星梨花「まつりさんのお城に行きたいです」【ミリマス】 (27)

「わたし、まつりさんのお城に遊びにいきたいです」

無邪気な一言にまつりは固まった。何故だか理由は語れないが、とにかく姫のお家には人を上がらせるわけにはいかないのだ。

「ほ? 姫のお城は高い高いお空の上にあるのです。だから星梨花ちゃんが来るは難しいと思うのです」

まつりは汗1つかかずに、切り返す。さすがは我らが姫、かわし方は心得ている。

それを聞いたら、ある程度分別がつく子は察しを込めて、それが難しい子は本当の意味で「じゃあ無理だねと」諦めてしまうであろう。


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ただ幸か不幸か、目の前の女の子は暴力的なまでの純粋さと、たいていの願いを叶えられるほどの財力を持っていた。

「そうなんですね。ならパパにジェット機をチャーターしてもらいます」

ルン、とステップを踏みながら答える星梨花。焦りによって固まってしまうまつり。皮肉ながらも2人の態度は対照的であった。

「ええっと……姫のお城は、が、外国にあるので、とぉっても遠いのです。だから星梨花ちゃんが来るのはやめた方がいいと思うのです」

「あれ? でもまつりさんっていつもレッスンやお仕事に来てますよね? お家が遠いのにそんなことができるかな……」

「……」

星梨花とて馬鹿ではない。正論を返されついには黙ってしまうまつり。

そこでまつりは浮かんでいる疑問を言うことにした。決して話をそらすためではない。

「それにしても星梨花ちゃん。どうして急に姫のお城に来たい、なんてことを言い出したのです?」

「あの……エミリーちゃんのことです」

「ほ? エミリーちゃんがどうかしたのです」

「お二人はこの前、ユニットを組んでいましたよね。」

たしかにまつりとエミリーはCharlotte・Charlotte という名でユニットを組み、「だってあなたはプリンセス」を歌唱した。2人は双子のユニットということでエミリーとまつりがよく一緒にいたことは記憶に新しい。

「わたし、エミリーちゃんのことが羨ましくなっちゃったんです。まつりさんみたいなお姉さんがいたらどんなにステキなことなんだろうって。だからお家に行きたいって思ったんです。……でも今思うと急にお家に行きたいだなんて言うと困っちゃいますよね。ごめんなさい」

それを聞いてまつりは自分が少し反省した。何も星梨花はまつりを困らせるようなつもりではなかった。

自分と仲良くなりたいというストレートな好意がそこにあったのだ。そうならば一国一城の姫として応えないわけにはいかない。

「ごめんね、星梨花ちゃん。やっぱり姫のお城にご招待はできないと思うの」

しゅんとする星梨花。

「でも代わりになるかは分からないのですが、姫と一日デートをすることはできるのですよ」

星梨花の顔がぱっと明るくなった。

「本当ですかっ!? わたしとってもうれしいです。でもわたし、お友達同士で遊びに行くことって少なくて、どこに行けばいいのか、あんまり分からなくて」

「心配ご無用! なのですよ。今回はトクベツに姫が星梨花ちゃんをエスコートするのです」

「エスコートですか……? まつりさんがいろんなところに連れて行ってくれるってことですよね。わたし、本当にうれしいです、ありがとうございます!」

うれしそうな星梨花をみているとこっちまで楽しくなってきて、まつりも微笑んだ。

さて当日、星梨花が集合場所に着くとすでにまつりは到着していた。

目立つからか普段ほどはお姫様のような格好は抑えているが、バックや小物類にお姫様らしいコーデをうまく溶け込ませていて、星梨花は感心した、

「ごめんなさい、お待たせしちゃいましたか」

「ほ? まだ集合時間にもなってないのですよ。星梨花ちゃんが謝る必要はないのです」

まつりはそう言ってウインクをした。

現在の時刻はちょうどお昼ほど。「ランチをするのでお昼は食べてこないように」とまつりに伝えられている。

早速、ご飯の話をするのも忍びないが星梨花は切り出すことにした。

「それで、あの、ランチはどこにいくのですか?」

「姫のお気に入りの隠れ家があるのです。さぁこっちなのですよ」

まつりは手を差し出した。

街のメインストリートを少し離れた通りにその店があった。

そこはビルの一角であり、知らなければ見逃してしまうかもしれない。

まつりは慣れた手つきでエレベーターに乗る。好奇心と不安混じりに星梨花がキョロキョロとしていると探偵社が1階に入ってることに気づき、どんなところなんだろうと思った。

