土屋亜子「アタシも大好きやで、Pちゃん」 (133)

P「土屋さん、好きです。僕とつきあってください!」

 この男の子、後にPちゃんとアタシも呼ぶようになる、一週間前クラスに転校してきた男の子が、その日いきなりアタシに告白してきた。
 後ろではさくらが「うわあ」とか言ってるし、いずみが男の子とアタシの反応を分析しようと凝視しているのがわかる。
 いや、2人だけやない。道行く学生もヒソヒソと話しながら、こちらに視線を向けているのがわかる。
 なんちゅうデリカシーのなさ!
 普通こういうのって、2人きりの時するもんちゃうの?

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土屋亜子(15)

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村松さくら(15) 土屋亜子(15) 大石泉(15)
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亜子「おあいにくさまやけどな、アタシそういうの興味ないから」

P「そういうの、って?」

亜子「レンアイとかな、おつきあいゆうん、アタシ興味ないねん。それどこやないねんから」

P「それってつまり……」

亜子「なんやの?」

P「別に今、誰ともおつきあいしてないってことだよね?」

亜子「は?」

P「もう誰かとつきあってたらどうしようと思ってたけど、良かった。安心した」

亜子「いや……そうやないのよ。アタシは別に誰ともつきあわへん言うてんの!」

P「それは一生?」

亜子「はあ?」

P「一生、誰ともつきあわずに、結婚もしないの?」

亜子「そんなわけあらへんやろ! そりゃアタシだっていつかは……」

P「なら僕にも可能性はあるんじゃないかな」

亜子「んーそれはそうや……いや、そんなわけないやん!!」

P「どうして?」

亜子「どうして、て……あ、あんな、アタシはアホな人は嫌いやねん」

P「なるほど」

亜子「なるほど……て、アンタはアホやろ」

P「なんで?」

亜子「こないデリカシーのない男の子が、頭いいはずあらへんやんか!」

P「デリカシーと知性に関連性はない。むしろ、天才と呼ばれるような人物は往々にして常識の外にいると歴史も示唆している」

 後ろでいずみが大きく頷いてるのがわかる。いずみ、アンタどっちの味方やの? さくらは相変わらず嬉しそうにしているし。

P「わかった。じゃあこうしよう。来週の定期テスト、そこで僕がアホではないことを証明する」

亜子「はあ?」

P「アホなら成績でトップを取ることはできないから、逆説的にトップを取れば僕はアホではないことになる」

亜子「はああ?」

P「見ていて、土屋さん。君のために、トップをとってみせる」

亜子「はああああ?」


亜子「待った、さくら。なんも言わんでエエから。いずみも」

村松さくら「アコちゃんすごいねえ、良かったねえ」

亜子「エエことあるかいな! もう、恥ずかしい」

大石泉「まさか登校中に往来で告白されるとは思わなかったよね。でも、デリカシー云々というより、彼も必死だったんじゃないかな」

亜子「いずみまで、そないなこと言わんといて!」

さくら「それでぇ? どうするの? アコちゃん」

亜子「どうするて?」

泉「つきあってあげるの? 彼と」

亜子「いやアタシ、断ったやんか」

泉「え?」

さくら「断った……かなあ」

亜子「おつきあいなんかせえへん、言うたやろ?」

さくら「言ってたかな、イズミン?」

泉「言ってない」

亜子「え?」

泉「恋愛やおつきあいに興味ないって、亜子は言った。断ってはいない」

亜子「誰ともつきあわへん、とも言うたやろ?」

泉「それについて、彼は論駁した。一生誰ともつきあわないのか、と。亜子はそれについて、そうではないと認めた」

亜子「いずみ、アンタどっちの味方やの!?」

泉「私はもちろん、亜子の味方だよ」

亜子「ならなんでアッチの肩を持つのん!」

泉「大切で大好きな親友が、異性からも魅力的であると認められ、それに対し勇気ある行動までとらせたことは単純に嬉しい」

亜子「え?」

さくら「わたしも! アコちゃんが可愛くてステキだって言われたみたいで嬉しいよぉ?」

 なるほど、この幼なじみで親友の2人が彼に対して好意的なのは、そういうことか。
 せやけど……まあ、確かに男の子から告白されるいうんは、恥ずかしいけどマンザラでもない。
 いやまあ、ちょっとは嬉しい……かな。

泉「ともあれ、亜子は少し考えておいた方がいいと思う」

亜子「へ? なにを?」

さくら「さっきの彼がぁ、本当に成績トップをとったらどうするの?」

亜子「いや、そんなことはあらへんやろ。クラスでトップ言うたら、アタシかてそこそこの成績とるし、いずみかておるんやで」

泉「可能性は0じゃないよ。もしそうなった時に、どうするのかってこと」

亜子「いやいやいや、ありえへんて。クラスでトップなんて」

~2週間後~


泉「トップ……とっちゃってるね。彼」

さくら「それもクラスでじゃなくて、学年トップだよぉ?」

 掲示板に張られた今期テストの成績上位者を見て、アタシたちは驚いた。
 件の彼は、ほぼ満点で学年首位という結果やった。
 アタシといずみの得意な数学でさえ、彼はいずみと並んで満点であった。

P「土屋さーん!」

 ギクッとアタシはなる。
 泉が示唆したこういう事態を、アタシは今の今まで想定していなかった。

P「見てくれた? 成績、トップだったよ」

亜子「あ、あああ、せ、そ、そうみたいやね」

P「これで僕と、つきあってもらえるかな?」

亜子「あ、あの……」

P「どうかな?」

亜子「あ、あた、アタシは……」

P「え?」

亜子「ナンボ頭いい言うたかて、頭デッカチは好きやないねん。むしろ、スポーツとか得意な方が……」

P「なるほど」

亜子「だ、だからやな、つまりその……」

P「わかった。証明するよ、スポーツが得意なこと」

亜子「へ?」


泉「悪手」

亜子「言いたいことはわかるけど、言わんといて……」

さくら「あくしゅ? 握手?」

泉「断るにしても、ああいうのは良くないよ」

亜子「反省してます、て。成績、あんなエエなんて思わへんかったから、つい口から……」

さくら「これでぇ、またスポーツで成績を残したりして」

亜子「やめて、さくら。言わんといて」

泉「覚悟は決めておいた方がいいよ、亜子」

亜子「お、脅かさんといてやいずみ……」

 その彼が、実際に1ヶ月後にはテニスで全国中学生大会に出場し、全国優勝をしてしまったことにアタシは呆然とした。
 いや――実を言うと、いずみやさくらにナイショで全中のテレビ中継を見て、不覚にもアタシはときめいてしまった。
 なんや、かっこエエやんか。
 準決勝でのピンチ、アタシは思わず声を出して応援をしてた。
 お母さんがビックリしてアタシの方を見たため、慌ててテレビを消したけど、後で無事に勝ったことを知り、自分でも不思議なほどホッとした。

 そしてPちゃんは、全中から静岡に帰ってくるとその足でアタシの家にやって来た。ユニフォーム姿に、手には優勝のトロフィーを持って。
 満面の笑顔に、どういう仕組みなのか歯まで光ってる。
 キザやな。
 アタシはちょっと笑ってしまった。
 しかしやっぱりPちゃんにはデリカシーがないので、その堂々とした、そしてわかりやすい姿での登場に、ウチの周囲には人だかりができてしまってた。

「全中テニスで優勝したP君だってよ」「テレビに出てたあの子よね!?」「無名の新人が無名の公立中から全国優勝って新聞でも見たわ」「学校の成績もすごいんでしょ?」

 ウチの前に大勢の人が集まる。
 そして同じ団地に住んでいるので、いずみとさくらもやってきた。

P「君のために取ってきたんだ」

 トロフィーを手渡され、アタシは真っ赤になってもうた。
 ホンマこのPちゃんは、デリカシーがない。遠慮も忌憚もてらいもない。
 しかしアタシもアタシで、ついトロフィーを受け取ってしまう。
 そして実際に、アタシの為に彼が取ってきてくれたその証を手にして、普段ならここで「このトロフィー、ナンボやろ?」と皮算用を始めるであろうアタシでさえも、単純につい嬉しくなってしまう。

P「それでどう? これで、つきあってくれるかな? 僕と」

 Pちゃんの言葉に、人だかりの顔が一斉にアタシを見る。
 こんなマンガやドラマみたいなこと、アタシ恥ずかしい、て。
 それでついつい、アタシはまた言ってしまった。

亜子「……や」

P「え?」

亜子「男はな、成績でもスポーツでもない、お金や! 経済力や!!」

P「なるほど」

 Pちゃんはまたいつもの、確信と決意を込めた目でアタシを見ていた。


泉「亜子」

亜子「反省してます……」

さくら「かわいそうだよぉ」

亜子「それはホンマ、アタシも悪いと思ってるて……」

泉「まあ3度目にしてようやく、亜子が本心をさらした事には、一定の評価をするけど」

亜子「え?」

さくら「お金は、大事だもんねぇ」

 2人の言葉に、アタシは嘆息する。
 そう、経済的事情は、アタシたち共通の認識でありまた、最大の不安と問題であった。

 アタシたち3人は、お互いが最初の友達で、幼なじみで、ご近所さんやった。
 おない歳の、気の合う、それでいて質の違うアタシたちは、親友と自他共に認める間柄だ。いや、親友を越えて家族にも等しい心情を持っている。

 だが同時にアタシたちは、それぞれの家庭の問題も抱えている。

 アタシは母子家庭であり、家計は苦しく母親は仕事で家を空けることが多い為に家事もほとんどアタシがやっている。高校生になりアルバイトができるようになれば、家事に加えそれによって家計を助ける気満々でいる。

 いずみは病気の弟がおり、その治療でやはり色々と大変であり、転地療養の話もある。加えていずみ本人が成績優秀であるため、補助のある海外留学の誘いがある。補助が受けられれば、いずみの家庭はいずみの弟にかかる諸々の経費が軽減できる。

 さくらは両親の両親、つまり彼女の祖父母達とはなれているため、なるべく会う機会を増やそうと高校生になったらアタシ同様アルバイトで移動費を得るつもりでいる。しかしこの天然無垢な彼女をアタシやいずみが心配なように、さくら本人も自身に果たして世間で働くということができるのかという不安を持っている。

 要するに、進学をして高校生になればアタシたちはバイトや留学でバラバラになってしまうのではないかという漠然とした不安を抱えている。今までのように、いつも一緒ではいられなくなるのではないだろうか……?

