【ミリマスSS】ロコアート防衛戦線24時 (40)

アイドルマスターミリオンライブ!のSSです。
地の文がありますのでよろしくお願いします。

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「ああぁっ!!!!」
 耳を突き刺すような轟音と共にロコアートが爆発した。
 
 劇場のエントランスに飾られていた、高さ3メートルほどに積み上げられたロコアートは土台が消し飛んだのだ。哀れなロコアートは悲しそうな表情を浮かべながら床に伏していった。
「わぁ~! すごいねロコちゃん。これが『芸術は爆発だ!』ってやつ?」
 今まさにロコアートの命を奪ったボタンを手にしている彼女は、今日も純粋無垢な瞳で制作者を見つめている。悪気などあろうはずもない。彼女にボタンを渡した者に悪意があったかどうかまでは分からないが。
 本来であればそのボタンが何を引き起こすか確認せずに押してしまった彼女を咎めるべきだが、それすらも許されないほどに彼女の瞳は美しかった。
 

 
 今まさに灰と化しつつあるロコアートの製作者は、ため息を手早く済ませて顔を上げた。
「ミライ、そのボタンは誰からギフトされたんですか?」
「さっき亜美ちゃんからもらったの。これ押したら良いことがあるよーって」
 ふむ。常に他人の心を搔き乱すことを信条としている双子ではあるが、これほど大規模な爆発を実現できるほどの技術力を有しているとは思えない。
 ブスブスと燻り続けるロコアートのように頭の中をぐるぐると回し、彼女は双子の有り余る破壊衝動に手を貸した人物に思いを馳せていた。
(ジュリアが一枚バイトしていることは確定として、リツコ?? いや、リツコならプライオリティはシンプルなクリーニングのはず……?)
「じゃあ私、お水持ってくるね!」
 

 
 突然だが、劇場の消火器は各部屋に設置されている。
 エントランスも例外ではなく、受付のすぐ横に置かれている。春日未来とて、それを覚えていないわけではない。定期的な消火訓練は、有事の際でも冷静な対応を取れるように繰り返されるものだ。

 ただ、彼女は現在の黒く細い煙を棚引かせているロコアートの様子を見て、延焼の危険はないものと判断し、消火器を使うまでもなく、バケツに水を汲んでくれば十分に鎮火できると考えたのであった。
 結論から言うとこの判断は正しかった。春日未来には、現場を見て適切な状況判断を下す能力が培われていた。言い換えれば、それほどまでに幾度となくこの状況に立ち会っていることを意味する。
 

 
(ロコアートのウィークポイントをクリティカルにバーストしてますね……)
 一方、ロコはまた別の観点から、冷静に現場状況を確認していた。
(バランスとアンバランス、ハーモニーとノイズ……むむむ)
 そしてその思考は、徐々に次に作るアートの構想に移っていった。

 一方、未来がようやくバケツに組んだ水をロコアートにばちゃばちゃと雑にかけ始めたころ。
「え……なにこれ……」
 騒ぎを聞きつけた現場に駆けつけた青羽美咲は、焦げ付いた壁や黒い燃えカスで覆われた床を見て絶望していた。
 

 
「え……?」
田中琴葉は絶望していた。
 
 昨日のダンスレッスンの内容をおさらいしておこうと、いつものように自主練習をするためにレッスンルームの扉を開いた直後だった。
 レッスンルームの区画のうち四分の一が、なにやらド派手に着彩された鉄格子で覆われているのであった。その内側には細長いバルーンアートを様々な角度で組み合わせたような、カラフルな何かが聳え立っている。
 アレは一体なんだろう。
 その物体をなんと形容すれば良いのかは分からないが、誰が作ったかは分かる。ロコちゃんだ。
 

 
 彼女はいつでもどこでもアートを制作してしまう。それは彼女の魅力的でありながら傍迷惑な一面であるのだが、いつもなら「ちゃんと片付けないとダメだよ」と注意して、一緒にどこか別の場所に運べば良いだけだった。
 しかし今回は違う。
 ただ大きいだけではない。そもそもロコアートに触れることすら出来ないのだ。このままではレッスンに十分なスペースを確保することができない。鉄格子に身体をぶつけて怪我をしてしまうかもしれない。
 田中琴葉は、元気にダンスをしていたら鉄格子に身体をぶつけてしまい痛がる島原エレナを夢想して、ひとり静かに絶望していた。
 
