――古ぼけた建物内――
高森藍子「こんにちは~……」オソルオソル
北条加蓮「……誰かいる?」ケイカイシテル
「…………客か?」
藍子「あ、はいっ。……あの、今日は、営業は……?」
「……やってると言えばやってるよ。好きな席にどうぞ」
藍子「はあ。失礼しますね……?」
加蓮「…………」
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――まえがき――
レンアイカフェテラスシリーズ第59話です。
以下の作品の続編です。こちらを読んでいただけると、さらに楽しんでいただける……筈です。
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「謎解きと時計のカフェで」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「昔も今もこのカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「ある意味でヤバイカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェの奥の席で」
お久しぶりです。
「注文……。コーヒーでいいか? 他のないし」
藍子「じゃあ、それで……」
「はいはい」
<テクテク
加蓮「……ねえ、何なのここ?」ヒソヒソ
藍子「何って……。カフェですよ。カフェ……ですよね?」ヒソヒソ
加蓮「藍子に分かんないなら私にも分かんないわよ」ヒソヒソ
藍子「うーん……」
加蓮「なんか……見るからに手入れしてないって感じだし、電球も切れかけてて薄暗くなってるし」
藍子「入り口の看板も、朽ちていましたよね」
加蓮「さっきのおじさん、ヒゲだらけだしシャツ汚いし、コーヒーしかないって言うし……」
藍子「店員さん、ううん、店長さん……ですよね? それにこのカウンター席も、ところどころ崩れかけてる……。加蓮ちゃん、そっちの椅子、大丈夫ですか?」
加蓮「一応……。ねえ、こういうカフェってあるの? 廃墟っぽくしましたーって感じのコンセプトカフェとかって……」
藍子「ないことは、ないですけれど……。これはちょっと、違いますよね……?」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……帰らない?」
藍子「も、もうちょっとだけ様子を見てみませんか?」
加蓮「なんで。カフェなら他の場所があるでしょ? ネタが思いつかないから前に行った、ほら、郊外のとことか謎解きカフェとかでも」
藍子「この場所、ファンの方から教えてもらったんです」
加蓮「え?」
藍子「どうしても行ってほしいって。忙しいとは思うけれど、どうしてもって。文字も文章も、あまりに鬼気迫ってたんです」
加蓮「ちょっと何それ? ヤバイんじゃないの!? 騙されてない!?」
「……コーヒー」スッ
加蓮「っ!?」(右手を藍子の前に出す)
藍子「っ……。……あ、あの、……ありがとうございます」
「ふん」
<テクテク
加蓮「…………」ジー
藍子「……普通のコーヒーみたいです」マゼマゼ
加蓮「ねえ藍子。ここヤバイ場所でしょ。絶対ヤバイって」
藍子「でも、店長さん……悪い人というより、ぶっきらぼうってだけに見えましたよ?」
加蓮「あれが!?」
藍子「コーヒー、いただきます」
加蓮「ちょ――! 変なのとか入ってたらどうするの!」
藍子「ごくごく……。これはっ!」
加蓮「これは!?」
藍子「……普通のコーヒーですっ」
加蓮「は」
加蓮「…………~~~~~、アンタは……! のほほんとしてるのはいいけどボケすぎ! どうみてもヤバイでしょ、ここ!」
藍子「加蓮ちゃんっ。私にだって、悪い人とそうじゃない人の区別くらいつきます!」
加蓮「どーだか! 私にだってすぐ騙された癖に!」
藍子「は?」
