あの日出会ったメイドに自分の人生を歩く勇気をもらいました (5)

彼女との出会いは運命的なんてものではなくて、むしろ安っぽくてどこにでもあるような出来事だった。それでもそれを運命だったと思いたいのは今となってはきっと僕だけなのだろうけど、時折思い出さずにはいられない。

その日は中学時代にはまっていた懐かしい野球ゲームを久しぶりにやりたくなって、大阪は日本橋のオタロードに足を運んでいた。二等身のキャラクターを育成するモードが人気の、あのゲーム。

大学進学と合わせて大阪で一人暮らしを始めて三年。日本橋に来たのはこれが二度目だった。初めて来たのはなんば付近を散策していた時に入り込んでしまって、その時はもっと陰気な印象だったのに、今日は何だかもっと明るい雰囲気に感じられた。

新年を迎えたばかりというのもあるのだろうけれど、道に立って客引きをしている女の子たちが巫女の衣装だという影響もあるのかもしれない。以前はメイド服を着た女の子が立っていたはずだ。彼女たちは面倒くさそうに道路に立ってスマホを触っていたり、或は客になりそうなオタクに声をかけて営業スマイルを浮かべたりしている。大学一年の頃に、地元から関東の大学に進学した友人と歩いた秋葉原をふと思い出した。

そんな時、イヤホンをはめてゲームショップに向かう僕に声をかけた女の子がいた。

「お兄さん、リフレどうですか?」

いつもなら無視して通り過ぎてしまうものだ。軽い会釈でもして、歩調を速めて行く。

それでもそこで立ち止まってしまったのはもしかしたら運命だったのかもしれないし、或は前月に好きだった彼女に振られた腹いせだったのかもしれない。理由なんて探せばいくらでも後づけることができるし、偶然だと言ってしまえばそれまでだ。大事なのは、僕がそこで足を止めて、イヤホンを外してしまったということだ。

「リフレって、分かりますか?」

話を聞く意思があると認識したらしい彼女はそのまま僕の前に立って、近くにある看板を指差した。その店に案内したい、ということらしい。

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「えっと、いや、分かんないです」

秋葉原を歩いたときにメイドカフェに行ったことはあるが、リフレという存在は初めて聞いた。看板の前に誘導されて説明を受けることになる。

「ハンドコースとかフットコースとかあって、要するにマッサージ屋さんなんですけど。初めてのお帰りだったら、お得なコースもあります」

初めてのお帰り、という言葉が何だか不思議でつい笑ってしまった。マッサージ屋さんと聞くと、性風俗店をイメージしてしまって少し身構えてしまったけれど、この明るい時間からこんな大通りにある店であればそういう怪しい店というわけでもないのだろう。

看板から顔を上げて女の子の顔を見る。オタク受けの良さそうな姫カットの女の子だった。平凡な身長の僕より少し低いということは女性としては長身で、意思の強そうな目と対照的に下がった眉尻が可愛らしく見えた。際立った美少女というわけではなかったけれど、言ってしまうとタイプだったわけだ、僕の。

「えーっと、今からもう行けるんですか?」

だから、そう言ってしまったのも仕方が無かった。彼女に声をかけられた時に、僕がそこに足を運ぶことは決まっていたのかもしれない。

これは僕の愛と絶望と、そしてちょっとだけ希望の物語だ。世界を救う大冒険も、全米が涙するようなラブストーリーもここにはない。誰にでも起こりうる出来事で、もしかしたら誰かの人生においても特別な出来事の一つや二つはきっとあるだろう。僕にとってのそんな出来事を、これから書き記そう。

少々お待ちください、と看板横の入り口から店の中に入った彼女は、すぐに扉を開けて「大丈夫です!」と僕を手招きした。

初めての世界に緊張しながら店内に足を運ぶと、入り口に置かれた木製のスツールに何人かのお客さんらしき男性が腰掛けてお茶を飲んでいた。そのうちの空いている一席に座るように指示をして彼女はお店の奥の方に進んで行ってしまった。とりあえず言われた通り、僕はリュックを下ろして腰掛ける。

入ってすぐのその場所がレジやら待ち合いスペースになっているらしい。レジに向き合っている女の子もいれば、お客さんと話している女の子もいた。お茶を飲んでる人たちは何なんだろうと思いつつもキョロキョロするのも恥ずかしくて、俯き気味に座っていると、レジに立っていた女の子に声をかけられた。

「こちらにお帰りは初めてですか?」

「あ、はい。そうです」

赤めの茶髪を頭で括った猫目の女性は嬉しそうに笑った。気持ちのいい笑顔をする人だ。さっきの子は僕より年下のようにも見えたけど、彼女はお姉さんのように思えてちょっと緊張した。

「あ、ご挨拶遅れました。私はミヤノと申します。よろしくお願いしますっ」

元気よく挨拶をされて、自分の名前を何と伝えれば良いか悩んで言葉を飲み込んでしまった。本名を伝えるのが普通なのだろうか?

えーっと、と言葉を探していると、キャッチで声をかけてくれた女の子が戻ってきて声をかけられた。

「コースはどうされますか?」

店内にある看板を指差して首をかしげられた。イマイチ良く分かっていないので、入店前に言われた言葉を思い出す。

「何かあの、初めての人のコースみたいなやつあるんでしたっけ?」

「ありますあります! そちらで良いですか?」

ハンドコースと肩のマッサージを合わせたものだ、ということはそこで伝えられた。最近、大学のレポートに追われてパソコン作業が続き、肩が凝っていたのでそれで了承した。

「女の子の指名とかできるんですけど、どうしますか?」

そう言われて、じゃあお願いしますと言いたい気持ちになりつつも、恥ずかしい気持ちがそれより勝った。誰とも話したことがないこの状況で、「じゃあお願いします」と言ったら顔が好みですと告白しているような気がして、それはとても耐えられないくらい恥ずかしく感じられた。

「えーっと、とりあえず無しで大丈夫です、はい」

最後の言葉は自分に言い聞かせるための言葉だった。これでとんでもなく話も合わない可愛くもない子が出て来ても自分のせいだと言い聞かせた。とはいえ、今までに見た人たちはみんな可愛らしくて、誰が出て来てくれたとしても後者の意味で公開することはないだろうと思われた。

指名無し、初めてのコースで〜とレジに立っていた小柄な女の子が計算をして料金を僕に提示した。その金額がこういうお店で高いのか安いのかは理解できなかったけれど、少なくともぼったくりだと感じることは無かった。

その後、彼女が慌ただしく店の奥に進んで行くと、それから間もなく「それではこちらへどうぞ」と奥の方から呼び出された。途中で靴を脱ぐように指示されスリッパに履き替えると、三つの個室が並んでいて、それぞれには腰のあたりまでの少し長い暖簾がかけられていた。どうやらこの部屋でマッサージをしてくれる、ということらしい。

田舎のばあちゃんちにありそうな大きな背もたれのある椅子に座るように勧められて、そのようにすると、彼女は僕に向き合って膝を合わせて座った。

「初めまして、本日はお帰りありがとうございます。チユキと申します」

自己紹介を済ませると頭を下げられて、ただ挨拶をしてくれただけのはずなのに何だか申し訳ない気持ちになった。僕なんか大して金を落とせるわけでもないただの客で、そんなに深々と頭を下げられるような人間ではない。

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