「気付いたか、琴葉」
「ジュリアちゃん!」
 

 
 背を壁に預けながら登場した赤髪の彼女はジュリア。本名は秘密。
 彼女は田中琴葉らと共にアイドルとして活動しつつ、生粋のダイナマイターとしてその爆破技術を買われ、大型ロコアートの解体作業で確かな実績を持っていた。

「こうも立派な鉄格子に囲まれてしまっては、ロコアートにダイナマイトを設置できない。鉄格子の外から吹き飛ばそうとすれば、劇場ごと粉微塵だろうよ」
「そんな……!」
 荒療治を好まない田中琴葉ですら、ジュリアに大型ロコアートの爆破を依頼したことがある。彼女のダイナマイトは劇場の被害を最小限に抑えつつ、安全かつ確実にロコアートを破壊する。彼女の爆発は美しさすら感じさせるものだった。
 そんな彼女が「劇場ごと粉微塵」と言うのだ。それは間違いないのだろう。ロコアートと共に崩れ去る劇場を夢想して、田中琴葉は再び絶望していた。

「エントランスにあったロコアートを爆破しちまったの、根に持ってんのかな」
 ところで前回の犯人はやはりジュリアだったらしい。
 

 
「ふっふっふ、スタックですか、コトハ」
「ロコちゃん! 今すぐロコアートを片付けなさい!」
「もちろん、次のフルメンバーでのレッスンまでにはスロウアウェイします。それまでのスケジュールでは、このスペースでレッスナブルです!」

 ジュリアはレッスナブルって聞いたことない英語だなと思いつつ、おそらく何かが可能であることを示すだろうと予想をつけた。
 また、胸を張って自論を展開する彼女を見ていると、きっと何か不可能なことが可能になるし、彼女の言葉に一切間違いはないと錯覚してしまうようだった。

「自主練習する人もいるんだから、その妨げになっちゃダメでしょ。レッスンルームが狭くなったらそれだけぶつかったり、怪我をするリスクが上がっちゃう。片付けなさい」
 普通に正論だった。
 正義は彼女にあった。
 

 
「うぅ……」
 ジュリアの目からは先ほどまで胸を張っていたロコが一気に小さくなったように見えた。
 その小さな少女が、胸元のポケットから何から鍵のようなものを取り出した。
 鍵。どこに使うのかと眼を凝らしてみると、なるほど、鉄格子の一部がドアのようになっていて、南京錠のようなものが掛かっている。観念したのだろうか、ロコは鍵を握りしめながらプルプルと震えている。

「嫌ですぅ~! ロコはランナウェイします!!」
「あっ!ロコちゃん!」
 観念するかと思いきや、ロコはそのまま走り出してしまった。
 ロコがあそこまで強情なのは珍しく……はないかもしれないが、ともかく今日のロコは一段と強情だった。身体能力は良くも無いが悪い方ではない。先に駆けだした彼女に琴葉とジュリアが追いつくのは中々苦労するだろう。
 

 
「南京錠か、どうする?」
 小型のダイナマイトを掌の上で弄りながらジュリアが問いた。
 琴葉はそれに「ちょっとやってみる」と答えつつ、亜麻色のポーチから小さな透明なケースを取り出し、その中に入っていたクリップをコネコネと曲げ始めた。

「恵美に教えてもらったの」
 手早い動きで小さくまとまっていたクリップを「くの字」に曲げる。どこをどう使用するのかは分からないが、先端は気持ちの良いほどにピンと伸びていた。もう一本クリップを取り出し、同じように丁寧に伸ばされていく。着火用のライターを取り出しながら、こういうちょっとした仕草にも人柄が出るよなぁとジュリアは思った。
 南京錠の下に座り込んだと思ったら両手で針金をチャカチャカ。探るような、押し込むような、不思議な動きをする琴葉。
 アイドルとして活動するときのように真剣な表情で、アイドルとして決して見せてはいけない動きをする琴葉。レッスンルームは異様な空気に包まれていた。
 