加蓮「あ。……ごめん。ちょっと今のはナシ」
藍子「……」
加蓮「……で?」
藍子「……。さっきの店長さん、何か哀しそうにはしていました。でも、悪い人には見えませんでした。これは自信あります!」
加蓮「アンタ悪い人ってのちゃんと見たことあるの?」
藍子「加蓮ちゃんこそ、どういう人が悪い人だって知ってるんですかっ!」
加蓮「し、知ってるわよ。子供のことを騙す大人のことならいくらでも……」
藍子「じゃあ、あの店長さんは、加蓮ちゃんの言う"ダマす大人"なんですか?」
加蓮「……藍子だって知らないくせに」
藍子「悪くない人なら知ってますよ。初めて会った時の加蓮ちゃんだって、そうでしたから」
加蓮「だからさっきのはナシだって……」
藍子「嫌です」
藍子「最初の頃の加蓮ちゃんは……すごく話しかけにくくても、悪くない人だっていうのはすぐに分かりましたよ?」
加蓮「そんなこと言われても……。っていうか私、あのおじさんレベルなの?」
「……"あのおじさん"で悪かったな」
加蓮「うわ!?」
藍子「ひゃあ! あ、あのっ、加蓮ちゃんも悪く言うつもりはなくてっ」
「知ってるよ」
加蓮「え……?」
「……コーヒー、飲んだらさっさと帰りな。別に何も仕込みはしないさ」
<テクテク
加蓮「……な、何なの? ここもあの人も」
藍子「とりあえず……。来たんですから、いつも通りコラムを書かなきゃ」
加蓮「書くの!? ここ勧めるのはマズっ……(小声で)っていうか違うでしょっ」
藍子「そうですね……。さすがに、ここを雑誌に載せてもらうつもりはありません」
藍子「ただ、モバP(以下「P」)さんへの報告もありますから」
加蓮「……ホント、生真面目なんだから。アンタは」
藍子「あと、なんだか――書いてあげたいんです」
加蓮「書いてあげたい?」
藍子「ここに入った時からずっと、なんだか寂しそうで……」
加蓮「店長っぽいおじさん? ずっと言ってるよね。まぁ、なんとなく分からなくもないけどさ……。さっきはそんな感じだったし……」
藍子「ううん。おじさんだけじゃなくて、この場所が」
加蓮「場所?」
藍子「手入れのされなくなった店内とか、蜘蛛の巣が張ってる柱とか、使われてなさそうな食器とか……」
加蓮「……」キョロキョロ
藍子「それらが、寂しそうにしているから。私が書いてあげなきゃ」
加蓮「ふーん……。アンタってホント、すっごい変な子よね」
藍子「うぅ、今だけはそう思われても文句は言えません」
加蓮「ったく。ヤバイと思ったら抱えてでも出るからね。ここ」
藍子「その時はお願いします。加蓮ちゃん」
加蓮「全くっ」
□ ■ □ ■ □
――10分後――
藍子「加蓮ちゃぁん……」
加蓮「……何」
藍子「い、いますよね。隣にいますよね?」
加蓮「いるわよ……」
藍子「ほっ」
加蓮「アンタこれで何回目よ……。暗いのも静かすぎるのも怖いくせに、なんでここに来てしかも意地を張ってんの……」ズズ
加蓮(あ、私も普通にコーヒー飲みきっちゃった。……別に何も起きないっぽいけど)
藍子「だってぇ……」
加蓮「もう帰る?」
藍子「も、もう少しだけ。もうちょっとだけっ」
加蓮「はいはい」
加蓮「廃墟かぁ。そういうのが好きな人にとっては、穴場スポット! とかに……。ならないよね、さすがに」
藍子「どうなんでしょう……。ホラースポット巡りが好きな方には、いい場所かも?」
加蓮「小梅ちゃんみたいな?」
藍子「紹介は……。さすがにやめておきますね」
加蓮「もうここまで来ると隠れ家とか人がいないとか通り越してるよね……」
藍子「ひ、人はいますよ?」
加蓮「アンタ曰く寂しそうな人が、だけどね。実は幽霊とかだったりしない?」
藍子「ひっ! ……あ、足、ついていましたよね?」
加蓮「さーどうだったかなー。暗くて見えなかったしー?」
藍子「……くすっ」
加蓮「何」
藍子「よかった。加蓮ちゃんがそういう言い方をするってことは、あの人は幽霊じゃなくて、ちゃんとした人だってことですよね」
