ブラックホール「なにぶん、悪気や悪意はないもので」 (20)

「ちょっと想像してみて。もしも、私とあなたの距離が、10光年離れていると仮定して」

唐突にそんなことを言われても困る。
10光年という距離がどれほどのものなのか。
いまいちピンと来ないながらも、耳を傾ける。

「それがどのような意味を持つかと言うと、どれだけ高性能な望遠鏡を使っても、10年前のお互いの姿しか観測出来ないということなの」
「へぇ」

なんとなく、言ってる意味はわかる。
10光年先には、光が伝わるのに10年かかる。
だから、10年のタイムラグが生じるのだろう。

「だからあなたが望遠鏡を覗いて、たとえ私に一目惚れしたとしても、それは10年前の私」
「そしたら俺は、完全にロリコンになるな」
「そう。そして私は、ショタコンになるの」

小難しい話題のわりに結論はくだらなかった。

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「私はショタのあなたに告白すると思う」
「そしたら俺もロリのお前に告白するよ」
「でもそれがお互いに伝わるのは10年後」

望遠鏡を覗いて、好きだと口にする。しかし。
その口の動きが伝わるのには、10年を要する。
口パクの告白でしかないのに、もどかしい。

「10年後の私は、あなたの告白を喜べない」
「どうしてだ?」
「あなたが恋したのは、10年前の私だから」

なるほど。そうなるのか。それは非常に困る。
どうにか出来ないものか、悩みに悩んだ末に。
とても簡単な解決策があることに、気づいた。

「だったら俺は、1秒ごとに、告白するよ」

すると、吃驚したような顔をして、赤面した。

「……10年後の私は、きっとドン引きするわ」
「でも、そうすれば伝わるだろ」
「ええ、あなたが重いってことは伝わるわね」
「思いだって、想いだって、伝わる筈だ」
「なるほど。光速の想いは、重いわけね」
「どういう意味だ?」
「質量ある物質は光の速さに近づくにつれ、どんどん重くなるのよ。それで、動けなくなる」

言葉に質量があるかは不明だがしっくりきた。

「でも、どうかしらね」
「なんのことだ?」
「そんなに好きと言われると、軽くなるかも」

そう言われると、そんな気もする。チャラい。

「じゃあ、1年に一度、とか?」
「そうね。その頻度なら、ロマンチックかも」

うっとり頬を染められ、照れ隠しに嘆息した。

「女って、面倒くさいな」
「男って、頭が悪すぎる」

頭が良い女と話すのは、楽しい。
頭が良くなりたいとは思わない。
たぶん、楽しく、なくなるから。

「でも、会って話せないのは寂しいな」
「だからこそ、愛しいと思えるんじゃない?」
「直接会って、話して、触れ合うのが一番だ」
「下心が見え見えよ。最低ね」

とか言いつつも、上機嫌で、クスクス笑った。

「ワープとか出来たらいいのにな」
「瞬間移動みたいな?」
「そうそう、それそれ」

瞬間移動や転移魔法があれば、すごく便利だ。

「でも、そこに居るのは10年後の私なのよ?」
「あっ」
「それが、好きな相手だと、認識できる?」

どうだろう。想い人を、認識出来るだろうか。

「やっぱり、直接会わない方がいいかもね」
「そ、そんな……!」
「どんな答えでも、きっと軽く感じちゃうわ」

10年後の姿の相手を、認識出来たとして。
それでも、好きだと、伝えたとして。
結局は、お互い、出会ったばかりなわけで。
ましてや、10年前の相手に恋していた癖に。