 
「開いた!」
 開いた。
 アイドル以前に、法治国家の民がしてはいけない行為が達成された瞬間だった。今現在、劇場で密着取材などがされていないことを切に望む。
 兎にも角にも、この「優等生」かつ「学級委員長」かつ「アイドル」という、一ミリもピッキングとは縁の無い属性が盛り盛りの田中琴葉は、見事に南京錠の門を突破したのである。
 やれやれ、ようやくアタシの出番かと、ジュリアは手遊びしていたダイナマイトをガッシリと握りしめた。

「今回はいつもより細かめに爆破お願いね。まずは扉からロコアートを運び出した方が良いと思うから。鉄格子も内側からなら工具と人手が有れば解体出来そう。美咲さんに連絡しておくね」
「よしきた」
 かくして、馴染みのロコアート解体業者への連絡をテキパキと進める田中琴葉。施工管理は段取り八分と言われているが、彼女ならばきっと立派な現場監督になれることだろう。
 いや、彼女は現場監督ではなくアイドルなのであるが。
 

 
 望月杏奈はアイドルである。
 幼少期よりゲームが好きだった彼女は、ゲームのキャラクターのように現実世界でもキラキラと輝くアイドルという職業に憧れていた。そして誰に言うでもなく、たった一人でもアイドルになるための努力を続けていた。
 しかし、本人の引っ込み思案な性格は直すことが出来ず、自らオーディションに申し込むことが出来なかったが、神様は見ているものだ。765プロのプロデューサーにスカウトされ、現在はこうしてアイドルとして活動できている。
 こうして公演が無い日であっても劇場に踏み入ることが出来るのも、アイドルの特権である。彼女は今、レッスンまで時間はあるので劇場でゲームをしようと、エントランスから堂々と入室した、その時であった。
 

 
「え……?」
 望月杏奈は困惑した。
 自由に出入りできるはずのエントランスの床に、進入禁止を意味する白線が貼られていた。
 白線は壁から半径約四メートル程度の半円状に貼られており、通行量を制限するものではない。その中央には何やらカラフルな立方体が組み合わさったような塔のようなもの。杏奈はそれが何を意味しているものかは分からなかったが、とにかくまたロコの仕業だろうと認識した。

 ただ、ロコアートに見慣れているはずの望月杏奈が困惑したのは、ロコアートでも白線でもなく、ロコアートのすぐ目の前に立っている身長およそ100cm程度の小さなロコだった。
 正確にはロコではない。ロコによく似た人形であった。

(何だろ……これ……)
 なんとはなしにロコ人形に触れようと思った杏奈の靴が、白線を越えたときのことだった。
 

 
『CAUTIONです! ホワイトラインにエンターしたらロコアートをデストロイするエネミーとして、エリミネイトします!』
 ロコ人形が喋った。事前にロコが録音していたものだろうか、本物の彼女同様可愛らしい声だ。
 その声が杏奈から緊張感を奪った。杏奈はロコ人形の忠告を意に介さず、もう一歩を白線の内側に踏み込んだ。

『CAUTIONです! CAUTIONです!』
 もう一歩踏み込めばロコ人形に手が届く。杏奈が手を伸ばそうと腕を上げた瞬間だった。
 

 
『エリミネイトです!』
「むぎゅ」
 ロコ人形が杏奈に向かって猛然と突進し、その腹部をガッチリとホールドした。
 柔らかい材料を使っているのだろうか、痛くはない。が、力強い抱擁は杏奈の足を地面から浮かせるほど強力だった。

『エリミネイトです! エリミネイトです!』
「ロコ、分かったから、……ロコ」
 41kgの体を持ち上げられた杏奈は為す術もなく白線の外側まで押し出される。
 ロコ人形はそのまま杏奈を白線の外側に出すとゆっくりと地面に下ろし、モーター音を響かせながら足の裏のモーターで器用に定位置に戻っていた。
 

 
『CAUTIONです! CAUTIONです!』
「……」
 白線の外周を回るように杏奈が歩を進めると、ロコ人形もそれに合わせて杏奈とロコアートの間に陣取る。
 キレイな黄色の眼球にカメラでも仕込まれているのだろうか。一度警告を無視した杏奈から決して目線を外さない。

(ロコアートを……守ってる……?)
 初めにロコ人形がそう警告しているのだが、彼女のリスニング能力は壊滅的だった。おそらく今の自分はロコアートの破壊を目論むテロリストか何かだと認識され、警戒されているのだろうと予想した。英語が聞けていれば初めから分かることなんですけどね。
 