加蓮「さー、どうだろうねー」
藍子「もしかして、私を勇気づけてくれるために……?」
加蓮「……なんでこういちいち見透かしてくるかなぁ」
藍子「……」ウーン
加蓮「普段鈍い癖にさー。ったく――って、コーヒー全部飲んだんだった」
藍子「……」ウーン
加蓮「お代わり……お、お代わりは……。やめとこ」
加蓮「いや、別に怖い訳じゃなくてこう、ほら、あのおじさんも一杯飲んだら帰れって言ってたし?」チラ
藍子「……」ウーン
加蓮「……何? 天井に何かいるの?」
藍子「ねえ、加蓮ちゃん」
加蓮「うん」
藍子「加蓮ちゃんは……。自分が変わったって思うことは、ありますか?」
加蓮「変わった、って……アイドルになって変われたとかそういう?」
藍子「ううん、そうじゃなくて。最近になって、自分が変わったって思うことはありますか?」
加蓮「最近かー。最近……。どうだろ。意識したことはないなぁ」
加蓮「あ、そうだ。変わったって言えばさ。この前、ファンレターもらったんだ」
藍子「よかったですね、加蓮ちゃん♪」
加蓮「ふふっ。でさ。昔から応援してくれてるって人なんだけど、最近は前より元気がもらえるようになったって書いててくれててさー」
加蓮「ってことは、変わったのかな。私」
加蓮「成長したってことなのかな? これもアイドルを続けてきたおかげだね」
藍子「……」
加蓮「……あの。そこで真顔になるのやめて? すっごい恥ずいんだけど」
藍子「あ、ごめんなさいっ。そういうことではなくて……」
藍子「なんだか最近、よく……た、たまに。本当にたまに、ときどきだけですけれど」
加蓮「ん? うん」
藍子「加蓮ちゃんのことが、分からなくなることがあって――」
加蓮「はあ」
藍子「前は……。加蓮ちゃんの考えって、だいたい分かったんです。だいたい分かったっていうか、うーん……」
藍子「加蓮ちゃんの……かくしごと? 隠していることが、顔を見れば分かったというか」
藍子「……隠していること、っていうのも、ちょっと違うかもしれませんね」
藍子「隠していることではなくて、考えていること……? とか、かな? とにかく、加蓮ちゃんの顔を見たら分かることが多かったんです」
加蓮「あーそーいえばそーだったかもねー」
藍子「なのに、……って、なんで不機嫌になっちゃってるんですか」
加蓮「べつにぃ。昔の藍子は頼んでもないことをずかずかと聞いてくるし、ずけずけ踏み込んで来るし。鬱陶しいばっかりだったよ」
藍子「……」
加蓮「……」チラ
藍子「加蓮ちゃん」
加蓮「何」
藍子「口元、笑ってますよ?」
加蓮「……くくっ」
加蓮「分かるじゃん。私のやってること。今の分かんなかったらどうしようって思ってたのに」
藍子「分からなかったら、どうするつもりだったんですか?」
加蓮「とりあえず……泣き真似?」
藍子「分かってほしかったんですね、加蓮ちゃんっ」
加蓮「やっぱ前と変わんないじゃん。頼んでもないのに」
藍子「さっきお話したことは、嘘じゃありませんよ?」
加蓮「私のことが分からないってヤツ?」
藍子「はい。だから加蓮ちゃん、最近変わったのかな? って」
加蓮「自覚はないけどね。でも、秘密を抱える女か。そういうのも憧れちゃうなー」
藍子「それ前にも言っていませんでしたか?」
加蓮「諦めてないからね。ミステリアスアイドル」
藍子「……私のことは、ずけずけふみこんでくるって言ったのに」
加蓮「それは藍子だし」
藍子「どういう意味ですかっ」
加蓮「藍子だもん。……っと、コーヒーないんだった。癖ついっちゃってるなぁ」
藍子「お代わり、注文しますか?」
加蓮「やめとく」
加蓮「分かんない、か……」
藍子「加蓮ちゃんは、今、私の考えていることって分かりますか?」
加蓮「"こんなめんどくさい子なんかよりPさんに会いたいなぁ"」
藍子「……………………」
加蓮「……暗い場所で凄むのはやめよう。ね?」