 漠然とした不安というものは、時として厳然たる現実よりも始末が悪い。具体的な対処方法や回避案がないのやから。

亜子「な、高校も3人、おんなじトコ行こうな」

泉「うん。約束だよ」

さくら「わぁい。高校でもみんな、いっしょだね」

 中学3年になり、アタシらはそう誓い合った。あれからまだ数ヶ月しか経っていないが、現実はその誓いにも暗い影を確実に落としている。
 そう、お金だ。お金さえあれば、アタシは家計を助け、いずみは弟を心配しつつの海外留学などをしなくてよく、さくらも穏やかに高校生活をおくれるだろう。
 なんとか、お金を得る方法はないものやろうか……アルバイトとかではなく、3人が一緒にいられ、それでいて儲けられるというもんは……


さくら「アコちゃん、あったよ洗剤。広告の12%引きっていうの」

亜子「ありがとうな、さくら。よし、これで買い物バッチリや。せやろ? いずみ」

泉「今、計算してる……うん、1998円。予算内だよ」

亜子「ご合算やな。それじゃこれ、お願いします」

店員「はい……合計で1998円になります。……はい、2千円からお預かりいたしまして、お釣りは2円になります。あ、それとこちら、福引き券となっております」

泉「福引き券?」

店員「はい、千円お買い上げ毎に1枚ついてきておりまして、あちらで引くことができますので」

さくら「わあ、やったねアコちゃん」

亜子「どれどれ……おっ! 1等は稲取温泉の宿泊券やて!!」

泉「でも1名様分みたいだよ。交通費だってかかるし」

亜子「いやいや、宿泊券を売ったら儲かるやんか」

さくら「2等は……ぶつぞう?」

泉「もらって嬉しいかな? 仏像」

亜子「しかもけっこう大きいなあ。これ、売れるかな?」

泉「なんでもかんでも売ろうって考えないでよ。あ、3等……」

さくら「わあ。図書券1万円分だってぇ」

亜子「……いずみ、欲しい?」

泉「え?」

亜子「あれだけあったら、欲しい本買える?」

泉「……それより4等の」

亜子「アカンか」

泉「……足しにはなるけどね。でも、もし当たっても私もお金に換えちゃうかな」

さくら「お金は……大事だもんねぇ」

亜子「よっしゃ! ほんならやっぱり、狙うは1等や。稲取温泉の宿泊券を換金して、いずみの本を買うたるわ!!」

さくら「仏像さんも、お願いしまぁす」

泉「欲しいの!?」

さくせ「綺麗なお顔でぇ、ピカピカなんだもん」

亜子「ようわからんけどわかったから任しとき! 南無八幡大菩薩……どやあっ!?」グルグル

 カランカラン♪

店員「おめでとうございまーす」

亜子「こ、この黄色い玉! 黄色は何等なん!? 何が当たったん!!」

店員「黄色は6等、カラオケボックス青波の2時間無料券+ドリンク飲み放題券です」

亜子「あらら……」

泉「ふふっ、まあそううまくはいかないよね」

亜子「くうう~こないなことなら、もう2円分なんか買うて2回引くべきやったかぁ……」

さくら「アコちゃん元気だしてよぉ。ね、この無料券でカラオケ行ってみようよ」

泉「うん。そうしようよ、亜子」

亜子「まあ……せやな、過ぎたこと悔やんでもしょうがないもんなあ。よし、行こうやカラオケボックス」


さくら「わたし、カラオケボックスって初めてなんだぁ」

泉「私も。えっと、このタブレットで歌いたい歌を選ぶんだ……なるほど。そしてここで音程の調整とかもできて……なるほど」

亜子「アタシも初めてなんよ。あ、注文もここからて店員さん言うてはったで」

泉「うん。ドリンクは無料なんだよね。なに飲む?」

亜子「なにがあるん? アタシなるたけ高いの!」

さくら「飲み放題なんだから、どれでも同じでしょぉ?」

泉「前に、野菜ジュースが1番コスパというか、原価率が高いって聞いた事があるけど」

亜子「ほな、それ!」

泉「本当に? さくらは?」

さくら「わたし、ピーチジュース」

泉「うん。私はカフェラテにしようかな。歌は……」ピピッ

さくら「うわぁ。虹を見たか、だね」

亜子「へえ。意外やな」

泉「ちょっといいかなって、思ってて。でも歌詞よくわからないけど」

さくら「じゃあ、わたしも一緒に歌おうっと」


泉「夢をみたか夢を♪ 消えない夢を♪
  涙より冷たい雨の♪ その後で♪」

さくら「綺麗な七色♪ 重ねすぎた灰色の空♪
    君は見たか♪ 虹を、消えない虹を♪」

亜子「……2人とも、上手いな」

泉「そう?」

さくら「ありがとうアコちゃん」

亜子「……!」

さくら「?」

亜子「ふひひ」

泉「……」


泉「さっき笑ってたのはなに?」

 さすがというか、付き合いの長いいずみがカラオケ終わりの帰り道、アタシに聞いてくる。
 いや、さくらも黙ってアタシを見ているあたり、何かは感づいているようだ。

亜子「エエこと思いついたんよ。アタシらがずっといっしょにいられる、アイデアを」

さくら「それってなぁに?」

亜子「まだナイショや。ま、ちょっと期待してエエから」

泉「亜子」

亜子「え?」

泉「私は亜子を信頼している」

亜子「な、なんやのん急に」

泉「亜子の思いつきや計画を、実際に数字にして補完するのが私の役割だと思ってる。だから、早めに教えて欲しい」

 なるほど。いつだってそうだった。なにかを発案し「やろ!」言うんはアタシ、それを計算して足らない部分を補ってくれるのがいずみ、そしてそれを応援してくれるのがさくらというのがアタシたち流やった。

亜子「わかってるて。でもな、いずみやさくらに聞かせるにはまだ、準備が必要やねん」

泉「わかった。待ってる」

さくら「楽しみだねぇ、イズミン」

 そう、思いつきはした。しかしまだ、それを具体的にどうすればいいのかを、アタシは調べなくてはならない。2人に相談するのは、それからや。
 と、その時はそう思っていたのが、アタシの計画は早々に軌道修正を迫られることになる。
 その原因はやっぱり、Pちゃんやった。

 あの中インハイ帰りにウチに来て以来、Pちゃんはおとなしかった。
 クラスで会うても、挨拶ぐらいしかしない。
 この人、ホンマにアタシのこと好きなんかいな? ちょっとそう思わへんこともなかったし、なんやこう胸がチリチリとしたのは確かやったけど、思い返してみるとこのPちゃんはずっとこうやった。
 テストでトップになると言い、実際にトップになるまではアタシに何も言わへんかったし、全中で優勝するまでの1ヶ月もほとんど口もきかへんかった。
 どうも彼は、アタシに大見得を切ったらその結果を出すまではアプローチはせえへんということらしい。


亜子「律儀やな……そんなん気にせえへんかてエエのに」

泉「なにが?」

亜子「へ?」

さくら「りちぎ、ってなんのことぉ?」

 アタシの部屋で3人で宿題をしつつ、アタシはそんなことを考えていたものだから、いずみとさくらに不審がられた。

亜子「あ、や、な、なんでもあらへんから」

泉「もしかして、彼のこと?」

亜子「ちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃうで!?」

さくら「違うのぉ?」

 これはアカン。いずみは観察力と推理力に長けてるし、さくらは意外とカンが鋭い。
 2人の前で余計な話はできへん!

亜子「そ、それよりな、こないだの件やねんけど」

泉「この間……もしかして、私たちがずっといっしょにいられるアイデアって亜子が言っていた、あの話?」

亜子「せやせや。あんな、いずみもさくらも歌うまかったやんか」

さくら「そぉかなあ。普通だと思うけど」

亜子「いや、ちょっとすごいな、て思ってんで。それに……」

 なぜだかアタシは、そこで少し小声になった。

亜子「いずみは美人やし、さくらは可愛いやんか」

泉「亜子だってそうだと思うよ」

さくら「うん」

亜子「ありがとうな。でも今はアタシはエエねん。2人がアイドルなったらどないか、て思ってんよ」

泉「え?」

さくら「アイドルぅ?」

亜子「アイドルとして活動したら、お金は儲かるし、一緒に活動するなら3人いつも一緒にいられるやろ?」

泉「待って。そんなアイドルとか、私にできると思う?」

亜子「さっきも言うたやろ? いずみもさくらも、美人で可愛いし歌かて上手い。大丈夫やて」

さくら「アイドル……わたし、やってみたい」

亜子「ほら、さくらは乗り気やで。いずみかて、イヤいうわけやないんやろ?」

泉「考えたことなかったから想像できないけど、確かに興味はある。素敵な提案だとは思う。成功すれば、私たちはずっと一緒にいられる。でも待って」

亜子「え?」

泉「私とさくらのことばっかり言ってるけど、亜子は? このプランのどこに亜子はいるの?」

亜子「アタシはプロデューサーや」

さくら「ぷろでゅーさー……?」

亜子「せや。アイドルいうんは、それをどう売り出すか考えたり、売り込んだりする人が必要やねん。それをアタシがやんねん。そういうのアタシ得意やんか」

さくら「3人でアイドルをやるんじゃないのぉ?」

亜子「アタシはほら、その……な?」

泉「なに? はっきり言ってよ。亜子らしくない」

亜子「アタシは泉みたいに美人やないし、さくらみたいに可愛くないし」

泉「そんなことない」

さくら「そうだよぉ!」

亜子「メガネやし」

泉「メガネをかけてるアイドルだって、たくさんいるよ」

亜子「あと、歌も上手ないし……」

さくら「いっしょに歌えばだいじょうぶだよぉ」

亜子「と、ともかくや、アイドルいうんをちゃんと理解せんとな。宿題も片づいたし、確かそろそろ歌番組が……」

 アタシがテレビをつけると、そこには意外な人物が映っていた。

アナウンサー「今日は中学生で起業し、既に年収250万円が見込まれるという学生実業家のP君にお話をうかがいます。よろしくお願いします、P君」

亜子「へ?」

P「どうも」

さくら「あれぇ?」

泉「中学生で起業……って、もしかして……」

 いや確かにアタシも言うたで? 男は経済力、て。
 けどそれをそのまんま受け取って、起業までする人がどこにおるん!?

 ……いや、せやった。Pちゃんはこういう人やった。
 アタシは甘かった。
 せいぜい、アルバイトをこっそりやっておごってくれるとかそういうことをしてくるんじゃないかと思っていたけど、さすがにPちゃんはスケールが違った。

P「業務の内容としてはITに含まれますか。独自のものを売り出しています。いずれは年収も倍増していけたら、と思っています。社名のニューウエーブも、新しい並み起こしていきたいという意気込みから命名しました」

 ニュース番組のいちコーナーであろうそのインタビューは、業務の内容や、その斬新さや業界でも評価されていると続き、最後はPちゃんが大写りになったが――

P「最後に、見ている? つち……」

アナウンサー「残念ながらお時間となってしまいました。ありがとうございました」

 と、見事に尻切れトンボで終わってくれた。
 が、またしてもというかPちゃんは、とうとうやってくれた。
 経済力のあるところを見せようと、ついに起業してどうやらその事業も軌道に乗せ始めたのだ。

泉「……ぷ」

さくら「あはははは」

泉「ご、ごめん亜子。そ、そんなつもりじゃないけど、ふふふ……あはははは」

さくら「すごいねえ、アコちゃん。あはははははははは」

 いずみとさくらは、耐えかねたのかお腹を抱えて笑い出した。
 いつも楽しそうなさくらと違い、いずみがここまで自制できず笑い転げるのは、小学6年生の時にいずみのパソコンにさくらが好奇心てから触れてしまいアイコンがひとつなくなったのだが、いずみの「ゴミ箱にあると思う」と言う言葉を受けて本物のゴミ箱をさくらがひっくり返して以来だ。

 まあそれはともかく、マンガみたいな男やな。
 アタシも苦笑した。
 アホが嫌いと言えば学年トップの成績を取ってみせ、スポーツが得意な方がと言えば全国大会で優勝してしまい、経済力だといえば起業してしまう。

亜子「なあこれ、ローカルニュースやろ? な? な?」

泉「ううん。全国ニュース」

さくら「もうちょっとで、アコちゃん日本全国に名前が呼ばれてたね」

 それはホンマにカンニン。
 しかし心底おかしそうな親友2人とは別に、アタシはちょっとだけ冷静になった。
 2人が帰った後、アタシは鏡で自分の顔を見た。

亜子「そんな……エエかなあ? ま、そら自分のことブサイクやとは思わへんけど」

 Pちゃんが、あそこまでしてくれる。アタシにその価値があるのか、自分でちょっと心配になってくる。
 そう、Pちゃんはアタシのなにが良くてあそこまでしてくれるのか。
 いや、そもそもPちゃんはどんな男の子なのか。
 誕生日は? どこから転校してきたん? どんな歌が好きなん?