 
 確かに望月杏奈は数多くのロコアートを屠ってきた。それは単に邪魔だったからだったり、褒めようとして持ち上げたら壊れてしまったり、放置されていたから片付けるのを手伝ってあげようと思ったり。
 決して可哀そうなロコが可愛かったからではないのだが、『どうしてデストロイするんですかアンナ~!』と泣きついてきた日の晩には『今日は19時にはログインできます!』と楽しくオンラインゲームに興じる関係性は、他の誰にも持ち得ないものだと自負していた。話は逸れたが決して可哀そうなロコが可愛かったからではない。
 つまりこのロコ人形は、杏奈への挑戦状。

(……ロコの気持ち、ちゃんと受け取った、よ……)
 こうして杏奈がロコの気持ちに想いを巡らせている間にも、ロコ人形は警戒の目を緩めなかった。鋭い眼光が交錯し、二人の間に火花が散る。
 

 
 今このロコ人形のガードを掻い潜るために必要なのは、俊敏性。
 不幸なことに、望月杏奈は運動が得意な方ではないし、好きでもない。
 だが、スカウトされる前からステップの練習は欠かさなかったし、苦手なダンスレッスンも全力で取り組んできた。
 学校の同級生と比べると、彼女の足さばきと体幹は今や大きく平均点を超えていると言える。
 そして、アイドルモードとしてスイッチを入れた彼女の集中力と動きのキレは、他のアイドルさえ追随を許さない。

 望月杏奈は大きく息を吐きながら、トントンつま先で数度身体を跳ねさせた。
 そのまま瞳を閉じて、彼女はイメージをする。キラキラと耀くステージの上で、舞台照明に負けないくらい光る笑顔でパフォーマンスをする自分を。
 アイドルになってから身につけた、短時間で能動的にスイッチを入れるためのルーティンだった。
 次に目を開くとき、もう誰も彼女から目を離せず、彼女に追いつくことはできない。

「ロコ、行くよ……!」
 劇場のエントランスに雷光が爆ぜた。
 

 
『エリミネイトです! エリミネイトです!』
 ロコ人形に抱えられて、望月杏奈はジタバタしていた。
 まさかフェイントを挟んだステップも正確に捕捉し、正確に腹部を押さえてくるとは。物理的に速いものはどうしようもなかった。
 胸元から発せられる『エリミネイトです!』を聞きながら、再び望月杏奈は白線の外側まで運び出されていた。
 無事に危険因子を領域外まで運び出したロコ人形は、達成感など感じる様子もなく機械的に定位置まで戻っていった。
 さて、どうしたものか。

「ふっふっふ、コンフューズですかアンナ」
「あ……本物のロコだ……」
 

  
 英語が苦手な杏奈はコンフューズの意味が分からなかった。
 しかし、ロコがドヤ顔で何かを勝ち誇っていることは分かる。

「このロコドールは、ロコアートをディフェンスするロコアートなんです」
「ディフェンス……」
 ゲームでよく聞く単語はすぐに分かる望月杏奈であった。どうやらこのロコ人形の役割は予想した通りのものらしい。杏奈はロコの話を二割くらい聞きながら、どうすればロコアートを破壊できるか考えていた。
 近づかなければ良いということは、バズーカやミサイル、バレーボールで破壊すれば良いのかもしれないが、過ぎたる力は周辺の破壊を引き起こすし、弱い力であればロコ人形にブロックされるかもしれない。
 そして、このロコ人形を破壊しようにも、ロコ人形があまりにロコに似ていて可愛いので、破壊するのが憚られるのである。

「……良いよ。杏奈にも、考えがある、から……」
「アウトレンジアタックはレコメンドしませんよ、アンナ」
「ん、大丈夫……」
 迷うことなく事務室に歩みを進める杏奈を見ても、ロコの勝利への確信は揺らぐことなかった。自らが作ったロコアートを遠目に見て、確かな満足感とともにエントランスを後にするのであった。
 

 
「わぁー! なにあれ!?」
「レイドボス……。一緒に戦って……倒したら経験値、たくさん……」
「れいどぼす? よくわかんないけど、たまきは何をすれば良いの?」
「ん、二人で反対側に立って……ヨーイドンで、スタート、です。たくさん箱を外に出したほうが、勝ち……」
『CAUTIONです! CAUTIONです!』
「あれは?」
「……タッチされたら、負けです。鬼ごっこ、みたいな……」
「くふふ〜! 鬼ごっこならたまき負けないぞ〜!」

 望月杏奈は事務所で暇を持て余していた大神環をエントランス連れてきていた。
 

 
 杏奈から遊びに誘われることは珍しく、仕事に感けているプロデューサーが構ってくれないこともあり、大神環は言われるがまま着いてきた。
 そんな飢えに飢えていた環の目に飛び込んできたのは謎のカラフルな物体と、小さなロコ。
 否が応でも彼女の心は昂り、今にも駆け出しそうなくらいだった。
 そんな環をなんとか制しつつ、杏奈は環をロコアートの対角線にスタンバイさせた。
 ロコの性格なのであろうが、無駄に正確な円を描いた白線は、ちょうどスタートラインの役目を果たしていた。

「あんなー! 早くやろうよー!」
「ん、じゃあ、行くよ……?」
 

 
「3」
杏奈が小さく、しかし確実に環に聞こえる声量で、カウントダウンを始めた。
環は意図を理解したらしく、口を閉じて杏奈の声に耳を集中した。

「2」
杏奈と環が同時に柔らかく膝を曲げ、スタンディングスタートの姿勢を取った。
環はロコアートをまっすぐ見つめ、杏奈はロコ人形をまっすぐ見つめている。

「1」
杏奈は軸足を少しだけずらして、白線の内側に踏み入れた。

「スタート」『エリミネイトですぅ!』
 環と杏奈が駆け出すのと同時に、ロコ人形が杏奈に向かって飛びかかった。
 

 
 タックルを躱すことが出来なくても、受け止めることは出来る。
 杏奈の胸に飛び込んでくるロコ人形の勢いを殺さずに抱きしめ、そのままゆっくりと後ろに倒れ込んでいく。今度は杏奈の腕の中でバタバタとすることになったロコ人形から、先刻までは感じる余裕が無かった温かさ、髪の毛の絶妙なモフり具合。まるで小さなロコを抱いているような満足感だ。

「ドンドン運んじゃうぞ~!」
 大神環がせっせとロコアートを解体して運び出している。
 その様子を感知したロコ人形が更に抵抗を強めるも、一回りも身体の大きな相手にとってはモゾモゾとじゃれているようにしか感じられない。

「……ロコ、くすぐったいよ……えへへ」
 今日はロコ人形を抱いてお昼寝しようと決めた望月杏奈であった。
 


「……ん?」
 秋月律子は昼寝を終えて顔を上げた。

 彼女は劇場か事務所で仕事をする時は、昼休憩の終わりの十五分間に仮眠とるようにしている。適度に脳を休めることで午後の業務も息切れしないし、なにより働き方にメリハリをつけることで結果的に業務のスピードアップに繋がる。
 その目に飛び込んできたのは、事務室の空間に浮かぶ形容しがたい半透明の球体だった。眼を閉じる前はこんなものは無かった。絶対に無かった。だって事務室のど真ん中に直径一メートルくらいの派手な色の球体が浮かんでいる。気付かないわけがない。違和感の塊だ。
 寝不足で昼寝を取らざるを得ないプロデューサーの寝起きとは異なり、彼女の頭は冴えに冴えていた。幻覚の類ではないだろう。
 

 
「……これは、何?」
 クイズ大会で活躍できるほどの知識量を誇る秋月律子ですら、その物体が何なのか見当もつかず、またこの物体を表現する方法を持ち得なかった。
 簡素な言葉を用いれば「ピンクと紫の中間くらいで斑状のグラデーション」「表面には不規則な凹凸があるが、柔らかそうに見える」「緩く回転している」となるだろうか。
 誰かのイタズラだろうか。近づいてみて光源を探したり、手で周囲を遮ったりしてみても、物体は変わらずプカプカと浮いていた。気流の影響も受けていないようだ。

「イタズラにしては手が込んでるわね……。こんなことが出来るのは」
「それはあくうか……サブスペースにストックしたロコアートの『概念』だけをリアルワールドにアピアランスさせたロコアートなんですっ!」
「……はぁ」
 秋月律子は頭を抱えた。
 

