狐娘「妾は老いることも死ぬこともないケモノじゃ」 (203)
SS13作目となります。
オリジナルです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1621014011
ーーー放課後ーーー
男「……」
「じゃ!」
「おう。帰ったらまた連絡するわ」
男「……」チラ
「ランニング始めっぞー!」
男「……」ソワソワ
同級生A「おー、男じゃん」
同級生B「相変わらずキョドり過ぎじゃね」
男「あ…うん」
同級生A「何してんの彼女待ち?」
同級生B「バッカこれに彼女とか。いつものママ待ちだって」
同級生A「知ってた」クハハ
男「あはは…」
同級生A「なぁお前幼先輩家に住んでんだろ?前から気になってたんだけどよ、エロい写真とか持ってねーの?」
男「そ、そんなの持ってないよ」
同級生B「いーや絶対持ってるね。あんだけべったりなんだぜ?男の言うこと何でも聞いてそうだしよ、一枚や二枚くらい撮ってんぜこいつ」
同級生A「ちょっとスマホ貸してみ」グイ
男「待っ…やめて…!」
「ねぇ君たち、何やってるの?」
同級生B「っ!」
同級生A「幼先輩…」
幼馴染「聞いてる?何してるのかって質問してんだけど」ニコニコ
同級生A「いや、俺らは」
同級生B「宿題の話とかしてただけっす!」
同級生A「そうそう!」
幼馴染「へぇ」
同級生A「じ、じゃあさよなら先輩!」
幼馴染「あ!次やったら覚悟しときなさいよ!」
タッタッタッ...
幼馴染「まったく。こそこそこそこそ、逃げ足だけは一丁前なのよね」
幼馴染「大丈夫?何言われたの?」
男「特には、うん…ありがとう」
幼馴染「?」
幼馴染「油断も隙もないんだから。こんなとこじゃなくて教室の前で待っててっていつも言ってるじゃない」
男「でも僕が行ったら姉さんが…」
幼馴染「陰口叩かれるって?そんな奴まとめて吹っ飛ばしてやるわ。人の心配よりまず自分の心配をしなさい」
男「でも…」
幼馴染「返事」
男「は、はい」
幼馴染「よろしい」
幼馴染「明日から教室の前で待っててね。居なかったら罰ゲーム♪」
男「え」
幼馴染「ほら行こ」グイッ
男「わっ…!」
.........
幼馴染「そしたらね、そこの通りで見つけたの!男の好きそうな屋台」テクテク
男「何の屋台?」テクテク
幼馴染「むふふ。聞きたい聞きたい?」
男「勿体ぶらずに教えてよ」
幼馴染「それはねー、――」
男(姉さんと僕は小さい頃からの付き合いだ。家族ぐるみで仲の良かった僕たちはよく二人で遊び、一つ年上の姉さんに連れられて色んな場所へ行った。実の姉弟ではないけれどその頃からこの"姉さん"呼びが染み付いてしまっている)
男(昔から怖いもの知らずな姉さんは、今思えばとんでもなく危ないようなこともしでかして、その度に何故か僕もセットで叱られていた)
男(けどそれ以上に、僕はこの人に救われてきた)
幼馴染「今度行ってみよーよ♪いつがいい?今週は課題こなさなきゃだから来週の土曜日――もダメか」
幼馴染「その日はご両親の」
男「…うん」
幼馴染「なら、日曜日だ」
男「大丈夫」
幼馴染「決まり!楽しみだね♪」
男(本当に。姉さんは僕のことを何でも分かってるんじゃないかって思うことがある)
幼馴染「♪」
男「……」
男「…えっと、姉さん」
幼馴染「んー?」
男「なんでずっと手つないでるの…」
幼馴染「だってこうしないとまた変な人が寄ってきちゃうよ?迷子になっちゃうかもしれないし」
男「そんな子供じゃないんだから」
幼馴染「それと呼び方。二人の時はどうするか教えたよね~」
男「……幼」
幼馴染「うんうん♪」
幼馴染「でさ、さっきの二人とは何を話してたのかな?」
男「っ、いや、別に…?」
幼馴染「私には言いにくいことなんだよねー?反応で分かるよ」
幼馴染「だから余計に気になっちゃう」ジリ...
男「ち、近いよ…!」
男(心なしか手を握る力が強くなってる気がする…)
幼馴染「教えてくれるよね」
男「……」
幼馴染「ふーん、帰ったら楽しみねぇ」
男「分かったよ!言う、言うから!」
男「……姉さんの……写真持ってないのか、って」
幼馴染「それでそれで?」
男「ないって答えたよ。…それだけ」
幼馴染「えっちなやつ?」
男「!?」
幼馴染「ふふ、分かりやすくていいわぁ」
幼馴染「持ってないんだ?」
男「持ってないよ!?」
幼馴染「撮らせてあげよっか」
男「なっ…!?」
幼馴染「それとも、写真じゃ不満かな」
男「あ……え…」
男「そうじゃなくて…!なんでそうなるのさ!」
幼馴染「あは♪顔真っ赤」
男「もう、からかわないでよ…」
幼馴染「ごめんごめん。良い反応してくれるんだもん。嫌だった?」
男「嫌ってわけじゃあ……!」ハッ
幼馴染「」ニヤニヤ
男(本当、この人には敵わない)
ガチャ
幼馴染「ただいまー」
叔母「おかえりなさい。あら、男くん顔赤いわよ、風邪?」
男「なんでもないです…」
幼馴染「ふふ」
叔母「思ったより早かったのね。お店混んでなかった?」
幼馴染「お店?…あ」
叔母「幼、あんた買い物のこと忘れてたでしょう」
幼馴染「いやー忙しくってつい…」ハハハ...
叔母「あれだけニコニコしながら帰ってきといて、忙しい、ね」
幼馴染「もー今から行くからぁ」ゴソゴソ
幼馴染「……買い物メモ、どっかいっちゃった」
叔母「はぁ、忘れて帰ってきたのを喜ぶべきなのかしら」
叔母「今日はデパートの他に商店街にも寄ってほしいからそっちのメモも渡したはずだけど、それも?」
幼馴染「! それはあった!」
幼馴染「って商店街って学校と反対側じゃん!」
叔母「えぇ。だから一回家に荷物置きに戻ったのかと思ったわ」
叔母「デパートの方はLINEで送っとくから、先そっち行ってきてちょうだい。夕飯が遅れちゃう」
男「あの、商店街は僕が行きましょうか」
叔母「え?いいわよ、元々幼が綺麗さっぱり忘れてたのがいけないんだし」
男「今から両方行ってたら戻る頃には暗くなっちゃいますよ。それに、住まわせてもらってる身で何もしないのは嫌なんです」
叔母「そんなの気にしなくていいのよ」
幼馴染「そうだよ!行くなら私と一緒に行こ!放課後買い物デート♪」
叔母「あんたは少しは反省なさい」
男「貸して」スッ
男「…これなら、場所も分かります」
叔母「そう?なら、頼んじゃっていいかしら?」
男「はい」
幼馴染「男ぉ…知らない人に付いてっちゃダメだよ!迷子になったらその場で動かずじっとしてること!」
男「だからそれ、高校生にかける言葉ではないよね…」
叔母「はいお金ね」
男「どうもです。行ってきます」
ガチャ パタン
幼馴染「……」ウズウズ
幼馴染「私もぼちぼち行きますかー」
叔母「デパートにね」
幼馴染「…知ってますー」
叔母「けど……なんだか安心したわ。あの子も少しずつ変わってくれてるのね。家に来たばかりの時はロボットみたいな返事しかしてくれなかったもの」
幼馴染「そりゃ私がついてるからね~。男に集ってくる悪い虫は全部シャットアウトよ」
叔母「あんたの過保護っぷりも板についてきたけど、そのおかげなのは間違いないわね」
幼馴染「叔母さんにも感謝してるんだよ?私と男をここで預かってくれて」
叔母「びっくりしたわよ。あんた見たことのない顔で必死に頼み込んでくるんだから」
幼馴染「えへ。あの時の男はさ、目離したらそのままどっかに消えちゃいそうな雰囲気があったんだよね」
叔母「…土曜日だっけ?あの子のご両親の命日」
幼馴染「うん、来週の」
叔母「そう。今年は私も休みだから、お墓参りには付き添ってあげられそうだわ」
ーーーーーーー
男「ふぅ…」テクテク
男(何事もなく買い物が終わってよかった。姉さんがおちょくってくるから変に意識しちゃったよ)
男(それにしても…)
男「っしょっと」
男(これ、見かけに反して結構重いな。僕が来て正解だったかもしれない)
テクテク
男(…腕が痛くなってきた…)
男「……」チラリ
(生い茂る人工林)
男(行きの時は使わなかったけど、実はこっちの林の中を抜ければ家までの大幅なショートカットになることを僕は知っている)
男(誰が整備してるのかも知らない空き地がちらほらあって、たまに子供の遊び場になってたりする。最近めっきり中に入ることがなくなったけど、小さい頃は僕もこの中で遊んだなぁ)
男(勿論、姉さんに連れられて)
男「…よし」
ザッザッザッ
.........
男「……」ザッザッ
男「あ」
(別れ道)
男「…おかしいなぁ」
男(途中まで見覚えのある道だったのに、気付いたら知らない風景が……いつの間にこんな分かれ道が出来てたんだろう)
男(でも家の方向的には…こっちかな)
ザッザッザッ
男(この辺電灯が無いんだ。暗くなる前に早く抜けないと)
ザッザッザッ
男「…!」
(鳥居の無い神社)
男「………」
男(ここ、神社なんてあったっけ…?)
男「……」
男(見た感じ、所々古びてるから最近建てられたわけでもなさそう。こんな目立たない場所にあって、参拝のお客さん来てくれるのかな)
男(というか全く知らないところに出たってことは、もしかしなくても…)
男(迷った…)
男「ど、どうしよう」
男(先に進もうにも道っぽい道は見当たらないし……元来た道を戻る?結局無駄足になっちゃうけどそれしかないよね)
ヴー
男(? LINE、姉さんからだ)
幼馴染『男ー、ちゃんと買い物終わった?そっちで買うやつ結構重いみたいだから押し潰されないようにね~( ̄∀ ̄)』17:32
幼馴染『私は今帰ってきたとこ!早くしないと寂しくて死ぬ!』17:32
幼馴染『(待機中のスタンプ)』17:32
男「……」
男『ごめん。道に迷っちゃって』17:33 既読
男(こんなの絶対またからかわれるよね…)
ヴー、ヴー
男「!」
男「…もしもし」
幼馴染『今どこにいるの!?』
男「!? えと、神社の」
幼馴染『神社!初詣に行ったとこ!?それとも隣町の!?』
男「違くて…!人工林の中にある神社で…!」
幼馴染『あそこに神社…?』
幼馴染『とにかく人工林の中なのね!?迎えに行くからそこから動かないで!』
男「あ、姉さん!……切れた」
男「迎えにくるって、こんなとこ分かるのかな」
男(姉さんも神社のことは知らないみたいだったし)
男(…あの反応は意外だったな。てっきり面白おかしくいじられると思ってたけど)
ーーーーー
幼馴染『迎えに行くからそこから動かないで!』
ーーーーー
男(昔からそう。両親を亡くして塞ぎ込みがちだった僕をずっとそばで支えてくれた。いざとなった時、必ず最後に助けてくれるのが姉さんだった)
男(どうしてそこまでしてくれるのか訊いてみたことはまだないけど、姉さんには感謝してもしきれない)
男「…はー、重い」ガサ
男(とにかくここで待ってよう。周りの写真とか撮って姉さんに送った方が目印になるかな?…木だけじゃ無理か)
.........
男(少し暗くなってきた。日が落ちたら多分真っ暗になっちゃう)
男(…もう一度姉さんに電話してみようか…)
チャプン
男「!」
男(水の音…?)
男(神社の裏の方から聞こえた。…誰か居る?)
男「……」
ザッザッ...
男(こっち側、池があるんだ)
男(透けてる…随分綺麗な水だな)
男「……!」
「……」チャプ
男(……女の子……)
男(いや、でも……頭に乗っかってるあれは…耳…?)
男(それと背中の下……もっと言うとお尻から、柔らかそうな尻尾がひとかたまり生えてるように見える)
男(……)
男「――あれ?」
男(居なくなった…!?)
男「……」キョロキョロ
男(どこにも居ない……何だろう今の。見間違い?)
「どうかされました?」
男「」ビクッ
男(…さっきの人じゃないみたいだ。着物を着てるし、耳も尻尾もない)
和服の女「もし、お身体の具合でも悪いのですか?」
男「ちょっと道が分からなくなってしまったんです」
和服の女「そうでしたか」
和服の女「あちらへ行かれれば、きっと出られると思いますよ」
男「あっちですか?……恥ずかしい話なんですが迎えを待っていまして…」
和服の女「大丈夫。行ってごらんなさい」
男「………」
男(不思議だ。この人の言葉はなんだか、自然にスッと入ってくるような…)
男「そうして、みます」
男「……」
男「あの、あなたの――」
和服の女「あまり迷うことのないよう気を付けてくださいね」ニコ
男「………」
男「」ペコリ
ザッザッザッ...
男「……」ザッザッ
男「……」ザッザッ
男(僕は、最後何を言いかけたのだろう)
男(あの人の素性を訊こうとした?神社の管理人なのか、どうして着物姿なのか、そもそもあの神社は何なのか)
男「……」ザッザッ
男「……」ザッザッ
男(……一瞬見えたあれは……)
男(水浴びをする……神様……?)
男「……」
男「……」
幼馴染「男っ!」
タッタッ!
男「! 姉さ――」
幼馴染「」ギュー
幼馴染「もう…もう!何で本当に迷子になるかな!やっぱり一緒に行った方がよかったじゃん!」
幼馴染「今度から一人で出掛けるの禁止だからね!」
男「お、大袈裟だよ。ちょっと見かけない場所に出ちゃっただけで、何も起きてないんだから…」
幼馴染「何か起きてからじゃ遅いの」
幼馴染「ところで神社はどこ?あちこち見てきたけどどこにも無かったから少し焦っちゃった」
男「大分向こうの方にあったんだよ」
幼馴染「…歩いてきたの?私、動かないでって言ったよね」
男「え…あ」
幼馴染「」ギューッ
男「苦しっ…!」
幼馴染「ふー」パッ
幼馴染「帰るよ。手、離さないように」
男「…うん」
男(……)
男「あのさ姉さん」
幼馴染「……」
男「……幼」
幼馴染「なーに?」
男「幼はさ、なんで僕のことをこんな気にかけてくれるの?」
男「家族でも親戚でもない、ただ昔から遊んできたってだけで…」
幼馴染「大事だからだよ。それ以外にある?」
男「!……でも、僕は……」
幼馴染「またそうやって卑下する。いい?よく聞いて」
幼馴染「過去に何があったとしても、男がどれだけ自分を嫌いになろうと、私は絶対男を見捨てない」
幼馴染「男は要らない人間じゃない。分かるまで何度でも教えてあげる」
男「……」
男「…ありがと」
ーーーーーーー
和服の女「人が迷い込んでくるとはの」
和服の女「言葉を交わすなど何時振りじゃったか…」
和服の女「……」
和服の女「"人除け"も、見直さねばな」
ーーー夜ーーー
コンコン
「姉さん、入るよ」
幼馴染「どうぞー」
ガチャ
男「はいこれ、借りてた参考書。分かりやすくてすごく助かったよ」
幼馴染「もういいの?ずっと借りててよかったのに」
男「そうもいかないよ。姉さんだって受験勉強で使うでしょ?」
男「それじゃ、おやすみ」
幼馴染「おやすみ~」
キィ...
幼馴染「ねぇ」
男「? なに?」
幼馴染「……」
...トットットッ
幼馴染「……」
男「姉さん?」
幼馴染「…………」
男「何か、顔に付いてる…?」
スッ...
ピシッ
男「あたっ」
男「何だよ急に…」
幼馴染「おやすみのデコピン。よく眠れるようになるよ」クフフ
男「姉さんが?」
幼馴染「うん♪」
男「そんなことだろうと思った。あんまりびっくりさせないでよ」
男「じゃあね」パタン
幼馴染「………」
幼馴染「……あー、危なかった」
幼馴染「まだ早いよね」
幼馴染「もうちょっと。あとちょっと」
ーーーーー
男「…ありがと」
ーーーーー
幼馴染「…はぁー…♪」
幼馴染「待ち遠し」
ーーー翌日 学校ーーー
男「……」
数学教師「であるからして、接弦定理を用いると角Bが求まりーー」
男「………」
男(………)
男「……」ゴソゴソ
スッスッ、スッ
[入力ボックス]
『昨日話してた神社でさ、着物の女の人に会ったんだよ。姉さんは人工林の中でそんな人を見かけたことある?あと、狐の格好した女の子』
男「………」
...スススッ、スッスッスッ
男『今日、図書館に寄って勉強しようと思うから姉さん先に帰ってて』14:28
数学教師「――男?聞いとるか?」
男「! ご、ごめんなさいなんですか」
数学教師「ここの立式だが、出来るか?」
男「えー……cosB…?」
数学教師「惜しいなぁ、sinBだ。余角で反転するからな。授業はちゃんと聞いてるように」
男「はい…」
数学教師「次は問題4にいくぞ。ページめくれー」
男「……」コソ
男『今日、図書館に寄って勉強しようと思うから姉さん先に帰ってて』14:28 既読
幼馴染『男ー、昨日のこと忘れたの?一人外出は危険っ!』14:30
男「……」スッ、スッ
男『さすがに図書館は迷ったりしないよ』14:30
ーーーーーーー
幼馴染「……」ススッ、ススッ
男『さすがに図書館は迷ったりしないよ』14:30
幼馴染『次迷ったら閉じ込めちゃうからね?』14:31
英語教師「では幼馴染さん、この空欄に入る単語は何でしょう?」
幼馴染「sophisticated」
英語教師「そうですね。この場合、筆者は自分の国の文化の在り方について――」
.........
友「うん、また部活でね!…あ、幼!」
友「今日は一人?珍しいね、弟君一緒じゃないんだ」
幼馴染「図書館で勉強してくるんだって」
友「へぇー、テストまでまだ結構あるのに偉いね。もしかして、姉離れが始まったとか」
幼馴染「友ちゃん。それ本気で言ってる?」
友「や、やだなぁちょっとした冗談だよー。もー幼は弟君のことになるとすぐ熱くなる」
幼馴染「んー。確かにね、今朝から様子がおかしかったのよね。ぼーっとして上の空で…」
友「悩み事?」
幼馴染「違うみたい」
友「分かんないよー?幼には言いにくいことなのかも」
幼馴染「例えば?」
友「恋のお悩み」
幼馴染「っっ!」
幼馴染「……」ニヘラ
友(相手が自分だと信じて疑わないこの感じ。幼も相当あの子のこと好きよねぇ)
ーーー人工林ーーー
男「……」ザッザッ
男(また来てしまった)
男(どうしても昨日のことが気になる)
男(…姉さんに嘘をついてまで出てきたのはなんでだろう…)
男「……」
男(神社までの道をはっきり覚えてるわけじゃないけど、このまま歩いていけば辿り着ける。そんな予感がする)
ザッザッ
ザッザッ
.........
(鳥居の無い神社)
男「…着いた」
男(逆に不自然なくらい真っ直ぐここまで来れちゃったな。昨日見た分かれ道なんかもなかった)
男(昨日のあの人は…)
「また迷ってしまったのですか?」
男「!」フリムキ
和服の女「あなたは、道を覚えるのが苦手なのですね」
男「いえ、今日は迷ったんじゃなくて僕の意思でここに来たんです」
和服の女「…何故そのようなことを?」
男「それは…」
和服の女「……」
男「話がしたくて……」
和服の女「話…?私とですか」
男(そうだ、口に出してみて分かった。僕は昨日のことが気になったというより、この人のことが気になったんだ)
和服の女「やめておきなさい。ここは好き好んで来るような場所ではありません」
男「え……でも、ここ神社なんですよね…?お参りに来る人だって居るんじゃ…」
和服の女「こうも広い世の中です。人の訪れない社があってもおかしくはないでしょう?」
男「なら、あなたがここに居るのは管理のためじゃなく――」
和服の女「無用な詮索は身を滅ぼしますよ」
男「……なにかあるんですか?」
男「例えば、ここに誰かを匿っているとか…」
和服の女「………」
和服の女「無防備ですね、あなたは」
...トットッ
和服の女「丸腰で猜疑心を隠そうともせず」トットッ
和服の女「好奇心に駆られた言動を続けているとそのうち」ズイ――
男「――!」
和服の女「齧られてしまいますよ」ニコリ
トサッ(尻餅をつく男)
男「………」
和服の女「それでは」
トットットッ...
