P「夏葉は方言出ないよな」夏葉「そうね」 (15)


P「この前、アンティーカの月岡さんと雑談する機会があってさ」

夏葉「ええ」

P「そういえば夏葉も地方の出身なのに方言出ないよな、と思ったんだよ」

夏葉「そうね……私は幼い頃から、畏まった場所で話す機会も多かったから」

P「あー。そっか、そういう場所だと」

夏葉「そう。あまりふさわしくないのよ。……特に私の出身地の方言は」

P「……夏葉の出身地の方言は? どういう?」

夏葉「わからないかしら」

P「ああ、ちょっとよく」

夏葉「汚いのよ」

P「え」

夏葉「名古屋弁は」


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P「汚いっていうのは?」

夏葉「例えば、そうね。プロデューサーはお鍋の取っ手の温度が高くて触れなかったとき、なんて言うの?」

P「……? 普通に『熱い』、だろ?」

夏葉「名古屋弁は『ちんちん』って言うのよ」

P「今なんて?」

夏葉「…………」

P「あの、夏葉さん? ちんちんって言いました?」

夏葉「仕方ないでしょう。そういう方言なのだから」

P「これは……うん、そうだなぁ。確かに夏葉の言うとおりかもしれない」

夏葉「でしょう? わかってもらえたなら嬉しいわ」

P「っていうか、用例がめちゃくちゃ気になるんだけど……名古屋の人はどんな感じで使うんだ」

夏葉「ここに、沸かしたばかりのお湯が入っているやかんがあるとするわ」

P「うん」

夏葉「当然、やかんも熱いはずよね」

P「そうだな」

夏葉「であれば、触ってしまったらやけどするでしょう?」

P「ああ」

夏葉「そういうときに……その……『ちんちんだで触ってかんよ』って言うのよ」

P「なんて?」

夏葉「…………」

P「あの、ごめん、もう一回言ってもらっていい?」

夏葉「嫌」

P「だって、夏葉、いま」

夏葉「セクハラで訴えるわ」

P「夏葉が自分から言ったのに」

夏葉「有栖川の家についてる弁護士は強いわよ」

P「ごめんなさい」





夏葉「プロデューサーもこれでわかったはずよ。名古屋弁は汚いの」

P「いや、でも、悪意のある切り出しだろ、これは」

夏葉「というと?」

P「ほら、最低最悪の一単語を夏葉が持ってきた可能性もある」

夏葉「……まぁ、理解できなくはない反論ね」

P「だろ?」

夏葉「いいわ。今日は徹底的にやりましょう」

P「受けて立つ」

夏葉「さっきは名古屋弁の汚さを挙げたけれど、今度は難解さを切り口にするわ」

P「難解さ」

夏葉「プロデューサーも学生の頃は掃除時間、というものがあったでしょう?」

P「ああ」

夏葉「そのときは机を教室の後方に運ぶわよね」

P「もちろん」

夏葉「それ、なんて言ってたの?」

P「机を下げる……とか、運ぶ……とか?」

夏葉「ふふ、名古屋はね。机は『つる』の」

P「???」

夏葉「机をつって、って言ったら名古屋では机を運ぶのよ」

P「なんで?」

夏葉「知らないわよ。名古屋では机はつるものだもの」

P「ええ……」





夏葉「それから……施錠することは?」

P「施錠すること……これは普通に鍵をかける、だろ」

夏葉「違うわ。名古屋では鍵はかうの」

P「かう……?」

夏葉「そう。かうのよ」

P「どういう字を当てるんだ、それ。飼う? 買う?」

夏葉「支う、らしいわ」

P「……また用例を聞いてもいいか」

夏葉「『ちゃんと鍵かっとかんと泥棒に入られるで確認しときゃあよ』……こんな感じかしら」

P「……なるほど」

夏葉「一瞬、ん? ってなるわよね」

P「そうだなぁ」

夏葉「でしょう?」

P「でも、これはまだ意味が取りやすい気がする。文脈からなんとなく理解できるし」

夏葉「そうね。でも強烈でしょう? 音が」

P「そうだな。強烈だ。音が」





夏葉「あとはね、これはネイティヴになればなるほど顕著になるのだけれど」

P「ネイティヴ」

夏葉「書いてある文章を読むときも名古屋弁ナイズされるのよ」

P「名古屋弁ナイズ」

夏葉「お宮参り、って言葉があるでしょう」

P「あるな」

夏葉「ネイティヴはこれを脳内で勝手に変換するのよ」

P「どうやって」

夏葉「『おみゃあまいり』よ」

P「じゃあ『お前』なんかもそうなるんじゃないか」

夏葉「御名答。プロデューサーもわかってきたわね」

P「『おみゃあ』か」

夏葉「そうよ! ふふ、いいわね」





夏葉「それじゃあ、ここからはもう一段階レベルを上げるわ」

P「ねぇ、趣旨変わってきてない?」

夏葉「一つのものを二人で使ったり、何かを分け合ったりすることはプロデューサーはなんて言うかしら?」

