ネロ・クラウディウス「余は……少し席を外したい」岸波白野「うんこか?」 (9)

「なあ、セイバー」
「ん? どうかしたか、奏者」
「いま着ている、その服のデザインはセイバーが考えたものなのか?」
「うむ! 余の魅力を存分に引き出す、素晴らしいデザインであろう?」

セイバーが着ている赤い服は、たしかに彼女の魅力を存分に引き出すものであり、その高貴さと奔放さを示すように大胆なデザインとなっており、少々目のやり場に困る。

「どうだ、奏者よ。似合っているか?」
「うん。たしかにとても似合っている」
「うむうむ! そうであろう、そうであろう! であるならば、もっと余を褒め称えよ!」

己がマスターのことを奏者と呼ぶこのサーヴァントは、英霊として世界に召し上げられる前に某君として君臨していた古代の皇帝。
その真名は、ネロ・クラウディアス。
悪名高き、古代ローマ帝国、皇帝ネロだ。

「すごくよく似合っている」
「うむ! では、具体的にはこの衣装のどの部位が魅力的であると奏者は捉える?」

褒め称えると、より詳細に追及された。
顎に手をやって、しばし熟考する。
皇帝の威を示す、格調の高さ。
基本的には軍服なのだろうが、露出が多い。
下着という概念が彼女にはないようだ。

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「いろいろ丸見えだけど、平気なのか?」
「平気も何も、そもそも気にする必要など皆無である! なにせ余の美しさはミューズすらも裸足で逃げ出す程のものであるからな! むしろ隠すほうが神に対する冒涜と言える!」

セイバーはいつも自信たっぷりで、そしてその自信に見合った美しさを備えていた。
その美貌はもちろんのこと、輝く金髪や愛くるしい双眸。そして少し小柄ながら発育の良い身体など全てにおいて均整が取れている。
まさに黄金比によって形作られた存在だ。

「たしかにセイバーは綺麗だ」
「うむうむ! そうであろう、そうであろう! して、奏者よ。そろそろ具体的に余の魅力を挙げてみよ。余はもう待ちきれぬのだ!」

きっと、尻尾があったら猛烈な勢いで旋回して、空でも飛べそうな程のはしゃぎっぷりで期待しているサーヴァントに対して、マスターならば全力で応えねばなるまい。だから。

「具体的にはお尻が素晴らしいと思う」
「うむ! 余も余のお尻は美しいと思う!」
「それから、やっぱり尻だな。あとは、尻」
「うむう……む? そ、奏者……?」
「うん。最終的には、セイバーのお尻だ」
「さっきから尻しか言っておらんようだが……? もっと他にも余の魅力はある筈だ」
「お尻だよ。それと、お尻。あとは、お尻」

熟考に熟考を重ねた結果、ケツ論に至った。

「そ、奏者が尻好きなのはわかった。だが、余は胸もそれなりにあるし、くびれも……」
「そんなことはどうでもいい。お尻だ」
「そ、そうか……そこまで断言されると何も言えん。だがな、奏者よ。もっと視野を広げて世界を俯瞰することもこの先必要に……」
「まさか、尻を広げて見せてくれるのか?」
「え? 余はそんなことはひとことも……」
「お願いします。この通り、頼むセイバー」

土下座を敢行すると、セイバーは慌てて。

「そ、奏者よ! そのような真似はよせ! 余が皇帝であったのは今は昔。その本質こそ変わってはおらぬがこうしてサーヴァントとして召喚された以上、余と奏者は対等なのだぞ」
「セイバー……」
「頭など下げずともよい。奏者は余と目を合わせる資格がある。だから顔を上げるのだ」

促されて顔を上げると、セイバーの煌めく瞳と目が合い、薔薇のような笑顔に見惚れた。

「うむ! それでよい。きっと奏者は疲れているのだ。だから先程のような世迷言を……」
「……見たい」
「へ?」
「セイバーの尻が見たい」

あくまで対等に、秘めた願いを口にした。

「み、見たいとは言うが奏者よ。余はこうして、ちゃんとお尻を露出してるではないか」
「それじゃあ、足りないんだ」
「た、足りないのか……?」
「ああ。もっと深くまで潜る必要がある」
「も、潜るって、奏者は何を……?」

セイバーのお尻は現在、半ケツ状態である。
尻の谷間が丸見えであり、とても魅力的だ。
しかし半ケツとはつまり半分は隠れている。
それがどうしても許せなくて、泣けてくる。

「そ、奏者よ!? 突然泣き出してどうした!? 何故そんな悲しそうな目で余の尻を見つめるのだ! 泣くのは良くないぞ! そうとも、たとえ暴徒と化した臣民に宮殿から追い出されようとも余は最期まで笑っていた!」

