レイジーレイジーの、クレイジーな絆 (15)

●3行あらすじ
フレ×志希 ソフト百合
スパンキングとキスまで
参考:自由の女神のアーキタイプは、現在はオルセー美術館に移されてるらしいです。

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結局、恋人や神秘主義者によくあるように、他人の意思に身をまかせるということ、
自分一個の快楽や利害や複合感情(コンプレックス)から解放されたわが身を知るということは、
崇高なことであり、歓びを伴うことなのである。
 ――ポーリーヌ・レアージュ『O嬢の物語』




ここだけの話、アタシがシキちゃんとデュオを組むと聞かされた最初の瞬間は、
プロデューサーの正気を疑ったんだよね。

テキトーなフレちゃんに、さらに輪をかけてテキトーな一ノ瀬志希ちゃん。
プロデューサーの胃が穴だらけになって網になっちゃうんじゃないか、と心配になったよ。

それに、アタシからみたシキちゃんのファースト・インプレッション、
今から考えるとそんな良くなかった。

シキちゃんったら、約束の時間に、約束の部屋には居たんだけど、居眠りしてて。
フレちゃんが『おつかれかなー』と思って肩を揺すったら、がばっ! って起きて、
いきなりアタシのうなじに顔を埋めてクンカクンカスーハースーハー。

さすがに抗議したら、シキちゃんは、
『お互いの匂いをかぎ合うのがアメリカ流のあいさつなんだよー』と悪びれもなく。
犬猫じゃないんだから。フレちゃんがおフランス生まれと知ってのハッタリか。

アタシは、起き抜けシキちゃんの乾燥したくちびるにリップクリームを塗ってあげた。
パリジェンヌ流のあいさつを返してあげよ――なんて言って。ハッタリには、ハッタリがえし。

あたしたちの横で、プロデューサーが頭を抱えている。



初対面で、気づいちゃったね。アタシとシキちゃん、似てるって――どこが?
ホントウの自分をなかなか曝さず、ハッタリで混ぜっ返して距離を測っていくタイプってところ。

だからこそデュオを組むのは不安になった。
プロデューサーが胃潰瘍を起こさないか――も、あったけど。もっと根底的なモノがあった。

アイドル界で似た者同士がユニットを組んだら、キャラかぶりを起こしてしまう。
だいじょうぶかなぁ。まぁ、外見がぜんぜん違うから、なんとかなるかなぁ。

それでもアタシとシキちゃんは、レイジーレイジーというユニット名を拝領して、
すぐに曲ももらって、活動開始となった。
わーお、アタシたち、相当期待されてる――なんてシキちゃんと笑いあった。



アタシと組んでから、シキちゃんの奇行はエスカレートしていった。

ちょっと可愛い女の子がいると、すぐ忍び寄ってクンカクンカとセクハラする。
それだけならまだしも、レッスン前によく失踪した――まぁシキちゃんがギフテッド? なおかげで、
すぐに失踪ぶんの遅れを取り戻してくれてたから、致命的にはならなかったけど。

そうやって、シキちゃんはプロデューサーやトレーナーさんに叱られる。
アタシはそれを横でフォローしてあげる。そんな位置関係ができあがりつつあった。
コレ、シキちゃんが仕掛けたアタシとの差別化? と思うのは、アタシの自意識過剰だろうか。

横目で何度も見ているうちに気づいたけど、叱られてるときのシキちゃんは、とっても嬉しそうだ。
だから反省の色が見えない、って思われて、よく追加でお灸をすえられてた。

ナニがそんなに嬉しいんだろう。



気になったアタシは、ある日シキちゃんをおしりペンペンした。
知ってる? フランスでも折檻の定番はおしりペンペンなんだよ。

それが悲喜劇の始まりだった。




シキちゃんをおしりペンペンした名目は、
確かシキちゃんがモモカちゃんへセクハラしたコトだった。

モモカちゃん(正確には、モモカちゃん、ユカちゃん、キョーコちゃん)と、
アタシとシキちゃんが、ラ・ロズレというユニットを組むために顔を合わせた。

その時シキちゃんは、アタシに対して行ったように、モモカちゃんのうなじをムリヤリかぎにいった。

イケないでしょ。
いくら18歳のJKだからって、12歳JSの匂いをムリヤリかぐなんて、トラウマものだよ?