藍子「……明るくないから、後ろ向きなだけなんですよね? そういうことにしておきますから」
加蓮「いやたぶん明るくても同じこと言」
藍子「加蓮ちゃん?」
加蓮「……。……あぁ、コーヒーないんだっけ」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……やっぱりわかりませんよ。加蓮ちゃんのこと」
加蓮「何が?」
藍子「なんでそんなに自然に、自分のことを悪く言えるんですか。冗談でも、本気でも。まるで何度も言い慣れてるみたいに」
加蓮「答え言ってるじゃん。そういうことだよ」
藍子「……」
加蓮「……」
「……なぁ」
加蓮「ん?」
藍子「あ、店長さん……」
「……あぁ、もう騒がないんだな」
加蓮「慣れたし」
藍子「加蓮ちゃんが隣にいてくれるから――あ、えっと……ごめんなさい。お邪魔でしたか?」
「いや――」
「……まぁ」
「そうだな……」
加蓮「?」
「コラム、書いてるんだってな。カフェの」
藍子「へ? あ、はい……」コク
「そうか……」
「うちみたいな場所は、さすがに載せてくれないんだろうが……。それでも、書いてくれるんだな」
加蓮「……」
藍子「……」
「まぁ、なんだ……」
「なんだろうな……」
「話が。嫌な感じに、途切れてたみたいだからな」
「……横槍というか、あぁ、そんな感じだ」
加蓮「……聞いてたんだ」
「聞こえるさ。ここだって、カフェだからな」
加蓮「……」
藍子「……」
「……」
「……横槍ついで、というかな」
「聞いてほしい話があるんだ」
藍子「聞いてほしい、お話……」
「そうだ」
「このカフェの」
「最後の客である、あんたらにな」
加蓮「最後の、お客さん?」
……。
…………。
□ ■ □ ■ □
「畳むんだよ。ここ」
「昨日な、ここを開いた日なんでな。何年前だったか……」
「だから、な……さっさと、看板降ろしちまえばいいんだろうが……この歳になって、未練がましいってのも……笑える話なんだがな。どうしても、な……」
「ダラダラ続けてても、誰も来ねぇし……。もう、手入れもな。畳むって決めたらダルくてな……」
加蓮「……それで、椅子もテーブルもボロボロだったんだね」
藍子「そうだったんですか……」
「……まぁ……それだけだ」
加蓮「え?」
藍子「……。だから、私たちが"最後のお客さん"なんですね」
「あぁ」
加蓮「……」
「……ここも、昔は賑わってたモンだ」
「今、嬢ちゃん達が座ってるところに、顔なじみがな」
「やれカミさんがどうだの、やれ競馬で大穴が当たっただの」
「どこにでもある話をな……。頼んでもないのにな」
「それが、まぁ……」
藍子「……」
「……そっちの嬢ちゃん」
加蓮「……ん、私?」
「頼んでもないのに、踏み込んでくるヤツってのはな」
「……あぁ」
「まぁ……」
「息子がな。うちのが、俺に似ねぇで、賢かったんだ」
「賢かったというか、聡くてな……。人が隠してることを、勝手に暴きやがって……頼んでもねぇのにな、手を貸してくれてんだよ」
「まぁ、聡い息子だから……。さっさと離れて、いっぱしの会社に入って……。ここに見切りをつけるのも、早くてな」
藍子「見切りなんて……そんな」
「あぁ、まぁ、それはいいんだ。そうじゃなくてな……」
「そういうのは……ウザったいが……。いなくなって気づいても、いいことは何もないモンだ」
加蓮「……」チラ
藍子「それ、さっきの私たちの……?」
「そっちの嬢ちゃんは……」
藍子「私ですか?」
「……」
「……はは」
「……いいこと言おうとしても、思いつかねえモンだな」
藍子「おじさん……」
加蓮「……いいんじゃないの。無理してカッコつけなくても」
藍子「加蓮ちゃんっ」
加蓮「下手に取り繕っていいことなんてなんにもないし。ってか、おじさんならそれくらい知ってるんじゃないの?」
「お前な、オレが何年生きてきたと――」
