一休「夜な夜な悪さをしているのは屏風の虎ではありません」 将軍「何?」 (34)

一休「そもそもどうして悪さをしているのが屏風の中の虎だと思ったのでしょうか」

一休「目撃者でもいましたか?」

将軍「余が嘘を申しておると言うのか?」

一休「嘘ではなくとも、勘違いしている可能性はありましょう」

将軍「下郎が、そこまで言うのであれば何か確証があるのであろうな?」

一休「はい、この服をご覧ください」

将軍「なんだ、その血まみれの服は」

一休「この服は、昨晩犯人に襲われた武官の服です」

将軍「ふむ」

一休「鋭い爪のような跡が残っているでしょう」

将軍「まさに屏風の中の虎が残したかのような爪痕だな」

一休「……違うのです、将軍」

将軍「何が違うと申すか」

一休「良く見てください、屏風の中の虎には爪が五本あります」

一休「ですが、この服に残された爪痕は四本なのです」

将軍「……確かに、な」

一休「つまり、犯人は屏風の中の虎ではないのです」

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新右衛門「一休殿、屏風の虎が犯人では無いのだとしたら、いったい誰が犯人なのでござる?」

新右衛門「城内では既に女中が何人も行方不明になっており、それを阻止しようとした武官たちが何人も殺されている状況でござる」

新右衛門「これ以上の被害が出るのを防ぐため、何とか知恵を貸してほしいでござるよ」

一休「誰が犯人か……ですか」

将軍「一休よ、そなたであれば犯人の目星がついているのではないか」

一休「ええ、確かに目星はついています」

新右衛門「な、なんと!流石は一休殿!」

将軍「……ほう」

一休「犯人は……」

新右衛門「犯人は!?」

一休「……」

 






一休「犯人は、俺様だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」





 

