ギギ・アンダルシア「嘘」 (10)

「やっちゃいなよ、そんな偽物なんか」

ハウンゼンが地球に降下したそのタイミングで乗り込んできたテロリストはマフティーを名乗り、そしてひとりがマフティー・ナビーユ・エリン本人であると口にした。

しかし、どうにも胡散臭かったので試しに名前について追求したところ、彼は自分自身の名前の意味についてさえ自覚していなくて、疑惑は確信に変わった。

このマフティーを騙るかぼちゃ頭は偽物だ。

丁度、通路を挟んだ向こうの席の軍人らしき青年がテロリストと対峙していたので発破をかけてみると彼は唖然として私を見つめた。

まるで、私の後ろにいる別の女性を見つめるかのような彼の目が、少しだけ気になった。

音を置き去りにした一瞬の空白の後、テロリストを一瞥すると即座に彼は制圧に動いた。

それに呼応して息を合わせるように連邦軍の大佐と思しき軍人も動き、弾き飛ばされたマシンガンが私の足元へと転がってきた。

「きゃっ」

驚いて座席に尻餅をつくと、既に客室のテロリストは制圧されていて大佐の静止も聞かずに青年はコクピットへと向かっていく。

その手際の良さと身のこなしの軽やかさは特殊部隊の隊員というよりも、むしろ彼こそが過激派のテロリストのようで……なるほど。

なんだか私、気づいちゃったかも知れない。

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「どうして笑ったんだい?」

コクピットも制圧し、ハウンゼンは無事に地上に着陸することが出来た。

テロリストの身柄を押さえた青年が大佐に銃を手渡しているのを横目に、私は一足先に機内から出ようとして、また彼と目が合った。

今度はきちんと彼が私を私と認識している。

それが嬉しくて、知らず知らずに微笑んだ。

その時のことを尋ねられた際、それをそのまま説明するのは不本意なので、私はテロリスト制圧時に気づいた仮説について口にした。嘘をついた。

「今思いついたんだけど、あなたこそがマフティーと名乗るべき人だと気がついたからっていうのはどう?」

すると、彼はよくある態度で否定した。
やましいことのある大人がよく使う常套句。
嘘つきとまでは思わない。人目の多い場所で口にすることではないという自覚はあった。

彼は言葉は人の命を奪えると説教をした。

そんなつもりはなかったと私は弁明した。
彼はそれ以上責めなかった。許してくれた。
彼に許されて初めて、私は嫌われたくなかったのだと自覚した。嫌われるのは、困る。

ハサウェイ・ノアにそばに居て欲しかった。

「ハサウェイはそこのベッドを使いなさい」

彼にそばに居て欲しい、というよりも彼を近くに置きたくて私はハサウェイをホテルで同室になるように取り計らった。

ハイジャックについての聴取が終わるまでの数日間を共に過ごそうと決めていた。
それは単に彼が気に入ったからとかそういう浮ついた理由ではなく、もっともらしく説明すると彼がテロリストのリーダーならば彼の近くがもっとも安全であると判断したからだ。

うん。我ながら賢い。賢い嘘だ。

「僕は楽をしたいんだ。君が部屋に居ることで気を使いたくない」
「ええ、私も同感よ」

そんな軽いやりとりを交わして、私たちはプライベートは守ろうと取り決めたのだけど。
水着に着替えようとしたところ、見計らったようにハサウェイが自室の扉を開けてきた。

「僕たちは夫婦でもなければ同棲しているわけでもない。それなのに、そんなところで裸になれる気が知れないな」

こ、こ の 男 !