亜子「アタシの……どこがエエん?」

 事ここに至って、アタシは自分のしてしまった事に責任を感じていた。
 悪気はなかったとはいえ、1人の男の子をその気にさせてしまい、大変な苦労をさせてしまったのだ。
 そしてなにより大事なことは、Pちゃんが本当に経済力を持ったことだった。

 これでアタシがPちゃんとその……まあ、仮につき合うとすると、アタシはPちゃんのお金につられた事になるんやなかろうか。無論、お金は大事だから経済力のある男性に惹かれるのは当然かも知れないが、なんとなくこの場合はすっきりとしない。
 そしてアタシらの事情を知れば、Pちゃんはおそらくアタシらにお金を出してくれるかも知れない。
 げど、それはイヤや。
 ワガママな話やけど、お金は欲しくてもPちゃんからアタシへの好意と引き替えには欲しくあらへん。

 とにかく謝ろう。気のあるそぶりで色々やらせてしまったことを。
 その上で、正直に話そう。
 
 Pちゃんとはつき合えないことを。


 デリカシーのないPちゃんのことやから、と覚悟していたら、やっぱりPちゃんは登校するアタシらを待ちかまえていた。
 さくらが嬉しそうにいずみの肘をポンポンと叩くと、いずみも『わかってる』とばかりにさくらの靴を足でつついていた。

P「見てくれたかはわからないけど」

亜子「見たで」

 アタシは今日はPちゃんに最後まで言わせなかった。
 そう、アタシは言わんとアカン。

亜子「たいしたもんや。ホンマすごいわ。尊敬する」

P「じゃあ僕と、つきあってくれる?」

亜子「……それはアカンねん」

P「なぜだい?」

亜子「これまで色々させてゴメンな。でもアタシらはこれから、芸能活動をしていくつもりやねん」

P「芸能活動?」

亜子「アタシらがこれからも一緒にいられるように。一緒に活動し、お金も稼げるよう、アイドルになんねん」

P「アイドル……」

亜子「いずみとさくらを、アイドルとしてアタシが売り出す。そんで……」

P「え!?」

 アタシはこの時、初めて驚くPちゃんを見た……気がする。
 今まではアタシがなにを言うても、したり顔で「なるほど」て言うだけやったのに。

P「土屋さんは、アイドルにならないの!?」

亜子「アタシはプロデューサーや。あんな、アイドルいうんも売り込みや戦略をやる人が必要やねん。それをアタシがや……」

P「ダメだ!」

亜子「へ?」

P「土屋さんもアイドルにならなきゃダメだ! 土屋さんみたいな魅力的な女の子がアイドルにならないなんてダメだ!! そうだアイドル……土屋さんこそアイドルになるべき人だったんだ!!!」

亜子「はあ?」

P「もちろん大石さんも村松さんもいいけど、土屋さんもいなくちゃダメだ! 君も一緒にアイドルになるんだ!! 君がアイドルにならないなんて、人類にとって大きな損失だよ!!!」

亜子「そ、ちょ、な、なに言うん!? アタシはその……いずみみたいに美人やないし、さくらみたいに可愛ないし」

P「君は美人で可愛いよ」

亜子「メガネやし」

P「土屋さんのは似合っているよ」

亜子「ほ、ほんなら誰がプロデュースするん!? アタシまでアイドルになったら!!」

P「僕がやる!」

亜子「え?」

P「僕がプロデューサーになって、3人をトップアイドルにする!! してみせる!!!」


 その日その後、アタシは呆然として何があったのかハッキリ覚えていない。
 今までアタシがどんな無理を言っても唯々諾々と「なるほど」や「わかった」と言っていたPちゃんが、初めてアタシに「ダメだ!」と言った。
 その事がショックだったのか、それともアタシこそアイドルになるべきだと力説された事に驚いたのか、それともあのPちゃんがアタシらをトップアイドルにすると宣言した事に驚いたのか。
 ともかくアタシは丸一日なにも考えられへんかった。

 そしてデリカシーこそないけど行動力のあるPちゃんは、翌日には大まかなアタシたちのデビュー戦略を練ってきてくれていた。

P「まず東京の事務所に売り込みをかける」

泉「私たちだけで活動するんじゃないんだ、プロデューサー」

P「プロデューサー付きの新人アイドルとして、売り込んでみる。やはり大手事務所に所属するメリットは無視できない」

さくら「東京かあ。大丈夫かなあ。プロデューサーさぁん」

P「当面は、定期的にレッスンを受けに通い、仕事がきたらまた上京という提案をしてみるつもりです」

 Pちゃんが話すのは、アタシもなんとなく考えてたことやったけど、なんだか彼が言うと説得力がある気がする。
 そして、もうひとつ気づいたことがある。

泉「いつ行くとかきまってるの? プロデューサー」

P「今日にでもまず、アポイントメントをとってみるつもりだから、案外早いかも。みんなそのつもりでいて欲しいかな」

さくら「はぁい。プロデューサーさぁん」

 いずみもさくらも、Pちゃんに対して『プロデューサー』と呼びかけるようになっていた。
 昨日の今日でのこの変化に、アタシは少しびっくりした。

P「土屋さんは? なにか質問はある?」

亜子「いや……エエです。ハイ」

 帰り道、アタシといずみとさくらの3人だけになり、ようやくアタシは口を開く。

亜子「2人とも、なんで急にPちゃんのこと『プロデューサー』やなんて呼ぶんよ」

泉「だって私たちのプロデュースをしてくれるんでしょ?」

さくら「だから、プロデューサーさんだよぉ?」

亜子「2人はそれでエエのん? Pちゃ……彼がプロデューサーで」

泉「私ね」

亜子「え?」

泉「昨日、嬉しかったんだよ。彼が亜子に強く言ってくれて」

亜子「なにを……? て、もしかしてアタシもアイドルをせなアカン言うたこと?」

さくら「わたしも、絶対に3人でアイドルをやる方がいいと思ってたんだぁ。でも確かにプロデューサーは必要だと思うし、亜子ちゃんがやるって言うから……」

 アタシはそれを聞いて、ちょっとビックリした。
 別に2人が、アタシも入れて3人でアイドルをやりたいと思っていたことがではない。それはなんとなく思っていたことや。

 アタシがビックリしたんは、アタシ自身がアタシに懐疑的だったことが、や。

 いずみは美人、さくらは可愛い、それは当然でわかってた。
 それに比してアタシは、自分が本当に美人とか可愛いという尺度で2人に劣っているんじゃないかと心配だったのだ。
 そう、アタシは自分が魅力的であるということに対し疑いを持っていた。
 しかしPちゃんは、いとも容易くその疑いを糾弾し、消し去ってしまった。

 アタシのことやっぱり、魅力的やて思ってくれてるんやな……
 そしてダメ言われて、こんなに嬉しいなんてアタシも思わへんかった。

泉「あそこまで強く、言い切ってくれると思わなかった。私は彼を認めるよ。それにほら、今までと同じ調子で私たちをトップアイドルにしてくれそうじゃない」

さくら「うんうん。きっといつものように、なんでもない顔をしてトップアイドルにしてくれるんだよ、きっと」

 Pちゃんに対する2人の評価は当初から高かったけど、昨日の一件により2人は彼を信頼をするようになっていた。

 そうかあ。
 好きとかレンアイとかおつきあいとき、アタシにもようわからん。
 わかれへんけど、アタシら3人はずっと一緒にいようと誓い合った仲や。
 いずみとさくらがPちゃんをプロデューサーと認めてついていくんなら、アタシかてついていかなアカンな。

亜子「ま、さすがにトップアイドルいうんは簡単やないかも知れへんけどな」

泉「大丈夫じゃないかな。亜子がいれば彼は」

さくら「これからは、ずっと3人いっしょじゃなくてぇ、ずっと4人いっしょで、だね」

亜子「そうやなあ……そうか、そうなるんやな」

 アタシたち3人の絆に、更にもう1人Pちゃんが加わる。
 別にイヤやあらへん。
 いや、ちょっと嬉しい……かな。

泉「4人がずっと一緒でいる場合の幸福の度合いは、3人がずっと一緒でいる場合の幸福の度合いと比してより大きい」

さくら「なにそれイズミン」

泉「私たちのこれからの予想。後の人はこれを評して、大石予想と呼ぶことでしょう。もちろんそれを証明するのも私たちです!」

 いずみが右手を挙げ、人差し指で空をさしながら笑顔で宣言した。
 いかにも数学が好きで得意ないずみらしかったが、こんなにテンションが高い彼女を見るのは久々やった。
 中1のゴールデンウイークに『33331919をある素数pで割った余りと、pの2乗で割った余りが同じである時、このpを求めなさい』という問題を、いずみが見た途端に「p=1543?」と呟き、それが見事に正解だった時以来かも知れない。

 そう、アタシらはちょっと浮かれていた。
 漠然とした不安が厳然たる現実より始末が悪いように、希望の見えた未来は実際に幸福がやってきた時よりもワクワク感が大きい。

 決心したアタシは、翌日4人で集まった時にそれぞれの家庭の事情を全部Pちゃんに説明した。なぜお金が必要なのか、そしてなぜアイドルなのかを。

P「なるほど、理解した。みんなの家庭の事情と、僕の責任を」

亜子「や、でも責任を感じることはないんやで? アタシらは確かにそれぞれ家庭に問題を抱えてはおるけど、それはそれぞれの家のことやし」

P「3人がずっと一緒にいられるよう、僕は力を尽くすよ。それに道は結局ひとつだ」

泉「うん。アイドルとして成功して、金銭面を解決し、そして一緒に活動をしていく」

さくら「そうすればいっしょにいられるもんねぇ」

亜子「そうやけど、Pちゃんの言ったコトはちょっとだけちゃうで?」

P「え?」

亜子「3人がずっと一緒にいられるようじゃのうて、4人がずっと一緒にいられるように、や」

P「土屋さん……」

亜子「あ、え、えっとほら、いずみの大石予想の証明をせんとな」

P「? なにそれ」

さくら「あとで説明しまぁす」

泉「それより、今日はなんの話なの?」

P「あ、売り込みをかけようとしてまだユニット名を決めていないのに気づいて。どうする? 3人のユニット名は」

亜子「ユニット名……そうか、そういうの決めなアカンのか」

泉「どうしようか」

さくら「はいはいはぁい! わたしに名案があるよ」

泉「どんなの? さくら」

さくら「3人のユニット名は、ニューウェーブはどうかなぁ?」

泉「それってプロデューサーの会社の名前?」

さくら「うん! ニュースで聞いた時、いい名前だなぁって思ったから」

亜子「エエやんか! Pちゃんもエエな?」

P「うん。光栄だよ」

亜子「決まりや! アタシたちニューウェーブやで!!」

P「よし、じゃあ売り込みを開始するよ」

 次の日にはPちゃんは、アポイントメントがとれたので遅疑の日曜日に東京へ4人で行く、とやっぱり言ってきた。
 さすがに早い。さすがはPちゃんや。
 そういうわけで日曜になり、日帰りのちょっとした旅行気分でウキウキしてアタシらは新幹線に乗った。

