キョン子「絶対、後悔させないから!」 (31)

タイトル通り、性転換モノです。
苦手な方は、ご注意下さい。

それでは以下、本編です。

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「キョン、ちょっとこっち向いて」
「なんだよ、突然」

クリスマスが間近に迫った、12月某日。
その日、俺は放課後の教室でハルヒに勉強を教えて貰っていた。もちろん、拒否権はない。
こちらの都合などお構いなしに授業は始まり、俺の新品同然の教科書に対して縦横無尽に蛍光色のマーカーペンを走らせ、メモを取らせる。
そうして公式やら年号やら単語やらを叩き込んだ後は即興で作成したハルヒ謹製の難解なひっかけだらけな問題文を解かせ、記憶力を試す。

当然、間違えれば怒られる。罵詈雑言の嵐。
シャーペンで手の甲を突くこともしばしばだ。
無論、チクチクされて喜ぶ趣味などない。
だから俺は間違えないよう、必死こいて脳みそを酷使していたのだが、唐突に邪魔が入った。
せっかく暗記した諸々を脳内から逃したくないと思い、俺は人権を行使して文句を口にする。

「悪いが、今の俺にはお前の相手をしてやる余裕なんてない。手の甲が流血するのは御免だ」
「いいから、こっち向け!」

問答無用とはまさにこのことだろう。
顎を掴まれ、グイッと顔を上げさせられた。
そのまま、左右に顔を向けられ、観察される。
俺は困惑しつつ、ハルヒの大きな瞳から目が離せないでいた。そこには好奇心が映っている。
暫く、そうやってこちらの顔を眺めた後、何やら困ったような顔をして、顎から手を離した。

「うーん……やっぱり、冴えない顔なのよね」

うるせえ。余計な上に大きなお世話だ。

「冴えない顔で悪かったな」
「本当にそうよ。反省しなさい」

反省して冴えた顔になるなら苦労はしない。

「もうちょっと顔立ちが整ってれば、私だって素直に認められるのに、あんたと来たら……」
「なんの話だ?」
「うっさい! 詮索すんな!」

いつもながら理不尽且つ横暴すぎる物言いだ。
だったら、どうぞ詮索して下さいみたいな口調で独りごちるのはやめろ。気になるだろうが。
そんな不平不満を視線に込めてぶつけると、ハルヒはまるで頭痛を堪えるようにこめかみを揉みつつ、さも渋々といった様子で口を開いた。

「前にあんたに、恋愛感情なんて精神病の一種だって言ったこと、覚えてる?」
「ああ。それがどうした?」
「もしそうなっても一時の気の迷いと思わせないように努力しろってこと。わかった?」

全然わからない。わかるように言ってくれ。

「あーもう! 例えば、そうね……」

こちらの物分かりの悪さに苛立った様子のハルヒはおもむろに立ち上がり、背後に回って。

「こうして、ぎゅっと抱きついた場合」
「な、何しやがる!?」
「いいから、じっとしてて」

ぎゅっと、首すじに抱きつかれ、狼狽する。

「こんな風に、突発的な衝動に任せて抱きついた後、失敗したなとか、やめとけば良かったとか、そう思わせないように振る舞いなさい」
「わ、わかったから、離してくれ」
「はあ……零点」

焦りに焦って解放を懇願すると離してくれた。
しかし、たっぷりと溜息を吐かれ、挙句に零点と採点された。他にどうすりゃ良かったんだ。
幸いなことに、教室内には他の生徒は居らず、事件の一部始終を目撃されることはなかった。
もしも、谷口辺りに見られていたら、過剰なまでのド派手な尾ひれが付いた噂を流されて、俺の高校生活は終わりを迎えていたことだろう。

「どうしてあんたなのかしらね?」
「だから、なんの話だよ」
「はあ……マイナス273.15点」

絶対零度の溜息を吐かれて、凍えそうだ。

「妹ちゃんはあんなに可愛いのに……」
「そりゃあ、俺の妹だからな」
「だからそれが奇想天外なのよ、バカ」

どうやら俺は、奇想天外な兄らしい。

「あんたも妹ちゃんと同じ女の子なら、少しはマシだったのかも知れないわね」
「間違いなく、美少女だっただろうな」
「その根拠はともかく、女同士ならみくるちゃんや有希と同じように気兼ねなく抱きつけるのに……なんで男に生まれてきたのよ、このバカ」

