灰原哀「ご要望通りの甘くないチョコよ」江戸川コナン「サンキューな、灰原」 (11)

工藤新一という名は彼が高校生探偵として名を馳せていた頃に良く耳にしたものだ。

その時には既に私は大学の研究室で物騒な薬を調合していて、ひとつ年下の彼の活躍はまるで遠い世界の出来事のように感じられた。

目立ちたがり屋で、自信家で、ついでに顔まで良くて、それを自分自身で自覚している口ぶりは鼻につくけれど概ね好印象であった。

そんな彼と私の距離が縮んだのは、私が研究開発を進めていた【APTX4869】が起因しており、それに関連して姉が死に、彼に大きな借りが出来た。

彼は私が作った薬を飲み身体が縮んでしまっていて、私もまた組織から抜け出すために服用して、身体が縮んだ。

「なんだよ、灰原。さっきからジロジロと。オレの顔に何かついてるか?」
「目と鼻と口がついてるわね」
「バーロー。そんなの当たり前だろーが」

私は灰原哀と名乗り、そして工藤新一は江戸川コナンと名乗ることで組織から身を隠し、小学生として生活している。

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「随分嬉しそうね」
「あん?」
「そんなに吉田さんからチョコを貰えたのが嬉しかったのかしら」

揶揄い半分で尋ねると、彼は半眼となって。

「んなわけねーだろ」

否定しつつも、満更でも無さそうに見える。

「甘いものは嫌いなんでしょ?」
「そうは言っても貰わないわけにはいかねーだろ。一生懸命作ってくれたらしいし」

バレンタインデーに向けて吉田さんがチョコ作りに精を出していたことは知っている。
というか、私も付き合わされてチョコを作る羽目になってしまった。さて、どうするか。

「それじゃあ私も一生懸命作ったと言えば、あなたはチョコを貰ってくれるのかしら?」
「……毒でも入ってんじゃねーだろーな」

なんて失礼な。それなら私にも考えがある。

「なら、円谷くんか小嶋くんに渡すわ」
「ああ、そーしろそーしろ」

まるで興味なさげなリアクションをする工藤くんに苛立ちながら、冷静に話を進める。

「どっちにあげようかしら」
「光彦が良いんじゃねーの?」
「あら、どうして?」
「だってほら、あいつお前に惚れてるし」

どうでも良さそうにしつつも珍しく他人の心境を察している彼が物珍しくて見つめる。

「なんだよ」
「いえ、あなたにも人の好意を感じ取れる感覚器官が備わっていることに驚いただけよ」
「どういう意味だよそれは……」
「さあ? ちなみに吉田さんが手作りチョコをくれた件についてはどう思っているの?」
「そりゃあ、ただの義理だろ」

駄目だこの男。自分への好意には無頓着だ。

「だったら、私が円谷くんにチョコあげたとしても義理と思われるかも知れないわね」
「へっ? 義理じゃねーのか?」

義理だけど。ここは少し曖昧にしておこう。

「彼が将来立派な男性になることを見越して、投資しておくのも悪くないでしょ?」
「やめとけやめとけ。光彦が成人する頃には、お前はすっかりババアになって……」
「黙りなさい。それ以上言ったらあなたの未発達なお尻の穴に直接毒薬をぶち込むわよ」

そう言って尻をつねると、彼は生唾を飲み。

「お、お前な、脅すにしても他にあるだろ」
「前立腺を切断するとか?」
「なんでケツに関しての拷問ばっかなんだよ! やめろよ! こえーよ!?」

工藤くんはお尻が弱いらしい。メモメモ。

「冗談はさておき。本気にされたら困るからやっぱり小嶋くんにチョコを渡すわ」
「たくっ……やっぱ義理なんじゃねーか」
「あら? 何をほっとしてるのかしら?」
「うっせ。いいからさっさと渡して来いよ」