P「悪いけど指定席ではあるんだけど、グリーン車ではないんだ」

亜子「エエて、そんなん。いや、それよりそもそも切符代は……」

P「経費で落とすから」

泉「経費? ということは、プロデューサーの会社の業務として行くわけの?」

P「そうなんだ。我が社では、アイドルのプロモートも行っている」

さくら「そういう会社だったっけ?」

P「そうだよ。今日からね」

亜子「まったく調子エエんやから」

 アタシらは4人で笑った。
 昔からずっと4人だったように。

 東京に着くと、次は腹ごしらえとPちゃんが言い出した。
 どこ行くんかと思てたら、普通にファミレスだった。
 Pちゃんのこういうトコは、好ましい。
 無論、アタシが頼めば高いお店や有名店でも連れて行ってくれただろう。
 だが、そういうことにアタシはPちゃんからの好意を使いたくはなかった。


P「ここだ」

さくら「うわぁ、おっきなビル」

泉「ここ……ってプロデューサー、ここは確かシンデレラガールズの事務所じゃあ……」

亜子「なんやて!? あの、大所帯の!?」

P「寄らば大樹の陰。こういうのは大きくて勢いのある所がいい」

 そう言うとPちゃんは、スタスタと事務所に入っていき、アタシらも怖々とそれに従う。

P「有限会社ニューウェーブのPと申します。社長さんにお目にかかりたいのですが。もちろん、アポイントメントはあります」

 言われて受付の女の人は、一瞬キョトンとした。
 そらまあ、そうなると思う。明らかに中学生と思われるPちゃんが、社長への面会を希望したのやから。
 まあ実際、Pちゃんは中学生なわけやし。

受付嬢「しょ、少々お待ちを」

 そんなわけで、やや戸惑われたがアタシらは全員、応接室に通された。
 それにしてもPちゃんアンタ、いきなりこのドでかい芸能事務所の社長さんに面会とは……正気かいな。

社長「肩書きについて確認させていただきました」

P「お手間を取らせたことはお詫びいたします。あえて一部の情報を秘匿しながらのアポイントメントであったことは間違いありません。しかしこの方が話がスムーズにいくと思いましたので」

社長「急成長の注目企業社長の来訪に、どのような用件かと訝っていましたが、まさかアイドルの売り込みとは意外でしたな」

 社長さんは別段、怒ってる風には見えへんかったけど、アタシらはもう緊張からか生きた心地もせえへん。

P「恐れ入ります。それでいかがでしょう、こちらの3人をアイドルとして、そして私をプロデューサーとして御社とマネジメント契約をしていただくというのは」

社長「……こういったことは前例がない」

P「それはそうでしょう」

社長「しかし慣例にばかり従っていては、先がない」

P「ごもっともです」

社長「奇貨なら置くが、駄貨なら要らないというのが我が社の理念でね」

P「その理念を正しいと証明するのが、当面の私の仕事だと思っています」

 社長さんは、しばらく黙ってはった。
 そしておもむろにアタシら3人をジッと見つめてくる。

 値踏みしてはんのやなーー

 Pちゃんがおらへんかったら、アタシは目をそらして下を向いたかも知れへん。
 何人もアイドル抱えとる事務所の社長さんの値踏みなんて……

社長「3人とも、なかなかの素材であることは見て取れる。しかし白眉なのは……」

P「この3人が、一緒に、そして力を合わせる所だとは思われませんか」

社長「……楽ではないぞ?」

亜子「あ、あの社長さん! アタシ……いいえ、アタシらがんばります!!」

泉「う、うん。……はい」

さくら「がんばりまぁす」

社長「……細かな契約の内容は、後々詰めるということでよろしいかな?」

P「結構です」

社長「では当面、毎週レッスンに通うように」

P「恐れ入ります。然るべき早期に結果をお見せしたいと思っております」


亜子「じゅ、寿命が縮んだわ……」

P「? どうして?」

亜子「いきなりアイドル事務所の社長さんと面会とか、売り込みとか、緊張するに決まってるやんか!」

泉「私も緊張して喋れなかったよ。プロデューサー、すごい心臓してるよね」

さくら「わたしなんかちょっと、怖かったよぉ」

P「あー……実はね」

亜子「? なに?」

P「父親なんだ」

亜子「へ?」

P「今の」

亜子「な、なんやて? 何が誰のなんやて!?」

P「今の社長ね。僕の父親」

亜子「はあああぁぁぁ!?!?!?」


泉「つまりプロデューサーは、社会勉強をしてこいと家を出されて……」

さくら「たまたま、わたしたちの学校にきたわけなんだぁ」

P「父は苦労してこの事務所を興したから、そうした世間の荒波にお前も揉まれてこい……と。最低限の衣食住は補助してくれたけど、それ以上は自分の才覚でなんとかしろって、言われて」

 呆れるほどにスケールの大きな話に、アタシはクラクラしてきた。
 ほな、なにか? Pちゃん御曹司なんかいな。

P「まあでも、僕もこれをきっかけとして気楽に生きていくのもいいかなって思ってたんだ。社長を継ぐとか別にどうでもよかったし、家を出て独りで生活するのもちょっとホッとしたし」

亜子「なんや? 家がイヤやったん?」

P「親は仕事人間でほとんど家にはいなかったし、小さい頃から習わされた帝王学がどうとか内心嫌だったし、家庭教師はスパルタだったし」

亜子「アタシにはようわからんけどPちゃん、アンタもけっこう苦労してきたんやな」

P「……独りになって、これからの人生はのらりくらり生きていくつもりだったけど、君に会って気が変わった」

亜子「アタシ?」

P「君を目にした時の感動と興奮を、どう表現すれば伝わるのか、僕にはわからない。綺麗で、可愛くて、そして楽しそうで」

亜子「……」

P「君がアイドルって言い出した時、僕はビックリした。そして腑に落ちた。そうかアイドルか、って。初めて親が仕事に打ち込む姿勢に共感したよ。それが伝わったのかな……父もさっきは心なしか嬉しそうだったし」

亜子「な、なんや照れるやんか。でも、お父さんと仲直りできたんなら良かったな」

P「僕としても、ただ親を頼るのは嫌だったけど、君のお陰で色々と実績もできたし、まだ小さくても業績がちゃんとある会社を興して会いに来たから、会ってくれたんだと思う」

泉「なんだか色々と理解できたよ。プロデューサーのこと」

さくら「そんなにアコちゃんが魅力的だったんだねぇ。えへへ」

P「もちろん、2人も魅力的だと思っているよ。だからプロデュースがんばるよ」


三村かな子「え? 海外ツアーのお話があるんですか?」

女性P「ああ。私もぜひ形にしたいと思って……おや?」

P「どうも、ご無沙汰しております」

女性P「ああ、お父さ……社長に会いに?」

P「はい。そうだ、これからは同僚のプロデューサーとしてよろしくお願いいたします」

女性P「なんだって?」

P「僕はプロデューサーとして、そして彼女たちはアイドルとして御社……いや、既に弊社ですが……マネジメント契約を交わすことになりました」

女性P「ほう」

かな子「うわあ。じゃあこれからは、私たち仲間なんだね。よろしくね」

亜子「あ、アイドルの三村かな子ちゃん……ど、どうも」

泉「本物の……やっぱり可愛い」

さくら「よろしくおねがいまぁす」

かな子「うん。一緒にがんばろうね」

女性P「ではまた……会うことになるわけだね?」

P「はい。よろしくお願いいたします」


亜子「はー……やっぱり可愛かったな、かな子ちゃん」

泉「うん。テレビとかで見るより断然、綺麗だった」

さくら「なんだか甘ぁい、いい香りがしてきたよねぇ」

P「3人も、ああいった本物のアイドルの雰囲気を、身につけてもらうからね」

泉「できる……かな」

さくら「なんだか心配になってきたよぉ」

亜子「せ、せや! Pちゃんもやで!!」

P「え?」

亜子「さっきの女の人! あれ、かな子ちゃんのプロデューサーやろ?」

P「うん」

亜子「なんやメチャクチャ仕事できそうな人やったやんか」

P「事実、彼女はこのプロダクションでも有能なことで有名なプロデューサーだ」

亜子「Pちゃんも、ああならんとアカンのやで?」

P「ちなみに」

亜子「え?」

P「僕の母親でもあります」

亜子「なんやてえええぇぇぇ!?!?!?」

 ホンマもう、Pちゃんトコの家庭はどないなってんねん!

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三村かな子(17)


 それから毎週、アタシらは東京に通うこととなった。
 アタシの母親をはじめ、それぞれの両親へはPちゃんが説明をすると言っていたが、結局は社長さんが話をまとめてくれた。こういうことはやはり、大人がエエいうことがわかった。
 アイドルになる! と最初に切り出した時はどの親も反対こそしないまでも、なかなか賛意は得られなかった。
 けれどそこへ、芸能事務所の社長さんが登場すると事態は一変した。どの親も、娘たちの可能性を説く社長さんに「娘をよろしくお願いします」と頭を下げてくれたからだ。
 まあPちゃんは若干、不満そうではあったけど、アタシが頭を撫でたらそれで解決した。
 可愛いトコもあるやんか、Pちゃん。

 そんなわけで、アタシらは毎週金曜の授業が終わると新幹線に乗り、そのままレッスンを受け、夜はシンデレラガールズの寮に2晩ほど泊めてもらうこととなった。
 アタシらはお泊まり会みたいで楽しかったし、事務所の他のアイドルやその候補生と仲良くなれたけど、さすがにPちゃんはアイドルの寮に泊まるわけにはいかず、いつもビジネスホテルやった。

亜子「どないしてんのかな……淋しないんかな」

泉「……スマホ」

亜子「え?」

さくら「かけてみたらぁ?」

 2人は微笑みながら、でも真剣な目でアタシに言った。

亜子「でも……なに話せばエエんかわからへんし……」

泉「なんでもいいんじゃないの?」

亜子「その、なんでもエエいうんが難しいんやない」

さくら「じゃあ、プロデューサーさんのこと聞いてみようよぉ」

亜子「Pちゃんの?」

さくら「わたしたち、全然プロデューサーさんのこと知らないんだもん」

 そういえば、前にアタシも思ったんやった。Pちゃんアンタどんな人やねん、と。
 アタシは決意した。せや、もうちょっと彼のこと――Pちゃんのこと知りたいやんか。もう突然に驚かされるんはマッピラやったし。

P「どうかしたの?」

 アタシからの通話に、Pちゃんは少し心配そうな声で出てくれた。
 せやな……せやった。こうしてアタシから通話するんは、初めてやったな。

亜子「ちょっと聞きたいんやけど、エエかな」

P「レッスンのこと? それとも今後のこと?」

亜子「アンタのことや。Pちゃん」

P「僕……?」

亜子「アタシ、Pちゃんのことなんにも知らへんねん。だから教えて。たとえば、食べ物はなにが好きなん?」

P「えー……? コロッケとか……」

亜子「……ぷっ」

P「え?」

亜子「なんや庶民的なんやな。芸能事務所の御曹司なんやから、もっとこう聞いた事もないような珍しい料理とか言うんかと思たやんか」

P「ハンギキョートとか?」

亜子「なんやそれ?」

P「聞いた事もないような料理」

亜子「そんな料理、ホンマに聞いたことあらへんで? Pちゃんアンタ、アタシを騙そうとしてるんやないの?」

P「あるよ、ハンギキョート。アイスランド料理」

亜子「ホンマに?」

P「コロッケの方が好きだけどね」

亜子「そない好きなんか、コロッケ」

P「昨夜も食べたよ」

亜子「へえ」

P「マムってスーパー知ってる?」

亜子「駅前のトコやろ?」

P「あそこで1コ28円だった」

亜子「Pちゃんアンタ……そんなんばっか食べてるんやないやろな!?」

P「え? あ、そ、その……」

 珍しいPちゃんの狼狽に、アタシはちょっとおかしくなる。
 いつもすましてなんでもやってしまうPちゃんの、弱点を見つけたかも知れへんな。

P「作るのは、大変なんだよ。コロッケ……」

亜子「それはアタシもわかってる、て。ジャガイモ茹でて、皮剥いて、潰して、挽き肉とタマネギ炒めて、混ぜて、形作って、衣つけて揚げるんやから」

P「もしかして作れるの?」

亜子「まあ……手間やから、滅多に作らへんけどな」

P「……食べたい」

亜子「今、言うたやろ。手間や、て」

P「じゃあ初ライブ。初ライブが成功したら、お願い」

亜子「せやなー……まあ、エエで。そのくらいのゴホウビは」

P「やった。がんばるよ」

亜子「がんばる、て。ライブするのはアタシらやろ?」

P「手筈を整えるのは僕だよ」

亜子「そっか。ほんなら、頼むで。準備」

P「君のコロッケがかかっているからね」

 まるで世界を揺るがすような重大な事柄のように、Pちゃんはアタシの作るコロッケのことを話す。
 ホンマおかしな男の子や。
 おかしな男の子やけど……まあ、そういうトコもPちゃんのいいトコかも知れへん。