どんな怒り方だ。文句はお袋に言ってくれ。

「ま、生まれてきたこと自体は褒めてあげる」

どんな褒め方だ。ちょっと嬉しいじゃないか。

なんて、嬉しがっている場合ではなかった。
まさかこの日の雑談があんな結果を生むとは。
その時の俺には、まるで思いもしなかった。

「ん……朝、か」

朝起きると、布団の中が妙に暖かい。
最近めっきり寒くなってきたので予想はつく。
めくってみると、シャミセンと、その他1名。

「ほら、起きて。朝だよ」
「んんっ……おはよ、おねーちゃん」
「また私の布団に入ってきたの?」
「だって、寒いんだもん」

寝ぼけ眼をこしこし擦る、我が妹。
可愛いし、暖かい。だから許そう。
決して、甘やかしているわけではない。
誰だって、許してしまうに決まっている。
私の妹は世界で、いや恐らく宇宙一、可愛い。

「もう、すごい寝癖だよ?」
「えへへ、おねーちゃんも」

妹の頭に付いた寝癖を撫でてやると、私の寝癖も撫でられてしまった。まあ、姉妹だし。
同じところに寝癖が付くのも仕方あるまい。

「着替えて、ご飯食べよ」
「うん!」

ぱぱっと、手早くお着替えを済ませて。
朝食を食べ、顔を洗い、歯を磨いて。
髪を後ろで1本に束ねたら、一日の始まりだ。

「よう! キョン子!」
「谷口……朝から元気だね」
「おうよ! そういうお前はすげぇ寒そうだな」
「低血圧な上に、冷え性だから」

空っ風に寒い寒いと矮躯を震わせながら。
えっちらおっちら学校へ続く坂道を上っていると、後ろからやかましい声をかけられた。
声の主は谷口。同じクラスの同級生だ。
男子だけど、軽口を叩き合える友人だった。

「もっと太ればいいんじゃねぇか?」
「女子に軽々しく太れとか言うな」
「悪い悪い! お前相手だとつい男子と同じように接しちまう。ていうか、本当に女なのか?」

失礼な奴だ。無論、確認させるつもりはない。

「セクハラしたら、ハルヒに言いつけるから」
「おいおい! それだけは勘弁してくれよ!?」
「なら、スカートめくろうとすんな」

めくったところで、分厚い黒タイツだけど。
中にはそれに興奮する輩も居るかも知れない。
だから私はスカートを押さえつつ、登校した。

「おはよ! キョン子!」
「おはよう、ハルヒ」

教室に入ると、ハルヒが抱きついてきた。
私にはない弾力に包まれて、動揺してしまう。
涼宮ハルヒは、とてもスタイルが良い。
対して私は、まあ、語るまでもないというか、語りたくもないというか、そんな体型である。

「相変わらずキョン子は痩せっぽちね」
「谷口にも似たようなことを言われた」
「なんですって!? ちょっと! 谷口!!」

すかさず告げ口をすると、ハルヒは不埒な谷口を取っ捕まえて、朝から説教を始めた。

「女子に体型の話をすんなっ!」
「いや、キョン子が寒そうだからよ、つい」
「スカート捲られそうになった」
「なにそれ!? 信じらんない!!」
「そ、そりゃないぜ! キョン子!?」

谷口の心地良い悲鳴に口の端を曲げる。
因果応報だ。これだからモテない男は。
と言っても、こうして皮肉げに嘲笑う私も、モテない女なわけで。モテる女に注意された。

「キョン子ったら、またそんな笑い方して」
「生まれ持った性分は変えられない」
「もう! 普通に笑えば可愛いのに、勿体ない」

私を可愛いと言うのは、ハルヒくらいだ。
たとえ女同士であっても、素直に嬉しい。
胸がときめくのは、気のせいだと信じたい。

「今日はクリスマス当日の衣装合わせをするわよ! ほら、とっととさっさと脱いだ脱いだ!」

場面は変わって、放課後。SOS団の部室にて。
クリスマスが近いということもあり、ハルヒのテンションは成層圏を突き抜けるまで高ぶっており、強制的に団員はお着替えをさせられた。

「す、涼宮さん! 自分で出来ますから!」
「駄目よ! みくるちゃんは胸が大きいんだから、こうして下から支えてあげないと!」
「ふぇええええっ!?!!」

団長の毒牙にかかるのはいつも朝比奈さんだ。
年長者である先輩をひん剥くなどけしからん。
とはいえ、そのおかげで私は助かったのだが。
部室の隅でイソイソと手早く着替えを終えた。