3階でエレベーターを降りると、すぐ近くに木製のドアがあった。すぐ横には黒板でできたメニューボードが立てられており、店名とメニューがチョークで書かれていた。

星梨花が首をかしげながら店名を読む。

「スウィートウィッチ?」

「そうなのです。姫のお気に入りのお店なのです」

そう言ってまつりは店のドアを開けた。

ドアを開けるとカランコロンと鈴の音がした。コップを拭いていた眼鏡の女性店主さんが顔をあげて「いらっしゃいませ」と出迎える。

店内は少し薄暗いだろうか、店名にウィッチと冠してるだけあってか魔女を連想するような小物類、ティーカップ類が置いてあり、星梨花の好奇心をそそった。

「あら、まつりちゃん久しぶりね。隣にいるのはお友だち? ずいぶん可愛らしい子ね」

まつりと店主さんはいくつか談話をかわしていく。

手持ち無沙汰になった星梨花はまた店内を見回した。

カウンター席とテーブルセットがいくつか。他にお客さんはいないようだ。小さな店なので経営は大丈夫なのかと心に浮かんだが、それを口にするのは失礼と感じ、星梨花は黙っていた。

「あら、ごめんなさいね。好きな席に座って」

店主に促され、イスに座る。

星梨花はブランド名を多数知ってるわけではないが、物の良し悪しは多少は分かる。このテーブルセットはそれなりにいい物だと感じた。

「星梨花ちゃん、これなんてどうなのです」

視線をまつりが指すメニューに向けるとそこには夢の7段パンケーキと書いてあった。

「夢のパンケーキ……!」

魅惑のワードに星梨花が目をキラキラさせながらメニュー名を口に出すと、まつりはニコリと微笑んで言った。

「やはり気になるのです? 姫もずっと気になっていたんですが、7段もあっては1人では食べられないと思って、ずっと迷っていたんです」

「まつりさん、これにしましょう!」

星梨花が勢いよく答えると、ちょうど店主さんがこちらに気づいてくれたので、それを注文をした。

ドリンクは星梨花は紅茶、まつりはカプチーノをそれぞれ頼んだ。

パンケーキが運ばれてくるまでは、星梨花はまつりと色々な話をした。

「パンケーキが楽しみですね」だとか「ここの店主さんもクラゲやウミウシが好きでよくお話をするのです」だとか。でも最終的にはやっぱりアイドルの話になったりした。

何分か待ったあとパンケーキが到着した。

「このパンケーキとってもかわいいです」!

星梨花が声をあげる。直径7.8センチくらいの小さめのパンケーキが積み重なっていてタワーのようになっている。

てっぺんにはバターが乗っていてハチミツを介して、トロトロとタワーを下っている。

その魅惑のキツネ色と甘い匂いに魅了され頭がクラクラとしてくるほどだ。

「こんなステキなモノ、食べるのがもったいないです」

「星梨花ちゃん、美味しいものは美味しく食べてあげるのがマナーなのです」

いただきますをしたあと、まつりはパンケーキをフォークで一段とり、小さめに切り分けて「ほら、あーん」と星梨花の口元に持ってくる。

恥ずかしさからか、一瞬躊躇したが結局そのまま小さな口でパンケーキを頬張った。

生地はしっかりと詰まっているのに、しっとりふんわり。キメが細かくてバターも効いていてじゅんわり美味。

そのまま心がトロトロと溶けてしまいそうで。

「まつりさん、とってもおいしいです」

その報告を聞いて、まつりもまた、笑顔になった。やはり甘いものは人を幸せにしてくれる。

食べ終わったあとはまた軽く雑談を交わした。いつのまにか店主さんも交えて3人での会話になった。

3人寄ればなんとやらと会話は弾んでゆく。店主さんには「何でアイドルになったの?」 と聞かれたので「物事をたくさん知りたくなった」ことと、「みんなにありがとうを伝えるため」と答えた。