P「あ、だけど」

亜子「へ?」

P「グリンピースは入れないで欲しい……」

亜子「嫌いなんやな?」

P「まあ……」

亜子「他には? 音楽はなに聞くん? なにが好き?」

P「クラシック」

亜子「おっと、そうきたか」

P「いわゆる歌謡曲は、親の仕事を想起してしまって」

亜子「あー……せやったな。けどエエお父さんやんか、あの社長さん」

P「どうだろう。なんとも言えない」

亜子「ほんならお母さんは? あのプロデューサーは家ではどんななん?」

P「少なくとも、コロッケは作ってくれない」

亜子「……マザコンいうわけやないみたいやけど、そういうものの言い方は関心せえへんな」

P「世間で言う、親らしいことはしてもらった記憶がない。仕事で一ヶ月ぐらい会わないとかも、普通にあったし」

亜子「アンタも大変なんやな」

P「今度はこちらからも聞いていいかな?」

亜子「なに? アタシのこと?」

P「映画とか見る?」

亜子「あんまり行かへんなあ。高いし、行くとさくらは必ずポップコーンやらなんやら買おうとするし。いずみは、興味を惹かれへんと寝てまうことあるし」

P「そうか。残念」

亜子「Pちゃんは好きなん? 映画?」

P「大好きだよ。独りの時間を過ごすのに、最適な娯楽だと僕は思っている」

亜子「そうなんや」

P「家にもDVDが山ほどある」

亜子「どんな映画が好きなん? 1番は?」

P「1番を決めるのは難しいな。市民ケーン……ニューシネマパラダイス……ブレードランナー……いや、どうしても1番を決めるなら……」

亜子「なんやの?」

P「エド・ウッドかな」

亜子「どんな映画なん? それ」

P「端的に言うと、実在の映画監督エドワード・D・ウッド・Jrの半生を描いた映画」

亜子「アタシは映画に詳しくないんやけど、名監督なんやなその人」

P「ううん」

亜子「え?」

P「通称『史上最低の映画監督』と呼ばれてる人なんだ」

亜子「なんやのそれ! なんでそんな人の映画が好きなん?」

 気がつくと、部屋にはアタシ1人だった。
 いずみとさくらは、いつの間にか自分の部屋に戻ったらしい。
 気ぃ使わせてしもうたんかな。

P「エド・ウッドは確かに才能も技術もなかった。でも、映画が大好きだった。作った作品は決してデキのいいものではなかったけど、なんとなく味のある作品だった」

亜子「へえ……ちょっと見たなってきたな。その人の映画」

P「ウチにあるよ。DVDが。プラン9・フロム・アウタースペース」

 その後も、あれこれと互いの好きなことについてアタシらは話をしていた。
 気がつけば、1時間以上も話し込んでいる。

P「じゃあ……そろそろ」

亜子「そうやな。明日、レッスン場で」

 逆に言えば、1時間ちょっとでアタシらはグッと距離が縮まったような気がする。
 少しだけ、Pちゃんがどんな男の子なんか、わかった気がする。

亜子「おやすみ。Pちゃん」


さくら「夕べはお楽しみでしたねぇ」

亜子「え? あ、別に……世間話しただけやで?」

泉「うんうん。冷やかされてすぐプロデューサーを想起するのは、良い傾向だよ亜子」

 翌朝、顔を合わせてまず最初に2人に軽くからかわれる。
 確かにさくらは、Pちゃんとは一言も言ってへんけどアタシはそれをPちゃんと結びつけて返事をしてしもた。
 やはり親友である2人は侮れない。
 せやけどまあ、それは想定のウチや。なんといっても長いつき合いなわけやから、この2人には本当に隠し事はできへん。

亜子「なんか気ぃ使わせてゴメンな。けど、ホンマ別に大した話してへんで?」

泉「でも少しはわかった? プロデューサーのこと」

亜子「コロッケが大好き、いうんはわかった」

さくら「美味しいよねぇ。コロッケ」

亜子「でもグリンピースは嫌いやて」

泉「栄養あるのに。グリンピース」

亜子「クラシックが好きで、あと映画が好き」

泉「……ふうん」

亜子「? なに? いずみ」

泉「相互理解の深まりを感じた。良い傾向だと思う」

さくら「どんどん仲良くなってねぇ」

亜子「そ、そんなんやないから!」

 と、そうは言ったものの、確かに段々Pちゃんという男の子のことがわかってきた。
 あのポテンシャルの高さは、小さい頃から英才教育を……まあ本人は望んでなかったみたいやけど……受けたからだろうし、起業に躊躇がなかったのも親のことをよう知ってからやろうし、それでいてフツーの男の子らしい色々な好みのこともわかってきた。
 長らく謎の男の子だったPちゃんが、なんやらようやく把握できてきたような気がする。

 けど、ちょっと気になるんは……


若林智香「ハイ、ワンツー! そこでターンして……フィニッシュ!! うん、お見事。ダンスレッスンお疲れ様でした」

さくら「ふう、おつかれさまでしたぁ」

泉「先輩アイドルの智香さんの直接レッスン、参考になりました」

亜子「バランスボール使った体幹レッスンも、ホンマためになりました」

智香「3人ともがんばったねっ☆ 前回より上達してるのが、伝わったよ」

亜子「ホンマですか?」

智香「うんうんっ☆ 静岡に帰っても、自主トレがんばってね!」

泉「はい」

智香「じゃあ、解散っ!」

さくら「ありがとうございましたぁ」

https://i.imgur.com/8GZ8bBi.jpg
若林智香(17)


さくら「はあぁ……今日もハードだったよねぇ。レッスン」

泉「けれど3人とも上達してきたって言われたよね。良かった」

亜子「なんや、自分でもちょっとわかるで。上手なってる、いうん」

 その日のレッスンが終わり、寮に戻ったアタシら。
 そこへ意外な人がやって来た。

かな子「3人とも、ちょっといいかな?」

泉「あ、かな子ちゃ……さん」

かな子「あ、いいよいいよ、かな子ちゃんで。同じ事務所のアイドルなんだから」

亜子「でもアタシらまだデビューもしてへんですし」

かな子「関係ないよ。ね、かな子ちゃんでお願い」

さくら「いいんですかぁ? でも、それって嬉しいかも」

泉「じゃあ……かな子ちゃん、なにかご用ですか?」

かな子「うん。私のプロデューサーさんがね、一緒にお食事はどうかって。ほら、先日は立ち話だったから、改めて親睦に」

さくら「かな子ちゃんのプロデューサーさん……あ!」

かな子「? どうかした?」

泉「えっと……どうする? 亜子」

 な、なんでアタシにふるん。て、いや……せやった、かな子ちゃんのプロデューサーいうんはPちゃんのお母さんやったな。

かな子「珍しいお料理を食べさてくれるんだって。ね、行ってみない? 私もみんなともっと親しくなりたいし」

 まあアタシは食べるの好きやし、珍しいいうんは魅力的や。
 わざわざアタシらを誘ってくれてんのも、Pちゃんのこと知りたいんかも知れへんなあ。

亜子「ほ、ほんなら……ご一緒させてもらいます」

かな子「わあ、良かった。じゃあ10分後にロビーでね」


女性P「待たせたかな? では行こう」

かな子「はい。ほらほら、3人とも乗って乗って」

 見たことないような大きな車で、アタシら5人は夜の東京に繰り出す。
 運転しながら、Pちゃんのお母さんが話しかけてくる。

女性P「アイスランド料理は初めてかな?」

亜子「へ?」

かな子「アイスランド料理なんですか……私は初めてですけど、みんなは?」

さくら「アイルランドじゃなくてアイスランドぉ? どこの国かな」

泉「北欧。イギリスのずっと北の方。でも位置は知ってても、お料理は初めてです。亜子もだよね?」

亜子「アイスランド料理って、もしかしてハンギキョート……とかですか?」

女性P「おや、これは驚いた。知っているのかなハンギキョートを」

亜子「食べたことはないんやけど……」

女性P「私の好物だ。若い頃にアイスランド旅行に行ってその料理にハマってね。特に好きなのがハンギキョートだな」

亜子「そうなんですか……せやったんか」

 Pちゃん、アンタ……

亜子「あの、Pちゃんも食べたことあるんですか?」

女性P「な、えっ!?」

亜子「ハンギキョートを」

女性P「……」

かな子「プロデューサーさん?」

 Pちゃんのお母さんは、黙り込んでしまった。
 余計なことアタシ言うてしもたかな?
 そうこうしている間に、車は店に到着する。

女性P「実はそれとなく聞こうと思っていたのだが」

 テーブルに着くと、Pちゃんのお母さんはそうアタシらに切り出した。

女性P「あの子はなぜ、君たち3人のプロデュースをしているのだ? どういった経緯が?」

かな子「あの子?」

泉「えっと、私たちのプロデューサー……かな子ちゃんのプロデューサーの息子さんなんです」

かな子「え?」

女性P「社長は……ウチの人も私も、あの子に疎まれていた。それはいい、思い当たることも申し訳なくも思っている。しかしそれならと自立を促し家から出したら、今度はプロデューサーに自分もなると言い出して、候補生も連れてきた。なにがあったのか、私にはまったくわからない」

かな子「え?」

女性P「教えて欲しい。なにがあったのだ? どうしてあの子は、プロデューサーに?」

かな子「え?」

 Pちゃんのお母さんは真剣やったし、かな子ちゃんは状況をまったく理解できてない。
 そらまあ、そうや。
 け、けど説明いうたかて……

亜子「い、いずみ」

泉「なに? 亜子」

亜子「いずみ、説明して。経緯いうか、こう……事情を」

泉「わかった。当事者は言いにくいみたいなので、私が説明します」

 助かった……いずみなら上手いこと説明してくれるやろ。こう……デリケートな部分はオブラートに包みながら。

泉「そもそもプロデューサーが、亜子に『好きだからつきあって欲しい』って告白したことが発端でした」

亜子「ぶうーーー!!! げほごほ」

かな子「え? え?」

 いずみー! オブラート!! オブラートはどこいったん!!!

