サキュバス美波との駆引き (7)

エッチなお話にはならなかったです

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 パソコンの前に置いたキーボードのHキーを人差し指で大げさに叩いた僕だが、どうやらその指に力を入れ過ぎてしまったようでじんじんと骨が痛むような感覚を覚えながら、机を挟んで対面している新田美波に目を向けた。

「実は私、サキュバスなんです」

 今日に限って同僚の千川ちひろさんが休んでいて僕しかいなかった事務所にやって来るや否やそんなことをのたまう彼女に、普段であれば気でも違ったかなと思っていたであろう僕だが、何だか彼女の着ている衣装が大変なことになっていたので思わず席を立って彼女の横に移動する。

「どういうことか分からないな。イベントも無いのに、コスプレをしに来たのかな?」

 なぜ僕がわざわざ席を立ったかというと、彼女の外見を見てしまい下半身に気が集約してしまって座るのが苦しくなったとか、机を挟んで座っていると彼女の腰から下部分がどうなっているのかが確認できないとか、そういう事情はこれっぽちも無くて、彼女から感じる艶めかしい気に押されぬよう己を奮い立たせ平静を装う為に立ち上がったのだ。
 僕と向かい合って、彼女の表情はその衣装を合わせて妖しい様を見せていた。そもそも事務所に角を生やしてやってくるアイドルなんでもちろん常識的ではないし、上着のファスナーは限界近くまで下ろされておっぱいの大事な部分が見えてしまいそうなくらい開放的になっているし、背中に生えている羽や尻尾は満員電車に乗ってるときは邪魔で仕方がないんじゃないかと思う。

「コスプレじゃありませんよ。今まで隠していたんですけど……ほら、この羽だってちゃんと飛べるんですよ?」

 そんなことを言いながら彼女の体が床から数十センチ浮き上がったことに、僕は内心顎が外れる思いだったがやはり平静を装った。それから彼女の背中越しに見えるツヤツヤとした尻尾が、何も隠す気がなさそうなスカートの後ろを持ち上げた。
 僕は内心リモコン操作にでも失敗したのかなと思い、ほくそ笑んで失敗を突いて精神的に優位に立とうと思ったのだが、とんでもないことに彼女はその場でゆっくりと回り始めたのだ。しかも背中を向けたときに、これでもかと言わんばかりに尻尾で捲れたスカートから丸見えのお尻を突き出して見せつけたのだ。

「何をやっているんだい? アイドルがそんなことをしていいと思っているのか?」

 つい最近、僕はネット配信されていた古いアニメを偶然見かけた。そのアニメは、聖なる獣を従えて知に長け武に優れ、光の鎧を身に纏った勇者が巨悪を打ち倒すというロボットアニメだ。
 そして今まさに僕の目の前には、性なる獣が痴に長け臀部が優れ、艶めかしい衣装を身に纏ったサキュバスがいる。そうだ、新田美波はサキュバスなんだ。これまで隠されていた真実に、そう確信するしかなかった。その確信が、更に彼女の姿を艶めかしく見せているようだった。

「いいんですよ、私はサキュバスなんですから」

「それじゃあ、サキュバスが何をしに来たんだ。新しい仕事が無いか、催促にでも来たのかな?」

 ここで健全な男子であれば、サキュバスが目の前に現れるという幸せなハプニングに見舞われたらパラダイスに突入して光の速さで己を解放するだろうが、残念ながら僕は芸能事務所のプロデューサーである。毎日汗水垂らしながらアイドルたちを売り込み、通った企画を形にし、アイドルたちを輝く舞台に導く裏方のプロフェッショナルだ。
 サキュバスとかいう性のプロフェッショナルが相手だとしても、その精神は鋭く研ぎ澄まされて何物にも鈍ることはないのである。

「うふふ……実は、アイドルをしばらく続けていて色々なモノを我慢していたせいで、もう限界なんです。だから、Pさんとエッチなことをしようかと思って」

 しかしやはり現実は無常だったようで、僕の精神は彼女の言葉で弱弱しく萎んでいき、もはや下半身は誰も挑んだことのない大層な山を形作っていたが、それでも平静を装って涼しい顔を見せるように意識を集中させた。

