベイル以降
高知県警察本部の指示でその地域の警戒が強化されており、
所轄警察署本署の地域課自動車警邏係や
県警本部機動捜査隊、自動車警邏隊が出入りする頻度も増やされていた。
「て言うか、もしかしたらあの男が犯人とか?」
「捜査一課の方で、ベルに関するトラブルがあったって言う口実で
彼の携帯に電話を入れてみたけど根耳に水って反応だったって話だ。
住んでいる神戸から一歩も出ていないと、
少なくとも電話の時点で神戸にいたなら東京での犯行は絶対に不可能だ」
「位置情報で簡単に分かりますね」
「ああ。それに、性格的にも、わざわざ東京まで行って、
それもお友達を刃物で襲うってのは飛躍し過ぎて見える。
もちろん、高知県警で把握してるそちらからの通報や相談は
うちの一課から東京の警視庁に全部送る事になってるから
そっちからも確認なんかはされるだろうけど」
弘香と刑事の一人が言葉を交わした。
「それじゃあ、行こうか」
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今回はここまでです>>55-1000
続きは折を見て。
「哀ちゃんっ?」
近くの椅子を引き寄せ、飛び乗る様にして
机の上を確認する哀の行動に蘭が声を上げ園子と共に目を見張った。
「ベル………竜?」
「これもベル関係なのか?」
哀を追ったコナンが言った。
「今までの流れから言ってそれも考えるべきね。
ベル関連、それも竜の事を」
自分も椅子を用意するコナンの横で哀が言う。
「なんだよリュウってなぁ」
「これです」
口を挟む小五郎に、千葉が自分のスマホを示した。
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今回はここまでです>>117-1000
続きは折を見て。
それでは今回の投下、入ります。
>>120
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「モンスター?」
「これも、その『U』の、
人間と連動しているアニメのキャラクターなのかね?」
「はい」
小五郎と目暮の言葉に、
スマホに獰猛な怪物じみたキャラクターを表示していた千葉が応じた。
「『竜』、ドラゴンの竜。『U』の中では知られた道場荒らしです。
武術系の試合等に現れては、極悪過ぎるファイティングスタイルで
相手のAsのデータが
使用不能に破損する程の攻撃を加える暴力的なユーザーでした」
「そして、ベルのコンサートを妨害した」
「ほう」
哀の補足、と言うか本筋の言葉に目暮の口調が変わる。
「悪質ユーザーとして認知されていた竜は、
『U』に於ける自警団として活動していたグループ『ジャスティス』
の追跡を受けていました」
千葉が、説明しながらジャスティスの画像をスマホに表示する。
「その、ジャスティスに追われた竜が逃げ込んだ先がベルのライブ会場、
それも、初の大規模ライブのね」
「んー、ちょっと待って………」
哀の言葉を聞き、園子が額に指を当てて唸る。
「あの、竜に台無しにされたライブよね」
「そうよ」
「分かった! あの時のベルの衣装っ!!」
園子が叫び、千葉が操作したスマホを高木と美和子が覗き込んだ。
「ビーズドレス」
美和子が呟く。
「あのライブで着てたビーズドレス。かなり印象的なものだけど、
粘土に埋め込まれた、多分レプリカね。
ドレスのパーツと色も形状もよく似てる。
この状況だとその意図を考える方が自然じゃないかしら」
哀が言った。
「と、すると、すぐに関わるのは竜か?」
「私なら、どちらかと言われたらジャスティスの方を追う」
目暮の言葉に、哀が続いた。
「たまたま追跡されてライブを妨害しただけ、だからかね?」
目暮が尋ねる。
「に、してもあれはやり過ぎ、
ライブ会場で鉄骨振り回して大立ち回りだもの。
そのために、『U』の中では
歌姫ベルの大規模ライブを滅茶苦茶にした悪質ユーザーとして、
竜の悪評は決定的なものになった」
「一時期は凄かったからねぇ、
あれのせいで竜、『U』の全部からお尋ね者扱いで」
哀の言葉に園子が続いた。
「只、その事に就いてベル自身がどう思っていたか、
元々が歌以外で表に出ないタイプだからその辺は分からない。
そして、ベルへの怨恨ならむしろジャスティスの方にあるの」
「千葉君?」
「ええ」
哀の言葉に、美和子が促して千葉が応じる。
「元々、『U』は運営によるユーザーに対する直接的な規制が緩い所で、
その代わりの様に、ジャスティスが企業スポンサーの支援を得て
自警団としての権勢を奮っていました。
そのジャスティスのリーダーである
ジャスティンが保有していた最大の武器がアンベイルでした」
「アンベイル、さっきもそんな言葉を聞いたな」
千葉の説明に目暮が言う。
「はい。アンベイルと言うのは、
『U』の中でオリジンからAsへの変換を無効にする、
詰まり、『U』の中でその光を浴びるとAsから
元の人間の姿に戻ってしまう。そんな装置です。
ジャスティンはどういう訳かそんな装置を装着して
悪質ユーザーを取り締まる自警団活動を行っていました」
「じゃあ、竜もそのアンベイルをされたのかね?」
「いえ、アンベイルされたのはベルです」
「何?」
千葉の返答に、質問をした目暮が戸惑いの声を出した。
「状況から見て、どうもベルを張り込んで、
ベルの歌に誘われる竜を待ち伏せしていた様ですね。
ですが、ベルの方がジャスティンを捕まえて自らアンベイルされた。
当時の状況はそうでした」
「自ら、って、ベルは自分からオリジン、元の姿を公表したと言うの?」
「あの時の事は大混雑の大混乱で情報が錯綜していますが、
それで合っている筈です」
美和子の問いに千葉が答える。
「それがどうして怨恨になるのかね?」
目暮が尋ねる。
「本来、ジャスティンのアンベイルは
『U』の中では非公表で活動している相手の姿を強制的に公開する、
それが脅しになると言う前提で行うもの。
だけど、ベルは何を思ったのか、
今までの話通りだと渡辺瑠果と同じ一介の高校生でありながら、
自らそれを受け容れて堂々と歌い上げた」
「ええ、結果として圧倒的な、
『U』の中でも伝説的なコンサートになりました」
哀の言葉に千葉が補足した。
「逆に、その様なユーザーを巻き込みながら、
例え悪質ユーザーであっても、自警団の判断で
相手に無断でネット社会にプライバシーを公開する独善的な言動。
その対比が余りにも鮮やか過ぎて、ジャスティンの権力の源泉だった
スポンサーが一斉にジャスティンから撤退したのよ」
「面子を潰された、ってぇ事か。金だって馬鹿にならねぇ」
哀が説明し、小五郎の言葉に頷いた。
「ふうむ。ベルの、それも妨害されたライブに繋がるメッセージ、
と、なると、竜とジャスティス、両方の線を当たる必要があるな」
「竜、ジャスティン、或いはその過激な信奉者やアンチ」
「例のベル担当ともその辺りの事を詰めてくれ」
「分かりました」
目暮と千葉がやり取りをして指示を確認した。
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今回はここまでです>>121-1000
続きは折を見て。
このSSまとめへのコメント
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