高校1年の冬に起こった出来事は丸1年経った今でも色褪せることなく、俺の中で思い出となり鮮やかに思い返すことができる。
麦端まつりの花形としてこの小さな麦端町で舞っていたことは、もう過ぎ去った過去のことでしかないのに、同じ時期に交際関係にあった石動乃絵の声や、仕草や、あどけない表情はそう簡単に忘れられそうになかった。
最終的にというか、最初から俺は湯浅比呂美のことが好きで、にも関わらず乃絵を巻き込んだというか、巻き込まれたことについては申し訳なく思っているけれど、乃絵の存在が俺と周りの人間関係を大きく動かす結果に繋がっていることは紛れもない事実だった。
石動乃絵。
かなりの変わり者で不思議な少女。
人付き合いが下手くそで、可愛がっていた鶏が縁で、俺は彼女と親しくなった。
なし崩し的に交際関係に発展し、破局し、お互いに傷ついて、今は距離を置いている。
たまに校内で見かけると目で追ってしまう。
また根も葉もない噂を立てられていないか。
また木に登って下りれなくなっていないか。
そんな俺の心配は杞憂であり、乃絵はあれから友達を作って楽しくやっているようだ。
そのことに安堵すると同時に一抹の寂しさを覚える自分の過保護さの理由を考えてみる。
考えるまでもない。
俺は石動乃絵のことが、好きだった。
あの時あの瞬間、乃絵のことが好きだった。
「また女の子のこと考えてる」
そのことは比呂美にはお見通しらしく、すぐに勘づいて、こうして半目で睨まれる。
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「誰のこと考えてたか当ててあげる」
苦虫を噛み潰したような顔をして、それ以上の追求から逃れようと試みたが無駄だった。
「石動乃絵」
「……当たり」
がっくりと項垂れつつ肯定すると、比呂美は勝ち誇るように腰に手をやって偉そうなポーズをしながら説教してきた。
「そんなに石動さんが気になるなら今年のクリスマスプレゼントは無しだから」
「そ、そんな……」
「ミニスカ乃絵サンタにおねだりしなさい」
ミニスカ乃絵サンタ。
思わずごくりと生唾を飲み込んで想像してしまったのが酷く気に障ったらしく、比呂美は口を尖らせて拗ねたように。
「ふんだ。せっかく私がミニスカサンタをやってあげようと思ってたのに、眞一郎くんはやっぱり乃絵サンタのほうがいいんだ」
「ミニスカ比呂美サンタ……」
頭の中に乃絵サンタと比呂美サンタが浮かんでいっぱいとなる。すぐに絵本にしたい。
「眞一郎くんのスケベ」
絵本なんて描いてる場合じゃない。
昔も、今も、そしてこれからも俺は比呂美を好きで居続けることを証明する必要がある。
「しんいちろーの心の中に湯浅比呂美」
そう諳んじると比呂美はキッと睨んで。
「しんいちろーの心の中に石動乃絵」
ここで引いてなるものか。負けじと大声で。
「すーぐそこーの湯浅比呂美のミニスカサンタが好きなアブラムシー!!」
「恥ずかしいからやめて」
「ごめんなさい」
恥ずかしい思いはしたものの、比呂美は満更でもないらしく笑顔が戻り、俺も笑った。
「でもどうせ眞一郎くんのことだから乃絵サンタも捨てがたいって思ってるんでしょ?」
「そんなことないって」
「ふーん。ま、良い子にしてないとどのみちサンタさんは来てくれないから眞一郎くんの本音は聞けないか」
まるで俺が猫を被っている悪い子のような口ぶりで、比呂美は念入りに忠告してきた。
「クリスマスまで良い子にしてること」
「はい……肝に銘じておきます」
こんな感じに俺は比呂美の尻に敷かれつつ、来たるクリスマスの日を迎えた。
「ん……?」
その日の晩、俺は夢を見ていた。
夢の中には乃絵が居て、比呂美も居た。
どちらを選ぶのか迫られ、俺は結局選ぶことが出来ずにどちらからも振られる夢だった。
酷い悪夢だったが自分がこれまでしてきたことを思えば当然かと納得してしまえるような妙に現実的な夢だった。そのせいもあって。
「ど、どうして私がこんな格好……!」
「シッ。眞一郎くんが起きちゃう」
寝ぼけ眼に映った2人の騒がしくも可愛らしいミニスカサンタクロースの姿が現実のものか夢幻かの区別がつかなかった。
「あ、眞一郎くん。お邪魔してます」
「え? う、嘘! ほんとに起きるなんて!」
俺が起きたことに比呂美サンタはすぐに気づいて挨拶してきた。乃絵サンタは慌てて。
「わ、私は石動乃絵じゃないわ!」
まるで本物の乃絵みたいな自己紹介をしながらも、丈の短いスカートの端を押さえて顔を真っ赤にしている。完成度が高いと思った。
「どう? 眞一郎くんのリクエストにお応えして、私と石動さんのダブルサンタにしてみたんだけど、もしかして気に入らなかった?」
比呂美サンタがそんな説明をしてきた。
気に入るも何も俺はまだこれが現実か夢かの区別すらついておらず、2人を眺めてから。
「2人とも、すごく可愛いな」
そんな月並みな表現で褒めると、2人とも照れつつも嬉しそうに笑ってくれたので、ひとまずそれはそれで良しとしてスケッチに取りかかった。
「し、眞一郎くん……?」
「シッ。眞一郎の邪魔しちゃダメ」
いきなりスケッチを始めた俺を訝しむ比呂美サンタを、変なところでしか空気が読めない乃絵サンタが嗜める。実に絵になる光景だ。
「あの、お手洗いを貸して欲しいんだけど」
「どうして前以て済ませておかないのよ」