その告白に、どれほどの重みがあるのだろう。

「だからこそ、光速は超えられないのかもね」

それは聞き覚えがある。光速は超えられない。
軽くならないように、ズルを、しないように。
そんな風に世界の法則は出来ているのだろう。

「でも、俺は……」
「空間の跳躍も、もちろんズルだから」
「そんなことはわかってるけど!」

わかっていても、届けたい気持ちがあるんだ。

「やっぱり、あなたって重すぎ」

そうなのだろうか。でも、軽くなるのは嫌だ。

「……まるで、ブラックホールみたいね」
「えっ?」
「重すぎて、抜け出せられなくなりそう」
「……悪かったな」

貶されていると思って、拗ねると、笑われた。

「あっ。落ち込んだ」
「ほっといてくれ」
「またそうやって、私を飲み込もうとする」

別にそんなつもりはない。闇に堕ちただけだ。

「ブラックホールのことを教えてあげる」

完全にへそを曲げても、おかまいなしに語る。

「そもそも重さというのは、空間の歪みなの」
「空間の歪み?」
「おっ? 興味あるんだ?」

つい反応してしまい、ブラックホール失格だ。

「質量ある物質の存在は、空間を歪ませる」
「なんか、カッコいいな」
「でしょ? 一番重いのが、ブラックホール」

なるほど。最強の重力魔法を操るラスボスか。

「なんか、くだらない妄想してない?」
「男のロマンだ」
「やっぱり、男って、頭が悪すぎる」

呆れて嘆息しながらも楽しそうに話を続ける。

「ブラックホールは、空間の落とし穴なのよ」
「悪い奴なのか?」
「悪気や悪意はないと思うけどね」

余計にタチが悪いな。それが自分とか悲しい。

「私たちの身の回りにも、空間の歪みはある」
「たとえば?」
「地球だって、月を離さないでしょ?」

そう言われるとそうだ。月は地球の虜である。

「その地球も、太陽に囚われていて、太陽でさえ、天の川銀河の中心にあるとされる、ブラックホールに捕まって、永遠に離れられないの」

なにそれ。ブラックホールって、すごすぎる。

「だから、重たいあなたは、とても魅力的よ」

なにそれ。そんな褒め方されると嬉しすぎる。

「だったら、その、俺と……」

今しかないと思い、モジモジと告ろうとして。

「もっと強引に出来ないの?」

なんか、ガッカリされたので、言い訳をする。

「なにぶん、悪気や悪意はないもので」
「ちなみに、私は悪気や悪意がありまくりよ」

薄々わかってはいたが、タチが悪い女である。

「もしもお前が、10光年先に居たとしても」

落ち着いて、冷静に、学んだことを活かして。

「俺の想いは、決して、君のことを離さない」

これでいい。これでいいのか? 大丈夫なのか?

「……カッコつけすぎ」
「あっ……すみません」

ダメだね。いいわけなかった。振られました。

「振られても、離さないんでしょ?」
「えっ?」
「何度振られても離してくれないんでしょ?」
「いや、それはさすがに……」

ただのストーカーじゃんと、引き下がったら。

「離さないで」
「あ、はい」
「二度と、離れるつもりはないから」
「お、おう」
「1年ごとに、今と同じ言葉を、私に言って」
「それはいくらなんでも恥ずかしいというか」
「言いなさい」
「あ、はい」
「約束よ」
「……わかったよ」
「これから、よろしくね?」
「ああ……こちらこそ、よろしく」

なんか逆に捕まってしまって告白は成功した。


【10光年先の相手への告白の仕方】


FIN

引き続き、もう一作品、投稿します。
とはいえ、本編とは一切関係ありませんので、興味ある方だけでお愉しみください。

それでは以下、おまけです。

「あー……飲み過ぎた」
「大丈夫? 気持ち悪いの?」
「ちょっと、ヤバいかも」
「じゃあ、トイレに行こ」

成人式の後、中学の同窓会が行われた。
そこで久しぶりに会った男友達と意気投合。
なんたってスーツが似合っていた。素敵だ。
しかも、三揃いだ。スリーピースだった。
スーツはいい。三揃い最高。ウェーイ!
などと有頂天になり、おかわりをしまくって。
楽しく、ぐびぐびお酒を飲んでいたのだけど。

「私のペースに付き合わせちゃって、ごめん」

ペースが速かったらしく男友達はダウンした。

「いや、こっちこそ、面目ない……うぷっ」

吐きそうな彼に肩を貸し、トイレに向かうと。

「すごい行列だね」
「……俺の命運も、ここまでか」

トイレには長蛇の列が出来ていて、使用不可。

「諦めちゃダメだよ!」

男友達の手を引き、外へ出て、側溝まで誘導。

「はい、ゲーして」
「おえっ! おろろろろろろろろろろろろっ!」

男友達の吐瀉物はちょっと美味しそうだった。

「大丈夫?」
「申し訳ない……申し訳ない」

心底申し訳なさそうな男友達を見て胸が弾む。
弱っている男の人は、可哀想で、可愛かった。
なにせスリーピーススーツ。上着は脱いでる。
ベストの背中はツルツルした生地だったので。
思わず、ナデナデするとまた身体が強張って。

「んぷっ! おろろろろろろろろろろろろっ!」

ビチャビチャ、ゲロを吐き出す姿にときめく。

「まだ出そう?」
「うぅ……ごめんなさい、ごめんなさい」
「そんなに謝らなくていいよ」
「だって、俺、情けなくて……ぐすんっ」

泣き出した男友達を、私は優しく抱きしめる。

「大丈夫だよ。大丈夫だから」
「嫌いに、なってない……?」
「なるわけないじゃん」
「ほんとに……?」
「うん。だからほら、もっと吐いて」

気が緩んだ隙をついて、鳩尾に拳を入れる。

「ぐふぇっ!? おろろろろろろろろろろっ!」

おっと。つい、やり過ぎてしまった。反省。

「ごめんね、でも君の為だから」
「う、うん……わかってるよ」

言い訳は完璧。これで無問題。さて、お次は。

「ついでに、おしっこもしといたら?」
「えっ?」
「せっかくだしさ」
「あ、ああ……そうだね」

こちらに背を向け、用を足そうとする男友達。
そうじゃない。それでは見えない。苛々する。
待て待て。落ち着け。深呼吸だ。焦りは禁物。
ひとまず冷静に、さりげなく、補助をしよう。