「ハルヒ」
「どうしたの、キョン子」
「これ、ちょっと丈が短すぎるんじゃない?」
「そのくらいが可愛いのよ!」

ハルヒが用意した衣装は定番のサンタコス。
しかもミニスカサンタさんだ。実に不健全。
幼い子供には見せられない露出具合である。
しかし、我々は既に年齢的に稚児ではなく。

「古泉くん、もう入っていいわよ!」
「失礼します。おや、これはこれは……」
「ふふん! どう?」
「大変申し訳ありませんが常套句しか思いつきません。皆さん、とても良くお似合いですよ」
「ほら見なさい!」

けっ。そいつは誰にでもそう言うだろうよ。

「サンタコスのみくるちゃんには、どんな髪型が似合うかしら? 更に可愛くしてあげるわ!」
「お、おかまいなく……」

ふむ、髪型か。私は名案を閃き、進言した。

「私は断然、ポニーテールがいいと思う!」
「キョン子はそれしか知らないんでしょ?」
「ぐぬっ」

返す言葉もなく、あえなく撤退する。
ハルヒの追撃を避け、長門に保護して貰う。
サンタコスでも変わらず、読書に耽っていた。
その隣にパイプ椅子を持っていき、腰掛ける。

「長門」
「……何?」
「ポニテは最高だよね」
「……よく似合っている」
「いや、私じゃなくて……」
「……そう」

相変わらず、建設的な会話が成り立たない。
それでも、こちらを拒絶する様子はなかった。
隣に居てもいいのだと感じて、ほっとする。

「うーん。ハーフアップは無難すぎるから、お団子か、それともシニヨン? 腕が鳴るわね!」
「お、お手柔らかに……」

ハルヒは朝比奈さんのヘアメイクに没頭中。
ちなみに古泉は独りでトランプタワーを建設しており、今日もSOS団は平和そのものだった。

「長門」
「……何?」
「つかぬことをお聞きしますが……」
「……何?」

しばらく、ぼけっとしつつ、機を見計らい。
私は先程から気になっていたことを尋ねた。
少々デリケートな話題なので緊張している。

「長門って、何カップ?」
「……カップ?」
「胸のサイズ」

何を聞いているのかと思われるかも知れない。
しかし、これだけは聞いておきたかった。
ハルヒは大きい。朝比奈さんは言わずもがな。
だから長門だけは、私の仲間だと信じていた。
だが、先程着替えの際にちら見した感じだと。

「……B」
「あ、そうですか」

あれま。こりゃ一生タメ口は聞けませんわ。
私よりも女らしい長門さんには敬語を使おう。
どーせ私なんて小学生の妹と変わりませんよ。
はいはい、知ってました。ごめんなさいね。

「なに拗ねてんのよ、キョン子」
「あ、涼宮さん。お疲れ様です」
「はあ? 私は別に疲れてないわよ。みくるちゃんは相当くたびれたみたいだけどね!」
「どうしたんですか、キョン子ちゃん?」

わらわらと格上のお姉様方に囲まれて、閉口。
どいつもこいつもデカすぎる。巨乳だらけだ。
そして私は小さすぎる。顕微鏡サイズである。

「朝比奈さん、私はミジンコらしいです」
「キョン子ちゃんは、キョン子ちゃんですよ」
「いや、どうも肉眼では確認出来なくて……」
「そんなことありません! ほら!」
「ふぇっ!? な、何を……?」
「こうして手だって繋げるんだから、ね?」

すっかり消沈して、微生物と成り下がった私の手を取って、朝比奈さんが元気付けてくれた。
その恋人のような手の繋ぎ方にドギマギする。

「……あ、ありがとう、ございましゅ」
「うふふ……キョン子ちゃん、可愛い」
「あ、朝比奈さんの方が、可愛いですよ」

なんだろうこの人は。天使なのかも知れない。
きっとそうに違いない。天の使いなのだろう。
ということは、私は昇天するに違いあるまい。
胸は小さくとも良い人生だったと胸を張ろう。
我が生涯に一片の悔いなし。と思っていたら。