「……あぁ」
「そうなんだな……。嬢ちゃんも、そうなんだな」
加蓮「分かるんだ」
「これでもここはカフェなんだ。俺は、ここの主なんだ。今日までは、な」
藍子「……」
加蓮「……藍子」
藍子「はい」
加蓮「下手な同情とか、しちゃ駄目だよ」
藍子「……分かってますよ」
「……はは」
加蓮「……」
藍子「……」
「……さっきの……バカどもが、ガキを連れてくるんだ。そいつらが……退屈そうにしてたからな」
「そっちの、窓の向こうに、庭があってな……」
藍子「見ても、いいですか?」
「好きにしろ……。まぁ、今は草が茂ってんだが」
藍子「……」テクテク
藍子「……」(カーテンを開ける)
加蓮「……」チラ
「そこで、遊んでてな……。はしゃぎ声が、ここまで聞こえるんだ」
「それで俺ら、また笑ってたっけか」
「あんたらを見たら、なんだかそれを思い出しちまったよ」
「バカなことやってんな、って、ガキどものことをな……」
加蓮「……あはは。庭で遊んでた子供って、それ、たぶんもっと小さい子の話でしょ。私達もうそんな歳じゃないよ?」
「あぁ……。まぁ、そうだな」
「この歳になると、10歳も0歳も同じに見えてな……」
藍子「……ぜ、0歳はさすがに違うんじゃ?」(カーテンを閉めて戻ってきた)
加蓮「なになに。おじさんにとって私は赤ちゃんと同じなの?」
「はは……」
「……悪いな、邪魔をした。飽きたら帰ってくれ」
<テクテク
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……今日までのカフェ、か」
藍子「おじさんが哀しそうにしていたのも、お店のなかがぼろぼろなのも、そういうことだったんですね」
加蓮「そっか……」
藍子「……加蓮ちゃん?」
加蓮「うん……。そうだよね、って思って……」
加蓮「今までさ、いつものカフェ……は、まぁいつものカフェだけど」
加蓮「都会のど真ん中のスイーツカフェに、郊外で静かなカフェに、常連さんがいっぱいいそうな謎解きカフェ」
加蓮「これからお客さんが増えそうな足湯カフェ、街角にあっていつでも人のいそうなカフェ」
加蓮「あと……ほら、藍子がいろんな場所を教えてくれるし、誘ってもくれるし。いつかの桜流しの時もそう」
加蓮「そういう、明るいっていうか、希望があるっていうか、そういう感じのとこばっかりだったから……こういう場所もあるんだな、って」
加蓮「ううん。こういう場所があるってこと、こういう人がいるってこと、知ってたんだよね。私」
加蓮「カフェだって、どこでもいつでも盛り上がってる訳じゃないもんね。人が来なくなったら、こんな風になっちゃう」
加蓮「知ってたんだけど、知らなかったっていうか……。最近見てなかった、ううん、目を背けてた、か……」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……」
加蓮「……あ、コーヒーないんだったね……」
藍子「…………」ギュ
加蓮「どうしたの。また暗いのが怖くなっちゃった?」
藍子「……暗いことよりも、もっと怖いんです」
加蓮「うん」
藍子「いつも賑やかだった場所が……。暖かな人たちや、声があった場所が、いつしか廃墟のようになってしまって……」
藍子「それはきっと、カフェだけじゃなくて、何だってそうなんだなって」
加蓮「……あぁ。もしかしたらアイドルもそうなのかもしれないね」
加蓮「歌ったらファンが来てくれる。踊ったら人が見てくれる。でもいつかは、って――」
藍子「やめてっ!!」
加蓮「……ん」
藍子「あっ……。……ごめんなさい、加蓮ちゃん。私から言い出したことなのに……」
加蓮「ん」
藍子「……でも……加蓮ちゃんも、私も、目を背けてただけなのかもしれませんね」
藍子「カフェだって、アイドルだって、永遠に続くものなんて何も――」
加蓮「ま、いいんじゃないの? 見たくないものを見なくても」