男「……」ボー
男「! 待っ」
シーン
男「て…」
男「………」
ーーー翌日 休み時間ーーー
幼馴染「え?今日も行くの?男の勉強くらい私が教えてあげるのに」
男「姉さん受験生じゃない。自分の勉強は平気なの?」
幼馴染「ぜーんぜん平気だよ!むしろ男が居ないとすぐ集中が切れる」
男「どういう仕組みなのそれ…」
幼馴染「図書館は捗る?」
男「…まぁ」
幼馴染「ほぉー」
幼馴染「よしっ、それだけ勤勉な男くんにはご褒美チャンスを授けましょう。今度のテスト、平均点勝負で勝てたら何でも一つだけ言うこと聞いてあげる」
男「何でも一つ……でも科目も難しさも違うのに勝負なんて」
幼馴染「だから、平均点」
男「そう言われても、して欲しいことなんて今更思い付かないよ。今でも十分過ぎるくらい色々助けてもらってるし…」
幼馴染「私はあるよ?数え切れないくらい」
幼馴染「どれにしようかなー。せっかくだから普段絶対してくれないことがいいよねぇ」
男「…? なんで姉さんが悩んでるの?」
幼馴染「負けたら相手の言うことを聞くって勝負だよ?」
男「!? ちょっとちょっと、いつからそんな話に!?」
幼馴染「最初から」
幼馴染「ご褒美"チャンス"って言ったでしょ?一方的にあげるだけとは言ってません♪」
男「ず、ずるい」
幼馴染「やめちゃう?」
幼馴染「本当に何でもやってあげるよ?」ジー
男「……っ」
友「幼こんなとこに居た!」
友「先生が探してたよ。幼だけ面談希望用紙出てないってさ」
幼馴染「そうだった、完全に忘れてた…。今行くー!」
幼馴染「じゃ、テスト頑張ろーね♪」
タッタッタッ...
男「……」
男(最近やたらと姉さんが僕を見つめてくることが多くなった。…大方、新しくいじるネタでも探してるんじゃないかと思ってるけど)
男(……)
男(勉強、やっとかないとな…)
ーーー鳥居の無い神社ーーー
和服の女「またあなたですか」
男「……」
和服の女「昨日言ったことが理解出来なかったのですか?」
男「…分かっています」
男(この人が明らかに僕を歓迎してないのは理解してる。いつもならその時点で関わるのをやめるけど)
男(…でも…)
男(やっと見つけた気がする)
男(なんだろうこの感じ……)
和服の女「でしたら速やかに立ち去りなさい」
男「あなたのことが知りたいんです!」
男「お願いします!誰にも言う気はありません、危害を加えるつもりもこれっぽっちもないんです。あなたの話が聞きたくて……ただそれだけなんです…!」
和服の女「……」
和服の女「…何が知りたいのです?」
和服の女「答えてあげます、問いはなんですか」
男「! えっと……お名前は――」
和服の女「花子です」
和服の女「それだけですか?」
男「この神社は一体――」
和服の女「仰る通り、社ですよ。それ以外の何物でもありません」
男(さっきからとんでもなくぶっきらぼうな返事…)
男「…もしかして祀っているのって、狐の神様ですか…?」
和服の女「いいえ」
男「……」
和服の女「さて、気は済んだでしょう。早くお帰りなさい。そして二度とここへ来ることのないよう、肝に銘じておいてください」
男「そ、そんな」
男(取りつく島もないよ)
男「せめて来てはいけない理由を教えてくれませんか…!」
和服の女「………ふぅ」
和服の女「分からん奴じゃな」
男「え?」
ブワァ!
男「ぅ…!?」
男(風…?)
狐娘「……」ジロ
男「………!」
男(この耳に、尻尾)
ーーーーー
「……」チャプ
ーーーーー
男(一昨日、池で見かけたあの子だ)
狐娘「お主、命が惜しくないようじゃのう。再三の忠告を無下にするのは即ち、何をされようが構わぬということじゃな」
狐娘「相違あるまい?」
男(間近で見るとよく分かる)
狐娘「喰らってやろうか。或いは裂かれる方が好みかのう」ククッ
男(この子は、なんて――)スッ
フサ...
狐娘「!?」ササッ
狐娘「な、何をするっ!?」
男「…綺麗…」
狐娘「なんじゃ!妾の耳がか!?さてはお主刈り取るつもりで…………何ともなっとらん」
狐娘「」ハッ
男「……」ボー
狐娘「…貴様、余程死にたいと見える」
男「……」
狐娘「ではその望み、叶えてやろうっ!」グワッ!
――ピタッ
狐娘「………」
男「………」
狐娘「何故立ち呆ける。お主は本当にここへ死にに来たのかの?」
男「いえ……そんな怖いことするような人には見えなくて」
狐娘「……………」
狐娘「参った参った。降参じゃ」
狐娘「よもやこれほど話の通じぬ人間とは思わなんだ。大人しく尻尾を巻いて逃げ出しておればよいものを」
男「尻尾…」
狐娘「む?何を見ておる。触らせはせぬぞ」
男「! じゃあ、またあなたに会いに来てもいいんですね…!」
狐娘「勝手にせぇ」
男「」パアァ
男「えーと、花子、さん?」
狐娘「偽名じゃ。そのくらい察しておろう」
男「っ!」
狐娘「こやつは…大物なのか小物なのかよう分からんな」
狐娘「そうじゃの、妾のことは狐娘とでも呼ぶがいい」
男「それが本当の名前…?」
狐娘「あぁ」
男(狐娘さん、狐娘ちゃん、それとも……狐娘様?)
狐娘「………」
男「………」
狐娘「なんじゃ、今度はだんまりか。妾と話がしたかったのであろう?」
男「あ…いえ、訊きたいことがあり過ぎて逆にこんがらがっちゃうというか」
狐娘「ならばこちらから問うが、お主、呪術師の類ではあるまいな?」
男「じゅじゅつ…?ってあの、呪いとかそういうのですか?」
狐娘「ふぅ。その様子じゃとしらばくれてるわけでもないか。斯様に器用な真似が出来る玉でもなさそうじゃ」
狐娘「そうなると尚の事不思議じゃの」
狐娘「のう主よ、どうやってここを見つけた?」
男「それは、ここを通って帰ろうとしたら迷って、あとは一昨日の通りで」
狐娘「妙じゃな」
狐娘「ここら一帯にはの、お主のようなうつけ者が近付いてしまわぬよう"人除け"の呪(まじな)いを巡らせてあるんじゃ」
狐娘「呪いに綻びは見つからなかったが…」
狐娘「主、本当にただの人間か?」
男「? 何かした覚えなんて全く……普通の人間ですよ」
狐娘「……」ジー
男「…だと、思います…」
狐娘「まぁよい」
男「人除け…ってことは、もしかしてずっとここで誰にも会わずに暮らしてたんですか?いや、同じ仲間の人たちが居たり…?」
狐娘「同類なぞおらん。人の世と関わると何かと面倒が多いでな、静かに余生を送りたかったんじゃが」
男「…あなたを困らせるようなことはしません、絶対」
狐娘「なら金輪際来んどくれ?」
男「ぅ」
狐娘「ククッ、冗談じゃ。勝手にしろと言った手前、最早止めはせぬ。しかしもしお主が妾のことを口外するようなことがあれば…」
狐娘「今度こそ五体満足ではいられぬと思え」
男「言いませんよ。約束します」
狐娘「…そうかえ」
狐娘「して、他に何を知りたい。主のわがままを聞いてあげとるんじゃ、つまらん質問は許さぬからの」
男「!…?」
男(つまらなくない質問って逆に何だろう)
ヴー
男「あ」
狐娘「?」
幼馴染『男ー、いつまで勉強してるの?もうご飯できてるんだから帰ってきなさい!』18:47
男(もうこんな時間)
男『ごめん集中してて気付かなかった。今から帰るよ』18:48 既読
幼馴染『早くしないと男の分も食べちゃうからねー』18:48
男「……」
男「…その…」
狐娘「行かぬのか?身内に呼ばれたのじゃろう」
男「! 画面、見えたんですか?」
狐娘「主を見ておれば分かる。その呆けた面が雄弁に語っておるわ」
男「そ、そんな情けない顔してたかな」
狐娘「なんじゃ、鏡を覗いたことがないのか?」
男「そこまで酷いんですか!?」
狐娘「クククッ」
男「…明日もまた来ます」
狐娘「……」
男「来ますね?」
狐娘「聞こえておる」
男「明日は!…もうちょっとマシな顔で来ますから」
男「じゃあ、また!」
タッタッタッ...
狐娘「……行ったか」
狐娘「呪いを退ける人間。如何程のものかと思うたが、吹けば折れそうな若輩者ではないか」
狐娘「かと思えば凄みには屈さぬ。奇妙な人間じゃ」
狐娘「ん、奴の名を聞いておらんかったの。妾にだけ名乗らせておきながら不公平なことよ」
狐娘「ククッ、そうじゃの、奴が自分から名を言わなければ仕置きをしても面白いかもしれぬ。脅しは効かぬが手が出るとあれば――」
狐娘「…少々お喋りが過ぎたな」
狐娘「………」
狐娘「面倒なことになったのう」フッ
一旦ここまでです。
>>34
ありがとうございます。読んでくれる人がいるというのが一番のモチベーションになります。
続きを投下します。
ーーー数日後 放課後ーーー
幼馴染「ねね、今度の美術の彫刻のテーマ好きなものなんだ。男のこと作っていい?」テクテク
男「恥ずかしいからダメ。第一、人なんてリアルに彫れるの?」テクテク
幼馴染「男のためなら不可能はないよ!!」
男「なんで叫ぶの!?」
クスクス フフッ
男「もー…」
男「じゃ、僕は向こうだから」
幼馴染「図書館だよね。最近毎日行ってるもんね、そんなに私にして欲しいことがあるの?」ニヤニヤ
男「え、なにそれ」
幼馴染「テストの点数勝負。勝って言うこと聞かせたいんでしょ?どんな命令されちゃうんだろうなー」
男(そうだったすっかり忘れてた。そんな約束もしてたっけ)
男(…結局、ここのところ勉強なんてほとんど出来てないなぁ)
男「そんなんじゃないよ。ただちょっと、楽しくて」
幼馴染「勉強が?」
男「! う、うん」
幼馴染「ほー」
幼馴染「男って全然わがまま言わないからさ、こういうとき何を求めてくるのかちょっと楽しみなのよね私」
男「姉さんまさかわざと負ける気じゃ…」
幼馴染「んーん。それ以上に男にして欲しいことの方が多いもの」ニヒヒ
幼馴染「……ねぇ男」
男「なに?」
幼馴染「いつも行ってるとこ、本当に図書館?」
男「!」
男「…そうだよ。なんで?」
幼馴染「それにしては参考書とか大体置きっぱなしじゃない?」
男「図書館で勉強するときは学校の教科書使ってるんだよ。ほら、学校の復習なら一人でも出来るから。参考書の内容は姉さんに教えてもらうことが多いからさ」
幼馴染「おんなじ大学行くなら今からしっかり学力つけてもらわないといけないもんね~。まずは私が受からなきゃだけど!」
幼馴染「ふふ、ごめんごめん。もしいけない遊びに夢中になってたらどうしようかと思って」
男「心配し過ぎだよ。ちゃんと夕食までには帰ってるでしょ?」
幼馴染「男がいないとご飯の味がしないのよね~」
男「大袈裟なんだから…」
男「じゃあそろそろ行くよ」
幼馴染「はいはーい♪」テフリフリ
ーーーコンビニーーー
男「んー……どれがいいんだろう」
男(狐娘さんが喜びそうなものといったら、油揚げ?)
男(そうじゃないそうじゃない。今日持ってくのは…)
男「これと、これとか…?」ガサ
男(こっちのは僕も食べたことないけど、たまにはいいかな)
男「お願いします」
店員「はーい」
ピッ、ピッ
ーーーーー
幼馴染「いつも行ってるとこ、本当に図書館?」
ーーーーー
男(……また嘘ついちゃった)
男(絶対他人に言わないって約束があるのもそうなんだけど、なんでかな、姉さんにバレるのはあんまり良くない気がするんだ)
男(普段何かあったときは真っ先に相談してるのに)
店員「894円になります」
男「はい」
男(けど、いけないことをしてるわけじゃないよね)
店員「106円のお返しです」
男「ありがとうございます」
男(そういえば最後に選んだやつは姉さんも好きなやつだったっけ。うん、それは持って帰ろう)
スー
店員「ありがとうございましたー」
男(狐娘さん、どんな反応してくれるかな)
男(早く行こう)
タッタッタッ...
幼馴染「………」
ーーー鳥居の無い神社ーーー
ザッザッ
男(相変わらず静かな場所だな)
男「狐娘さん!僕です!」
シーン...
男「?」
男(あれ、いつもなら神社の中から出てきてくれるのに)
男(初めの数日は仏頂面で襖が開くことが多かったけど、ここ最近はそれも和らいだ気がする。というよりなんとなく、自惚れじゃなければ狐娘さんもこの時間を楽しみにしてくれてたり…)
男(たまに眠そうにしてるときは昼寝でもしてるのかな)
男「狐娘さ――」
コツッ
男「あたっ」
男(なに、ドングリ?)
狐娘「こっちじゃ阿呆。お主には目が付いとらんのか」
男「そんなとこに…気付けませんよ、いつも中に居るじゃないですか」
狐娘「妾とて四六時中引き篭もっとるわけではない」
男「何してたんですか?」
狐娘「ちょいとな。木々の声を聴いていたんじゃ」
男「声?」
狐娘「妾は耳が良いからの。こうして自然に耳を傾け、世の動静を把握しておるのよ」
男「へぇー…ってことは僕が来るのもいつも分かってるんですね」
狐娘「まぁの」
男「どういう風に聞こえるんですか?やっぱりこう、精霊の交信みたいな?」
狐娘「……クスッ。くははっ!」
狐娘「ほんに主は退屈せぬな。植物が喋るわけなかろう」
男「え、嘘なんですか!?」
狐娘「主よ、悪党に騙されぬよう用心するのじゃぞ?」
男「…例えば今目の前にいる人とかでしょうか」
狐娘「む?だとしたらどうする」ククッ
男「どうもしません。耳と尻尾を生やした悪人なんて聞いたことないです」
狐娘「まこと、警戒心に欠ける奴よのう。これでよく無事に生きてこれたものじゃ」
男「そこまで言いますか」
狐娘「して、その手に持っておるのは何じゃ?」
男「あぁそうなんです、今日は…」ガサガサ
男「何個か持ってきましたよ。ほら、昨日話してたやつです」
狐娘「菓子とやらか。ふむ」
狐娘「……」マジマジ
男(気に入ってくれるのがあるといいけど)
狐娘「で?」
男「?」
狐娘「どれがどれなんじゃ。言ってくれねば分からぬ」ソワソワ
男「あぁ、これがチョコレートで、こっちがガム、グミ…」
狐娘「ほぉ」
男「この袋に入ってるのは飴です」
狐娘「飴なら知っとるぞ。稀に買うてきてくれることがあった。軟い甘味のことであろう?」
狐娘「なんじゃ主よ、あれだけ妾の知るものは無いと豪語しおってからに。しかとあるではないか――」ガサッ
狐娘「…硬い」
男「軟らかいというと、もしかして水飴ですか?」
狐娘「水?これを溶かせば軟くなるのか?」
男「なりませんけど…今で言う飴はこんな風に色と味の付いた硬いやつが普通なんです。これを口の中で少しずつ溶かしながら食べていくんですよ」
狐娘「」クンクン
男「グレープ気になります?」
狐娘「…?」
男「ぶどうのことです」
狐娘「……」アム
狐娘「…うむ、悪くないの」
狐娘「しかしこの口内で転がすというのはどうにももどかしい…」
ガリッ
狐娘「っ!?…おぉ!主よ主よ、こいつは砕いた方が味がよう出てきおる!もしや食べ方が他にもあるのではないかの?なぁ知っておるなら勿体ぶらずに――」
男「……」
狐娘「な、なんじゃその目は」
男「いえ、ただ随分とはしゃぐ悪人さんだなーと。飴玉気に入ってくれました?」フフッ
スッ
男「んぐっ!?」
男(レモン味だ)
狐娘「笑うでないっ。主とて見知らぬ食物に浮かれることくらいあろう」
狐娘「そんなことより次じゃ次!ちょこれーとというのも硬いようじゃが飴の親戚か?」
男「あぁ!折れちゃう折れちゃいます!」
.........
狐娘「はぁー、甘いものばかりじゃったな」
男(ほとんど全部食べちゃった。結構色々買ったつもりだったけど)
男「甘くないものもありますよ。お煎餅とかスナック菓子とか」
狐娘「煎餅はよい。今度はそのすなっく?とやらもまとめて持ってきておくれ」
男「! はい。好きな味ってあります?さっきの飴みたいに色んな味があるんです。例えば――」
狐娘「主に任せる。妾の口に合うものをな。大義じゃぞ?」
男「っ、分かりました」ドキッ
狐娘「しかしようこのような食い物を考えつきよる。嫌いではないがの。身体に悪そうじゃ。今やこやつらが卓上に並ぶ時代か」
男「さすがにこれをご飯としては食べませんよ。おやつです」
狐娘「ほう。食への探求はいつの世も変わらぬな」
男「なんだかその言い方ちょっと」
男(お年寄りくさいですね、なんて言ったらはたかれそう)
狐娘「どうした?」
男「なんでもないです」
男(そういえば、この人はいつから生きてるんだろう。僕のスマホを見ても驚かなかったのにこういうお菓子だとか、もっと馴染みのありそうなものを意外と知らなかったりする)
男「やっぱり一個聞かせてください」
男「狐娘さんが生まれたのっていつ頃なんですか?ここには結構長い間居るって言ってましたよね、その前はどこに」
狐娘「………」
男「…あの?」
狐娘「のう、女に年齢を尋ねるということはそちらも相応の覚悟が出来ているということじゃな?」
男「え」
狐娘「そうかそうか菓子を持ってきたのもその為、と。だが対価としては足りぬな。そうじゃな……手と足ならどちらがよいかの?」
男「ちが…!?そんなつもりじゃ――」
狐娘「」ニヤニヤ
男「……あなたが言うと冗談に聞こえないんですって」
狐娘「だからじゃ」
男「意地の悪い…」
狐娘「ククッ、そう拗ねるでない」
狐娘「妾の出生か。そんなものを知ってどうする」
男「どうするも何も、単純に知りたいだけです…いけませんか?」
狐娘「そうじゃな。主はそういう奴じゃったな」
狐娘「…少なくとも、お主の親よりも長く生きとるよ」
男「!……」
狐娘「なんじゃ、今更その程度で驚くのか?」
男「いえ……じゃあ、70年くらい前になるのかな…」
狐娘「さての」
男(……もし……今も生きてたら、今年でいくつになるんだろう……)
狐娘「主、手を出せ」
男「……」
狐娘「物騒なことはせん。信用出来ぬか?」
男「………」
ソー
狐娘「……」スッ
...サァァ
男(なんだろう、あったかい)
男(ただ伸ばしただけの手を包み込んでくれるような)
狐娘「もうよいぞ」
男「今のは…?」
狐娘「今日の礼じゃ。主が心の底から願った時、それが叶うよう。一種の呪(まじな)いじゃ」
男「そ、そんなことが…ってもう騙されませんよ」
狐娘「信用出来ぬか」
男(……)
男「だったら」
男「…狐娘さんがもっともっと自分のことを教えてくれますように」
狐娘「……」
男「……」
狐娘「お主の執念深さには恐れ入る。感服すら覚えるわ」
男「効いてないみたいですよ。おまじない」
狐娘「阿呆が」フッ
ーーーーーーー
男「……」テクテク
男(狐娘さん、楽しそうに食べてくれてたな。今日買ってきて正解だった。次はどれにしようかな。スナック菓子といえば…)
男(…おこづかい使い切らない範囲にしとかないと)
男「……」
男(願いの叶うおまじない)
男(………)
男(……それが本当なら……例えば……)
男「………」
ガチャ
幼馴染「あ、男おかえり♪」
男「! ただいま。もしかしてずっと玄関で待ってたの?」
幼馴染「当然!いっつも1時間くらい前に帰ってくるでしょー?今日はちょっと遅かったね」
男「まあ、少し勉強に熱が入っちゃって」
幼馴染「優等生みたいなこと言い出しましたよこの子」フフッ
男(今日は今までで一番話の弾んだ日だったから、つい)
男「大丈夫、心配しないで。もう道に迷ったりなんかはしないからさ」
幼馴染「…うん」
幼馴染「そっか」ニコ
男「ご飯食べちゃおうよ。どうせ僕が帰ってくるまで食べないつもりだったんでしょ?そうそう、姉さんの好きなお菓子買ってきたんだよ」
ガシッ
男「? 姉さん?」
幼馴染「ねぇ、どこに行ってたの?」
男「…どこって、だから図書館に…」
幼馴染「違うよね。図書館行くのにわざわざ人工林に寄る必要があるんだ?」
男「っ、見てたの?」
幼馴染「うん。だって男、私に嘘ついてるんだもん。分かるんだよ?ずっと一緒に居るんだから」
男「………」
幼馴染「怒らないから正直に教えて。ね?」
男「それは……」
男(どうしよう、どうしよう。見られてたなんて。話しちゃいけない約束なのに)
男(隠し事なんてやめとけばよかったのかな。結局姉さんにも狐娘さんにもこんな…)
幼馴染「男」
男「ごめん、なさい」
幼馴染「ん、いいよ。何してたの?」
男(……"何してた"……姉さん、もしかして)
男「………狐がさ、居たんだよ」
男「怪我して動けないみたいだったから手当てしてたら、毎日見に行かないと心配になっちゃって、それで…」
幼馴染「………」
男「………」
幼馴染「見つけたのは迷子になったあの日?」
男「うん」
男(……っ)
幼馴染「…もう」
幼馴染「なんで言わないのよ。そのくらい」
男「あのとき言ったって、僕が人工林に行くのは反対してたでしょ?」
幼馴染「わけがあるならきちんと聞きます。一人で抱え込むのは禁止っていつも言ってるじゃない」
男(やっぱり。姉さんは僕が狐娘さんに会ってるのを直接見たわけじゃないんだ)
幼馴染「その子の怪我、酷いんだ。何日も動けないくらいなんだよね?」
男「ん…いや、そろそろ歩けるくらいには良くなってると思う」
男(全部が全部嘘ってわけでもないけど…)
男(ごめん、姉さん。秘密にするのはこのことだけだから)
幼馴染「妬けちゃうな~。私も男に献身的な看病されてみたい」
男「またそういうこと言う」
幼馴染「ね、明日は私も連れてってよ」
男「…分かった。怖がらせないでよ?」
幼馴染「失礼な!むしろ男より私の方に懐いちゃうかもよー?」
幼馴染「お菓子ありがと♪置いてくるから先リビングで待ってて!」
トットットッ
男(……ふぅ)
男(明日は会いに行けないな)
ーーー幼馴染の部屋ーーー
幼馴染「………」
幼馴染「………」
幼馴染「………」
幼馴染「………なんで………」
ーーー真夜中 神社ーーー
狐娘「ふむ、大きな月じゃ。ここまではっきり見えるのもまた珍しい」
狐娘「しかしちと見飽きたの」
狐娘「……ククッ、"飽きる"か。久しく忘れていた感覚じゃ」
狐娘「それもこれも全部あやつのせいじゃな。言葉を交わすだけでこうも毒されていくとは」
狐娘「………」
狐娘(分かっておる。良くない傾向じゃ)
狐娘(存在を知られた以上、いずれ折を見てここを発たねばなるまい。どれだけの聖人であろうと懇意になることなどない)
狐娘(…互いの為にもな)
カサ...