「こら、キョン子! デレデレしないの!!」

ハルヒ姉さんに一喝されて、我に返った。

「あ、はい。すみません、涼宮さん」
「さっきから何よ、その口調。調子狂うわね」
「あ、すみません。ほんと、ごめんなさい」

矮小な私には、謝ることしか、出来なかった。
笑いたければ笑え。これが小さき者の宿命だ。
巨大な存在にひれ伏して、おこぼれを預かる。
そうしていつの日か、私も豊満な身体つきに。

「ほら、キョン子も髪を結ってあげるから」
「え? いや、私はこのままでいいよ」
「さっきまでの従順な姿勢はどうしたの?」
「あ、はい。よろしくお願いします」

ハルヒ相手に下手に出たのは迂闊だった。
特製のポニテを解かれ、アレンジされる。
小さき者に拒否権などありはしないのだ。

「キョン子はお団子にしてあげる」
「頭に団子なんて乗っけたくない」
「文句言わないの! じっとしてて」
「はいはい。わかりましたよ」

最後の抵抗も虚しく終わり、されるがまま。
ハルヒに髪を弄ばれて、敗北感を味わった。
唯一の癒しは朝比奈さんの手の感触である。
柔らかくて、すべすべで、細くて、堪らない。
それが指の股深くに入り込んでいるのだ。
これはもう、年齢制限の対象かも知れない。
そのくらい、指の股は敏感で、心地良かった。
この快感を誰かに伝えたい。広めたいと思い。
なるべくさりげない所作で長門に手を伸ばす。

「長門。もし良かったら、その……」
「……わかった」

こんな時だけは物分かりのいい長門有希。
こちらの意を汲んで、手を繋いでくれた。
その繊細な指先の驚きの冷たさに仰天した。

「冷たっ!? もしかして長門も冷え性なの?」
「……平熱」
「いや、そうじゃなくて……」

やはりどこかズレた返答をしてくる宇宙人。
この対有機生命体コンタクト用、ヒューマノイド・インターフェースは不思議ちゃんだった。
そんな長門の細くて冷たい指先をこじ開けて。
するりと、こちらの指を股の間に差し込む。
これで恋人繋ぎの完成だ。素晴らしい一体感。

「長門、嫌じゃない?」
「……本が読めない」
「じゃあ、やめとく?」
「……このままでいい」

パタンと本を閉じて、きゅっと手を握られた。

「あー女に生まれて良かったー」
「こらキョン子、ヘラヘラすんな」
「うん、それ無理」

ヘラヘラするなとはそれは無茶な注文ですね。
この状況でヘラヘラしない生物などおるまい。
なにせ右手に朝比奈さん、左手に長門である。
まさに両手に華をニギニギして感無量だった。
そんな私に、珍しく長門が、質問をしてきた。

「……貴女は今、幸せ?」
「ん? そりゃあ、幸せだけど、どうかした?」
「……それなら、いい」

ただの確認にしては、妙な聞き方だった。
それが長門の言葉ならば、尚更だ。気になる。
まるで、以前は違っていたかのような物言い。
しかし、以前も何も、私達はずっとこうして。

「出来た!」

そこで、私の髪が完成したらしく、思考中断。

「ああ、ご苦労さん」
「鏡で見るくらいしなさいよ!」
「鏡なんて持ってないし」
「女の子なんだから、手鏡くらい持ち歩きなさいよ! まったく、せっかく可愛いのに。ほら」

頼んでもないのに手鏡を差し出され、眺める。

「おー見事に団子が頭に乗ってる」
「ふふん! 私の自信作よ!」
「変じゃない?」
「ちっとも変じゃないわよ! ね、古泉くん?」
「はい。大変お似合いですよ」

それしか言えない古泉の感想は参考にならず。

「キョン子ちゃん、とっても可愛いです」

朝比奈さんに褒められ赤面。ちなみに長門は。

「……ユニーク」

ちっとも褒められている気がしないけれども。

「キョン子はもっと自信を持ちなさい!」

ハルヒがそう言うのならば、文句はなかった。

「それじゃ古泉くん、買い出しよろしくね!」
「はい、かしこまりました」

そんなこんなで今日も無益な部活動を終えて。
途中まで一緒に下校してから、解散となった。
SOS団内で唯一の男手である古泉は、来たるクリスマスに備えて部室を飾りつける為のあれやこれを買ってくるよう団長に言われ、買い出し係に任命されていた。少々気の毒である。

