西城樹里「ミドリ」 (18)
「凛世、そのままのリズムよ!」
「……はい」
「智代子、腕が下がってるわ。最後まで気を抜かない!」
「ひーっ!」
「樹里、ちょっと走ってる。ちゃんと曲を聴きなさい!」
「……っ、わかってるよ!」
「果穂、もっと自分の立ち位置を意識してちょうだい!」
「はいっ! 夏葉さん!」
ダンスシューズと床とが擦れて鳴る、きゅっきゅっという音がレッスンルームに響く。
完璧な動きを見せながら、常に指示を飛ばし続けているこの女の体力は無尽蔵なのだろうか。
後奏が終わり、音楽が完全に鳴り止んだところで、アタシを含めた他のメンバーは、どさりと床へ崩れ落ちた。
「…………っ、はぁ、はぁ。……きっつ」
這うようにして部屋の隅に置いてあるタオルとスポーツドリンクに向かい、手を伸ばす。タオルで汗を拭い、スポーツドリンクを一気に半分ほど飲み干して、またしても床へ倒れ込んだ。
「樹里ちゃん~……わ、私にも取って……」
一人を除いて、死屍累々、といった様相だ。
全員分のタオルと水筒を抱え、運んでやると、各々息を整えることに努めた。
「みんな、かなり良くなってるわ」
ぱちん、と手を叩いて、アタシたちに指示を飛ばしていた鬼教官が言う。
「そりゃどーも。夏葉、よくアタシら見ながら動けるよなぁ」
「ふふ! 当然でしょう? 私は有栖川夏葉だもの。ほら、みんな、十分休憩したらまた通しで行くわよ!」
「えー! 夏葉ちゃん、もっと休ませて……」
やいのやいのと騒いでいる面々を見て、懐かしい記憶が蘇る。そういえば、この鬼教官は最初からずっとこんな感じだった。
いちばん後にアタシたちのユニットに来たくせに、どうしてか最初からずっといたような感覚になってしまうから不思議である。
ああ、そういえば、初めて会った時もこんなだったっけ。
もうひとくち、スポーツドリンクを口に含んで、いつかの景色にアタシは想いを馳せる。
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■
ひょんなことから、アイドルにスカウトされ、芸能界に踏み出したアタシを待っていたのは、きらきらと輝くスポットライトなどではなく、山のような量のレッスンという、現実だった。
学校が終わる。事務所に行く。担当のプロデューサーに挨拶をする。レッスンスタジオへ行く。シャワールームで汗を流し、更衣室で着替え、電車で家に帰る。来る日も来る日もそれの繰り返し。
たくさんたくさん歌ったり、足が棒のようになるまで踊ったり、化粧の勉強だったり、一つ覚えたそばからどんどん次の課題が積まれていく。
そんな毎日だったが、不思議と嫌にはならなかった。
それどころか、一歩ずつではあるが、自身の成長が感じられるため、楽しいとすら思うのだった。
自宅の湯船に浸かり、ふと思う。
ああ、こんな感覚、どこかで。
記憶を辿ると、出てきたのは中学時代の自分の姿で、苦い笑みが込み上がる。
「まだ始まってもねーんだから」
言い聞かせるように呟いた言葉が浴室に反響した。
○
今日も今日とて、学校が終わると友人に別れを告げ、真っ直ぐに自身の所属する芸能事務所へと向かう。
今日の予定はダンスレッスンであったはずだ。
ダンスレッスンは嫌いではない。
元々、体を動かすこと自体は好きな方であるし、できないことができるようになっていく、という実感を一番得やすい。
なんていう理由から、自然と事務所へ向かう足は速まるのだった。
事務所に着いて、自身のプロデューサーのデスクに行くと、何やら忙しそうに電話をしている最中であったので、喉元まで出かかった挨拶を引っ込めた。
大人しく待つしかなさそうだ、とソファに腰掛け、プロデューサーの声に耳を傾ける。
「ええ、ええ。そうですね。先日、スカウトした西城とも歳が近いですし。はい、その方向で。ありがとうございます。では」
受話器を耳から離し、プロデューサーはふぅと息を吐く。
「……アタシの名前、出てたけど、なんかあったのか?」
デスクの方向へ声を投げると、プロデューサーはようやくアタシの存在に気が付いたようで「んあ」と間抜けな返事をした。