狐娘「?」
(飴の包み紙)
狐娘「…まぁ、今は」ヒロイアゲ
狐娘「もう少し楽しんでも罰は当たるまい。永い時間の、僅かな息抜きくらいなら」
ーーーーー
男「狐娘さんが生まれたのっていつ頃なんですか?」
ーーーーー
狐娘「…奇特な奴よ」
狐娘「お主が相手にしているのは人間ではないのじゃぞ、人間」
狐娘(仮に、全てを知ったとして)
狐娘(主も他の有象無象共と同じ目を妾に向けるのだろうか)
ーーーーー
「やめて…!来ないでください!どうかうちの子だけは…!」
「お狐様、どうぞ私どもにその御力を」
ーーーーー
狐娘「………」
狐娘「くだらぬ仮定じゃな」
今回はここまでです。
次は1~2日以内に投稿できると思います。
続きを投下していきます。
ーーー翌日 人工林ーーー
男「……」ザッザッ
幼馴染「へぇ~こんな道初めて通ったかも。小さい頃遊び尽くしたと思ってたんだけどね。知らない間に工事でもしてたのかな」ザッザッ
男「単に忘れてるだけとか」
幼馴染「それはない。男と一緒に遊んだ場所だもの」
幼馴染「でさ、あとどれくらいで着くの?お姉さん早く狐さんに会いたいんだけど♪」
男「もうそろそろ。この先の………あ」
幼馴染「ん?」
男「…いなくなってる」
幼馴染「ここにいたんだ」
男「うん。そう、この茂みの裏に…」
男(当然、いるわけない)
男(昨日一晩どうやって誤魔化すか考えた末に至った結論は、狐が逃げたことにする、だった)
男(最初から無いものを見せられるわけないし……もっとうまい言い訳が出来てればな…)
幼馴染「んーでもさ、何かがいた跡っていう跡も見当たらないね」
男「まあ、それは…ずっと同じ場所に座ってたわけでもないから」
幼馴染「男」
男「う、うん」
幼馴染「ちょっと探してみよっか。まだ近くにいるかもしれないよ?」
.........
幼馴染「どう?そっちは」
男「……」フルフル
幼馴染「そう」
男「…歩けるようになって、どこかに行っちゃったのかも…」
幼馴染「それか、誰かに連れて行かれた」
二人「……」
幼馴染「なんて、今どきこんなとこまで来る人もいないか。きっとお家に帰ったのよ」
幼馴染「帰巣本能…とはちょっと違うけど、誰だって自分の居場所は恋しいものじゃない」
男「そう、だよね」
幼馴染「だーからそんなに落ち込まないの!」ワシャワシャ
男「わっ…!」
幼馴染「ねね、せっかくだし少し探検してみようよ。疲れたらおんぶしてあげるからさ。ちっちゃいときみたいに」
男「姉さんのおちょくりにも段々慣れてきたよ」
幼馴染「からかってないのにー。おんぶなんて大人になってもしてる人いるいっぱいいるよ?」
男「それでも普通女の子がおぶられる方だよ」
幼馴染「お、なになに、今日は男がしてくれるんだ?」クスッ
男「…い、行くよ」ザッザッ
幼馴染「本当にしてくれるの!?期待しちゃうよ?あと呼び方!」タッタッ
男(居場所、か)
男(あの人の居場所……帰る場所は、ずっとこんな暗い森の奥だったのかな)
ーーー土曜日ーーー
狐娘「………」
狐娘「……」ミアゲ
狐娘「………」
狐娘「っー…」
狐娘(欠伸なぞ噛み殺してどうする。誰が見とるわけでもあるまいに)
狐娘「」スクッ
トットットッ
...キィィ
(晴天の境内)
狐娘(今日で5日じゃったか)
狐娘「……」
狐娘(あやつは姿を見せなくなった)
狐娘(今になってようやく恐れをなしたのか、菓子を貢ぐだけが使命だったのか分からぬが、奴が来る前から繰り返していたこの静かな時間が今やひどく懐かしい)
狐娘(いや、たかが5日程度に何を狼狽えておる。遥かに長い時間を過ごしてきたではないか。そも、奴がこのまま来なくなったとして、在るべき形に戻るだけじゃ)
狐娘「………」
狐娘(……思ったより重症じゃな)
狐娘「……」ジッ...
(生い茂る木々)
ーーーーーーー
男「……」(目をつむりしゃがみ込む)
━━━━━
男
家
之
墓
━━━━━
男(お父さん、お母さん、僕は元気です)
男(…いつもここに来るときは話してあげられるほどのことってないんだけどさ)
男(最近面白い人と会ったんだ)
男「………」
幼馴染・叔母「「……」」
叔母「…もう10年になるんだっけ?」
幼馴染「そうだね」
叔母「何度見ても慣れないわね。男くんのあの背中。いえね、慣れる慣れないとかいう話じゃないんでしょうけど、泣いてるように見えちゃって心配で…」
幼馴染「泣いてないよ。男も少しずつ立ち直ってきてるから」
叔母「せめて母親らしいことでもしてあげられたらね…」
幼馴染「大丈夫。男のことは私に任せて。叔母さんは今まで通り私たちを見守っててよ」ニコ
叔母「あんたは本当、男くんのこととなると真剣ね」フフッ
叔母「大学受かったら二人で出て行くつもりなんでしょ?」
幼馴染「いつまでも叔母さんに迷惑かけられないからね」
叔母「迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないわよ。それでその話は男くんにしたの?」
幼馴染「まだ。けど近いうちにするよ」
叔母「ん。早めになさい」
男「お待たせしました」
叔母「おかえり」
幼馴染「今日は少し長かったね。いっぱいお話ししたんだ?」
男「うん、ちょっとね」
幼馴染「……」
叔母「……」
男「そ、そんな顔しないでください。世間話ですよ世間話」
男「僕も来年は受験生だから、合格祈願の神様に頼んでおいて!…みたいな」
男(っ!)ドクン
ーーーーー
男父「」
男母「」
ーーーーー
男「ぁ……」フラ...
幼馴染「男っ!」
ギュッ
男「ぉ…かあさん……」
幼馴染「大丈夫!大丈夫だから!」
幼馴染「もう誰もいなくならないから」
男「うぅ……」ギュ...
幼馴染「……」ナデナデ
狐娘「………」
ーーー翌日曜日 駅前ーーー
ガヤガヤ
男「……」
幼馴染「ごめん男ー、待った?」タッタッタッ
男「全然……というか一緒の電車に乗ってきたよね。なんでこんな小芝居みたいな」
幼馴染「ちっちっちっ、分かってませんなー。待ち合わせもデートの醍醐味の一つじゃん♪」
男「好きだよね姉さん、そういうの」
幼馴染「……」ジト
男「? 姉さ――あ」
幼馴染「あーあ、いつになったら私はお姉ちゃんを卒業できるのかな~」
男「精進します…」
幼馴染「…んふ」
グイッ
男「!?」
幼馴染「腕組んで歩いてたら姉弟感覚は抜けるよね」
男「そ、それはそうかもしれないけど、これ――」
幼馴染「じゃ、行こっか!久々に二人で遊びに行けるんだもん、1分1秒余すことなく楽しむよー!」
.........
幼馴染「ほらここ!この前言ってた屋台!」
男「本当だ、よくこんな目立たないとこ見つけたね」
幼馴染「男が喜びそうなものを見逃す私じゃありませんから。もっと褒めていいのよ」フフン
男「懐かしいなぁ……こっちも……」
幼馴染(♪)
幼馴染「おじさん、これください」
「あいよ。600円ね」
スッ
幼馴染「はい、プレゼント。この味好きだったでしょ。一緒に食べよ?」
男「え、だったら僕も」
幼馴染「割り勘とかつまんないことは無し!」
男「……ありがと」
幼馴染「どういたしまして」ニコ
.........
男「んーと、こうっ」シュッ
スカッ
男「……」
幼馴染「どんまいどんまい次行ってみよー!あと一回外せば10連続空振り記録だよ!」
男「それ全然応援してないよね!?」
幼馴染「えー?心外だなー。当てても外してもめでたいなんてお得じゃない」ニマニマ
男「ぐ……ダーツなんか初めてやるんだからしょうがないじゃんか。難しいってよく聞くし…」
幼馴染「男って意外と意地っ張りなとこあるよね。かーわいい♪」
男「~~!」
男「そこまで言うなら幼も投げてみて。どんなもんかやってみないと分かんないからっ」
幼馴染「いいよ?代打、幼選手!」
幼馴染「ま、確かに私も初めてだけどさ。こういうのって案外…」
シュッ
――ストンッ
幼馴染「……」フリムキ
幼馴染「ふっ」ドヤッ
男「」グヌヌ
.........
スクリーン『だから、つまりね、わたしがこれからそうしていくのは。辛くてもそうしようって思えるのは……今のあなたに会いたいからなんだよ』
男「……」グスッ...
幼馴染「……」
.........
ーーーカフェーーー
幼馴染「あれ、男は飲み物だけ?」コトッ
男「あんまりお腹空いてなくて」
幼馴染「そりゃあんなに泣いたら涙でお腹も膨れちゃうか」
男「…そこまで大泣きしてはないよ」
幼馴染「鼻、まだ赤いよ」クスッ
男「み、見ないで…」
幼馴染「ふふっ」
男(感動系の映画とか、涙もろいのは否定できないからこうなるのは目に見えてたんだけど…)
男(来てよかった)
男(昨日のお墓参り、姉さんにまた助けてもらったときは正直気が滅入ってた。僕はまだまだ弱いままだ)
男(それでも姉さんはいつも通り接してくれる。それがとてもありがたい)
幼馴染「ね、男はどのシーンが一番印象的だった?」
男「中盤辺りからはもう全部だけど、強いて挙げるなら主人公が初めて駅でヒロインの子に声かけるとこかな」
幼馴染「最初の?」
男「うん。そのときのヒロインの子の表情とか仕草がさ。全部見終わった後考えてると、どんな気持ちであの場に立ってたんだろう…って」
幼馴染「立ってたというより、待ってたんだよね」
男「! そう、それ」
男「幼は?」
幼馴染「私はね――」
男(姉さんとは数え切れないほど遊んできた。他の子と遊んだ覚えがないくらいにはずっと一緒だった気がする。いつもいつもこうして楽しませてくれて、僕もそれに甘えているだけだったけど、昨日の失態で思った)
男(これ以上心配かけないよう、踏み出さないと)
男(僕もこんな風に誰かを元気付けてあげられるような人になれるかな)
幼馴染「そこにいたのが私だったら――」
男「幼が泣いてる姿なんて想像も――」
男(……もし、こうやって狐娘さんと遊ぶことができたらどんな感じなんだろう)
男(初めて見るものばかりで目を輝かせてくれる?それか、この前の影響で食べ物にだけ反応するようになってたりして)
男(あながちないとも言い切れない)
男(………)
男(最近全然神社に行けてないな…)
男(狐娘さん、普段は何して過ごしてるんだろう)
幼馴染「男ー聞いてるー?」
男「あ、ごめん。なんだっけ」
幼馴染「……」
幼馴染「そんなに狐さんが気になる?」
男「っ」ドキッ
幼馴染「なーにその反応」クスッ
幼馴染「あのね、そんなにしょっちゅうボーッとしてたら誰だって気付くよ」
男「…ちょっと心配かも」
幼馴染「ちょっと?」
男「……結構心配」
幼馴染「うんうん」
幼馴染「考えたんだけどさ、男はその狐さんと何度も会ってるんだよね?この間見つけられなかったのは、男以外の人には慣れてないからなんじゃないかな」
男「僕以外に?」
幼馴染「そう。要するに人見知り」
幼馴染「だから今度は一人で探してみたらどう?」
男「!」
幼馴染「ただし!私が電話をかけたら必ず出ること。それくらいの安否確認はするからね」
男「うん、もちろん…!」
男「頑張って探してみる。ありがとう幼!」
幼馴染「ふふっ、はしゃいじゃって。ちゃんと勉強もしなさいよ?テストの平均点勝負、忘れたわけじゃないわよね?」
男「分かってるって。3週間後でしょ、それだけあれば十分巻き返せるから」
幼馴染「…ほんと、明るく笑うんだね…」
男「? 何か言った?」
幼馴染「ううん、なんでもない」ニコ
ーーー翌日ーーー
タッタッタッ
男「はっ、はっ」タッタッ
男(ここは右で)
タッタッタッ
男(こっちは左)
タッタッタッ
男(見えてきた!)
(鳥居の無い神社)
男「はぁ、はぁ…」
男(久しぶりにこんなに走った気がする。今だけは陸上部の体力が羨ましいよ)
男「は、は……ふぅ」
男(相変わらず人の気配がしない場所だな。もうすっかり見慣れた風景になったからか、ちょっとした安心感さえある)
男(狐娘さんは、中かな)
ザッザッ
男「……」
男(階段…)
男(今までここに座ることはあっても、登って建物に近づいたことはなかったっけ)
男「」トットットッ
(神社の正面格子戸)
男(…中は見えない)
男(ノックでもすればいい…?)
男「……」スッ
――ガラッ
男「あ」
狐娘「!」
男「…ご無沙汰してます」
狐娘「お主…」
男「あの、突然来なくなってすみませんでした。ちょっとした事情があって…」
男「でもこれからは定期的に来られると思います。以前のように毎日とまではいかないでしょうけど、週に2、3回くらいなら!またお菓子でも――」
狐娘「何をしに来た?」
男「なにって、いつもみたいにお話を…今日は手ぶらで出てきちゃいましたけど」ハハ...
狐娘「なんじゃ、続けるつもりじゃったのか。てっきり最後の挨拶にでも来たのかと思ったが」
男「そんなわけないじゃないですかっ」
二人「……」
男(…?)
狐娘「主に訊きたいことがある」
男「は、はい」
狐娘「何故妾と関わろうとする」
男「それは…」
狐娘「話が聞きたいから、じゃったな。ならば妾のことを知ればお主は満足するのか?」
男「……どうしたんですか?なんか今日、変ですよ」
狐娘「何を言う、おかしいのは主の方じゃろう」
狐娘「もうここへは来ない方がいい」
男「え…」
狐娘「改めてな、考えてみたんじゃ」
狐娘「お主と妾では住む世界が違う。ともすればお主の身に危険が及ぶこともあり得る。妾が危害を加えるということではないぞ?火の粉が降りかかるやもしれぬと言っておるのだ」
狐娘「それに、お主にはお主の居場所があろう」
男「………」
狐娘「そういうことじゃ。短い間だったが世話になったの」
男「……分からないです」
男「なんで、今になってそんなこと言うんですか。火の粉ってなんですか。今みたいに時々会いに来るだけでも危ないんですか?」
男「嫌ですよ、これっきりなんて…」
狐娘「ほんに聞き分けのない人間じゃな。いつまでこんな異形に付きまとう気じゃ?それがおかしいと言うとるんじゃぞ」
男「おかしくてもいいです!」
男「大体ずるいじゃないですか、僕が危ないから離れろだなんてこっちの都合に一任して。嫌になったのならはっきりそう言ってください!」
男「僕は…あなたに会えるなら多少危険な目に遭ったって構いませんから…!」
狐娘「ほう。なら妾の為に死ねるか?」
男「死っ…」
狐娘「得体の知れぬものと関わりを持つという行為はすなわちそういうことじゃ。妾と居て何が起きるかなど妾自身にも分からぬ。命を落とさぬ保証など出来はせんのじゃ」
狐娘「その覚悟が、お主にはあるのじゃな?」
男(……死ぬって……そんなこと……)
狐娘「ほれみぃ。虚勢も大概にすることじゃ」
男「………」
狐娘「主の相手をすると疲れる」
狐娘「ではの」
男「ま、待って…!」クッ(腕を掴む)
狐娘「っ、くどいぞ!」バッ
男「わ…」ヨロ...
狐娘「」ハッ
男(え、落ち――)
ドサッ
男(……痛くない)
狐娘「く…」
男「! だ、大丈夫ですか!?」
男(狐娘さんが下敷きになってくれたんだ)
狐娘「…すまぬな。突き落とすつもりなどなかった」タラ...
男「頭、血が出てる…!手当てしないと。包帯…は無いしティッシュじゃあ…」
ミュル
ニュルニュル
スゥ...
男(!? 傷口が塞がった…!)
狐娘「主よ、そろそろどいてくれぬか」
男「は、はい」
狐娘「派手に汚れたの」パッパッ
男「……えっと」
狐娘「見たじゃろう」
狐娘「妾は老いることも死ぬこともないケモノじゃ」
狐娘「血が赤いことだけは主と同じじゃな」
男「………」ボーゼン
狐娘「フッ、良い面じゃの」
狐娘「この際じゃ。その執念に免じて…聞かせてやろう」
狐娘「中へ入るがよい」
.........