「僕はプロデューサーだ。担当アイドルとそんなことをするわけもないし、しようとも思わない」

「ああっ、ダメ……もう、私の身体が熱くなって、我慢できない……早く、早くPさんとエッチしたいの……!」

 その言葉でついに僕は射精した。あまりにも早く情けなく、ズボンの中が不快感で包まれていき、腰砕けになってしまいそうだった。

 ――いや、これはむしろ好機だ。

 だがこれ幸い、この場面においてはむしろ漆黒に堕ちる闇の中に差す一筋の希望だった。凄まじい圧力から解放された僕の下半身は、不快感と共にしめりけの特性を得たのだ。
 この状態であれば目の前にいる、まさに性のだいばくはつともいえる彼女からこれ以上何をされたとしても、ダメージを受けることはないだろう。僕はズボンにシミが広がるのも鼻に付く臭いが事務所を満たすのも構わず、平静を装い冷淡な表情で彼女を見た。

「あら……ふふっ、Pさん、可愛いですね」

 だがしかし僕のちっぽけな自尊心は当然彼女にはお見通しだったようで、僕の下半身を見て舌なめずりをし、わざとらしく鼻から息を吸い込んでいた。
 屈辱で膝が崩れ落ちそうになっていた僕がこれ以上気圧されるわけにはいかないと思ったところで、彼女は限界近くまで下ろされていた上着のファスナーを更に下ろした。彼女のおっぱいに見える肌色の中で一際目を引く大変な色を目撃してしまったような気がして、僕の下半身はしめりけを得て無敵となっていたはずだが、哀れにも再び大変なことになってしまっていた。

「さて……おしゃべりはこれくらいにして、Pさん、動かないでくださいね……」

 何も彼女の言葉に素直に従ったわけでもないが、無常にも僕の体は動かなかった。少しずつ近づいてくる彼女の姿を見て、昼間なのに夜のパラダイスに突入してしまったと嘆きながら、僕はいつの間にか気を失ってしまった。


……………………
………………
…………
……


 気が付くと僕は事務所のソファで仰向けになっていた。おっといけないと思いつつ上体を起こしたところで、下半身を襲う不快感と臭いが、美波との出来事が事実であることを告げていた。
 僕は絶望に暮れたが、ふとソファの横に置かれていたテーブルに目をやると、一枚の紙とトランクスが置かれてあった。いつの間にか美波は帰ってしまったようだった。

『父の物ですが、一応持ってきておいて正解でした。良かったら使ってください。 美波』

 まさかアイドルが自分の父親のパンツを事務所に持ってくるとは、僕はまったくもって考えたことも無かったのでトランクスを摘まんでまじまじと眺める。
 とはいえ下半身に不快感を覚えたまま仕事するのは精神衛生上よろしくないし、強烈な臭いを伴ったまま家路に着く為の電車に乗るのはもっとよろしくないので、敵から塩を送られてプライドを傷つけられたような気持ちで誰もいなくなった事務所でズボンとパンツを下ろした。

「あの、Pさん……まだ事務所にいますか……?」

 ガチャリと音を立てて事務所のドアが開いた。そこには、ドアノブに手を掛けたままの三船美優が、情けない姿で下半身を露出させて屈んでいる僕の姿を凝視していた。
 だが、僕はプロデューサーだ。そんなことで動揺していてはアイドルにも不安を覚えさせてしまう。平静を装い、屈んでいた背筋を正して彼女に視線を合わせた。

「すみません美優さん。少しトラブルがあって――」


 そして、僕は絶望した。目の前にいる彼女――三船美優の頭から、美波と同じ角が生えていて、衣装もこれまたとんでもないことになっていた。

 ゆっくりと近付いてくる彼女に、僕はすべてを諦めて体をソファに投げ出し、恥となっている下半身を隠すこともせず天井の明かりを見つめるのだった。



おしまい

ボンバーマンビーダマン爆外伝のことを考えていたら思いついたお話でした。

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