 
 この謎の物体がこのまま無害でいてくれれば良いのだが、サブスペースだのアピアランスだの、ファンタジーの域に突入している事象だ。既に765プロは時間渡航や宇宙遊泳、果ては異世界転送まで達成しているため説得力に欠けるが、厄介ごとは無いに越したことは無いのだ。
 亜空間の定義は識者ごとに異なるが、いずれも何らかの物理法則が捻じ曲げられた超常現象の類であり、この事象が大きなトラブルを引き起こしうるものであることを律子は直感的に理解していた。
 ただでさえ765プロはNASAやタイムパトロール、SCP財団に目をつけられているのだ。ここで派手な騒ぎは起こしたくない。
 

  
「ロコ、バカなことやってないで片付けなさい」
「リツコ。リツコもロコアートをデストロイするんですか?」
「デストロイって……、私はみんなが危なくないように場所を弁えなさいって言っているだけよ」
「うぅ……せっかくみんなの邪魔にならないようにサブスペースまでクリエイトのに……」
 それでクリエイト出来てしまっているので困る。彼女がSCP財団に連れ去られないように気をつけなければならない。
 ロコが小動物のようにプルプルと震えている。ここ最近、爆発騒ぎやら解体工事やら、青羽さんがせっせと後処理をしている様子を知っている律子は、どうしてもロコを擁護することは出来ない。
 悪気は無い。それは分かっている。ただ、あまりにも被害が大きい。

「ロコ、あのね……」
「ううぅぅ~! ロコは、ロコは……ッ!」
「あっ、コラ!」
 ついにロコは走り出してしまい、勢いよく事務室の扉を飛び出していった。
  

 
「はぁ~」
 律子がもう一度大きなため息をついた。
 事務所では相変わらず謎の球体がぷかぷかと浮かんでいる。よく見ると色が微妙に変化している。ピンクと紫に加えてオレンジのようなマーブル模様もジワジワと浮かび上がってきている。表面も、なんだか湿ってきているようだ。触れないので実際に湿っているのか分からないが。先ほどより若干大きくなっているようにも見える。
 触れることは出来ないため、事務所のスペースを取ることは無い。半透明であるために視界が遮られる危険も無い。確かに、このまま何も起こらなければ無害な存在だ。

「ロコもロコなりに、いろいろと考えてくれてはいるんでしょうけど……」
 ロコが帰ってきたらお茶でも淹れて、話を聞いてあげましょうか。
 律子は大げさにそう口に出した後、ゆっくりと視線を横に移した。

「いつまで寝たふりをしているんですか、プロデューサー殿」
 机に伏せたまま嵐が過ぎ去るのを待っていた男が、ギクリと肩を揺らした。
 

 
「ロコ、ここに居たのか」
「プロデューサー」
 青い空と白い雲のコントラストが明るく輝く。気温は高いが潮風が強く、長居するなら何か羽織る物が欲しくなる陽気だ。
「律子も別に怒ってないから。一緒にお茶でも飲もうってさ」
「……戻りません」
「ロコ」
 ロコは屋上の手すりに手をかけて外を眺めたまま、顔を合わせようとしない。
 風に揺られた大きな髪束が頭を引っ張る。その力に負けないように必死に踏ん張っているようにも見えた。

「ロコにとって、シアターはニューウェイブなパッションが溢れている場所なんです」
「……うん」
「ロコは、その場所で受けたインスピレーションを、みんなとシェアしたくて、」
「そうだな。だけど」
「だから、エクスプロージョンされたりすると、悲しいです」
「ロコ……」
 

 
『どうしよう』
 その言葉が頭の中でグルグルと回った。
 またロコが妙ちくりんなロコアートを作って律子から雷を落とされ、片付けたくないと駄々をこねるロコをわしゃわしゃと宥めながら事務室に引っ張っていって、一緒にごめんなさいして終わり。そう考えていた。ポケットの中で握っていた飴玉をグシャリと握りしめた。
 全然そんな雰囲気じゃないな。努めて明るく接しようと緩めていた口元にキュッと力を込める。
 こちらを見ようともしないロコに、なんて声を掛けようかと考えながらゆっくり、ゆっくりと近づいていく。
 