ーーー神社 本殿内ーーー
狐娘「ここに他者を招き入れるのは初めてでな、もてなしなぞ出来ぬが、まぁ適当に座ってくれ」
男(…中は普通の神社だ。いや、神社なんてそうそう入ったことないんだけど特別目立ったものもないし。とはいっても、これはあまりに…)
男「何もない…」
狐娘「ただの寝床じゃからな。物は必要ない」
狐娘「さて」
男「……」
狐娘「…そう身構えるな。ただの昔話じゃ」
狐娘「お主、妾の歳を尋ねたろう?生憎、それだけは教えられん」
狐娘「何しろ覚えていないからの」ククッ
男「覚えてない……忘れちゃうくらい前から生きてるから、ですか?」
狐娘「察しが良いの。まだ人間が歌詠みに興じていた時代じゃよ」
狐娘「ざっと千年ほど遡るかの」
狐娘「かつて世界には、人間以外の種族も広く存在しておった。人ならざる容姿、力を持つ者、あるいは妾のように人に近い姿をしている者。今日妖怪や伝承といった形で語り継がれているのはその一部じゃ」
狐娘「妾の一族とて幾つもの集落を抱え、静かに暮らしていた。ささやかながら異種族同士の交流もあった。無論、人間ともな」
狐娘「しかしいつの頃からか、人間は人間以外の種を"ケモノ"と呼び、迫害するようになっていった。当然彼らも抵抗したが、人間はその驚異的な数と繁殖力で次々と異種族を根絶やしにしていき…遂に妾達も根絶の危機に追い込まれた」
狐娘「そこで、女王の儀を執り行うことにしたのじゃ」
男「女王…?」
狐娘「あぁ」
狐娘「分からぬか?」
男「え?」
狐娘「女王の儀とは文字通り女王を創りあげる儀式じゃよ。女王蜂は知っておるな?それと同じじゃ」
男「……! そ、それって」
狐娘「若い雌を不変の肉体に変え、子を産み続ける個体として据え置く。朽ちることのない苗床と言うたところか」
男(なんだよ、それ。子供を産むだけの機械にするってこと……そんなものを、狐娘さんが)
狐娘「勘違いするでないぞ。女王となるのはこの上ない名誉なのじゃ。姿形だけでない、主ら人間とは思想も価値観も異なる」
男「それでも、僕は間違ってると思います。そんな一人の意思を潰すような真似…」
狐娘「…主ならそう言うじゃろうな」
狐娘「言うまでもなかろうが、母体には妾が選ばれた。当時、最も容姿の整った個体を選出したらしい。…とはいえ、妾はまだ生まれて十年かそこらじゃったがな」ククッ
狐娘「儀が無事に終わり、皆が安堵しきった日の夜じゃった」
狐娘「人間が襲ってきた。どうやら儀を終え、女王となる個体が出来上がるのを待っていたらしい」
狐娘「我らがいくら人智を超えた力を有するとはいえ、戦ごとに長けているわけではない。村には火が放たれ、同胞は次々と殺されていった」
狐娘「奴らの目的は妾のみ。他はどうなっても構わぬ、と叫んでおったな」
狐娘「だが皮肉にも、妾を救ってくれたのも人間じゃった。最早声も思い出せぬが、一人の若者に手を引かれたのを覚えておる。奴が居なければ妾は今でも人類の良き研究材料になっていたかもな」
狐娘「…それからは一人で生きてきた。身体は生殖に適した大きさで成長が止まり、役目を失った女王が一匹完成したわけじゃ」
狐娘「ところがどこから噂を嗅ぎつけたのやら、妾の元へ来る人間が絶えなくての。不老不死にあやかろうとする者、呪(まじな)いの力をあてにする者……そして、そういった輩に贄として差し出される幼子等々」
狐娘「きりがないのでな、こうして人除けの呪いで以って、静かに暮らしておった」
狐娘「…これでつまらん身の上話はしまいじゃ」
男「………」
狐娘「………」
男(……)
男「ごめんなさい」
狐娘「何故謝る」
男「あなたがそうなってしまったのも、何年も辛い生活を続けてきたのも、全部人が原因なんですよね」
男「だから同じ人として、ごめんなさい」
狐娘「お主が謝るでない。全ての人間が残忍なわけではないことは知っておる」
男「……人を、恨んでいますか」
狐娘「いや」
狐娘「奴らの所業を許すことはないが、恨みはせぬ。…そう、約束したからの」
男(約束…)
狐娘「死なぬと分かっているとな、どこまでも退屈な時間しか流れないものじゃ。妾の1年の価値は、主の1分にも劣る。こんなものを夢見る人間が数多おるのじゃから、無知というのは恐ろしいの」
男「……」
狐娘「もうよいじゃろう」
狐娘「妾にかまけるのはやめておけ。妾に群がる狂信者がいなくなったとも思えぬ。連中の餌食にされるやもな」
狐娘「妾はじきにここを離れる。あまり一所に留まるのも良くないからの」
狐娘「……お主に付き合ったのは、ほんの気まぐれじゃ」
男「………」
男(そっか)
男(この人の居場所なんてずっと無かったんだ)
男(ずっと追われて、逃げて、奪われて……僕たちの一生よりも遥かに長い時間その繰り返し…)
男(どれだけの孤独と不安の中過ごしてきたんだろう。きっと僕なんかじゃ分かってあげることは出来ない。でもそれは狐娘さんが人じゃないからじゃなくて、人同士でもお互いの気持ちなんて推し測ることしか出来ないのとおんなじ)
男「……だったら」
男「あの日僕にかけてくれたおまじないも、気まぐれですか」
狐娘「…そうじゃな」
男(じゃあなんでそんな顔してるんですか)
男(こんなとき姉さんならなんて言うのかな)
男(自分のこともいっぱいいっぱいの僕じゃこの人の支えになるなんて難しいだろうけど……せめて、僕がこの人の居場所を見つけてあげたい)
狐娘「……」
男「…分かりました」
狐娘「そうか」
男「僕も手伝います」
狐娘「……は?」
男「引っ越すんですよね?場所探しとか、いつになるか分からないけどもっと僕が大きくなったら生活のお手伝いもさせてください」
男「いや、します!」
狐娘「…お主という奴は…」
男「死ぬのは勿論嫌です。でも、また狐娘さんが一人になるくらいなら…僕の時間をいくらでもあげます」
狐娘「自分が何を言うとるか分かっておるのか…?」
狐娘「死にたくはないが妾に尽くすと?矛盾もいいところじゃ。頭が痛うなってきた…」
狐娘「なるほど分かったぞ、お主のような人間をマゾヒストと呼ぶのか」
男「何を言われても引き下がりませんよ」
狐娘「大人しく言うことを聞いたことなどほとんどないじゃろうが」
狐娘「何を考えとるのかいまいち掴みどころのない奴じゃと思っていたが、何も考えていないだけじゃったとはの」
男「……」
狐娘「数えきれぬほどの人間を見てきたがここまでの阿呆は初めてじゃ。あぁだが、その方が生きてて楽しいのじゃろうな。羨ましいわ」
男「………」
狐娘「おめでとう、主は妾の理解を超えた初めての人間となったぞ」
男「……さっきからマゾだのアホだの……」
男「好き勝手言ってくれてますけど、そっちこそ子供みたいに僕が持ってきたお菓子パクパク食べてたじゃないですか。あんなにはしゃいでたくせに」
狐娘「話題をすげ替えるでない。そも、妾は人の世で生きる最低限の知識は持っておる」
男「…その古臭い喋り方も?」ボソッ
狐娘「あ?」
男「なんでしょう」
狐娘「…おいお主、なんじゃ、今日はやたら生意気じゃな」
男「もうあなたに遠慮する必要はないと分かったので」
狐娘「何がどうしたら、その結論になる」
男「だって狐娘さんて自分を隠してますよね?さっき思いました。クールに見えて意外に子供みたいな一面とか、強がりな部分とか。こうしていれば狐娘さんにも気兼ねなく自分を出して――」
狐娘「フゥ…知らなんだ。意味が分からぬのも、度を越すと苛立ちに変わっていくのじゃな」ゴゴゴ
男「あれ…ち、ちょっと、力に頼るのは良くないですよ…!」
ブワァ!
.........
男「」グッタリ
狐娘「はぁ…はぁ…」
(ぐちゃぐちゃになった室内)
狐娘「…妾としたことが、何をしておるんじゃ」
男「すみません、僕も調子に乗り過ぎました…」イタタ
狐娘「本当にな。主は妾を怒らせたかったのか?」
男「そんなつもりはなかったんですけど、先にけしかけてきたのは狐娘さんでしたよね」
狐娘「お主の突拍子のなさに呆れかえっていただけじゃ」
男「…ああでもしないと、すぐに追い返しそうだったじゃないですか」
狐娘「その通りじゃが?」
男「でも本当にその気なら有無を言わさず、それこそ話を聞かせるまでもなく追い払うことだってできたはずです」
男「そうしなかったのは……」
男(きっと心のどこかでは孤独を嫌ってる。ひとりでいた時間が長過ぎて麻痺してるだけで)
狐娘「……………」
狐娘「…ク、ククッ……アッハハ」
狐娘「よもや、主のような人間に諭される時がこようとは」
狐娘「あぁ、認めよう」
狐娘「主と居る時間は楽しかった」
男「…!」
狐娘「そこに後ろ髪を引かれたのじゃろうな」
狐娘「確かに、あれほど分かりやすく振る舞っておきながら気まぐれで済まそうというのは通じぬよな。強がりと言われても無理はあるまい」クククッ
狐娘「で?妾の手伝い、じゃったか」
狐娘「よいぞ」
男「本当ですか!!」
狐娘「というより、最早お主のすることには何も言わん」
狐娘「あそこまでの大見得を切ったのじゃ、主がどうなろうと妾は知らぬからな」
男「はい!それでいいです!やった…よかった…!」
狐娘(何がそんなに嬉しいのやら。相変わらず理解は出来ん)
狐娘(だが……ここを発つのはひとりと決めておる)
狐娘(…感謝する、お人好しの変わり者よ)
~~♪
男「!」
男(電話……姉さんから。あ、これが安否確認の電話かな)
男「もしもし、姉さん?」
幼馴染『や。ねぇ平気?迷子になってない?』
男「まだそのこと気にしてる。大丈夫、もしかしたらもう姉さんよりここの道に詳しいかもよ」
幼馴染『頼もしいこと言ってくれんじゃん』
幼馴染『それで、狐さんは見つかった?』
男「……」チラ
狐娘「?」
男「ううん、見つからなかったよ」
ーーー人工林ーーー
幼馴染「そう。…うん。ふふ、私が慰めてあげようか」
幼馴染「分かった。じゃあまた明日も?」
幼馴染「ん、ちゃんと真っ直ぐ帰ってくるのよ。30分過ぎたら抱き枕にするから♪」
(電話を切る)
幼馴染「………」
幼馴染(見つからなかった)
幼馴染(ならなんでそんなに嬉しそうに言ったの?)
幼馴染「………」
(スマホに映る地図画面。人工林の中央には青いピン。重なるように赤いピン)
幼馴染「おかしいなぁ、同じ場所に立ってるよね」
幼馴染(電波は届く。でもどこにも見当たらない)
幼馴染「使えないアプリね」
幼馴染(…似ている。あのときも、男の後ろ姿をずっと見ていたのに、最後の最後で見失った)
幼馴染(まるで私を拒絶してるみたい)
幼馴染「…………嫌だなぁ…………」
幼馴染(ねぇ男、今どこで何をしてるの?)
幼馴染(私、あんまり我慢できないかも)
「おい」
幼馴染「!」バッ
装束女「これが例の?」
装束男「少し待て。外見だけでは判断出来ない」
幼馴染「…どちら様ですか?」
幼馴染(変な格好)
装束男「………違うな」
装束女「なーんだ。なぁ、本当にこんなじめっちい森なのかい?」
装束男「可能性が一番高いのがここというだけだ。さっさと次に行くぞ」
幼馴染(…!)
幼馴染「ねぇ、ちょっと!」
装束女「あーもううっさいね。あら、あなた案外あたし好み…」
装束男「構うな、時間の無駄だ」
幼馴染「お兄さんたち何してるの?」
装束女「知りたぁい?クスス、じゃあまずそのかわいいおめめを」
装束男「おいっ!」
装束女「あいあい。お前はほんとつまらん男だねぇ」
幼馴染「この人工林に何かあるんですか?」
幼馴染「…狐が隠れてる、とか」
二人「!」
幼馴染「私、力になれるかもしれません」
ーーー夜 自室ーーー
男「……」スッ、スッ
男「……」ジー
男「…んー…どういうのがいいんだろ…」
男(誰にも見つからないような場所…って言っても今みたいな奥深いところじゃなくてもっと手軽に行き来できるような)
男(そんな理由じゃ反対されそう。…人に化けられるならいっそ町で暮らすのもありなんじゃないかな…)
男(なんにしても調べるだけじゃ限界みたいだ。実際に足を運んで見に行くのが一番いいのかな)
男(狐娘さんと外出……)
男「してみたいな……!?」ギョッ
白猫「」ジッ...
男(何か窓の外にいる…暗くてよく見えないけど、猫…?)
男「」ゴシゴシ
男「あれ…え…?」
(真っ暗な窓の外)
男(……気のせい?目に入ったゴミとか)
男(よく考えたらそもそも僕の部屋二階だ。幽霊でもない限りありえないか)
男(今更幽霊が出たところで驚かない自信はあるけどね。誰かさんのおかげで)
男「そういう意味じゃ強くなってると言えなくもないなぁ」ハハ
今回はここまでとなります。
関係ないですが>>36みたいな安価先ミスをよくやっちゃうんですよね。恥ずかしい
続きを投下していきます。
ーーー教室ーーー
数学教師「んじゃ、テスト返していくから、名前呼ばれたら取りにこい」
数学教師「同級生A」
同級生A「うーい」
男「……」
男(あれから半月ほど経って、今日はテスト返却最終日)
男(神社へは行方不明の狐を探しに行くって名目で3日に一回くらいの頻度で足を運んでる。最近は狐娘さんの物言いも段々明け透けになってきて、それを少し嬉しいと思ってる自分がいる)
男(姉さんとのテスト勝負も忘れてはいないよ。一応合間合間にちゃんと勉強してたんだから。あとはこの苦手な数学さえ乗り切れていれば…)
数学教師「男」
男「はい…!」
(テストを受け取る)
男「……!」
男(よしっ)
ーーー放課後ーーー
教師「テスト終わったからって浮かれるなよ。各教科テスト直しが宿題で出てるだろうからきっちりやっておくように」
教師「以上だ。はい解散解散」
ガヤガヤ
「ねー久々にカラオケ行かなーい?」
「いいね!あ、じゃああいつも誘おう!」
男(僕も姉さんのとこに行くか)
同級生A「おーい男」
男「な、なに」
同級生A「いや…ほれ、幼先輩が来てんぞ」
男「え?」
幼馴染「やっ♪」
ーーーーーーー
男「幼が迎えに来てくれるの珍しいね」
幼馴染「ふふーん、テスト返された男が逃げ出さないようにね~」
男「逃げるわけないじゃん。僕だって幼の教室まで行こうとしてたところだったよ」
幼馴染「なーんか妙に自信あり気じゃない」
男「まぁね」
男「今回のテスト、過去最高に良かったからね」
幼馴染「…へぇ」
幼馴染「じゃ、点数開示といきましょうか♪対象は全科目の平均点。では男選手からどうぞ!」
男「聞いて腰抜かさないでよ」
男「84.5」
幼馴染「!!」
男(今までの僕なら大体が65点前後、良いときで精々70点とかそんなもんだった。もしかしたら今の僕は人生で一番頭がいいときなのかも)
男(…それか、狐娘さんにそういうご利益でもあったりして)クスッ
幼馴染「ま、まさかあの男が…」
男「さ、次は幼の番だよ」
幼馴染「く…」ゴソゴソ
男「ん?何を」
幼馴染「……」ズイッ
男「これは、素点表?なに、自分で確認しろって?」
幼馴染「……」
男「なんだよ、負けたのが悔しいからってこんな回りくどいことしなくても」
『全教科平均:92.1』
男「な…!?」
幼馴染「」ニヤニヤ
幼馴染「くふふっ…あーかわいー」
幼馴染「84.5か~確かに男にしてはすごい頑張ったわね。でもさ男、私の普段の成績知ってるでしょ?」
幼馴染「ノリノリで天狗になってる男、撮っとけばよかったなぁ♪」
男(…姉さんが頭いいことは知ってたけど…こ、こんなに大差で負けるなんて…)
幼馴染「さーて。約束、覚えてるよね?」
男「……覚えてるよ。言うこと聞けばいいんでしょ」
幼馴染「関心関心♪あぁ、このときをどれほど待ち焦がれていたことか…」
男(な、なにを言われるんだろう。この前数えきれないくらい僕にやらせたいことあるとか言ってた気がするし、変なことだったらどうしよう)
幼馴染「男」
男「う、うん」
幼馴染「私が大学に受かったらさ、一緒に二人で暮らそ」
男「………?」
幼馴染「なーにポカンとしてるの。戻っておいでー」ポンポン
男「! 二人でって、叔母さんは…?」
幼馴染「鈍いなぁもう。今の家を出て私たちだけで暮らすの」
幼馴染「私たちずっと叔母さんのお世話になってきたじゃない?私もやっと未成年じゃなくなるから一人で色んなことが出来るようになる」
幼馴染「それでひとり暮らし。これからは自分の力だけで生きていこうと思って」
男「…すごいね、幼は。ひとり暮らしなんて考えたこともなかったよ」
幼馴染「んふふ。学校のことなら心配しないでね、高校にも無理なく通える範囲内で探してるところだからさ」
幼馴染「ね、私についてきてくれる?」
男「そりゃあもちろん――」
男(いや、待って)
男(姉さんと二人で住むようになったら、狐娘さんとはますます会えなくなっちゃわないか…?ただでさえ狐探しの言い訳がいつまできくか分からないのに、まだ狐娘さんの引っ越し先も決まってないんだ)
男(…簡単にOKしたら…)
幼馴染「――男」
男「っ!」
幼馴染「返事は?」
男「え、と…」
幼馴染「……そんなに悩むことかなぁ」
幼馴染「ねぇ、何の心配をしたの、男」
男「幼…?」
幼馴染「私ね、男のことならなんでも分かると思ってた。だって男と一番一緒にいたのは私だもん」
幼馴染「でも今、男が何を考えたのか分かんない」
幼馴染「ねぇ」
幼馴染「教えてよ」
男「……ぁ……」
男(声が、出せない……)
男(……なに、今の幼、なんか変……)
幼馴染「――なんてね」
幼馴染「どうしたのー?ちょこっと脅かしてみただけなのにそんなに怖かった?」クスッ
幼馴染「とにかく、私たちの二人暮らしはもう決定事項なの!」
幼馴染「男を幸せにできるのは私だけなんだから」
幼馴染「ね」ニコ
男「………」
幼馴染「ほら、今日は探しに行く日なんでしょ?」
男「あ、うん…」
男「じ、じゃあその…行ってくる」
幼馴染「行ってらっしゃい」
男「……」チラリ
幼馴染「♪」テフリフリ
ーーーーーーー
男「」ザッザッ
装束男「……」ススッ
装束男「おい、まだ見えるか?」
装束女『ああバッチリ。間抜け面して歩いてら』
装束男「一言余計だ。気付かれる」
幼馴染「……」
男「」ザッ、ザッ
装束男「……」サッ
幼馴染「……」
……フッ
装束男「………」
装束男「そっちはどうだ」
装束女『ダメだね。周りにゃなんもないし、落とし穴だってない』
装束男「…なるほど、どの方角から見ていようが結果は同じか」
サッ、ササッ
装束女「なぁに?そんじゃやっぱお前も見失ったか」スタッ
装束男「あぁ。どうやらここに境界があるらしい」
幼馴染「…何が分かったんですか」
装束男「恐らく何らかの呪(まじな)いがかかっている」
装束女「呪いってのはねお嬢ちゃん、あたしらが探してる子の使う、まぁ魔法みたいなもんね」
装束女「いいよねぇ魔法。んなことができたら欲しいものなんでも手に入れちまうよ……ねぇ?」
幼馴染「触らないで」
装束女「もぉ冷たいなあ」
装束男「方向を狂わすか、あるいはそこに辿り着けないよう意識へ干渉するか、そんなところだろう」
幼馴染「それじゃあなんで男は平気なの」
装束男「……さてな」
装束女「お前でも知らないことってあるんだ。あの子の筋金入りのストーカーの癖に」
幼馴染「………」
装束女「なぁ理由なんて分かんなくてもさ、とりあえずあいつの腕でも掴みながら歩けば中まで行けんじゃないの?もうメンドイし、手っ取り早く"お話"して案内でもさせよーよ」
幼馴染「ダメ。男には手出ししないって条件よね?」
装束女「…んふ。分かるよぉお嬢ちゃん。見つかりたくないんだろ?愛しの彼に♪」
装束女「心配しぃだねぇ。"お話"はあたしらだけでやってくるから怖がんなくていいんだよ?」
幼馴染「触るな」ギロ
装束女「おーこわ♪」
装束女「おーこわ♪」
装束男「あの男には接触しない方がいい」
装束女「お?まさかビビってる?」
装束男「お前は少し黙れ。あいつに案内させたとして、呪いを破れる保証がどこにある。下手を打てば俺達が不信感を買って終わりだ」
装束男「唯一の足掛かりを無駄には出来ない」
装束女「ほーん。なんだい優等生ぶりやがって。ほんっとつまらんやつ」
装束男「お前が考え無しなだけだ」
装束男「おい、野営の準備だ」
装束女「げっ、ここに泊まんの!?」
装束男「そうだ。奴の居場所がほぼ割れた今他所に行く必要はないからな」
装束女「はぁー…」
ガサガサ
装束男「番初めはお前がやれ。俺は少し寝る」
装束女「あいあい。どーせ体力だけが取り柄ですよー」
装束女「あ、だったらアレちょうだいよ。寝てる奴が持っててもしょうがないっしょ」
装束男「…無駄にするなよ」スッ
(筒状の物体)
装束女「きしし」
幼馴染「……」
装束女「ねね、これがなんだか当ててみてよ」
装束女「3、2、1」
装束女「はい時間切れぇ」クスクス
幼馴染「………」
装束女「こいつはね、吹き矢だよ。あ!今古臭いって思ったっしょ~。これが意外と侮れないんよ?弓矢より嵩張らないしコンパクトで仕込みも楽々」
装束女「チャームポイントは先っぽに塗ったお薬ね。これがまた面白いの!対人外用だから人に刺した時のリアクションたるや最っ高でさぁ」
装束女「こうやって素早く構えてお嬢ちゃんのかわいいお顔に~」
装束女「――ズキュン」
幼馴染「………」
装束女「……あっは」
装束女「やっぱあたし、あんた好きだわ…♪」
装束男「遊び過ぎだぞ」
装束女「だって久しぶりなんだもん、こんな楽しー子」
装束女「ねーぇ、どうせならあたしらについてこない?今なら大サービスしちゃう」
幼馴染「…もう帰ります」
装束女「あー!せめてもちっとだけお話しよーよ!つまんないんだよぉ」
幼馴染「時間がもったいないので」
ザッザッ
幼馴染「……」
幼馴染「男に何かしたら、許さないから」
ザッザッザッ...