謁見の間には将軍足利義満や蜷川新右衛門以外にも多くの家臣たちが居た。

将軍家を古くから守ってきた精鋭達。

その精鋭達は、全て一休によって食い殺された。

一瞬のうちに謁見の間は血に染まる。


「正体を現したな!化生が!」


間合いを詰めた新右衛門が一刀を振るう。

その刃は狙い違わず、一休の身体を一刀両断にした。

だが、一休は真っ二つになったままニタリと笑った。


「ぎゃはははは!もう少し小坊主のフリをしておいてやるつもりだったんだがなぁ!」

「てめえらがあまりにマヌケだから、ついつい正体を現しちったぜ!」


一休の身体はぐにゃりと崩れ、別の姿が現れる。

金色の毛を纏い、鋭い牙と爪を持つその姿は、正しく「化生」の名に相応しい存在だった。

「将軍家がどんな物か見に来てやったが、阿呆しか居ねえようだ!」

「まさか女中どもを食ったのがワシだと気づかず、屏風の虎を犯人だと思い込むとはなぁ!」


化生の言葉に足利義満は臆さずこう返した。


「阿呆は貴様だ、物の怪よ」

「なにい!?」

「この屏風は先祖代々足利家に伝わる家宝、ここに記されているのは我が将軍家の守り神なのだ」

「その虎が足利家に仇を為すなどありえぬ事よ」

「城下の者たちなら全員がそれを知っておるわ、当然、本物の一休もな」

「つまり、此度の謁見は貴様を炙り出す為の芝居という事だ」

「それに気づかず、のこのこと正体を現した貴様が一番の阿呆であるわ」

「てめぇ……ニンゲンの分際でワシをハメやがったのか!」


義満がパンと手を叩くと、謁見の間の扉が開き武装した武官達が姿を現し、刀を構えた新右衛門と共に化生と対峙する。

「物の怪!本物の一休殿をどうした!?」


新右衛門がそう問い詰めると、化生は楽しそうにこう答えた。


「あのガキか?ケケケ、随分な知恵者と聞いていたんだが、拍子抜けしたぜぇ?」

「同じ寺に住む小坊主たちがワシに殺される中、あのガキはどうしてたと思う?」

「自分一人だけ、和尚の部屋に隠れてたのさぁ」

「ガタガタ震えて、ビービー泣いて」

「ワシに見つかった後も、ケケケ、馬鹿みたいに必死に乞いしてたっけなぁぁ!」

「最後にあのガキはなんて言ったと思う?」


 『お願いします、殺すならどうかその牙で一息に噛み殺してください』

 『生きたまま飲み込まれて長く苦しむのなんて嫌です』


「ぎゃはははは!惨めだったなぁぁぁぁ!」

「それで、お前はどうした」

「どうしたって、そりゃあ、食っちまったに決まってるだろ、生きたままな」

「この腹具合だと……そうさなあ」


化生は腹をさすりながら、こう言った。


「今頃は手足も頭も溶けてなくなって、胴体だけになってる頃合いだろうよ」


この言葉を前に新右衛門は激昂。

足利義満を隠し通路へ避難させると武官達を率い、化生に打ち掛かる。

だが如何に陣を組み槍で突き矢を放とうとも化生を止めることは出来なかった。

高笑いしながら炎と雷撃を放つ化生を前に、武官達は一人また一人と倒れていく。

それでも、新右衛門は決して諦めなかった。

彼自身、身体は大火傷を負い右目が既に無い状態であったが、化生を追い続けた。

雷で破壊された廊下を通り、炎によって焼け落ちた城門をくぐり、城下町に差し掛かった頃には、既に新右衛門は一人きりだった。

「サムライよぉ、てめぇしつけぇなぁ」

「ワシはこれから城下町へ行ってニンゲンをしこたま食ってやるんだからよ、邪魔すんじゃねえ」


出血により新右衛門の意識は薄れ、視界も定まらない。

だが、問題はなかった。

移動経路が限られるこの場所であれば、敵を見落とすことはないであろう。

新右衛門の脳裏に「この場所」に関連する記憶が過る。

『この場所はですね、元々はあの世とこの世の境界だったんですよ』

『行くことは出来ても、帰ることは出来ない不可逆の境界』

『昔はそうだったんですよ、新右衛門さん』

『けど、けどね、人間達は知恵と工夫でそれを覆したんです』

『その結果、この場所は人間が行き来できる場所になったんです』

『それって、凄く素敵な事ですよね』

『え?ああ、はい、すみません話がずれました、この立札の事ですよね』

『確かにこの立札は厄介ですねえ……』

『うーん、だったら、こうすればどうですか』

そう、この場所は境界だ。

ここを超えられたら、人々が住まう城下町なのだ。

決して、決して通すわけには行かない。

新右衛門は刀を構え、化生に対してこう言い渡す。


「この橋、渡るべからず」


それに対して化生はこう応えた。


「ああ、その話なら知ってるぜ、真ん中を通ればいいんだろう?」

「ケケケ、死にかけのテメェなんざ吹き飛ばして通ってやるさ!」



化生は凄まじい速度で新右衛門へ突進してきた。

化生の言葉通り、新右衛門は半死半生である。

刀を振るえるのも、あと一度が限度であろう。

たったの一度だ。

その一撃で、化生を倒せるはずがない。

はずがないのだ。

それでも新右衛門は。



  「端を通るのが駄目なら」

         「食っちまった」

             「この腹具合だと」
      「真ん中」

  「この橋」 
            「胴体だけ」

「新右衛門さん」

            「真ん中を渡れば」

      「腹」

          「いいですか新右衛門さん」

    「真ん中です」



最後の一撃を放った。

化生の爪が新右衛門の左手を肩ごと吹き飛ばす。

それに怯まず、残った左手で刀を握りそのまま加速。

狙いは身体の真ん中。

その一刀は、確かに化生の腹に突き刺さった。

 



だが、それだけだった。




 




腹に刀が刺さった程度では化生は止まらなかった。

勢いを止めきれず、新右衛門は化生に引きずられるようにして橋を渡り切ってしまう。


「ケケケ!サムライ如きがワシを止められるはずがないだろうが!」

「さぁて、片っ端からニンゲンを……」


嗤う化生の耳に、僅かな声が聞こえる。

それは倒れ伏したズタボロの新右衛門から響いていた。


「かーっ!テメエまだ生きてんのかよ」

「はぁ……面倒くせぇな、まあいいや、テメエを殺すのは最後にしておいてやるよ」

「そこで大人しく待って……ム」


化生の表情が変わる。

邪悪な笑みではなく、困惑の表情に。


「な、なんだ、何か……身体が」


新右衛門の言葉が聞こえる。

「拙者は、剣の道のみに溺れた愚者でござった」

「頭が良くなかったでござるよ」

「察しも悪く、一休殿の頓智を理解するのなんて、何時も最後で」

「ふ、ふはは、化生よ、お前もそれは一緒でござるな」

「未だに一休殿の頓智を理解していないでござる」

「拙者と、拙者と同じ、頭が悪い」

「ふ、ふふふ、いや、拙者は今、一休殿の頓智を理解したでござるか」

「だったら」

「だったら、なあ化生よ」


 



「お前は拙者よりも頭が悪いって事だ」



 