藍子「え?」
加蓮「別に私達、神様って訳じゃないし。何でもかんでも見ないといけない訳じゃないし」
加蓮「あとさー、変な想像しない方がいいよ。静かな場所と暗い場所ってさ、やっぱそうなりがちだから」
加蓮「だから、ね? いつものように、ほら。明るいこと……は別にいいや」
加蓮「なーんにも考えないでいればいいの。……いやそれも違うかな」
加蓮「帰って食べる物の予想でもしてみたら? お腹減って想像どころじゃなくなるから」
藍子「……」
加蓮「……たぶん」
藍子「……」
加蓮「えーっと……」
藍子「……もう。加蓮ちゃんだって、やっぱり静かで暗いから、ネガティブになっちゃってたんじゃないですかっ」
加蓮「お」
藍子「ふふ。もうっ。加蓮ちゃん、いつも通りってすました顔だったのに! やっぱり強がりだったんですね?」
加蓮「あははー、まあねー。でもほら、そこは私だよ? 藍子が毎日アホっぽい顔をしてるのと同じで――」
藍子「あ、アホっぽい顔はしてませんっ。たぶん」
加蓮「私も毎日……2日……み、3日に1回くらい? は後ろ向きになるし。そういう病気だし」
藍子「完治したんじゃなかったんですか?」
加蓮「完治したら新しい病気が出てきました。不治の病だね。大変だね」
藍子「大変ですね。病院に行きましょうっ」
加蓮「えっ。ぜ、絶対やだ。せっかく自由になれたのに! なんでまた牢屋に入らないといけないのよ!」
藍子「もしかしたら最近の病院は、牢屋じゃなくなってるかもしれませんよ?」
加蓮「ないないないない。ないから。それだけはないから!」
藍子「あ、もしかして怖いんですか~?」
加蓮「ぬ」
藍子「だったら、私が一緒についていってあげますね♪」
加蓮「だから私は0歳じゃないっての! ったく……。なんか最近の藍子、手強くない?」
藍子「えへへっ。加蓮ちゃんのお陰ですね♪」
加蓮「おのれ私!」
藍子「えへへ……」
加蓮「……あはは」
藍子「……」
加蓮「……」
藍子「……ごめんなさい。嘘、ついてしまいました」
藍子「強がってるの、私の方かもしれません」
加蓮「別にいいんじゃないの。私だって強がってばっかりなんだし……」
藍子「加蓮ちゃん」
加蓮「ん」
藍子「……ちょっとだけ」ギュ
加蓮「はいはい」
藍子「ううぅ~……」グス
加蓮「……」ナデナデ
……。
「……はは」
「……なら、今日まで畳まなくて……良かったのかもな」
……。
…………。
□ ■ □ ■ □
加蓮「……ん。もう声も震えてないっぽいね。大丈夫大丈夫」
藍子「本当ですか? よかった」ホッ
加蓮「私は16歳だけど、アンタは0歳と変わらないじゃん。おじさんの言った通りだったね~」
藍子「……じ、16歳だって、泣きたくなる時くらいあるんですっ」
加蓮「まぁね。で、どうする? もう出る?」
藍子「うーん……」
加蓮「……まだ何かあるの?」
藍子「ううん、何かあるとかではなくて……。私たちが最後のお客さんなら、もうちょっとだけ、ここにいた方がいいのかなって」
加蓮「あのね……。だから変な同情とかはやめなさいってば」
藍子「違いますっ。おじさんにじゃなくて……おじさんにもですけれど、カフェにですっ」
加蓮「はぁ? またそれ?」
藍子「だって……。私と加蓮ちゃんがここにいる間だけは、いなくなるまでは、ここはカフェなんです。店員さんとお客さんがいるから、カフェなんですよ」
藍子「お客さんがいなくなっちゃったら、ただの廃墟になってしまいます」
藍子「だったら、もう少しだけ……あと1時間だけでも、ううん、あと10分だけでも」
藍子「ここがカフェでありますようにって」
藍子「同情かもしれませんけれど、でも……」
藍子「じ、じゃあもう加蓮ちゃんは1人で先に帰ってください! 私はまだここにいますから!」
加蓮「……」
藍子「……」ムンッ
加蓮「……じゃあ帰るー」
藍子「!?」