何が夫婦でもなければ同棲してないよ。
ちょっとは慌てるか、悪びれなさいよ。
そうしたら私だってちょっとは素直に謝ってあげてもいいのにこれだからテロリストは。

「ギギ、散歩に行くが?」
「どぉーぞぉー!!」

憤慨して部屋に閉じこもった私を置いて、彼は散歩に出かけてしまった。なんて奴だ。
去り際、ああいう女なのか、とか抜かして。

お前こそ、そういう男なのか? え?
ハサウェイ・ノア。情けない奴。
どうせテロリスト仲間と会うつもりでしょ。

そっちが襲撃の予定を企てるのに忙しいなら、こっちはこっちで好きにするから。

「あ、もしもし、大佐? 聞いてよ、実はさっきハサウェイとこんなことがあって……」

ハウンゼンで知り合ったケネス大佐に連絡を取り、夕食の約束を取り付けてやった。
ハサウェイはぼっち飯を楽しみなさい。

そして私のことを少しは尊重……しないか。

あの男に期待するのはよそう。無意味だ。
忙しいみたいだし、でも薄暗い部屋でぼっち飯を食べる姿はちょっとかわいそうかも。
だけど、今夜は反省するべきよね。うん。

というわけで、私は大佐とホテルの最上階でダンスと洒落込んだ。夜襲があると知らず。

「ギギ、起きて」
「んんっ……何よぉ、こんな時間に」

時刻は午前の4時前。踊り疲れて爆睡中。
日も昇っておらず、早朝というより深夜。
ハサウェイに起こされて、空襲を知った。

「このホテルが狙われてる可能性がある」
「なんでぇ?」

思わず間抜けな声が漏れた。
だってこのホテルはハサウェイが泊まっていて、昼間に仲間と打ち合わせして、それなのになんで、よりによって。意味わかんない。

「マフティーはあなたじゃないの」
「マフティーはあくまでも組織であって特定個人を指す名前とは限らないよ」
「嘘」

子供でもわかるような嘘を平気で吐くな。
とにかく、エレベーターへと急いだ。
捜査の目眩しだかなんだか知らないけど、リーダーが逃げる程度の時間的余裕はある筈。

「大丈夫、行こ」

エレベーターの前で訳ありげな中年カップルと遭遇して一悶着ありつつも、私は直感を信じてハサウェイの手を引き、いつ止まるとも知れない鉄の箱の中へと乗り込んだ。

どうやら中年カップルは不倫関係であるらしく、なんだか真似してみたくなったので彼らと同じようにハサウェイとヒソヒソ話すると、中年カップルは大変気まずそうだった。

ズズンッと衝撃があり、電気が消えた。

「大丈夫、降りれるよ」

機械に対する直感力はハサウェイのほうがあるようで、彼の言う通り、エレベーターは非常用バッテリーで無事に3Fまで降下した。

急いで外へと出るも、既にそこは戦場で。

「ギギ、走って!」

走ってる。走ってるってば。息が乱れる。
走るなんて単純な動作が、私は慣れない。
普段走ることなんてないから。彼は違う。
戦場を走り慣れている。力強く腕を引く。

交差点の向こうに誰か立っている。
彼の、マフティーの仲間だろうか。
ハサウェイが振り向く。目が合う。

迷うように目が泳いでいる。不安になった。

「私を、置いていくの……?」

置いていかれたらたぶん私は死ぬ。
この時ようやく、彼のそばに居たかった理由を心から自覚した。私は死にたくなかった。

彼の顔が苦渋に歪む。迷惑をかけていた。
それでも、私たちは出会った。知り合った。
この状況を招いたのは他でもない彼で、私もまた彼に迷惑をかけられている立場なのだ。

だからお願い。見捨てないで、ハサウェイ。

「畜生!」
「チッ! どうしてそっちに行くんだい!?」

ハサウェイは私を見捨てなかった。
仲間の人が舌打ちして追ってくる。
彼に抱えられるように走る。否、運ばれる。
足が追いつかない。もつれる。そして転ぶ。

カッ!!

「ーーーーーーッ!!」

転んだのではない、伏せさせられたのだ。
すぐ頭上に閃光が走り、音が消失した。
ビームライフルの流れ弾が至近距離に命中したのだと、遅ればせながら理解した。怖い。

「ギギ、立って!!」
「ぅ……あぁ……」

立てない。立てないよ。腰が抜けている。
ハサウェイが私を抱えて引きずっていく。
とにかく移動しなければならないらしい。
嵐の時のように過ぎ去るのを待つことは、戦場では出来ない。立ち止まったら、死ぬ。