P「だめだ聞いてない」

夏葉「それで?」

P「はんぶんこ、とか……シェアする、とかだろ」

夏葉「違うわ! 『もうや』よ」

P「なんもわからん」

夏葉「何かをはんぶんこして欲しいとき、『もうやこしよみゃあ』って言うのよ」

P「これはもう何言われたかわかんないな」

夏葉「でしょう? 名古屋弁は難解なのよ!」

P「なんか楽しそうだな、夏葉な」

夏葉「名古屋弁は名古屋の外では使うべきではない、と教えられてきたから……」

P「ああ、それで……」

夏葉「ええ」





夏葉「今度は、プロデューサーに標準語の例文を名古屋弁化してもらうわ」

P「ぜったいできない」

夏葉「できる、できないじゃないわ。やるの」

P「レッスンやトレーニングのときに言うそのセリフはめちゃくちゃかっこいいのに、今聞くとただの無茶ぶりになるの酷いな」

夏葉「まずは簡単なものからいくわよ」

P「まぁ、うん。やるだけやってみるか」

夏葉「『その机を運んでください』」

P「『その机つってください』か?」

夏葉「そうよ! ちゃんと覚えてるじゃない!」

P「さっき聞いたやつだしな。なんか行けそうな気がしてきたぞ」

夏葉「『卑怯なことはしてはいけません』」

P「……!? え、卑怯なことしない……がね……がや……とか? いや、違うな……難しい。ギブだ」

夏葉「『こっすいことしやぁすな』、よ」

P「もうだめだ」

夏葉「諦めたらそこで終わりよ?」

P「こんなんわかるわけない。夏葉こそ『こっすいことしやぁすな』だ」

夏葉「ふふ、使いこなせてるじゃない! 次、行くわね」





夏葉「『雨がとても降っているので傘を持って行きなさい』」

P「これは知ってるぞ! とてもは『でら』とか『どやりゃあ』って言うんだろ!」

夏葉「ええ、そうね」

P「だから答えは『雨どえりゃあ降っとるで傘持ってきやぁ』だ!」

夏葉「うふふ、良い線よ! でもあと一歩足りないわ!」

P「え、自信あったのに」

夏葉「『だあだあ降りだで傘持ってきゃあ』よ」

P「こすい!!」

夏葉「ちょっと卑怯だったかもしれないわ」

P「ほらー! 次だ次!」

夏葉「『アナタは阿呆ですか?』」

P「え、そのまんまじゃないの」

夏葉「違うわ。馬鹿とか阿呆とかは『たーけ』って言うのよ」

P「つまり?」

夏葉「『アンタたーけか?』ね」

P「めちゃくちゃ煽られてる感が出るな」

夏葉「そうね」

P「次は?」

夏葉「プロデューサーもちょっと楽しくなってきてるわね」

P「うん。楽しくなってきた」

夏葉「『とてもしんどいです』」

P「『どえりゃあしんどい』」

夏葉「ハズレ。正解は『えらい』よ」

P「えらい!? しんどいこと『えらい』って言うの?」

夏葉「そうよ。疲れたときも『えらい』よ。『とても疲れたからもうダメです』は『えらいでまーあかんわ』になるわ」

P「難しすぎる」





夏葉「逆ならできるんじゃないかしら」

P「俺が標準語訳するってことか」

夏葉「そう。いくわよ? 『もうわやだわ』」

P「なんて?」

夏葉「『もうわやだわ』」

P「ごめん、なんて?」

夏葉「『もうわやだわ』……何回言わせるのよ」

P「ちなみに、それはさっきの『もうや』とは全然違う単語か?」

夏葉「全然違うわ」

P「降参」

夏葉「『わや』はね、状況がめちゃくちゃである様を表すの」

P「へぇー、いや、わからんわ」

夏葉「これはちょっと問題が悪かったわ。ごめんなさい」

P「いや、うん、どの道わかんなかったと思うけど」

夏葉「気を取り直して次、行くわね。『おっきいのしかないで壊してちょ』」

P「あー、これはなんとなく状況が読めるぞ?」

夏葉「答えを聞こうかしら」

P「『お札しかないので両替してください』、だ」

夏葉「すごいわ! アナタ名古屋弁の才能あるわよ!」

P「その才能いるか?」





夏葉「さて、こんなところかしら」

P「うん、まぁ、地元以外じゃ使いにくそうな言語だってことはよくわかった」

夏葉「でしょう?」

P「ああ。……んー、いや、でも」

夏葉「まだ食い下がるつもり?」

P「夏葉はさ、普段しっかりした言葉遣いだろ?」

夏葉「そうね」

P「だからこそ、その分のギャップがかわいいと思ったよ」

夏葉「……そう」

P「なんだ、照れてるのか」

夏葉「照れてなんかないわよ。かわいい、なんて言われ慣れてるもの」

P「そうか」

夏葉「ええ」

P「かわいかったよ」

夏葉「…………」

P「これは顔が『ちんちん』で合ってるか?」

夏葉「知らないわよ、もう!」



おわり

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