装束女「あーあ、行っちゃった。お前も引き止めろよー使えないなぁ」
装束男「あれとは利害の一致でいるだけだろう。あまりちょっかいかけるな手間が増える」
装束女「はいはい!あたしあの子の物真似できるよ!」
装束女「"邪魔を消して欲しいの"」
装束女「どぉ?似てた??」
装束男「…あれもお前に劣らずトんでいるな」
装束女「はぁ…♪女は執着してこそ輝く生き物だよねぇ」
装束男「繰り返すが、狐は壊すなよ」
装束女「またそれ?さすがにそろそろ鬱陶しいんですけど」
装束男「自分の胸に聞け。今まで何人殺したと思っている」
装束女「いいじゃん。本当にアタリなら死なないんでしょそいつ?」
装束女「それって、最高だわぁ…」
装束男「お前の玩具にするために捕らえるのではないぞ」
装束女「分かってるっつの。でも」
装束女「味見くらいさせてよ」ニィ
ーーーーーーー
男「……」ザッザッ
男「……」ザッザッ
男(さっきの姉さんの、あれは何だったんだろう。脅かしてみたって言ってたけど…あんな姉さん初めてだった…)
男(二人暮らし、か)
男(多分ちょっと前までの僕なら迷わずあの場で返事できていたんだと思う。そうしなかったのは)
ーーーーー
狐娘「主と居る時間は楽しかった」
ーーーーー
男(…思い返せば初めて会ったときからずっと僕はあの人のことばかり考えてる。何を話せば狐娘さんが食いついてくれるか、何を持っていけばまた笑った顔を見せてくれるか)
男(誰かのことを考える生活って、こんなに大変で――こんなに充実するものなんだ)
男(姉さんにとってその相手が僕で、だから同じように二人の居場所を……)
トスッ
男「! あ…狐娘さん…」
狐娘「ぶつかったのが妾で良かったの」
男(本当だ、いつの間に境内まで来てたんだ)
男「ごめんなさい、ちょっとボーッとしてて」
狐娘「…ついて来い」
男「え、ど、どこに…!」
.........
男「ここって…」
男(神社の裏の池……この人を初めて見つけた場所…)
狐娘「どこを見ておる。こっちじゃ」
ザッザッザッ...
(一本の低木)
狐娘「ほほう、また少し背を伸ばしたか?」
男「……?」
狐娘「どうじゃ、可愛い姿をしておろう」
男「えー、と」
男(この小さな木のことだよね…?僕にこれを見せるためにわざわざ連れてきたのかな。こんな木ばっかりの場所で…)
男(いや、これくらいの木って人工林の中にあったっけ?)
狐娘「これでも植えた頃に比べれば数倍は大きくなったのじゃよ」
男「というと、この木は狐娘さんが?」
狐娘「うむ。妾がここへ移ってきたばかりの時にな」
狐娘「見ての通り、変わり映えしない景色じゃろう?せっかくなら長く楽しめるものが良いということでな」
男「長く、ですか」
男(木の一生は確か、短いもので何十年とか。僕からしたら相当気の長い話だけど、狐娘さんからしたらそんなの…)
男(きっと一瞬なんだよな)
狐娘「お主にこやつを頼みたい」
男「…世話をすればいいんですね?」
狐娘「世話と言うてもな、ククッ、ここまで成長しておれば枯らす方が難しい。気の向いた片手間に様子を見にきてくれるだけでいいんじゃ」
男「はい。任せてください」
男(…となると、やっぱり姉さんとの同居の件はもう少し話し合ってから決めなきゃいけないよね)
狐娘「生き物が育つ様というのは、なかなかに悪くないものじゃ。こやつは植物じゃがな、それでもこうして見ているといつも考えることがある」
狐娘「これが子を見守る親の気持ちなのか、とな」
男「っ……」
狐娘「子を成す女王を望まれ、ついぞその役目を果たせなかった妾には永遠に理解の出来ぬ感情だと思っていた」
男「………」
狐娘「時に主よ」
男「!、うん?」
狐娘「妾はお主とは対等でいたいと思っておる。何もかも異なる我らが対等など、現実あり得ぬが……そう、錯覚させてきたのはお主じゃ」
狐娘「じゃから、そのような顔を見せる理由を聞かせてくれないか」
男「あれ……そんなに変な顔してましたか」
狐娘「とぼけるでない。主がそうなるのは決まって"身内"が話題に上がる時じゃ」
狐娘「妾の昔話はお主に聞かせたな。じゃがお主の過去を妾は知らぬ」
狐娘「そこに原因があるのじゃろう?」
男「……………」
狐娘「……」
男「……、……」
狐娘「……」
男「……っ」
狐娘「……」
男「……僕は……僕は……」
男「両親を、殺したんです」
狐娘「…それだけでは分からぬ」
男「で、ですよね……ご、ごめんなさい…」
男(あぁダメだ…声が、震える……)
男「はぁ……は……!」
男(息がうまくできない)
男「ぅ……」
男(いやだ…僕の醜いところがどんどん……!)
狐娘「男」
男「――!」
狐娘「落ち着け。しかと聞いておるから」
男「………」
男(たった一言、聞き慣れたその響きはすっと僕の胸に入ってきた)
男(…初めて名前を呼んでくれた)
男「……その日は、塾の授業日だったんです」
男「僕の親は少しだけ厳しい人で、まだ小学校に入りたての僕は毎日のように塾へ通わされてました」
男「…土曜の、昼授業の日でした。そのとき初めて、塾に行きたくないとぐずったんです…」
男「だってせっかくのお休みですよ?日曜日があるといっても一日だけじゃ短いんです。連休で小旅行に行ったって子もいましたし、僕もただ、遊んで欲しかっただけなんです」
男「ほんのわがままのつもりだったんですけど、そのうち意地になってきちゃって……気付いたら家を飛び出してました…」
男「裸足で、知りもしない建物の陰で座ってました。そうすれば探しにきてくれるかな、なんて考えながら」
男「…結局、いつまで経っても迎えなんて来なくて、疲れちゃった僕は暗くなり始めてやっと家に帰ったんです」
男「……そしたら……」
ーーーーー
男父「」
男母「」
ーーーーー
男「……お父さんも、お母さんも……ち、血だらけで……倒れてて……」
男「…っはぁ……はぁ……!」ドクン、ドクン
狐娘「……」(震える手首を握る)
男「……はぁ……ふ……」
男「…空き巣が入ったんです」
男「いつもは塾の送り迎えでいない時間帯を狙ってたらしくて、鉢合わせしたお父さんとお母さんをそのまま……」
男「病院に運ばれたときはもう手遅れでした。ただ、後で聞いたんですが、もう何時間か早く通報できてたら助かってたかもしれない、と」
男「…僕が、あんなわがままを言い出さなかったら…」
男「僕がくだらない意地張んないでもっと早く帰ってればっ!」
男「……僕が殺したんですよ……何もかも壊して……一人じゃ何もできない弱虫になって……自業自得だ…」
狐娘「……」
狐娘「黙って聞いておれば、難儀な奴じゃな。お主は殺していないではないか」
狐娘「主がすべきなのは親の死を悲しむこと。自らを責めることではない」
男「…あなたに何が――」
狐娘「分かるさ」
狐娘「肉親が殺された経験なら妾の方が遥かに先輩じゃぞ?」
男「あ……すみ、ません……」
狐娘「そして、頭では分かっていても"ここ"が納得しない。違うか?」(胸を軽くノック)
男「………」
狐娘「ならば、妾が赦してやろう」
男「……え…?」
狐娘「他の誰が赦さずとも、お主自身が赦せぬとしても、妾が赦してやる」
狐娘「さぁどうじゃ?お主の犯した罪は、今を以ってその背から降ろされた」
男(――)
男「……」
男「…………」
...ツー
男「……」ポロ..ポロ..
狐娘「…全て流してゆけ」
狐娘「気の済むまで付き合ってやる」
狐娘(恐らく、悲しむ時間など腐る程あったのじゃろう)
ーーーーー
幼馴染「もう誰もいなくならないから」
男「うぅ……」ギュ...
ーーーーー
狐娘(なるほどあの時お主が押し潰されそうになっていたのは、後悔と自責か)
狐娘(卑怯と言われるかの。その日お主の親が他界している事実を知った。それでいて尚、お主自身の口から聞きたかったのじゃ。そうせねば、裡に淀んだ蟠りは消えぬ)
狐娘(これで恩を返せたじゃろうか)
狐娘(主のような人間には金輪際巡り会えまい。これは妾が抱く一方的な恩義じゃ)
狐娘(…ようやく、跡を濁さずここを発てるかな)
今回はここまでとなります。
今回から書き溜めがないため投稿頻度が落ちてしまってますが、ご容赦ください…
続きを投下していきます。
ーーー数日後ーーー
狐娘「」パチ
男「んー……」スッ
狐娘「王手。これで最後かの」パチ
男「………」
狐娘「いくら睨んでも盤面はひっくり返らんぞ」
男「…参りました」
狐娘「ククッ。のう主よ、真面目にやっておるのか?ルールを知っておると言うから少しは期待していたのじゃぞ?」
男「ルールは知ってますけど…」
狐娘「その様子じゃと定跡すらまともに知らんな?あぁ実に嘆かわしい、時代が変われば楽しみ方も変わっていくものじゃのう」ヨヨヨ
男「…元はと言えば狐娘さんが何か遊びがしたいって言うから、これにしたんですよね」
男「狐娘さんができるの古い遊びばっかりでしたし、お互い分かるものってことでやっと将棋になったのに」
狐娘「伊達に長く生きとらんからの。暇潰しに何度嗜んだことか」
男「狐娘さんが圧倒的に有利じゃないですか」
狐娘「なんじゃ負けず嫌い。妾に教えを乞うというなら、手ほどきも吝かではないぞ?」クスッ
男「………じゃあ、お願いします」
狐娘「敬意が足りん。却下じゃ」
男「なんなんですか!?」
狐娘「クハハッ!」
男(今日の狐娘さんはなんかいつもと違う気がする)
男(どこが、と聞かれるとはっきりは出てこないんだけど、いきなり遊びたがったり、笑う回数がいつもより多かったり)
男(…ん?むしろこれっていいことかな)
狐娘「ならば主の得意分野で勝負してやろうではないか。何でもよい、言うてみ」
男「そう言われるとすぐには……うーん」
男「じゃんけん、とか」
狐娘「……主、あまり妾を笑わせるな、クフッ……腹が痛い」プルプル
男「い、今のはなんでもないです!つい口から出ちゃっただけですから!」
男「…今日、やけに機嫌がいいですね。元気というか生き生きしてるというか…」
狐娘「む?なに、妾も主らのように記憶に価値を持たせようと思うてな」
狐娘「思い出、と言った方が伝わるか?」
男「!」
狐娘「無為に過ごしているうちはなかなか気付かなんだが、思えばここも悪くない場所じゃった」
狐娘「せっかくじゃからの、忘れられぬようなことでもしておきたい」
狐娘(…今日が最後じゃからな)
男「……」
狐娘「ほれどうした、妾はまだまだ満足しておらぬぞ。妾を楽しませるのが主の使命じゃろ?それともご自慢のじゃんけんで盛り上げてくれるのかの」
男(……よし)
男「じゃあ、出掛けませんか?」
狐娘「ほう」
狐娘「趣向を変えて表で、とな。悪くない。池で水浴びでもするか?あそこの水は綺麗に澄んでおる」
男「いえ、町に行きましょう」
男「思い出になることいっぱいできますよ。色んなお店があって、知らないものも、見たことない食べ物もきっと…僕の持ってきたお菓子なんて比じゃないくらい!」
狐娘「……」
狐娘(こやつは……妾が何故人目につかぬこの森で、人除けを張り巡らせてまで隠れ住んでいるのか忘れたわけでもあるまいに)
狐娘(…だが)
狐娘「行く当てがあるのじゃろうな?」
男「! はい、もちろん!これでもよく遊びに行くんですよ!」
狐娘(ここまで輝いたお主の目を見るのは初めてじゃ)
狐娘(無闇に人前へ出るのはよろしくないが、感覚さえ研ぎ澄ませば不審な輩は気配で分かる。妾が気を張っておればそれで済む話)
狐娘(…ふっ、とどのつまり妾も好奇心には勝てぬということか)
狐娘「そうか、ならば」
狐娘「しかとエスコートしておくれよ?」
ーーーーーーー
装束男「…くそ」
装束男(思っていた以上に広いな。たった二人でカバー出来る範囲ではない)
装束男(あの女の手を借りるのもない話ではなかったな)
装束男「おい、お前の方はどうだ」
装束女『異常なーし。不格好な木とよく分からん草がボーボー。…あっ!』
装束男「なんだ!何があった!」
装束女『きゃひひ!ブッサイクな鳥!近付いても逃げないし!ねぇ殺っちゃっていい?どんな声で鳴くかね?』
装束男「……無駄なことはするな」
装束男(これで腕は優秀なのがタチが悪い。使えない奴なら迷わず捨て置けたのだが)
装束男「ん…?」
(根本から折れた草)
装束男「………」
装束男「聞け、森の監視は中止だ」
装束女『へ?なんで?別に鳥の一匹くらいいいじゃん』
装束男「奴らが外へ出た可能性がある」
装束女『…へえ』
装束男「それからあの女にも伝えておけ。あいつなら男の方の居場所くらい把握出来るだろう」
ーーー部屋ーーー
幼馴染「………」アオムケ
幼馴染「………」
幼馴染「……男……」
ーーーーー
男「あのさ、姉さん話があるんだけど」
男「例の姉さんと暮らすって話もう少しだけ考えさせてもらってもいいかな」
男「やっぱりここを離れるの寂しいっていうか、引越し先が決まってからまた改めて――」
ーーーーー
幼馴染「…なんで…」
幼馴染「なんで私から離れようとするの」
幼馴染「何したら男が喜ぶか、何されたら悲しんで、何したら泣いちゃうのかみんなみんな知ってるよ?」
幼馴染「全部全部、全部男のために使って、磨いて、棄てて」
幼馴染「男を守ってきたのは私なのに」
幼馴染「……私の、でしょ……?」
幼馴染「どうして私の言うことが聞けないの…?」
幼馴染「………」
幼馴染「………」
ピリリリリ!
幼馴染「…はい」
装束女『お、出てくれた~♪朗報だよ朗報!あのね――』
幼馴染(…!)
幼馴染「そう、なんだ」
装束女『つーわけで、見つけたらよろしく頼むよぉ』
プツッ
幼馴染「……」
スッ、スススッ
幼馴染「……」ジッ
幼馴染(………)
バッ
ガチャ、タッタッタッ
ーーー駅 ホームーーー
ザワザワ
「今日お祭りなんかあったっけ?」
「さぁ何かの帰りじゃない?」
「でも隣の男の子は普通の服装だよ」
ガヤガヤ
男「め、目立ってる…」
和服の女「……」ソワソワ
男「狐娘さん、狐娘さん」
和服の女「! なんじゃ、でんしゃとやらはもう来るのか?確か向こうからじゃったな?」
男「いえそうじゃなくて。その服、どうにかなりませんか?」
和服の女「服じゃと?」
男「すごく浮いてるんです…。他の洋服とか持ってないんですか」
和服の女「これだけじゃが。和装なぞ今でも普通であろう」
男「…それがやたら見られてて…」
和服の女「ふむ…」
和服の女「妾は見せ物ではないぞ、散れ」
「わぁ、聞いた今の喋り方!」
「なんか面白い人だねー?」
男「ばっ、なんで…!普通に喋ることもできましたよね!?」
和服の女「おぉうっかりしておった。主とばかり話しておったからかのう」ククッ
男「…と、とりあえず場所変えますよ」グッ
和服の女「これ、何をする。乗らぬのか?」
男「別の乗車口から乗ります」
男「それと最初の行き先が変わりました」
和服の女「ほう、今になって出してくるとは。さては妾を驚かせるつもりじゃったな?して、その場所とは」
男「服屋です」
ーーー大手衣料品店ーーー
和服の女「噂には聞いておったが、どこも巨大な建物ばかりじゃな…」
男「人についての最低限の知識は持ってるみたいなこと前に言ってませんでしたっけ?」
和服の女「情報は仕入れておる。が、実地へ赴くわけではないのでな」
和服の女「ん?おいお主あそこの派手な店はなんじゃ?ちょいと様子を見に――」
男「喋り方は百歩譲って目を瞑るとして、服装整えるまでは目立つ行動禁止です」グイグイ
和服の女「あぁこら!後で絶対寄るからな!」ズルズル
男(まさかこんなに手を焼かされるなんて。どれだけ珍しいものに目がないんだこの人は)
男(ともあれ狐娘さんの服か。今の人の姿に似合う服……うーん)
.........
男「というわけで考えてみた結果、今の姿でも狐姿でも似合う服を一式揃えようという結論に至りました」
和服の女「む、そうか、うむ」
男「どうかしました?」
和服の女「なんだか…ここは眩しい。異世界にでも来た気分じゃ」
男「まぁ、そうですね。レディースの方は僕も普段は来ませんし」
和服の女「れ、れでぃ?」
店員「――お客様」シュバッ
和服の女「」ビクッ
店員「本日は何をお求めでいらっしゃいますか?」ニコニコ
和服の女「な、何奴…」
男「この人に似合う洋服を探しに来たんです。上下セットで一式、予算は…二万くらいで」
店員「まぁ!お客様とてもお綺麗ですから何を選んでも映えると思いますよ!ですが中でも強くお勧めしたいものがございます。是非こちらへ!」
和服の女「へ?いや妾はーー」
店員「ささ、彼氏さんもご一緒に」
男「はい」
和服の女「おい主…!」
男「行きましょう。どうせ僕だけじゃ女物の服には疎いですから一緒に選んでもらった方がいいですよ」
店員「試着の方はお済みになりましたか?」
「あ、あぁ」
店員「ではカーテンを開けて、お見せください」
...シャッ
大人びた服の女「……」
店員「思っていた通り…!とてもよくお似合いですよ!」
大人びた服の女「…そうか?」
男「うん…びっくりするくらい。着る物が変わるだけでこんなに印象って変わるんだ…」
店員「どうでしょうお客様。こちらは次期トレンドとも噂される組合せです」
男(…確かにぴったりなんだけど、狐姿の方にも似合うかと言われると…)
男「店員さん、向こうの服も見てみたいんですが」
袖の広いワンピースの女「……」
店員「こちらも悪くはありませんが、少し個性的かもしれませんね」
男「ですね…」
男(こんな恰好で外歩いたら見た目とも相まってかえって人目を集めちゃいそうだ)
袖の広いワンピースの女「妾はこれでも良いのじゃが…」
店員「でしたらこちらなどはどうでしょう?」
フリル服の女「動きにくい…」
男「なかなか攻めましたね。でも着こなしてるのはさすがです」
男「あ!ならこんなのもいいんじゃないですか?」
男「うん、いいですね」
パーカーの女「後ろのこれ、邪魔じゃな」
店員「なるほど。意外性がありますがこれはこれで…」
店員「ならば私も服屋の審美眼にかけてお客様にとって会心のコーディネートをご用意致しましょう!」
男「僕にも選ばせてください!」
店員「是非!」
パーカーの女「早う決めとくれ…」
店員「こ、これは…」
男「おぉ…」
コスプレにしか見えない女「主ら、完全に遊んどるじゃろ」
店員「そ、そんなことはございません!そのお召し物はむしろお客様でないと似合わないかと!」
男「本当にね。…特撮始まりそう」
店員「」ブフッ
コスプレにしか見えない女「覚えとれよ?」ジロ
男「て、店員さん、一番最初の服でお願いします」
.........
洋服娘「全く、いきなり疲れたわい」
男「ごめんごめん、つい。着心地はどうですか?」
洋服娘「少々落ち着かぬが…もう慣れた」フッ
男(はっきりと言ってはないけど気に入ってくれたみたいでよかった)
男「帰ったら元の姿でも見せてくださいね」
洋服娘「尻尾との折り合いがつかなそうじゃ…」
洋服娘「で、今は何処に向かっておる?」
男「…狐娘さん」
男「ダーツって、やったことあります?」
.........
男「」シュッ
ストッ
男「よしっ」
男(なんとか当たるようになってきた!まだ狙えるほどの腕じゃないけど、これで姉さんに馬鹿にされないくらいにはなったはず!)
