果穂「クライマックスガールズ」 (26)
「おばぁぢゃぁぁぁぁぁあん!?」
「あらあら、どうしたの?」
ある土曜日の昼下がり、可愛い可愛い孫娘が私を訪ねてやってきました。
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「お兄ぢゃんがぁぁぁぁああ!」
「ふふふ、もう、しょうがないんだから…」
どうやら、お兄ちゃんと喧嘩をしたらしい。普段は仲良しな分、喧嘩をすると堪えるのかしら。
「ほら、これでも食べて落ち着いて」
「ふぁい…」
涙目になりながらも私が差し出したお菓子を口にする彼女は素直だ。もごもごと頬張る様は彼女が飼っている愛犬にも似ていた。
「ん!?」
「どうかしたの?」
「おいひい!!!」
「ふふふ、そう、それは良かったわ」
さっきまでの曇り顔はどこへやら、我が孫ながら現金なものだと思うけれど、そこも含めて可愛らしいと思うのは、親ならぬ祖母の欲目でしょうか。
「それで?お兄ちゃんとどうして喧嘩になったの?」
「そうだ!聞いてよおばあちゃん!お兄ちゃん!アタシが見てたテレビのチャンネル勝手に変えたの!」
「あらあら」
随分と可愛らしい内容の喧嘩だ。けれど笑ってはいけない。当人たちは真剣そのものなのだから。
「『お前はいっつもいっつもヒーロー見過ぎ』って…ついこの間まで、お兄ちゃんだって好きだったのに…」
ただでさえ、背が大きくて、大人っぽく見られがちな彼女にとっては、家族だけは理解してくれると思っていたのだろう。もちろん、お兄ちゃんには裏切ったつもりはないのだろうけれど。
「それに今日はヒーローじゃなくて、ライブの映像見ようとしてたのに…」
「あら?そうなの?」
「うん!!!!放クラのデビューライブ!!!」
元々ヒーローが好きだった彼女に、最近もう一つ好きなものができたことを私は知っていた。アイドルグループ、放課後クライマックスガールズ。
「やっぱり樹里ちゃんはかっこいいです!!!」
ヒーローを語る時と同じ熱を帯びた目で、彼女は放クラのメンバーについて語り出した。私はそれを聞き、相槌を打ちながらお茶を啜る。
「あっ!?もうこんな時間…」
気づけば、日も暮れかかり、時計の針は六時を指していた。
「もう帰らないといけないねぇ」
「…嫌だ」
「あら?」
中々我儘を言わない子だけに、こんなことを言うのは珍しい。私がそう思っていると彼女は続ける。
「アタシ、おばあちゃんと一緒に住む!!!」
「あらあら…貴女には素敵な家族がいるでしょう?」
「…でも一番凄いのは、おばあちゃんだもん!!」
「そんなことは…」
「あるもん!!!みんな言ってるもん!!!」
「アタシ、おばあちゃんと一緒に住む!!!」
「あらあら…貴女には素敵な家族がいるでしょう?」
「…でも一番凄いのは、おばあちゃんだもん!!」
「そんなことは…」
「あるもん!!!みんな言ってるもん!!!」
「みんな?」
「うん!!!みんな言ってるよ!!!『あの人より優しい人は見たことがない!』とか『あの歳であの美しさは反則だ!』とか…」
あぁ、違うのよ、愛しい孫娘ちゃん。私は別に優しくも、美しくもないの。
「ふふふ、大袈裟ですねぇ」
「大袈裟じゃないよ!今日だって、アタシの話聞いてくれたし…いつも、アタシが来るたびに新しいお菓子を用意してくれる…歌もとっても上手だもん!!!」
「歌は好きだから続けているだけですよ」
「それが凄いの!!!おばあちゃんくらいの歳であそこまで声が出る人いないから!!」
だから違うのよ。私は本当に美味しいお菓子に詳しいわけでも、自分に厳しいわけでもないの。
「本当はね、いたのよ。私より優しいあの人が。私より美しいあの人が。私より美味しいお菓子をくれるあの人が。私より自分に厳しいあの人が。私はそれを真似してるだけ」
「えぇ!?本当に?」
「本当よ…もうみんな、随分前に遠いところにいってしまったけれど…」