女性P「ほう……」

亜子「や、あ、あの……」

泉「それに対し亜子が……」

 結局、いずみによるなにひとつ包み隠さない説明に、Pちゃんのお母さんとかな子ちゃんは、驚きながら聞き入っている。
 いやまあ、明らかになっている事実を敢えて無視するというのはいずみの不得手とするところではあるけれど、そんなあからさまに……いずみ……

さくら「それでぇ、亜子ちゃんがそう言ったからプロデューサーさんはきっと、ものすごくがんばってくれてぇ……亜子ちゃんもだんだん、がんばってるプロデューサーさんのことやさしい目で見るようになってぇ……」

 いや、さくら。そこに揣摩憶測を混ぜんといて、しかもなんや、ロマンス風に。
 そんなやったっけ? そんな甘酸っぱいこと、アタシらしとった? ホンマに?

かな子「なんだか素敵なお話だね」

亜子「え?」

かな子「私もそんな風に一途に想われてみたいなあ……」

亜子「や、え、そ、そんなエエもんやないですよ? なんやあのPちゃんのペースにいつの間にかこう巻き込まれてたいうんか……」

女性P「Pちゃん、と呼ぶのだな」

亜子「え?」

女性P「あの子のこと」

亜子「え? あ、あれ?」

 言われてみると、いつの間にかアタシはPちゃんと彼を呼んでいた。いつからやったっけ? なんでやっけ?

泉「そうなんですよね。急にそう呼び出したんですけど、それを指摘したらせっかく2人が上手くいきそうになっているのに、水を差すんじゃないかと思って」

さくら「わたしが、黙ってようねって言ったんだよねぇ」

亜子「ええっ!?」

 なんやのそれ! 2人、そんなこと思うてたんかいな。
 いや、さすがは親友であるいずみとさくらや。
 アタシの性格もようわかってるから、見守っててくれたんやな。

女性P「かかる不思議のあることよ」

亜子「なんですか?」

女性P「私は……いや、私たちはあの子に後を継がせたかった。出来れば現場を経験し、私たちと同じ道を歩んで欲しかった。しかし、彼はそれを嫌がり私たちを疎んじていた。それがわかった時、私たちは決心した」

亜子「Pちゃんを、家から出したんですね」

女性P「世間をもっと見て、彼の行きたい道を見つけてもらおうと思った。高校なりその先の進路なりを自分で考え、探して欲しいと……だがその結果、彼は戻ってきて私たちと同じ道を行くと言い出した」

亜子「……確かに、お母さんからしたら不思議かも知れへんですけど」

女性P「別に、不思議なことではないと?」

亜子「ハンギキョート、食べさせてもろてエエですか?」

女性P「無論、頼んであるが……」

 Pちゃんのお母さんが店員に目配せをすると、店員さんが大きな肉の塊が吊られたモンを、ワゴンで運んできてくれた。

かな子「うわ、おっきいですね」

さくら「骨がついてて……これ、足かなぁ」

泉「生ハムの原木……じゃないですよね」

女性P「これがハンギキョート。羊肉の燻製かな……有り体に言えば」

 話してる間に、店員さんはその肉の塊を薄く削ぐようにして切り分けて、全員の皿にのせてくれる。

女性P「アイスランド料理はシンプルだ。ハンギキョートも羊肉を塩と少しのスパイスに漬け、燻製にしたものなんだ」

かな子「いただきまーす。……うん、美味しいですね」

さくら「羊さんのお肉って久しぶりだよねぇ。小学4年生のお泊まり旅行の富士宮でジンギスカン食べていらいかなぁ」

泉「亜子が食べ放題だからってお肉3皿食べて、その後苦しんでいたあの時以来」

亜子「ちょっと! 今、出さんといてよその情報!」

女性P「先ほど聞いていたな、ハンギキョートについて」

亜子「え?」

女性P「あの子も食べたことあるのか、と」

亜子「……はい。実はアタシ、Pちゃんから聞いてました。ハンギキョートっていう料理がある、て」

女性P「あの子が……」

亜子「アタシが聞いた事もないような料理て言うて、Pちゃんが最初に口にしたのがそれやったんです。お母さんは、自分はPちゃんに疎まれていたて言いますけど、それやったらスッとそんな名前出えへん思うんです」

女性P「……」

亜子「Pちゃんはきっと、お母さんの好物をずっと覚えてんのやないか、てアタシ思います」

女性P「……5歳の頃でも、覚えているものなんだな」

亜子「あの、アタシも聞いてもエエですか?」

女性P「ああ」

亜子「Pちゃんの好物、お母さんは知ってはります?」

女性P「? コロッケだろう?」

 即答やった。良かった。
 お母さんもちゃんと、Pちゃんのことわかってはるんや。

女性P「あの子の5歳の誕生日に、お祝いとしてここに連れてきた。その時に私が好きだと言ってハンギキョートも食べさせたが、本人は『おかあさんのつくったコロッケのほうがおいしい』と言ってたな」

亜子「え!?」

女性P「なんだ?」

亜子「コロッケ……作らはるんですか!?」

女性P「作るのが手間だから、そう機会はないが……それでも昔は。そう、彼が5歳になって以降は仕事も大幅に増え、作ってくれと言われても家政婦に作らせていたな」

 Pちゃんのお母さんは、コロッケを作ってくれていないわけではなかった。
 いや――物心ついて「作って」と頼んでも、お母さんは作ってくれなくなったことがPちゃんの誤解になっているのかも知れなかった。

かな子「プロデューサーさん、なんだかごめんなさい」

女性P「ん?」

かな子「私たちのせいで、ご家庭……息子さんとうまくいってなかったんですね」

女性P「いや、かな子や他の担当のせいではない。仕事が忙しくても上手くやれている親子はいる。これは単純に、私が良い母親ではなかったというだけのことだ」

かな子「でも……」

亜子「あの」

かな子「え?」

亜子「ちょっとご相談があるんですけど、エエですか?」


かな子「最後に出てきたポンヌコークルっていうデザート、美味しかったよね!」

泉「アイスランド風パンケーキという説明でしたけど、パンケーキというよりはクレープみたいでしたね」

さくら「スキールっていうクリーム、ちょっとチーズっぽくって気に入りましたぁ」

亜子「ホンマごちそうになってしもて、すんません。ありがとうございました」

女性P「流石は我が息子、と褒めたい気持ちだな」

亜子「え?」

女性P「すごい候補生を、見つけて連れてきたものだ」

亜子「そんなん言ってもらえて嬉しいですけど、まだアタシらなんも結果を出せてませんから」

女性P「先ほどの話、進めておく」

亜子「お願いします。アタシらもレッスン、がんばりますよって」


P「デビューイベントが決まった……んだけど」

 Pちゃんのお母さんにアイスランド料理の店に連れてってもらってから一週間後、Pちゃんはそう切り出した。
 意外にも口ぶりが重い。いや、気も重そうや。

泉「なにか問題でもあったの? プロデューサー」

さくら「顔色、わるいよぉ?」

P「ニューウエーブのデビューイベントだ。大々的に行いたい、そうプランニングしてたんだけど、思わぬ横やりが入って……」

亜子「横やり?」

P「いつだったか会っただろう? 三村かな子ちゃん」

さくら「うんうん」

P「彼女がアメリカツアーを行うことになり、それに我々も帯同することになった」

泉「わあ、アメリカツアー……え? 帯同?」

亜子「ほな、なにか? アタシらもアメリカに行く……いうことかいな!?」

P「……そうなるね。彼女のプロデューサーが、大々的にというなら海外でデビューイベントはどうだ? って言ってきて」

 頭の中で、Pちゃんのお母さんがウインクしている姿が浮かぶ。
 いや、お母さん。確かにアタシが提案したことやけど、ここまでオオゴトにせんかて……
 ――いや。

亜子「血、やな」

P「ち?」

亜子「なんでもあらへん。要はかな子ちゃんに帯同しつつ、アタシらもアメリカでデビューゆうことなんやろ?」

P「え? あ、ああ。少なくともバックダンサー的扱いではない。無論、一緒に歌ったり踊ったりもするけど、あくまでニューウエーブはニューウエーブで、舞台に立つ。そこは譲らなかった」

亜子「ほんならそれに向けて、レッスンあるのみやな」

さくら「わたし、英語とかできないよぉ」

泉「日常会話ぐらいなら私がなんとか。それにプロデューサーもいるし」

P「そうだな。初舞台が海外で面食らったけど、いいチャンスかも知れない。日本へも配信されるそうだし」

亜子「よーし。いよいよアタシらの夢への一歩なんや、がんばってくで! いずみ、さくら、Pちゃん!!」

泉さくらP「おーーー!!!」

~1ヶ月後 カリフォルニア州ロサンゼルス~


亜子「やってきたで! アメリカはロサンゼルス!! 通称、ロスへ」

泉「亜子」

亜子「へ?」

泉「ロサンゼルスはロスとは略さない。ロスはスペイン語の定冠詞losと同じ発音だから通じない」

亜子「ほんなら、なんて呼ぶん? 現地の人は」

P「LAかな。ついでに言っておくと、いわゆる日本人の発音でのロサンゼルスも現地ではなかなか通じない。ローサンジャラスって発音する」

亜子「Pちゃん、アンタ……」

P「な、なに?」

亜子「初めてやないな!? アメリカ!!」

P「まあ、何度か」

亜子「裏切りモンーーー!!!」

さくら「まあまあ、アコちゃん」

泉「経験者がいた方が、頼りになるじゃない」

亜子「……なるほどそうか。頼むで、Pちゃん」

P「任せて。そして初ライブはLAのウオルト・ディズニー……」

さくら「ええ? もしかしてぇ、ディズニーラン……」

P「ウオルト・ディズニー・コンサートホールだ」

さくら「……それってディズニーランドにあるんですかぁ?」

P「いや、ディズニーランドにはない。ディズニーランドは同じカリフォルニア州だけどアナハイムにある」

さくら「えぇー……」

P「今回は仕事優先だから、ディズニーランドはまたいつか」

亜子「お、言質とったでさくら」

泉「いつか連れてきてくれるんだね、プロデューサー」

P「わかった。約束する」

さくら「わぁい」

 やったな。Pちゃんがこう言うたなら、勝ったも同然や。
 4人でディズニーランド、もろたで!


