私の叔母に当たる日暮かごめはかつて、井戸を通り戦国時代へと行き来していたらしい。
この令和の世で生きてきた私にとってそれがいかに非科学的なことかについてはわざわざ難解な科学方程式や数式などを用いずとも信憑性に欠けるものであることは言うまでもないが、しかし他ならぬ私自身も幼少期に戦国の世からこの時代にやってきた事実がある以上、否定するわけにもいかないだろう。
日暮かごめはたしかに時を越えたのだ。
そして私もまた、運命の因果に導かれるように時を越えて、戦国の世に帰ってきた。
「おーい、とわ。入るぞ~」
「う、うわ! もろは! 入ってくるな!」
戦国時代では毎日風呂には入れない。
自動車やバイクなんて便利なものはないのでもっぱら自転車での移動だ。当然、道が舗装されているわけもなく悪路を走るしかない。
移動だけで数日かかることも多く、道中は基本的に野宿となる。だから風呂は貴重だ。
「へへっ。別に減るもんじゃねえし、いいじゃんかよ。女同士なんだからさ」
のんびりひとりで疲れを癒そうと思っていた矢先、一糸纏わぬもろはが乱入してきた。
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「前くらい隠せ!」
「隠すもんがそもそもついてねえよ」
耳を疑うような発言にもいい加減慣れた。
もろはに恥じらいはなくそして裏表もない。
人好きのする愛嬌のある笑みでヘラヘラと。
「たまにゃあ、アタシが背中流してやんよ」
「頼んでないのに……仕方ないなぁ」
結局この毒気のなさでいつも折れてしまう。
私の父の弟の娘であるもろはは、言うなれば私の従姉妹であり、妹みたいな存在だ。
手のかかるという点では実の妹よりも妹らしくて、ついつい甘くなってしまう。
「せつなもこのくらい甘えてくれたらな」
「ん? せつながどうかしたか?」
もろはに背中を洗ってもらいながら、つい独りごちると何やら勘違いを招いたらしく。
「なんならせつなの奴も呼んでくるか?」
「よ、余計なことをするな!」
この歳になってまだ妹と一緒にお風呂に入りたいなんて確実に呆れられてしまう。
私は尊敬される立派なお姉ちゃんで居たい。
「なんで姉妹で気遣ってんだよ」
「従姉妹に言われたくない」
せつなにため息を吐かれるのはつらい。
昔はあんなに慕ってくれたからこそ余計に。
頼りになる姉にならなければいけないのに。
「よくわかんねえけどさ……」
もろはは爪で私を傷つけないように優しい手つきで洗いながら、客観的にこう語った。
「アタシはとわが居てくれて頼もしいよ」
「もろは……」
「せつなだってきっとそう思ってんじゃねえの? 独りぼっちってのは、結構苦しいからさ」
もろはは今、どんな表情をしているだろう。
気になって振り返りたくなるが、堪えた。
振り返れば、情けない顔を見られるから。
「だから、頼りにしてるぜ。とわ姉ちゃん」
バチンッ!
「痛っ!?」
思い切り背中を叩かられて、助かった。
この目尻に浮かんだ涙を痛みのせいに出来るから。そんな言い訳を考える自分が滑稽だ。
「よくもやってくれたな、もろは!」
「やべ! 怒らせた!」
「今度はこっちの番だからな!」
逃げ出そうとするもろはを捕まえて、背中を隈なく洗う。私よりも小さくて華奢な背中。
それでもきっと、令和の世で草太パパに大事に育てられた私よりも、もろはは強い。
「ありがとう、もろは」
「へっ。なんてこたぁねえよ」
会ったことはないがもろははきっと私の父の弟に似ているのだろう。そして私の叔母の優しさも受け継いでいる。それはそれとして。
「はい、おしまい!」
バチンッ!