そんな人本当にいるのかなぁ、と首を傾げる彼女にも、いつかそんな、真似したくてたまらなくなるくらいの大切な人たちができるだろう。そう思えるのは、いつだって私たちを優しく見守ってくれた、あの光り輝くステージに連れていってくれた、あの人がいてくれたから。
「ええ本当よ、そしていつかは貴女もそうなるの」
「そんなの…無理だよ…アタシはおばあちゃんみたいになんて…」
「なれるよ」
「…でも、アタシ、今日だって…わがままばっかりだし…」
「おばあちゃんも貴女くらいの歳のころはそうだったよ」
「えぇ!?おばあちゃんが!?嘘だよ!そんな話聞いたことないもん!」
そうね、確かに貴女から見れば私のわがままなんてイメージは無いのかもしれないわね。けれど…
「私はね、とても大きなわがままを言ったもの」
「…そんなに大きなわがままだったの?」
「えぇ、今後の人生に関わるような大きな大きなわがままを聞いてもらったの」
私が言ったわがままは「名前」。全員で曲を歌うことよりも、個人で演技をしたり、モデルをしたりすることが多くなってからも、私は「あの名前」に拘った。みんなと…みなさんと一緒に作り上げた「あの名前」がなんだか消えてしまいそうだったから…
誰よりも優しかったあの人が
誰よりも厳しかったあの人が
誰よりも賑やかだったあの人が
誰よりも美しかったあの人が
忘れられてしまうような気がしたから…
そして、私は今でも…一人になった今でも、こうしてあの人たちの真似事をして面影を残そうとしている。それは私の自己満足で、やっぱりわがままなのだ。
「ねぇ、おばあちゃん…だったらさぁ…」
「ん?」
「私も…おばあちゃんみたいに…放クラみたいになれるかな?」
「なれるわよ…私が…アタシがなれんたんだから」
あの人たちの前では、いつまでも子供だった私。それが嫌だった頃もあった。いつまで経っても自分一人だけが、かっこいいあの人たちに追いつけない。そんな風に思っていた頃もあった。けれど、今はあの頃のようにもう一度と願わずにはいられない。『おばあちゃん』としてよりも、『小宮果穂』としての方がきっとこの子の背中を押せるから…だから、『私』はほんの一瞬『アタシ』に戻る。
「おばあちゃん…」
「んー?」
「…なんだか眠たそうなんだけど…」
「ふふふ…今日はいい天気だもの…」
「そんな日は走り出すんじゃないの?」
「そうねぇ…それこそ…みんなと…一緒なら…」
ぽかぽかとした陽気に意識を奪われかける。しかし、眠気とはまた違うようだ。そして唐突に、けれど確信をもって理解する。あの人たちもきっとこうだったのだろう。
「…アタシ、帰る。帰ってお兄ちゃんと仲直りしてくるよ」
「…えらいねぇ」
いつだったか、自分も兄との喧嘩を美しいあの人に相談したことを思い出す。本当に何から何までそっくりだ。
…だからきっと、この子も大丈夫。
「おばあちゃん、今日はありがとう!!!」
風邪ひいちゃうから、お布団で寝てねと声をかけてくれる優しい孫に、一言だけ添える。
「遅すぎることも…早すぎることもないの…いつだって、貴女が思ったその時が…クライマックスだからね…」
「…果穂おばあちゃん?」
会話の最後にしてはやや唐突かも知れないが、これは間違いなくさいごに伝えたい言葉だった。
少し首を傾げながらも、わかったと言って我が家を後にする彼女を見送ってから、意識を少しずつ手放していく。
『立派で…ございました…』
「凛世さん…」
少しずつ意識を手放していく中で、大好きなあの人たちの姿が浮かび上がる。
『背筋が伸びているわ!流石は果穂ね!』
「夏葉さん…」
『果穂ぉぉぉお!!早すぎるよぉぉぉぉお!!でも会えて嬉しいぃぃぃぃい!!』
『お前はどっちなんだよ!?』
「ははは…ちょこ先輩…樹里ちゃん…」
やっぱり私はいつまでもあの人たちの前では子供のままだった。
『さあ、行こう果穂』
「…はい!!!」
駆け寄ってきたマメ丸と一緒に走り出す。この人たちの前ではいつだって、私はあの頃に戻れるのだ。
終わり
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