アタシはシキちゃんをモモカちゃんから引っ剥がして、
モモカちゃん、ユカちゃん、キョーコちゃんの面前でシキちゃんを四つん這いにさせて、
おしりをぺんぺんした――シテあげた。

『もう、しょうがない子だねシキちゃんは! 年下の子に、セクハラするなんて!』

ぱーん、ぱーんと、なるべくいい音をさせるように叩く。

『あ――はぁっ♪ ご、ごめんなさーい……あっ♪』

やっぱり、シキちゃんは嬉しそうだった。
正直ちょっと気持ち悪いな、と思った。



しかし、アタシはシキちゃんの相方。
シキちゃんの性癖を見てみぬフリするには、距離が近すぎる。

ということでアタシは、フランス娘のたしなみとして『O嬢の物語』とか読んで勉強した。

そうこうしているうちに、
またシキちゃんがモモカちゃんにセクハラを仕掛けようと――アタシのいる前で。
当然、アタシはシキちゃんを阻止した。

シキちゃんは、ふだんは到底見せないようなびくびくした目でアタシを見つめた。
アタシは、またシキちゃんを打擲した。
するとシキちゃんの目は、打擲の一発一発ごとに安堵に蕩けていった――ように、アタシには見えた。

やっぱりシキちゃん、マゾなのかな。



でも、既にそれなりの付き合いになっていたアタシの目から、
あらためてシキちゃんの言行を一つひとつ思い返してみると、シキちゃんマゾ説には疑問が残った。

試しにアタシは、シキちゃんがかつてカナデちゃんに心無い――というと言いすぎかも――言葉を投げたことを蒸し返して、
チクチクなじってあげたら、シキちゃんは割とホンキで嫌がっていた。

わーお。オトメゴコロ、フクザツ。
たんじゅんに痛めつけられたり、辱められたりされたいワケではないんだね。





ある日、アタシはシキちゃんと二人きりのとき、単刀直入に、
『シキちゃんは、アタシにおしおきされたい?』って聞いた。

そしたらシキちゃんは、するするとアタシの肩に腕を回してきて、
カタツムリのようなじっとりとした動きで、くちびるを近づけてきた。

『ムリヤリだなんて、イケない子だね。シキちゃんは』

近づいてきたシキちゃんに向けてそうささやくと、
びくんって、シキちゃんの動きが止まる。

『何度おしおきされても、わからないの?
 それとも逆かな。アタシにおしおきされたくて、こんなコトしてるのかな』

アタシは、力を失ったシキちゃんを逆に押し倒した。

『ナニそれ。アタシ、シキちゃんの駄々っ子につきあわされてるオモチャなの?』

シキちゃんの丸い目を覗き込むと、それらが急によたよたぐらぐら狼狽し始めた。

『ふ、フレちゃん、ゆ、る、して』
『ゆるして? 許すも許さないも、ないよ』
『ゆ、る、して……』

とにかくシキちゃんは『ゆるして』ほしいらしい。

『ゆるして、っていうなら、イケないコトやってるって自覚はちゃんとあったんだ?』
『……う、うん……っ』
『シキちゃんって、悪い子だね』

あたしは座って、膝の上をポンポンと手で示した。

『悪い子は、おしおきが必要かな?』

シキちゃんは、潤んだ目であたしをじっと見つめて、
それからおずおずとあたしの膝の上に身を投げだしてきた。

『えいっ』

ぱーんと、シキちゃんのお尻に一発目。
シキちゃんから『あぅあぅ』なんて、おさなげな呻きが聞こえる。

『えいっ』

ぱーん、ぱーん、ぱーん。
アタシのスイングも、前よりいい音をさせるようになった。
シキちゃんの声は、だんだん湿っぽくなって、シキちゃんの顔は、安堵に弛んでいった。

おしりペンペンって不思議だ。

シキちゃんは、わけのわからない行動でアタシを混乱させてるのに、
こうしておしりペンペンしてると、シキちゃんを許してあげようという気分が湧いてくる。
ちょっとほかにはない溜飲の下がりかたをする。