かな子「あ、みんな来たね」

さくら「こ、ここがディズニーホール……」

泉「ウオルト・ディズニー・コンサートホールね。でも……」

亜子「お、大っきない? ここ」

P「収容人数は2千人ちょっとかな」

 それが多いんか少ないんかも、ようわからん。
 なんせ初めてなんやでアタシら、Pちゃん。なんや緊張してきたな……

支配人「責任者は? どこにいる!?」(※英語)

かな子「え?」

支配人「責任者だ! 話がある!!」(※英語)

さくら「なんだか恐い人ぉ」

泉「えっと。プロデューサー、呼ばれてる?」

P「みたいだ」

P「私です」(※英語)

支配人「お前が!? 責任者だぞ!?」(※英語)

P「そうです」(※英語)

支配人「今日はエイプリルフールじゃないよな?」(※英語)

P「日付変更線を超えたので、今日は8月6日です。もちろん、エイプリルフールではありません」(※英語)

支配人「なんてこった、日本じゃ子供が責任者でツアーをやるのか」(※英語)

P「いや、日本でもスタンダードなスタイルではないと思う」(※英語)

支配人「フン、面白いやつだ。だが、まだ信じたわけじゃないぞ?」(※英語)

P「信じようと信じまいと、責任者は私です」(※英語)

支配人「じゃあ聞くが、リハーサルは? やるなら用意はすぐできる」(※英語)

P「では30分後に。機材の準備は?」(※英語)

支配人「要らん心配だよ、子供の責任者」(※英語)

さくら「どうしたんですかぁ?」

かな子「何か問題でも? 私のプロデューサーさん、まだ席を外してるんだけど……」

P「なんでもない。リハーサルをやるって、30分後に。かな子さんはプロデューサーと合流してからにしましょう。先にニューウエーブが。着替えはしなくていいけど、コンディションを整えていて」

かな子「あ、はい」

さくら「はぁい」

泉「亜子、さくら、ちょっと」

亜子「ん? なんや、いずみ」

泉「さっきの人、たぶんここの支配人。それでね、プロデューサーのこと、子供だって言ってた」

亜子「なんやて!? ホンマか?」

泉「たぶん、間違いないと思う。かなり馬鹿にした言い方だった」

さくら「そんなぁ……」

亜子「ほう……Pちゃんを馬鹿にするとは、エエ度胸しとるやないか。いずみ、さくら、ここはアタシらが見せたろ?」

泉「うん、いいね」

さくら「わたし、がんばっちゃいまぁす」


P「時間だ。3人とも準備は……」

亜子「出来てるで」

泉「いつでもいけるよ、プロデューサー」

さくら「どうですかぁ?」

P「衣装はまだ、着なくてもいいと……」

亜子「この方がも気合い入るやんか」

泉「本番のつもりでいくから」

さくら「見ていてくださいねぇ」

 アタシらは、ステージに駆け上がった。
 本番さながらのアタシらを見て、スタッフらしき人たちはちょっとビックリしたみたいやけど、何人かが口笛を吹き、手を叩いてくれた。
 ノリ、エエやんかアメリカの人。

亜子「いっせーので、いっしょにせーの♪」

泉「色々いいでしょ、いっしょのせーの♪」

さくら「イイトコさがして、いっしょにせーの♪」

亜子泉さくら「「私とあなたと、あなたと私、いっしょがいいでしょ、いっしょにせーの♪」」

 観客はまだ誰もおれへんけど、部台設備や照明は本番さながらにやってくれてる。
 その中でアタシらは、不思議と緊張もせんと歌ってるし踊れてる。
 なんやろ、なんか楽しなってきた。
 やっぱりレッスンと本番はちゃうねんな。
 アタシ、だんだんノッてきたで!

亜子泉さくら「「だからいつも♪ いっしょにせーのしよう♪」」

 1曲目を歌い終えたアタシらはエエ気分やった。
 と、その時、観客のいないはずのホールのあちこちから歓声と拍手がきこえてきた。

「いいぞジャパニーズガール」(※英語)
「さすがニンジャの国!」(※英語)
「最高! 素晴らしいよ!」(※英語)
「もっと聞かせて、魅せてくれ!!」(※英語)
「アイラブユー!!!」

さくら「うわぁ。ありがとうございまーす!」

泉「あれ? さくら、なんて言ってるかわかるの?」

さくら「ううん。でも、なんとなく……うん、伝わりましたぁ」

亜子「そうか……うん。なんか嬉しいな、こういうの……あ」

 と、感激のアタシらに先刻の支配人がやって来た。

泉「なにか問題でも?」(※英語)

支配人「……パーフェクトだ。エクセレント! 日本の淑女達よ」(※英語)

亜子「な、なんやて?」

さくら「すごいね、って褒めてくれてるみたいだよぉ」

亜子「ホンマ? いずみ」

泉「うん。あ、プロデューサー」

P「良かったよ、3人とも」

P「そしてありがとうございます、事前の指示通りの舞台演出でした」(※英語)

支配人「改めて聞くが、この淑女達のプロデューサーなんだな?」(※英語)

P「そうです」(※英語)

支配人「グレート。ユー・ザ・マン」

P「え?」

支配人「馬を見れば乗り手がわかる。お前は偉大なプロデューサーだ。俺は認める」(※英語)

P「ど、どうも。ただどちらがどちらに乗っているのかは、我々の場合定かではありませんが」(※英語)

支配人「どっちだっていいさ。今回の公演で、どんな協力も俺は惜しまない」(※英語)

P「助かります。ミスター」(※英語)

支配人「グレートプロデューサーよ、今いくつだ?」(※英語)

P「15歳です」(※英語)

支配人「15! 俺が15歳の頃は、まだポニーテールの女の子を追っかけてたぜ」(※英語)

P「……僕も同じですよ。もっとも、ポニーテールじゃないですけど」(※英語)

支配人「ヒューッ! なるほどな。今後、俺のことはロジャーと呼べ」(※英語)

P「ありがとうロジャー。僕はPだ」(※英語)

支配人「イエッサー、ミスターP」

亜子「なんて? いずみ」

泉「まだ1曲目が終わっただけだから、リハーサルが全部終わってから話すよ。亜子が照れて続けられなくなるといけないから」

亜子「へ?」

さくら「きっとプロデューサー、亜子ちゃんのことが好きなんだって説明したんだよぉ。あの支配人さんに」

亜子「な! ほ、ホンマか!? いずみ!!」

泉「どうでしょう……あ、2曲目が始まった」

亜子「いずみぃー!?」

 このリハーサルでアタシらは、完璧にスタッフを味方にできた。
 かな子ちゃんとの連携も上手くいったし、本番も成功を収めた。
 そしてそれは、その後続くラスベガスでもナッシュビルでもニューヨークでも同じやった。
 三村かな子ちゃんとニューウエーブのアメリカ公演とそのお披露目は大成功に終わった。


亜子「海外でデビューイベントを大成功させ、凱旋帰国かあ。空港にファンやマスコミが押し寄せてたら、どないする?」

さくら「そうなったら、すごいねぇ」

泉「日本でも配信されていたとはいっても、そう大事にはなってないとは思うけど」

亜子「まあ、せやな。かな子ちゃんのネームバリューや実力もあっての、ツアー成功やったしな」

さくら「でもこれで、晴れてわたしたちも本物のアイドルなんだよねぇ?」

泉「うん。ちゃんとお客さんの前でライブをやったんだから、私たちはもうプロだよ。本物のアイドル」

亜子「ハッ! そ、そんでPちゃん、アタシらどんぐらい儲かったん!? このツアーの売り上げは!!」

P「正確な収支決算はまだだけど、まあ……」

亜子「な、ナンボ!? ナンボなん!!」

P「ほぼ……」

亜子「うんうん!!!」

P「ゼロかな」

亜子「へ?」

P「ゼロ」

亜子「なんでやのーーー!!!!!!」


泉「まあ仕方ないよ。まだ初めてのお仕事なんだし、これまでの宣伝費や準備費用もかかってるんだし」

さくら「レッスンだって、させてもらってたんだよねぇ。そういえば」

亜子「うう……せやった。アイドル活動も先行投資が必要なんて、考えればわかりそうなこと忘れてたわ……」

P「まあでも、悲観することはない」

亜子「え?」

P「今も言ったよね? ゼロだ、って」

亜子「えっと、それって……」

泉「つまりわかりやすく言えば、固定費÷(限界利益÷売上高)の値が0だってこと?」

さくら「わかりやすくないよぉ」

P「大石さんの言う通り。つまり……」

亜子「損益分岐点を越えたんやな!」

P「そうだよ」

泉「やったね!」

亜子「ほんなら、これからはがんばった分だけ儲かるんやな!」

さくら「よくわかんないけど、わぁい!」

 海外ツアーでの初ライブだったアタシたちだったけど、そのライブだけで先行投資分をペイしてしまったらしい。
 つまり、今回のライブツアーだけで、準備や広告ねそしてアタシらの育成費用は回収できたという事だ。
 これは快挙であるらしく、その証拠に……

亜子「な、な、なんやのん、この人出!」

泉「これじゃあ、空港から出られないんじゃ……」

さくら「おかえりなさい三村かな子ちゃん……それから、うわぁ、わたしたちの名前も!」

 帰り着いた空港は、大変な騒ぎとなっていた。
 そう、日本に帰ってくると、アタシらはちょっとした有名人になっていた。
 ファンが押し寄せ、テレビのリポーターもやって来ていた。

P「どうしようか、空港に連絡して裏口からでも」

亜子「なに言うてんの」

P「え?」

亜子「ちゃんとアイサツして、そんでお礼言わんと」

P「……」

泉「うん、こんなに喜んでもらえてるんなら」

さくら「ごあいさつしたいな」

P「わかった。じゃあ、行こうか」

 若干、揉みくちゃにされながら、アタシらはファンに手を振り、笑顔でお礼を言いながら空港を出た。
 翌日には、かな子ちゃんも加えてテレビの朝の情報番組にも急遽出演することとなった。

 そう。Pちゃんはやってくれた。
 まだアタシらはトップアイドルにはなってへんけど、決意とやる気だけのアタシらを、ちゃんとアイドルにしてくれた。
 きっとこれからも、そうなんやろう。
 どこへ向かって、どう行けばエエんかをPちゃんが教えてくれる。
 そうすれば、アタシらはずっと4人一緒にいられる。
 もう、漠然とした不安はない。
 Pちゃんは見事に、アタシらの不安を消し去ってくれた。