矢も槍も刀も化生を倒すことは出来なかった。

この化生は、仮に身体がバラバラになっても生き残ることができるのだ。

サムライが振るう武器で、倒せる道理がない。

だが、今、化生の身体には激しい「痛み」が走っていた。

放置するのが危険なほどの痛みが。

その痛みの発生源は、腹に突き刺さった新右衛門の刀。


「ば、馬鹿な、神鉄でもなんでもねえ、ただの刀だろうがあああああ!」


化生は刀を掴むとガチンとそのまま握りつぶした。

粉々になった刀が地面に落ちる。

だが、痛みが止まない。


ポタポタ、と何か音がする。

地面に落ちた刀の付近から、そんな音が。


「ああん?」


化生が注意を向ける。

よくよく見ると、それは化生の腹の傷跡から何かが落ちる音だった。


それは液体だった。

化生の血ではない。

透明で粘度の高い、甘い匂いのする液体。

まるで、そう。

水飴のような。

数か月前。

安国寺にて外観和尚は小坊主たちを集めてこう言った。


「このツボの中に入っている物を、決して食べてはならぬぞ」


それに対し、一休は疑問を口に出す。


「何か甘い匂いがしますね、水飴ですか?」

「いや、毒じゃ」

「本当に?」

「……お前に隠し事をするのも厄介じゃから本当の事を言っておこう」


和尚は語る。

今から数百年前、東の地方に「毒を吐く妖怪」が現れた。

その妖怪は多数の被害者を出したのち、修験者達によって退治された。

だが、その妖怪は死ぬ間際に今までとは違う毒を吐き出した。

土地に留まり長く被害をもたらす「呪毒」だ。

処理に困った修験者達は毒を幾つものツボに封じ、長い時間をかけて浄化する事にした。

その甲斐あって、大半の毒は浄化がすることができた。

その毒ツボの最後の一つが、安国寺に持ち込まれたのだ。

「それって、食べるとどうなるんですか、和尚」

「食べるでないぞ、一休、呪いが薄まっているとはいえ、食べると確実に死ぬ」

「死ぬだけですか」

「血を吐き長く苦しみぬいて死ぬじゃろうよ、そんな死に方はしとうないじゃろ」

「ああ、それは御免被りたいですねえ」

「良いか、このツボはワシの部屋に保管しておく、決して触れるではないぞ」

「はいはい、決して触らないように注意しておきますよ」

その甘い匂いを嗅いで、化生の毛が逆立つ。


「こ、こりゃあ、あの糞梟の毒じゃねえかあああああ!」


そう、あの時、一休は和尚の部屋に隠してあったツボの毒を全て飲んだのだ。

血を吐き苦しみ死に至る毒を飲み干し、死ぬ前に化生に飲み込まれたのだ。


これが一休の頓智である。

寺の小坊主を食い殺した化生を退治する為の、頓智である。


一休の身体に溜まった毒は、新右衛門の刀によって突き破られ、化生の身体を直接汚染し始めていた。

>>15
それに怯まず、残った左手で刀を握りそのまま加速。

それに怯まず、残った右手で刀を握りそのまま加速。

「ぎゃあああああ!いってえええええ!く、くそ!くそがあああああああ!」


化生はのた打ち回るも、毒はぬぐえない。

さもありなん、毒は化生の体内から湧いているのだ。

拭いきれる物ではない。

自ら腹を切り裂いて掻き出さぬ限り、毒は化生を蝕み続けるだろう。

化生の苦しむ様子を見ながら、新右衛門は思う。


「流石は、一休殿の頓智でござる……」

「効果は……一級品で、ござるな……」


化生が川に飛び込み逃げ去るのを見届け、新右衛門は意識を失った。

その後、蜷川新右衛門は国境守護部隊と共に駆け付けた足利義満によって保護される。

また調査の結果、安国寺の被害状況も明らかになる。

寺の住民は当時不在だった外観和尚を除き全員の死亡が確認されている。

義満は今回の騒動に甚く心を痛め、寺の跡地に慰霊碑を立てたと言われる。

また、化生を祓った功労者である新右衛門には好きな褒美が与えられる手筈であったが当人がそれを辞退。

新右衛門は傷が癒えた後も任を退かず、生涯、足利義満を守りつくした。

件の化生が新右衛門の前に再び現れることはなかったという。

赤い夕陽が空を照らす中、安国寺に建てられた慰霊碑の前には二つの人影が見える。

一つは寺の唯一の生き残り、外観和尚。

もう一人は、年端もいかない幼い子供だった。


「一休しゃんは、何処へ行ってしまったでつか」

「一休は、遠い所へ行ってしまったのじゃ」

「どちて?」

「死んで、しまったからのう」

「どちて?」

「化生に、食われたんじゃ」

「どちて?」

「……」

「和尚しゃま?」

「……」

「どちて、和尚しゃまは泣いてるの?」


日が暮れ、空が暗くなってきていた。

何処からか、風が、こんな唄を運んでくる。

頓智は鮮やかだよ 一級品

度胸は満点だよ 一級品

悪戯厳しく 一級品

だけど喧嘩はからっきしだよ 三級品

嗚呼

嗚呼

南無三だ

頓智は鮮やかだよ 一級品

度胸は満点だよ 一級品

悪戯厳しく 一級品

だけど喧嘩はからっきしだよ 三級品

嗚呼

嗚呼

南無三だ

夜が更け月が出る中、二人は慰霊碑の前で何時までも立ち尽くす。

月は、その様子を、ずっと見つめていた。

ずっと。

ずっと。

ずっと。








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