シキちゃんは、『ゆるして、ゆるして』って呻く。
でも、あたしが手を止めると、悲しそうな声で『ゆるして、ゆるして』って鳴く。



何度も何度もおしりペンペンしてる――そのうちに、なんとなくわかってくる。

シキちゃんにとって、おしおきと、それを通して得られる許しは、
カフェ・オ・レのコーヒーと牛乳みたいに溶け合っていっしょになってるんだね。

なんでそうなったのかは、フレちゃんの与り知るところじゃない。

まー、シキちゃん自身、シキちゃんパパ、シキちゃんママを見る限り、
シキちゃんったらフツーの育ち方してないみたいだから、そのあたりのナニかかな。
ソレ以上深煎り――もとい、深入りする気にはならないけど。




そうやってシキちゃんをおしおきしてるアタシのほうは――というと、
おしおきをしてあげるの、まんざらイヤでもなかった。

あれー? 気持ち悪いと思ってたハズなんだけどねー。

でもね、おしおきしてるとね、シキちゃんを御しきれるのは、アタシだけなんだって気がするんだ。
アタシたちのプロデューサーを差し置いて。

それはとっても甘い気分だ。

だってね、フレちゃん、ナニやっても中途半端だったもん。
パリジェンヌにもなりきれず――だってフランス語はぜんぜん話せないもん。
ヤマトナデシコにもなりきれず――だってこの金髪碧眼の見た目だよ? 慎ましい性格でもないし。

友達に勧められてはじめたモデルも中途半端でやめちゃって、
デザイナーの学校もさほどうまくいってないし。

そんなアタシだけが、あの才気煥発のシキちゃんをおしおきしてあげられるんだ。



ぜんぜん強く叩いてないのに、手がじんじん痺れるの止まらない。

『……フレちゃん?』

シキちゃん、アタシの内心を感づいちゃったかな?

『ひぁっ……!』

アタシは、シキちゃんの叩いてたおしりの丸みを、さわさわと撫でた。

『痛かった……?』
『痛かった、よー……』

シキちゃんのおしりとか太腿が、ぴくぴく動いてた。

『もう、イタズラなコトは、シない?』
『……それは……』

ぱーん、ぱーん、ぱーん。

『あ、あぁうっ、あっあっ……』
『まだぺんぺんされないと、わからない?』

さわ、さわ、さわっ。

『あっ、ふ、フレ、ちゃん……っ!』

ぱーん、ぱーん、ぱーん。

『あ、あぁぅ……っ!』

さわ、さわ、さわっ。

………………

…………

……





それからいくらか経って、外では吐息が白く濁り始めた。

冬の、あるオフの朝。

アタシがシキちゃんちでトロトロと朝寝していると、シキちゃんが珍しくアタシより先に起きて、
プレゼントだと言って銀色の細くて長い――1メートルはゆうに超えてた――鎖をくれた。
ちょっと早いクリスマスプレゼントかな? それにしてもなぜ鎖――

「それはね、こー使うんだ……♪」

シキちゃんは、自分の首に赤紫色のチョーカーを巻いてた。
そしてシキちゃんが後ろ髪をかき分けると、チョーカーのうなじ側に金具がついてるのが見えて、
アタシの持ってた鎖の反対側の端を、カチンと冷たい音をさせてはめた。

それでやっとアタシはプレゼントの意図を察した。

「朝ごはん食べたら、お散歩、行こっか」
「うん……♪」



シキちゃんちは、東京の山の手よりいくぶん西側の一戸建てだ。
そこからアタシたちは、プロダクションのある新宿に向かってみることにした。

アタシもシキちゃんも、厚手のコートにニットの帽子と冬の装い。
アタシはマフラーを巻いたけど、シキちゃんは赤紫色のチョーカーを見せつける。

そこから延びる銀の鎖は、互いの利き手――アタシの左手とシキちゃんの右手――を重ねたところに伸びている。
アタシが常に左側、シキちゃんが常に右側を、手と鎖をつなぎながら歩いてる。
鎖付きのデートだ――といっても、シキちゃんは後ろ髪がもさもさしてるから、そんなに鎖は目立たない。