洋服娘「この針を的に突き刺すゲームか」
洋服娘「良いぞ良いぞ。いつの世もルールはシンプルな方が興に乗れる」
洋服娘「三回投げて交代じゃな?」
男「そうです。もう一回説明すると、外側のサークルがダブルで得点二倍、内側がトリプルの三倍。一番高いのは20のトリプルですけどそこは難しいので真ん中の」
洋服屋「よいよい、要は中心に当てれば負けないのじゃろ?」
洋服屋「主が三本中二本当てた的。なら妾は全て中心へ放ってやろう」
洋服娘「……」カマエテ
ブンッ
ヘナ
洋服娘「……まぁ、感覚は掴めた」
洋服娘「……」カマエテ...
シュッ
カンッ!
男「綺麗なホームランですね」
洋服娘「……」
男「で、中心が何ですって?」
洋服娘「喧しいっ」
洋服娘「黙って見ておれ。どうせ一発でひっくり返る点差…」カマエテ
シュッ
洋服娘(っまずい…!)スッ
――フワッ
男「!?」
ストン(+50)
洋服娘「……フッ」
男「いやいやいや」
男「今明らかに変な動きしましたよ。力、使いましたよね」
洋服娘「な、何を言う。妾のセンスが妬ましいからといって因縁をつけるのはよしてもらおうか」
男「見苦しいですよ狐娘さん。というかこんなところで力使っちゃダメじゃないですか。ここはスペースが仕切られてるからよかったものの」
洋服娘「う……どうせ見えはせぬよ。そも、呪(まじな)いも妾の立派な力じゃ。他者の手を借りるわけでもない。何がいけないというのか」
男「うわ、開き直ったよこの人。対等になりたいって言ったのは嘘だったんですか?」
洋服娘「お互い持てる力を使ってこその対等じゃ」
男「屁理屈言わないでください。大人気ないですよ」
洋服娘「おのれしつこいの!お主の針が的から逸れるよう呪いをかけてやってもよいのじゃぞ!」
男「堂々と反則宣言しないでください。ほら、リセットしてやり直しましょう」
洋服娘「あーー!なんてことを!」
周囲の客(うるさいなあそこのカップル)
男(それから、僕らは時間を忘れたかのように遊んだ)
男(普段と全然違う狐娘さんの声や表情、仕草から何まで)
男(いつか夢見たこの人との外出は、当然の如く楽しくて)
男(きっとこれからもこんな日が何回もくるんだと思うと、それがこの幸福感に拍車をかけてくれる)
男(…狐娘さんも同じ気持ちだと、いいな)
ーーー大通りーーー
洋服娘「…まだ耳がガンガン言うとる」
男「入りたいと言ったのは狐娘さんですからね。ゲームセンターはいつでもあんな感じです。耳がいいと大変そうですね」
洋服娘「しかし、妾の勝ち越しじゃな」
男「…お見それいたしました」
洋服娘「分かればよい」
男(軽く立ち寄ったゲーセンは、アクションに音楽ゲームに…ダーツでは分からなかった狐娘さんの身体能力の高さを実感させられる場所でした)
洋服娘「さ、そろそろ帰るか、主よ」
男「え…?もういいんですか?」
洋服娘「十分に満足じゃ。主のおかげでな」
洋服娘「これで……」
男「…?」
洋服娘「…のう、帰りは少し歩かぬか?」
男「もちろん、いいですよ」
~~♪
男「あれ、姉さんから……あ、もうそんな時間か」
スッ...
男「もしもし。ごめん姉さん、やっぱり今日も見つかりそうにない」
『……』
男「そろそろ帰るから心配しないで」
『……』
男「姉さん?」
『見つけた』
男「え?」
――タッタッタッ
ガシッ
男「っ!?」
幼馴染「何してんの、男」
男「……ねえさ……なんで、ここに…」
幼馴染「聞こえなかった?何してるの?」
男「ち…違うんだよ。この人はその、一緒に探すのを手伝ってくれた人で……前に申し出てくれてね……あの…」
幼馴染「……」
洋服娘(この人間は墓へ付き添っていた例の)
幼馴染「」ギロ
洋服娘(…嫌な気配。胸騒ぎがしよる)
幼馴染「帰ろっか」
男「姉さん…?」
幼馴染「戻っておいで」グイ、グイ
男「ち、ちょっと待って!話を聞いてよ!僕たちは本当に――」
幼馴染「私を騙すの、そんなに楽しい?」
男「…それ、は…」
洋服娘(やむを得まい。少々力業になるがここは)
装束男「間違いない、あれだ」
装束女「いいねぇ美味しそう♪」
洋服娘「チィッ!」
パッ
狐娘「」タタタッ
装束女「逃がすかよ!」ダッ
装束男「」ダッ
男「! 狐娘さんっ!」
.........
ーーーーーーー
狐娘「」タタタタッ!
「きゃっ!?なに、びっくりした…」
装束男「」スタッ
装束女「♪」ダッ!
「映画の撮影か?」
「時代劇みたい!」
狐娘(迂闊じゃった。奴が近付いてきた時点で気付くべきじゃった)
狐娘(あの目…奴は妾のことを知っておったな)
狐娘「」バッ
装束男・装束女「「」」バッ
狐娘(むぅ、引き離せぬ)
狐娘(森にさえ戻れば人除けを隠れ蓑にすることが出来るのだが、ややも走らねばならぬ…)
狐娘(背に腹はかえられないか)
タタタッ...
狐娘「っ」シュタッ
タタタッ
装束男「」スタタッ
装束女「ねーまだ鬼ごっこする気ぃ?」ピョンッ、ピョンッ
狐娘(走れど走れどどこまでも付いてきおる…!奴ら人間か?)
狐娘(しかし)
(人工林の入口)
狐娘(ここまで来てしまえば)
装束男「木々に紛れられると厄介だ」
フッ!
狐娘「」サッ
装束男「ちょこまかと!」
狐娘(吹き矢?目的は確実な捕縛…)
狐娘(やはり只者ではないな)
装束女「情けないねぇ、こうやんだよ!」ブンッ
狐娘(っ!)
――パシィッ!
狐娘「あ゛ぁっ!?」
装束女「よっしゃあ!」
装束男「取り押さえるぞ」
狐娘「っ…」...グッ
ザッザザッ
装束女「げっ、まだ動けんのかよ」
装束男「奴を追い込むことに集中しろ!」
タタタッ
装束女「――あぁくそ!見えなくなった!」
装束男「奴の術中に逃げ込まれたな」
装束女「うざったいねぇ…!あのガキが居りゃあ引き摺り出させんのによ!」
装束男「…呪いの効力は術者の精神に大きく左右される」
装束男「心開き、全幅の信頼を寄せる相手ならばその効力から除外させることが可能だそうだ」
装束女「はっ?ってことは何、バケモノの癖して一丁前に人間様との色恋にうつつ抜かしてんの?」
装束女「そりゃ傑作だ!気持ち悪ぃ!」キャハハ
装束女「つーか知ってんじゃんお前。なんで黙ってたんだよ」
装束男「あの女に聞かせたくなかっただけだ。癇癪を起こされても困るからな」
装束女「嫉妬に狂ったお嬢ちゃんかぁ…ちょいと見てみたいねぇ」
装束男「一先ず、呪縛の札は貼れたのだ。奴が弱れば呪いも弱る。あとは時間の問題だ」
装束女「お前が矢を外してなきゃとっくに終わってたんだけどな」
装束男「…少し急いた。次は当てる」
ーーー神社 境内ーーー
狐娘「……っ」
狐娘「ぐっ……」
狐娘(こいつは……まずい、の……)
狐娘「…ぅ…」フラ...
狐娘(すまぬ……)
狐娘(……男……)
ドサッ
今回はここまでとなります。
短いですが、続きを投下します。
ーーー自室ーーー
男「痛っ、痛いよ、そんなに強く引っ張んなくても…!」
幼馴染「」グイッ!
男「っ」ヨロ
幼馴染「……」
男「姉さん…」
幼馴染「何か言うことは?」
男「……嘘、ついててごめんなさい」
幼馴染「そうじゃないよ。そんな言葉が聞きたいんじゃない」
幼馴染「男は私がいいって言ったとき以外外出るの禁止。それから携帯も変えよっか。余計な機能があっても使わないし」
男「な、なんでそんなことになるの」
幼馴染「言っても分からないんなら行動で示すしかないよね」
男「お願い、聞いてよ!あの人のこと話すわけにはいかなかったんだ。それが約束だから…」
幼馴染「人じゃないでしょ、あれ」フフッ
男「! 知ってるの…?」
幼馴染「ねぇ男、いい加減気付こうよ。あなた騙されてるんだよ?」
幼馴染「昔話に出てくるような化け物が人と仲良くすると思う?人に危害を加えるからそういう形で伝わってきたんだよ。何吹き込まれたか知らないけどさ、男は素直過ぎるから信じちゃったんでしょう?」
幼馴染「大丈夫、また私が守ってあげる。もう絶対目を離したりしないから」
男「化け物なんかじゃないよ!狐娘さんだって僕たちと同じように考えて生きてる!」
男「楽しければ笑って、頭にきたら怒って、悲しかったら…きっと泣く」
男「人を傷付ける子たちもいたかもしれない。けど人だってそうじゃないか。聖人なんて呼ばれる人もいれば殺人を犯す人だっている。それと何も違わないんだ」
幼馴染「男……」
...ギュ
男「…?」
幼馴染「かわいそう……そんなになるまで思い詰めてたんだ。やっぱりもっと早く助けてあげるべきだった。でも安心して、あなたを困らせた悪い妖怪はいなくなるからね。私がちゃんと元に戻してあげる」
男「いなく……!?」
男「そうだ、あの二人は!?姉さんあの二人はなんなの!狐娘さんに何する気!?」
幼馴染「……」ギュ...
男「姉さん!」
幼馴染「」ギュー
男「……行かなきゃ」
(幼馴染の腕をほどく)
幼馴染「………」
男「帰ってきたら全部話すから、絶対。だからそれまで――」
――ガシッ
幼馴染「いいって言ってないよね、私」
男「ね、姉さ…」
グッ...
幼馴染「おかしいなぁ……男は良い子のはずだよ」
幼馴染「言いつけをしっかり守れて、嘘も隠しごともしないで、私の隣に帰ってこれる」
幼馴染「私が大好きな男」
幼馴染「なのに」
ググッ...!
男「いた……や、やめ……」
幼馴染「ねぇ、いつになったら私のになるの?ずっと待ってるんだよ?」
幼馴染「いつもいつもそう。男の周りは邪魔ばっかり。だから消して消して消してきたのに今度は自分から離れようだなんて許されるわけないよね」
幼馴染「――それじゃあ男のお父さんお母さんが死んだ意味がないじゃない」
男「…どういう…?」
幼馴染「ふふっ、困ってる顔かわいい」
幼馴染「教えてあげるね。あなたの両親が私にくれたもの…」
幼馴染「あの日、男が長ーい家出をしている間に不審者が入って刺し殺された。帰ってきて自分で通報しないのは驚いたよ。真っ先に私に掛けてくるんだもの、私は嬉しかったけど」
幼馴染「それで私が通報したよね。犯人も捕まって悲しい事件の幕は下りた」
幼馴染「……本当はね、私も男の家に行ったんだ。男が帰ってくる何時間か前に」
男「え…」
ーー事件の日ーー
幼馴染「ごめんくださーい!男遊ぼー!」ピンポン
幼馴染「……?」
幼馴染「男ーいないのー?」ピンポン
幼馴染「…おじゃましまーす」
幼馴染(っ!!)
男父「ぅ……」
男母「カヒュー…カヒュー…」
幼馴染「…男。男は!?」
ダダダッ
.........
幼馴染(家にはいないみたい)
幼馴染「……!」
幼馴染「そうだ、早く病院っ、病院に――!」
まって
この人たちはいつもわたしたちのじゃまをしてくるよ
幼馴染(……)
ねぇ、このままほっといたらさ
男はきっと
わたしだけに
幼馴染「……」
ーーーーー
幼馴染「あのときにね、私が男をもらったの…♪」
幼馴染「私ご両親に嫌われてると思ってたんだ。男と遊ぶとき良い顔しなかったし習い事だの門限だのくだらないこと言って私から男を引き離そうとしてた。でも、最後に素敵なプレゼントをくれたから、今ではすっごく感謝してるの」
幼馴染「あなたは私が責任を持って一生面倒見てあげる」フフッ
男「……………?」
男(この人は一体何を言ってるんだろう)トクン
幼馴染「ねぇ男、私もっと深い繋がりが欲しいな…」
男(この人は誰なんだろう)トクン..トクン..
男(僕の知ってる"幼馴染"じゃない)ドクン..ドクン..
男(誰?何?)ドクン、ドクン
男(いやだ……怖い……っ!)バクン、バクン
――ドンッ
幼馴染「」ドサッ
男「はぁ…!はぁ…!」バクンバクン
男「」ダッ
ーーーーーーー
男「は…!は…!」タッタッタッ
男(あの人は言っていた)
男(僕の家に来た、って。その時はまだ二人の息はあった、って)
男(助けてくれなかった。なんで)
男(見殺しにして、僕をもらった…?)
男(??)
男「はぁ…!ゲホッ…」タッタッ
男(じゃあ今まで僕を助けてくれた姉さんは?どんなに落ち込んでも傍にいてくれた幼は?)
男(お墓参りで泣いてる僕を慰めてくれたのは……)
男(分からない、もう)
男(なんで走ってるの。ちゃんと走れてるの?)
男(足元が、崩れて――)
タッタッ...
男「はぁ…!はぁ…!はぁ……はぁ………」
男「………」
男(……僕は……)
男「……あ」
(微かに見える人工林)
男「そうだった…今は僕のことなんかより」
男「狐娘さん…!」
タッタッタッ...
ーーー神社 境内ーーー
男(お願い。どうか無事でいて)
男「!」
狐娘「」
男「……うそ……まさか……」
(駆け寄る)
狐娘「……ぅ……」
男「生きてる、生きてる…!」
男(けど、なんだか苦しそう)
男「狐娘さん聞こえますか!僕です!」
狐娘「………」
男(どうしよう、肩揺すった方がいいのかな。さっきの二人はいないけどなにかされてこうなっちゃったんだよね…?)
男(あれ?首元に変な紙が付いてる。お札みたいな…)
男「……」ソー
白猫「やめておきなさい」
男「」ビクッ
白猫「それに触れれば貴方も悪夢に囚われてしまいますよ」
男「え、猫…?」
男(…! この真っ白な体、もしかして前に窓の外にいた…)
男(いや今はそんなことどうでもいい)
男「悪夢ってなんですか。この紙と関係があるんですか?」
白猫「呪縛の札、と彼らは呼んでいますね」
白猫「触れた者の意識を無限に繰り返す悪夢の中へ幽閉する。とても恐ろしい代物です」
男「…どうすれば助けられますか」
白猫「最も手早いのはこれを貼った当人に剥がしてもらうことです」
男「そんなの」
白猫「難しいのでしょうね」
男「……」
白猫「夢が同じ結末を見せ続ける限り、目を覚ますことはありません。それを断ち切るには結末を変えることのできる第三者の介入が必要です」
白猫「この子が見ている夢へ干渉し、救い出してあげればいいのです」
男「……なんですか、それ。結局僕には何もできないってこと…?」
男「…あなたはその方法を知ってるんですよね?お願いです、狐娘さんを助けてください…!」
白猫「私が助けることは出来ません」
男「そんな…」
白猫「貴方を夢へ送り込むことなら可能です」
男「! やってください、今すぐ!」
白猫「ですが」
白猫「救出の成否に関わらず、貴方は夢の中で自身に起きた出来事を追体験することになります」
白猫「早い話、夢の中で死ぬことがあればこちらの身体も死ぬのです」
男「っ」
白猫「…元より貴方とは関係の無い存在です。助ける義務もないでしょう」
白猫「ここで引き返せば何事もない日々に戻れます。貴方は数多居る人間の一人として、余生を過ごすことが出来る」
男(………)
ーーーーー
狐娘「なら妾の為に死ねるか?」
ーーーーー
男(もう迷いません)
男「やってください。僕を狐娘さんの夢に送ってください」
男「必ず助けてみせますから」
狐娘「……ぅ゙ぅ……」
白猫「そうですか。なら止めはしません」
白猫「最後に一つ、忠告をしておきます」
白猫「夢へ行き、救い出せるのはこの子だけです。夢は記憶と密接に結び付いています。本来あるべき未来を極端に変えてしまうような行動は、記憶の崩壊に繋がります。その事お忘れなきよう」
男「はい」
白猫「あちらに居られる時間は半日」
白猫「それでは」
ここまでとなります。
あと2回ほどの投下で完結させる予定です。
続きを投下していきます。
=======
男「……ん」
男(…暗い。ここが夢の中?)
男(どこなんだろう。よく見ると部屋みたいだ)
男(木造の床に大きな壺とか変な形の容器が何個も並べてある。普通の家じゃないのかな。お屋敷とか…?)
男(服も変わってる。さっきまで着てた洋服じゃなくてもっと質素な、甚兵衛?って言うんだっけ。よく覚えてないけど)
「――皆気がはやっててね、宴の準備も終わったそうだよ」
男「!」
男(うっすら声が聞こえる。外に誰かいるんだ)
「お前が選ばれて嬉しい。母として誇り高いよ」
「わらわを育てて下さったのは母様じゃ。全ての謝意は母様に捧げよう」
「ふふっ、お前は女王になるのだからもっと尊大であるべきだね」
男(女王…!ということは今話してる子供の声が、狐娘さん…?)
「儀は夕刻より始まる。それまで何も口にしてはいけないよ。その腹は白神様に捧ぐ神酒で満たす必要がある。そしてその神酒も、お前以外が触れてはいけない」
「はい」
「良い子だ。神酒はこの下だよ。緋色の、目立つからね、すぐに分かる。行っておいで」
...トットットッ
男(! こっちに来る)
男(どこか隠れられそうな場所は…)
男「」サッ、サッ
キィ...
幼狐娘「…暗いの」
幼狐娘「緋色、じゃったか」
幼狐娘「……」トットッ
男(狐娘さんだ。間違いない。薄暗くてはっきり見えないこの部屋の中でも断言できる)
男(本当に綺麗な人だ)
男(…女王の儀。狐娘さんを不老不死の呪いに縛り付ける儀式)
男(今日がその日なら、今狐娘さんを止めればこれから先この子が孤独に苦しみ続けることはなくなるんじゃないか…?)
男(今、止めてしまえば…)
幼狐娘「雑多じゃな」
幼狐娘「あれか?」
男(……それはやっちゃダメだ。明らかに、"未来を極端に変える行動"だ)
男(第一もしできたとしてもなんて言って説得すればいい?向こうは僕のことさっぱり知らない、ただの怪しい人間でしかないんだし…)
幼狐娘「」コトッ
トットットッ...
男「………」
男(行った、かな)
男(……女王の儀の日……)
男(確か、千年以上前だって言ってた。この服もこの時代に合わせたものになってるってことかな)
男(狐娘さんを救う…って言っても、何から助けてあげればいいんだろう。儀をやめさせるのは違うとして、これがあの人の見てる悪夢なら、この夢を悪夢たらしめてる何かがあるはず)
男(今日この日に起こること……狐娘さんが女王にされてから、何かが……)
ーーーーー
狐娘「人間が襲ってきた。どうやら儀を終え、女王となる個体が出来上がるのを待っていたらしい」
ーーーーー
男(それだ)
男(人間が来るんだ。だったらどうすればいい?僕にできることと言ったら……大声で村中に警告しようか?人間が襲ってくるから避難するんだ!って)
男(いや、馬鹿か。僕自身が人間じゃないか、逆に捕まりでもしたら終わりだ)
男(……さっき狐娘さんが話してた相手、お母さんかな。助けていいのが狐娘さんだけなら、あの人も今日……)
男(………)
男(本当に見捨てなくちゃいけないの…?)
男(助けられる可能性が少しでもあるなら、例えそれが夢であっても僕は)
男「……」
男(…余計なことは考えちゃいけない。狐娘さん一人助けられる保証もないんだから、集中しないと)
男(人間が来るのは儀が終わってから。狐娘さんが女王になるのを止めちゃいけない。だったら、女王の儀が終わってすぐに狐娘さんを連れて逃げる。これしかない)
男(そうと決まったら、狐娘さんがどこにいるのかくらい把握しておきたいな。この建物のどこかなのか、もし違ったら…外に出歩くのはさすがに見つかっちゃうよね)
男「……」ソー
男(話し声は……しないね)
男(よし)
...キィ
ーーーーーーー
男「……」ソロリ
男「……」スス...
男(結構広いな。誰かの家というよりは、お屋敷って言った方がしっくりくるような建物だ。僕のいた地下室も物置きとして使ってるにしてはそれなりの大きさだった)
男(出入口は今のところ一箇所しか見つかってない。それも裏口のような目立たない戸口。正面玄関はもっと別にあるんだろう)
男(そして、人のいる気配が全然しない…。僕がこれだけ歩き回っても狐娘さんを見つけるどころか他の人すら見かけないし、もうみんな外へ出ちゃったとかかな…)
「……これで……くは……」
「今では……残りも……」
男「…!」
男(あそこの襖の中からだ)
サッ、サッ...