「おお、樹里。来てたんだな」
「んー。……で、さっきの電話、なんだったんだ?」
「あー、あれな。樹里も知ってると思うけど、うちの事務所はユニットでの活動の比重が大きいだろ?」
「……ああ、アタシの入るユニットが決まったって話か?」
「理解が早くて助かる。ただ、まだ本決定ではないって言うか、なんて言うか……」
「なんだよ、煮え切らねーな」
「俺以外の他のプロデューサー職の人らと決めて、コンセプトが固まったんだが、五人ユニットの予定でな。あと一人が決まんないんだ」
「っつーことは、あと四人は決まってんのか」
「まぁ、そうなるな。で、さっきのは四人目が決まったよ、って電話」
なるほど。
けれども、まぁ、ユニットで活動を開始するにはもう少しかかる、ということだろう。
ふーん、とプロデューサーへ返す。
「まぁ、そういうのはプロデューサーに任せるぜ。っつーわけで、そろそろ時間だし、レッスン行ってくる」
「あ、待って。一応続き……っていうか説明があるから聞いてってくれ」
「ん、まだなんかあんのか?」
「樹里と同じユニットで活動するメンバーについて、ざっくりと、な」
「それ、今必要なのか?」
「ああ。だって今日の樹里のダンスレッスン、その子らと一緒だからな」
「…………はぁ?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「聞いてねーよ! そういうのはちゃんと伝えろよな!」
「まぁまぁ。それで、説明なんだけど……」
「おう」
「一人目。ユニットのリーダーになる予定の子で、名前は小宮果穂さん。樹里と同じスカウト組でもある」
言って、プロデューサーはパソコンを操作して、小宮果穂なる人物の写真をアタシに見せる。
「背ぇデケーな。アタシと同じくらいか?」
高い身長とすらりと長い手足。
容姿としては大人びた印象を受けるが、眩いばかりの笑顔と跳ねた赤みのかかった髪からは快濶な印象を受ける。
「樹里より三センチ上、みたいだな。ちなみに小学六年生だ」
「…………はぁ?」
本日二度目となる、「はぁ?」を発し、ぽかんとしてしまう。
「冗談なんかじゃないぞ。小学六年生。十二歳だ。でも礼儀正しいし、頑張り屋さんだし、すごくいい子だから、良くしてあげてくれ」
「……んー。まぁ、同じユニットのメンバーになるんだもんな」
十二歳、と聞いてこれ以上ないくらい驚いてしまったが、子役などがいるのだ、十二歳のアイドルがいてもあまり不思議ではないのかもしれない、と半分強制的に自分を納得させる。
「そして、次。杜野凛世さん。この子もスカウト組で、歳は樹里の一個下だな」
続いて表示された写真を見やる。
上品に結われた濃紺の髪に、ばっちり着こなした和服。
そして白い肌。
先程の少女の後であることも相まって、いっそう物静かな印象を受けた。
「へぇ、なんつーか、こう。静かそうなカンジだな」
「ああ。この子は見た目通り、お淑やかな子だったな」
「ふーん」
「怖がらせないようにな」
「アンタはアタシをなんだと思ってんだよ。ほら、あと一人いんだろ!」
あはは、と笑ってプロデューサーはパソコンを操作し、残る一人の写真を表示させる。
「この子は園田智代子さん。樹里と同じ歳だ。さっき電話してた相手が担当することになってる子だな。ちなみにこの子は唯一のオーディション組」
満足そうな笑みを浮かべ、チョコレートを食べている姿が映っている写真が目に留まる。
「チョコレート……、あ、智代子だからか?」
「ん。あー、それもあるらしいけど、本当に好きみたいだぞ」
「ふーん。背は一番小ささそうだなー」
「ああ。百四十センチ台だったはずだから、小さい方かな。この子も見た目通り、明るくて良い子だよ」
「ん。紹介サンキューな。んじゃあ行って来るぜ」
「ああ。」
ひらひらと手を振り、背中でプロデューサーの「行ってらっしゃい」を聞いた。
○
レッスンスタジオの玄関をくぐり、受付で更衣室ロッカーの鍵をもらう。
掌の上でカギを転がし、今日出会う仲間のことを考えた。
これから先、長い期間を共に過ごすことになる三人の仲間たち。