シキちゃんの最寄り駅の街は静かだった。
カチン、カチンっていう鎖の音がよく響いた。

だけど新宿に行くと、さすがに騒がしい。音が群衆のざわめきに呑まれそう。
アタシは左手を振り回して、わざとカチンカチンと鎖をうならせた。
おかげで鎖もびゅんびゅんしなる。

あちゃー、これじゃ、アタシとシキちゃんが鎖で繋がれてるって、気づいた通行人もいたかなぁ。

でもさ、雑踏の中でひとりぼっちだったら孤独感がより深く感じられるように、
雑踏の中でふたりぼっちだと二人きり感がしんみり感じられて、いいよね?
フンフンフフーン、フンフフー♪



REMEMBER17から、タワーレコードを過ぎて、ぶらぶら歩いていると、
レイバンやらオークリーやらのロゴが大きく並んだ、
黒っぽいレイアウトの――中くらいのビルに、サングラスショップが見えた。

アタシはそれで、

「そうだ、シキちゃんへのお返しに、変装用サングラスをプレゼントしてあげよう♪」

アタシは変装用のメガネをもってたけど、シキちゃんは持ってなくて、
つい思いつきを口に出してしまった。まぁ、シキちゃんも否とは言わなかったし。

サングラス屋さんで傑作だったのは、
シキちゃんがオーダーメイドフレームのために顔と目の位置を図られてる時。

お店の隅っこに、視力とか眼圧とか測るいかめしい機械があって、
アレを使うとなると、(買うわけでもないただの付き添いの)アタシは、シキちゃんから離れざるを得ない。
鎖はどーするの? シキちゃんが一人で持ってるだけ。しかもアタシのほうを向けない。

シキちゃんったら、手持ち無沙汰の鎖を自分の手で握りしめてぷるぷる震えだした。

どうしようかなーと思ったら、店員さんがiPadをもってきて、
『度なしで、顔と目の位置を測るだけならコレでいいですよー』なんて言ってくれたら、
シキちゃん露骨に安堵して、店員さんに妙な視線で見られてた。

アタシはそれが面白かったので、気分が良くて想定より財布の紐を緩めちゃった。





そのあと、プロダクションに行くと、モモカちゃん、キョーコちゃん、ユカちゃんの三人が、
なにやら自主レッスンしているのを見かけた。

――私が 呼んだら 今すぐ 来てね♪

あ、アタシたちの歌――明日また会えるよね、だ。

それで、ラ・ロズレのよしみで声をかけてみた。

すると、シキちゃんをちょっと警戒しつつ――今までさんざん匂いをクンカクンカされてるから――
アタシたちのほうにやってきた。

もしアタシが同行してなくてシキちゃん一人だったら、
あの三人から避けられちゃってたかな? それはさすがにないか。



「フンフンフフーン♪ ……邪魔しちゃったかな?」
「いいえ、ちょうど一息入れるところでしたので」
「もしよろしければ、見ていただけませんか?」

アタシとシキちゃんは、
モモカちゃん、キョーコちゃん、ユカちゃんの自主レッスンを小一時間ぐらい眺めていた。

「こうしていると、アタシたちがお姉ちゃんで、あっちのみんなが妹みたいだね」
「シキちゃんは、ユカちゃんと同じ年だけどね」
「まぁまぁ」

アタシたちは繋いでいた手をほどいて、三人の自主レッスンに合いの手を入れたり、
ときには自分の体でお手本を実演したりした――ここでシキちゃんの才能が光る。

モモカちゃんの『ラヴィアンローズ』、キョーコちゃんの『恋のHamburg♪』、
そしてユカちゃんの『恋色エナジー』のボーカルとダンスのデモを、
なんと持ち歌の当人たちより早くコピーしちゃったんだ。

「どう? モノにするまでは行かないけど、コピーだけならここまでイケるよ♪」
「す……すご、い、ですわ……」

さすがの実力に、シキちゃんのセクハラ被害者だったモモカちゃんも感嘆の眼差し。
シキちゃんがダンスで鎖をカチンカチンさせてたのも、ぜんぜん気にしてない。

シキちゃんも、後輩アイドルからの称賛がよほど嬉しいのか、はしゃぎはじめて、ダンスを手取り足取りしてた。
まぁ、シキちゃんは『教える』というのが大のニガテだから、
『教える』というより一緒に踊ってるって感じだったけど。