「私も手伝おうか?」
「いえ、女性の手を借りるのはどうも気が引けまして、お気持ちだけ受け取っておきます」
「そんなの気にしなくていいのに」

とぼとぼ夜道を独り歩くその後ろ姿を見て。
なんだか不憫に思って手伝おうとしたのだが、やんわりと断られた。古泉なりのプライドか。
男だからとか、女だからとか、関係ないのに。
私にはその辺の線引きが、よくわからない。

「……なんだか、妙な気分です」
「へ? 何が?」
「貴女を女性扱いしている現状が不思議です」
「古泉、もしかして私に喧嘩売ってるの?」

流石にカチンときた。失礼にも程がある。

「気分を害されたならば、申し訳ありません」
「別に、どーせ私は女らしくないし」
「いえいえ、とんでもありません!」
「気を遣わなくていいって」
「違います。どこからどう見ても、貴女は女性です。美少女と言っても過言ではありません」
「……もしかして、口説いてるの?」
「まさか。涼宮さんのお気に入りである貴女に手を出す程、僕は命知らずではありませんよ」

冗談に真顔で返されても反応に困ってしまう。

「それで? 結局、何が言いたいの?」
「僕が言いたいのは、たった一言です」
「だから、なに?」

結論を促すと古泉はおかしなことを口にした。

「僕は……寂しいのですよ」
「は?」
「理解出来ないのは無理もありません。僕自身、この感情を不可解だと思っています。それでも、どうしようもなく、寂しいのですよ」

寂しいと言われても困る。意味がわからない。

「古泉、わかるように言って」
「そうですね……疎外感、でしょうか?」
「疎外感?」
「はい。部内で男子は僕だけなので」
「それはたしかにそうだけど、私達は別に……」
「わかってますよ。除け者にされているとは思っていません。しかし、前は仲間が居たような……そんな気がするのです。不思議ですね」

また、前の話か。なんなんだ、それは。
部活動中、長門にも似たような話をされた。
考えても思い当たる節はないのに、気になる。
いや、それよりも今は古泉に伝えなくては。

「私は、古泉のことを、仲間だと思ってる」

これまでも、そしてこれからも、変わらず。

「だから、疎外感とか、感じる必要はないよ」
「……そう、ですか」
「うん」
「なんだか、口説かれているみたいですね?」
「元気出た?」
「はい、おかげさまで。それでは、また明日」
「うん、また明日ね」

手を振りながら、踵を返して、帰路につく。

「まったく、本当に貴女は……ズルいですね」

去り際の言葉は、聞こえなかったことにした。

「おねーちゃんおかえり~!」
「はい、ただいま」
「お客さん来てるよ~!」
「お客さん?」

帰宅すると、妹から来客を告げられた。
玄関には女物のローファーが几帳面に揃えられていて、ピンときた。たぶん、あいつだろう。

「やぁ、キョン。久しぶり」
「久しぶり……佐々木」

自室には、中学の同級生が上がり込んでいた。

「ああ、今はキョン子、だっけ?」

何がおかしいのか、くつくつと喉を鳴らす。
その特徴的な笑い方に、懐かしさを覚えた。
しかし、気を緩めるのはまだ早いだろう。
まずは来訪の目的を明らかにしておこう。

「それで、突然どうしたの?」
「なに、たまたま近くを通ったものでね」

そんなわけあるか。近所でもあるまいし。

「嘘つかないで」
「じゃあ、キミに会いたくて来た」

キラキラした瞳でこちらを見つめて。
揶揄うように口の端を曲げる佐々木。
私は降参して、肩から力を抜いた。

「私も佐々木に会いたかったよ」
「おや? それは嬉しい限りだ」
「冗談に決まってるでしょ」
「冗談で済ませるのかい?」
「佐々木、もう勘弁して」
「いいや。僕はキミに説教をする義務がある」

どうやら佐々木は、私を説教しに来たらしい。

「義務って、なんで?」
「僕はキミの親友だから」
「意味がわからないよ」
「親友が間違えたら、叱るのが僕の役目さ」

などと、意味不明な理論を展開する佐々木。

「私が一体、何を間違えたって言うの?」
「この現状が、間違っている」
「またそれか……」

現状に対する違和感。相違。一体なんなんだ。

「キョン。いや、キョン子」
「わざと間違えてるでしょ?」
「そうとも。間違いを、正しているのさ」

キョンが正解ならば、キョン子が、間違い?