 
「それ以上ロコにクローズしないでください。ランドマインがエクスプロージョンしますよ」
「……!」
 
 靴の裏が屋上のコンクリートに縫い付けられる。息を吐けない。吸えない。ロコの表情は伺うことが出来ないが、その口から発された言葉は冷たく、潮風の中でもハッキリと俺の耳に突き刺さった。
 ロコは動かない。近くの公園ではしゃぐ子供の声が妙に大きく聞こえる。屋上の様子は一見いつもと変わらないように見える。ただ、施工業者にも顔が効くロコならば、むき出しのコンクリートを斫って、何かを埋めて平坦に均す程度なら一晩もあれば十分だろう。
 ロコはこちらを向かない。これ以上近づいたら、ということはこのまま回れ右すれば少なくとも安全なのだろう。
 

  
「……いや、違うな」
 プロデューサーは軸足に力を込めて、一歩を前に踏み出した。
「なっ、ランドマインが……」
「ロコは人を傷つけるようなアートは作らない」
「うぅ……」

「ようやく顔が見えたな」
 ロコのすぐ横の手すりを掴むと、ロコはバツが悪そうにこちらを見上げた。
 その顔はイタズラがバレた子供のようでもあり、業務を完遂できなかった大人のようでもあった。

「戻るか?」
「イヤです」
「そっか」
 やれやれ仕方ない。ポケットの中から適当な飴玉を取り出して、ロコの手に無理やり押し込める。
「ロコはベイビーじゃありません」と渋られる。だが、もう一つ飴玉を取り出して俺が舐め始めると、観念したのかロコも飴玉の袋を破いた。
 コロコロと飴を舐める音を風が吹き流していく。
 

 
「俺さ、美的感覚はサッパリなんだけど、ロコが楽しんでいるっていうことと、周りにその楽しさを伝えたいってことは分かるよ」
「……でもロコアートをブレイクするじゃないですか」
「そりゃあ危ないのはダメだ。お客さんの邪魔になるのもダメ。劇場はみんなのモノなんだから」
「でもロコは、スペシャルなプレイスごとのフィーリングを」

「そう、それだ。折角ロコが想いを込めてアートを作っているのに、その想いが伝わる前に片付けられてしまっている。それが問題」
「シェアリングがプロブレム……」
 なんとか頭を回しながら、ロコの説得を試みる。こうした時に口を突いて出る言葉は大抵が本心で、言葉に出すことによって自分の考えもまとまっていくものだ。
 ロコは何やらムムムと考え込んでしまっているようだ。こういう時のロコは下手に話しかけても梨の礫だろう。風に合わせて揺れるカモメをぼんやりと眺める。
  

 
「ロコは、もう少しリツコやコトハとマインドシェアリングしないといけなかったのかもしれません……」
「うん、それが良いと思う。じゃあ事務室に戻ろうか」
「はいっ!」

 ロコの良い所。ちゃんと反省できるけど、その反省を必要以上に引きずらないところ。アート活動に限らず、アイドル活動でもその良い所はちゃんと活きている。
 だからと言って凹んでいないわけではない。引きずらないから周りには伝わりにくいだけで、ロコも迷うし悩むし、時には泣いたりもする。
 今回の一連の騒動もロコなりに考えた結果なのだろう。流石に亜空間はよく分からなかったが。

「そういえば、あの亜空間ってやつ、どうやってるの?」
「あれはアカネドールがアウトブレイクした時のエンジニアリングをアレンジしてですね……」
「え?」
 

 
 屋上から事務室に戻ると、全ての空間がオレンジ色、ピンク色、紫色の何かで満たされていた。脳に直接「アカネチャン……アカネチャン……」という信号が送られてくる。音が聞こえているわけではない。なにこれ怖い。

「ロコーーッ!! 早く何とかしなさい!!」
「サブスペースのロコアートがアカネにインベーダーされているんですか!? これは一体……!?」
「ハハハ、これは流石にマインドシェアリングできないな」
「プロデューサー殿も笑ってないで、どうにかしてくださいよ!!」
「えっと、あの、ロコは、その、そ……」

「ソーリーです~~~!!!」
「ロコーッッ!!! 待ちなさいーー!!!」

 亜空間ロコアートは麗花さんがストローで吸ったら無くなりました。
 曰く、「プリンと茜ちゃんの真ん中の味がして、美味しかったです!」とのこと。

 
 
 めでたしめでたし

  

終わりです。HTML依頼出しています。
ロコアートを大切に保護してあげたい。

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月20日 (水) 04:42:05   ID: S:24DMQO

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