勇気づけようとしてくれているのはわかるけど、不憫過ぎて余計に泣けてくる。可哀想。

「よしよし、わかった。頭を撫でてやろう」

偉そうに頭を撫でてくるセイバーのアホ毛がぴょこぴょこ動いて鬱陶しかったので、その上に手を置いて動きを封じた。

「ふあっ! そ、奏者よ! 何故か突然、余は居ても立ってもいられなくなったぞ!?」

禁断症状が現れ始めたセイバーをきつく抱きしめて落ち着かせる。どうどう。怖くない。

「そ、奏者ぁ……」
「大丈夫、大丈夫」
「余は離して欲しい……」
「本当に離していいのか?」
「違う……頭に置いた手だけでいいのだ」

仕方なくアホ毛から手を離すとセイバーは落ち着いたらしく、身体から力が抜けた。
手持ち無沙汰なので丁度良いところにあった半ケツに空いた手を潜り込ませた。

「奏者よ」
「どうした、セイバー」
「余の尻を撫でるのをやめよ」

セイバーは身じろぎもせずにそう言った。
反応がないからてっきり何も感じていないのかと思っていたが、違ったらしい。

「嫌なのか?」
「当たり前であろう。余の尻は手慰み物ではない。退屈しのぎに触られてはたまらん」
「なら、真面目に触ればいいのか?」
「いや、そうではなくっ……そ、奏者よ!」
「どうした、セイバー」
「余の尻を乱暴にするな!」
「ごめん。なるべく優しくする」
「うむ。わかればよいのだ……って、そうではない! 余の尻から手を離せ!!」
「違うぞ、セイバー」
「んむ?」
「セイバーの尻が俺の手を離さないんだ」
「なんと! 余の尻にそんな秘めた力が!?」

セイバーはアホだけど尻の揉み心地は良い。

「あっ…はぅ……そ、奏者ぁ」
「どうした、セイバー?」
「触り方が、こそばゆい」

普通に触ってるだけだけどな。
産毛に沿ったり、逆らったり。
産毛っていいな。素晴らしい。

「奏者」
「ん? 今度はなんだ?」
「余は……少し席を外したい」

皇門をいじめていると中座を申し出てきた。

「うんこか?」
「奏者!? 何を申すか!!」

劣化の如く怒り狂う皇帝ならぬ肛帝・ネロ。

「冗談だよ」
「むぅ……冗談ならよいが」
「ほら、さっさとうんこしてこい」
「奏者ぁ!?」

皇帝の威厳はどこへやら。ネロは可愛いな。

「セイバー、お前は皇帝なんだろ?」
「うむ! 余こそが皇帝の中の皇帝ぞ!!」
「だったら脱糞に躊躇なんてするな」

皇帝ネロはそこらの王侯貴族とは格が違う。
誰よりもわがままで、自己中心的で、歌が下手くそで、高貴で、孤高で、寂しがり屋だ。

「独りで用を足す皇帝なんていやしない」
「奏者……」

当時のローマ帝国はネロを追い出した。
彼女の治世はたしかに市民に支持されなかったのかも知れない。だから独りぼっち。
でも、今このひとときだけは独りじゃない。

「皇帝らしく家来に尻を拭かせてくれよ」
「奏者……よくぞ、言った」

いたく感動したらしいセイバー。ちょろい。

「大義である! 余を看取った謀反者とは比べものにならない程の栄誉を奏者は得ることになるだろう! 皇帝ネロの黄金比の脱糞をその目でしかと見届ける幸運ならぬ幸ウンをしかと噛み締めよ!!」

それっぽい言葉を並べて脱糞に権威付けするネロはたしかに偉い人っぽくて皇帝らしい。
来るべき時に備えてこちらが身構えていると、セイバーは不敵に嗤い、そして告げた。

「だが遅かったな!」
「なっ! まさか……!?」
「余はもう既に脱糞しておるわ!!」

嘘だろと思って弄ると、適度な柔らかさのまさしく黄金比の糞に指先が触れて、脊髄反射で引き抜いたその指を無意識に嗅いだ。

「フハッ!」
「さあ、奏でよ! 愉悦のしらべを!!」

皇帝特権。ここはもう、ネロの便所だった。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「うむ! 完璧だな!」

完璧とは何か。この愉悦のことか。違う。
指先に付着した芳しい便のことか。違う。
完璧とはつまり、目の前におわす、この。

「その黄金の糞を漏らしたのは誰だ? 美女か? ローマか? もちろん、余だよぉ!」

か わ い い ! 好きだ好きだ好きだ好きだ!!

「我が才を見よ! 万雷の喝采を聴け!しかして称えるがよい、黄金の糞劇場を!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「うむ! それでこそ、余の黄金劇場だな!」

黄金劇場は万雷の喝采に包まれた。
独りの演者に独りの奏者。2人きりの劇場。
それで良かった。なればこそ万雷の喝采を。

「奏者よ奏者。どうかどうか。永遠に永遠に……余の傍で愉悦を奏でておくれ」
「悦んで」

この先未来永劫。
この皇帝を超える皇帝無し。
ネロ・クラウディウスよ、永遠に。


【黄金糞劇場】


FIN

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