というわけで、小嶋くんにチョコを渡した。
彼はキョトンとした顔でチョコを受け取り。
そしていきなり大声でこんなことを叫んだ。

「うわっ!? これ、うんこじゃねえか!」

失礼な。たしかに形は悪いけどチョコだ。
排泄物にしか見えないけれど、味は甘い。
そんな反論をする前に工藤くんが怒鳴った。

「元太!! そいつをオレによこせっ!!」

いつの間にか工藤くんは小嶋くんの胸ぐらを掴んでいて、私のチョコを強奪していた。

「な、何すんだよ! うんこ返せよ!!」
「バーローッ!! ガキにうんこは100年早いんだよ!! 元太はうな重でも食ってろ!!」
「お、お前だってガキじゃねーか!?」

取っ組み合いになる2人に、吉田さんと円谷くんが割って入って仲裁しようとする。

「ふ、2人とも喧嘩はやめて!?」
「そうですよ! そもそもそれはただのチョコです! 落ち着いてください!!」

吉田さんの声と意外と冷静な円谷くんの言葉によって2人は冷静さを取り戻したらしく。

「なんだ、チョコか……悪かったな、元太」
「どう見てもうんこなんだけどなぁ」

こうして、ひと段落ついたかに思われたが。

「では、このチョコは僕が頂きますね」
「光彦! ずりーぞ!!」
「コナンくん、哀ちゃんのうんちがそんなに欲しかったの? 歩美のじゃだめ??」
「あ、歩美ちゃんのを貰うわけには……」

再び戦争が勃発しそうだったので帰宅した。

「おお、哀くん! どうじゃった?」
「なにが?」
「ほれ、こないだ哀くんが丹精込めて作っておったかりんとうを新一は喜んでくれたのか気になってのう」

帰宅すると阿笠博士に絡まれたので、説明が面倒臭くなった私は適当に返事をした。

「彼は私の大便のほうが嬉しいそうよ」
「なんと! いくら見た目は子供、中身は大人であってもそれはいかん! 早すぎる!!」

どちらかと言えば手遅れなのだが、もはやどうでも良かった。男って、ほんと馬鹿ね。

その晩、工藤くんから着信があった。

『おお、灰原。オレだけど……』
「なに?」
『いや、なんか悪かったなって思って……』

受話器越しの彼にひとつお願いをしてみる。

「声」
『へっ? 声がどうかしたか?』
「変声機で声を工藤新一に変えて」
『は、はあ? なんだよソレ……』
「そうしたら許してあげる」

そう要求すると思いの外素直に彼は変声機を使って声を変えてくれた。工藤新一の声で。

『悪かった。その……これからもよろしく』

思わず笑ってしまった。嬉しくて愛しくて。

「工藤くん」
『ん? どうした?』
「私の推理によると、どうやらあなたは甘くないチョコレートが好きみたいね」
『っ……それがどうしたんだよ』
「別に。それじゃ、おやすみなさい」
『あっ……お、おい……!』

通話を切る。
そして私はトイレに向かって。
甘くないチョコを彼のために用意した。

「工藤くん、これ」
「ん? もしかして、これって……」
「ご要望通りの甘くないチョコよ」

翌日こっそりと彼に手渡す。1日遅れだけど。

「サンキューな、灰原」

今度は素直に受け取って貰えて、満足した。

「悪かったな、催促したみたいで」
「まったく。私にはあなたのような推理力がないんだから、今後からは直接言って頂戴」

すると彼は、困ったように頭を掻きながら。

「さっそく物は相談なんだけどさ……」

云いづらそうにこんな耳打ちをしてきた。

「実は昨日、話が拗れちまってよ……このままじゃ歩美ちゃんの小便を飲むことになりそうなんだけど……どうすりゃいいと思う?」

やれやれ。迷宮無しの名探偵も堕ちたものね。

「馬鹿ね……私のだけで我慢しなさい」
「フハッ!」

愉悦を溢した彼を見て、吉田さんが心配そうに駆け寄って、ぽしょぽょと耳元で囁く。

「コナンくん、突然嗤ってどうしたの? やっぱり歩美のおしっこが飲みたいの??」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

高らかに哄笑する彼の醜態は第一印象とはかけ離れているけれど、これはこれで悪くないと思えてしまうほど、私は彼が好きだった。


【劇場版 名探偵コナン 茶色の弾丸】


FIN

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