愛を知るための物語 (4)

「ねえ、お兄さん、何を願ったの?」

立花悠理との出会いは、逆ナンと呼ぶにはあまりにおかしな状況だった。

これから新人賞に応募する小説をリュックに潜ませて、最後の神頼みに神社に来たところだった。あまり有名でもないけれど、家と学校の間にあるから都合がいいから寄った小さな神社だ。そんな気持ちでお参りをしてご利益なんてあるのかは分からないけれど、それでもしないよりはいくらか気が楽になる。

五円玉を賽銭箱に投げて、二礼二拍一礼。正しい作法かどうかも分からないけれど、誰かがそう言っていた気がする。

よし、と気合いを入れて目を開けて、振り向いたときだった。

目の前には音もなく彼女が立っていて、僕はそのあまりの唐突さに硬直してしまったところだった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1625321741

「ね、何?」

再度問い返されても、僕の硬直が解けることはなかった。というか、僕は彼女のことを知っているからこそ驚けるし、一方で彼女は僕のことなんて知るはずもない。知っていたなら、むしろそっちの方が驚きだ。

勝利の女神、アテーナーなど、彼女を評する言葉は多数あるし、彼女のことを知らない日本人はそう多くはないだろう。いるとしたら、よっぽどテレビやインターネットから隔離されている奇異な人くらいだ。少なくとも、僕の同級生で彼女のことを知らなそうな人は誰も思い当たらない。

僕だって、本人を目の前にしたのはこれが初めてだ。テレビでも彼女の美しさを褒めたたえることはよくあるが、いざ本人を目の前にしたらそれがより一層強く感じられた。子どもの頃に憧れていた近所のお姉さんの茉奈ちゃんだって、学年のマドンナと評されている坂本美夏だって、彼女を目の前にしたら霞んでしまうことだろう。これが有名人のオーラってものなのかもしれない。

「えっと……これから小説を賞に応募しようと思って、最後の神頼みに」

「小説書いてるの? えーっと、何くんかな」

どうやら、僕のことを知っていて声をかけていたわけではないらしい。そりゃそうだ、今まで何の繋がりもなかったはずなんだから。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom