【アイマス】闇の中から (12)
夕暮れ。
耳をつんざくブレーキ音。
立ち竦むあの子。
私は顔を上げる。
迫る車。
あの子は動かない。
重く鈍い衝突音。
私は動けない。
世界が、暗転する。
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年に一度訪れるその日。
幼い頃の私は、何故そんなことをするのか分からなかった。
家族三人での墓参り。
あの日いなくなってしまった優が、二度と帰らないことを確認する作業。
思い出の中の優はいつまでも変わらないままで。
現実の私はどんどん成長していく。
時間が過ぎた分だけ、痕跡は確実に薄れていく。
それを思い知らされるのが怖かった。
墓参りの後に繰り広げられるのは、優にはとても見せられない光景。
交わされるのは思い遣りでも、慰めでもない。
自分勝手に投げつけられる、言葉の凶器。
怒り、非難、苛立ち、悲嘆。
互いを傷つけ合うだけの嵐が、家族という形を壊していく。
私はうずくまることしか出来ない。
こうなると分かっているのだから、墓参りなんてしなければいいのに。
目を閉じ、耳をふさいでそう思う。
自分が原因でいさかいが起こるなんて、優が悲しむだけじゃないか。
そんなこと、誰も望んでいないじゃないか。
けれど嵐はなお荒れ狂う。
ああそうか。
もう、どうにもならないのか。
致命的に。
決定的に。
家族は、壊れてしまったのか。
でも。
でもせめて、私くらいは。
優の為に、生きていこう。
優が笑ってくれた歌を届けよう。
優が喜んでくれた歌を届けよう。
私の中の優が泣かないように。
私の中の優が消えないように。
歌を、歌おう。
あるいは、いい気になっていたのかもしれない。
私は、あの人たちとは違うのだと。
私だけが優のことを想っているのだと。
……そんな訳ないのに。
愛しているから。
忘れられないから。
だから、失った現実と折り合いがつけられない。
ただ、それだけなのに。
私は、そんなことも分かっていなかった。
何も見ようとしていなかったのだ。
気付きのきっかけは、いつでもすぐ近くにある。
けれど私の目はそれを捉えられない。
声が出なくなって。
歌えなくなって。
それでも、私の目は覚めなかった。
歌えない自分に価値などないと。
そんなことを聞いて、優がどんな顔をするのか。
考えるまでもないことに思いが至らない。
すがるべきものを失った私は、絶望に呑まれていたのだ。
自分勝手に作り出した、都合のいい絶望に。
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何も見ず、何も感じず。
動く事すら億劫で、泥沼の底に沈みこんだような日々。
凍りついた時間を打ち破ったのは、仲間と、勝手に切り捨てたあの人だった。
思えば私は、事務所のみんなにどれほどのことをしてきたのだろう。
思えば私は、自分の両親の何を見てきたのだろう。
こんなどうしようもない私を、なお見捨てないでくれている。
こんな身勝手な私に、何が必要かを分かってくれている。
私はなんという愚か者だろう。
今の今まで、気付く事すらできなかったなんて。
手元にあるのは拙い絵。
手元にあるのは眩しいくらいに鮮やかな絵。
優は何故、歌をせがんだのか。
優は何故、笑ってくれたのか。
厳重に仕舞い込んでいた記憶の扉が開く。
靄が晴れ、鮮明に思い出す。
……ああ、そうか。
私は、歌に逃げていたのだ。
優の為と言いながら、優の死から逃げていたのだ。
向かい合うことを恐れて、都合のいいように捻じ曲げて。
だからこんなにも、私の目は曇っていたのだ。
けれど、今なら分かる。
どうして歌うのか。
何の為に歌うのか。
扉を開けると、太陽の光が目を射抜く。
だからどうした。
今はそんなことに構っている暇はない。
どう謝ればいいのか。
……分からない。
どう償えばいいのか。
……分からない。
どう歌えばいいのか。
……分からない。
分からない、分からない、分からない。
不安と恐怖が足にまとわりつく。
踏み出す足が重くなっていく。
じゃあ、このままでいいの?
そんな訳……そんな訳、ない!
ここで止まったら、本当に終わりだから。
二度と、優に会うことが出来なくなってしまうから。
それこそが、本当の絶望だから。
それに比べたら、これくらい。
だから……だからっ!
走れ!!
<了>
如月千早さん誕生日おめでとうございます
……今日という日になんでこんな話を書いたんでしょうね?
ともかく、お読みいただけましたなら幸いです
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