「つまり、私の存在が間違っていると?」
「いいや。キミの存在自体は間違いではない」
「どういうこと?」
「だから、キミの現状が、間違っているのさ」

また現状。すなわち変化した? では、それは。

「それは、いつから?」
「生まれた時から。つまり、昨夜遅くから」
「私は新生児じゃない」
「キミは産まれたての赤ん坊さ」

ドッキリだろうか? しかし、佐々木は真剣だ。

「キミは昨夜、女の子に、生まれ変わった」

いやいや、そんな阿保な。これ、笑うとこ?

「佐々木、もしかして疲れてるの?」
「ああ、僕はとても疲れている。異変を感じてから情報収集に奔走して、もうクタクタだよ」

そう言って、私のベッドに倒れ込む佐々木。
その際、何を思ったのかこちらの手を引いた。
虚を突かれて、私もベッドに転がった。

「きゃっ! いきなり引っ張らないでよ!」
「いいから、大人しくしたまえ」

尊大な口調で、佐々木はマウントを取った。
つまり、私のお腹の上に乗ってきた。
こちらを見下ろし、そっと頬を撫でてくる。

「ふん……随分と、可愛くなったものだね」
「佐々木……?」
「キミはこの現状に不満はないのかい?」
「私は、別に……」
「なら、今から僕に何をされてもいいわけだ」

なんだ、その暴論は。断固、抗議するぞ。

「佐々木、冗談はやめて」
「冗談ではない。キミがそれを望んだんだ」
「私はこんなこと、望んでない」
「女同士で戯れたいのだろう? お見通しさ」

だんだん、佐々木の綺麗な顔が近づいてくる。

「女同士でなんて、間違ってるよ」
「ああ、そうとも。キミは間違った」
「佐々木……もう、許して」
「では、僕が男になればいいかい?」
「へっ?」
「それで全て、解決するだろう?」

暴論の次は曲論だ。佐々木はこう説明した。

「キミの性転換には涼宮さんの力が使われた」
「これは、ハルヒの仕業なの?」
「全部を人のせいにするのは良くないね」
「私の、せいでもあると?」
「キミの振る舞いが、この結果を招いたのさ」

私の振る舞いが間違った結果を生んだらしい。

「僕がその気になれば、それを正せる」

佐々木は涼宮ハルヒと同じ能力を持っていた。
それは、願望を実現する力。神と同じ力だ。
佐々木がその気になれば、間違いを正せる。

「だったら……」
「ただし、元には戻さない。戻してあげない」
「どういう意味?」
「さっきも言った通り、僕が男になることで間違いを正す。キミに文句を言う資格はない」
「そんな……」

佐々木ならば私を男に戻せる筈だ。
しかし、元に戻すつもりはないと言う。
恐らく、それは私に対する、罰なのだろう。

「その通り。これはキミへの罰だよ、キョン」

どうやら佐々木は、とても厳しい神様らしい。

「だからって、佐々木が男になる必要は……」
「おや? 不満かい?」

ずいっと鼻先が触れそうな距離まで近づいた。
吐息が熱い。喉が乾いて生唾を何度も飲んだ。
本当に綺麗な瞳だ。その深淵はまるで宇宙だ。
それはまるで、ハルヒのようで。美しかった。

「だって、こんなに綺麗なのに、勿体ないよ」
「っ……キョン、本気で言ってるのかい?」
「この状況で、嘘なんかつけないってば」
「……キミは、本当に女誑しだね」

俺の言葉を受け、佐々木はやや顔を赤らめて。
前傾姿勢を解除し、身を起こした。助かった。
同時にとても惜しかったような気分になった。

「何をホッとしてるんだい?」
「このまま食べられるかと思って、怖かった」
「ふん。別に取って食うつもりはなかったさ」
「ほんと?」
「ああ。せいぜいキス止まりの予定だった」

やっぱり、取って食うつもりだったらしい。

「キス程度で狼狽して。キョンは大袈裟だね」
「……佐々木はしたこと、あるの?」
「あるわけないだろう。僕は純潔さ」
「だったら、大事にしなよ」
「キミの方こそ、キスの経験はないのかい?」

そう言われると、あるような、ないような。
思い浮かぶのはハルヒの姿。場所は閉鎖空間。
眠り姫を起こすべく荒技を使用した気がする。
これはもしかして男だった時の記憶だろうか。