……なーんか。さみしい。面白くない。

シキちゃんを手招きする。
やってきたシキちゃんの首から下がってる鎖を、アタシは握ってカチンカチンさせる。

「ねぇ、シキちゃん。あの三人の匂いを嗅ぎにいきなよ」
「えっ……自主練の邪魔になっちゃうじゃない」

そんなコトはわかってるんだよ。

「行ってきなよ。きっといい匂いするよ。嗅ぎたいでしょ?」
「そ、そりゃあそうだけどさ……」

ナニさ。シキちゃん。良い子ぶってためらっちゃって。
いつもは自分の知的好奇心と欲望を最優先して動くくせに。

まぁ、アタシが「嗅いできなよ」っていうほうが、ちゃんちゃらおかしかった。
アタシはいつも、シキちゃんのセクハラに対して折檻する側なのに、今はセクハラを煽ってる。

アタシがシキちゃんを折檻したいがために、シキちゃんをそそのかしてるのかな?

「嗅いでいきなよ」
「でも」
「嗅いでいきなって」
「フレちゃん……」
「嗅いでいくんだよ」

そしたら、シキちゃんがアタシのだって、確かめられるから。

「にゃ、にゃははっ……♪」

アタシのお墨付きを押し付けられたシキちゃんは、ちょっと迷ってから、
ユカちゃんに腕を絡みつかせて、あのツインテールの付け根をスーハースーハー……

「志希さんっ!?」
「うーん、期待通りの汗のにほひ……ふふ、ふふふっ」
「そんな、私、汗臭くて……っ」
「ちょ、ちょっと見直したと思ったら、またコレですのっ!?」

うん、そうだね。
あの三人のなかで、クンカクンカしていちばん許してくれる見込みがありそうなの、ユカちゃんだもんね。

「ごめんねモモカちゃん、キョーコちゃん、ユカちゃん。
 いまの志希ちゃん、女の子の匂いに飢えててさ……
 アタシが『なんとかシておく』から、許してあげて」

アタシは、鎖の端っこをカチンカチンと引っ張って、シキちゃんをユカちゃんから引き剥がした。
それを見てたモモカちゃんとキョーコちゃんは、心なしかぎょっとした目でアタシを見ていた。