「だ、だって仕方ないじゃない! この格好、すごく下半身が冷えるんだから!」
喧嘩を始める2人のサンタクロース。
比呂美サンタはどうやら催しているらしい。
尿意をこらえるミニスカサンタは最高だ。
「たしかにスースーするわね。あなたのせいで私までおしっこがしたくなってきたわ」
「わ、私のせいにしないでよ!?」
「眞一郎に恩を返せると聞いてついて来てみれば、こんな格好をさせられて、おまけにおしっこまで我慢させられるなんて不幸だわ」
やれやれと首を振りつつ、おもむろに短いスカートの中に手を入れる乃絵サンタ。
「い、石動さん何をしてるの!?」
「下着が汚れるといけないから、あなたも早く脱いだほうがいい」
「眞一郎くんの前で脱がないで!」
やはりこれは夢の続きなのだと確信して、ミニスカノーパン乃絵サンタを描写した。
「眞一郎だって目の前に短いスカートを穿いたサンタクロースが2人居れば、パンツを穿いてないほうが喜ぶに決まってるわ」
「眞一郎くんはそんな人じゃ……ッ!?」
比呂美サンタは気づいた。瞠目する。
血走った目で乃絵サンタを描く俺の姿に。
息を飲み、意を決して彼女も下着を脱いだ。
「こ、これで対等だから」
「ふっ。あなたのそういう負けず嫌いなところ、嫌いじゃないわ。私はもう、眞一郎とは何も関係ないけど、それでもあの時あの瞬間は好きだった。その想いだけは湯浅比呂美にだって負けないわ」
啖呵を切る乃絵に怯むことなく比呂美は。
「私は昔も今もこれからも慎一郎くんが好き。石動さんがつけ入る隙なんてない」
「それなら証明して」
「証明……?」
「眞一郎におしっこをかけて、自分のものだってことを証明して」
スケッチしつつ台詞をメモしていると、これはどうも絵本にはなりそうもないと悟った。
「そ、そんなこと出来るわけないでしょ!」
「私は出来るわ」
憤慨した比呂美を鼻で嘲笑った石動乃絵はちょこんと俺の膝の上に乗った。すごく軽い。
「し、下着も穿かないで眞一郎くんの膝の上に乗るなんて、信じられない!」
「このままマーキングする」
比呂美の糾弾も意に返さずに乃絵は俺も膝の上でモジモジし始めた。やっぱ頭おかしい。
「しんいちろーの膝の上にもアブラムシ」
「わ、私だって!」
空いていた片膝に比呂美サンタが乗る。
ノーパンミニスカサンタが両膝に搭乗。
乗り物となった俺はその生々しさに悶えた。
「眞一郎のえっち」
「ほんとスケベ」
乃絵サンタと比呂美サンタに両側から蔑まれるステレオ感が癖になる。俺はアブラムシ。
「湯浅比呂美」
「何よ、改って」
「譲ってあげるわ。お先にどうぞ」
一瞬、何を譲られたのか理解出来なかった比呂美だが、すぐに感づいたらしく、ふいに石動乃絵の小さな手を取って。
「今日だけは特別だから」
「……やっぱり私、嫌いじゃないわ」
和解した2人はまるで仲睦まじい姉妹のように、同時に俺の膝の上で放尿した。
眞一郎のお膝の上に、アブラムシ。
「フハッ!」
すーぐそこーのトイレに行かずアブラムシ。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
狂ったように嗤いながら、脳裏にアブラムシの歌が流れて、気が狂いそうだった。
膝に滴る2人の尿の温もりが、心地良い。
濡れた寝巻きに直に伝わる2人の生々しい感触は筆舌に尽くし難く、描写は困難だ。
雷轟丸。たとえるならばそう、あの鶏だ。
ココココココッ……コケッ!
俺はアブラムシでも地べたでもなく。
天空高く舞うことを夢見る鶏だ。
高く、もっと高く、気高く。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
鳴きながら、泣きながら、嗤いながら、高らかに気高く哄笑しながら、俺は雷轟丸を偲び、騒ぎを聞きつけた野原ひろしに似た声の親父にぶん殴られて意識を失うまで嗤い続けて、そして起きたら朝だった。
チュンチュン。チュンチュン。
窓の外では鶏ではなく、小鳥がさえずり。
「夢か……そりゃそうだよな」
目が覚めるとそこにはミニスカサンタの影も形もなく、何故かほっぺが痛かった。
どんな夢を見ていたのかは思い出せなかったけれど、幸せな夢だったような気がする。
「ん? 寝る前に何か描いてたっけ?」
枕元に置いてあったスケッチブックをめくるも、破られた痕跡があり、そこに何を描いたのかは定かではない。きっと凡作だろう。
「サンタ、来なかったな」
高校2年生にもなって何を言っているのかと自嘲しつつ、吐き出した溜息が白く染まるのを見て、しばらく布団から出たくないなとそう思って頭まで潜り込むと、それはあった。
湯浅比呂美と、石動乃絵の下着。
「最高のメリークリスマスだな」
耳を澄ませると揃って朝食の支度でもしているのか、階下で2人の女の子の声がする。
今度こそは夢ではありませんようにと願いつつ、俺はこの幸せな物語をパタンと閉じた。
【ture peears】
FIN
この季節になるとture tearsが観たくなります。
ちなみに断然、石動乃絵派です。
最後までお読みくださりありがとうございました!
申し訳ありません。
ture tearsではなくtrue tearsでした。
謹んで、訂正致します。
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