「しかし惜しかったですわ。後数年早ければ私が選ばれていたものを」
「くはは!美しさっつー点ではあんたも引けを取らないが如何せん相手があの子じゃあな。まだ若いのにあれだけの色香を持っているのは宿命だよ」
「私では艶が足りないと?」
「そうじゃないさ。女王となるには全ての雄を魅了する素体でなければならん。俺はあんたに欲情しない」
「……最初に女王とまぐわうのは何方なのでしょう」
「長の御子息だろうな。強い雄から順に交配すると聞いている」
男(………)
「でしたらお前様に番が回ってくるのは数十年先ですわね」
「あん?どう言う意味だ」
「深い意味はありませんことよ?」
「二人とも、下らない諍いはやめとくれ」
「母様。あの子は?」
「寝ているよ。儀が始まるまで休みたいと本人たっての希望だよ。貴女も有難うね。我らとは遠縁の仲だろうに」
「一族の未来を憂う者として、当然の事をしているまでです」
「帰りも頼んだよ」
「あぁ。あの子をこの部屋まで運んだら、皆に声をかける。そしたら俺らも宴に出ていいんだったよな?」
「そうさね」
「安心して下さいな。こやつが女王におかしな気を起こさぬようしかと見ていましょう」
「俺を何だと思ってる。そんな下劣な行為はしない」
男(…狐娘さんはこの中?確かめには行けないけど、女王の儀の後はここに戻ってくるんだ)
男(だとしたら、この辺りに身を潜められそうな場所を見つけておかないと)
...ミシ
男(!! やばっ…!)
「?」
「誰ぞそこにおるのか?」
――ス(襖が開く)
「…気のせいか」
「どうせ家鳴りだろう。儀式の為のお屋敷という割に滅多に整備しないらしいじゃないか。床も朽ちるさ」
「白神様の御座す神聖な建物なのですから、易々と足を踏み入れるわけにはいきませんのよ」
男「……」
男(危なかった……この柱がなかったら今頃……)
男(一旦ここでやり過ごそう…)
.........
ーーー夜ーーー
「気を付けて運ぶのですよ。薄氷に触れるよりも丁寧に、優しく」
「静かにしてくれ。これでも細心の注意を払っている」
スッ
「母様、女王をお連れした」
「よくやってくれた。お前達のおかげで白神様への御目通りも叶った。さ、もう行って良いぞ」
「……」
「どうしました?行きますよ?」
「…こいつが俺の妹じゃなければな」
「妹でなければ、お前はこうして儀に参列する事も無かったろうねぇ」
「はっ。そこだけは母様に感謝だな」
トットットッ...
「罪深い子だよ。実の兄でさえ焚き付けてしまう」
「お前はこれから、未来永劫一族の繁栄の為に生きていくんだ」
「…だがね、お前が女王になろうが、私はお前の母親だ。命尽きるその時まで、お前と共に在ろう」
「宴の時間に、また呼びにくるよ」
.........
――ソッ
男(すっかり暗くなっちゃった)
男(電気はないのによく見える。月明かりってこんなに明るかったっけ)
男「……」
男「……」
男(この襖の向こうに…)
スー...
幼狐娘「」スゥ..スゥ..
男(……これが女王になった狐娘さん。寝顔なんて初めて見るな)
男(面影がある。このときから変わってないんだ。僕が最初にあの池で見かけた耳と、きっと尻尾も)
男(…いけない、見惚れてる場合じゃない。急いでここから連れ出さないと)
幼狐娘「」スゥ..スゥ..
男「……」
男(狐娘さんを抱えて逃げる、しかないよね。いくら子供だからって言っても人一人運んで動けるかな。こんなことなら運動部にでも入っておけばよかった)
男(そっと、そーっと…)
幼狐娘「……ん…?」
男「あ……」
幼狐娘「……」
男「……」
幼狐娘「…人間?」
男「や、やぁ」
幼狐娘「何者じゃ、お主」
男「僕は……君のお母さんから世話を頼まれたんだ、代理として」
幼狐娘「ほう。して、わらわの寝込みを狙っておったと」
男「狙うだなんて。君を見守っていただけで」
幼狐娘「愚か者が。もう少しまともな嘘をつくのじゃな」
幼狐娘「まぁよい、母様を呼べば済む事」
男「わ、分かった!ちゃんと言うから!」
男「…君を助けに来たんだよ」
幼狐娘「……おい人間、わらわを童と見て舐めておろう?貴様一人昏倒させるくらい訳無いのだぞ」
男「本当なんだ!もうすぐここに人が攻めてくる!狐娘さん、あなたを奪うために!」
幼狐娘「!…何故、わらわの真名を知っている。それは母様とわらわしか知らぬはず…」
幼狐娘「お主、一体…」
男「だから君を助けに来たんだって!このままここにいたら君はずっとこの夢から抜け出せないんだよ!」
幼狐娘「な、何を言うておる…」
幼狐娘「ええい!母様!母様はどこじゃ!」
男「あぁ待って!君以外を呼んじゃ――」
「いやぁ!!」
「に、人間が現れたぞ!!」
二人「!!」
男(まずい、こんなに早く来ちゃうなんて…!)
幼狐娘「人間が……お主が手引きしたな?」キッ
男「違うよ、僕は君を守るためにここにいる。奴らに君が捕まらないように!」
男「お願いだよ!信じて欲しい…!」
幼狐娘「……」
「死ねっ!ケモノ共!」
「あ゙がっ……」
「耳付きは見つけ次第殺せ!女王は死なねぇからすぐ分かる!」
幼狐娘「」ビクッ
幼狐娘「…わらわはどうすればいい」
男「僕についてきて。このお屋敷から離れよう」
ギュッ
幼狐娘「!…」
男「手、離しちゃダメだからね」
...ドッドッドッ
男(足音が…もう中まで入ってきた?)
男(! そっかあっちは裏口の方だ。向こうへは行けないな…)
男(残りは正面口か、まだ見つかってない出入口か……こんな土壇場になって逃げ道も分からないなんて……それにどこも見張られてるかも…)
男(…弱気になるな。僕がやらずに誰がこの人を救い出すんだ)
男「行こう」
タッタッタッ...
ーーーーーーー
ゴォォ
ボワッ!
男「うぅ…!」
幼狐娘「おいっ」
男「だ、大丈夫、ちょっと煙吸っちゃっただけ」
男(火の回りが早い……全部木だからかな…?)
男(…いや、変な油の臭いがする。奴らが火をつけて回ってるんだ…)
男「ゲホッ、ゲホッ……ね、玄関以外の出口って分かる?」
幼狐娘「分からぬ。わらわもここへ入ったのは初めてじゃ…」
男「玄関ならこの先なんだよね?」
幼狐娘「うむ。だが…」
(燃え盛る炎)
男(…こんなの、下で燃えてる木片さえどかしちゃえば)
男「」ドカッ!
男「~~痛った…!」
幼狐娘「な、何をしとるか。この程度の火などわらわで治められるっ」
シュウゥ...
男「ごめん、ありがとう」ハハ...
幼狐娘「……」
バキッ、ズシンッ!
「おい居たか!?」
「はずれだ!こっちは空だ!」
男「急ごう」
幼狐娘「あぁ」
タッタッタッ
――、――!
幼狐娘「」ピタッ
男「おっ、と…狐娘さん?」
幼狐娘「…母様の声」
男「え?」
幼狐娘「母様じゃ。まだ無事だったんじゃ…!」ダッ
男「あっ!ダメだよ勝手に行っちゃ!」
タッタッタッ
男「待って!止まって!危ないよ!!」タッタッ
幼狐娘「」タタタッ
男(聞こえてないみたいだ。くそっ、今出会い頭に奴らに見つかりでもしたらひとたまりもない…!)
男(! 向こうに開けた場所が見える。中庭…?そうじゃない、そんなのどうでもいい。狐娘さんが向かってる先がまずい。あんなの自分から捕まりに行くようなものだ)
男(くっ、そぉ…!)
タッタッタッ――
幼狐娘「母さ――ぐむっ!?」
男「」ヒシッ!
幼狐娘「ん!んー!」
グイ、グイッ
幼狐娘「ぷはっ…!離さぬかっ!」
男「しっ!よく見て」
「「「……」」」
男「人がいっぱいいる」
幼狐娘「だが、母様が…!」
「てめぇが女王だ?」
狐娘母「そうさ。妾では不服かえ?」ククッ
「ぎっひひ。結構な上玉じゃんのぉ」
狐娘母「其方らの目的は妾なのだろう?さぁ悲願は叶ったよ、妾は逃げも隠れもしない。この不毛な略奪から手を引いておくれ」
幼狐娘「母様…何を…?」
「なぁ、あんたが本当に不死身の女王様だってんなら」
「――首を落としても死なんよなぁ?」
男(…嘘だろ、あいつらまさか…)
「おい」
「待ってました待ってました待ってましたよぉ。女の首を刎ねる機会なんざ一生に一度あればいいと思っとったが!」
「さて女王様よ。御身の証明のため、こいつの欲望のため」
「一遍殺されてくれや」
狐娘母「……」
狐娘母「やってみるがいいさ」フッ
幼狐娘「ゃ……」
男「っ…」(目を逸らす)
――ザシュッ
...ゴトッ
「嗚呼…最高だぁ…」
「けっ、こいつただのケモノか」
「まだ分からんぞ。数刻後に息を吹き返すかもな」
「おいお前、これを見ていろ」
狐娘母「」
幼狐娘「……………」
男(………)
ーーーーー
男父「」
男母「」
ーーーーー
男「……」ギリッ
男「…狐娘さん」
幼狐娘「……母、様……」フラ...
男「狐娘さん…!」ギュ
幼狐娘「…手を離せ」
男「……」
幼狐娘「奴ら共々、殺すぞ」
男「命を張ってでも止めるよ」
幼狐娘「っっ!」
男「だって、死にに行こうとしてるでしょ」
幼狐娘「…わらわは死なん」
男「生き返るとしても、捕まっちゃう」
幼狐娘「……母様の元に……行きたい……」
男「……よく聞いて」
男「お母さんは最後、君を逃がそうとしてくれてた。気持ちは痛いほど、苦しいほど分かるよ。でも僕らがいったところで同じように殺されてしまう。頼む、君が見つかったら本当におしまいなんだ…!」
男「逃げよう、お母さんのためにも」
幼狐娘「………」
ーーーーーーー
タッタッタッ
男「はぁ…はぁ…」タッタッ
幼狐娘「は……は……」タッタッ
男(人を見かける回数は減ったけど、火の手は確実に広がってる)
男(さっきから回り道ばっかりさせられてるせいで方向感覚も分からなくなってくる。もうすぐ玄関のはずなのに。もしかして僕たち、ぐるぐる同じところ回ってやしないよね…?)
幼狐娘「あ…!」
ズテッ
男「大丈夫!?」
幼狐娘「…気にするでない、行くぞ」ハァ..ハァ..
ミュルミュル
男(擦り傷が塞がっていく…。そうだ、不老不死なんて言っても怪我をしないわけじゃない。傷は治っても痛みは感じるし、心は消耗する)
幼狐娘「はっ……はっ……」タッタッ
男(そして心に刻まれた傷は)
男(どれだけの時間が経っても…)
男「…!」
男「玄関口だ、見えてきた!」
ボォォ!
男(す、すごい火…燃えてないところを探す方が難しいくらい)
男(おかげで人の姿が見えないのが不幸中の幸いだ。あとはここから誰にも見られず出ていけば)
男「狐娘さん、あそこの火を少しだけ弱め……」
「見つかったんか!?」
「いんやまだだ!何匹か殺ったが全部違ったらしい!」
男(――! 玄関の外から…。よく目を凝らせば、今にも焼け落ちそうな戸の向こうに人だかりが見える)
男(それはそうか、狐娘さんがいると分かってる建物だ。総出でここを監視しててもおかしくはない)
男(……ここまで来たのに……!)
幼狐娘「はぁ…はぁ…」
男「もう少し、こっちに」
幼狐娘「はぁ…」ソッ...
男(ひどく疲れ切った顔)
男(僕はこの子がどんな様子かも気付かないでこの子の力を頼ろうとしたのか)
男(……考えろ、考えるんだ)
男「………」
男(火にまみれた屋敷)
男「………」
男(四面楚歌の人だかり)
男「………」
男(……どうすればこの子を……)
男「……………?」
男(油の臭いだ。また奴らが撒いたのか…?)
男「…ん」
男(違う。あっちの部屋からだ。あそこはまだ燃えてない。となるとあの部屋の…)
男(…壺?例えばあの中が全部油だったり…)
男(やばいやばい、だとしたらこんなとこすぐに離れないと危な)
男(……いいや)
男(一か八か)
男「ねぇ、まだ走れる?」
幼狐娘「……」コク
男「うん」
男「いいかい?今から僕の言う通りにしてくれ」
.........
ゴォォ...
パチ、パチ
「なぁそろそろ焼け落ちちまうぞ」
「そうだな。こりゃやっぱ」
「見ろ!誰か出てくる!」
男「女王を捕らえたぞ!」
幼狐娘「……」
「おぉあれが!」
「美しい…本当にこの世の生き物か?」
「でかした!早う連れてこい!」
男「あぁ!今行――」
幼狐娘「」グイッ!
男「! こら、暴れるなっ!」
男「誰か、手を貸してくれ!」
「てぇへんだ!」ダッ
「腕を折れ!大人しくさせろ!」ダッ
ブワァ!
「おわぁ!」
「あちぃっ!」
「な、なんてこった」
パチッ、バチッ
ドシィン!
「…火に飲まれちまった…」
「ひ、引きずり出さねぇと」
「「「……」」」
「何しけた面してやがる。むしろ好都合じゃねぇか。女王は死なねぇんだ、火が消えてから引っ張り出しゃいいだろうが」
「男の方はどうでもいい。おら、ボーッと突っ立ってんなら水でも持ってこい!」
ーーーーーーー
タッタッタッ
男(なんとか上手くいった)
男(狐娘さんの姿を晒してから、予め撒いておいた油に引火させて僕たちが火に巻かれたように見せる)
男(言葉にすれば簡単だけど、下手すれば二人とも本当に死んでいた)
男(成功したのはこの子が僕の意図を正確に汲んでくれたから。僕を信じてくれたから)
男(さっきの騒ぎで向こうへ人が流れていれば多分…)
男「……」
..ザッ..ザッ
男(……思った通り、裏口に人影は見当たらない)
男「」ソー...
男(戸口の向こうにも、誰もいない)
幼狐娘「は……ケホッ…」
男「立てる?」
(肩を貸す)
幼狐娘「……なぜ……しは……」
男「? どうしたの?」
幼狐娘「…何でもない」
男「もう少しだからね」
ザッザッザッ...
ーーー森の高台ーーー
男「はぁ……ふぅ……」
男「ここまで来れば、平気かな」
幼狐娘「……」
男「……すー……はー……」
男「…僕たち、生きてるんだよね」
幼狐娘「……」
男(狐娘さんも、こうして助け出すことができた)
男「……よかった」
ガクッ
男「っとと」
男(膝が笑ってる。全部終わったんだって思ったら、一気に体が重くなった気がする)
男(はは…もう動きたくないや)
幼狐娘「……」
男「狐娘さん?」
幼狐娘「………」
(眼下で燃え盛る小さな村)
幼狐娘「……燃えていく……村が……皆が……」
幼狐娘「母様が……」
男(………)
幼狐娘「なぁ…教えてくれぬか、主よ…」
幼狐娘「わらわたちが何をした…?ただ、静かに暮らす事を望んでいた。母様が、人間に害を成したか?」
幼狐娘「奴らは何故、嗤いながら殺す…?」
幼狐娘「あらゆる生命を育てるこの大地で、あらゆる命を奪うお前達人間こそ、本当に居なくなるべきではないのかっ!?」
男「……」
――ポタッ
幼狐娘「!」
男「…ごめんよ…」
男「人間は自分勝手だよね…。自分さえ良ければ、自分が気に入らないから、平気で他人を傷付ける。その他人が自分だったら、なんて想像もしない…」
男「でもね、お願い」
男「人間を恨まないで欲しいんだ」
幼狐娘「っ…抜かすなっ!奴らはわらわたちの全てを奪った…!」
男「僕のことも憎い?」
幼狐娘「そ、れは…」
男「許してくれとは言わないよ。けど、どうか恨みに駆られたまま生きないで欲しい」
男「君が擦り減っていく」
男「それに、君に幸せになって欲しいと願ってる人もいるんだよ。君を待つ未来が、少しでも良い時間になってくれるよう、自分勝手に、独りよがりに、願ってる」
幼狐娘「……」
幼狐娘「…お主は、阿呆じゃな…」
男「うん…そうみたい。よく言われる」
幼狐娘「………」
幼狐娘「ならば……わらわの幸せを願うのならば……」
幼狐娘「わらわと共に居ておくれ」
男「…!」
幼狐娘「わらわを…ひとりにしないでくれ…」
男「……」
男(……)
男「…分かった」
...スー
男「っ…」
男(意識が……まさか、これで時間切れ…?)
男(最後の会話が守れない約束だなんて……)
男(……いつか………かなら……ず……)
――フッ
幼狐娘「……主……?」
幼狐娘「どこじゃ…?主よ…!」
幼狐娘「返事をせぬかっ!」
幼狐娘「……」
幼狐娘「……」
幼狐娘「………」
幼狐娘「……うそつき……」
=======
ーーーーーーー
狐娘「――!」
狐娘(…ここは、妾の神社か)
(散り散りになったお札)
男「」スー..スー..
狐娘「…世話をかけたの」
(そっと頭を撫でる)
狐娘「……お主は」
狐娘「或いは、こうして妾を見つける為にここに迷い込んだのかもしれぬな」
狐娘「律儀な奴よ…」
男「……?」
男「!」バッ
男「狐娘、さん…?」
狐娘「どうした、顔も忘れてしまったか?」
男「…お待たせしました」
狐娘「そうじゃな。一千年は待ったようじゃ」クスッ
男「もう、いなくなりませんから」
狐娘「あぁ」
狐娘「さっき聞いた」
二人「……」
狐娘「フフッ、酷い顔だぞ」
男「体、もうなんともないんですか…?」
狐娘「案ずるな。妾が目を覚ました時点でこいつの力は失くなっておる。今はただの紙屑じゃ」
狐娘「主こそ、見栄張って蹴り飛ばした右足は無事か?」
男「あ、あの時は必死だったんです」
狐娘「クククッ…!」
狐娘「…のう主よ、同じ事を問うてもよいかの」
狐娘「主は何故、妾と関わろうとする?」
狐娘「話がしたいという動機だけで己が人生をさえ賭するのはさすがに釣り合っておらぬじゃろう。主を突き動かすその原動力が、妾は気になる」
狐娘「…否、ちと違うな」
狐娘「お主にとって、妾とは何じゃ」
狐娘「答え合わせをさせとくれ、数奇者」
男「……」
男(……僕にとっての狐娘さん……)
男「そう、ですね」
男(なんて口ごもってみたけど、答えははっきりしてる)
男(僕がこの人の元を訪れる理由)
男(初めてこの人を見かけた次の日、性懲りもなく神社に足を運んだのも、どれをあげれば喜ぶ顔が見られるか考えながらお菓子を選んだのも、自分勝手にこの人を幸せにしてあげたいと思ったのも)
男(みんな同じ。男の子が女の子のために頑張れる理由なんて一つしかない)
男(…やっぱりずるい。狐娘さんはそれを分かって、待ってるんだ)
男「僕が言ったら狐娘さんも教えてくださいよ」
男「僕は……あなたが」
装束女「お取込み中ごめんねぇ?」
男・狐娘「「!」」
装束男「…チッ、さっさと仕掛けるべきだった」
装束女「なんだい、じゃあほんとにくっちゃべってただけか」
狐娘「…貴様ら…」
装束女「あれ?なんでって顔してる?気付いてなかったんだ、あんたの人払いとっくに切れてんの」アハハ
装束女「てっきりうなされてると踏んで来たのに起きてっからさ~。無駄に警戒しちったじゃん」
装束女「面白いねぇどうやって剥がした?」
狐娘「」サッ――
装束女「おっと動くな」シャッ
(吹き矢を構える)
装束女「あたしはこいつより吹くのが上手い。現代兵器たるピストル様にゃ劣るが、この距離ならまず外さない」
装束女「はい次、お前の見せ場ね」
装束男「……交渉だ」
装束男「大人しく俺達に付いてくるなら、その男は逃がしてやろう。我々にとっても、お前が協力的な態度を見せてくれるのであればそれが最も楽だからな」
装束男「従わなければ男は殺す。お前にも今後身体的自由は無いと思え」
狐娘「…それで交渉のつもりか。笑わせてくれる」
装束女「あんたご自分の立場理解してる~?こーんな仏様の慈悲をかけてやってんだ。地べたに額こすり付けて100万回感謝ぐらいしろよ」
男(やっぱりこの人たち……。どうする……ただ狐娘さんの足枷になるだけ…なんて冗談じゃない)
男(刺されてもいい、一瞬だけでも、こいつらの気を逸らせれば狐娘さんの逃げる隙くらいは)
装束男「早く選べ」
男「…狐娘さん、僕…」
狐娘「黙っておれ、今考えとる」ボソッ
装束男「……」
狐娘「……」
男(……狐娘さん……)
装束女「……飽きた。終了ー」
装束女「あたし待つって行為嫌いなんよね」
装束男「下らん茶番だったな」
装束女「さーて、いい声で啼いてちょうだいねぇ♪」
狐娘「っ…」
タタタッ
装束男「…!?」
幼馴染「」ブンッ!