 次は――

亜子「アタシの番やで」


P「祝勝会?」

亜子「せや。まあ、ご苦労さん会でも初ライブ成功記念会でもなんでもエエんやけど、ささやかなお祝いをしよう思てな」

P「それだけ?」

亜子「わかってる、て。初ライブ成功のゴホウビも兼ねてやから」

P「覚えいてくれて嬉しいよ。でも、どこで?」

亜子「場所はアタシに心当たりがあるから任しとき。ほな、明日の夜は予定開けといてな」

P「わかった」

~翌日 シンデレラガールズ女子寮~


P「え? 寮でやるんじゃないんだ」

さくら「プロデューサーさんは、寮に長居はできないでしょぉ?」

P「まあ、他のアイドルや候補生も大勢いるからね」

泉「気を使わなくていいように、お店をとってあるから」

P「え? 外なの?」

さくら「心配しなくてもぉ、アコちゃんは先に行って料理にとりかかってるから」

泉「お店の厨房、使わせてもらってるんだって」

P「なるほど。じゃあ、行こう」

~都内アイスランド料理店 エイヤフィヤトラヨークトル~


P「え? ここって……」

さくら「前に三村かな子ちゃんと、かな子ちゃんのプロデューサーさんに連れてきてもらったんでぇす」

泉「私たち、東京で知ってるお店ってここだけだから」

P「そ、そうか。そうだよね」

亜子「お、来たなPちゃん。ほな、揚げようかな」

P「お願い。いやー、この日がくるのを一日千秋の思いで待ってた」

亜子「このアタシがPちゃんの為に、腕によりをかけたからな。待っててや」

さくら「楽しみだねぇ」

泉「亜子のコロッケは、私たちも久しぶりだよね。中二の夏以来?」

さくら「うん、そうじゃなかったかなぁ。ほら、特売でひと駕籠200円のジャガイモを売ってた時の」

泉「確かに。玉ねぎも安かったから、一緒に買った記憶がある」

亜子「揚がったで! さあさあ、冷めへんうちに食べような」

さくら「……あれぇ?」

泉「亜子?」

亜子「ほらほら、Pちゃんの為に作ったんやで? 食べてみて」

P「これ……いただきます」

亜子「どや?」

P「このコロッケ……」

亜子「……」

P「お母さんのコロッケの味がする……」

亜子「あはは、やっぱわかるんやな。Pちゃん」

P「これ、土屋さんが作ったんじゃないの!?」

亜子「約束通り、ちゃんとアタシが作ったで。材料のジャガイモかて、わざわざ三島から持ってきたんやから」

P「でもこれ……お母さんのコロッケだ……お母さんのコロッケの味だ……」

亜子「思い出したやろ? Pちゃんのお母さん、ちゃんとコロッケ作ってくれてたんやんか」

P「うん。確かに……思い出した。家で食べたっけ、このコロッケ」

泉「得心した。なるほど、亜子のコロッケじやないとは思った」

さくら「アコちゃんのは、小判型してるコロッケだもんねぇ」

P「え? すると、この俵型のコロッケは……」

亜子「Pちゃんのお母さんに聞いたんや。お母さんの作り方を。な! お母さん」

女性P「教えただけで、この再現度は見事なものだ」

P「……お母さん」

女性P「その、私は……」

P「ごめんなさい」

女性P「謝ることなど、なにもない」

P「お父さんにも……」

女性P「社ちょ……あの人も後で来る」

P「良かった。プロデュースというものをやってみて初めて、お2人の……お父さんとお母さんの苦労と仕事に対する熱意が理解できたよ」

女性P「すまなかった」

P「ううん。でも、もうひとつわかったこともある」

女性P「言わなくてもわかっている。アイドルのプロデュースは楽しい……だろう?」

P「さすが、僕のお母さんだ」

 2人は抱き合っていた。
 わだかまりのあったPちゃんとご両親が和解したのは、あきらかやった。
 アタシは心底、良かったと思った。

泉「初ライブが成功したら、ご両親も一緒にお祝いしたいって言ってたのはこういうわけだったんだね」

亜子「Pちゃんは、アタシらそれぞれの家庭の事情を解決してくれたやんか。ほんなら、アタシらもPちゃんの家庭の問題を解決してあげんとな」

さくら「うん! ずっと4人でいっしょだもんねぇ」

亜子「そういうこと。これからもずっと、4人で仲良うやっていこうな」

泉「ふふっ。今、私たちの家庭の事情÷(アイドルとしてのスタート÷未来への期待)がゼロを超えました!」

亜子「あはは、いずみらしいな。さあさあPちゃん、お母さん直伝だけやのうて、アタシ本来の作り方のコロッケもあるねんけどな?」

P「あ、食べたい! 食べます!!」

女性P「私もご相伴にあずかりたいな」

 この後、気を利かせた社長さん……いや、Pちゃんのお父さんがかな子ちゃんも連れてきてくれ、アタシら7人はアメリカツアーの成功をコロッケで締めくくった。
 ちょっと酔っ払ったPちゃんのお父さんは、プロデューサーの心得なるものを大声でPちゃんに説きはじめ、Pちゃんは真剣な顔でそれを聞き、Pちゃんのお母さんは笑いをかみ殺していた。

かな子「あんなプロデューサーさんを見るの、初めてかも」

亜子「まあ……あれは、家庭での顔なんやと思いますけど」

かな子「うん。でも、それが見られたお陰で私もホッとしたよ」

亜子「はい」

かな子「コロッケも美味しかったし」

亜子「ありがとうございます」

 2日後。
 日常生活に戻ったアタシらは、一躍学校の有名人となっていた。
 遠巻きに熱い眼差しを受け、クラスでは全員に囲まれてアメリカでのことをあれこれと聞かれ、下級生からサインを求められる。


亜子「やっぱりスゴイな。アイドルになる、いうんは」

泉「なんだかずっと見られてて落ち着かないけど、応援してくれてるんだと思うと嬉しいよね」

さくら「CDとかいつ発売になるの、っていっぱい聞かれたよぉ」

 まあでも、ここまではいずみやさくらをアイドルにしよ、思ってから思い描いていた光景やった。
 アイドルになったらきっと、学校中の注目を浴びるで! て。
 そう。これは思い描いてた、想定していた光景やったけど、そこに意外な副次効果の光景が発生した。

女生徒1「P君、私もアイドルになれないかな?」

女生徒2「ちょっと私の歌とダンスを見てくれない?」

女生徒3「P君は、もう誰かとつきあってるの……?」

亜子「ぐうううぅ~! なんやのん、あれ!! Pちゃんもヘラヘラしてなんやのん!!!」

泉「プロデューサーは別に、ヘラヘラはしていない」

さくら「むしろ、困ってないかなぁ……あ、こっち来たよ」

P「いやあ、まいった。みんな僕のことを、アイドルの窓口みたいに思ってるみたいだ」

亜子「……ふうん、そうですか!」

P「え? あれ? もしかして怒ってる?」

亜子「怒ってへん!!」

P「なにかあった?」

泉「悋気」

P「え!?」

さくら「アコちゃんのご機嫌、プロデューサーさんがなおしてくださぁい」

P「えっと、そう言われても……あ、そうそう。今日なんだけど、学校終わったらウチに来ない?」

泉「プロデューサーの家?」

P「うん、土屋さんが見たいって言ってたDVDを、みんなで一緒に見ようかと」

亜子「へ? アタシ、そんなこと言うたかな?」

P「ほら、プラン9・フロム・アウタースペース」

 頭の端っこに引っかかってた記憶が、ようやく思い出させてくれる。
 アレか、史上最低の映画監督とかいう人の映画やっけ。
 史上最低の映画監督の映画ということは、史上最低の映画ということになるんやろうし、まあその映画に興味ないことはないんやけど、それに加えてPちゃん家かあ……アンタ、どないなトコに住んでんの?

P「どう……かな、お菓子とか飲み物も用意するけど」

亜子「Pちゃんのオゴリなんやな? ほな、行こうやいずみ、さくら」

さくら「わぁい! ただで映画!」

泉「映画……どんな内容? ジャンルは? 私、興味をひかれなくて、暗くて、音楽が流れていると意識蒙昧になることが……」

P「内容は、ない」

泉「え?」

P「あってないようなものと言うか、ストーリーは気にしなくていいというか、気にする必要がないというか」

泉「え? え? え?」

亜子「あはは。いずみ、こら見てみんとアカンな」

泉「そうだね。興味わいてきた」

さくら「じやあ、放課後ね」

P「うん」

亜子「ちゃんとキレイにしてあるんやろな? 女の子が3人も来るんやから」

P「特に君が、ね」

 綺譚のない返事と笑顔に、こっちの顔が赤くなる。
 もう、ホンマにデリカシーがないなPちゃんは。
 いやでも、これもPちゃんのエエとこなんやろな。

~放課後~


泉「ワンルームなんだ。あんまり物はないんだね」

亜子「いやいや、確かPちゃんが言うてたけど……ほら」

 アタシがクローゼットを開けると、中からガラガラとDVDが崩れ出てくる。

P「あ、いや、これはまあ」

亜子「ホンマやったんやな。DVDが山のようにある、いうんは」

さくら「えへへ」

亜子「なんや? さくら」

さくら「ごちそうさまでしたぁ」

亜子「え?」

泉「私たちの知らない情報を、亜子がちゃんと知っているという事への安堵と驚嘆と軽い揶揄」

亜子「た、たまたまや。たまたま!」

P「ま、まあとりあえず見ようか。プラン9・フロム・アウタースペース」

 誤魔化すように、PちゃんはDVDをデッキに入れる。

P「これ、デジタルリマスターされた総天然色版なんだ」

 ということは、元々はシロクロの映画なんかいな。
 そして始まった鑑賞会。
 この史上最低の映画監督作成の史上最低の映画に、1番食いついてきたのはなんと意外にもいずみやった。

泉「待って、このシーンさっきも見なかった?」

P「実はこのドラキュラ役のベラ・ルゴシ、この映画の撮影が始まってからすぐに亡くなってしまった」

泉「え?」

P「なので彼の出るシーンは、同じカットの使い回しなんだ」

泉「え? え?」

P「ほら、彼が出てるシーンのバックで白い車が通るのがわると思うけど、これ彼の出てるシーンでは毎回必ず通るんだ。使い回しだから」

泉「え? え? え?」

亜子「ホンマや! あはははは」

さくら「あ、またドラキュラさんの出番。じゃあ後ろに白い車が……」

亜子「はい、通ったー。あはははははは」

泉「このUFO……なんていうか……」

P「これ、タイヤのホイールを使って撮影してるんだ」

亜子「それはエエけど、吊ってる糸が見えてるやないの!」

さくら「見えてるねぇ。あはは」

泉「……プロデューサー、聞いていい?」

P「なに?」

泉「タイヤのホイールをUFOとして撮影しているのは、いい。そういう予算や都合なんだと思う」

P「確かにこの映画は資金繰りが難航した、低予算映画だよ」

泉「でもさっきの登場人物、そのUFOを見て『葉巻型でした』って言ってたよね!?」

P「言ってたね」

泉「あと、なぜこのゾンビに襲われている人たち、直立不動で逃げもしないで『うわー』とか言いながら首を囓られてるの!?」

P「実に当然の指摘で確かに不思議だけど、僕もその疑問に対する答えを持っていない」

泉「それも何度も何度も!!」

P「……なぜだろうか」

泉「それで結局、太陽爆弾ってなんのことなの!?」

さくら「えっとぉ」

亜子「ガソリン缶……やったかな?」

P「そうだね」

泉「おかしいでしょう!!!」

 不条理とはまた違う、理屈ではない目の前で繰り広げられる物語にいずみは今まで見たことないようなボルテージで食いついていた。
 小学5年生の時に音楽の自習授業で見たアマデウスという映画の時は、あんなに眠そうにしてたのになあ。
 けどいずみも、別に怒っているわけやない。
 そしてアタシらも、いずみと共に首を捻り、頭を捻り、そして笑っていた。

泉「あのラストシーン、いくら考えても納得がいかない」

さくら「宇宙人の王様さんのお話、ピーンってなって聞いてておかしかったねぇ」

 帰り道、アタシらはまだ笑いながらさっきの史上最低の映画の話をしていた。
 Pちゃんも駅まで送りに来てくれている。

亜子「あれ? その紙袋はなんやのん、いずみ」

泉「これ? プロデューサーに借りた。さっきの映画」

亜子「そないに気に入ったんかいな」

泉「再検証を兼ねて、弟と見てみるつもり」

さくら「おもしろい映画だもんねぇ」

P「うん。最低ではあるけど味のある映画という認識だったんだけど、みんなでワイワイいいながら見るとこんなに楽しい映画なんだと初めて知った」

さくら「またやってほしいでぇす。映画鑑賞会」

泉「うん。プロデューサーなら面白い映画、たくさん持ってそう」

P「いいよ。僕も楽しみだ」

亜子「ふーん」

P「え? なに?」

亜子「映画は独りの時間を過ごすのにエエ娯楽なんやなかったんかいな」

P「それは3人に出会う前の話だから」

亜子「そっか。うん、せやな」

 いずみもさくらも、こんな楽しそうにしてくれるなら、映画も悪ないな。
 いや、なにより4人で一緒に楽しめるんは、確かにエエ娯楽や」

P「どうかな。前はあんまり見ないって言ってたけど、土屋さんも映画が好きになってくれたかな?」

 聞かんでもわかりそうなことを、Pちゃんが聞いてくる。
 当たり前やんか。
 でもそこでアタシは、あの日Pちゃんに告白された時の事を思い出していた。


P「土屋さん、好きです。僕とつきあってください!」


 あの時アタシは、それどころやないと断った。
 けど、あの時とは違う。
 アタシは……いや、アタシも今は――

亜子「あんな、今では……な」

P「なに?」

 ちょっと笑ってから、アタシは口を開いた。

亜子「アタシも大好きやで、Pちゃん」

 見れば、いずみとさくらが笑ってる。
 嬉しそうに。

P「それって……」

亜子「さ、帰ろうや! いずみ、さくら」

 アタシは両手で2人の手を握り、Pちゃんのに背を向けて走り出した。
 真っ赤な顔を、Pちゃんに見られないように。


お わ り 

以上で終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。
土屋亜子ちゃんは、モバマス登場時から可愛く、明るく、楽しい娘で大好きな娘です。

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