加蓮「ここ真っ暗で怖いしボロボロだし藍子は面倒くさいしパンケーキもメロンソーダもポテトもないしおじさんは帰れって言うし帰る。じゃあねー」ガタッ
藍子「!!?? ……~~~~~~!」ギュ
加蓮「ハァ……。何強がってんのよ。馬鹿」
藍子「だってぇ……」
加蓮「分かった分かった。アンタ1人で残して何かあっても嫌だし、私もここにいるわよ」スワリナオス
藍子「加蓮ちゃん、ありがとうっ♪」
加蓮「……」ペチ
藍子「いたっ!? お、お礼を言っただけなのに。ひどいですっ」
加蓮「なんかムカついた」
藍子「うぅ~。だって、今の加蓮ちゃんの顔、いつもの加蓮ちゃんだったから嬉しくなっちゃって……」サスリサスリ
加蓮「いつもの私?」
藍子「はい。私……最近の加蓮ちゃんの考えていることとか、言ってほしいこととか、分からなくなることが多かったけれど――」
藍子「今の加蓮ちゃんは、絶対に、私のよく知っている加蓮ちゃんでした」
藍子「だから安心しました。えへへ……♪」
加蓮「……」ペチ
藍子「いたあっ!? だからなんでっ」
加蓮「なんかムカついた」
藍子「だから"なんか"って何ですか!」
加蓮「なんかはなんかでしょ。ほら……なんかはなんかでしょ」
藍子「せめて何か言い訳しましょう! 何か、じゃわかりませんよ!」
加蓮「えー。藍子ちゃんなら加蓮ちゃんのこと、なんでも分かるんじゃなかったのー?」
藍子「分からないから悩んでたんですっ。もうっ……! そうやってすぐからかって来るのも、やっぱり私の知ってるいつも通りの加蓮ちゃんっ」
加蓮「安心した?」
藍子「~~~~~~!」ポカポカ
加蓮「あはは、痛い痛い」
「…………」ヌッ
加蓮「ん?」
藍子「あっ、おじさん」スッ
「……あぁ。まぁ、邪魔だったか」
加蓮「? 別に邪魔なんかじゃないけど……」
「いや、そっちの――」
「……まぁ」
「奥にな、引っ込んでいたのに」
「楽しそうな声がするモンだから」
「まぁ」
「……この歳じゃ、話は合わねえんだろうが――」
「ここはカフェだしな。今日までだが……。オレも、一応は店長……嬢ちゃんに言わせりゃ、カフェには必要な店員なんだよ」
加蓮「……寂しくなっちゃったんだ?」
藍子「こら、加蓮ちゃんっ」
「はは。まぁ、そういうことにさせてくれや……」
藍子「……あはは」
加蓮「ねえ藍子。ごめん、1つだけ撤回させて」
藍子「何ですか?」
加蓮「変な同情がいらないってヤツ。もし、独りよがりに見えたとしても……。こういう時くらいは……人に優しくしてあげてもいいかな」
藍子「……そうですねっ」
「はは……」
藍子「加蓮ちゃんって、こう見えてもすっごく優しいんですよ~」
加蓮「こらっ」
「そうみたい、だな……。はは」
……。
…………。
――本日のコラムはお休みです――
……。
…………。
忘れ去られたような場所にも、残っているものはあります。
ボロボロの椅子も、使われなくなった食器も、もう残り香もしなくなったコーヒーの跡も。
確かにそこにありました。
誰もいなくなってしまっても、そこはカフェなんです。
(以上の文章が大きなバツ印でかき消されている)
カフェとは何でしょうか。
美味しいコーヒーがある場所?
流行のスイーツを用意しているお店?
何時間でものんびりできる、あたたかい空間を作れるところ?
間違いではないかもしれません。
でも、私ならこう答えます。
店員さんと、お客さんのいるところです。
この2人……3人がいれば、そこはカフェなんです。
たとえ今日までだったとしても、誰の目にも留まらなくなったとしても――
あの人が最期まで幸せであったのなら、藍子と訪れてよかったと、心から思う。
おしまい。
読んでいただき、ありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
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