「なるほどね。キミはもう経験があるらしい」
「いや、恐らくこの身体では、まだ……」
「尚更奪いたくなるような台詞はやめたまえ」

余計なことは言わない方が、身の為らしい。

「佐々木、そろそろどいて」
「ああ、すまない。重かったかい?」

重くはない。まるで羽毛布団のような軽さだ。
しかし、いつまでも上に乗られては困る。
精神衛生上、よろしくない。心臓を労わろう。

「やれやれ、慣れないことをすると疲れるね」

くつくつと、いつものように喉の奥を鳴らし。
軽やか且つ上品に、私の上から降りた佐々木。
そのままベッドの端に腰掛け、長い脚を組む。
手は後ろ手に身体を支えていて、目と鼻の先。

「佐々木」
「なんだい、キョン」
「手、繋いでいい?」

つい、思ったことが口に出てしまった。
なんとなく、衝動的に繋ぎたくなった。
恐らく、叱られた後の子供の心境と思われる。
怒らせた相手に嫌われてないか、不安なのだ。

「そのくらい、お安い御用さ」

どうやら、佐々木はもう怒っていないらしい。
快諾して、手を差し伸べてきた。ほっとする。
私は寝たままの姿勢で、恐る恐る手を重ねた。
すると、すぐに指の股の深くまで侵入された。
そこには、人類の進化の過程の名残があって。
私の指の付け根の水かきに、佐々木が触れる。
それだけで、頭が変になる。気持ち良かった。

「あまり嬉しそうな顔をしないでくれたまえ」
「なんで?」
「……僕だって、照れる」

佐々木が照れる? そんなことが有り得るのか。
常日頃クールな彼女のレア顔を見ようとして。
視線を向けると、ぷいっとそっぽを向かれた。

「佐々木、こっち向いて」

きゅっと手を握って呼びかけても、無反応。
代わりに、佐々木もきゅっと握り返してきた。
照れ顔が拝めないのはとても残念だけれども。
こういう返事の仕方も、悪くないと思った。

「なんか、色々ごめんね?」

諸々のことを謝罪すると、また手を握られた。

「私なりに、なんとかしてみるから」

また、手を握られる。言葉は要らなかった。
手を繋いだまま、佐々木の後ろ姿を眺める。
私は寝たままなので、変な感じだった。
まるで事が終わった後のような、雰囲気。
いや、もちろんやましいことは何もないけど。
どうしてだか、そんなやましい気持ちになる。

暫くして、佐々木が小さく鼻歌を奏で始めた。
昔何処かで聴いたことのある、古い洋楽。
歌に合わせて、つま先に引っ掛けたスリッパを揺らして、リズムを取っている。上機嫌だ。
もしかすると、照れ隠しなのかも知れない。
よく見ると、耳が赤い。可愛いなと、思った。

鼻歌はまるで子守唄のように私を眠りに誘う。

「キョン」
「ん?」
「余計なお節介を焼いて、すまなかったね」
「どうしたの、突然」
「キミならきっと、上手くやれると思ってさ」
「……出来るかな?」
「勿論。だってキミは、僕の親友だからね」

流石にそれは買い被りすぎだと思い、文句を言おうにも、眠くて仕方がない。今日は疲れた。

「キョン……頑張って」

眠る間際に、額に柔らかな感触が、伝わった。

「ハルヒ」
「なによ、キョン子。どうかした?」
「ちょっと手貸して」

翌日の放課後。いつものお勉強の時間。
私は意を決して、ハルヒにお願いをしてみた。
女子同士で手を取り合うのは、おかしくない。
そう自分に言い聞かせつつ、反応を伺うと。

「別にいいけど、手がどうしたのよ」

怪訝そうにしながらも、差し伸べてくれた。
私は慎重に、ハルヒの手のひらに触れてみた。
やはりと言うべきか、とても温かい手だ。
冷え性の私には、その温もりが心地良かった。
じわりと伝わる体温に感動すら覚えていると。