装束女「がっ…!」バキッ!
男「ね、姉さんっ」
幼馴染「男に何しようとしてたの?」
装束女「…痛いなぁ…♪」
装束男「小娘…!面倒だな」
狐娘「――今じゃ走れ」ダッ
男「え…あっ!」...ダッ
装束男「!」
幼馴染「待って!男っ!!」
装束男「おい、娘の始末は後だ!」
装束女「どっち向いてんのさ」グッ...!
幼馴染「邪魔っ!」
装束女「いいねぇその顔…。ヤる?」イヒッ
装束男「肝心な時に…!」
(吹き矢を拾い上げる)
装束男「逃がしてなるものか」シャッ
シュッ
男「! 危ないっ!」ドン
狐娘「っ!」ヨロ...
――プスン
男「っ……がぁ゙あ゙あ゙…!」
幼馴染「!!?何してるのよっ!!」
幼馴染「嫌…男ぉ!!」ダッ
狐娘「…お主…」
男「い゙、ぁ゙……に…逃げて…!」
狐娘「!っ…」
男「は…や゙ぐっ……!!」
狐娘「」ダッ!
装束男「おのれ愚図共がっ!」ダッ!
.........
今回はここまでです。
次回の投下で完結します。
こんな時間ですが、投下していきます。
ーーー病院ーーー
幼馴染「……」
叔母「……」
幼馴染「……、」カツ..カツ..
叔母「……」
幼馴染「…っ…」カッ、カッ
叔母「…幼、少し落ち着きなさい」
幼馴染「は…?落ち着けるわけないじゃない、男がどうなるかも分かんないのに!叔母さんにとっちゃどうでもいい他人かもしれないけどさ、私は叔母さんよりずっと――」
叔母「幼」
幼馴染「っ」
叔母「静かに。あんたが騒いだら男くんは良くなる?」
叔母「それにね、私が何年あの子を育ててきたと思ってるの。赤の他人じゃないわよ」
幼馴染「……ごめんなさい」
コツコツ
看護師「男さんの身内の方ですか?」
幼馴染「!」
看護師「先生がお呼びです」
医師「……厳しい状況にあります」
叔母「……」
医師「これでも色々な事例を担当してきたのですがね、彼を蝕む毒は今のところ全く未知のもので、データベースへの照会では判明に至っておりません」
医師「その道の権威にも助力を仰いでいます。現在は対症療法で苦痛を和らげてはおりますが…毒の回りが早いようでして」
幼馴染「男は、助かるの?」
医師「正直に申し上げてしまいますと……回復される可能性の方が、低いかと」
叔母「そう…ですか…」
幼馴染「……あいつらを見つけないと」
幼馴染「見つけて引っ張り出して、解毒の方法聞けばいいんだよね」
医師「それだけはおやめ下さい」
医師「警察も言っていましたが、奇妙な恰好に加えて今回の事件、その人物が危険思想を持つテロリストの疑いもあります。彼らのことはプロである警察に任せましょう」
幼馴染「……」ギリ...
医師「私共も手を尽くします。どうか吉報を、お待ち下さい」
ーーーーーーー
……………
真っ暗だ。
ここはどこだろう。
……………
体を動かしてる実感がない。それどころか体も見えない。
――死後の世界?
白猫「半分です」
あ…覚えてる。狐娘さんを助けてくれた猫さん。
半分って?
白猫「助けたのは貴方ですよ」
白猫「貴方はまだ生きています。ですがもう間も無く、確実に死に至る」
…そっか。
教えてください、狐娘さんは無事なんですか?
白猫「貴方の提示した"無事"が、追跡者から逃れる事が出来たという意味であれば、肯定します」
よかった。
それが一番気がかりだったから。
白猫「……」
欲を言えば姉さんとも話したかったな。怖くなって逃げちゃって、ちゃんと向き合ってあげられなかった。
白猫「貴方は可哀想な人間です」
僕が?
白猫「貴方は死ななくてもよい人間でした。それが、たった一度、不要な寄り道をしたせいで呆気なく崩れ去ってしまった」
白猫「貴方は可哀想な人間です」
狐娘さんの方が、ずっと可哀想だよ。
だってあの人は死ぬこともできない、これまでもそしてこれからもまた一人きりで過ごしていかなきゃならないんだから。
せめてさ、僕が生きていられる間くらいは一緒にいたかったよ。
あぁ、それも心残りだなぁ。
白猫「あの子をひとりにしたくないと?」
うん。
そう、約束したんだ。
結局守ってあげられなかったけどさ…。
白猫「その望み、叶うとしたら?」
え?
白猫「貴方を包むあの子の影がその資格足り得る」
白猫「但し――」
ーーーーーーー
幼馴染「……」
幼馴染「……私が……もっと……れば……」
叔母「…幼、そろそろ帰るわよ」
幼馴染「男……」
叔母「病院、もう閉まっちゃうって。また明日の朝来ましょう。私も付き添うわ」
幼馴染(……私が、あの時部屋に鍵を掛けてれば、止められた)
幼馴染(男が電話で言ってた人工林の神社のことを、もっと詳しく訊いていれば)
幼馴染(図書館で勉強なんていう嘘をもっと強く咎めていれば)
幼馴染(男を、もっと早く繋ぎ止めておけば)
幼馴染(こんなことにはなってなかった)
叔母「ねぇ幼、最近あんたあんまり元気がなかったわよね。昨日、事件の起こる前もちょっと様子が変だった」
叔母「おかしな二人組が男くんを襲ったって言ってたけど、本当は幼も何かされてたんじゃなくて?私、あんたなら平気だとたかを括って何もしてあげられなかったわ。昨日までにあったこと、帰りながらにでも聞かせてくれないかしら」
叔母「あんたのそんな顔、見たくないのよ」
幼馴染「……」
幼馴染「別に、何もないよ」
受付「え…!そう」
看護師「それで先生は…」
叔母「? どうしたのかしら」
幼馴染「…帰る前に男に会いたい」
叔母「会いたいって…」
幼馴染「男の病室、少し入るだけならいいでしょ」
幼馴染「すみません」
看護師「! はい、なんでしょう?」
幼馴染「男の顔が見たいです。どこに行けば会えますか」
看護師「えーと…それは…」
幼馴染「一瞬でいいですから」
看護師「いえ、ご案内すること自体に問題はないのですが…」
幼馴染「じゃあなんですか?」
幼馴染「…もしかして、男に何かあったんですか?」
看護師「……」
幼馴染「教えてっ!男はどうなってるの!死んでないよね!?ねぇ!?」
看護師「わ、分かりません」
看護師「男さんがいなくなったんです」
ーーーーーーー
狐娘「……」スッ
狐娘「一先ずはこれでよいか」
狐娘「ここの人除けも一日は保つじゃろう。あまり頻用出来るものでもないが、奴らがどこに潜んでおるか掴めぬ様ではな」
狐娘「…ちと、疲れた」
ーーーーー
男「死ぬのは勿論嫌です。でも、また狐娘さんが一人になるくらいなら…僕の時間をいくらでもあげます」
ーーーーー
狐娘「………」
狐娘「…死にたくはないと、言っておったじゃろう……阿呆……」
狐娘「よりによって妾を庇いおって……妾は死なんのじゃぞ……」
狐娘「………」
狐娘「すまない」
狐娘「こうなる事を予想出来て然るべきであった。俗世と、人との関わりを断つと決めたはずじゃったのにな」
狐娘「主のくれる"時間"に、甘えていた」
狐娘「…本当の阿呆は己という訳じゃ」
狐娘「千年は生きた。然しそれだけ。何一つ賢くなっておらぬではないか」
狐娘「……」ミアゲ
(夜空に浮かぶ小さな月)
狐娘「月見には向かぬ夜じゃ」
狐娘「…そちらに行けば、未来永劫ひとりでいられるかの…」
狐娘「何者との繋がりも無く、静かに、無限の時を揺蕩う……」
男「月にだって、人は来ますよ」
狐娘「………!?」
男「知らないんですか?アポロ11号」
狐娘「……亡霊……か?」
男「生きてますよ。ほら、足があるでしょ」
狐娘「何故ここが……お主、矢に仕込まれていたモノは……」
狐娘(…!)
狐娘「」スクッ
スタスタスタッ
狐娘「主よ、少し我慢しろ」
男「?」
――ピッ
男「いっ!」ツー...
...ニュルリ
男「わ…傷が塞がるのって、ちょっとくすぐったいんですね」
狐娘「おい」
狐娘「これは………どういうことじゃ」
男「……」ポリポリ
男「僕も狐娘さんと同じにならないといけないんだそうです」
男「その、不老不死、ですか」
狐娘「――っ」
男「男なので女王は名乗れませんが」ハハ...
狐娘「……………」
ボゴッ
男「ぐふっ!?」
狐娘「お主は…!何なんじゃ!!何をしておるかっ!?」
男「ちょっと…!」ゴッ
狐娘「妾と同じだと!?お主の頭はそこまで腐ったか!!」
男「やめ」ガッ
狐娘「死なないことがどれ程の苦行か分からぬかっ!?時と共に老いることが、如何に自然で恵まれておるかっ!?」
狐娘「信じられぬ…!正気の沙汰ではない…!」
狐娘「そうまでして……そこまでする程、お主は……」
男「……」
男「言ったじゃないですか。いなくならないって」
狐娘「五月蝿い口を開くな息をするな愚か者が」
男「ひ、ひどい」
狐娘「……妾のせいじゃ……」
狐娘「主を…生命の正しき道から引きずり落とした…」
男「…何が正しいかなんて、自分で決めます」
男「そうなんです、ここまでするほど僕はあなたが好きなんです」
男「人だとかそうじゃないとか関係ない。好きな相手と一緒にいたいって思うのはそんなに愚かなことですか?」
狐娘「………」
狐娘「………」
男「それに、いいと思いませんか。永遠に一緒なんて、ロマンチックな歌詞みたいで」
ボスッ
男「うぐっ」
男「…一応、言い訳もさせてください。僕あのままだったら本当に死んでたんですよ」
狐娘「…素直に死んでおれ」
男「嫌です」
男「いつか言ってましたよね。自分の1年の価値は僕の1分よりも劣るって。それはやっぱりひとりで過ごしているからだと思うんです。何も変わらない時間の中生きていれば、希薄にもなります。そんなの…考えるだけでも恐ろしいですよ」
男「でもあなたがいるから」
男「だから僕は、辛い選択をしたとは欠片も思っていません」
狐娘「……気が触れておる……」
男「そうかもしれません。正直自分がこんなことするなんて、想像もしてませんでした」
男「こんな僕は嫌いですか?」
狐娘「………」
狐娘「いや」
...ギュ
狐娘「嫌いなものか…」
男「……」ギュ
狐娘(こそばゆくて暖かい)
狐娘(情を向けられるこの感覚は、二度と手にすることは無いと思っていた)
狐娘(嗚呼そうであった。思い出してしまったよ)
狐娘(遠い遠い昔、あの悪夢の日より、頑なに他者を遠ざけていたのは――失う事に怯えていたから)
狐娘(妾もお主と同じ、身勝手な生き物じゃ)
狐娘「…ありがとう…」
男「…うん」
.........
男「白神様、ですか」
狐娘「そうじゃ。毛並みの白い猫の姿に、何より命の理を逸脱させ得る存在など、彼の一柱をおいて他におらぬ」
男「それって狐娘さんを不老不死にした…?」
狐娘「うむ。…如何な理由でお主に目をつけておったのじゃろうな。供物が無ければ代価をくれることも無い筈じゃが」
男「おんなじ神様から同じ能力をもらえるなんて、なんか姉弟みたいですね」
狐娘「お主のような兄弟なぞいらん」
男「即答…」
狐娘「…兄弟では嫌じゃ…」
男「はい?」
狐娘「何も」
男「僕も姉弟なんかじゃ、不満です」
狐娘「聞こえているではないかっ」
男「わっ…!暴力反対!」
狐娘「……ふぅ」
狐娘「しかし気の利かぬ男じゃ。布団の一枚でも持ってきていればいいものを。この先暫くは野宿じゃぞ?」
男「せめて買い物くらいしていきませんか?」
狐娘「阿呆。連中に見つかったらどうする。そも、金はあるのか?」
男「…ないです」
狐娘「妾もだ。社に戻れば幾許かの端金は残っておるが」
狐娘「ま、そういうことじゃ。これが主の選んだ道じゃからの、辛抱せえよ?」
男(そう告げる狐娘さんは、言葉の割には嬉しそうで…)
狐娘「さて、どこへ行こうか」
男「! あの、狐娘さん」
男「一箇所どうしても寄りたいところがあるんです」
ーーー真夜中 自室ーーー
幼馴染「……」ジッ
スマホ『01:22』
幼馴染「……」
スマホ『01:22』
幼馴染「……」
スマホ『01:23』
幼馴染(来ない)
幼馴染(まだ見つからないの)
スマホ『01:23』
幼馴染(苛立たしい…何もかも。どうして私と男を引き離そうとするの?)
幼馴染(私は男だけいてくれればいいのに。私から男を盗らないでよ…)
スマホ『01:24』
幼馴染(…やっぱり、私が探しに行かなくちゃ)
コンコン
幼馴染「」バッ
幼馴染(なに…こんな時間に)
幼馴染(もしかしてあいつらが――!)
「姉さん」
幼馴染「!!」
タッタッタッ
シャッ(カーテンを開ける)
男「やっぱり起きてた」
幼馴染「男…!戻ってきてくれたんだ…!」
幼馴染「待ってね、今…」グッ
幼馴染(? 窓が開かない)
男「そのまま聞いて欲しいんだ」
男「僕ね、姉さんがいてくれて本当によかったと思ってるよ。両親がいなくなってから今日までずっと、姉さんに育ててもらったって言えるくらいお世話になってさ」
男「あの事件で姉さんが明かしてくれたことには驚いたし、頭がぐちゃぐちゃになるくらい悩んだけど、それでも姉さんは僕の恩人だから」
男「最後に、お別れだけしておきたくて」
幼馴染「…何言ってるの…?」
男「僕死なない体になったんだよ、すごいでしょ」
幼馴染「ねぇ…」
男「人としての"男"はもういない。だから――」
幼馴染「ねぇってば!」
男「…だから、僕のことはどうか忘れてください」
男「じゃあね」
幼馴染「駄目…行かないで…!」
幼馴染「なんで開かないのよ…!?」ガタ、ガタッ
狐娘「もうよいのか」
男「…はい」
幼馴染(っっ!!)
幼馴染「お前が!」バンッ
幼馴染「お前さえいなければ!」バン、バンッ!
幼馴染「私たちはずっと幸せでいられたのに!!」
幼馴染「男を返してよっ!化け物っ!」
狐娘「……」
狐娘「お主の好いた者は、妾と同様不老不死の化け物となった」
狐娘「こやつも同じようにーー奴らに頼み、処分するか?」
幼馴染「――っ……」
(去り行く二人の背中)
幼馴染「………ぅ………」
幼馴染「ああぁぁ……!」ポロ、ポロ
叔母「幼!すごい音がしたけど何が…」
幼馴染「うぁ…ぁあぁ…!」ポロポロ
叔母「どうしたの!?ねぇ幼…!外に、誰かいたの?」
.........
.........
ーーーーーーー
茶髪「悪い悪い、待たせたな」
角刈「やっと来たか。10分は待ったぞ」
茶髪「最後に雑用押し付けられちまってよ」
眼鏡「課長っすか?なんか今日ずっと目付けられてたっすよね」
茶髪「そ。虫の居所が悪いんだか知らんけど俺ら平に当たるなってんだよ。んで、いつもの居酒屋でいいんだよな?」
角刈「いや今は満席だとさ」
茶髪「えぇ?んだよーなら決めといてくれよ」
眼鏡「茶髪さんなら良い店知ってるんじゃないかって、待ってたんすよ」
茶髪「俺?あー……うし分かった。この前見つけた穴場、連れてってやるよ」
角刈「本当にあんのか」
眼鏡「流石茶髪さん!」
幼馴染「ちょっと、道開けてくれない?」
角刈「!」
茶髪「主任…!すいません」
眼鏡「お疲れ様です…!」
幼馴染「はいお疲れ様」ニコ
角刈「…あの主任!俺らこれから飲みに行くんですけど、よかったら主任もご一緒にどうでしょうか!」
茶髪「お、おい…!」
角刈「主任の仕事の仕方とか、自分憧れてまして、その、お話でも聞かせて頂けたらと!」
幼馴染「私に?」
幼馴染「ふふっ、ありがと。でもごめんなさい、今日も早く帰らないといけないから。いつか機会があればね」
トットットッ
茶髪「……お前、マジか?」
角刈「なんだその目は」
茶髪「や、確かに綺麗な人だけどよ、主任だけは無いべ」
茶髪「あの見た目で男の話の一つも聞かねーし、いつも決まった時間までに帰るからだーれも詳しく話をしたことがない」
茶髪「しかも噂に聞くと、付き合った奴は例外なく謎の失踪を遂げるとか何年も誰かを探し続けてるとか、どう考えてもありゃ地雷案件だろ」
角刈「お前はそんな下らん噂を鵜呑みにしてんのか。いいか、噂なんぞ誰かが面白おかしくする為に広めるデマだ。あの若さで主任だぞ?今まで相当苦労してきたに違いない。だからこそ社会の闇に揉まれ、荒んでしまった彼女をだな」
眼鏡「でも主任ってそろそろ30に…」
角刈「ばかもん!女性は20代後半が最も美しいんじゃ!」
茶髪「はいはいよー分かりやしたよー。じゃ、残りは飲みの席で聞かせてもらいましょーか。ほい行くぞ」
角刈「だーからお前たちは本質がなんも――」
テクテクテク...
男「……」
狐娘「…あまり変わっておらぬようじゃな」
狐娘「容姿も、あやつの執着癖も」
男「もう10年以上経つんですけどね…。僕なんかよりもっと色んなものに目を向けて欲しいです。幸せなんて気付かないだけでそこら辺にたくさんあるんだよって、伝えておけばよかった」
狐娘「お主のお人好し病もいつまで経っても治らぬの」
男「だって人生は短いですから」
狐娘「……そうじゃな」
狐娘「声だけでも、掛けてゆくか?」
男「いえ」
男「それだけは駄目です。絶対に」
狐娘「………」
男「………」
男「行きましょうか」
ーーー人工林 池のほとりーーー
男「おぉ…これですよね?」
狐娘「うむ。間違いない」
(一本の広葉樹)
狐娘「立派なものじゃ」
男「見違えましたね」
狐娘「社があの惨状じゃったからの、半ば諦めておったが…」
男「流石にあいつらも狐娘さんが木を植えるとは思ってないんでしょう」
男「神社が無くなっちゃったのは寂しいですけど、それがきっかけで奴らは捕まって、僕たちがこうして戻ってこれたんです。黙祷の一つでも捧げないといけませんね」
狐娘「元々妾が作った社だがな」
男「じゃあ、狐娘様々で」
狐娘「苦しゅうない。そう畏まらずとも良いぞえ」
男「…クスッ、妙に様になってる」
狐娘「伊達に永く生きとらんからな」フフン
男「そこで得意げになりますか」
狐娘「………」
狐娘「…のう主よ」
狐娘「後悔していないか…?」
男「後悔するくらいなら今ここに立っていませんよ」
狐娘「…!」
狐娘「そうか」
...サァァ
男「また涼しい季節になりますね」
狐娘「うむ」
男「今度は南に、行けるところまで行ってみるのはどうです?」
狐娘「暑いのは苦手なのじゃが」
男「その膨れ上がった尻尾でも整えればマシになりそうですけど」
狐娘「むっ」
狐娘「…主が手入れをしてくれるなら」
男「え、いいんですか?」
狐娘「二度は言わぬ」
男「やりますやります!やらせて下さい是非!」
狐娘「……♪」
男「狐娘さん」
狐娘「な、なんじゃ?別ににやけてなど…」
男「これからもよろしくお願いします」
狐娘「……あぁ」
狐娘「こちらこそじゃ」ニコリ
ー終わりー
以上で完結となります。
遅筆で申し訳ありません。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
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