写真から受けたそれぞれの印象はなんというか、三人ともばらばらで、正直に言ってしまえば統一感のようなものはあまり感じられない。
どういったコンセプトで組まれようとしているユニットであるのかてんで想像がつかないが、アタシが考えてどうにかなることでもないし、とにもかくにも会ってみなくては始まらないだろう。
仲良くなれそうだと嬉しい。
などと思いながらトレーニングウェアへと着替えを進めていたなかで、眼前の姿見のなかのアタシと目が合う。
あ。
自身の前髪をつまむ。
この髪色で怖がられたりはしないだろうか。
プロデューサーの話で小学六年生がいると聞いているだけに、少し心配だ。
ふぅ、と一息吐いて、軽く自分の頬を叩く。
まぁ、当たって砕けろ、だな。
気合を込めて、目をぎゅっと閉じて、開く。
そうしてロッカーからタオルとスポーツドリンクを引き抜いて、レッスンルームへと向かった。
今日利用できるようになっているレッスンルームのあるフロアに移動すると、既にレッスンルームには誰かいるようで、灯りがついていた。
「あ―っ!」
ドアノブを掴み、覗き込むようにしてレッスンルームの中へ入った瞬間、絶叫が飛来した。
「樹里ちゃん! 西城樹里ちゃんですか?」
赤みのかかった跳ねた長い髪の、元気溌剌を体現したような少女が全速力でアタシの前までやってくる。
「えっ、あー、おう。西城樹里だ。……小宮果穂、だよな?」
「あたしの名前、もう覚えてくれてるんですか? 樹里ちゃんはすごいです!」
小宮果穂なる人物はにこにことした表情のまま、ぴょこぴょことしたあとで、なにかを思い出したようにレッスンルームの端にぴゅーっ、と走り去った。
「樹里さん! こっちです!」
声の方へ視線をやると、そこには残りの二人と見られる人物がいた。
衝撃のファーストコンタクトに面喰ってしまい、しばし頭が平常時の回転を取り戻すまでに時間を要してしまった。
戸惑いながらも「おう」と短く返事をして、小宮果穂のもとへ進む。
「あはは。……びっくりしたよね。果穂、最初からこの調子で」
近付いてきたアタシに、一人が声をかけてくれる。
小柄な身長に、愛嬌のある顔立ち。
まさに正統派、といったようなアイドル然とした女の子、この子が園田智代子で間違いなさそうだ。
となると、もう一人の姿勢よく後ろに控えているのが杜野凛世か。
「おう。その、なんだ。すげーな」
そうとしか表現しようもない、小宮果穂への印象を率直に言葉にする。
「うん、だよね。えっと、西城さんでいいのかな」
「あー、いや、樹里でいいよ。同じ歳だろ」
「じゃあ樹里ちゃんで!」
「ん。じゃあこっちは……」
「ちょこ先輩です!」
智代子でいいか、と言いかけたところで、小宮果穂が口を挟む。
「ちょこ先輩?」
「あ―、えっとね?」
よくわからず首を傾げて困っていると、またしても園田智代子が助け船を出してくれた。
なんでも、園田智代子はチョコアイドルなる存在を目指しているらしく、チョコレートと絡めた活動なども視野に入れているとのことらしかった。
そして、その話を聞いた小宮果穂に「じゃあ智代子さんはちょこ先輩です!」と言われた、とかなんとか。
全ての説明を聞いた上でも、正直なところよくわからなかったが、ここで躓いていては先に話が進まないので、「じゃあ、えっと。チョコな」と返した。
「はいっ! よろしくね、樹里ちゃん!」
本当にそれでいいのか。
「んで、次がえーっと」
「杜野、凛世と申します」
「おう。西城樹里だ。樹里でいいぜ」
「では、樹里さん、と」
「ん。よろしくな。凛世」
いろいろとあったものの、ようやく自己紹介が終わったアタシたち四人は、レッスン前のアップを雑談交じりに始める。
「なぁ、そういえばアタシらのユニットのコンセプトってなんなんだろうな」
「あー、言われてみたら……そうかも。凛世ちゃん何か聞いてる?」
「いえ、何も」
「秘密、ってことか。……って果穂、何にやけてんだ?」
「……その実は、あたし知ってます」
「え! ホントに?」
「はいっ! それは……ジャスティスファイブ、です!」
果穂を除く、アタシたち三人の声が「ジャスティスファイブ?」と重なった。