「どうでもいいけど、勉強に集中しなさい」
「どうでもいいって……そんな」
「女同士で意識する方がおかしいでしょ?」

呆れられて、しょんぼりしてしまう。
やっぱりおかしいのだろうか。変なのかな。
やめておけば良かったと後悔しそうなって。
ふと、佐々木の激励が、脳裏をよぎる。

『キョン……頑張って』

私はキョン子だけど、頑張ろうと、思った。

「ハルヒ」
「なによ」
「こうしてると、ドキドキしない?」

勇気を出して恋人繋ぎに移行。様子を伺うも。

「ドキドキなんてするわけないでしょ」
「あ、そうですか」
「だいたい、そんなのは一時の気の迷いよ」
「あ、はい」
「恋愛感情なんて、精神病の一種なんだから」

お決まりの持論。しかし、同意は出来ない。

「もしも、私が男だったら……」

ハルヒが走らせていたペンの動きが止まった。

「男なら、ドキドキしてくれた?」

ドキドキしつつ尋ねると、口をへの字に曲げ。

「キョン子が男だったら?」
「うん……たぶん、顔はイマイチだと思うけど」

鋭い眼光に射抜かれ、乾いた笑いで誤魔化す。

「キョン子が、男だったら……ねぇ?」

なにやら熟考している様子。ここが肝心だ。

「絶対、後悔させないから!」

ぎゅっと手を握って説得するとハルヒは頷き。

「それなら、精神病も悪くないかもね」

なんて嘯かれた瞬間、突然、意識が暗転した。

「ちょっとキョン、聞いてんの?」
「んあ?」
「んあ、じゃないわよ! 起きろ、このバカ!」
「痛っ!? 何しやがるっ!?」

頬に走る鋭い痛み。堪らず、目を開ける。
場所は放課後の教室。他の生徒は下校済み。
俺はハルヒに勉強を教わっていた筈だ。
恐らく、その最中に居眠りをしたのだろう。
しかし、肝心のハルヒの姿がない。どこだ?

「ハルヒ?」
「後ろよ、後ろ。寝ぼけてんじゃないわよ」

そうだ。そうだった。俺は抱きつかれていた。

「……頼むから、頬をつねるのはやめてくれ」
「あんたが居眠りするからでしょうが」
「俺は、やっぱり寝てたのか?」
「呼びかけても全然反応がなくて苛々したわ」

どうやら本当に寝ていたらしい。参ったな。
とてもヘンテコな白昼夢を見ていた感覚だ。
記憶は曖昧だが、酷く心地良い悪夢のような。
そんなおかしな夢現から帰還して、謝罪する。

「悪かった。それで、なんの話だっけ?」
「だから、こんな風に、突発的な衝動に任せて抱きついた後、失敗したなとか、やめとけば良かったとか、そう思わせないように振る舞いなさいって、言ってんの。わかった?」
「ああ、わかった。肝に銘じておくよ」
「ふん。わかればいいのよ、わかれば」

こちらの回答に一定の満足が得られた様子のハルヒが、腕の力を緩める前に、俺は提案した。

「手を、繋ぎたいんだが……構わないか?」
「はあ?」

何言ってんだこいつ、みたいな応答を頂いた。
その気持ちは良くわかる。ああ、わかるとも。
うん。本当に何を言ってるんだろうね、俺は。

「手を繋ぎたいんだが……」
「何度も言わなくても聞こえてるわよ!」

諦めたら試合終了。なので、粘ってみると。

「……ほら、繋ぐならさっさと繋ぎなさい」

すっと、差し出された手を、そっと握る。

「なあ、ハルヒ」
「……なによ」
「抱きつかれると、流石に困っちまうけどよ」

恋人繋ぎにして、思ったままを素直に述べる。

「俺はこれだけでも、充分だ」
「ふん……後悔しても、知らないから」
「何があっても後悔はしないから、安心しろ」

こうして手を繋いだことを、後悔などしない。
ハルヒがどう思うは知らないが、それでもだ。
俺自身が後悔しないようにすることが大切だ。
じゃないと、あんまりにも、情けないからな。

「キョン……こっち見て」
「ん?」

首を巡らせ振り向くと、しげしげと眺められ。

「まあ……そこまで悪くはないわね」

なんて、ようやく及第点を貰った、その時。

「WA・WA・WA 忘れ物~……どわっ!?」

ガラリと教室の扉が開いて、目撃された。
またか、谷口……このタコ。いい加減にしろ。
お前は一体何度忘れ物をしたら気が済むんだ。

「ご、ごゆっくりいいぃぃっ!!」

せめて、扉は閉めていけよ。頼むから。
その後、過剰なまでのド派手な尾ひれが付いた噂を流されたことは、言うまでもないだろう。
別にいいさ。何一つとして、問題はなかった。
何があっても、後悔はしないと、決めたから。


【女体化キョン子の夢現】


FIN

少し早いですが、メリークリスマス!

フハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!

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