雑談は終わり、店主さんに「また来ます」と伝え店をでた。

やはり美味しいものはお腹と同時に心もいっぱいになる。明日からのアイドル活動も頑張れそうだ。

さて腹ごなしも済んだところで「次はどこに行くのですか?」 とまつりに聞くとショッピングをしようとのことになった。

友だちと買い物に行く機会があまりない星梨花のテンションが上がったのは言うまでもない。

先ほどの店から東へ数百メートル歩いたところに目的のお店はあった。

おとぎ話の名を冠した雑貨屋さんで大きな卵のオブジェが天井に乗っかっている。壁はレンガ調でいかにも西洋風の建物だ。

まつりは星梨花に話しかける。

「星梨花ちゃんは来たことはあるのです?」

「いえ、実はないんです」

「ほ? それならちょうど良いのです。雑貨屋さんは可愛いものがたくさんあって、とってもはっぴー! な場所なのですよ」

一体どんな場所なんだろうと自動ドアをくぐると、目に飛び込んでくる商品の数々。かわいい、が無限に溢れてた。

「わぁ……!」

「……ね? いいところでしょう」

「はいっ! こんなステキな場所があるなんてびっくりしました。それになんだか甘い匂いがします」

「喜んでくれてよかったのです。甘い匂いがするのは、ここでキャラメルポップコーンを売ってるからだと思うのです」

寒いこの季節だからだろうか。店頭入ってすぐにはおしゃれな防寒用品やブランケットが展開されている。オススメ柄は星柄やチェックらしい。

「あっ! わたし、あれ欲しかったんです」

星梨花はサングラスが陳列された回転式のメガネスタンドを指差した。

「ほ? 星梨花ちゃんはサングラスが欲しいのです?」

「はいっ! 変装用に買っておいたらいいよってプロデューサーさんが教えてくれたんです。あと……なんだかおもしろそうで」

「なら、いろいろ試してみるのです?」

まつりは丸いレンズに紫色が入った大きめのサングラスを選び取った。星梨花には似合わないだろうが、もちろんおふざけである。

「星梨花ちゃん、これをかけてみるのです」

「こ、これですか? 分かりました!」

近くにあった鏡を見て笑いあう2人。

「ふふっ怖い人がかけそうなサングラスなのに星梨花ちゃん、全然怖くないのです」

星梨花もレンズ越しに笑った。元々の顔が小さいだけあってかサングラスがより大きく感じられる。

「むぅひどいです。そうだ、わたしもまつりさんに選んであげますね」

「どんとこいなのです」

星梨花が選んだのは、こちらからみて相手の瞳が見えないほどの真っ黒なサングラス。もちろん彼女も茶目っ気を入れつつ選んだ。

「ってあれ? まつりさん、意外と似合いますね」

まるでどこかのエージェントだ。

「ほ? 姫はかわいいもカッコいいもいけるのですよ」

その後も2人はサングラスを選んではお互いを見て笑いあったりした。

次に2人が来たのはアクセサリーのコーナー。やはり女の子同士で雑貨屋さんに来てここは欠かせない。

「まるで宝石箱みたいですっ」

アイドルなのである程度アクセサリーは見慣れてるかもしれないが、大量に陳列されている中から自分がそれを選べるという状況は星梨花にとって貴重だ。

花や雪をあしらったブローチ、髪留め、ネックレスどれもが輝いてみえた。

2人はそれを頭や首元に近づけて、これは合わせやすいね、だとか似合うねだとか感想を言い合ったりした。

そして次に星梨花の目に入ったのは壁に掛けられた、ピアスやイヤリングのコーナーだった。

「わたしにはどれが似合うでしょうか」

「ほ? そうですね。ピアスは星梨花ちゃんには少し早いのでイヤリングがいいと思うのです。星梨花ちゃんは小ぶりなモノがいいでしょうか」

イヤリングにもたくさんの種類がある。リング状のかざりや丸い球体がついたもの、変わり種では扇子のようなものがついたものがあった。

星梨花はたしかにまつりさんが言った通り、小ぶりなのが似合うかな、とは思った。そして自分が気に入ったものを耳に近づけて、自分に似合うか試したりした。

一通りアクセサリーのコーナーを見終わり、生活雑貨の方を見ることにした。

雑貨をみながら2人はいっぱいいっぱいおしゃべりをした。



「あの、まつりさんこれは何でしょう?」

「星梨花ちゃんの履く靴下だと思うのです」