そこから果穂がしてくれた説明を要約すると、こうだ。
なんでもジャスティスファイブとは、戦隊系のヒーローであるらしく、正義の五人組らしい。
そして、その要素を取り入れたのがこのユニット、だと果穂は言う。
どこまでが真実であるのかはわからないが、まるっきり嘘ということもなさそうだ。
「果穂がリーダー、なんだよな。なら果穂はレッドか」
「レッド!」
「ん。レッドじゃないのか?」
「レッド! レッドです!」
レッドという言葉が琴線に触れたらしく、果穂は満足そうな笑顔を爆発させている。
「果穂がレッドなら、樹里ちゃんはイエロー、って感じだよね!」
「はい! 樹里ちゃんはイエローです!」
「では、智代子さんは桃色、かと」
「ピンクかー。でもかわいくていいかも!」
「凛世さんはブルー! って感じがします!」
「あー。わかるな、それ」
「はい。ご期待に沿えますよう……ブルー、務めさせていただきます」
絶えない笑い声がレッスンルームに響く。ここに来る前に抱いていた想いはどうやら杞憂であったらしい。
まずは良い仲間と組めそうなことに感謝しよう。そう思った。
○
ユニットメンバー四人での初顔合わせから二週間ほどして、再びアタシたち四人に召集がかけられた。
その理由は、最後の一人が決定したことによる、全員の顔合わせと今後の説明、とのことだ。
それならそれで、お茶の席でも設けてくれればいいものを、またしても集合場所はレッスンルームで、顔合わせの後はダンスレッスンが割り当てられていた。
「ったく。せっかく最後の一人が決まったんだから、今日くらいレッスン休みにして、ゆっくり話す場所作ってくれてもいいのにな」
「うん。でも、レッスンがお休みじゃないの、その最後の一人の希望らしいよ?」
「え、そうなのか」
「はいっ、あたしたちの時間を無駄にしないため、って言ってたらしいです!」
「ふーん。律儀な奴だなー。案外、凛世みたいな奴だったりして」
「ふふ。そう、でしょうか」
「じゃあ、私は果穂みたいな感じだと思う!」
「じゃあ、ってなんだよ。じゃあ、って」
「あたしみたいな感じ……ジャスティスファイブのお話、したいです!」
そんなふうにして、レッスンルームの角に集まり、雑談に花を咲かせていたそのときだった。
ドアが勢いよく開け放たれる。
「待たせたわね。私は有栖川夏葉。今日からよろしくお願いするわ!」
突如やってきた来訪者は、そう宣言し、仁王立ちのままこちらを見据えている。
しかし、こちらにも一人、瞬発力では負けない奴が一人、いる。
「グリーン! グリーンが来ました!」
ぴょこぴょこと跳ね、アタシら三人を見やった直後、もう待ち切れないと言わんばかりの速度で果穂が来訪者へと突撃していった。
「グリーン! あたしたちの戦隊にようこそ、です!」
「グリーン? 戦隊? ふふ、そういうこと。ならアナタがレッドね。歓迎、感謝するわ!」
「はいっ! 正義のアイドル、レッドの小宮果穂です!」
謎のやりとりを繰り広げている小学生と謎の来訪者。
そして置いてけぼりなアタシら三人だった。
「……なぁ、なんか話、噛み合ってんぞ」
「はい。意気投合、といったご様子です」
「おい、チョコ。収拾付かなくなる前に止めて来いよ」
「あはは……私に言われましても……樹里ちゃんが行けばいいじゃん……」
「いや、アタシになんとかできるわけねーだろ」
「樹里ちゃんにできないことは私にもできないよー!」
レッスンルーム入り口付近で盛り上がる二人をどうすることもできず、アタシたち三人はただただ成り行きに身を任せるのだった。
「樹里に凛世に智代子ね?」
果穂との謎のやりとりがようやく終わったらしい来訪者は、真っ直ぐにアタシたちのもとへやってきて、言う。
「私は有栖川夏葉。今日から同じユニットで活動することなったから、よろしく頼むわね」
にこやかな笑みと共に手が差し出される。
ややあって、握手を求められているらしいことを理解したアタシは「おう」と返事をして、差し出された手を握り返した。
そうして他の二人とも順番に握手を交わした有栖川夏葉は、アタシたちの前に仁王立ちをする。