「ぎゃっ!? くぅ~……来ると思ったぜ!」
先程のお返しに背中を叩くと、もろはも涙が出るほど痛かったらしく溜飲は下がった。
やられてばかりでは姉の矜持に傷がつく。
「あ~極楽極楽」
「そうだな……」
身体を綺麗に流してから2人で湯船に浸かると、なかなかどうして、のんびり出来た。
もろはのせいでどっと疲れたのは事実だが、たまにはこうして一緒に入浴も悪くない。
「やっぱりせつなも呼ぶべきだったな」
「さすがに3人では入りきれないだろう」
湯船は私がもろはを後ろから抱きかかえるようにして丁度の大きさだった。それでも。
「今度はせつなとも入ってみたいな」
「ああ。きっとせつなも喜ぶぞ」
本当だろうか。いつもながらどこからその自信が湧いてくるのやら。前向きな従姉妹だ。
「あ、とわ」
「ん? どうした?」
「実は風呂入る前に厠に行き忘れてさぁ」
「ん?」
「このままおしっこしてもいいか?」
ちょっと従姉妹が言ってる事がわからない。
「厠ってたしかトイレって意味だよね?」
「ああ、とわの時代ではそう言ってたな」
「じゃあ、すぐにトイレに行ったら?」
「極楽すぎて風呂から出たくない」
やっぱりこの従姉妹は頭がおかしいらしい。
「じゃあ、私は先に上がるから……」
「まあまあ、ゆっくりしてけよ」
「でもおしっこするんでしょ?」
「それはまあ無きにしも非ずというか……」
どっちなんだ。はっきりしてくれ。怖いよ。
「あ、そうだ。名案を思いついた」
「聞きたくない」
「ひとまず聞けって。確かにアタシだけが湯船でおしっこするのは良くないかも知れないけどさ、とわも一緒にすりゃ解決じゃね?」
解決ってなんだ。明らかに悪化しているぞ。
「照れんなよ。女同士なんだからさ」
「女同士も何もあるか!?」
流石に怒る。怒っていい場面だと判断した。
「なあ、とわ。想像してみろ。このあったかぁ~い風呂の中でおしっこするとどんなに気持ち良いか。それを分かち合いたいんだよ」
やめてくれ。そんなこと考えるだけで罪だ。
「そうしたらさ……」
拒絶しようとした私に、もろはは切なげに。
「ほんとの家族に、なれるかなって……」
「もろは……」
ああ、私はなんて馬鹿なんだ。愚かだった。
草太パパに育てられた私は恵まれていた。
小さい頃に湯船でおしっこをしても草太パパは笑って許してくれた。それが家族だから。
もろはも、せつなもそんな経験はないのだ。
だったら私が、仲間として、家族として。
この寂しがり屋な従姉妹を、助けないと。
「はあ……今回だけだぞ」
「いいのか!? やりー!」
私は馬鹿だ。良い姉にはなれそうもないけれど、もろはやせつなの悦ぶ顔が見たかった。
「それで私はどうすればいいんだ?」
「一緒にしてくれるだけでいいよ」
もろはは簡単に言うが、なかなか難しい。
私がもろはの前に座っているならまだしも、抱きかかえている現状、察知出来ない。
「何か合図を出してくれ」
「じゃあ、そんときは手を握るよ」
湯船の中でもろはの指が私の指に絡まる。
それを握った時が合図。上手くいくのか。
いや、成功させるんだ。前向きにいこう。
「なんか緊張すんな」
「やっぱりやめておくか?」
「いいや。それは怖気づいたみたいで性に合わねえ。とわだって犬の大将の爺様の血を引いてるならわかるだろ? 絶対に逃げちゃならねえ戦いが、今だってことくらい」
犬の大将が聞いたら怒りそうな台詞だが、確かに尻尾を巻いて逃げるのは性に合わない。
半妖である私と四半妖であるもろはに尻尾はないけれど、負けず嫌いなところは同じだ。
「そろそろいくぜ。用意はいいか?」
勇ましい声とは裏腹に、私の手に触れるもろはの指先は震えていて、思わず目の前の小さな背中を抱きしめた。すると、もろはは。
「ありがと、とわ。アタシはもう怖くない」
震えが収まった従姉妹の感謝で、ようやく頼りにされたような気がして、嬉しかった。
「紅きうつつに恐れ慄け」
「望むところだ」
ぎゅっと手を握られて、私は放尿した。
「フハッ!」
私の前に座っているもろはには、水流が直に伝わったらしく、突然愉悦を溢した。
せつなに聞かれると不味いので口を塞ぐ。
「フハハハハハハハハハハ……むぐっ!?」
苦しいかも知れないけど、堪えて欲しい。
痛いくらいに手を握られて私ともろはは風呂の中で放尿を愉しんだ。まさに極楽だった。
「はあ~さっぱりしたぁ」
「それを言うならスッキリでしょ?」
風呂上がり、軽口を叩き合いながらもろはの髪を拭いてやった。親密度が増した感じだ。
なんだかもう、もろはが可愛くて堪らない。
「なあ、せつな! 今度はせつなも一緒に……って、あれ? あいつ、どこ行ったんだ?」
怪訝そうなもろはに釣られて周囲を見渡すもせつなが居ない。どこに行ったのだろう。
首を傾げていると、風呂場のほうで気配が。
「ま、まさか……?」
「どうやらそのまさかみたいだな」
私たちが風呂から上がったのを見計らって入浴しようとしたせつなは匂いで気づいたらしく、薙刀を振り回しながら半狂乱で。
「斬るッ!!」
「せ、せつな! ひとまず落ち着いて! 湯船の水を捨てなかったことは謝るから!?」
「フハッ!」
「もろはも嗤ってないで謝ってよ!?」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
そんなこんなでせつなに姉として認めて貰えるようになるにはまだ時間がかかるとは思うけれど、いつか妹とも一緒に湯船でおしっこをして昔みたいに仲良くなれる日が来ることを、私は願う。
【フハッん妖の夜叉姫】
FIN
あけましておめでとうございます。
半妖の夜叉姫、尊いですね。
とわやせつなもそれぞれ可愛いですが、やはりもろはが可愛すぎます! 一番好きです!
今後の活躍に目が離せませんね!
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
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