「わたしの足、こんなに小さくありませんよっ」

「ふふっ分かってるのです。これは赤ちゃんが生まれた夫婦への育児用品の詰め合わせだと思うのです。これをプレゼントしたりするのです」



「このレターセットもかわいいですね、使ってみたいです。ティーパーティーの招待状になんかもいいかもしれません」

「ほ? 姫もご招待してくれるのです?」

「もちろんですっ」



「このティーカップのセットも、とってもかわいいです」

「不思議の国のアリスのイメージをして作ってるみたいなのです。星梨花ちゃんに似合うと思うのですよ」


「まつりさん、これおもしろいと思いませんか?」

「ほ? 思わぬ便利グッズ! なのです」

さて、あっという間に時間は過ぎ、店を出た頃にはすでに日が暮れかけていた。

星梨花は店を出て、夕日を見た瞬間に気付いた。まつりと過ごすこの楽しい時間は終わりが近づいていると。

「……」

「……どうしたのです?」

「いえ、なんだか寂しくなっちゃって。こんなにステキな時間がもう終わっちゃうんだなって」

「……大丈夫なのです。これからもまつり姫たちには楽しいことがたくさん待っています、だから……ね?」

2人は駅に向かって歩く。家々の塀に挟まれた道に長い影が2つ伸びていた。

やがて駅につく。少し街から外れた場所にあるからか他の客は少ない。星梨花たちは2人掛けのベンチに座った。電車が来るまでは少し時間がありそうだ。

まつりは自身のバッグからあるものを取り出した。

「星梨花ちゃん、姫からのプレゼントなのです」

「えっ?」

「だって今日は誕生日なのですよ、ね?」

戸惑いながらも星梨花はプレゼントを受け取った。

「あっありがとうございます! あの、開けてみても……」

「もちろんなのです」

包装を丁寧に開けるとそこにはイヤリングが入っていた。

数ミリほどの主張しすぎない大きさだが、確かな輝きを持っている。片方は星で、もう片方は月があしらわれていた。

星梨花はそのさりげなさに大人の気品を感じた。

「あの、早速つけてみてもいいですか」

「もちろんなのですよ」

手間取る星梨花をみて、まつりがイヤリングをつけてあげた。

「どう、ですか?」

「とっても似合うのです」

まつりからみて星梨花がどこか大人っぽく見えたのは今日、1つ歳を重ねただけの理由ではないかもしれない。

どこか星梨花が妹と重なって見えたまつりは感傷的になったか、ふと普段は言わないようなことを言った。

「星梨花ちゃん、今日で1つ大人になりましたね」

「はい」

「でも、大人になるってことはいつか私たちは、姫で居られなくなってしまうかも日がくるかも……しれないのです」

普段とは違うまつりに星梨花は一瞬きょとんとしたがすぐ笑顔になって言った。

「大丈夫ですよ」

「え?」

「アイドル活動を通して色々考えたんです。だからまつりさんの言いたいこと、なんとなくだけど分かる気がします。でも大丈夫なんです。今日、ずっと一緒にいて改めて分かりました。だってまつりさんはお姫さまですから。今日も、そしてこれからも」

星梨花の屈託のない笑顔にハッとさせられたがすぐにいつもの調子を取り戻し、

「そうだったのです。まつりたちはお姫さまなのですから!」

まつりも笑顔で答えた。

そうこうしている星梨花が乗る予定の電車がホームに入ってきた。

星梨花はこちらも向いて改めてペコリと挨拶をし、車内に入っていった。

その後すぐさま電車が発車していく。星梨花が窓越しに手を振ってくれたので自分も彼女が見えなくまで手を振り続けた。

電車が行ってしまってから、小さく息をついた。少しはお姉さんらしく振る舞えたかなと今日のことを思い返したが、考えすぎるのはやめることにした。だって私は徳川まつり、うまくできたに違いないのだ。

星梨花もいつかは今のようにはいられないかもしれない。それでも変わっていく中で変わらないものがあったら、それは強さになるだろう。

まつりは軽く伸びをして、明日からも自分らしくいようと決意を新たにして帰路に着くのだった。

いつか自分のお城に招待できる日がきたらいいな、と思いつつ。

おわり

どうなるかと思ったが、流石姫だわ
乙です

>>1
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