そりゃあそうだろう。
コレじゃまるで、犬と飼い主の散歩風景だもん。





アタシは一番近くの女子トイレの個室にシキちゃんを連れ込んで、
カチャンと施錠して、シキちゃんの背中を個室の仕切りに押し付けさせ、
そのままくちびるを奪った。

ちゅっちゅっちゅっちゅるっちゅるっちゅ、なんて。
アタシたちのほっぺたの間で、鼻息が乱気流となって混ざり合う。

「んっ……んっ、う――ぷはぁ……ぁ、はぁ……っ」

くちびるを解放してすぐ、アタシはシキちゃんに問い詰める。

「ねー。ラ・ロズレのなかで、誰の匂いが一番よかった?」

アタシは、シキちゃんの髪の毛とチョーカーを撫でてささやいた。

「フレちゃん、だよーっ」

ぎゅーっと抱きしめてあげる。シキちゃんもアタシにじゃれついてくる。
トイレの芳香剤に混ざって、アタシたちの匂いが染み出してく。

「んっ、はぁ、あっ」

服の衣擦れももどかしく、アタシとシキちゃんは、顔と髪の毛を擦り付け合う。
アタシたちが身動きするたびに、鎖が――やっぱり合いの手みたいに――カチンカチンと鳴る。

アタシが、シキちゃんのチョーカーの内側で浮き沈みする筋をぺろんと舐めると、

「あ、ふ、ぁあっ……」

なんてシキちゃんが色っぽい声をさせてくれる。

「シキちゃんの味も、おいしいよ」

興奮のあまり、手が震えて、アタシは握った鎖をカチカチさせてしまう。
そうすると、シキちゃんの首や背筋がびくんと波打つ。アタシの心臓もどくんと跳ねる。

カチン、カチン、カチン。

「あ、ふぁ、あぁっ……!」
「んんっ……シキ、ちゃん……っ」

こうして二人、繋がれたまま鎖を鳴らし続けてたら、二人の感覚がだんだんユニゾンしていって、
そのまま一人と一つに重なることができる――そんな錯覚がした。

カチン、カチンって音が積み上がっていくたびに、
シキちゃんの匂いも、アタシの匂いも、濃くなって、狭いトイレの個室を塗りつぶしていく。

「あ――んぁ、あっ……!」

シキちゃんの腰が抜けて、ずりずり背中をこすりながら落ちていくのを、
アタシは腕でかろうじて支える。

「力、抜けちゃった?」
「……うん」

上目遣いのシキちゃんの丸い目が、たまらなく潤んでいて、
それに誘われ、アタシが上からくちびるを奪おうとした時――トイレに向かってくる足音を聞いた。



「…………っ!」

足音は、コト、コト、コトって軽い感じで、あたしたちの隣の個室に入った。
パンプスみたいな鋭さはない。ということは、オフィスワーカーではないね。

アタシは、上からくちびるを奪った。

「ん――っ! ふぁ、んんんっ――!」

荒い呼吸音と衣擦れが、パーテーションを回り込んで、
きっと向こう側の誰かさんに届いちゃってる。

そう思うと、アタシは頭がしゅわああって燃えるのを感じた。

「んく、んん――っ! ぁぅ……っ」

カチンカチンって音も響く。
いっちゃえ。届かせちゃえ。もっと。

「んんんんっ……ぷ、はぁ……っ」

もっと。もっと――



「あ、あのっ、もしかして、お具合が悪いんですの……?」

いきなりモモカちゃんの声が聞こえた。
アタシとシキちゃんは、同時に凍りついた。

「と、とても苦しそうなお声で……人を、お呼びしましょうか?」

あ、そうなんだ――パーテーションごしに聞こえてくる。
さっき入ってきたの、モモカちゃんだったんだ。

「だ、だいじょうぶ――心配、ないよっ……」
「その声は……もしかして、志希さんですか?」

モモカちゃんの推測は大正解だった。

「心配、ないよ、ごめんね、きょうは、邪魔しちゃって……」
「いや、あの、その……」

ただ、モモカちゃん自身は、自分の推測があたったことに驚いてるらしかった。

そうだよねぇ。
シキちゃんが狼狽したり、息を荒げることなんて、
モモカちゃんの前ではたぶん一度もなかったんじゃない?

「だいじょうぶ、だから……心配、しないで――」

アタシは出来心を起こして、手で鎖を引っ張った。
カチン、カチン、カチン。

「ひぁあっ……!」

シキちゃんとアタシの体が、折り重なったまま衣擦れもろとも浮き沈みする。

「あ、あの、何か、もしかして、ご病気でもされて……」
「ちょっと、休んでるだけ……フレちゃん、いるから、だいじょう、ぶっ」

カチン、カチン、カチン。
びくっ、びくっ、びくっ――

「はぁぅ……っ!」
「え、あ……フレデリカさん?」

アタシは、目を白黒させるモモカちゃんの表情がありありと想像できた。

「ふ、フレデリカさんを呼んでまいりますわ! すぐ戻りますから、お気を確かに……っ」
「あっ……も、ももか、ちゃんっ……」

アタシたちは、モモカちゃんの背後からコソコソとトイレを脱出した。

休日の残りは、カチンカチン音を鳴らしながら、空っ風の街をあてもなく歩き回って過ごした。
あてなんかいらなかった。雑踏の中、二人で繋がってるのが楽しかった。

翌日、アタシとシキちゃんは揃って風邪を引いた。




まぁ、そんなこんなで。
シキちゃんがアタシに依存してるのと同じくらい深刻に、アタシはシキちゃんに執着してた。
それは、アタシ自身にすら危機感を抱かせるレベルだった。