「チャック、下ろしてあげる」
「えっ? いや、自分で出来るから……」
「大丈夫。暗くて何も見えないよ」

見えないから、セーフ。チャックを下ろした。

「持っててあげるね」
「いや! それは流石に……!」
「支えが必要でしょ?」
「自分で出来るから!」
「じゃあ、手を重ねてもいい?」
「まあ、そのくらいなら……」
「やった!」

彼の手に私の手が重なり、発射準備は完了だ。

「そろそろ、出そうなんだけど……?」
「早すぎ。我慢して」
「も、もーいいかい?」
「まーだだよ」
「うぅ……もう、限界だってば」
「泣いたって、ダメ」

泣きべそをかく彼の耳元で、待てと命じる。

「お願いします……どうか、おしっこを……」
「あーもう! うるさいなぁ!」
「ひっ!?」
「どう? おしっこ、引っ込んだ?」
「か、勘弁してくださいよぅ」
「やだ」

こんな愉しい事、やめられるわけないじゃん。

「そんなに出したいの?」
「はい……出したいです」
「でも、出したら私に嫌われちゃうよ?」
「き、嫌わないで、ください」
「どうして嫌われたくないの?」
「それは、その……」
「もしかして、私に気がある、とか?」
「はい……その通りです」

誘導尋問をすると、すんなりゲロってくれた。

「ふーん。君って、私のことが好きなんだ」
「……はい」
「じゃあ、好きって、ちゃんと言葉にして」
「……好き、です」
「私のこと、愛してる?」
「はい……愛しています」
「そっかぁ! 私も君が大好き! 愛してる~!」

ぎゅっとハグしつつ、膀胱を圧迫してやると。

「ふあっ!?」

ちょろっと、私に何の断りもなく尿が漏れた。

「えっ? ちょっと待って。なに、今の?」
「今のは、その……」
「あのさぁ……誰が出していいって言ったの?」
「ご、ごめんなさい!」

まったく、先が思いやられる。躾が、必要だ。

「私は節操のない駄犬は嫌いなの!」
「は、はい! 肝に銘じておきます!」
「犬の返事は、わん! でしょ?」
「わん!」

元気の良い返事で、少しだけ溜飲が下がった。

「今日から君は私の犬だから。わかった?」
「わん!」
「よろしい」

これにて躾は完了。犬にはご褒美をあげよう。

「よーし、出せ!」
「わん!」

ちょろろろろろろろろろろろろろろろろんっ!

「いっぱい出たね、偉いぞ」
「わん! わん!」

よしよしと撫でてやると、とても嬉しそうだ。

「それじゃあ、交代ね」
「えっ?」
「今度は私が犬役をやるから」
「えっ? えっ?」

こういうのはどっちも愉しまないと損なのだ。

「えっと……どうしたらいいんですかね?」
「私に命令して」
「命令って、たとえば?」
「そこで、うんちしろ、とか」
「おっ?」

さりげなく、自分の望む方向へ、誘導すると。

「そうすると、どうなるんですか?」
「ここで、うんちするよ」
「この側溝で?」
「うん。君のゲロとおしっこの上にね」

彼はポカンとしながらも、私にこう命令した。

「じゃあ……うんちして」
「わん!」

下着を脱いでしゃがみ込むと、彼は豹変した。

「おいおい、どんだけ糞がしたかったんだ?」

そう言って、私のお尻をぺチンと叩いてきた。

「ひぅっ!?」
「はっ! 可愛い悲鳴だな、この雌犬がっ!」

どうやら天性の飼い主の才能があったらしい。

「や、優しくして……」
「うるせぇ! 犬の癖に喋んな!」
「くぅ~ん」
「おら、尻を出せ。ぶっ叩いてやっからよ!」
「きゃんっ!」

パンパンお尻を叩かれて、キャンキャン鳴く。

「そりゃ! おりゃ!」
「きゃうん! きゃうん!」
「これで、どうだ!」
「わぉ~ん!」

遠吠えと共に、ぷりっと、私は、脱糞をした。

「ん? なんだ、これは?」
「くぅ~ん」
「これは糞か!? 漏らしたのか!?」
「……わん」

彼の手のひらに付着した便を認めて、頷くと。

「フハッ!」

彼は嗤い。高らかに哄笑して、愉悦に浸った。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「んんっ……それ……好きぃ」

愉しそうな彼と同じく、私も愉しくて幸せだ。

「ふぅ……愉しかった」
「私も、とっても愉しかった」

あらかじめ用意していたビニール袋を活用し。
とりあえず拾える分の汚物は回収しておいた。
彼にポケットティッシュでお尻を拭いて貰う。

「綺麗になったよ」
「ん……ありがと」
「お尻、痛くない?」
「ジンジンするけど……嬉しい」
「それなら、良かった」

笑顔で感謝を告げると、手を差し伸べられた。

「さあ、飲み直そう」
「また吐いちゃうよ?」
「その時は、また頼む」
「うん! 私に任せて!」

曲がったネクタイを直してから上着を手渡し。
彼の手を取り、にっこり嗤う。この先ずっと。
彼は私の犬で。私は彼の犬だ。大団円である。

互いが飼い主の私たちは未来永劫、愛し合う。


【吐いて、漏らして、うんちして】


FIN

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