「いいかしら。始めに言っておくわ。私が目指すのトップよ!」
「お、おう」
「中途半端なんて、意味がないもの。それを同じユニットの仲間とは共有しておきたいの」
「はいっ! 目指すならナンバーワン、です!」
「その意気よ、果穂!」
「はいっ! 夏葉さん!」
この二人は先ほど出会ったばかりにもかかわらず、どうしてもう既に阿吽の呼吸の息に達しているのであろうか。
打ち解けるスピード感についていけない。
「んー。その、なぁ、一ついいか?」
「ええ、どうぞ。それから、私のことは気軽に名前で呼んでくれて構わないわ」
「んじゃあ夏葉。そう言うお前だって今日来たばっかなんだから、トップも何もねーんじゃねぇの」
「ふふ、愚問ね」
「んだよ」
「私は有栖川夏葉よ? 合流が遅れた分は全力で取り戻したわ!」
「はっ、どーだか」
「じゃあ、こういうのはどうかしら?」
「なんだよ」
「アナタたちもきっと、この事務所の曲は練習してきているわよね」
「おう、嫌って程な」
「合わせましょう。そうすれば、きっと認めてもらえるはずよ?」
そう言って、夏葉はレッスンルームの音響設備を操作する。
「全員、アップは済んでるかしら?」
夏葉の問いかけに、アタシたち四人は頷きで答える。
「いいわ! これまでは四人でどうやって合わせていたの?」
「いちばん端にもう一人いる想定で合わせてました!」
「そう。なら私がそこに入るわ。全員立ち位置に着いてちょうだい。三十秒後に開始よ」
言われるがままに、いつもどおりの場所に立つ。
レッスンルームの壁一面に備え付けられた正面の鏡に映った、果穂を中心に並ぶアタシたち五人の姿は、まるでこの状態こそが正しいかのような、足りなかったパズルのピースが急に埋まるような、不思議な感覚になる。
間もなく、CDプレイヤーが音楽の再生を始め、軽やかな前奏と共に、全員が動き出した。
「果穂、アナタがセンターなのよ! もっと大きく体を使って!」
新入りにがっかりされるのは癪だから、全力でこれまでのレッスンで培った力を発揮するべくダンスに集中していたところ、夏葉が突然大きな声で指示を出した。
少しの後に果穂が「はいっ!」と勢いよく返事をする。
「智代子、ちゃんと目の前の鏡を見て、立ち位置を確認なさい!」
「……はい!」
どうやらこの女は、トレーナーさながらの指示を、自身の動きを乱さずに出しているらしい。
視線だけ左に向け、夏葉を見やる。
「樹里、指先から意識が抜けてるわよ! 集中してちょうだい」
「……っ!」
一瞬、ほんの数秒の意識の逸れを見抜かれてしまった。
これはもう、認める他なさそうだ。
やがて音楽が止まり、夏葉がぱちんと手を叩く。
「いいわね! みんなすごいわ! 想像以上よ!」
「……いや、すごいも何も、すごいのは夏葉ちゃんだよ……」
「はい。トレーナー様のようで、ございました」
「夏葉さん、先生もできるんですか!」
「ふふ、先生なんて。大したことはしてないわ。……でも、そうね。これで少しは認めてもらえたかしら。……樹里?」
「あーもう! わかった、わかったよ! アタシが悪い! つっかかって悪かったよ!」
「あら、責めてなんかないわよ。それじゃあ、改めてになるけど、これからよろしくお願いね」
「……おう。よろしく」
再び差し出された手を、今度は迷うことなく、取った。
■
「はい。十分経ったわ。もう一回通しでやるわよ!」
両の掌を打ち鳴らし、夏葉が無言で「立て」と促す。
いちばんに立ち上がったのが果穂で、その次が凛世。
そうして、文句を言いながらも何だかんだで立ち上がるのが智代子。
ああ、今日も変わらない。
見慣れたいつもの光景に、自然と笑みがこぼれてしまった。
「あら、樹里。大丈夫?」
アタシが立たないことを心配したのか、夏葉がこちらを覗き込んで手を差し出してくるので、その手を払いのけて歯を見せてやる。
「はッ。誰に言ってんだ。アタシは西城樹里だぜ!」
「ふふ、ふふふ! 流石よ、樹里!」
おわり
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