アタシはパリでのお仕事があって、現地のホテルの部屋にいた。
時差ボケのぬぐえないママ、シキちゃんの鎖をカチンカチン弄り回して無聊を慰めていた。
コレ、機内に持ち込もうとして危うく事件扱いにされそうになったんだよ。

しょうがないか。うら若いオトメが銀の鎖をカチンカチンさせてるって怪し過ぎだもんね。

シキちゃんは、ここにはいない。
太平洋の向こう――ニューヨークのブルックリンあたりにお仕事で飛んでいる。

アタシ、ニューヨークは行ったコトないんだ。



アタシたちの関係が危うくなるのと反比例するように、
レイジーレイジーの人気は上がって、日本国内を飛び出す勢いだ。

新しく、曲ももらった。
アタシと、シキちゃんと、ソロを一曲ずつ。

――シャバダバダ、ダバダバダ しょうがないな! キミは!
――首輪はきつくてやだけど ほっとかれるのはもっといや!

何度も歌ったはずの歌詞が、目とか鼻あたりにツンとくる。

縛りを強くしないと、シキちゃんはどこか遠くへ行ってしまうだろう。

――いつまでもどこまでもキミを縛ってもっともっと強く
――いつの日かさよならもキミに告げずにいなくなっても、忘れたりしないで

でも縛りを強くしすぎたら、シキちゃんはアタシの首輪からするりと抜けてしまうだろう。






カチン、カチン、カチンカチン。

結局の所、アタシたちはお互いココロのヨユーがないところに寄りかかり合ってるだけなんだ。

アタシたち、いつかはもっとオトナになって、ココロのヨユーというものがでてきて、
この主従ごっこを懐かしく思える日が来るんだろうか。

来てしまうんだろうか。

カチン、カチン、カチンカチン。



シキちゃんに、会いたい。触れたい。
会えない。触れられない。
太平洋の向こうは遠すぎる。

カチン、カチン、カチンカチン。



もっとお互いを自由にしたほうがいいのかな。
そうしたら、こんなに苦しまずに済むのかな。

でも、シキちゃんに、会いたい。触れたい。

シキちゃんがアタシから自由になれなくなってるのと同じくらい、
アタシもシキちゃんから自由になれなくなってる。

その束縛を愛おしいとさえ思ってる。

でもこのまま締め続けたら、アタシたち、窒息しちゃうよね。



カチン、カチン、カチンカチン。

やっぱり、もっとお互いを自由にしたほうがいいのかな。
そうしたら、こんなに苦しまずに済むのかな。



自由、自由、自由――

――自由、か。



ひらめいた。




アタシはホテルを飛び出しながら、シキちゃんに電話を入れた。

『シキちゃん! アタシだよ、フレちゃんだよ! 今どこにいるの? ブルックリンでしょ?』
『フレちゃん――そだね。あたし、今、ブルックリンのホテルだけど――』

アタシは街路を走りながら、頬が勝手に緩んでくのを感じた。

『アタシ、いま、パリの――今、リュクサンブールに向かってる!』

走る、走る――パリジェンヌにしては、おてんばすぎかな?



走って、走って、走って――目的地に、着く。

アタシは、電話の向こうのシキちゃんに向かって、叫んだ。

『自由の女神(スタチュー・オブ・リバティー)、見えるかなっ!』
『――ちょっと待ってて!』

シキちゃんの、はーっ、はーっって息遣いが聞こえる。



しばらくして。

『見えるよ、フレちゃん! 自由の女神っ』
『アタシにも、見えるんだよ。自由の、女神っ!』

アタシは、リュクサンブール公園にある、自由の女神の前にいた。
ニューヨークの女神像制作の準備のために作られた、アーキタイプ。

『ねぇ、今――アタシたち、同じ像を見てるよ!』

――アタシたち、大西洋を飛び越えて、自由の女神でつながってる!



アハハ、自由の女神でつながるって。へんなの。

でも、まぁ、レイジーなアタシとシキちゃんには、
きっとそのぐらいいい加減なのが、ちょうどいいよね。

『にゃは――にゃはははっ! あたしたち、自由だ、自由だっ!』
『あはは、あはははっ!』

アタシは、鎖をだらんとぶら下げながら、興奮した吐息を携帯電話に浴びせ続けた。


(おしまい)

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