どこに連れて行けばいいのか、どこが安全なのか彼にもわかっていない。仲間の人が叫ぶ。

「そこの公園に!!」

公園に人々が集まっていた。
避難するには最適の場所なのだろう。
しかしそれは災害時に限る。

「落ちてくるよ!!」

ハサウェイの仲間が警戒を促す。
見上げると、鉄の巨人が降ってきた。
モビルスーツ。数十トンの質量の塊。

着陸時にバーニアが火を噴き、何十人もの人が焼け焦げる嫌な匂いがした。人が死んだ。

「ガウマンか……?」

鉄の巨人を見上げてハサウェイがパイロットと思しき名前を呟く。やっぱり仲間なのだ。
リーダーの自分が命じてやらせたのだろう。

ズン、ズン、と立て続けに連邦のモビルスーツが地上に降り立ち、ひとつ目のモビルスーツに目掛けてビームライフルを向けた。

咄嗟に目を瞑る。
瞼の裏で光が弾けて、飛び散った。
頬が、顔が熱い。

「ーーーーーーッ!!」

自分の悲鳴が聞こえない。声が途絶える。
飛び散ったビームで、何人も死んでいた。
ハサウェイがまた私を抱えて走っている。

ひとつ目のモビルスーツの盾はビームライフルが命中して融解して、使い物にならない。
盾を捨てて、ビームサーベルを抜いた。

それは黎明の光のように闇夜を切り裂き、不気味な鉄の巨人の姿を浮かび上がらせる。

ド ド ド ド ッ ! !

鉄の巨人が接敵する際に走るだけで地面が揺れて、立っていることも難しい。連邦のモビルスーツもビームサーベルで応戦している。

高出力ビーム同士の鍔迫り合いとなり、その隙に、連邦の新手が私たちが隠れている建物の屋上へと降り立ち、その重さに耐え切れずに建物がガラガラと崩れ始める。逃げ惑う。

背後を取られたひとつ目の巨人がついに連邦のモビルスーツの餌食となり、火花が飛ぶ。
花火のように美しく、儚く、命が擦り減る。

ハサウェイが後ろから私を抱きしめてきた。
私は彼の手の甲に自分の手のひらを重ねた。
仲間のことを思う彼の苦悩を慰めるように。

「……ギギ」

ハサウェイが私の耳元で囁く。
こんな状況なのにはっきり聞こえた。
私は彼の落ち着いた声に耳を澄ませた。

「もしかして、漏らした?」

絶句。私は聞こえないふりをした。
何かの間違いだろうと、そう思った。
だってこの状況で、なに? 漏らしたって。

「正直に答えてくれ」

いいから、仲間の心配でもしてなさいよ。
その話題以外なら、なんでも聞き惚れる自信がある。どんな些細なことでも恋に落ちる。

たとえば大丈夫だよって、安心させるとか。

「大丈夫だよ」

言われて、トクンと胸がときめいた。
ときめくなんて、久しく忘れていた感情だ。
清廉潔白でない私にはその資格がないのに。

でも、それでも。たしかに今、ときめいた。

「安心していいよ」

そう言われて、終わったのだと思った。
怖いことは終わって、だから彼は私に優しくしてくれるのだと。しかし、見誤っていた。

「僕も漏らしたから」
「お?」

はぁ~もぅ。これだからテロリストは嫌よ。

「ハサウェイ?」
「何か?」

何か、じゃない。何を言っているんだお前。

「漏らしたって何を?」
「君が言ったら教える」
「私は、ちょっとミノフスキー粒子を……」
「フハッ!」

耳元で愉悦を溢されて、脳味噌に直撃した。

「~~~~~っ!」

羞恥に悶えている私にハサウェイが告げる。

「ちなみに僕は"ウンコロニー"を少々」
「フハッ!」

これは狡い。思わず愉悦が伝染してしまう。

「言葉が人を狂わすこともあるのさ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

沈黙するモビルスーツと、哄笑する私。
パカラパカラと、大佐が馬に乗ってきた。
その馬もポロポロとウンコロニー落とし。

「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「何を嗤っている。大丈夫か、お前ら?」

嗤い合う私たちを見て、訝しげに首を傾げる大佐がおかしくて、嗤いが止まらない。
馬で来るのが悪いのだ。全部大佐が悪い。

「良かった」
「え? 良かった、何が?」
「君が元気になって嬉しいのさ」

そうね。たしかに私は元気になった。
漏らした私を気遣った、ハサウェイの優しい嘘のおかげと言えなくもない。優しい男だ。
そうだ。明日の朝食はステーキにしよう。
だって嗤いすぎて、お腹が減ったもの。


【哄笑のギギ・アンダルシア】


FIN

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